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2009年7月20日

第2回グローバル・アカデミー報告

岩木 秀樹 (18時54分)

2009 年 7 月 19 日 (日) 13:40 から 16:40 まで、横浜市青葉区区民活動支援センター会議室 4 で、第 2 回「グローバル・アカデミー  GA (地球大学院) 」を行いました。 8 名の方が参加され、白熱した議論をすることが出来ました。

1 コマ目 (13:40-15:00) には片山博文 (桜美林大学准教授) さんが「フレデリック・ソディのエコロジー経済学」を、 2 コマ目 (15:10-16:40) には林亮 (創価大学教授) さんが「国際関係論は西欧近代を如何に超克するか」を発表しました。

片山さんの発表では、環境・エネルギー・金融危機の原因が現在の貨幣制度にあるとしたソディーに着目し、経済におけるエネルギー問題とエントロピー問題の重要性を指摘しました。市場や貨幣中心の経済ではなく、貨幣の肥大化を防ぎ、貨幣と商品を等価なものと考え、共同体が所有していない仮想的な富を制限する新しい経済学の可能性を考察しました。

経済学に疎い私は片山さんの発表に学ぶことが多く、現在の弱肉強食の経済体制を根源から見直す機会になりました。特に次のような議論が非常に示唆に富んでいました。永続的成長が続くことを前提とした市場経済はエントロピー法則を無視している。すべての生命活動の基盤は太陽であり、その恩恵を直接受けている植物こそが真の資本家である。物々交換から金属貨幣、紙幣へ、さらにバーチャルな信用経済へと進む現在であるが、実体的裏付けがないから暴走する可能性が増える。エントロピーは極大化する方向であるが、生命のみが低エントロピーを維持しているということは、生命に何かが隠されているからである。これらの議論は非常に新鮮で、今後の新しい経済のあり方を根本から問題提起するものでした。

林さんの発表では、西欧近代が生んだ現在の諸矛盾を解決すべく、西欧近代の思考様式を紹介し、西欧の脱中心化を図るとともに、パラダイム転換の必要性を考察しました。サイード、ウォーラステイン、リヴァシーズ、フランクなど広範な論者を批判的に摂取しながら、支配的でも強制的でもない知のあり方を模索し、西欧中心の国際関係論から地球国際関係論へパラダイムシフトすべきであるとしました。

林さんの発表後の議論は非常に白熱し、西欧近代における侵略や植民地化などの「負」の歴史と、西欧近代がもたらした「普遍的な」人権や民主概念との対立関係で論議は盛り上がりました。「負」と「正」、「特殊」と「普遍」のどちらかであるといった二項対立ではないし、一方的にどちらかを否定は出来ないですが、どちらを重視するかで議論となりました。人権、民主、平和概念は現在ほぼ「普遍」概念として日常的には使用されているが、そのイデオロギー性を暴露することも重要であろう。しかし、ある一定の普遍性があることにも留意が必要であろう。たらいの水と一緒に赤子まで流してしまっては、今までの先人たちの努力が水の泡となってしまう恐れもある。いずれにしても今後の精緻な研究が待たれよう。

自由に議論し、その後ビールを片手にさらに深めていく、このような知的サロンこそが今、求められているのではないだろうか。家庭、会社、大学、様々な組織でも、このように忌憚なく自由にしゃべれる場はそれほど多いとは思えない。今後も自由に白熱した議論をするグローバル・アカデミー GA (地球大学院) にしていきたい。

2009年7月15日

「緊急開催! NPOと政党の政策討論会 ―市民パワーと民主党の懇談会―」に参加して

中西 治 (12時55分)

昨日、2009 年 7 月 14 日に東京永田町の民主党本部で開かれた「緊急開催! NPO と政党の政策討論会 ―市民パワーと民主党の懇談会―」に参加しました。

民主党の主催ということになっていましたが、実際は特定非営利活動法人 NPO 事業サポートセンターとの共催のようでした。私は後者と連携している NPO 埼玉ネットからメールで連絡を受け、出席しました。

会場は民主党本部ホールといっても、間借りしている、それほど大きくないビルの 5 階でした。参加者は 200 人の予定でしたが、300 人以上が参加し、最初に挨拶した岡田克也幹事長が床が落ちないかと心配するほどでした。

会をリードしたのは民主党政策調査会の人々でした。

司会は京都の参議院議員、福山哲郎同会会長代理、報告者は比例区の参議院議員、直嶋正行会長、比例東京ブロックの衆議院議員、長妻昭会長代理、四国徳島の衆議院議員、仙石由人・市民政策議員懇談会会長 (横路衆議院副議長) 代行でした。

民主党は小選挙区制がもたらした政党です。小選挙区制が導入された 1996 年に旧「民主党」が結成され、1998 年に新「民主党」に発展し、そこに 2003 年に自由党が合流してできたのが今日の「民主党」です。自民党に対抗して選挙を闘うための「反自民連合戦線」です。

昨日発言した岡田さんは元自民党、直嶋さんは元民社党、仙石さんは元社会党、長妻さんは元新党さきがけ、福山さんは旧民主党です。結党以来十有余年にしてやっと一つの政党になり、新しい人材が育ちつつある感じです。

NPO から 7 人が貧困、福祉、教育、環境、国際協力、コミュニティなどについて報告し、毎週、2.5 人の子供が親によって殺されているという深刻な事実が紹介されました。民主党は「市民を主役とする社会」をめざしており、NPO と政党との間には一定の緊張関係が必要であると指摘していました。私もそう思います。

私は日本国憲法、とくに、第 9 条に対する民主党の政策を尋ね、「すくなくともこれから 4 年間、憲法改定、とくに、9 条を変えないこと」を来るべき総選挙の公約に入れるよう要望しました。

NPO が日本社会で果たしている大きな役割と私たちの研究所がこれから果たすべき役割について改めて考えました。有意義な会合でした。

2009年7月13日

日本の政治情勢について

中西 治 (18時26分)

風は恐ろしい。当事者も予期しないような結果をもたらす。

2005 年 9 月 11 日の衆議院議員選挙では自由民主党に「郵政民営化」の風が吹いたが、2009 年 7 月 12 日の東京都議会議員選挙では民主党に「政権交代」の風が吹いた。

自民党は小泉さんのおかげで 2005 年の選挙において小選挙区で 219 人、比例区で 77 人、計 296 人 (61%: 括弧内の数値は全当選者中に占める割合。以下、同様) の衆議院議員を獲得し、それに胡座をかいて今日まで小泉・安倍・福田・麻生と 4 代の内閣が続いた。

逆風は 2007 年 7 月 29 日の参議院議員選挙から吹き始めていた。この選挙で民主党は選挙区で 40 人、比例区で 20 人、計 60 人 (50%) の議員を獲得し、自民党の選挙区 23 人、比例区 14 人、計 37 人 (30%) を大きく上回った。参議院で民主党が多数派になり、自民党が少数派に転落した。

自民党はこのときに反省し、政策を根本的に改めるべきであった。しかし、自民党はそれをせず、参議院で否決されたものを衆議院の多数を頼んで再可決し、従来の政策を推進してきた。信を国民に問うという方法もあったが、総選挙をしても、衆議院議員が増えることは望めず、減ることは確実なので、解散もできず、政権に食らいついてきた。その結果が今回の都議選である。

麻生さんもついに 2009 年 7 月 21 日に衆議院を解散し、8 月 18 日に総選挙を告示し、同月 30 日に投票を実施するという。いまの衆議院の任期はあと 2 か月弱、2009 年 9 月 10 日には機能を停止する。選挙を 10 日ほど早めたからといって、主導的に解散権を行使したことにはならない。「追い込まれ解散」「野垂れ死に解散」である。

今度の東京都議会議員選挙が次の衆議院議員選挙にどのような影響を与えるのであろうか。

まず、今回の選挙結果を見ておこう。都議の定数は 127 人、今回の選挙結果と前回、2005 年の選挙結果を比較すると、民主党は 35 から 54 (42%) と 19 議席増やし、自民党は 48 から 38 (29%) と 10 議席減らしている。公明党は 23 (18%) で前回と変わらず、共産党は 13 から 8 (6.2%) と 5 議席減り、ネットは 3 から 2 (1.5%) と 1 議席減り、諸派は 1 から 0 (0%) 、無所属は 4 から 2 (1.5%) と、合わせて 3 議席減らしている。

公明党は増減なく現状維持であり、民主党は自民・共産・ネット・諸派・無所属などの減った分、19 議席をそっくり増やしている。今回の選挙は民主党の一人勝ちである。

次に前々回の 2001 年 7 月の都議選とその直後の 2001 年 7 月 29 日の参議院議員選挙および前回の 2005 年 7 月の都議選とその後におこなわれた 2005 年 9 月の小泉郵政選挙を比較しよう。

2001 年の選挙についてみると、このときの都議選の当選者は自民党 53 人 (41%) 、公明党 23 人 (18%) 、民主党 22 人 (17%) 、共産党 15 人 (11%) 、ネット 6 人 (4.7%) 、諸派 1 人 (0.7%) 、無所属 7 人 (5.5%) であった。参議院選挙の当選者は選挙区と比例区を合わせて、自民党が 65 人 (54%) 、民主党が 26 人 (21%) 、公明党が 13 人 (10%) 、共産党が 5 人 (4.2%) 、自由党が 6 人 (5%) 、社民党が 3 人 (2.5%) 、保守党が 1 人 (0.8%) であった。

2001 年のこの二つの選挙結果を比較すると、都民と国民はほぼ同じ時期にほぼ同じ順序でそれぞれの政党を支持していることが分かる。つまり、都議選の結果から次の国政選挙の結果を予測することは可能である。ただし、自民党や民主党のような大政党は当選者の割合が都議選よりも参議院選挙の方が多くなっているが、公明党や共産党の場合は減っている。参議院選挙の制度は大政党に有利である。

2005 年の選挙についてみると、当選者は都議選では自民党が 48 人 (36%) 、民主党が 35 人 (27%) 、公明党が 23 人 (18%) 、共産党が 13 人 (10%) であるが、定数 480 人の衆議院選では小選挙区と比例区を合わせて自民党が 296 人 (61%) 、民主党が 113 人 (23%) 、公明党が 31 人 (6%) 、共産党が 9 人 (1.8%) 、社民党が 7 人 (1.4%) 、国民新党が 4 人 (0.8%) 、新党日本が 1 人 (0.2%) 、新党大地が 1 人 (0.2%) 、その他が 18 人 (3.7%) であった。小選挙区を中心とする衆議院選挙では大政党で、しかも、そのときに風が吹いている政党に大変有利になる。

以上のことから、次の総選挙では民主党の勝利が予想される。

自民党は小泉改革以来、衆議院での多数を背景に、日本の雇用制度・教育制度・医療制度・年金制度を変え、国民の生活を悪くした。何もかもが金で計られるぎすぎすした社会になった。一日に 100 人近くの人が自ら命を絶たざるを得ない社会は異常である。自衛隊の海外派遣の恒常化も人々に戦争の不安を感じさせている。

変化を求める声が高まっている。「変革の風」が吹いている。日本も変革の時代に入った。

2009年6月30日

日本国憲法第 9 条をまもる人を首相に!

中西 治 (7時45分)

現在の衆議院議員の任期は本年 2009 年 9 月 10 日に切れます。
それまであと 2 か月余です。
近く総選挙がおこなわれます。
いまの選挙制度では二大政党のいずれかの政党を中心とした政府ができることになります。
私はどちらの政党の現在の最高指導者も日本国の首相としてふさわしいかどうか疑問に思っています。
日本国憲法第 99 条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。」と規定しています。
彼らが一政治家のときはともかく、内閣総理大臣となったときに、この規定を順守すると確信できないからです。
日本国民は彼らのうちからしか日本国の首相を選べないのでしょうか。
私はそうは思いません。
日本国には日本国憲法、とくに、その第 9 条を尊しとする政治家が、与野党を問わず、衆議院議員と参議院議員の国会議員のなかにもたくさんいます。
だから、日本国憲法はその制定以来 60 年余にわたってまもられてきたのです。
私は 300 の小選挙区でも、日本各地域の比例区でも、日本国憲法第 9 条をまもる候補者が一人でも多く当選して欲しいと願っています。
そして、日本国憲法第 9 条をまもる人を日本国の首相に選んでいただきたいと思います。

「9 条をまもる政府」を作りましょう。

2009年6月16日

第1回グローバル・アカデミーの報告

岩木 秀樹 (19時08分)

2009 年 6 月 14 日 (日) 13:30 から 17:10 まで、横浜市青葉区区民活動支援センター会議室 1 で、第 1 回「グローバル・アカデミー  GA (地球大学院)」を開校いたしました。お忙しい中、9 名の方が参加され、かなり時間も超過するほど、活発な議論をすることが出来ました。また何名かは近くで懇親会をし、そこでも様々な論議を交わすことが出来ました。 GA 担当者として、深く感謝いたします。

今回は統一テーマ「ヨーロッパとアジアのアイデンティティと現在」を掲げ、1 コマ目 (13:30-15:10) には吉野良子 (創価大学助教) さんが「ヨーロッパ統合の過去・現在・未来」を、2 コマ目 (15:20-17:10) には岩木秀樹 (地球宇宙平和研究所理事) が「中東の 20 世紀 ー文明の十字路トルコー」を発表いたしました。

吉野さんの発表は、パワーポイントを使用し、地図や表を多用し、ヴィジュアル的にもとてもわかりやすいものでした。まずヨーロッパの過去について、ヨーロッパ概念やヨーロッパ統合の歴史や思想を説明されました。その後でヨーロッパ統合の現在として、不戦共同体構築からグローバルパワーへと位置づけ EU の現状を指摘し、ネイションへの愛着度が次第に低減していることを示しました。最後に統合の未来についての展望と課題を述べ、トルコの加盟問題にも触れながら、今後「他者」をどう取り込むのか、ヨーロピアン・エンパイアとなっていくのかどうかが問われているとしました。

岩木の発表では、帝国から国民国家へ再編するオスマン帝国の共存と対立の歴史を見ていき、20 世紀初頭のオスマン概念の創出と変容を転換期としてのバルカン戦争を中心に考察しました。 20 世紀の中東を概観した後、トルコの EU 加盟の歴史と現状を説明し、今後どのような新しい共同体を作るのか、トルコ・アイデンティティをどう再編するのかが課題になるとしました。

いずれの発表についても、様々な質問や意見が出て、活発な議論が展開されました。特にヨーロッパ概念を巡る問題やトルコの EU 加盟問題、さらに他の地域との比較などが論議されました。

吉野さんがトルコの EU 加盟にまで踏み込んで発表していただいたおかげで、かなり議論がかみ合いました。また参加者から 2 コマ構成でかなり長い時間かけられたことはよかったとの声が聞けました。さらに議論の時間を合わせて 80 分ほど取ったことは双方向のコミュニケーションができ、参加者が単なる聴衆ではなく、主体的な討論者になれたのではないかと思います。

今回、私は GA の担当者兼発表者でありましたが、非常に楽しく、かつ勉強になりました。参加者の方々もそのような思いを持っていただければ望外の喜びであり、今後も充実した GA にしていきたいと考えています。発表希望者を募集しておりますので、ぜひ私までご連絡ください。

2009年6月13日

朝鮮の核実験についての国連安保理の新しい決議に寄せて

中西 治 (10時40分)

国際連合安全保障理事会は2009年6月12日午後 (日本時間13日未明) に、朝鮮が同年5月25日におこなった核実験を非難する新しい決議第1874号を採択しました。

今回の安保理決議は冒頭で「国連憲章第7章の下で行動し、同章第41条に基づく措置をとる」と規定しています。同条は「兵力の使用を伴わない非軍事的措置」についての規定です。ちなみに、第42条は「第41条に定める措置では不充分であろうと認めたときにとられる空軍、海軍または陸軍の軍事的措置」についてです。

一般的には、公海上での他国船舶の停船や捜索は「戦争行為」です。今回はこれを非軍事的におこなわなければなりませんので、当該船の所属国の同意を必要とします。しかも、朝鮮に出入りする貨物の領内および公海上での検査が、中国の反対によって、国連加盟国の「義務」から国連加盟国への「要請」に変わりました。各国は貨物の検査をしてもよいし、しなくてもよいのです。

かつて1962年10月のキューバ・ミサイル危機のときに米国はキューバ周辺の海上封鎖を発表しましたが、実際にはソビエト船の停船や捜索はおこなわれませんでした。米国とソビエトの直接の戦争を避けたいとの思いがケネディさんとフルシチョフさんの双方にあったからです。

私はすべての国の核爆発実験と核兵器保有に反対ですが、今回の決議を安保理に採択させる上で重要な役割を果たした米国やロシアをはじめとするすべての核兵器保有国に、朝鮮を非難する資格があるのだろうか、と思っています。

米国は第二次大戦中に世界で初めて原子爆弾を作り、広島と長崎で最初に使いました。戦後も核兵器を作り続け、1970年にその保有数は2万7000に達し、その後、減っていますが、いまでも核弾頭を2702発、実戦配備していると言われています。ロシアもソビエト時代の1982年に4万近くの核兵器を保有し、その後、減少していますが、いまでも核弾頭の実戦配備数は4834発と言われています。

1970年に発効した核兵器不拡散条約 (Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT) は、1966年以前に核爆発実験をおこなった米国・ロシア・英国・フランス・中国の5か国だけに核兵器の保有を認め、それ以外の国には核爆発実験も核兵器の保有も認めていません。NPTは核兵器保有国を限定しながら、それを皆無にするための過渡的条約です。しかし、実際には、1998年に核実験をしたインドとパキスタンをいまでは核保有国として認めています。

米国やロシアなどの核兵器保有国が朝鮮の核実験を非難するというのならば、まず、自国が過去におこなった核実験について謝罪し、現在保有している核兵器をすべて即時廃棄すべきです、少なくとも廃棄の日程を具体的に明らかにすべきです。自国の核保有は良くて、他国の核実験は悪いというのは道理に反します。

朝鮮は1950年に始まった朝鮮戦争について1953年に「国連軍」と休戦条約を締結し、現在、米国と停戦状態にありますが、まだ戦争は完全に終わっていません。米国の陸軍と空軍は依然として韓国に2万6000人駐留しています。加えて韓国軍兵士が69万人います。さらに、日本には1万7000人の米軍兵士がおり、米国の第七艦隊が日本に母港をもっています。朝鮮は米国の核ミサイル網で包囲されています。これに対して朝鮮軍は100万人と言われています。

朝鮮半島の緊張を緩和する唯一の方法は朝鮮戦争を完全に終わらせ、朝鮮と米国とのあいだで平和を回復し、国交を正常化することです。朝鮮はこのために虚勢を張っています。戦争が再開されれば元も子もなくなります。平和的な話し合いによる解決しか道はないのです。

核兵器の廃絶を唱えるオバマさんは、朝鮮半島の平和、アジアの平和、世界の平和のために、これまでの枠組を越え、もっと大胆・積極的に指導性を発揮すべきです。世界がオバマさんに期待しているのはこのことです。

私は2005年8月25日から9月2日まで朝鮮と中国を旅しました。新潟からウラジヴォストーク経由で平壌に入り、朝鮮社会科学者協会や金日成総合大学の研究者たちと話し合いました。少年宮や人民大学習堂、モラン第一高等中学校を見学し、アリラン公演やサーカスなども見ました。開城と板門店も訪れました。平壌から国際列車で中国東北を横切り、北京に着き、北京大学日本研究センターの人々と朝鮮問題について論議しました。

私は文化大革命末期の1975年4月に初めて中国を訪れました。中国は1978年に改革開放政策に転じて30年、いまでは繁栄した強大な国になっています。私は、朝鮮は中国の文化大革命から改革開放政策への移行期にあたるのではないか、と思いました。「現在の朝鮮は四半世紀前の中国である。朝鮮は20年くらいで現在の中国のところまで来るであろう。」と書きました。多彩な人材がたくさん育っているので、朝鮮には未来があります。中国は変わりました。朝鮮も変わります。すべては変わるのです。

頑な心を和らげるのは温かい心です。朝鮮半島の北と南、朝鮮と米国、朝鮮と日本、どこにも人間が住んでいます。どこにも優しい人も厳しい人もいます。誰かが先に優しい温かい心で接し始めなければなりません。2000年6月に金大中さんの温かい心に金正日さんも応えました。朝鮮と韓国の統一、朝鮮の非核化に向けて動き始めました。それはつい最近まで続きました。ふたたびこの道に戻らなければなりません。この道しかないのです。いま求められているのは大きく人を包み込む大人です。

2009年6月7日

「グローバル・アカデミー」の開講・開校にあたって

中西 治 (6時35分)

来週日曜日 (6 月 14 日) に「グローバル・アカデミー (Global Academy=GA) 」が始まります。GA は『所報』の充実・発展と並んで本年度の研究所の活動の重要な柱です。GA も『所報』も、いずれも、多彩な研究所員 (正会員・賛助会員) に自由に才能を発揮していただくことをめざしています。

GA の講師には 1 コマ 5 千円 (税込み) とわずかの額ですが、謝礼を用意しています。講師をお願いできる方は GA 担当の岩木さんに申し出て下さい。研究所の内外を問わず多くの方が参加し、自由に論議し、お互いに教え、教えられるような GA にしたいと願っています。

今回の GA は研究所が直接実施し、恒常化をめざしますが、研究所員はどなたでもどこでも身近なところで自主的に GA を主催できます。将来は地球上の各地で GA を展開しようと思っています。そうなれば、今回の開講は新しい教育機関の開校となるでしょう。ご指導とご支援をお願いします。

2009年5月28日

グローバル・アカデミーのお知らせ

事務局 (23時34分)

今年度より講座「グローバル・アカデミー (GA) 」を開講いたします。会員を中心に講師をお願いし、知の探求と交流を行って参りたいと思っております。今年度は全部で 5 回を予定しており、毎回 2 コマの講座をいたします。また議論の時間もかなり取っておりますので、ぜひ積極的な参加をお願いいたします。第 1 回の予定は以下のようになっております。

また第 2 回は 7 月 19 日 (日) 、第 3 回以降は予定ですが、第 3 回は 9 月 20 日 (日)、第 4 回は 10 月 18 日 (日) 、第 5 回は 11 月 15 日 (日) で、時間と場所は特に変更がない限り、第 1 回と同じにします。今後のテーマとして、 20 世紀の再検討、グローバル化と貧困・環境、平和学の現在と課題、東アジアの現状と私たち等を予定しております。ぜひ多くの皆さんのご参加をお待ちいたします。

講座「グローバル・アカデミー」第 1 回

・日時: 2009 年 6 月 14 日 (日) 13:30-16:40
・場所: 横浜市青葉区区民活動支援センター  会議室 1
(東急田園都市線  田奈駅下車  駅を出てすぐ左側  電話  045-989-5265)

・参加費:
5 回通し   会員  1,500 円   非会員  3,000 円
1 回のみ   会員    500 円   非会員  1,000 円

・第 1 回統一テーマ「ヨーロッパとアジアのアイデンティティと現在」

・ 1 コマ (13:30-15:00)
講師:吉野良子 (創価大学助教)
テーマ:「ヨーロッパ統合の過去・現在・未来」 (仮題)

・ 2 コマ (15:10-16:40)
講師:岩木秀樹 (地球宇宙平和研究所理事)
テーマ:「中東の 20 世紀―文明の十字路トルコ―」 (仮題)

2009年5月25日

朝鮮の核実験について

中西 治 (17時31分)

2009年5月25日に朝鮮中央通信は「同日、2回目の地下核実験を成功裏に実施した」と発表しました。

韓国の地震観測では、2006年10月9日の1回目の実験はマグニチュード3.58から3.7と言われていましたが、今回の実験は4.5と伝えられています。前回よりも核爆発の規模は大きいようです。

私はすべての核爆発実験に反対であり、すべての核兵器の保有に反対です。核戦争の脅威をなくすためには核兵器を廃絶しなければなりません。

私は今回の朝鮮の核爆発実験にも反対です。無駄です。いずれ核兵器はなくなります。

今回の朝鮮の行動は十分に予想されるものでした。今年4月5日に朝鮮が人工衛星を発射し、地球をまわる軌道に乗せたと発表したのに対して、国連安全保障理事会は同月13日に議長声明を発表し、この発射が前述の朝鮮の第1回核実験と関連して出された2006年10月14日の国連安保理決議第1718号に反するとしました。

朝鮮は安保理が朝鮮の人工衛星打ち上げ問題を議題としたことに抗議し、この議長声明に賛成した米国・中国・ロシア・日本が参加する6か国協議はその存在意義を失ったとして、今後これまでの合意に拘束されないと発表しました。朝鮮は核施設の無能力化作業を中断し、再び核兵器生産の道を歩み始めました。その結果が今回の核実験です。

この間、5月7日に朝鮮宇宙空間技術委員会は平壌で、4月5日に打ち上げられた人工衛星「光明星2号」は正常に運行し、地上基地との通信実験に成功した、と発表しました。この報道は中国の新華社通信によって5月8日に伝えられましたが、日本ではほとんど話題になりませんでした。

私はここにいたるまでに双方にもっと適切な対応策があったと思っています。私はその都度、意見を表明しました。まだ間に合います。朝鮮も、日本も、中国も、ロシアも、米国も、これ以上、「目には目を」といった対応を繰り返してはなりません。

どの国も核戦争をするわけにはいかないのです。そんなことをすれば、とくに、朝鮮と日本のような隣り合った小さな国は、戦争が始まった途端に、あっという間にともに廃墟と化すのです。ロケットが発射されたことを知った時には、ロケットはもうとっくに日本の上空を通過し、はるか彼方に飛び去っていることを今度の出来事を通じて日本人はよく知ったはずです。

核戦争が始まってからでは遅いのです。

日本と朝鮮、米国と朝鮮、日・朝・韓・中・露・米の6か国は対話と協議を再開し、朝鮮半島・北東アジア・東アジア・世界の非核武装化を実現しなければなりません。ときあたかも、核兵器の廃絶を要求する声と運動が地球全体に広まり、高まりつつあります。

いまこそ人間は理性の声に耳を傾けなければなりません。私たちはホモ・サピエンス(知恵の人)なのですから。

ネパール情勢III:新首相誕生とカトリック教会爆弾爆発事件

植木 竜司 (1時48分)

ネパール制憲議会 (定員601議席) は5月23日,新しい首相にネパール共産党統一マルクス・レーニン主義 (以下,UML) のマダブ・クマール・ネパール氏を選出しました。これで5月4日にネパール共産党マオイスト (以下,マオイスト) のプラチャンダ氏が首相辞任を表明して以来難航していた首相選びに,一応の決着を見ることとなりました。

今回の首相選出選挙では候補者は制憲議会22政党が推すネパール氏のみで,他には立候補者はいませんでした。議会第一党であるマオイスト (229議席),ネパール共産党統一派 (2議席),ネパール・ジャナタ・ダル (2議席)の3党は選挙をボイコットしました。

首相選出までは3週間弱の時間がかかりましたが,プラチャンダ氏辞任の数日後にはネパール氏を軸に調整が進められておりました。ネパール氏は議会第三党 (108議席) であるUMLの元総書記。第二党であるネパール・コングレス党(以下,コングレス,115議席) は候補者を出さないで,早々にネパール氏を首相とする連立政権樹立に向けて動いていました。焦点であった議会第四政党のマデシ人権フォーラム (54議席) はコングレス+UMLを中心とする連立政権に参加するか,自党で首相候補を立てるかで党を二分する論争が行われましたが,ネパール氏を首相とする連立政権に参加するという結論を出し,今回のネパール首相選出となりました。

名字が国名と同じ「ネパール (Nepal)」であるマダブ・クマール・ネパール氏は56歳。1993年よりUMLの総書記を務め,1994年11月の総選挙後に発足したUML単独政権では副首相のポストにつきました(約9ヶ月で政権崩壊)。このUML政権で首相だったマン・モハン・アディカリ党首が1999年4月に死去すると,党を指導するようになりました。昨年行われた制憲議会選挙では,立候補した二つの選挙区(制憲議会選挙では複数の選挙区からの立候補が認められていた)で敗退し,UML自体も議会第一党を期待されていたのにもかかわらず,結果は第三党と「敗北」を喫したため総書記を辞任しました。その後プラチャンダ氏が憲法委員会の委員長にネパール氏を推薦し,UMLの議員を一人辞任させてやっと議席を得ることが出来た人物です。

UMLはその立派な党名通りマルクス・レーニン主義を党指導原理とする共産主義政党ですが,1990年民主化以降議会で妥協を続け,明確な党方針を打ち出せなかったこともあり,現在では多くのネパール国民は「コミュニスト」と言えば「マオイスト」を連想し、UMLを連想する人はほとんどいない」状況です(ネパール情勢 III:〈インタビュー〉ネパール制憲議会選挙の結果と今後の見通し, 2008年5月2日)。しかし事実として連邦民主共和国となったネパールにおいて,初代に続き二代連続で首相に共産主義政党の人物が就いたことになります。

ネパールの共産主義運動が形成されたのは1947年のことであり,1949年9月15日にネパール共産党(CPN)となってカルカッタにて設立されました。王制に対する態度,中ソ対立,中国四人組失脚,国内民主化運動等を契機に分裂と統合を繰り返しました。現在ネパールには共産党が「乱立」しており,きれいに分類することはできませんが,大雑把にいって,親ソ・王制容認の態度を取っていた人びとがUMLの流れ,親中・四人組支持 (新中国のリーダーシップを認めず)・王制打倒の態度を取ってきた人々の流れがマオイストとなっています。

ネパールでは土曜日が日本でいう日曜日にあたりますが,新首相が選出された5月23日土曜日,休日であったこの日の朝,ネパール時間の9時15分ごろ,首都カトマンドゥ市に隣接するラリトプール市ドビガートにあるカトマンドゥ盆地最大規模のカトリックChurch of Assumptionで爆弾が爆発し,インド人の女子高校生1人を含む2人が死亡し,14人 (報道により13-15人) の負傷者がでるという事件が起きました。現場にはネパール・ディフェンス・アーミー(Nepal Defence Army)というグループの,ネパールのヒンドゥー国家化,サンスクリット語教育の中学までの義務化,ヒンドゥー教の祭りの日の祝日化などの要求が書かれたパンフレットが見つかっております。

ネパール・ディフェンス・アーミーはネパールでもあまり知られていないグループですが,昨年起きた東ネパールのダランでカトリック神父殺害や,同じく東ネパールのビラトナガルでのイスラム・モスク襲撃が疑われている団体です。退役軍人・警察やマオイストの犠牲者がメンバーとなっているといわれていますが,規模は不明です。

ネパールでは,国民の約80%がヒンドゥー教徒で,イスラム教徒は約4%, キリスト教徒は約0.5%といわれております。1990年憲法では四条一項で「ネパールは,ヒンズー的および立憲君主制的王国である。」と規定されており,世界唯一のヒンドゥー教が国教の国といわれておりました。それがマオイストと主要政党が協力してギャネンドラ国王の直接統治体制を崩壊させた「四月革命」と呼ばれる2006年4月の運動後,5月18日に下院議会で可決された「下院宣言2006」ではヒンドゥー教国であることをやめ「世俗国家」になることを宣言し,マオイストが当初より要求していた「世俗国家化」が実現することになりました。

過去には,2004年8月にイラクで人質に取られていたネパール人12人が「アンサール・アルスンナ」と名乗る集団に殺害されるという事件が起き,人質殺害を受けて一部群集が暴徒化し,交差点ではタイヤが燃やされ,交通は妨害,人材派遣会社・報道機関・モスク・中東の航空会社経営所などに対し投石や破壊等の暴力行為が行われ,エジプト大使館に群集が乱入しようとしたため警備員が発砲,一人が死亡,カトマンドゥ市中心部のラトナパークでも死傷者がでるという事件が起きたことがありました。このカトマンドゥでの暴動は「この国で初めての深刻なコミュナルな暴力の発生」と報道され,歴史上、民族的・宗教的紛争があまり表面化しなかったネパールにおいてイスラム教徒を標的とした暴動として衝撃を与えました。

現在のネパールは10年続いた内戦が一応終焉しましたが,国内には武器が蔓延し,国自体が軍事化しており,治安機能が充分に働いていないため,小さなきっかけで流血の惨事になる可能性を持っています。失業率も高く社会的不安も大きいため,今回のような“絶対的マイノリティ”を対象とした攻撃が続かないとも限りません。

昨年の制憲議会選挙でのマオイストの勝利は,国民が「変化」を求めていたのと同時に,内戦が続いたネパール社会の「安定」を求めた結果であったと思います。今後,UML,コングレス,マデシ人権フォーラムを中心として組閣が進められますが,議会第一党のマオイストが参加しておらず今後も抗議活動を続けることを表明していること,首相が与党第一党の人物ではないこと,首相自身選挙に勝っていないこと,マデシ人権フォーラムの党内対立が完全に収束していないこと,新憲法制定には全議席の三分の二が必要であることなどから,難しい議会運営になると考えられます。

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