中西 治 (21時10分)
「食糧貯蔵 (food preservation) 」が、ほぼ間違いなく、最初に発展したのは、新石器革命 (Neolithic revolution) 時代、紀元前 1 万年ころであった。これは、殺したものをすぐに食べなくてよく、獲物が少ないときのために蓄えておけることを意味した。
乾燥された、冷凍乾燥された、塩で味付けされた、スパイス (香辛料) で味付けられた、ピクルス (野菜を酢や塩で漬けた) にした、料理した、燻製にした、もしくは、発酵栓を付けた、携帯可能な食糧は、遠距離の旅行や動物を連れての、より能率的な移住を可能にし、社会を変え、驚くべき価値を生み出している。
私たちはこれらの方法と技術をすべて理解した。しかし、これらの多くは電気冷凍庫によって取って代わられている。
2000 年間常食されてきた北ヨーロッパの特産品であった塩鱈を見つけるのがいまや大変難しくなっている。かわりに、私たちは生鱈を買うか、コストコに行き、そこで太平洋中部のソロモン諸島で 2 日前に捕られた 600 ポンドのマグロのあいだをいつものように飛び回っている。私は炭素の足跡 (carbon footprint) に身震いしている。
2011年12月7日 21時10分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時09分)
「書法 (systems of writing) 」は、象形文字 (pictographs) から始まって、フェニキア語 (Phoenicians) から発展したアルファベット・システム (alphabetic system) に至っている。
象形文字は、くさび形文字 (cuneiform) か中国文字 (Chinese) の、それぞれの発展段階において生まれたものであり、それぞれ習得しなければならない、数千の個別シンボル (individual symbols) を有している。
アルファベット・システムは今日のローマ文字 (Roman script) を使用するに至るまでの長い発展の時期を経ており、私たちはその全過程を跡づけることができる。
文字 (characters) は文法 (grammars) によって組み合わされることによって諸々の考えを表現できるというアイデアは、ものすごく複雑で、効果的な書かれた記録、および、場の価値が発展した計算、さらに、グーテンベルグの印刷機 (printing press) を可能とした。
私たちのアルファベットは 2900 年前のあるものから直接由来している。その後の独自の進歩の一つは、私たちがアラビア語算用システム (the Arabic numbering system) と呼んでいる別の算用システムの発展であった。
2011年12月6日 21時09分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時09分)
社会機構 (social institutions) としての神 (gods) と宗教 (religions) である。
宗教は集団内外における創造によって社会的結合を創り出す。それは聖職者階級 (priestly class) に超権威 (super-authority) を与える。権威はあなたが誰であるかから来るものではなくて、むしろ、あなたが代表している人から来る。それは規範的方法と動機づけ的方法の二つの方法で行動を形作り、すさまじく経済的に効果的な仕方ですべてのものを形成する。
もし、あなたが古代シュメールの宮殿に住む聖職者・王 (priest-king) であるならば、あなたは、「余は神である。神が話している。人間ではない。」と語る規範的権威を持つ。そして、あなたは、あなた自身にも、支配階級にも何の特別な負担なしに、生涯を終えた後の褒美を約束する能力を持つ。それはあなたが決して支払わなくてもよい借金である。
経済的で、組織的な宗教組織は、大方、何らかの別の経済的前借り (economic advance) を有しながら、トップの場所にただちに位置づけられている。
ドストエフスキーは小説『カラマーゾフの兄弟』の中で登場人物に次のように語らせたときに、おそらく、もっともよくそれを評したであろう。
父フョードル・パーヴロヴィッチは言った。「畜生、それがすべてだ。最初に神を発明した人間におれは何もできないではないか。」
それに、次男イヴァン・フョードロヴィチは答えている。「もし、彼らが神を発明しなければ、そして、ブランディーがなければ、どちらもなければ、文明はなかったであろう。」
2011年12月5日 21時09分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時08分)
貨幣 (money) も、また、物語にみちた長い歴史をもっている。
人間は物々交換 (barter) で始まった。私が必要な何をあなたは持っているのか。それは労働の専門化とともに始まった。
ある人が終日、矢じり (arrowheads) を作っているとすると、あなたは彼からどのようにしてこの矢じりを入手するのか。あなたは、おそらく、彼が作った矢じりで狩猟したものを売ろうとするであろう。
貨幣は国家権力を強固にする手段として登場する。最初の農業都市社会であったシュメール人 (Sumerians) が貨幣の概念に最初に適応したのはこの故であった。
換言すれば、私が蓄えたものをたくさん持っていたとすると、あなたがいま、それは自分のものだと言っているものを、私はあなたに与えるであろう。事実上、それは善行の一形態である。
私たちは硬貨 (coins) から紙幣 (paper money) まで、最後は、すべての現代経済を可能にしている、命令と信用にもとづく通貨 (currency) の概念に到達した。それは、ヨーロッパ中世後期に発達し、そこでは信用証書 (letters of credit) とマルク証書 (letters of mark) が、貨幣制度 (coinage) の価値にもとづくものよりは、むしろ、国家権力にもとづく銀行を初めて私たちに認めさせることになった。
2011年12月4日 21時08分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時08分)
口頭の法とか、ばらばらの法を集成したハムラビ法典 (the Code of Hammurabi) 以前にも、きっと、公式法典 (formal law codes) があったであろう。
しかし、ハムラビが公式の法典を完成した紀元前 1780 年までは、そのほとんどは、刑法を扱わず、むしろ、民法と商法であった。この傾向はエジプトの死者の本 (the Egyptian Book of the Dead ) を経て、十戒 (the Ten Commandments) やローマの十二銅表 (the Twelve Tables of Rome) に至るまで続いた。
もっとも偉大な書の一つ、旧約聖書のレビ記 (the Book of Leviticus) を含む、法と文学の偉大な諸著作は、私たちが、いかにものすごくたくさんの民法と、人々が他の人々と商売上かかわるときにいかに処すべきかを説いたたくさんの方法、を有していたかを示している。
事実上、私たちは数千年にわたる私たちの政治を平易に書き下ろしていたのである。
法は社会にとって係争問題解決のコストを引き下げる方法であり、そのことによって、社会の経済効率を増進する方法である。為そうと思っていること、また、為さなかった場合に起こることを知りたいとき、法は大変良い。その予測力は効率を高める。
2011年12月3日 21時08分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時00分)
人々の最たる科学技術革新のリストのトップにあるのは、また、ホイール (wheel:円形の物) である。
最初のホイルは、おそらく、その本来の目的に使うために運んでこられた石臼であったであろう。石切職人が石切場で石臼を作り、それを何とかして製粉所に運んで行かなければならなかった。
ホイールをいかに発展させるのかの理論の一つは、ローラー (roller:ころ) とハンマー (sledge-hammer:大槌) のアイデアである。
これらのシステムはエジプトのピラミッド (the Egyptian pyramids) 建設に役立ったし、それ以前はメソポタミアのジッグラト (ピラミッド形神殿) (the ziggurats of Mesopotamia) 、また、多分、イングランド南部のストーンヘンジの巨石墳墓 (the megalights of Stonehenge) の建設に利用されたであろう。
ホイールは物を動かす方法、一日にどこまで遠くへ行けるのかの方法、村からどこまで耕作できるのかの方法を変えた。
かくして、ホイールは牽引用動物を飼育する先触れとなった。物をどんどん前に引っ張っていくのにうんざりしたとき、他にもっとうまく引っ張っていける方法がないかと探そうと一度は決めるからである。
2011年12月2日 21時00分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時07分)
紙 (paper) は比較的新しい科学技術革新である。
紙について最初に言及したのは中国人であり、紀元後 105 年のことである。しかし、中国人は、紙は大変弱く、書くのには大変高くついたので、他の物を利用し続けた。
紙は最後まで発展し続け、 16 世紀までに木のパルプ紙がラグ紙よりもはるかに広く使われるようになり、出版と知識の増大に爆発的な発展をもたらした。
木のパルプ紙が現代教育制度を作り出したと実際に言うことができる。
それ以前、本を作り、それを普及する原価が経済の障害となっていた。木のパルプ紙とともに、出版が開花し始めた。それとともに、現代の学問も。
2011年12月1日 21時07分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時07分)
「労働の専門化 (specialization of labor) 」とは、「部族 (tribal) ・氏族 (clan) 組織」と言われているものである。
ある人々があることを他の人々よりもうまくできるという考えは、記録された歴史が始まる相当前から私たちのところにあった。
おそらく、このようなことの最初の例は、ある人々は狩猟に適しているが、他の人々は採取に適している、ある人々は野原のどこか向こうにいるのがよいが、他の人々は食べ物を料理するのがよい、といったことを認めることだった。
性的二形性 (sexual dimorphism) も私たちに役割を分かつ能力を与えている。私たちは今日、社会において、この性的二形性の境界を押し動かし続けている。
伝統的社会はこれらの役割を比較的よく調整している。
世界における摩擦の大きな源の一つは、これらの役割を乗り越えている社会とそれが選択できない社会との間の衝突である。
労働の専門化は、社会における役割の専門化をはるかに越えて進んでいる。ある人は火打ち石を打ち、道具を作れるし、他の人はそれらの道具を使うことができる。ある人は矢と弓と槍を作ることができるし、他の人はそれを使って狩りができる。
これらの役割を専門化することによって社会を建設できるという考えが、多くの人々と多くの時を自由にし、効率を高め、価値を創り出した。
2011年11月30日 21時07分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時06分)
今日、私たちは「化石燃料 (fossil fuels) 」と聞くと、つい、何か、この問題でトラブルに引き込まれたのかなと考えがちである。しかし、化石燃料は過去 100 年間、決定的に重要であった。
石炭が初めて使われた記録が残っているのは、およそ紀元前 1000 年、中東においてであった。
そのとき、そこには木炭のように燃える岩があると言われた。それは露天の石炭現場であった。そこで人々は簡単に表面からかけらをとり、集めた。それはまた大変温かい、持続的な火をもたらした。石炭と木炭は多くの、その他の重要な技術に貢献した。
しかし、石炭を採掘するようになるまで、長い間、待たなければならなかった。
その独自の目的のために、また、そうではなく、たとえば、「デルフィの神託 (the Oracle of Delphi) 」として知られるようになった炎のために、掘り出された天然ガスを初めて使用したのは 1859 年であった。
そのとき私たちはオハイオで初めて天然ガスをうまく掘り出した。
同じ年に西ペンシルヴァニアで最初の石油がうまく掘り出され、最初の石油精製がおこなわれた。
それから 1 世紀半、私たちの化石燃料中毒は、おそらく、もはや止められないことを理解するに至った。
化石燃料は経済が機能する方法を変えた。はじめて、エネルギーと燃料の密度が物の移動を可能にした。それは運輸の変化を意味した。
ミシガン州のディアボーンにあるフォード博物館には高さ 80 フィートの蒸気機関が幾つか展示されている。今日ではソフトボールくらいの大きさの動力草刈り機のような小型エンジンを造ることが出来る。
これはすべて、化石燃料のエネルギー密度のおかげである。
私たちは私たちの一生のうちに化石燃料を完全に取り替えることはできないであろう。しかし、 A 地点から B 地点に移動するのに燃やすのには、石油と天然ガスは余りにも高くつきすぎているのではないかと、私たちは考え始めている。それは、これらの炭化水素が驚異的な薬品やプラスチックス、私たちが必要不可欠と考えているその他の数千の物を作る物質でもあるからである。
2011年11月29日 21時06分 | カテゴリー: コラム・論考
中西 治 (21時04分)
科学技術革新の多くのリストのトップに現れるのは「動くタイプ (moveable type) 」である。
多くの西洋主義者たちは 1436 年のグーテンベルグ (Gutenberg) の印刷機 (press) に最初の「動くタイプ」の名誉を与えたいであろう。
実際は、「動くタイプ」は 1040 年の帝政中国にまで遡る。そこでは活字 (pieces) は陶器 (ceramic) であった。
朝鮮人の発明も早く、中国から 200 年ほど遅れて、幾つかの金属 (metals) を使って、これをおこなった。
困難は次の点にあった。
中国語と朝鮮語のような、 5000 字もの文字を有する象形言語にあっては、 5000 字の入った箱システムから一字一字活字を見つけ出し、置き換えるのに時間が掛かり、タイプをセットするのが、非実用的で、非効率であったことである。
朝鮮人と中国人はまた、官僚制度と政府制度に対して印刷を制限した社会機構を持っていた。そこには印刷物に対する私的市場がなかった。結局、これらの文化は一枚刷りの木版印刷に戻っていった。
私たちにとって幸いなことに、グーテンベルグは「動くタイプ」、特殊インク、および、効率的印刷のアイデアを思い付き、タイプ金属と呼ばれていた錫、鉛、アンチモンに将来性があることを理解した。
彼の科学技術革新はすでに準備されていた市場を発見した。その時までに、ヨーロッパのすべての教育をうけた人はウルガタ聖書 (Vulgate Bible=教会公認のラテン語訳聖書) を望んでいたからである。自分自身の聖書を持ちたいという願いが市場を駆り立てていた。
これはまた発明品を守ることに失敗した例であった。
グーテンベルグは彼の工場のすべての見習い工、および、彼の店で働く全員に厳格な非公開協定に署名させていた。ところが、グーテンベルグが「動くタイプ」を使い始めて 5 年以内に、この技術が広く普及し、彼の見習い工たちが去り、それぞれの店を持った。そして、かくなった。
2011年11月28日 21時04分 | カテゴリー: コラム・論考