中西 治 (21時04分)
これは世界観 (world view) 以上のものである。それは科学 (science) そのものの考え方 (concept) である。
それは相当前までトーマス・ジェファソン (Thomas Jefferson) の時代には自然哲学 (natural philosophy) と呼ばれていたものである。ここでは、哲学の研究と、世界における人間の地位および人間の神に対する関係についての研究、との間に区別はなかった。
ニュートン (Newton) 自身は次のように語っていた。
世界と宇宙を理解しようと試みている、そうすれば、神の計画を知ることができるから、と。
アインシュタインはニュートンのこの言葉に共鳴し、次のように語っていた。
私は物理を研究している、「神の心」を理解しようと試みているから、と。
世界を理解し、成文化する科学的方法と客観的システムの利用は、紀元前 16 世紀のギリシャに起源を発している。
そのとき、私たちは観察から理論に向かった。観察は長い先行理論を持っていた。それは、あなたがカレンダーとか、天文学とか、いつ植えて、いつ刈るのかを理解したいと望んだときに、あなたがおこなったことであった。しかし、それらは完全に経験的であった。
そこにはある客観的理論が存在する。その理論は、ある事柄と、人間の経験によっては理解されていないものとをつなぎ合わせている。このようなアイデアを私たちに与えてくれたのはギリシャ人であった。
ギリシャ人たちは、また、数学、論理学、統計学などの形式的システムを私たちに与えた。
後に思索家たちは場の価値 (place value) のような概念 (ローマ数字で大きな数字を書こうとする場合を考えよ) と正にゼロの概念 (the very concept of zero) を私たちに与えた。
2011年11月27日 21時04分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時01分)
蒸気機関の前、本当に厳しい仕事を成し遂げたいとき、水力 (water power) を用いた。
水力が最初に利用されたのは、共通暦紀元前 (BCE=before common era) 240 年、中東の肥沃な三日月地帯と小アジアであった。それはきわめて効率の良い科学技術革新であった。牽引用動物を使わないで重い荷物を運んだからである。それは流れる水の動きを有用な仕事に変えた。
水力は社会と経済の重要な部分として残り、うまく発展した。それがヨーロッパで工業革命を発火させた。
事実、ある人は次のように主張している。
ヨーロッパにおける豊富な降雨と多くの河川が水力を基礎とした経済を作り出し、そのことが、ルネッサンス後期に始まる世界の他の地域を凌駕する技術の発達をヨーロッパに許したのであると。
米国ニューイングランドの工場制度の場合も同じである。ここでは製粉所がマサチュセッツ、ニュ-ハンプシャー、ロードアイランド、コネチカットの河川を利用して建てられた。
効率 (efficiency) について言えば、自動車のガソリン・エンジンが到達し得る効率水準は燃料対効果の転換率に換算してわずかに約 30%である。
水が水車の下を流れる「アンダーショット (undershot) 」水車は 2000 年以上も前に発明されたが、その効率は 25%を超えている。人工水路を造り、「オーヴァーショット (overshot) 」水車にすると、水が水車の上を流れ、その効率は 75%に急上昇する。
もし、自動車をこのように造ることができると、 100mpg (1 ガロン当たりの走行マイル) 自動車はまったく問題なくなるであろう。
問題は大きさの十分な貯水タンクを丁度うまく造ることである。
2011年11月26日 21時01分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時01分)
電力 (electric power) の前は蒸気力 (steam power) であった。
最初の蒸気機関 (steam engine) は 1690 年の「フランス人パパンのエンジン (The French Papin engine) 」であった。
1690 年から 18 世紀初期、および、 1712 年のセイヴァリ (Savery または Savory) からニューコメン (Newcomen または Newcomb) を経て、最後はワット (Watt) に至るあいだに、蒸気機関は人間の仕事をする能力を増大させ、巨大な違いを生み出した。
蒸気機関の前、何か、実質的なことをするためには牽引用動物 (draft animals) が必要であった。
採炭は危険をともない、小規模であった。鉱山の排水用ポンプを動かすのに利用された蒸気機関は、石炭採掘を現実的にした。最終的にかなり十分に採炭できるようになり、それが逆に蒸気機関の基本的な燃料となった。これは燃料化の科学技術革新が他の科学技術革新を可能にし、それが逆に最初の科学技術革新に影響を与える例である。
私たちが歴史の研究で学ぶことの一つは、そこには上昇直線はなく、それは常にジグザグであることである。
蒸気機関は確かに一歩前進であった。けれども、それが最終的な形となり、動く蒸気機関車 (locomotives) や蒸気汽船 (steamboats) の目標に達し、運輸を永遠に変えるためには 100 年以上の歳月を要した。それがまた経済と国家を変えた。
2011年11月25日 21時01分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時00分)
ダーウイン (Darwin) がこの理論を初めて提起したのは 1859 年の『種の起原について (On the Origin of Species) 』であった。この理論は制作に 25 年を要した。
ダーウインは、私たちがいま理解しているような理由で、その出版をものすごく恐れていた。それは私たちが自然の秩序の中で占めている場所の見方を変えた。
ある人々は、それは人間 (humankind) を永遠に貶めたと言いたかったようである。というのは、ダーウインは私たちが正に動物 (animals) である、特別な種類の動物 (animals of a special sort) である、それにもかかわらず、動物であるということを明確にしたからである。
私たちの進化 (evolution) と自然選択 (natural selection) についての理解は、その後、生物学、生態学、健康管理、人口動態、および、自然界における人間行動の多くの結果についての私たちの理解をすべて形作っている。
ハシックはダーウインについてここまでしか書いていない。米国ではいまもダーウインについて自由に論ずることは難しい。人間は神が創造したものであり、ダーウインの説は神の権威を傷つけると考える人がいるからである。
ダーウインはいかなる非難にも屈せず、敵を苦しめて喜ぶ人間の子孫であるよりも、飼育係の命を救おうとして敵に立ち向かった猿の子孫であることを願っていた。
2011年11月24日 21時00分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (20時58分)
人々と動物が骨の折れる労働をするのが常であった仕事に電気 (electricity) を利用することができると考えるのは革命であった。
ハンス・クリスチャン・オーステッド (Hans Christian Orsted) は 1820 年にその効果に気付いた。
1821 年にマイケル・ファラデー (Michael Faraday) が電動機 (electric motor) を思い付いた。
現代社会における原動力 (motive force) のほとんどと T.ボーン・ピッケンズ (T. Boone Pickens) が燃える化石燃料 (fossil fuels) によって作られていると宣伝しているすべての電気、エレヴェーターとエスカレーターで私たちを持ち上げ、私たちの自動車でターンさせているものなど、すべての物は、私たちのために働く電動機を有しており、電灯 (electric lights) を有している。
これらすべては電磁気 (electromagnetism) の諸理論から来ている。
電気がいかに重要であるか。
エジソン (Edison) がニューヨークのマンハッタンに最初の電球を取り付けてから 5 年後、最初の発電会社「エジソン電気会社」は大晦日の真夜中に 5 分間、電灯のスイッチを切ることによってその記念日を祝うことを望んだ。ニューヨーク市長は、これは公共の安全を危険にさらすと宣言し、エジソンが電源を切らないようにした。
冷凍庫と冷蔵庫のケースに繋がる電気が切られている食料品店に行くことを考えてもみよ。私たちの食料供給制度、私たちの通信・運輸制度を考えてもみよ。
工業化された社会で私たちが何もしないというのは、電気がなければ、可能である。
実は、イラクとアフガニスタンで私たちが成功できるか否かを計る手厳しい物差しは、私たちがインフラストラクチャー (infrastructure:文明社会の基本設備) を建設でき、照明を確保できる能力を持っているか否かである。
2011年11月23日 20時58分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (20時57分)
科学技術革新#25 は 1912 年に発明された相対性 (relativity) と量子力学 (quantum mechanics) である。
特殊相対性 (special relativity) 以来、 1905 年のアインシュタイン (Einstein) の奇跡的な年以来、私たちはやっと 103 年である。私たちが工業化された社会で触れているものはすべて、アインシュタインと彼の同僚の恩恵を受けている。
事物と宇宙を観察する私たちの全体的な見方は、 1905 年から 1912 年までの 7 年間に変わった。
現実に、あなた方は、このペーパーをスクーリンで読み、電話で話し、テレヴィジョンを見、自動車を運転していないだろうか。もしくは、ソリッド・ステート (solid-state:電子管の代わりに半導体や集積回路などのような固体物性を利用した素子) なエレクトロニクス (electronics:電子工学) を使っていないような、現代的な驚くべき、その他のものを使用していないだろうか。
このエレクトロニクスは、最大の諸銀河系 (galaxies) から最小の原子内粒子 (subatomic particles) に至るまでの、宇宙の構造 (the structure of the universe) についての思考方法における革命的な科学技術革新によって可能となった。
この思考方法の革命的革新が私たちをしてマイクロエレクトロニクス (microelectronics:超小型電子工学) やナノテクノロジー (nanotechnology:ナノメートル=10 億分の 1 メートルレベルの微細加工技術) を作ることを可能にしている。
現実に、私たちが 20 世紀に作り出した原子爆弾 (the atom bombs) をいかにして取り除くのかという、 21 世紀のより厄介な、未解決な挑戦の一つが存在することもまた、この相対性と量子力学に負っている。
2011年11月22日 20時57分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (20時48分)
2011年11月20日に配信された2011年度第4号講義を複数回に分けて掲載いたします。ー事務局
特定非営利活動法人 地球宇宙平和研究所
ユニバーサル・ユニバーシティ・インターネット
2011年度講義録第4号 (2011年11月20日)
ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)
――科学技術革新を中心として――
中西 治
はじめに
前回に引き続き「ユニバーサル・ヒストリー (宇宙地球史) 入門」について講義する。
今回はイノヴェーション (Innovation) を中心とする。
イノヴェーションは一般に「技術革新」と訳され、近年の電子工学・石油化学工業などにおける新技術の開発を意味するとされているが、「技術革新」は決して近年の「技術革新」に限定されるものではない。それは人類誕生以来の「技術革新」である。
あらゆる「技術革新」の前には必ず「意識革新」がある。いまのままでは不便である、生活しにくい、改革しなければならないという「現状改革」の意識である。自覚するか否かにかかわらず、この「意識革新」なしに、「技術革新」はない。
意識と知識を体系化し、原理化し、応用するのが「科学」である。
イノヴェーションは「技術革新」であると同時に、「科学革新」であり、「科学技術革新」である。
国際ビッグ・ヒストリー学会会員向けニューズレター (IBHA Members’ Newsletter) 第 1 号 (2011 年 4 月) は、米国のフィラデルフィアにある対外政策研究所上級研究員ローレンス・ハシック (Lawrence Husick) が 2008 年に科学技術革新の歴史についておこなった講義「石からシリコンまで: 科学技術革新の簡潔な概観 (From Stone to Silicon: Brief Survey of Innovation) 」を掲載している。
彼はこの中で「科学技術革新」は単なる諸々の科学技術革新の成果だけではなく、新しい方法、アイデア、もしくは、製品などを導入することによって生ずる変化のプロセスも含むことを強調している。
そして、「人間の歴史においてもっとも重要な科学技術革新は何か」という「難しい問」を提起し、自ら次の 25 の重要な科学技術革新を挙げている。
1. 相対性と量子力学、 2. 電磁気、 3. 進化と自然選択、 4. 蒸気力、 5. 水力、 6. 科学、7. 動くタイプ (印刷機) 、 8. 化石燃料、 9. 労働の専門化、 10. 紙、 11. ホイル (円形の物) 、 12. 公式法典、 13. 貨幣、 14. 神と宗教、 15. 書法、 16. 食糧貯蔵、 17. 冶金学、 18. 陶磁器、 19. 農場、 20. 衣類、 21. 象徴的コミュニケーション、 22. レバーのような単純な器具、 23. 傾斜板のような単純な器具、 24. 火の制御利用、 25. 話し言葉。
この科学技術革新の順番は、ほぼ新しいものから古いものに遡っている。
最後に、「 26. 志向的教育」を追加している。
ここでは、この 26 の科学技術革新をハシックの順番にしたがって、紹介しながら、科学技術革新と人間の生活の変化、社会の変化、ユニバーサル・ヒストリーの発展を考えることにする。
2011年11月21日 20時48分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (9時00分)
第四の基準である大戦争とはそれまでの国際秩序を崩壊させ、新しい国際秩序を生み出す戦争である。
この基準にもとづき、私は20世紀から21世紀にかけての大戦争を四つ挙げている。
「第一次大戦(Great War I)1914-1918」、「第二次大戦(Great War II)1931-1945」、「第三次大戦(Great War III)1950-1989」、「第四次大戦(Great War IV)1990-(暫定的=Tentative)」である。
「第一次大戦」は戦前の3国同盟・3国協商体制を崩壊させ、新たにヴェルサイユ・ワシントン体制を作り出した。
1931年の「満州事変」で始まった「第二次大戦」はヴェルサイユ・ワシントン体制を崩壊させ、新たにヤルタ・ポツダム体制を作り出した。
私が1950年代から1980年代にかけての米国の朝鮮戦争とヴェトナム戦争およびソヴェトのアフガニスタン戦争を一括して「第三次大戦」と規定しているのは、これらの戦争がヤルタ・ポツダム体制を作り、支えてきた米国とソヴェトの力を弱め、国際的地位を低下させ、この体制をヨーロッパで完全に崩壊させたからである。
私が1990年代から21世紀にかけての湾岸戦争・イラク戦争・9.11・米国のアフガン戦争を「第四次大戦」と暫定的に規定しているのは、この戦争が現在まだ終わっていないこと、これら一連の戦争の淵源である1948年のイスラエル建国にともなうアラブ・イスラエル紛争がまだ解決されていないこと、しかし、この紛争の解決と「第四次大戦」の終結は21世紀の地球秩序を作る上で重大な役割を果たすであろうと考えているからである。
21世紀の現在も国内の矛盾は革命によって、国際的矛盾は戦争によって暴力的に解決することは続いており、大革命と大戦争が依然として時代を区切る役割を果たしている。
おわりに
私のユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)研究はやっと助走を終え、出発点に立った。これからいよいよ本格的な研究を始める。その手始めに、これまでの研究を整理し、その問題点を明らかにしようとしたのが、この講義である。
今回は主として時期区分について論じた。
時期区分は、歴史研究者にとって、当該歴史全体をどのように把握しているのかを示す、きわめて重要な作業である。そこには未解決の問題がある。「前人類時代」とか、「前現代」という時期規定は、その時代の特徴を積極的に提示していない。今後、研究を重ね、これを提起したい。
研究の進展に応じ、随時、ユニバーサル・ヒストリーについての講義をおこなう。
2011年11月15日 9時00分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (9時00分)
第三の基準である政治的・社会的大革命とは時代の区切りとなるような革命である。
これにもとづき、工業革命以後の社会の変化を概観すると、次のようになる。
工業社会はブルジョアジーを生み出した。
彼らは18世紀から19世紀にかけて、アメリカ大陸の植民地で本国の支配からの離脱を求めて独立革命を起こし、成功した。
彼らはフランスで封建的な専制支配からの解放を求めて民主主義革命を起こし、王制を打倒し、共和制を樹立した。
20世紀に入り、彼らはロシアで帝政の崩壊後に臨時政府を組織したが、第一次大戦から離脱せずにドイツとの戦争を継続したために民衆の支持を得られず、権力の座から追い出された。
ここまでが「現代第一期(First Period of Modern Era)」であり、ブルジョア革命の時代であった。
これ以降「現代第二期(Second Period of Modern Era)」に入った。
ロシアの臨時政府に代わって登場したのが、体制から疎外されていた知識人・労働者・農民などのプロレタリアートであった。彼らはソヴェト政権を樹立した。
中国では1911年に辛亥革命が起こり、満州人の支配する清朝が打倒され、共和制が樹立されたが、軍閥が地方を割拠し、内紛が続いた。
ロシアでソヴェト政権が発足した後、中国でも労働者と農民を基盤とする共産主義者が勢力を伸ばし、1949年に中華人民共和国を樹立した。
20世紀前半はプロレタリア革命の時代であった。
20世紀後半に米国で人権革命が起こり、黒人に対する差別は著しく減少した。ソヴェト体制は情報技術革命に対応できず、ソヴェト同盟は解体した。
私は工業革命以後を「現代」とし、それ以前のコロンブスのアメリカ到達からアメリカ独立革命までを「前現代(Pre-Modern Era)」とした。
「現代」と「前現代」の違いは、「現代」が工業革命の時代、工業社会であるのに対して「前現代」は農業社会であり、農業革命・農業社会から工業革命・工業社会への過渡期であった。
以上の時期区分について、今回、辻村伸雄さんが私の著作を国際ビッグ・ヒストリー学会に紹介するにあたって図表化した。
そのさい辻村さんからの問題提起をうけて、意見を交換し、上記の時期区分について私は次のような補正をおこなった。
上記の『ロシア革命・中国革命・9.11――宇宙地球史の中の20-21世紀――』では1492年から1776年までを「前現代」、1776年から1917年のロシア2月革命までを「現代第一期」、1917年のロシア10月革命から今日までを「現代第二期」としていたが、今回、「現代第二期」を1991年12月のソヴェト同盟の解体までとし、それ以後今日までを「現代第三期」とした。これはソヴェト同盟解体後の20年ほどの事態を観察・検討した結果である。
2011年11月13日 9時00分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (9時00分)
第二の基準である科学技術革命は人間の生活の仕方と社会に変化をもたらす最大の要因である。
この基準にもとづき、「人類時代」を「採取・狩猟期(Gathering-Hunting Era)」、「農耕・畜産期(Farming-Breeding Era)」、「工業生産期(Industrial Manufacturing Era)」の三つに分けた。
「採取・狩猟期」にも人類は石を使い、火を使ったが、その技術水準はきわめて低かった。採取・狩猟社会であった。
最初の大きな科学技術革命は1万年前の農業革命であり、農業社会を生み出した。
第二の科学技術革命は1765年のワットによる蒸気機関の発明に始まる工業革命であり、工業社会を生み出した。
第三の科学技術革命は1970年代に急速に進んだ情報技術革命であり、知識情報社会を生み出した。
2011年11月11日 9時00分 | カテゴリー: コラム・論考