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ソマリア沖への 自衛艦の派遣について 追伸

中西 治

2009 年 3 月 14 日に公開した「ソマリア沖への自衛艦の派遣に思う」について友人からメールを頂戴し、意見の交換をしました。それにもとづいて「追伸」を送ります。

日本船主協会によると、世界全体での海賊行為は、この 5 年をとっても、2003 年に 445 件、2004 年に 329 件、2005 年に 276 件、2006 年に 239 件、2007 年に 263 件、2008 年に 293 件発生しています。 2008 年には 2007 年より若干増え、とくにアフリカ地域での海賊事件が 2007 年に比べて約 58%増の 189 件となり、発生件数全体の 64%を占めています。 2008 年のアフリカ地域での最多発地域は紅海・アデン湾 92 件、ソマリア 19 件、ナイジェリア 40 件、タンザニア 14 件などです。

世界全体で日本関係船舶が海賊に襲われた件数は、2003 年が 12 件、2004 年が 7 件、2005 年が 9 件、2006 年が 8 件、2007 年が 10 件、2008 年が 12 件です。しかし、1999 年には 39 件、2000 年には 31 件、2001 年には 10 件、2002 年には 16 件でしたから、近年は減っていると言えるでしょう。

2008 年の日本関係の被害船の船籍別内訳は、パナマ籍 7 隻、香港籍、アンティグア・バーブーダ籍、ドイツ籍が各 1 隻、日本籍が 2 隻です。被害船舶のうち、日本人が乗船していた船舶は 1 隻でした。被害発生海域を地域別に見ると、東南アジア周辺 5 件、インド周辺 2 件、アフリカ周辺 5 件 (うちアデン湾 3 件) です。アデン湾の 3 件は発砲、追跡などの被害ですが、いずれも回避操船などで海賊を振り切っています。その他の被害は窃盗が主であり、乗組員への被害はありませんでした。

海賊行為は船舶の運航にともなって常におこっています。これまでは船舶運航者の的確な処理によって対処してきました。憲法論議を起こしてまで自衛艦を派遣する必要はありません。日本の為政者は自衛隊の海外派遣の実績をつくり、憲法論議を起こして改憲を実現したいのでしょう。

ソマリア沖の海賊行為はソマリア人の問題であり、ソマリア人が解決すべきであるし、彼らしか解決できません。地理的にも遠く、歴史的にも深い関わりがない日本は、ソマリア問題の解決で主要な役割を果たせません。日本の役割はきわめて限定的です。

日本がなすべき第一は、ソマリアの内戦を止めさせるために外交的努力をすること、第二は、この地域の民生を安定させるために支援すること、第三は、ソマリア人の海賊行為を止めさせるためにソマリアの近隣諸国と協力し、沿岸警備に財政的・技術的援助を与えることなどです。

2009 年 3 月 16 日の『朝日新聞』朝刊に獨協大学の竹田いさみさんが「海賊対策  アジア型の民官協力モデルを」という一文を寄せています。竹田さんは自衛艦の派遣を「商船会社や船員たちは歓迎している」と述べています。その通りでしょう。竹田さんは、このなかで、かつて「海賊の巣」といわれたマラッカ海峡で日本財団などの民間団体が海上保安庁、外務省、国際協力機構 (JICA) などと協力し、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどの沿岸諸国とともに海賊対策に成功した経験を紹介しています。マラッカ海峡に自衛隊は派遣されていません。竹田さんは「民と官の連携、そして軍事力より警察力を重視することで、将来的に日本は海洋安全保障におけるイニシアチブを発揮することができる。」と指摘しています。

私は竹田さんの結論に賛成です。日本がソマリアにおいてなすべきことはこのことです。

現在の国連は常設の陸軍も海軍も空軍も持っていません。私は現在の状況下で国連がそのような軍隊を持てないし、持つ必要はないと考えています。もう軍隊の時代ではないのです。警察の時代です。国連が差し当たってできることは、ソマリアでの内戦を停止させるための活動です。安全保障理事会は現在そのための作業をしています。

私はかねてより「地球共同体の治安は地球警察が維持するようにし、軍隊はなくさなければならない。」 (『地球宇宙平和研究所所報』創刊号、31 ページ) と主張しています。この機会にこの主張を実現する一歩として「国際軍」ではなく、「国際警察」を提唱しました。国際司法裁判所や国際刑事裁判所に対応する「国際警察」や「地球警察」はいずれ実現するでしょう。

国際海事局 (IMB) によると、2009 年 1 月 1 日から同月 26 日までにソマリア沖で海賊行為が 14 件発生していると言われています。欧米諸国の軍艦が派遣されていて、これなのです。自衛艦を派遣しても問題の根本的な解決にはならないでしょう。

軍事力の派遣は対症療法です。実務家や政治家の判断は概して既成の枠内で短期的です。それが積み重なって日本が破滅したことを「落日燃ゆ」の主人公、広田弘毅の生涯は教えています。だから、私たちが「流れに抗して」発言し、行動することが必要なのです。今回のソマリア沖への自衛艦の派遣によって、日本は戦争のできる国から戦争をする国へ一歩進みました。

すでにインド洋には給油活動をおこなう自衛隊の補給艦と護衛艦が各 1 隻、およそ 340 人が行っています。そこへ今回の 400 人ほどが加わります。全員で 750 人ほどです。 1929 年の大恐慌の時がそうですが、不景気と軍隊の対外進出は密接に関連しています。警鐘を鳴らすのが私の役割であると考えています。

ソマリア沖への自衛艦の派遣に思う

中西 治

2009 年 3 月 14 日に海上自衛隊の護衛艦 2 隻が海上自衛隊呉基地から、国会の承認を得ないで、アフリカに向かった。アフリカ東部ソマリア沖に出没する「海賊」に対処する「海上警備行動」をおこなうためであるという。

これまでの自衛隊の海外派兵にくらべて日本国民の反対の声は弱い。米国・ロシア・中国などの軍艦もソマリア沖に出動しており、日本の自衛艦派遣も止むを得ないのではないかとの声が聞かれる。

果たしてそうであろうか。

私は第二次大戦前、戦地に赴く兵隊さんや軍艦を歓呼の声で見送った日本国民を知っている。生まれて初めての国費による海外旅行であると喜んで戦地に行った人が遺骨で帰ってきたことを覚えている。

戦争はいつも「在外邦人の生命財産を守るため」と称して、軍隊を外国に派遣することから始まる。人々は最初きわめて慎重であるが、そのうちに慣れさせられる。そして、大戦争に突入し、大敗北を喫する。

日本人はこれに懲り、二度と再び外国に軍隊を送り出さないと誓った。しかし、またも慣れ始めている。よその国が軍艦を送るからといって、日本が同じように軍艦を送る必要はない。いや、送ってはならない。

「海賊」を取り締まるのは第一にソマリア政府の仕事であり、ソマリア警察の仕事である。ソマリア政府が事実上崩壊し、それができないというのであるならば、まず近隣諸国がすべきである。それもできないというのであるならば、国際連合が中心となる「国際警察」がすべきである。

テレビを見ると、小さな船に数人の人が乗り込んで「海賊行為」をしている。なかにはソマリア海軍の元軍人もいるようである。いずれにしても、彼らは食うに困っている。彼らを殺しても、「海賊」はなくならない。

先日、日本で起こった「ひったくり」事件を思い出す。食べるものがなく、お腹が空いて、ひったくりをしようとした人が持っていた金は 2 円。

ひったくられそうになり、必死になって守った人が持っていた金が 110 円。

人間は食べられなくなったら何をするか分からない。

日本人を食べさせなければならない。ソマリア人も生きられるようにしなければならない。

憲法 9 条を持つ日本がなすべきは、自分が生きるために他人を殺すことではない。自分も他人も生かすことである。

田母神前航空幕僚長の発言について

中西 治

防衛省の田母神 (たもがみ) 俊雄前航空幕僚長が 2008 年 11 月 11 日の参議院外交防衛委員会で参考人として発言しました。この委員会の模様はテレビで中継されませんでしたが、その前後のマスコミの報道を通じて、日本は大変な人を空幕長にしていたことを知りました。背筋に寒さを感じます。

この人が、イラクで米軍と協力していた航空自衛隊の最高責任者だった、のです。この人が、名古屋高等裁判所が航空自衛隊のイラクにおける活動の一部を憲法違反と断じたときに、「そんなの関係ねぇ」といった人なのです。

この人が「日本が侵略国家というのは濡れ衣だ」と主張する一文を発表しました。このような考えは別に新しいものではありません。このような考えをもち、その意見を表明することは個人の自由です。しかし、日本国の防衛、とくに、現在の自衛隊のなかで最大の攻撃力をもつ航空自衛隊の最高責任者がこのような意見をもち、表明したとなると話しは別です。彼は批判をうけると、思想・信条の自由と言論の自由を持ち出して反論しています。屁理屈です。

この人はこれまで自衛隊のなかで同じようなことを言い、言論の自由を謳歌してきました。誰からも批判されず、むしろ、空幕長まで出世しました。彼が空幕長に任命された 2007 年 3 月の首相は安倍晋三さん、彼が「関係ねぇ」と言った 2008 年 4 月の首相は福田康夫さんです。安倍さんは戦後レジームからの脱却を唱え、福田さんは違憲の判決を「傍論だろう」と言った人です。彼と安倍さんと福田さんの三人は同じ考えです。

彼は自衛隊の外で同じことを言っても許されるだろうと考えていました。自衛隊の中と外は違うのです。外の風は冷たく、厳しいのです。インド洋での自衛隊による給油活動の継続が参議院で審議されており、総選挙を前にして、麻生さんはそのようなことを率直にいわれては困るのです。麻生内閣は彼を更迭し、定年退職として自衛隊の外に放り出し、責任逃れを図っています。

彼は裏切られたと思い、理非を明らかにせよと言っています。仲間割れです。それはできないのです。それをすると、彼を空幕長に任命した安倍さんと空幕長を続けさせた福田さん、麻生さんも責任を問われることになるのです。

田母神さんは過去の歴史を正しく認識し、現在の情勢を的確にとらえ、対処できない人です。

第二次大戦前から戦中の大日本帝国軍人を思い出します。自分だけが正しいと信じていた独りよがりな人々です。彼らはアジア・太平洋地域で多くの人を殺し、多くの日本人を死に至らしめ、国を滅ぼしました。これらの軍人と田母神さんが二重写しになります。

9条を守る人を首相に!

中西 治

日本政界の再編劇が始まりました。

まだ幕は開いていません。

プレリュード(前奏曲)が奏でられました。

2007年11月2日に自民党の福田総裁は民主党の小沢代表と会談し、両党の連立に向けての話し合いを始めるように提案しました。小沢さんは党に持ち帰ったあと、これを断りました。

参議院議員選挙で大敗し、参議院で少数派に転落した自民党は、政策を実行するために、選挙で大勝し、多数派となった民主党に助けを求めるより他に方法がないのです。

ここまでは定石です。福田さんにまず石を置かせました。小沢さんはこれを止める石を置きました。さあ、これからです。

福田さんは次へ進むための儀式を終え、インド洋での給油を再開するために具体的な行動に入ります。給油を再開しないという手もあるのですが、福田さんにその勇気はないでしょう。福田さんはまず今国会の会期を延長します。その後に幾つかのシナリオがあります。

一つは参議院で否決されたときに、小泉さんの郵政民営化のひそみにならって、衆議院を解散し、総選挙に打って出ることです。柳の下で二匹目の泥鰌を探します。

もう一つは衆議院で三分の二以上の多数によって再議決し、給油再開法を可決したあとで解散・総選挙をすることです。

いずれにしても、安全保障問題を争点として、給油をしないと日米関係が悪くなると言って危機意識を煽ることでしょう。

さらにもう一つは国会の会期終了後に内閣を改造し、来年の解散・総選挙に備えることです。

いまのところ給油再開の福田さんか、国連の決議があれば自衛隊をアフガニスタンに送り出すという小沢さんか、二つに一つの選択です。

私はもう一つの選択肢があっても良いと思っています。

それは日本国憲法第9条を守り、自衛隊を国外に出さない人を日本国首相にすることです。このような人が多数いる国会議員の中にいないわけはないと思っています。

いよいよ安全保障問題をめぐって政界再編劇の幕が上がります。

海上自衛隊のインド洋からの帰国を喜ぶ

中西 治

石破防衛大臣は2007年11月1日15時に「テロ対策特別措置法に基づく対応措置の終結に関する自衛隊行動命令」を発し、インド洋上で米国、英国、パキスタンなどに給油活動をおこなってきた海上自衛隊に2日午前0時で活動を止め、帰国を命じた。合わせて航空自衛隊が日本国内外の米軍基地間で米軍の輸送支援活動をおこなっていたのも中止される。

私はこれを喜ぶ。

2001年9月11日の事件とアルカイダ、タリバン、アフガニスタンとの関係はいまだに定かでない。それを強引に結びつけて米国はアフガニスタンに出兵し、タリバン政権を倒したが、アルカイダの中心者と言われる人は見つからず、泥沼にはまり込んでいる。

同じことがイラクでも起こっている。イラクに大量破壊兵器があるといって米国はイラクを攻撃し、フセイン政権を倒し、フセイン大統領を殺したが、大量破壊兵器は見つからず、ここでも泥沼にはまり込んでいる。

アフガニスタンでもイラクでも事態は米国軍が介入する前よりも悪くなっている。

日本は先にイラクから陸上自衛隊を引き揚げたが、いままたインド洋から海上自衛隊を引き揚げた。残っている航空自衛隊もイラクから引き揚げるべきである。

海上自衛隊をインド洋から引き揚げることによって日米関係が悪くなると言われているが、そのようなことはない。ブッシュ大統領やそれを取り巻く一部の人は残念だろうが、米国人の多くはアフガニスタンとイラクからの米国軍の撤退を要求している。次の大統領は誰がなっても、アフガニスタンとイラクから米国軍を引き揚げることになるであろう。

日本の一部には現在国会に提出されている補給支援特別措置法が参議院で否決された場合、衆議院で三分の二で再議決し、可決すべきであるとか、自衛隊の恒常的な海外派遣のための法律を制定すべきだとの論があるが、これらは論外である。それは先の参議院選挙で示された主権者である日本国民の意思に反する。

テロも悪いが、戦争はもっと悪い。テロは私的な集団や個人がおこなう戦争であり、戦争は国家がおこなうテロである。戦争でテロを根絶できない。

日本は自衛隊を派遣するのではなく、地球上の各地に住む人間の生活の安定と向上に資し、テロの根元を絶つ努力をすべきである。

世界の流れを変えるときである。

陸上自衛隊のイラク撤退にあたって ―日本の自衛隊をふたたび外国に出してはならない―

中西 治

小泉純一郎首相は本日、2006年6月20日13時、イラク南部のムサンナ州サマワに派遣している日本の陸上自衛隊をイラクから撤収させると発表しました。私はアメリカ合衆国が2003年3月19日にイラクに対する戦争を開始した当初から、この戦争に反対し、これに加担する日本の自衛隊のイラク派遣に反対してきました。2003年12月9日に日本政府がイラクへの自衛隊の派遣を決めたあと、私は時に応じて何度も自衛隊のイラクからの撤退を求めてきました。いろいろと理屈をつけていますが、今回の戦争は米国のイラクに対する侵略戦争であり、米国の側に何の大義もありません。3年3か月の戦争のなかで攻撃をうけたイラクだけではなく、攻撃をした米国にも多数の犠牲者が出ています。日本人も外交官2人と民間人3人の計5人の文民が命を失いました。戦争はまだ続いています。殺し合いは終わってはいません。戦争は泥沼化しています。

米国、英国、オーストラリア、日本などは戦争からの出口を求めています。小泉首相はムサンナ州の治安維持の権限が英国とオーストラリアからイラク政府に委譲された機会をとらえて陸上自衛隊の撤退を決定しました。私は小泉首相のこの決定を、遅きに失したとはいえ、歓迎します。イラクでの戦争をただちに全面的に止めさせなければなりません。米国軍はイラクから出て行かなければなりません。自衛隊のイラク派遣は私たち日本人に多くのことを考えさせました。一部の日本人は人道支援という言葉に惑わされました。日本政府は今年(2006年)3月までにムサンナ州を中心に電力、保健、水・衛生などで15億ドル(約1720億円)の無償支援をしたといわれています。このような援助を行うために本当に自衛隊を派遣する必要があったのでしょうか。自衛隊よりも効果的にこのような支援を行う人材と組織は日本に存在しないのでしょうか。このさい自衛隊を災害時の人道支援のための救援組織に改組することを真剣に検討してみてはいかがでしょうか。人道支援・災害支援のために武器は必要ありません。イラクの問題はイラク人が、アラブの問題はアラブ人が、地域の問題はその地域の人々が解決すべきです。その地域の人々で解決が難しい問題を他の地域の人が簡単に解決できるわけはないのです。自衛隊が武器をもって紛争地域に行くのは今回を最初で最後としましょう。なかには恒久法を制定して、いつでも自衛隊を外国に派遣できるようにすべきだとの意見がありますが、これは論外です。外国に軍隊を送るのに慣れてはいけません。はじめは処女のごとく、おわりは脱兎のごとし、といいます。その道は戦争への道であり、日本をふたたび破滅させる道です。

憲法9条は人類の誇り その精神を地球全体に広げましょう!

中西 治

特定非営利活動法人 地球宇宙平和研究所の皆様

新年あけましておめでとうございます。

自民党は昨年11月に新憲法草案を発表し、「戦力を保持せず、交戦権を認めない」現行憲法の第9条第2項を削除し、かわりに「自衛軍を保持する」とともに、自衛軍が「国際的に協調して行なわれる活動を行なう」ことを明らかにしました。これは日本の軍隊が外国で戦争するのを認めることを意味します。

私はこのような憲法9条の改悪に反対です。それは日本を戦争をしない国から戦争をする国に変えるものです。それはいつか来た道であり、もう一度、日本を滅ぼす道です。

ドイツの哲学者カントは18世紀末に恒久平和のためには常備軍を廃止しなければならないと提言しました。人びとがこの提言を受け入れるのに150年の歳月が必要でした。「紛争問題は平和的に解決し、軍隊を持ってはならない」との結論に人びとの多くが達したのは第二次大戦後でした。日本国憲法第9条はこの結論を法制化したものです。

憲法9条は人類が戦争と革命で大きな犠牲を払ったあとに辿り着いた到達点であり、人間の理性の所産です。1999年にオランダのハーグで開かれたハーグ平和市民会議は「各国議会は日本の憲法9条を見習い、自国政府に戦争をさせないための決議を採択すべきである」との呼びかけを採択しました。憲法9条は21世紀の人類がめざすべき目標であり、人類の宝であり、誇りです。

日本には自衛隊が存在し、現に戦争が行なわれているイラクに自衛隊が派遣されているのであるから、9条の改定は現状を憲法で追認するだけのことであるとの考えがあります。しかし、憲法で自衛隊を軍隊として認めるのか否かは大きな違いがあるのです。憲法9条があるから自衛隊はいまでも公然と軍隊と称し、戦闘行為を行なうことはできないのです。憲法9条は自衛隊の完全な軍隊化と戦争実施に対して厳重な歯止めとなっています。

日本国民が憲法9条の改悪を許すとすれば、日本が半世紀以上にわたって続けてきた戦争放棄と軍隊不保持の政策は妥当でなかったと 日本国民が認めることになります。これは日本に続いて戦争の放棄と軍隊の不保持をめざして努力している他の国の人びとに大きな衝撃を与え、この面での歴 史の発展をいちじるしく阻害することになります。日本人の責任は重大です。

日本国憲法第9条を維持し、他国にも同じ政策を採ってもらうために憲法9条の精神を地球全体に広め、人類史の発展に新しい展望を拓きましょう。

2006年元旦

二酔人四方山問答(11)

岩木 秀樹

B:衆議院解散で、日本の夏は暑くなってきたね。

A:いや日本だけでなく、イラクでもかなりヒートアップしている。

B:え、選挙でもあるの。

A:そうじゃなくて、イラクの治安が一層悪化していて、サマワでも8月7、8日に大きな銃撃戦があり、死者2名負傷者67名がでたそうだ。

B:そんなのニュースにでていたっけ。衆議院解散のニュースばっかりで気がつかなかったよ。

A:サマワは「非戦闘地域」ということで自衛隊が派兵されたんだけれど、もし騒乱が続き、自衛隊に何らかの加害や被害があれば、「郵政選挙」から「イラク選挙」に争点が移るかもしれない。

B:サマワの騒乱の原因は何なの。

A:一向に回復しない電気や水の供給を求めて、1500人という過去最大規模の民衆がムサンナ州知事庁舎前でデモを行い、その一部が暴徒化したようだ。それにはシーア派のムクタダ・サドル師支持者も参加し、対戦車ロケット砲や手投げ弾が使用され、激しい銃撃戦もあった。

B:すごい状況だな。

A:まだある。迫撃砲弾2発が州庁舎付近に打ち込まれ、警察幹部が武装勢力に射殺され、警察車両3台が焼かれた。そのような中、州議会は知事の解任を決議し、知事は夜間外出禁止令を出した。

B:このような状況って、ほとんど戦争じゃないの。誰が考えても非戦闘地域ではないよ。ところで自衛隊は何をしているの。

A:危険なので、当然駐屯地にこもりきったまま。

B:何をしにいったんだ自衛隊は。電気や水の供給もままならず、民衆の不満は高まり、治安は悪化するばかり。危ないときは逃げて、オランダ軍やイギリス軍に守ってもらう。

A:自衛隊をなんとしても海外へ派兵したいと思っている右派勢力の思惑による派兵だ。アメリカの要請でもあるから、断れないとの言い訳もで きる。行かされる自衛隊員もかわいそうだと思う。自衛隊法第3条には「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に 対しわが国を防衛することを主たる任務とし」とある。遠いイラクのサマワの地で任務に就くことが、わが国を防衛することなのか、疑問に思っている隊員も多 いし、その問題が日本各地で裁判になっている。

B:命令だから嫌々来て、サマワの人々からはそれほど喜ばれず、危ないときには他国の軍隊に守ってもらうなんて、自衛隊員も忸怩たる思いだろうな。

A:いや戦闘行為に勇ましく参加し、戦果を挙げるよりましかもよ。ところでサマワだけでなく、8月に入ってイラク各地で戦闘行為が続いている。

B:へーそうなんだ。

A:3日にはバグダード北西200キロのところで、海兵隊員14人と通訳1人が死亡した。道路爆弾による米兵犠牲者としては最大だ。6、7 日にかけて、米軍兵士やイラク人警察官が30人以上亡くなった。このような状況の中、アメリカの最新の世論調査では、ブッシュ大統領のイラク政策に対する 支持が過去最低の38%になった。

B:アメリカの世論もそろそろ潮時だと判断する日も近いような気がするよ。日本も撤退戦略を考えた方がいいんじゃないかな。

A:そうだね。今まで述べたこれらの数字は米兵を中心としたもので、イラク人の被害はほとんどカウントされていない。アメリカでも日本でも報道されていない。つまり人間扱いされてないということだ。このことがイラク戦争の本質を象徴していると思う。

B:そうそう、ある人が言っていたけれど。イラク戦争の始めの頃、米国の第何軍がイラクのこの町を落とし、海兵隊があの町を包囲しなどと、どのマスコミもイラク全土を俯瞰図で説明していた。あの視点は米軍の司令官の視点だと言っていた。

A:その通りだと思う。私たちも爆弾が空から降ってきて、地獄絵図となるイラクの民衆の視点ではなく、アメリカの軍人の視点でイラク戦争を見てしまった。現在の報道もあまり変わっていない。そのことは重々自戒してイラク情勢を見なければと思う。

小泉内閣はイラクからただちに自衛隊を引き揚げよ! ―第20回参議院議員選挙結果によせて―

中西 治

2004年7月11日の第20回参議院議員選挙に参加した日本の有権者の半数以上は小泉内閣の内外政策に「ノー」という意思表示をした。

2001年4月26日に発足して以来、小泉内閣は落ち目になっていた自由民主党を上向きに転じさせたが、今回の参議院議員選挙で2003年11月9日の衆議院議員選挙に続いて手痛い敗北を喫した。自由民主党は小泉内閣発足前の2000年6月25日の衆議院議員選挙の水準に逆戻りした。

小泉首相が登場する前の2000年6月の衆議院選挙比例区での自民党の得票は1694万(28%)であった。それが小泉首相登場後の2001年7月の参議院選挙の比例区で自民党は2111万票(38%)を獲得し、20議席を得た。ところが、2003年11月の衆議院選挙の比例区での得票は2066万(35%)となり、今回の2004年7月の参議院選挙ではさらに減り、比例区で1679万票(30%)しか得られず、獲得議席は15にとどまった。2001年7月の参議院選挙では当時連立政権の一角を担っていた保守党が比例区で127万票(2%)を獲得し、1議席を得ていたことを勘案すると、今回の自民党の敗北はより大きなものとなる。

もう一つの与党である公明党は2001年7月の参議院選挙比例区で818万票、8議席を獲得し、2003年11月の衆議院選挙では比例区で873万票を得、今回は1000万票をめざしていたが、862万票、8議席にとどまった。同党はこれまで選挙ごとに得票を伸ばしてきたが、今回は10万票とはいえ前回の衆議院選挙比例区より得票を減らした。これは同党の将来にとってきわめて重要な意味をもつ出来事である。

なぜこうなったのか。漢書に「綸言(りんげん)汗(あせ)のごとし」という言葉がある。君子の言葉は汗のようなもので、一度口から出れば、取り消すことができないという意味である。誰にとっても言葉は重いが、君子の言葉はことのほか重い。小泉さんの言葉には首相の言葉としての重みがない。

小泉さんは憲法9条や自衛隊のイラク派遣、年金問題のような国民の死活にかかわる重要問題についてまともに答えようとせず、はぐらかし、茶化し、主権者である国民を侮辱している。国民はこれに怒っている。今回の選挙結果はこのことを示している。

小泉さんは第二次大戦後初めて多くの日本国民の声を無視して武装した自衛隊を人道支援のためと称して現に戦争が行なわれているイラクに派遣した。すべての侵略戦争は武装した軍隊の海外派兵に始まる。本当に人道支援のためであるならば、自衛隊を派遣する必要はない。人道支援のために武器は必要ない。

案の定、日本を敵視したイラクの武装勢力は日本人の若者3人を人質とし、自衛隊のイラクからの撤退を要求した。小泉内閣はこれを拒否し、3人の日本人の生命を危険にさらした。幸いにして、彼らは彼ら自身の平素のイラク国民に対する善意の行動が理解されて解放され、命を失わないですんだ。これに対して自国民の安全に責任を負う日本政府は何をしたのであろうか。彼らを言葉の石をもってぶったのは誰であったか。

不幸にして、その後、2人の日本人ジャーナリストが犠牲になった。にもかかわらず、彼らの遺族たちはイラク人に対する善意の行動を続けている。こうした日本人の善意の行動がイラクにおける自衛隊の安全を守っていることが小泉さんには分からないのであろうか。自衛隊が日本人の安全を守っているのではなく、多くの善意の日本人の行動が自衛隊の安全を守っているのである。

このようなことはいつまでも続かない。形式的なものにしろ2004年6月28日の米軍主導の占領当局からイラク暫定政府への主権の移譲は自衛隊を引き揚げる絶好の機会であった。実際にイラクから軍隊を引き揚げている国がある。しかし、小泉さんはこの機会を逃がし、国会に諮ることもなく勝手に、主権移譲後もイラクに駐留する米国を中心とする多国籍軍に参加することを決めた。

主権移譲後もイラク国内での戦争は続き、米兵の死者は25人に達し、2003年3月のイラク戦争開始後の米国などの外国軍兵士の死者は1000人を越えている。主権移譲後のイラク人の死者もおよそ200人にのぼっており、イラク戦争開始後のイラク人の死者は最大で1万3118人に達するといわれている。戦争はまだ続いており、日本の自衛隊が攻撃の対象となっても何の不思議もない。そのときに自衛隊はどのように対応するのであろうか。人道支援に行って、支援すべきイラク人を殺すことになるのであろうか。

そのことを避けるためにも自衛隊はただちにイラクから引き揚げるべきである。このことを今回の参議院選挙に参加した日本の有権者の多くが要求している。自衛隊のイラク派遣に賛成している自民党と公明党が比例区で獲得した票はそれぞれ1679万と862万、合計2541万、それに対して自衛隊のイラク派遣に反対している民主党、共産党、社民党に投ぜられた票はそれぞれ2113万、436万、299万、合計2848万である。反対の方が賛成よりも300万票ほど多い。

1996年10月に小選挙区制を導入した新しい制度のもとで衆議院選挙が実施されてから今回の参議院選挙を含めて衆議院選挙が3回、参議院選挙が3回行なわれた。この結果、衆議院選挙だけでなく参議院選挙でも2大政党化の傾向が強まっている。このことにより共産党や社民党の退潮にみられるように少数意見が排除される可能性が増大している。これは多様な意見を尊重し、社会を健全に発展させるという点で由々しい問題をはらんでいる。

このことはまた共産党や社民党に対して新しい状況に応じた新しい活動の形態を求めている。この点で教訓的なのは今回の選挙における沖縄県の経験である。ここでは自民党と公明党が推す候補者に対して現地沖縄の地方政党の女性指導者が民主・共産・社民・みどりの会議などの支持を得て無所属で立候補し当選した。沖縄の米軍基地を縮小し、沖縄を平和な島にするという点で一致して行動するならば勝利することを示した。

憲法改定が具体的な政治課題となりつつある今日、今回の選挙結果は憲法9条の精神を守り、それを地球社会全体に広めようとするものが一致して行動するならば、その事業が成功することを教えている。私は今回の選挙結果に大いに力づけられ、励まされている。

自衛隊はイラクからただちに引き揚げよ! ―3人の日本人の拘束・解放事件に寄せて―

中西 治

2004年4月8日夜に高遠菜穂子さん、郡山総一郎さん、今井紀明さんの3人の日本人が「サラヤ・アル・ムジャヒディン(神の兵士旅団)」と称する人々によってイラクで拘束され、日本政府が自衛隊を3日以内にイラクから撤退させなければ3人を殺すと声明したという報道が伝えられました。その後、4月11日早朝に3人が解放されることになりました。

ひと安心です。しかし、これで事件が終わったわけではありません。そこでこの機会にこの問題をめぐって表明された幾つかの意見について私の考えを述べたいと思います。

第一は3人の日本人が現に戦争がおこなわれているイラクに行ったことの是非についてです。私は戦争が起これば逃げよと学生に教えています。危険なところには身を置くなと言っています。君子危うきに近寄らずです。しかし、どうしても行かなければならないとしたら、また、どうしても行きたいのであるならば、自分の責任で行けと言っています。

私も何度も外国に行っていますが、危ないと思うときには行きません。大丈夫だと思って行っても外国では何が起こるか分かりません。だから、私は無事日本に帰ってきたときにはいつも自分の幸運について天に感謝しています。

3人の日本人はイラクの戦争を甘く見ていたと思います。3人の方はいずれもイラク戦争に反対で自衛隊のイラク派遣にも反対のようです。だから、自分たちは大丈夫だと思っていたのでしょう。しかし、日本が自衛隊のイラク派遣を決めた瞬間からアメリカの占領に反対しているイラク人にとっては私も含めて日本人はみんなアメリカの侵略の片棒を担ぐ敵なのです。しかも、自衛隊が現実に武装してイラクに行き、イラクの土地に陣取ったとき、それは紛れもなく占領軍なのです。わずかばかりの水を供給し、人道的な復興支援のために来たといっても、それが占領を覆い隠す美辞麗句であることはすぐに見抜かれるのです。

私はテレビで高遠さんのこれまでの活動を垣間見て、この人はイラクの子供の味方であり、この人を殺してはならないという声がイラク人のなかからあがることを期待していました。日本からもそのような声があがり始めていました。私もこの3人の日本人はイラク人の味方だ、この人々を殺してはならないの声をあげようと思っていました。私は3人を拘束した人々もそのことが分かったから解放することになったのだと思います。

人間は平素の行動が大切です。とくに外国に行くときにはその地の人々を、それがいかなる人であっても人間として尊敬し、敬意をもって接することが必要です。第二次大戦が日本の敗北で終わったとき日本が占領したり、日本が植民地にしていたところで占領者・支配者であった日本人に対する報復が起こりました。そのときでもその地の人々と親しく交わっていた日本人には、この人は他の日本人とは違うのだ、この人は自分たちの味方であった、といって守ってくれる現地の人がいたのです。

第二は自衛隊のイラクからの撤退はテロに屈服したことになるからしてはならないという意見です。こうした論を主張する人はアメリカがイラクに対する戦争で多くの無辜のイラク人を殺していることについては口を噤みながら、無辜の民を殺すテロはけしからんといっています。おそらくこれらの人々は今回の結末はテロに屈服しなかった成果であると主張するでしょう。

私もいかなる理由があっても人を殺すことには反対ですし、とくに関係のない人を殺すテロには反対です。それと同時に私はもっとたくさんの関係のない人を殺す戦争に反対です。いまのイラクはアメリカがイラク人の選挙によって選ばれたフセイン政権を武力で潰し、占領支配している状態です。現在イラク人の政府はありません。このような状態に対してイラクの多くの人が反対してたたかっているのです。これはアメリカをはじめとする占領軍とそれに反対するイラク人とのあいだの戦争です。

戦争はテロの国営化ですが、テロは戦争の民営化です。いずれも悪なのです。しかし、先に戦争を始めた方がより悪いのです。

小泉内閣は3人の日本人の命がかかっていたにもかかわらず即座にイラクからの自衛隊の撤退を拒否しました。3人の日本人の命よりもイラクに対する「人道援助」の方が重要だったのです。これに対して3人を拘束した集団は面目を失ってでも3人の解放を決定しました。どちらが3人の日本人の命を大切にしたのでしょうか。

第三はイラク戦争はこれからどのようになるのかです。私はアメリカはいずれ近いうちにイラクから追い出されるだろうと考えています。日本の自衛隊もイラク人から追い出されることになるでしょう。

2001年9月11日事件の直後にアメリカの外交雑誌『フォーリン・アフェアーズ』2001年11ー12月号に1986年から1989年にかけてアメリカ中央情報局(CIA)のパキスタン支局長を勤めたミルトン・ベアディンが「アフガ二スタン、諸帝国の墓場」と題する論文を寄稿し、西暦紀元前(B.C.)4世紀のギリシャのマケドニア王国のアレキサンダー大帝がB.C.334年に東征を開始し、インドに及ぶ広大な領域を支配下に収めたが、最後はB.C.323年に現在のイラクの首都バグダット近くのバビロンの地で没したごとくアフガニスタンを中心とする地域がアレキサンダ−大帝の帝国の墓場となったことを指摘し、それ以後ジンギスカン、ムガール帝国を経て19世紀の大英帝国、さらに20世紀のソヴェトに至るまでの諸帝国の墓場となったことを強調しています。

イギリスは第一次大戦後オスマン帝国に代わってパレスチナ地域を委任統治しましたが、アラブ人とユダヤ人の抵抗と両者のあいだの紛争に手を焼き、最後には治安確保のための軍隊の維持費も出せなくなって投げ出し、中近東地域から追い出されました。私はアメリカもイギリスと同じような運命をたどるだろうと思っています。すでにアメリカ国内でもイラクからの撤退論が出始めています。

小泉首相はたしかに傲慢です。テロに屈するとか屈しないとかといった面子論ではなく、このさい謙虚に冷静に現在のイラクの情勢とアメリカの国内状況などを勘案し、イラクから自衛隊をただちに引き揚げればよいと思います。小泉さんはアメリカへの義理立てはもう十分以上に果たしたのですから。それとももっともっと大きな問題が生じなければ踏み切れないのでしょうか。