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2004年11月4日

ブッシュ大統領の再選、大変残念です ―2004年11月2日の米国大統領選挙結果によせて―

中西 治 (23時31分)

ブッシュ大統領が再選されました。大統領の交代によって米国の対イラク政策の転換を願っていた私は大変残念です。しかし、全投票者のおよそ半数の5500万人以上の人がブッシュさんの戦争政策に反対したことは救いです。ブッシュさんもこの国民の意志を無視することはできないでしょう。

ブッシュさん以外なら誰でもよいといわれた大統領選挙がどうしてこのような結果になったのでしょうか。

第一は候補者の問題です。選挙はどんな選挙でも最後は候補者です。私はブッシュさんがアメリカ合衆国大統領にふさわしいとは思いませんが、「テロとの戦争」では一貫していました。私はケリ−さんは最初からもっと毅然として「イラク戦争反対」を掲げるべきであったと考えています。米国民は意志の強い指導力のある大統領を求めています。ケリ−さんはブッシュさんにくらべてひ弱に見えたのです。ケリ−さんには最後まで大衆的な人気が沸きませんでした。

第二は投票日直前の2004年10月29日にオサマ・ビン・ラディンが米国民への呼び掛けを発表し、第二の「マンハッタン」事件が起こる可能性を示唆したことです。米国民は改めて2001年9月11日の第一の「マンハッタン」事件を思い出し、ブッシュさんへの投票を増やしたと思います。米国民にとって9/11の後遺症は重いのです。選挙の流れが最後の段階で急に変わりました。オサマ・ビン・ラディンはブッシュさんへの大変な助っ人でした。

選挙結果は米国の世論が戦争と平和の問題をめぐって真二つに分れていることを示しています。

ケリーさんを支持したのは主として大西洋に臨む米国北東部の11州と中西部の4州、西部大平洋岸の3州それにハワイを合わせて19州と首都ワシントンです。獲得した大統領選挙人は252人、得票率は48%です。ブッシュさんを支持したのは主として米国の内陸中央部を占める29州とアラスカの合わせて30州です。獲得した大統領選挙人は279人、得票率は51%です。前回は民主党のゴアさんがとった中西部のアイオワ(大統領選挙人7人)は集計機械の故障でまだ結果は出ていません。

ケリ−さんを支持した地域は一般的に都市部であり、同性同士の結婚を認めるなどの人間の生き方の多様性を容認する自由主義的な傾向が強いところです。それに対してブッシュさんを支持した地域は一般的に農村部であり、同性同士の結婚などを認めない保守的な傾向が強いところです。前者と後者では自然の条件、生活の基盤、生活の仕方、ものの考え方、価値観が違います。銃に対する考え方も違います。前者は新しい米国であり、後者は古い米国です。古い米国がなお根強く存在するのです。

今回の選挙で民主党のケリ−さんを支持した州と共和党のブッシュさんを支持した州は前回の2000年の大統領選挙で民主党のゴアさんを支持した州と今回と同じ共和党のブッシュさんを支持した州とほとんど変わっていません。前回と違ったのは2州だけでした。前回はブッシュさんがとったニューハンプシャー(大統領選挙人4人)が今回はケリ−さんのものとなり、前回はゴアさんがとったニューメキシコ(大統領選挙人5人)が今回は、米国紙『USA TODAY』によると、ブッシュさんのものとなりました。共和党有利のもとで両党の地盤の固定化が進んでいます。

この固い地盤を掘りくずすためには民主党はもっと大胆な方策を講ずべきでした。たとえば、ヒラリー・クリントン上院議員を大統領候補者に起用するという思いきった策があっても良かったと思います。私は米国で最初の女性大統領が生まれるとしたら差し当たり彼女ではないかと思っています。まだ上院議員としての任期が残っており、上院議員にニューヨークから立候補するさいに選挙民に上院議員の任期途中で大統領選挙に出馬することはないと約束していましたので、彼女自身が大統領選挙への立候補を言い出すことはできませんでした。だから周りのものが今回は特別重要な意味をもつ選挙であるからといってニューヨークの選挙民を納得させて彼女を強引に引っ張り出さなけらばならなかったのです。しかし、個性豊かな人には敵も多いです。そのような動きは起こりませんでした。民主党はチャンスを逸しました。

イラク戦争の是非を大統領選挙の重大な争点とし、選挙で決着を付けたことは良かったと思います。

米国では1860年の大統領選挙で奴隷制の廃止をかかげた共和党のリンカーンが当選したときに、奴隷制の廃止に反対する南の11州がアメリカ合衆国から離脱し、それを切っ掛けとして、これらの「南」の州と「北」の23州とのあいだで戦争が起こりました。南北戦争です。このときは奴隷制維持の南の民主党が負け、奴隷制廃止の北の共和党が勝ちました。ことの是非は戦争によって決められました。

今回はイラク戦争をめぐって米国内に意見の対立が起こり、イラク戦争に反対する「東西」の民主党が負け、イラク戦争を支持する「南北」の共和党が勝ちました。今回は選挙によって米国内では決着がつけられました。

選挙は戦争よりは良い制度です。これは140年余にわたる米国の歴史の進歩と米国社会の成熟を物語っています。

米国内では一応決着がついたとしても、イラクでは問題は残っています。イラクでは米国に対する抵抗が強まるでしょう。米国は早々にイラクから撤兵すべきです。そうでなければ米国はイラクからイラク人民によって追い出されることになるでしょう。

米国は国内の問題だけでなく、国外の問題も平和的に解決する方途を考えるべきです。

アメリカ合衆国は50のステート(州=国)から成るユニオン(同盟)です。それをまとめるのは大変です。そこにはさまざまな人種の人間が住んでいます。そこには強大なエネルギーが渦巻いています。大統領選挙もこの強大なエネルギーが生み出したものであり、強大なエネルギーを消費します。それは4年ごとに行なわれる祭りです。そこで政治に対する日頃の鬱憤も晴されるのです。しかし、いまのようなやり方ではたして本当に立派な人が政治家を志すようになり、大統領になるのでしょうか。

でも、まあ、戦争をするよりは良いとしましょう。

2004年11月1日

第2期II役員 (2004年11月1日-2005年6月30日)

事務局 (0時00分)

役員

理事長: 中西 治
副理事長: 佐藤 智子
理事: 岩木 秀樹、王 元、汪 鴻祥、川崎 高志、澤入 恵子、竹田 邦彦、玉井 秀樹、徳永 雅博、中西 節子、林 亮、牧野 常夫
監事: 木村 英亮、渡邉 宏

事務局

事務局長: 岩木 秀樹

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2004年10月31日

過ちを改むるに憚ることなかれ ―香田証生さんの死によせて―

中西 治 (23時34分)

香田証生さんがイラクで殺されました。香田さんは2003年3月にイラクで戦争が始まってから日本人としては5人目の犠牲者です。心から深い哀悼の意を表します。

なぜこういうことになったのでしょうか。それは小泉内閣が米国のイラク攻撃を率先して支持し、イラクに自衛隊を派遣したからです。イラクではこの戦争によって首都バクダットをはじめとして多くの町や村が破壊され、たくさんの人が殺されました。その数は1万人とも10万人ともいわれています。このことにイラクの人びとが怒り、戦争を始めた米国を恨み、自国の軍隊をイラクに派遣して米国を積極的に支持している国々を恨んでいるのです。

イラク戦争の直接の原因とされているのは2001年9月11日の出来事です。しかし、あの事件を実行したといわれる19人のうち15人はサウジアラビア人です。事件が起こった4日後の同年9月15日に米国があの事件の主犯と断定したのはサウジアラビアの富豪オサマ・ビン・ラディンでした。あの事件ともっとも深い関係にあったのはサウジアラビアです。イラクはあの事件ともオサマ・ビン・ラディンとも直接何の関係もありませんでした。

だから米国がことの真相を明らかにし、真犯人を罰したいというのであるならば、米国はまずサウジアラビア政府に対してオサマ・ビン・ラディンの引き渡しを要求すべきでした。オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンにいて引き渡せないというのであるならば、米国はサウジアラビア政府と協議し、アフガニスタン政府からオサマ・ビン・ラディンを引き渡させるようにすべきでした。米国はサウジアラビアとはことのほか親しい関係にあるのですから。

ところが、米国はそのような手順を踏まないで、同年9月20日に直接アフガニスタンのタリバン政権に対してオサマ・ビン・ラディンの引き渡しを要求し、アフガニスタンがそれに応じないからといって、10月7日にアフガニスタンに対して攻撃を開始しました。タリバン政権は潰れましたが、オサマ・ビン・ラディンは捕まえられませんでした。

ついで米国は2003年3月にイラクに対して同国が大量破壊兵器を隠し持っていると称して攻撃を始めました。しかし、ここでもサダム・フセイン政権は打倒されましたが、大量破壊兵器は見つかりませんでした。

米国のアフガニスタンとイラクに対する戦争の目的は、米国の思うようにならない両国の政権を打倒し、両国を米国の支配下に置くということだったのです。

権力を預かるというのは人の命を預かることです。人の命を預かるというのは人に衣食住と安全を保障することです。それも、自分を支持する人だけではなく、自分を支持しない人も含めてすべての人の衣食住と安全を保障しなければなりません。

香田さんの場合、この時期にイラクを旅する危険を十分に理解していなかったという不注意はありますが、そのことは決して権力を預かるものが香田さんの安全を守らなくてもよいということを意味しません。いかなる場合も権力を預かるものは国民の安全を守る義務があります。

香田さんが自衛隊をイラクから引き揚げなければ、自分の首が斬られると訴えているとき、小泉さんがそれでもテロに屈しないと公然と言うのは、香田さんは殺されても良いと公言しているようなものです。小泉さんにとっては自国民の命よりもブッシュさんとの約束の方が大事なようです。

オサマ・ビン・ラディンは2004年10月29日に11月2日の米国の大統領選挙を前にして米国民への呼び掛けを発表し、2001年9月11日の「マンハッタン」の爆破事件が1982年のイスラエル軍によるレバノンの高層ビルの爆破事件に対する報復であることを明らかにしています。さらに彼は「あなたたちが私たちの安全を台なしにするのなら、私たちはあなたたちの安全を破壊する。あなたたちの安全はブッシュでも、ケリ−でも、アルカイダでもなく、あなたたち自身の手にある。」と述べて、第二の「マンハッタン」事件が起こる可能性を示唆しています。

第二の「マンハッタン」事件を起こさせてはなりません。テロに対して国家のテロである戦争で対処し、さらに、これに対してテロでこたえるといった悪循環を断ち切らなければなりません。そのためにはまず隗より始めよ(自分から始めよ)です。日本は自衛隊をイラクから即時に引き揚げるべきです。小泉さん、もうこれ以上、イラクの人びとを殺すのに手を貸してはなりませんし、日本人に犠牲者を出してはなりません。自衛隊員もあなたが守るべき日本国民です。過ちを改むるに憚ることなかれです。

2004年10月25日

ニューズレター No.6 訪中特集

事務局 (0時01分)

PDFファイルでご覧いただけます。

巻頭言
・「中華人民共和国訪問の成果のうえに立って研究所としての本格的な発展へ!」(中西 治)

訪中特集
・「中国旅行の印象」(木村 英亮)
・「痛哭の旅」(川嶋 英夫)
・「パレスチナ問題(その5)—中国とパレスチナ—」(小林 宏紀)
・「地球宇宙平和研究所訪中団学術交流会における論議から」(渡辺 直毅)
・「中国を訪ねて」(近藤 嘉人)

論考
・「韓国を6日間旅して」(佐藤 智子)
・「タイの平和署名運動:第二次大戦、朝鮮戦争とイラク侵略戦争の今日」(高橋 勝幸)

・会員紹介(野津 志乃)
・理事会報告
・事務局からのお知らせ

2004年10月18日

『華氏911』に知識人の真骨頂を見る

中西 治 (23時40分)

華氏 911 コレクターズ・エディション

マイケル・ムーア監督の映画『華氏911』を見た。きわめて真面目な娯楽記録映画である。しかも、現代アメリカ社会の構造とその動態を見事に描き出している。

アメリカ社会の頂点に立ち、ホワイトハウスの主となっているのはテキサスの石油屋ブッシュ一族である。この一族はサウジアラビアの石油王サウド王家や富豪ラディン一族と利権で固く結びついている。2001年9月11日のあの日、首都ワシントンの超高級ホテルでアメリカの軍需産業カーライル・グループの株主総会が開かれていた。ブッシュ大統領の父ブッシュ元大統領や大株主のラディン一族が出席していた。

あの事件を実行したといわれる19人のうち15人はサウジアラビア人である。しかも、9月15日にアメリカははやくもラディン一族のオサマ・ビン・ラディンをあの事件の主犯と断定し、9月20日にはアフガニスタンのタリバン政権に対してオサマ・ビン・ラディンと彼の組織アルカイダの全員の引き渡しを要求していた。

ところが、出国規制が厳しかった9月14日から24日までのあいだにブッシュ政権は在米サウジアラビア人142人を最優先で帰国させ、さらに9月29日にはラディン一族24人の緊急出国を認めている。そのあと10月7日にアメリカはアフガンに対して爆撃を開始している。

何とも奇妙な話しである。もし、アメリカがあの事件を究明し、ことの真相を明らかにしようというのであるならば、出国規制はもっと厳格に実施しなければならなかったであろうし、アメリカがあの事件に報復しようというのであるならば、それはアフガンに対してではなく、サウジに対してであるし、タリバンに対してではなく、ラディン一族に対してであったであろう。

ブッシュに対抗するゴアもなんとも頼りない。2000年の大統領選挙でブッシュと戦い、最後は連邦最高裁判所まで争ったゴアが最終場面では道化役を演じている。選挙後の議会で選挙結果に異議を唱える一連の民主党の下院議員の発言をゴア副大統領は上院議長として阻止している。その理由はこれらの下院議員の動議に賛同して署名する上院議員が一人もいないということなのである。ゴアを含めて民主党にこれらの動議に賛同する上院議員が一人も居ないというのであろうか。

ゴアとしては連邦最高裁判所の決定のあと選挙での敗北を認め、ブッシュが大統領となることを承認した以上、問題を再び議会で蒸し返すのをいさぎよしとしなかったのであろうが、つい先日まで議場で発言している下院議員と同じことを喋っていたゴアが今度は壇上の議長席から同僚の発言を封じている光景は一場の喜劇である。いや、悲劇である。

ブッシュ大統領の戦争を熱烈に支持しているのは庶民である。激烈に反対しているのも庶民である。ライラ・リプスコムはムーアの故郷ミシガンのフリントで若者の職業指導に従事している白人女性である。夫は黒人である。フリントはグローバリゼーションの嵐の中で工場が次々と賃金の安い国に移転し、町の産業は空洞化し、荒廃し、失業率は実質50%といわれている。この街でライラは戦争に賛成し、若者たちに軍隊に入るように勧めていた。彼女の長男も軍隊に入った。ところが、長男はイラクで戦死した。ライラは戦争反対者になった。

ムーアはこうした事実を淡々と描いている。映像の持つ力は素晴らしい。知識人がもつ力は大きい。

私はムーアがさまざまな困難を乗り越えて、現職の大統領をかくも痛烈に批判し、非難し、罵倒する映画を作った勇気に心から敬意を表する。知識人の真骨頂を見る思いである。果たしてムーアのような日本人がどれくらい存在するのであろうか。

ライラの長男は死ぬ前に「みんながあいつ(ブッシュ)を再選しないように」と書き残している。アメリカ国民は今回の大統領選挙で死者のこの声にどのようにこたえるのであろうか。

2004年9月24日

「日本社会」研究部会 第3回研究会

事務局 (23時09分)

テーマ:「『戦後思想』と『戦後精神』-日高六郎と藤田省三の戦後日本社会論」
報告者:渡邊 宏
日時:9月24日(金) 午後7時から9時まで
場所:東京ボランティア・市民活動センター会議室C

2004年9月20日

パレスチナ問題

その他 (15時56分)

投稿者:小林 宏紀

エルサレム旧市街を四角に囲む城壁の中は、四つに住み分けられている。大雑把に言えば、北側を上に見て右上がイスラム教徒地区、右下がユダヤ教徒地区、左上がキリスト教徒地区、左下がアルメニア人地区である。この旧市街の中に、ムハンマドが昇天した起点とされる岩があり、そこには岩のドームが建てられ、イスラム教の聖地となっている。キリストが十字架の刑に処せられたゴルゴダの丘には聖墳墓教会が建ち、巡礼者が後を絶たない。また、ダビデ王の子、ソロモンの時代に築かれた神殿の遺構とされる嘆きの壁には、ユダヤ教徒が祈りを捧げる。ユダヤ人とパレスチナ人は、それぞれエルサレムを民族の象徴とし、宗教問題の側面をも越えて、エルサレムに政治的主権を及ぼしたいとする。しかしながら、四つに住み分けられている旧市街を過去から現在に至るまで見渡した時、ここに物理的な仕切りがあったわけではなく、対立のみが続いていたのでもない。今、世界が不可分の領土問題の象徴のように見ているエルサレムであるが、その歴史の途上では、多民族共存の一大事例であったのだ……

本文はPDFファイルでご覧いただけます。

  1. ハマス最高指導者が暗殺された日の晩に
  2. アリエル・シャロン首相の戦争
  3. 権力者は人を守るか
  4. 日本の子供達と、母に
  5. 中国とパレスチナ

2004年9月9日

訪中 (2004年8月31日-9月8日)

事務局 (0時00分)

学術交流会を3都市で開催 (関連記事をニューズレターNo.6でご覧いただけます。)

8月31日(火)北京(新北緯飯店泊)

北京 (学術交流会)
日時: 8月31日午後4:00〜6:00
場所: 北京大学三院215室
中国側出席者: 北京大学日本研究センター常務副センター長彭家声教授ら研究者
内容: 中西理事長講演「日本政治の現状と地球宇宙平和研究所の課題」及び共同討論

9月1日(水)北京

天壇公園、天安門広場、故宮博物院、頤和園、交流会

9月2日(木)北京

中国人民抗日戦争記念館、盧溝橋、明の十三陵、万里の長城

9月3日(金)武漢(武漢循礼門飯店泊)

武漢  (学術交流会)
日時: 9月3日午後3:30〜5:00
場所: 武漢大学苴芟表廸
中国側出席者: 胡副学長、歴史学院・政治学院の教員・学生
内容: 中西理事長講演「日本政治の現状と地球宇宙平和研究所の課題」および質疑応答
その後、劉経南学長と会見、学長主催の歓迎パーティー

9月4日(土)武漢

湖北省博物館、黄鶴楼

9月5日(日)上海(兆安酒店泊)

浦東開発地区、豫園、東方明珠、外灘地区

9月6日(月)上海

上海博物館

上海  (学術交流会)
日時: 9月6日午後2:00〜4:30
場所: 上海社会科学会堂
中国側出席者: 復旦大学、上海師範大学、上海社会科学連合会関係の研究者
内容: 中西理事長講演「日本政治の現状と地球宇宙平和研究所の課題」および共同討論
その後、交流会

9月7日(火)蘇州、上海

拙政園、虎丘斜塔、寒山寺、刺繍研究所
上海南京路

9月8日(水)上海発

2004年8月15日

日本国憲法第9条を支持する宣言

事務局 (12時00分)

日本国憲法第9条は、人類が営々と築き上げてきた非戦の誓いの最高到達点と言えるでしょう。その第9条が現在揺らぎ、改定が叫ばれています。このまま行くと再び日本は大きな過ちを犯す可能性があります。

私たち地球宇宙平和研究所会員の中から、このような状況を強く憂い、自分たちの主張を宣言として全世界に訴え、行動を起こそうといううねりが強くなりました。宣言文に関する多くの方の議論を経て、この「日本国憲法第9条を支持する宣言」が発表されました。私たちのこの宣言は21世紀の地球と宇宙の平和を維持する指針の一つになるものと信じています。

——

日本国憲法第9条を支持する宣言

私たちは日本国憲法第9条を支持し、その精神を地球全体に広めることをめざしてこの宣言を発表する。

日本国憲法はその前文において、日本国民はわれらとわれらの子孫のために政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚して、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したことを表明している。

この憲法は第9条で、その目的を達成する具体的な方策を次のように規定している。
(1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

20世紀の二つの大戦が人類に与えた教訓は、いかなる紛争問題も戦争によってではなく、平和的に解決しなければならないということである。日本国憲法第9条はこの結論を法制化したものである。

憲法前文は「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と誓約しているにもかかわらず、いま憲法第9条が危機に瀕している。

この崇高な理想と目的を捨ててはならない。21世紀に入っても世界中で戦争の惨禍が絶えない今日、いまこそ憲法第9条を高らかに掲げ、その精神を人類共有の理念としなければならない。

日本の自衛隊の存在や日本の国際連合安全保障理事会入りのために憲法第9条を変えるのではなく、自衛隊と国連安保理を第9条に合わせるべきである。

私たちは宣言する。

1. 世界のすべての人が、平和のもとで生きる権利を有するがゆえに、私たち主権者は、国家および政府に対して、平和的生存権を保障させなければならない。
私たちは戦争と武力行使を永久に放棄した日本国憲法第9条を高く評価し、これを支持する。

2. 常備軍の存在は、他の諸国を絶えず戦争の脅威にさらすことになる。常備軍そのものが先制攻撃の原因となる。国家による人殺しを強制されない権利が保障されなければならない。
私たちは戦力の不保持を定めた日本国憲法第9条を高く評価し、これを変えることに反対する。

3. 戦争は甚大な犠牲を強い、地球環境を破壊する最悪の愚行である。戦争を放棄し、人権としての平和を高らかに宣言している日本国憲法は、人類普遍の原理であり、崇高な決意である。
私たちは真の国際貢献、平和実現のために、憲法第9条の精神を広く世界の人々と共有し、その実現に向けて努力することを誓う。

この宣言に多数の人々が賛同され、署名人となられるよう要請する。

2004年8月15日正午

署名人(敬称略)

青谷道子、今井康英、岩木秀樹、植木竜司、遠藤美純、王元、汪鴻祥、王広子、大江平和、掛川三千代、加藤恵美、亀山伸正、木我公輔、木村英亮、小林宏紀、近藤泉、近藤義雄、近藤よし花、近藤嘉人、近藤よし乃、近藤慶水、佐藤美津子、澤入恵子、澤入泰、徐顕芬、シンサワット・ヨートパーントーイ、神保泰興、スラパン・サーイプラディット、ソムデット・アップドウンラー、高橋勝幸、谷川真一、竹本恵美、張剣波、辻村伸雄、中西治、中西順子、中西節子、浪木明、野津志乃、白恩正、林亮、古野郁子、古野恭子、古野久子、古野久美、堀妙湖、森井賀津子、森井貞夫、吉野良子、和田正二、渡辺直毅

以上 51人

追加署名人(敬称略)

青木朋子、青木豊和、安達範子、雨宮裕一郎、尹春華、ウアムポーン・ソーンスワン、ウィライ・トゥラクーンシン、ウォーラヌット・チュールアンスック、ウォーラポン・ウェッチャマーリノン、梅林宏道、ウライ・ティティラッタカーン、遠藤正雄、王新生、大崎伸城、岡田康孝、小野和子、オーラタイ・パワーラム、カムポン・チャムパーパン、カンティカー・シーウドム、カンニカー・サートゥラプルン、川崎高志、姜元武、キッティポン・ジャイサムット、クリット・セーンインヨット、熊谷公子、熊谷陽一、クンナコーン・ワーニットウィルン、コーソン・チョーパーカー、胡徳坤、小林佶、佐藤武子、佐藤仁志、佐藤賀夫、澤井恵美子、シリペット・トリッサナーワディー、シリポーン・ポムウォン、ジャーモーン・ソーンペットナリン、ジャラン・ディッターアピチャイ、スターチャイ・イムプラサート、スダー・パノムヨン、スチャート・プーミボリラック、スティー・リムテーパーティップ、ソムギアット=ピブーンパット、ソムシー・チャイワニチャヤー、ソンクラ—ン=ポーンブンカン、タノームヌワン・ヒランヤテープ、玉井秀樹、タムロンサック・ペーチャロートアナン、ティッパワン・ジュンダートーン、ティーラポン=ムーシカサムパン、チャローン・スントゥラーワーニット、チャーンチャイ・チャイスックコーソン、張可喜、丁斗、チョーラダー・ジアムウィチャック、沈仁安、寺澤信子、寺澤美穂、ドウアンハタイ・チャートブッティクン、鄧海勇、鄧、ドゥッサディー・パノムヨン、ドーム・クライパコーン、ナンティヤー・カナーワッタナクン、楊麗君、ニッポン・ジェームドウアン、馮昭奎、長谷川薫、馬紅娟、バーラミー・サマーティパンヤー、パンティパー・コンターウォーン、ピポップ・ウドムイッティポン、ピヤナン=ソーポンシリ、プラシット・ポンウドム、プラティープ・ウンソンタム・秦、彭家声、中嶋大輔、ニパーポーン・ラッチャタパッタナークン、ノッパナート・アヌポンパット、モンタナー=ドゥワンプラパー、モンティパー・イムヨーン、ラックサー・スッティポン、ラックサー・ポーカーサティット、ラッダーワン・タンティウィッタヤーピタック、ラッチャナート=ワーニットソムバット、劉思危、ロッサナー= トーシラクーン、ワーニー・サーイプラディット

以上 139人(2007年8月7日現在)

2004年7月23日

「日本社会」研究部会 第2回研究会

事務局 (23時13分)

テーマ:江戸時代後期から現在までの日本人の生活基盤の変化について
報告者:加藤 幸廣
日時:7月23日(金)午後7時から9時まで
場所:東京ボランティア・市民活動センター会議室C

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