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2011年11月11日

特定非営利活動法人地球宇宙平和研究所設立10周年記念講演会のお知らせ

中西 治 (0時44分)

特定非営利活動法人地球宇宙平和研究所は本年12月15日に設立10周年記念日を迎えます。これを祝って下記のように記念講演会と祝賀レセプションを開催します。年末のお忙しい時とは存じますが、万障お繰り合わせの上、ご臨席下さいますようご案内申し上げます。

特定非営利活動法人地球宇宙平和研究所設立10周年記念講演会
辛亥革命100年・9.18(満州)事変80年・日中国交正常化40年
真に友好的な日中関係の未来をめざして

とき:2011年12月18日(日)15時30分~18時30分
ところ:神奈川県民ホール本館6階大会議室(横浜山下公園前)
参加費:無料

歓迎挨拶:中西

講師と演題:

胡徳坤教授(中国第二次世界大戦史学会会長、武漢大学国際問題研究院長、同大学中国辺界海洋研究院長および日本研究センター長)
「20世紀以来世界歴史の発展趨勢と中日関係の行方」

謝岳教授
「最近の中国の群集事件」

王邦佐教授(元上海社会科学学会連合党組織書記兼副主席、元復旦大学国際政治学部長および元上海師範大学学長)
「中日関係と東北アジアの地域協力」

挨拶:

方幼封教授(元復旦大学国際政治学部教授・ラテンアメリカ研究者)
沈(瀋)亜楠さん(武漢大学大学院生・日本研究者)

挨拶と講演は日本語から中国語、中国語から日本語に通訳されます。

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地球宇宙平和研究所設立10周年祝賀レセプション

とき:2011年12月18日(日)19時~21時
ところ:神奈川県民ホール本館6階レストラン英一番館(横浜山下公園前)
参加費:6300円(実費)

2011年11月9日

5. 「前人類時代」と「人類時代」、「宇宙一体化」と「地球一体化」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)

中西 治 (9時00分)

第一の基準にもとづき、宇宙の誕生から今日までを大きく二つに分け、700万年前の人類の誕生までを「前人類時代(Pre-Human Age)」、それ以後を「人類時代(Human Age)」とした。

宇宙一体化の観点から言うと、宇宙の誕生から1957年のソヴェトによる人工衛星スプートニクの打ち上げまでは、宇宙が誕生し、拡大し、地球が誕生した「宇宙一体化第一期(First Period of Cosmonization)」である。

スプートニク打ち上げ以後は人間が拡大した宇宙を結び合わせ始めた「宇宙一体化第二期(Second Period of Cosmonization)」である。

地球一体化の観点から言うと、地球の誕生から1492年のコロンブスのアメリカ到達までは人間が地球の各地に拡散した「地球一体化第一期(First Period of Globalization)」である。

コロンブスのアメリカ到達からスプートニク打ち上げまでは地球上に拡散した人間が結合し始めた「地球一体化第二期(Second Period of Globalization)」である。

スプートニク打ち上げ後は通信衛星などによって地球の一体化が促進された「地球一体化第三期(Third Period of Globalization)」であり、同時に人間が宇宙空間に進出し、拡大した宇宙を結び合わせ始めた「宇宙一体化第二期(Second Period of Cosmonization)」である。

2011年11月7日

4. 時期区分の基準 : ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)

中西 治 (9時00分)

ビッグ・バン以降今日までの歳月をどのように区分するのか。

私はこの区分を次のような基準にもとづいておこなっている。

第一は、宇宙と地球の生成・拡大とそこでの人類の誕生・発展・生活圏の拡大および人間による宇宙の一体化(cosmonization)と地球の一体化(globalization)の程度。

第二は、科学技術革命(revolution in science and technology)の発展とそれにともなう生活の仕方と社会の変化。

第三は、工業革命により生じた工業社会がもたらす政治的・社会的大革命(great political and social revolution)とその結果。

第四は、20世紀から21世紀にかけての大戦争(great war)とその原因・結果としての国際的秩序・体制(international order/system)の変化。

2011年11月5日

3. クリスチャンのビッグ・ヒストリー論とは : ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)

中西 治 (9時00分)

クリスチャンのビッグ・ヒストリー論はすぐに聴き、見ることができる。

デビッド・クリスチャン:ビッグ・ヒストリー|Video on TED.com」を開けば、わずか18分で彼のビッグ・ヒストリー論の大要を知ることができる。日本語の翻訳も付いている。これはクリスチャンが2011年春にTED (テド、Technology Entertainment Design) で講演したものである。

この映像では最初に掻き回されたドロドロのスクランブル・エッグが映し出される。このスクランブル・エッグは掻き回されるにしたがって元の玉子に戻り、最後は割られた殻に戻り、割られていない玉子になる。普通は玉子を割って、掻き混ぜてドロドロのスクランブル・エッグにするが、映像はその逆である。

クリスチャンは「この映像は変である」と言う。

宇宙はこの映像のように、最初にドロドロのスクランブル・エッグがあって、それが元の玉子に戻るのではなく、宇宙には最初に秩序と構造があり、それがドロドロの無秩序と無構造となり、その過程で複雑性と脆弱性が生ずると主張する。

クリスチャンは宇宙生成の過程を次のように説明する。下記の年は私の著書と異なるものがあるが、その違いは無視していただきたい。研究者によって違いがあり、今後も変わるであろう。およその年として理解されたい。

  1. 137億年前にビッグ・バンによって宇宙が誕生した。
  2. 38万年後に水素やヘリウムのような単純な原子が生じた。
  3. 2億年後、すなわち、135億年前に星が誕生した。
  4. 45億年前に太陽や地球などの太陽系が誕生した。
  5. 40億年前に地球に単細胞生物が誕生した。
  6. 多細胞生物が現れ、恐竜も出現した。恐竜は6500年前の隕石衝突による高温によって絶滅し、哺乳類が増えた。
  7. 20万年前にホモ・サピエンスが現れた。
  8. 1万年前、氷河期が終わった後、農業が現れた。
  9. 500年前、工業が現れた。
  10. 200年前、石油が使われるようになった。
  11. 人類が繁栄したのは言葉を使い、集団学習したからである。しかし、1962年のキューバ危機に見られるように、人類は核による人類絶滅の危機を抱えている。

2011年11月3日

2.デイヴィッド・クリスチャンとは : ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)

中西 治 (9時00分)

ビッグ・ヒストリーを代表する歴史家の一人はデイヴィッド・クリスチャンである。彼は英国人を父、米国人を母として第二次大戦後の1946年にニューヨークで生まれた。父の仕事の関係で幼い頃、ナイジェリアで育ち、教育は英国でうけ、オックスフォード大学で歴史を学び、1968年に卒業、その後、カナダの西オンタリオ大学でロシア史を専攻し、修士号を取得、1974年にオックスフォード大学からロシア皇帝アレクサンドル1世の治世についての論文で博士号を授与された。

1975年から2000年にかけてオーストラリアのマッコーリー大学、2001年から2008年まで米国のカリフォルニア州立サンジエゴ大学、2009年から再びマッコーリー大学に勤務、歴史を講じている。代表作は2004年に出版した『時間の地図:ビッグ・ヒストリー入門』である。

彼は2010年8月に国際ビッグ・ヒストリー学会 (International Big History Association=IBHA) を設立し、会長 (President) に就任した。

この学会の第1回会議が2012年8月3日―5日に米国ミシガン州グランド・ラピッズにある州立グランド・ヴァレイ大学で開かれる予定である。

クリスチャンについては私たちの研究所のウェブサイトに辻村伸雄さんが連載している「宙(そら)を読む月日」と『所報』第2号の彼の論文「大きな歴史」を参照されたい。

2011年11月1日

1. ユニバーサル・ヒストリーとは : ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)

中西 治 (9時00分)

2011年10月30日に配信された2011年度第3号講義を複数回に分けて掲載いたします。ー事務局

特定非営利活動法人 地球宇宙平和研究所
ユニバーサル・ユニバーシティ・インターネット
2011年度講義録第3号 (2011年10月30日)

ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)
――時期区分を中心として――
中西 治

はじめに

この講義は私が2011年3月に上梓した著書『ロシア革命・中国革命・9.11――宇宙地球史の中の20-21世紀――』で展開した宇宙地球史についての考えを補正し、発展させ、これまで宇宙地球史と呼んできたものを「ユニバーサル・ヒストリー」として確立しようとするものである。

1. ユニバーサル・ヒストリーとは

ユニバーサル・ヒストリー(universal hisory)とは何か。

英語のユニバーサル(universal)は名詞ユニバース(universe)の形容詞である。universeはuniとverseの2語からなり、uniは「一つ」、verseは「韻文」である。universeは「一つの韻文」、「一つの調和のとれたもの」である。

cosmosは「秩序整然とした一体のもの(ordered universe)」である。

universeとcosmos は同義語であり、ともに「調和のとれた一体のもの」、「宇宙」である。

universeは宇宙(cosmos)のほかに、さらに、万有、天地万物、森羅万象、世界(world)、満天の人々、全人類(all mankind)などと訳される。

universalは、宇宙の、万有の、万物の、全世界の、万人の、全人類の、全般的な、普遍的な、などとなる。

ユニバーサル・ヒストリーとは宇宙万物の歴史である。

ユニバースに対してマルチバース(multiverse)という用語もある。宇宙は一つではなく、多様であると主張するもので、「多元的宇宙」などと訳されている。

最近流行りの用語にビッグ・ヒストリー(big history=大きな歴史)とか、グレート・ストーリー(great story=偉大な物語)がある。

ビッグ・ヒストリーはビッグ・バン(big bang=大爆発)と言われる宇宙の始まりから今日までの長い期間の歴史である。

グレート・ストーリーは聖書の創世記のような大きな物語である。

最近ではメガヒストリー(megahistory)という用語も使われている。超歴史とか、巨大歴史である。

ユニバーサル・ヒストリーはビッグ・ヒストリーであり、メガヒストリーであり、グレート・ストーリーであり、これらをすべて合わせた大きな、巨大な歴史、偉大な物語の「総合史」である。

「宇宙地球史」は私のユニバーサル・ヒストリーである。

2011年10月16日

Sora Yomu Tsukihi (6) Cosmonization and Globalization

のぶおパレットつじむら (0時58分)

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In this spring, Osamu Nakanishi, the President of the Institute for Global and Cosmic Peace, published his 11th book, The Russian Revolution, the Chinese Revolution and 9/11: the 20th and 21st Centuries in Universal (Cosmic and Global) History (in Japanese).(*15) He presented his original dual academic framework in it. They consist of two disciplines: Universal (Cosmic and Global) History plus Global and Cosmic Peace (Studies).

Universal (Cosmic and Global) History places the Earth as a floating object in the Cosmos and argues the history of human life as not only on the Earth but also in the Cosmos. Universal (Cosmic and Global) History is called “Uchū Chikyūshi” in Japanese. He decided on the translation “Cosmic and Global History” for the English title of his old article (*16) yet we recently argued about the English paraphrase of it. We decided to adopt the new and tentative name “Universal (Cosmic and Global) History” because we think that universal history essentially means cosmic history. Global and Cosmic Peace (Studies) shows the problems arisen from the process of universal (cosmic and global) history, and then presents the solutions to them.

The different order of “cosmic” and “global” has a point. In the former, Cosmic precedes Global because global history (it includes the whole Earth history) is a part of cosmic history. (The Cosmos had existed before the Earth appeared.) In the latter, Global precedes Cosmic because its first task is to keep global peace and the second one is not to expand wars on the Earth to the Cosmos.

He looks to emergence and transformations of locale where humans live, and defines Cosmonization as “emergence and expansion of the Cosmos and the Earth, expansion and unification of the human life zone in the Cosmos” and Globalization as “emergence of humans, expansion and unification of the human life zone on the Earth.” These definitions include our recent discussions through e-mails based on his new book.

The 1st Period of Cosmonization began when the Cosmos emerged and began to expand. The 1st Period of Globalization began when humans emerged and began to spread over all parts on the Earth. The 2nd Period of Globalization began when Columbus reached the Americas, beginning the unification of humans who had spread all over the Earth. The 2nd Period of Cosmonization and the 3rd Period of Globalization began together when the Soviet Union launched Sputnik in 1957. Humans began to unite the expanded universe.

In my opinion, terraforming the Moon and the other planets would ring the new period of Cosmonization. It would be also beginning of localization of our Globe (the Earth) in dual meaning. It would mean both provincializing of our home planet and making the other objects our actual living places. But we should not behave as conquerors with force like “Avatar.” The quantitative change of our life zone (colonizing the universe) must involve the qualitative change of our living way (we are no longer imperialists).

Nobuo Palette Tsujimura

Notes
(*15) Osamu Nakanishi, Roshia Kakumei, Chūgoku Kakumei, Kyū-ichi-ichi: Uchū Chikyūshi no naka no Nijū kara Nijūisseiki (The Russian Revolution, the Chinese Revolution and 9/11: the 20th and 21st Centuries in Universal [Cosmic and Global] History), Nansōsha, 2011.

(*16) Osamu Nakanishi, “Uchū Chikyūshi no Tenkai: Chikyū Uchū Heiwagaku Nyūmon” (The Process of Cosmic and Global History: An Introduction to Global and Cosmic Peace Studies) in Journal of the Institute for Global and Cosmic Peace, No.1, IGCP, 2006.

2011年10月10日

辛亥革命100年記念日にあたって

中西 治 (15時49分)

100年前の1911年10月10日に中国湖北省の長江(揚子江)に面する武昌で清朝の支配に反対する蜂起が起こりました。「武昌起義」です。この地域は長江を挟んで武昌、漢口、漢陽の3鎮から成っていましたが、漢口と漢陽はさらに長江に注ぐ夏水(後に漢水と改称)によって分かたれていたため、3鎮間の交通は不便でした。3鎮が一つの武漢市に統合されたのは1927年のことです。

漢口には、清国が1858年の天津条約によって開国するさいに認めた、英・露・仏・独・日本の5か国の租界がありました。

当時、中国を支配していた清帝国は満州人が統治する国家でした。この満州人の支配から脱し、漢人による国家を作ろうとする「滅満興漢」の動きは19世紀末からありました。その指導者の一人に孫文(1866年〜1925年)がいました。号は中山、字は逸仙でした。

彼は1894年に興中会を結成し、1895年に「広州起義」を起こしましたが、失敗し、日本に亡命しました。「武昌起義」が起こったとき、孫文は米国にいました。

孫文は1911年12月に急遽、上海に戻り、1912年1月1日、彼を臨時大総統とする中華民国を南京に設立しました。同年2月12日、宣統帝溥儀が退位し、1616年以来およそ300年続いた清朝は滅亡しました。

辛亥革命は成功しました。君主制は廃止され、アジアで最初の共和国が発足しました。

孫文は溥儀の退位と引き替えに、臨時大総統の地位を清朝の実力者袁世凱に譲りましたが、その後、袁世凱と対立し、再び日本へ亡命することになりました。この亡命中に孫文は日本人梅屋庄吉夫妻から物心両面の援助を受けていたと言われています。

辛亥革命以後の中国の歴史と日中関係の歴史は戦争と平和が交錯しています。

中国では軍閥が地方に割拠し、互いに抗争していました。孫文が日本の東京で作った中華革命党は1919年に中国国民党と改称し、1924年に中国共産党と「第一次国共合作」をしましたが、これは、1927年の蒋介石の反共クーデターによって崩壊しました。毛沢東は江西省の井岡山に革命根拠地を樹立しました。国共内戦が始まりました。

日本は1929年の世界的な経済恐慌から抜け出るため、1931年に「9.18(満州)事変」を起こし、中国東北への侵略を開始しました。1937年には中国本部へと侵略を拡大しました。同年、「第二次国共合作」が成りましたが、1945年、抗日戦争に勝利した後、再び内戦が始まりました。1949年に中国共産党が勝利し、中華人民共和国が成立しました。蒋介石は台湾に逃れました。

2011年9月10日ー11日に武漢大学日本研究センターで、台湾中正基金会の協賛を得て、9.18事変80周年を記念する国際シンポジウム「9.18事変と中日関係」が開催されました。私たちの研究所はこのシンポジウムに研究所設立10周年記念行事の一環として6名を派遣しました。シンポジウムには台湾中正基金会社長・中国文化大学日本研究所所長の陳鵬仁教授も参加され、積極的に発言されました。

シンポジウムには中国本土からだけではなく、台湾からも、日本からも多くの研究者が参加して真摯な討論をおこない、日中関係史上画期的な催しとなりました。私は席上、このシンポジウムの歴史的意義を強調し、この催しを今後100年間の「新しい平和な日中関係を作り出す出発点」とするように呼びかけました。

私たちの研究所は本年12月18日にもう一つの設立10周年記念行事を横浜でおこないます。

この催しには次の5名の賓客を中国の上海と武漢からお迎えします。

上海:
研究所顧問・王邦佐教授(元復旦大学国際政治学部部長・上海師範大学学長)
方幼封教授(王邦佐教授夫人・元復旦大学国際政治学部教授・ラテンアメリカ研究者)
謝岳教授(同済大学政治学・国際関係学院教授)

武漢:
研究所顧問・胡徳坤教授(武漢大学国際問題研究院院長・元同大学副学長・歴史学部長)
沈(瀋)亜楠さん(武漢大学大学院生・通訳)

私はこの催しを日中関係史上に特記される出来事にしたいと願っています。

日中間の平和と友好、繁栄と幸福、文化学術交流の発展と拡大のためにともに努力しましょう!

2011年9月12日

書籍紹介: 中西治『ロシア革命・中国革命・9.11 ―宇宙地球史の中の20‐21世紀』

遠藤 美純 (22時44分)

はじめに

私たちが生きるこの21世紀初頭は、大きな転換を遂げつつある特別な時代に思われる。いやそう思い知らされているのかもしれない。かつての当たり前が通用しなくなることは、しばしば神話の崩壊に例えられてきた。しかし、この変化の原動力は人間である。科学技術とナショナリズムが人間の力を増大させ、グローバリゼーションが人間の力の新たな接触をもたらしている。

本書は、本地球宇宙平和研究所の中西治理事長の11冊目の著作である。本書の出版にあたって、私はその編集・校正でお手伝いをさせていただいた。ここでは本書の内容と意義について若干の解説を加え、大著である本書の読みどころをページ番号を付して紹介したい。

現代における大転換と革命、そして人間

「現代」とはいかなる時代か。著者は「工業革命から運輸通信情報革命にいたる一連の科学技術革命が急速に進展し、同時に独立革命と民主主義革命が進行し地球が一つの人類共同体に成りつつある時代」(pp.121-122)とする。科学技術によって水平・垂直両方向に人間の結びつきが拡大された。その拡大のあり方は科学技術などの進度によって制約されてきたが、主権国家とナショナリズムは一定の地域統合と平和をもたらし、その枠組みがグローバル・スタンダードとなることで地球上は主権国家システムで覆われた。著者はこの現代の始まりを1776年のアメリカ独立宣言と1789年のフランス人権宣言に見る。外部からの政治的従属を脱するという独立革命は約200年かかって公式には地球上でほぼ完了する。内部における一方的な政治的従属を脱するという民主主義革命はいまだ進行中である。さらに1917年のロシア革命が平和の問題と経済的従属の問題に焦点を当てた。いずれの革命も科学技術の発展と社会の変化に対応した国内秩序、国際秩序をつくりだそうとする試みである(pp.249-250)。

私たちが生きる21世紀はこの変化と革命の延長線上にある。しかし、20世紀後半からの科学技術のとりわけ急速な革新は、人間の生き方についての考え方とそれとの間のギャップを著しく増大させている(p.19)。戦争技術の発展はその最たるものである。ナショナリズムの規模とグローバリゼーションとの衝突も顕著になった。地球規模の問題が極めて重要になっている。人間は地球の外に一歩を踏み出してもいる。脳科学などの新たな研究は人間や世界といった概念そのものを根本から揺るがしかねない。これまでにない大きな変化に対しては、これまで以上に大きな枠組みでの捉えなおしと取り組みが必要である。「21世紀は人間・科学技術・社会の総合革命が進行する時代である。」「21世紀は20世紀までとは質的に異なる社会を作り出す時代」であり、「それにふさわしい智恵と知識と技術をあわせもつ人間」が必要とされるのである(p.250)。

総合史としての宇宙地球史

本書は二つのアプローチからこの問題に取り組む。一つはより大きなアプローチである。国民国家を世界の単位とする国際政治学・国際関係論を遥かに超え、本書は総合史としての宇宙地球史を提唱する(p.66)。グローバリゼーション(地球一体化)に加えてコスモナイゼーション(宇宙一体化)という概念が提示され、そこに私たちが生きる 20‐21 世紀が位置づけられる(pp.120-122)。本書では宇宙・地球・生命の誕生(第3章)から、思想家・宗教家による宇宙観・世界観(第4章)や、グローバル・ヒストリーの業績(第2章)までが網羅的に取り上げられる。本書が描くのはいわゆるグローバル・ヒストリーをも超えるビッグ・ヒストリー(大きな歴史)である。本書はこうした取り組みに関する総合的かつ入門的な単著として、日本における最初の一冊である。

ここで大きく提示されるのは、客観世界における脱人間中心主義であり、主観世界における人間中心主義である。前者によれば、人間はビッグバン以降に生じた元素によって構成された生物の一つに過ぎない。人間という存在は宇宙・地球に依存する。人間は万物の霊長ではないのである(p.367)。しかし、人間にとって人間は重要である。著者の歴史的評価における多数者の重視(p.33)や、理論における論者のポジショナリティの重視(p.361)、人間が神や仏を作る(p.16)といった考え方は後者によるものである。

ロシア革命・中国革命・9.11

その一方、本書ではこのような大きな歴史の中で、20‐21世紀の大きな具体的出来事、ロシア革命(第5 章)、中国革命(第6章)、9.11 (第8章)ならびにその淵源としてのイスラエル建国(第7章)に検討が加えられる。これが本書のもう一つのアプローチである。その問題関心は、資本主義やナショナリズムなどによって分断された現代世界の統合と平和、その可能性の模索にある。

ロシア革命はアメリカ独立革命、フランス民主主義革命の延長線上に、新たに平和と社会主義の問題を提起するものであった(p.249)。それは資本主義がもたらしてきた世界の従属関係を新たに再構成しようとする試みであったがゆえに、20世紀における転換点となるものであった。共産主義の社会主義からの決別は、第一次大戦に反対したかどうかにあった。ナチス・ドイツに対する勝利へのソヴェト連邦の功績は決定的なものであった。さらにソヴェト連邦は宇宙に初めて人間を送り込んだ。だが、ソヴェト連邦は平和時における市場化・情報化に失敗し、人々の支持を失い崩壊した(p.243)。独立革命として始まった中国革命はその教訓に学びながら、工業化・市場化を進めている。アメリカ革命・フランス革命を含め、いずれの革命もまだ終わっていない未完の革命である。

イスラエル建国は9.11の淵源の一つであるが、それにはソヴェト連邦のスターリンとモロトフが大きな役割を果たした(p.344)。ソヴェト連邦はナショナリズム・ファシズム・レイシズムに対するオルタナティブを体現しようとしていた。しかし、イスラエルが建国されると、ソヴェト連邦のユダヤ人はソヴェト連邦を捨てイスラエルへと移住した。スターリンは裏切られた思いをした(p.350)。インターナショナリズムにナショナリズムが優ったのである。時代はナショナリズムの時代であった。

21世紀に至り、9.11はグローバリゼーションの結果を十二分に利用して計画され、組織されて、実行された。それへのアメリカ合衆国の対応は、アフガニスタンやイラクを攻撃するという旧来の対応であった。著者はアメリカ独立革命から現代が始まると考えるが、そのアメリカ合衆国が古さを体現し、9.11実行者が新しさを体現している。その意味で9.11は20世紀までの歴史と、21世紀以降の歴史を分かつ出来事なのである(p.362)。

おわりに

大転換の時代は、物質的・経済的な苦しみとともに、今までの信念体系の崩壊という精神的な苦しみをももたらす。なぜ自分だけが、なぜ今になって……、そう問わざるをえない裏切られたとの思いは、ときに陰謀論に回収されもする。しかし、そのときにこそ、宇宙地球史の中に20‐21世紀を論ずる本書は、新たな旅立ちのための灯明となるだろう。

母が1945年8月15日の玉音放送直後に「三代目は国を滅ぼしましたね」と父にひそひそと語っていた。これは驚きであった。私にとって昭和天皇は神武天皇以来124代目であったが、明治生まれの両親にとって昭和天皇は明治・大正に続く三代目であった。母のこの言葉が私の戦後思想への旅立ちとなった(p.12)。

確かに現代の私たちはある種の行き詰まりに至っているのかもしれない。しかし、その行き詰まりに気付くところに、新しい思想そして新しい時代への旅立ちがある。万物は流転する。その意味で絶対というものはない。今はとりわけそういう時代である。新しい宇宙地球時代にふさわしい人間が求められている。

2011年9月7日

むすび : 「双頭」のロシア -2008年〜2011年- : 現代ロシア社会論 (2)

中西 治 (20時02分)

現在のロシアはソヴェト時代から次の時代に移る過渡期

一国の社会は政治体制が変わっても、一挙にがらりとは変わらない。社会の前面に登場する人物も、主役は変わっても、他の登場人物はあまり変わらない。

たとえば、日本である。明治維新によって徳川幕藩体制が崩壊し、主役は徳川将軍家から天皇家に変わったが、他の登場人物はさして変わらず、そこへ新しい人間が出てくる。登場人物がそう変わらないのは、体制が変わっても、旧体制時代の人が全員いなくなるわけではないからである。

同じことは第二次大戦の敗戦前後の日本についても言える。私は1960年代末からよく外国に出かけたが、あるとき、外国でいまの日本の天皇は誰だと聞かれたことがある。私が「ヒロヒト」だと答えると、その人は怪訝な顔をして、「あのヒロヒトか」と尋ねた。私が「そうだ」というと、その人はびっくりして「日本は何という国だ」と言って驚いていた。その人が驚いたのも無理はない。あの戦争を引き起こしたヒトラーやムッソリーニはとっくの昔にいなくなっているのに、日本では戦後30年以上経っても、依然としてあの人は健在で、その地位にいたからである。

日本では1867年の大政奉還と王政復古以来、1868年の明治維新、1889年の大日本帝国憲法の発布、1890年の第1回帝国議会召集、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1914年の第一次大戦、1931年の柳條湖事件(満州事変)、1937年の廬溝橋事件(支那事変)、1941年の対米英戦争(大東亜戦争)、1945年の第二次大戦での敗北、1946年の日本国憲法の公布を経て今日に至っている。

第二次大戦後65年、そろそろ戦前生まれの人々が歴史の彼方に去り、社会の後景に引き下がるときである。

ロシアでは1861年の農奴解放以来、1905年の第一次革命、1906年の国家基本法と第一国会、1914年の第一次大戦、1917年の第二次革命(2月革命と10月革命)とソヴェト政権発足、1918年のソヴェト憲法の公布、1822年のソヴェト同盟の結成、1924年の憲法公布、1936年の新憲法(スターリン憲法)制定、1941年の独ソ戦争勃発、1945年の第二次大戦での勝利、1953年のスターリンの死、1877年の新憲法(ブレジネフ憲法)制定、1985年のゴルバチョフ書記長登場と1990年の大統領就任、1991年のソヴェト同盟解体を経て今日に至っている。

ソヴェト同盟解体からまだわずかに20年、プーチンやメドヴェージェフのようなソヴェト時代に生まれた人が活躍しても不思議はない。それはまだ当分続くであろう。現在のロシアはソヴェト時代から次の時代に移る過渡期である。

プーチンとメドヴェージェフはソヴェト体制が生み出した人材

1991年12月にソヴェト同盟がなくなってから今日までの20年間のうち最初の10年間、エリツィンの時代は、旧体制が解体する過程と新体制が建設される過程が進行した時期であった。次の10年間、プーチンとメドヴェージェフの時代は、エリツィンが作った体制を手なおししながら新しい体制を確立しつつある時期である。エリツィンはソヴェト時代の指導者、プーチンとメドヴェージェフはソヴェト時代に生まれ、育ち、教育をうけた、ソヴェト体制が生み出した人材である。

プーチンはソヴェト同盟共産党員であり、党そのものがなくなったので、離党も脱党もしていないと言っている。メドヴェージェフは彼自身が大学時代に青年共産同盟の委員を務めており、普通なら、共産党員になっていたであろうが、時はソヴェト体制の末期、この時期に彼は洗礼をうけ、ロシア正教徒になっている。だから、共産党員になっていたがどうか確言はできないが、父方の祖父と彼に対するメドヴェージェフの考えを知ると、共産党に近い若者であったことは確かであろう。

メドヴェージェフの年次大統領教書や予算教書はソヴェト時代でもそのまま通用する、大学の研究者・教育者らしい、論理的な、なかなか読ませる文章である。

プーチンは2008年2月、8年間の大統領の任期が終わるのを前にしてかく語った。「この8年間ずっと私はガレー船の奴隷のように、朝から晩まで、耕し続けた。私は全力を傾注してこれをおこなった。」45

そして、いま、4年間の首相職が終わるのを前にしても、おそらく同じことを語るであろう。彼は真面目な努力家である。

私はこの講義の冒頭でプーチンをアンドローポフ型の政治家であり、エリツィンが作った体制の改革者であり、体制の効果的な運用をはかる行政官であり、実務家であると評した。プーチンはエリツィンが作った市場化・民営化の枠内での改革に徹した。プーチンもソヴェト経済の計画・管理体制が機能不全に陥っていることをよく知っていた。したがって、石油と天然ガスの私物化に反対し、これを公のものにしたかったが、だからといって、ソヴェト型の管理体制には戻さず、市場化・民営化の枠内で処理した。ここがプーチンのプーチンらしいところである。

プーチンはテロやチェチェン戦争では蛮勇を奮った。プーチンはエリツィンが期待した「政治闘争に必要な巨大な意志と巨大な決断」を発揮できる人であった。私はプーチンの11年余にわたる大統領と首相としての実績を見て、彼はレーニンとスターリンが持っていた「強い意志と決断力と行動力」を持っていることを知った。プーチンはソヴェト体制が生み出した有能な共産党員であり、諜報部員であり、軍人であり、政治家である。

メドヴェージェフのアブハジアと南オセチアの独立承認は「英断」

メドヴェージェフはプーチンの強烈な個性の前で影が薄い。しかし、メドヴェージェフ大統領がおこなったアブハジアと南オセチアのグルジア共和国からの独立承認はきわめて重要な意味をもっている。独立国「南オセチア」がロシア連邦に属する「北オセチア」と合併し、「オセチア共和国」となり、独立を宣言した場合、ロシア連邦はどのように対応するのであろうか。「南オセチア」の独立を承認したロシア連邦は「オセチア共和国」の独立承認を拒否するのは難しいであろう。同じことはチェチェンについても言える。

「アブハジアと南オセチアの独立承認」は、メドヴェージェフが最初に考えていた「連合国家」構想とは違うようであるが、これは結果として「英断」であった。この決定は、チェチェン問題の再燃をはじめ今後さらにつぎつぎと起こる可能性のある民族独立問題を、血を流さないで解決するだけでなく、新たな統合への出発点となりうるものである。

「カティンの森事件」はソヴェト軍とドイツ軍による二つの銃殺事件が重なったもの

「カティンの森事件」を正しく理解するためには、ロシアとポーランドとの長い複雑な歴史を知らなければならない。

帝政時代、ポーランドはロシア帝国の一部であり、ロシア人がポーランド人を支配していた。ソヴェト政権樹立後、ポーランドはロシアの支配から解放されたが、1920年に再び労農赤軍の攻撃をうけ、これに抵抗して勝利し、ポーランドは多数の赤軍兵士を捕虜とし、多くのソヴェト領をポーランドのものにした。

その後、1939年にソヴェト軍はドイツ軍と呼応してポーランド領に入り、ポーランドを分割、20年間ポーランド領となっていた多くの失地を回復し、多くのポーランド軍人・憲兵・警察・刑務所看守などを捕虜とした。そのうち農民と下層の出身者は即座に解放され、他の多くはアンデルス指揮下のポーランド軍に編入されたが、赤軍捕虜を虐待した者、反乱を企てた者、ソヴェト軍兵士を攻撃した者、その他の犯罪行為をした者は罰せられた。なかには銃殺された者もいた。カガノーヴィチ元政治局員によると、その数はほぼ3500人と言われている。46

ロシア側もいまでは「カティンの森事件」の一部はソヴェト軍が銃殺したことを認めている。私は、この事件はソヴェト軍による銃殺とドイツ軍による銃殺の二つの事件が重なっている、と考えている。

メドヴェージェフとプーチンの「双頭」体制は人為的に作られたもの

最高指導者というのは、その地位に就かせてみないと分からない。期待していたのが、期待に応えない場合があるし、期待していないのが、案外、うまくやる場合がある。

メドヴェージェフは走り始めたばかりであり、この先まだどうなるのか分からないが、アブハジアと南オセチアの独立承認や政治制度改革などをみると、メドヴェージェフはプーチンの枠を越えようとしているようである。

ロシアにおいて大統領制は馴染み深いものではない。それはソヴェト同盟共産党の統治体制が機能しなくなったところで急に出てきたものである。私は共産党がこれまで果たしてきた役割を現在はどこが果たしているのかに注目してきた。いまではそれを果たしているのは大統領府であると考えている。

かつて、ソヴェト同盟共産党中央機関はクレムリンの外にあり、国家・政府機関はクレムリンの中にあった。ロシア連邦共和国の国家・政府機関はクレムリンの外、通称「ホワイト・ハウス」にあった。

いまでは、ロシア連邦の大統領府はクレムリンの中にあり、国家・政府機関はこれまで通り、「ホワイト・ハウス」にある。そして、いまは、メドヴェージェフ大統領を頂点とする大統領府が、かつて共産党が果たしてきた内外政策の基本を企画・立案・決定する役割を果たしている。政策を実行するのはプーチン首相をはじめとする政府である。

私はロシア連邦大統領を2期8年間も務めた大物のプーチンが大統領退任後に、普通は降格と見られる、首相に就任したのは、エリツィン大統領の時代を振り返り、大統領制が持っている独断専行の可能性を除去するために、ソヴェト時代に存在した「双頭」体制を人為的に復活させたのではないかと考えている。

大統領制が有効に正常に機能するためには、強力な議会が必要である。米国では大統領と議会(上院および下院)の「双頭」である。しかし、現在のロシアでは連邦会議(上院)議員は連邦構成主体議会の第1党の推薦によるものであり、与党優位にあり、国家会議(下院)も与党「統一ロシア」が過半数をはるかに超えており、これは次の選挙でも変わりそうにない。ロシア連邦共産党のイリューヒンは議会支配の復活と大統領制の廃止を求めているが47、差し当たり、これは実現しそうにない。となると、大統領の独断専行を抑えるためにプーチンのような大統領経験者が首相職に就くというのは、案外良い方法であるかも知れない。

4人の指導者は「融けつつある氷山」の上に住む、崩壊しつつあるインペリアの指導者か

この講義でしばしば引用してきたジャーナリスト・ソロヴィヨーフと政治学者ズロービンの著書はゴルバチョフ、エリツィン、プーチン、メドヴェージェフの4人の指導者を「融けつつある氷山」の上に住む、崩壊しつつあるインペリアの指導者と評している。それはなぜか。

それは、ソヴェト同盟が各同盟構成共和国の国境にしたがって、きちっと分解・崩壊したと考えるのは単純である、からである。というのは、これらの各共和国は多くの場合、当時存在していた民族的、宗教的、文化的、軍事的もしくは経済的区分けを考慮しないで、主観的に作られたからである。だから、これらの国境の再検討はこれからも起こりうるし、それがソヴェト同盟崩壊後の地域の不安と不安定を増幅させるからである。この地域に形成された政治地図は最終的なものではない。これはロシア自身にとっても良いことである。国境が維持されるというのは事実ではない。したがって、心理的、政治的、軍事的にこれに備えなければならないというのである。48

私もそのように思っている。だから、チェチェン問題のように、独立を認めないのではなく、アブハジアと南オセチアの場合のように、独立を認めることが必要なのである。人間は一方では独立を求めながら、他方では統合を求める。

私はこの20年間ほどのロシアをそれほど異常だとは考えていない。あれほど大きな国、多民族の国では世の中が変わるのに時間がかかるのは当然である。やっと、ロシア社会も落ち着き始めた。まだ揺れ動いているが、私はロシアを「融けつつある氷山」の上にある国とは考えていない。ロシアは「雄大なユーラシア大陸」の上にある国である。

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45 『プーチン、かく語りき』Eksmo社、モスクワ、2011年(ロシア語)、154−155ページ参照。
46 前掲、イリューヒン『プーチン。知らない方がよい真実』131−132ページ。
47 同上書、32ページ。
48 前掲、ソロヴィヨーフ/ズロービン共著『プーチン − メドヴェージェフ 次は何か』172ページ。

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