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朝鮮戦争を再び繰り返してはならない

中西 治

2010年11月23日午後2時半過ぎから1時間余にわたって、朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に駐屯する共和国軍隊が十数キロ離れた黄海上に位置する大韓民国の大延坪島(テヨンピョンド)を砲撃した。これは韓国軍が22日から始めた軍事演習に抗議したものであり、朝鮮側は先に砲撃したのは韓国側であると主張している。

1953年7月の朝鮮戦争の休戦にあたって、朝鮮半島の陸上部分では双方の協議にもとづいて軍事境界線が設定されたが、海上部分についてはこれがなく、双方が勝手に境界線を設定している。今回韓国が軍事演習をおこなった地域は韓国と朝鮮の両国がともに自国の領域と主張している地域であり、これまでにも軍事衝突が幾度も発生している場所である。本年3月に発生した韓国哨戒艦の沈没事件もこの地域で起こったものである。

今回の事件がとくに問題となっているのは、これまでの衝突事件はすべて双方の軍隊間のことであったが、今回は朝鮮の攻撃対象が韓国の民間人の居住する地域を含んでおり、民間人に死傷者が出ているためである。朝鮮側も民間人の死傷者が出たことに「きわめて遺憾」の意を表明しており、事態はいまのところ小康状態にある。

しかし、本日、11月28日から12月1日まで韓国南西沖の黄海で、米国の原子力航空母艦ジョージ・ワシントン号も参加して、米国と韓国の合同軍事演習が実施される。朝鮮は「米国が空母を黄海に進入させるなら、その後の悪い結果は誰も予測できない」と警告している。米韓側は今回の軍事演習の目標は中国ではなく、朝鮮であると言っているが、中華人民共和国も首都北京が米軍機の直接の軍事的脅威にさらされるようになるから、これに強く反対している。

現在の状況は国境地帯で南北朝鮮間の軍事衝突が続いたあと、遂に1950年6月25日に朝鮮戦争が勃発し、後には米国と中国をも巻きこむ大戦争に発展した時を想起させる。もしも、朝鮮で戦争が再発することになれば、1953年の休戦以来57年余にわたって、この地域の人々が営々と築いてきたものが再び破壊され、多くの人命が失われることになる。それでは人間は過去の歴史から何も学ばなかったことになる。

朝鮮戦争を再び繰り返してはならない。

いまこそ人間は冷静に事態に対応し、理性を発揮し、戦争への道を断ち切らなければならない。そのために、ただちにつぎのような措置をとらなければならない。

第一は、係争地域における軍事演習をただちに中止しなければならない。戦争ごっこがしばしば本物の戦争になることを歴史は示している。

第二は、軍事演習に反対するために、相手側の軍人だけではなく、民間人にも武力を行使するようなことがあってはならない。それが続けば、戦争である。

第三は、関係国は力には力で対抗するのではなく、話し合いによって平和的に問題を解決する努力をすべきである。具体的には韓国・朝鮮・日本・中国・ロシア・米国の六者協議を速やかに再開し、核兵器のない朝鮮半島を実現し、休戦協定を平和条約に変えるべきである。

第四は、南北朝鮮の人々は同じ民族の友として仲良く生活し、民族の平和的統一をめざして努力すべきである。問われているのは朝鮮人民をはじめとするすべての個々の人間の資質である。

2010年11月28日午前8時

チュチェ思想と継承性

中西 治

チュチェ (主体) 思想とは「人間は自分と世界の運命を切りひらく主体である」という考えである。このような考えは、1960 年代の中国とソビエトとの間の国際共産主義運動の路線をめぐる激しい論争のあと、1970 年代はじめに朝鮮で出てきた。

この思想をつくったのは金日成さんだといわれている。彼が 18 歳のとき、1930 年 6 月に中国で開かれた青年共産主義者の会議で「朝鮮革命の主人は朝鮮人民である」と述べたのが始まりであるとされている。

金日成さんは最初、中国共産党員として抗日パルチザンに参加し、後、ソビエト軍の大隊指揮官として活動した。 1945 年の日本敗北後はソビエト軍占領下の平壌の警備指揮官補となり、1948 年 9 月 9 日の朝鮮民主主義人民共和国発足にあたっては首相となり、以後、亡くなるまで一貫して同国の最高指導者の地位にあった。

大国の狭間にあって日本の植民地となった朝鮮を植民地支配から解放した朝鮮人が、朝鮮の運命を決めるのは列強大国ではなく、朝鮮自身であると考えるのは正しい。しかし、実際には、いくら人間が努力しても、客観的な諸条件が成熟していないときには、望むような結果を得られないことがある。とくに、国の運命において。

1972 年 12 月 27 日に採択された朝鮮民主主義人民共和国憲法第 3 条は「朝鮮民主主義人民共和国は人間中心の世界観であり人民大衆の自主性の実現をめざす革命思想であるチュチェ思想をその活動の指導指針とする」と規定した。

1974 年 2 月の朝鮮労働党中央委員会総会は、金正日同志をチュチェ偉業の偉大な継承者、金日成主席の唯一の後継者に推戴した。金正日さんは同年 2 月 19 日の全国党宣伝活動家講習会で全社会のチュチェ思想化を党の最高綱領と宣言した。

チュチェ思想が国家の指導的思想になり、それを全国民に広めることになった。その担い手に金日成さんの息子・金正日さんがなった。社会主義国では親子による最高権力の継承はあり得ないが、チュチェ思想の継承ということでそれが正統化された。

1994 年 7 月 8 日に金日成さんが病気で亡くなったあと、金日成さんを宣揚する動きがいっそう強まった。没後 3 年目の 1997 年 7 月 8 日に金日成さんが生まれた 1912 年を「チュチェ元年」とし、その誕生日 4 月 15 日を「太陽節」とすることになった。

今年、2010 年はチュチェ 99 年である。この年に金日成さんの子から孫への新たな継承の動きがでてきた。金正日さんから金正恩さんへである。さすがに 3 代目となると、社会主義国で世襲による国家最高指導者の継承は不可能である。そこで朝鮮の社会主義放れが始まった。

昨 2009 年の憲法改定で「共産主義」の文言が削除されたが、今回改定された党規約でも、これまで党の「最終目的は全社会をチュチェ思想化し、共産主義社会を建設すること」とされていたのが、今回「共産主義社会の建設」が削除され、代わって「人民大衆の自主性を完全に実現すること」になった。また、新たに「継承性の保障が党建設の基本原則」とすることが追加された。

朝鮮では「世襲による国の最高指導者の継承」のために「共産主義・社会主義」を捨てた。チュチェ思想により「人民大衆の自主性」が増大したとき、「世襲制による継承」はどうなるのであろうか。

朝鮮は社会主義国にあらず

中西 治

朝鮮で金正日総書記の妹と三男と言われる人が「大将」に任ぜられ、後者が党中央委員と党中央軍事委員会副委員長に選出され、父の後継者になることが正式に決まったといわれている。そうなると、朝鮮では金日成に続いて、彼の息子と孫の一家三代が国の最高指導者になることになる。

このような国は社会主義国ではない。

社会主義者とは、生まれ落ちた星の下によって、その人の一生が決まることに反対する人である。ましてや、国の最高指導者の地位がである。なかには世襲が朝鮮の政治文化にふさわしいという人がいる。そのような政治文化に反対するのが社会主義者である。

現在の朝鮮は疑似社会主義である。

もともとスターリンは朝鮮にソビエト的秩序を導入することに反対であった。彼は日本の敗戦後間もない 1945 年 9 月 20 日に、北朝鮮でソビエト権力をつくらず、ブルジョア的民主主義権力を確立するように指示していた。当時、米国とソビエトは朝鮮半島を信託統治下におこうとしていた。これに南朝鮮の人々が強く反対し、 1948 年 8 月に李承晩を中心とする人々が大韓民国をつくった。翌 9 月に、これに対抗して、北朝鮮でも金日成を中心とする人々が朝鮮民主主義人民共和国をつくった。ソビエト軍は同年 12 月 15 日までに引き揚げ、米国軍も 1949 年 6 月 29 日までに撤退した。

1950 年 6 月 25 日に、ともに武力統一を主張していた南北朝鮮間で戦争が勃発した。これに米国と中国 が介入し、朝鮮戦争は拡大・激化した。 1953 年 7 月に休戦条約が締結されたが、いまも戦争状態は完全に終わらず、緊張状態が続いている。

建国間もない中国と朝鮮は社会主義の同盟国として米国および韓国と戦った。それから 60 年経った今日、中国は朝鮮を社会主義国と見ていない。社会主義国ならば、国の世襲統治などを考えないからである。

中国にとって朝鮮は国境を接する隣国である。隣国とは、相手がいかなる政治体制をとろうとも、仲良くしなければならない。長い世襲の歴史を有する天皇制をもつ隣国・日本ともである。

私は人民主権論者であるが、歴史のある段階で世襲制による国の統治が一定の役割を果たしてきたことを否定しない。しかし、このような前近代的な統治制度がいつまでも続くとは思っていない。

問題は朝鮮人民が国の世襲統治をいつまで容認するのかである。

金大中さん・金正日さん・李明博さん

中西 治

韓国の元大統領金大中 (キム・デジュン) さんが 2009 年 8 月 18 日に亡くなりました。

朝鮮の労働党総書記兼国防委員会委員長金正日 (キム・ジョンイル) さんは弔問団を韓国に派遣しました。弔問団団長の労働党書記金己男 (キム・ギナム) さんが 23 日午前に韓国大統領李明博 (イ・ミョンバク) さんを訪問し、金正日さんからのメッセージを伝えました。

李明博さんは 2008 年 2 月に大統領に就任して以来初めて朝鮮の高官と会見しました。

政治力学から言うと、李さんのような朝鮮に対する強硬派が南北和解と接近と統一を進めるのにもっとも適しています。大統領就任以来 1 年半、北に対して強硬政策を採ったが、いっそう関係が悪くなったので、関係を良くするためには太陽政策しかない、と韓国の対北強硬派を説得することができるからです。強硬派は味方の大統領が言うのでは仕方がないかと、同意しないまでも、黙認するのです。強硬派が断固反対すると、大統領そのものがもたなくなります。それでは強硬派は元も子もなくなります。

日本の対ソ国交正常化を鳩山一郎さんがおこない、対中国交正常化を田中角栄さんがおこない、日中平和友好条約締結を福田赳夫さんがおこなったようなものです。いずれも、親ソ派でも、親中派でもありませんでした。どちらかというと、右の方の政治家でした。

2010 年は日本が韓国を併合してから 100 年、朝鮮半島が日本の支配から解放され、独立してから 65 年、南北統一のもっとも良い時期です。それが実現できれば、南北統一の事業を開始した金大中さんの霊も慰められるでしょうし、金正日さんも、李明博さんも朝鮮民族の統一を成し遂げた 21 世紀の偉大な政治家として歴史にその名を刻むことになります。

私はそのことを期待しています。

朝鮮の核実験についての国連安保理の新しい決議に寄せて

中西 治

国際連合安全保障理事会は2009年6月12日午後 (日本時間13日未明) に、朝鮮が同年5月25日におこなった核実験を非難する新しい決議第1874号を採択しました。

今回の安保理決議は冒頭で「国連憲章第7章の下で行動し、同章第41条に基づく措置をとる」と規定しています。同条は「兵力の使用を伴わない非軍事的措置」についての規定です。ちなみに、第42条は「第41条に定める措置では不充分であろうと認めたときにとられる空軍、海軍または陸軍の軍事的措置」についてです。

一般的には、公海上での他国船舶の停船や捜索は「戦争行為」です。今回はこれを非軍事的におこなわなければなりませんので、当該船の所属国の同意を必要とします。しかも、朝鮮に出入りする貨物の領内および公海上での検査が、中国の反対によって、国連加盟国の「義務」から国連加盟国への「要請」に変わりました。各国は貨物の検査をしてもよいし、しなくてもよいのです。

かつて1962年10月のキューバ・ミサイル危機のときに米国はキューバ周辺の海上封鎖を発表しましたが、実際にはソビエト船の停船や捜索はおこなわれませんでした。米国とソビエトの直接の戦争を避けたいとの思いがケネディさんとフルシチョフさんの双方にあったからです。

私はすべての国の核爆発実験と核兵器保有に反対ですが、今回の決議を安保理に採択させる上で重要な役割を果たした米国やロシアをはじめとするすべての核兵器保有国に、朝鮮を非難する資格があるのだろうか、と思っています。

米国は第二次大戦中に世界で初めて原子爆弾を作り、広島と長崎で最初に使いました。戦後も核兵器を作り続け、1970年にその保有数は2万7000に達し、その後、減っていますが、いまでも核弾頭を2702発、実戦配備していると言われています。ロシアもソビエト時代の1982年に4万近くの核兵器を保有し、その後、減少していますが、いまでも核弾頭の実戦配備数は4834発と言われています。

1970年に発効した核兵器不拡散条約 (Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT) は、1966年以前に核爆発実験をおこなった米国・ロシア・英国・フランス・中国の5か国だけに核兵器の保有を認め、それ以外の国には核爆発実験も核兵器の保有も認めていません。NPTは核兵器保有国を限定しながら、それを皆無にするための過渡的条約です。しかし、実際には、1998年に核実験をしたインドとパキスタンをいまでは核保有国として認めています。

米国やロシアなどの核兵器保有国が朝鮮の核実験を非難するというのならば、まず、自国が過去におこなった核実験について謝罪し、現在保有している核兵器をすべて即時廃棄すべきです、少なくとも廃棄の日程を具体的に明らかにすべきです。自国の核保有は良くて、他国の核実験は悪いというのは道理に反します。

朝鮮は1950年に始まった朝鮮戦争について1953年に「国連軍」と休戦条約を締結し、現在、米国と停戦状態にありますが、まだ戦争は完全に終わっていません。米国の陸軍と空軍は依然として韓国に2万6000人駐留しています。加えて韓国軍兵士が69万人います。さらに、日本には1万7000人の米軍兵士がおり、米国の第七艦隊が日本に母港をもっています。朝鮮は米国の核ミサイル網で包囲されています。これに対して朝鮮軍は100万人と言われています。

朝鮮半島の緊張を緩和する唯一の方法は朝鮮戦争を完全に終わらせ、朝鮮と米国とのあいだで平和を回復し、国交を正常化することです。朝鮮はこのために虚勢を張っています。戦争が再開されれば元も子もなくなります。平和的な話し合いによる解決しか道はないのです。

核兵器の廃絶を唱えるオバマさんは、朝鮮半島の平和、アジアの平和、世界の平和のために、これまでの枠組を越え、もっと大胆・積極的に指導性を発揮すべきです。世界がオバマさんに期待しているのはこのことです。

私は2005年8月25日から9月2日まで朝鮮と中国を旅しました。新潟からウラジヴォストーク経由で平壌に入り、朝鮮社会科学者協会や金日成総合大学の研究者たちと話し合いました。少年宮や人民大学習堂、モラン第一高等中学校を見学し、アリラン公演やサーカスなども見ました。開城と板門店も訪れました。平壌から国際列車で中国東北を横切り、北京に着き、北京大学日本研究センターの人々と朝鮮問題について論議しました。

私は文化大革命末期の1975年4月に初めて中国を訪れました。中国は1978年に改革開放政策に転じて30年、いまでは繁栄した強大な国になっています。私は、朝鮮は中国の文化大革命から改革開放政策への移行期にあたるのではないか、と思いました。「現在の朝鮮は四半世紀前の中国である。朝鮮は20年くらいで現在の中国のところまで来るであろう。」と書きました。多彩な人材がたくさん育っているので、朝鮮には未来があります。中国は変わりました。朝鮮も変わります。すべては変わるのです。

頑な心を和らげるのは温かい心です。朝鮮半島の北と南、朝鮮と米国、朝鮮と日本、どこにも人間が住んでいます。どこにも優しい人も厳しい人もいます。誰かが先に優しい温かい心で接し始めなければなりません。2000年6月に金大中さんの温かい心に金正日さんも応えました。朝鮮と韓国の統一、朝鮮の非核化に向けて動き始めました。それはつい最近まで続きました。ふたたびこの道に戻らなければなりません。この道しかないのです。いま求められているのは大きく人を包み込む大人です。

朝鮮の核実験について

中西 治

2009年5月25日に朝鮮中央通信は「同日、2回目の地下核実験を成功裏に実施した」と発表しました。

韓国の地震観測では、2006年10月9日の1回目の実験はマグニチュード3.58から3.7と言われていましたが、今回の実験は4.5と伝えられています。前回よりも核爆発の規模は大きいようです。

私はすべての核爆発実験に反対であり、すべての核兵器の保有に反対です。核戦争の脅威をなくすためには核兵器を廃絶しなければなりません。

私は今回の朝鮮の核爆発実験にも反対です。無駄です。いずれ核兵器はなくなります。

今回の朝鮮の行動は十分に予想されるものでした。今年4月5日に朝鮮が人工衛星を発射し、地球をまわる軌道に乗せたと発表したのに対して、国連安全保障理事会は同月13日に議長声明を発表し、この発射が前述の朝鮮の第1回核実験と関連して出された2006年10月14日の国連安保理決議第1718号に反するとしました。

朝鮮は安保理が朝鮮の人工衛星打ち上げ問題を議題としたことに抗議し、この議長声明に賛成した米国・中国・ロシア・日本が参加する6か国協議はその存在意義を失ったとして、今後これまでの合意に拘束されないと発表しました。朝鮮は核施設の無能力化作業を中断し、再び核兵器生産の道を歩み始めました。その結果が今回の核実験です。

この間、5月7日に朝鮮宇宙空間技術委員会は平壌で、4月5日に打ち上げられた人工衛星「光明星2号」は正常に運行し、地上基地との通信実験に成功した、と発表しました。この報道は中国の新華社通信によって5月8日に伝えられましたが、日本ではほとんど話題になりませんでした。

私はここにいたるまでに双方にもっと適切な対応策があったと思っています。私はその都度、意見を表明しました。まだ間に合います。朝鮮も、日本も、中国も、ロシアも、米国も、これ以上、「目には目を」といった対応を繰り返してはなりません。

どの国も核戦争をするわけにはいかないのです。そんなことをすれば、とくに、朝鮮と日本のような隣り合った小さな国は、戦争が始まった途端に、あっという間にともに廃墟と化すのです。ロケットが発射されたことを知った時には、ロケットはもうとっくに日本の上空を通過し、はるか彼方に飛び去っていることを今度の出来事を通じて日本人はよく知ったはずです。

核戦争が始まってからでは遅いのです。

日本と朝鮮、米国と朝鮮、日・朝・韓・中・露・米の6か国は対話と協議を再開し、朝鮮半島・北東アジア・東アジア・世界の非核武装化を実現しなければなりません。ときあたかも、核兵器の廃絶を要求する声と運動が地球全体に広まり、高まりつつあります。

いまこそ人間は理性の声に耳を傾けなければなりません。私たちはホモ・サピエンス(知恵の人)なのですから。

「国連安保理議長声明」に寄せて

中西 治

2009 年 4 月 5 日に朝鮮民主主義人民共和国は人工衛星を発射し、地球をまわる軌道に乗せたと発表しました。これに対して国際連合安全保障理事会は同月 13 日に議長声明を発表し、この発射が 2006 年 10 月 14 日の同理事会決議第 1718 号に「反する (contravention)」ものであるとしました。朝鮮としては安保理の正式の決議ではなく、何の拘束力もない議長声明ですから無視することもできたのですが、誇り高い朝鮮としては無視することができず、安保理が主権国家朝鮮の人工衛星打ち上げ問題を議題として審議したことに抗議し、安保理の主要構成国である米国・中国・ロシア・日本が参加する 6 か国協議はその存在意義を失ったとして今後これまでの合意に拘束されないと発表しました。

今回の出来事にはまだ二つの疑問が残っています。第一は、日本は朝鮮の発射を批判していますが、発射体が日本列島の上空を飛行したことについては非難していません。やはり飛行体は日本の領空ではなく、国際海峡である津軽海峡の上空を飛行したのでしょうか。第二は、朝鮮は人工衛星を軌道に乗せ、実験は成功したと発表していますが、その後については何も言っていません。日本と朝鮮の政府はこれらの点を明確にしなければなりません。

かつて毛沢東は 1946 年 8 月、第二次大戦が終わって 1 年後、延安の洞窟で米国の女性ジャーナリスト、アンナ・ルイス・ストロングと会見し、「原子爆弾はハリコの虎 (paper tiger) です」と述べました。その後、中国は米国やソビエトに対抗して、核兵器やロケット・人工衛星の保有をめざすようになりました。1963 年に陳毅外交部長は「中国はたとえズボンをはかなくても核兵器を作り出すだろう」と言いました。この言葉通り、中国は 1964 年 10 月に最初の核爆発実験をおこない、1970 年 4 月に最初の人工衛星・東天紅を打ち上げました。2009 年 4 月 13 日現在、78 の中国の人工衛星が地球のまわりの軌道を順調に機能しながら飛んでいます。

中華人民共和国も建国 60 年ともなると、その指導者の多くは革命後世代、国内でも国外でも体制派、革命は遠い昔のことになったようです。安保理決議を議長声明に格下げすることで朝鮮に対する義理を果たしたと中国は考えたのでしょうが、朝鮮戦争はまだ停戦状態であり、米国との戦争は完全に終わっておらず、国の内外に多くの反対者を持つ朝鮮としては、ソビエトなきあと唯一頼りにしてきた中国に裏切られたとのおもいでしょう。

米国も当初は日本の安保理決議採択を支持していたのですが、最後には中国の顔を立てて議長声明で妥協しました。米国としてはこれで日本への義理は十分に果たしたと考えているでしょう。日本には最後にどんでん返しをくい、裏切られたと思っている人もいるでしょう。

今回の議長声明は米中妥協の産物です。これが国際政治です。

朝鮮と米国は次に進み始めています。朝鮮は寧辺の核施設の無能力化作業を監視していた米政府当局者と国際原子力機構 (IAEA) 要員の国外退去を求めました。米国のクリントン国務長官は「いずれ朝鮮とも問題を協議する機会が得られることを望んでいる」と述べ、ボズワース朝鮮政策特別代表は「適当と考えれば米朝の直接協議に応じる」と語っています。

そう遠くない時期に米朝は直接対話し、しかるべき結論に到達するでしょう。それは米朝間の戦争状態の終結であり、米朝国交の正常化です。米朝関係は激しい戦争のあと緊張と緩和を繰り返しながら、徐々に正常化に向かっているのです。私は歴史の前途を楽観しています。

朝鮮による人工衛星の打ち上げが終わって

中西 治

朝鮮の人工衛星が 2009 年 4 月 5 日午前 11 時 30 分頃に打ち上げられ、 37 分頃に日本列島上空を通過して太平洋上に出ました。朝鮮は人工衛星が午前 11 時 20 分に発射され、 9 分 2 秒後に軌道に乗り、 104 分 12 秒の周期で地球の周りを回っており、金日成と金正日の歌を流していると言っています。米国の北米航空宇宙防衛司令部 (NORAD) と北部軍司令部は「テポドン 2 」は太平洋に落下し、何も衛星軌道に乗せられなかったと言っています。どちらが正しいのでしょうか。

1998 年 8 月 31 日に朝鮮が最初の人工衛星を打ち上げたときも同じでした。このときは朝鮮が予告無しに打ち上げたので国際社会の袋だたきにあいました。

1998 年 9 月 4 日の『朝鮮中央通信』と同月 28 日の「検証ー朝鮮民主主義人民共和国の人工衛星打ち上げ」によると、最初に弾道ミサイル「テポドン」発射の情報を出したのは在日米軍横田基地でした。9 月 4 日に朝鮮が正式に人工衛星の打ち上げ成功を発表したあと、ロシアの宇宙飛行追跡センターが、朝鮮の人工衛星が地球をまわる軌道に乗った、ことを確認しました。中国も朝鮮の人工衛星打ち上げ成功を報じました。米国の航空宇宙局 (NASA) も朝鮮の人工衛星が軌道に乗ったことを認めました。9 月 11 日には国務省もこのことをはっきりと認め、米朝高官会議の合意事項を明らかにしました。この合意によって米国の朝鮮への重油搬入、軽水炉建設の本格化、人道支援の継続が約束されました。

今回はどのようなことになるのでしょうか。今朝 (2009 年 4 月 6 日) の『朝日新聞』を見て、朝日がこのような新聞を出して良いのであろうか、これでは 1941 年 12 月 8 日の真珠湾攻撃のときと同じではないかと思いました。朝日はもっと冷静な理性的な新聞を出さなければなりません。再び日本を誤らせます。

このさい今回の出来事を少し振り返っておきます。

日本政府が「弾道ミサイル破壊措置命令」を発した 2009 年 3 月 27 日に 3335 であった地球の周りを飛ぶ人工衛星が一昨日、 4 月 4 日には 3337 になり、わずか 10 日ほどの間に 2 増えました。増えたのは米国とヨーロッパ衛星通信機構 (EUTE) のそれぞれ 1 です。

世界では人工衛星の打ち上げが日常的になっているのに、北東アジアではこれが大きな紛争の種になるというのは大変不幸なことです。

なぜ、このようになるのでしょうか。

第一は人工衛星を打ち上げる朝鮮のロケットが日本列島の上空を通過するからです。

上記の「検証」によると、 1998 年 8 月 31 日に朝鮮が最初の人工衛星を打ち上げたとき、朝鮮は国際法にもとづいて周辺国の自主権と安全を最大限に尊重し、日本の本州上空ではなく、本州と北海道のあいだの津軽海峡上空を越えたと言われています。津軽海峡は国際海峡であり、外国の船舶および飛行体も自由に航行・飛行できます。

最も理想的な宇宙ロケットの打ち上げ角度は方位 90 度で真東だが、それでは日本領土上空を横切り、第 2 段のブースターが日本領海近くに落下してしまう。そこで安全策をとって方位 86 度に修正し、朝鮮東海 (日本海) を横断して津軽海峡の上空を越え、太平洋の公海にいたるコースが設定されたと言われています。

また、 1998 年 9 月 17 日付『労働新聞』掲載の「インタビュー//人工衛星打ち上げの科学者たち」によると、 2 段階目が日本の領海近くに落下しないように衛星発射の高度を下げたとも言われています。

第一回は試験用衛星であったため太陽電池を搭載せず、バッテリーであったので、打ち上げ後 9 日で電源は切れました。当初から衛星本体の寿命は約 2 年と予想されていました。 2009 年 3 月 27 日現在、朝鮮の人工衛星は地球を回る軌道に存在しません。

今回は前回に懲りて、朝鮮は人工衛星の打ち上げを事前に通告しました。津軽海峡は国際海峡ですから、あらかじめ落下が予測されるものがなければ、予告する必要はないのですが、もし、今回も前回と同様に、津軽海峡上空を通過するのであるならば、それを事前に日本に通知していれば、日本人の反応も変わっていたことでしょう。今回の打ち上げ経路がどのようなものであったのか是非知りたいところです。

第二の理由は国連安保理の決議が朝鮮のミサイル実験を禁止していることです。

2006 年 10 月の安保理決議第 1718 号については先に発表した「朝鮮の人工衛星打ち上げ予告に寄せて」で書きました。ここでは 2006 年 7 月 15 日に安保理が採択した決議第 1695 号について書きます。この決議は 2006 年 7 月 5 日に朝鮮が弾道ミサイル (ballistic missiles) を複数回発射 (the multiple launches) したことを非難したも のです。

この決議でも、決議第 1718 号と同様に、朝鮮に対して「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動 (all activities related to its ballistic missile programme) を停止し、か つ、この文脈において、ミサイル発射モラトリアム (a moratorium on missile launching) に係る既存の約束を再度確認することを要求」しています。また、すべての国連加盟国に対して「ミサイル並びにミサイルに関連する品目、資材、物品及び技術が朝鮮民主主義人民共和国のミサイルまたは大量破壊兵器計画に対して移転されること (missile and missile-related items,materials,goods and technology being transferred to DPRK’s missile or WMD programmes) 」を防止するよう要求しています。

このように、決議第 1695 号も、弾道ミサイルまたはミサイルを大量破壊兵器 (WMD=Weapon of mass destruction) と並ぶ兵器として扱っています。この点では決議第 1718 号の方がはっきりしています。いずれにしても、安保理決議第 1695 号と第 1718 号が禁止しているミサイルは兵器であって、人工衛星を打ち上げるためのロケットはこれに入らないと私は思っています。

そうでないと、ロシア、米国、中国などのロケットによる人工衛星打ち上げも不法となるでしょう。朝鮮のロケットによる人工衛星の打ち上げは悪いが、ロシア、米国、中国などのロケットによる人工衛星打ち上げは良いというのは理屈に合わないでしょう。

人工衛星の打ち上げは優れた人材と技術と貴重な資材と多額の資金が必要です。自力で人工衛星を打ち上げられるのはロシア、米国、フランス、日本、中国、英国、インド、イスラエル、ヨーロッパ宇宙機関 (ESA) 、イランなどです。その他の国や組織は高い料金を払って衛星を打ち上げてもらっています。本来ならば、隣国朝鮮が自力で人工衛星を打ち上げられるようになったことを日本は隣人として喜ぶべきです。それを非難する今日の状況は悲しむべきです。

日朝両国の関係を正常化し、ともに喜ぶ日が近く訪れることを期待しています。

朝鮮の人工衛星打ち上げ予告に寄せて

中西 治

1957年のソビエトによる人工衛星「スプートニク」の打ち上げは宇宙地球史上の画期的な出来事であった。 人間が初めて地球の引力圏を脱し宇宙空間に飛び出した。地球が一つになり、宇宙が一つになり始めた。

人間は通信・放送衛星、地球観測・気象衛星、天文観測衛星、月・惑星探査機、技術開発・試験・工学実験衛星など多数の人工衛星を打ち上げた。

CelesTrak WWW: SATCAT Boxscore によると、2009年3月27日現在、「観測機器=ぺイロード (Payloads)」と呼ばれる地球の周りの軌道を順調に飛び、機能している人工衛星は3335、すでに機能を喪失しているもの2782、計6117、さらに宇宙の「ごみ=デブリ (Debris)」になっているもの2万8548、合計3万4665がいまも宇宙空間を飛んでいる。

宇宙空間に国境はなく、各国の人工衛星が自由に飛び交っている。誰も他国の人工衛星が自国の上空を飛んでも「不愉快」とは言わない。これが21世紀である。

人工衛星を一番多く打ち上げているのは、ロシアを中心とする独立国家共同体(CIS)である。機能しているもの1410、機能を喪失しているもの1883、計3293、「ごみ」が1万5372、合計1万8665。ついで米国がそれぞれ、1059、754、計1813、7956、合計9769、日本が122、19、計141、246、合計387、中国が78、47、計125、3284、合計3409、である。

周辺の国々、ロシアも、中国も、日本も、たくさんの人工衛星を宇宙空間に打ち上げているのに、朝鮮半島の人々は人工衛星を宇宙空間に一つも持っていない。朝鮮民主主義人民共和国が人工衛星を打ち上げたいと願うのは当然である。

私は宇宙に行ってみたい。だから、どこの国であれ、人工衛星を打ち上げるのに賛成である。人工衛星を打ち上げる能力を持つ宇宙ロケットなしに、人間は宇宙に行けない。日本も、米国も、中国も、ロシアも、人工衛星を打ち上げているのに、朝鮮は駄目というのは筋が通らない。

人工衛星を打ち上げるロケットと核弾頭を運ぶ弾道ミサイルは技術的に基本的に同じである。ロケット (rocket) とは「酸素を液体酸素か化合物の形で積載し、外界の空気を採らない噴射式エンジン」である。ミサイル (Missile) とは「投げ槍・矢・弾丸・石のような飛び道具」のことであり、「ロケット爆弾や無線操縦爆弾のような自動推進装置を備えた爆弾」(研究社編『New English-Japanese Dictionary』) である。米語でロケットはエンジンであり、運搬手段である。これに武器を付けたものがミサイルである。

国際連合安全保障理事会決議第1718号 和訳(官報告示外務省第598号)によると、2006年10月9日に核兵器実験を実施したとの朝鮮の発表と関連して国際連合安全保障理事会が採択した決議第1718号は、朝鮮に「いかなる核実験又は弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないことを要求」し、朝鮮が「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を停止し、かつ、この文脈において、ミサイル発射モラトリアムに係る既存の約束を再度確認すること」を決定している。

問題はこの「弾道ミサイル」に今回朝鮮が発射する「通信衛星を運搬するロケット」が入るのか否かである。日本は入るとし、朝鮮は入らないとしている。私は入らないと思う。

上記安保理決議第1718号は、朝鮮への供給、販売又は移転を防止する品目として「国際連合軍備登録制度上定義されたあらゆる戦車、装甲戦闘車両、大口径火砲システム、戦闘用航空機、攻撃ヘリコプター、軍用艦艇、ミサイル若しくはミサイル・システム」と明記している。「ミサイル若しくはミサイル・システム」は武器に入っている。航空機も、ヘリコプターも、艦艇も、ロケットも、軍用にも、非軍用にも使われる。「ミサイル」は軍用に使われる「ロケット」である。

私は核兵器に反対であり、核兵器実験に反対であるから、ミサイル実験に反対である。私は人工衛星に賛成であるから、ロケット実験に賛成である。

私が「特定非営利活動法人 地球宇宙平和研究所」の前身である「国際地球宇宙平和研究所」を1986年に設立した当時、米国のレーガン大統領は「スター・ウォーズ (Star Wars)」を喧伝していた。私は地球の戦争を 宇宙に広げさせてはならないと思った。

日本政府は2009年3月27日に「弾道ミサイル破壊措置命令」を発した。他国の人工衛星打ち上げ予告に対してこのような措置を採った国は1957年の人工衛星打ち上げ以来おそらく初めてであろう。日本の人工衛星打ち上げ予告に他国がこのような措置を採ったとき日本人はどのような感情を抱くのであろうか。

現在の北東アジアの状況のもとで、朝鮮が今回のような措置を採った場合、日本が待ってましたとばかり、今回のような対応をすることを朝鮮は予見できなかったのであろうか。

朝鮮人も日本人も、現在の情勢に理性的に対処しなければならない。 誰が今回の事態から利益を得るのか。私たちは冷静に考えなければならない。

新しい日朝関係を! ―韓国併合 98 周年に寄せて

中西 治

98 年前の 1910 (明治 43) 年 8 月 22 日に日本帝国と大韓帝国は「韓国併合に関する条約」に調印し、同月 29 日に公布しました。それ以降、1945 年 8 月 15 日に日本が第二次大戦で敗北するまで 35 年間、韓国は日本の植民地となりました。

この地は 1897 年に国号を「朝鮮」から「大韓」に改称していましたが、日本に併合されたあと、ふたたび「朝鮮」となりました。朝鮮 (朝の鮮やかな国) は古「朝鮮」以来の由緒ある名です。この名が日本の植民地支配によって汚されました。同時に、日本の支配に抵抗する誇り高い名になりました。

多くの朝鮮人が日本人に土地を奪われ、流浪の民となりました。鍋釜寝具などを男は背負い、女は頭に載せて、中国東北 (満州) やシベリア、日本へとさまよい出ました。私は幼い頃、大阪の川縁で食器を洗い、衣類を木の棒で叩きながら洗濯していた朝鮮人女性の姿を思い出しています。

1919 年 3 月 1 日正午にソウルのパゴダ公園に集まった学生たちが独立宣言を発表し、「独立万歳!」と叫び、街頭に出ました。数万の人々が参加する大規模なデモとなりました。「三・一万歳事件=三・一独立運動」の始まりです。 1917 年のロシア革命の成功が大きな影響を与えていました。

独立運動は瞬く間に朝鮮全土に拡がりました。参加者総数は 202 万 3098 人、死亡者 7509 人、負傷者 1 万 5961 人、逮捕者 4 万 6948 人と言われています。朝鮮での運動は 1919 年春のインドの反英不服従運動と中国の五・四運動を触発しました。

上海では同年 4 月 10 日に大韓民国臨時政府が組織されました。李承晩 (1875-1965 年) が大統領に推戴されましたが、1925 年に弾劾免職されました。

1920 年 10 月には朝鮮と中国東北との国境地帯で 3000 人の朝鮮独立軍が日本軍と戦い、大きな打撃を与えました。

1925 年に民族運動家の父とともに鴨緑江上流北岸の西間島 (にしかんとう) に移住した金日成 (1912-1994 年) は、1931 年の「満州事変」の勃発後、中国共産党に入党し、抗日遊撃隊で活躍し始めました。

1937 年に日中戦争が本格化し、太平洋戦争へと拡大するなかで、朝鮮人は強制的に日本に連れて来られ、炭坑や金属鉱山、建設現場、工場で働かされました。女性は女子愛国奉仕隊とか女子挺身隊として狩り出され、各地の戦線で従軍慰安婦にされました。「強制連行」です。

日本による要員の狩り出しは朝鮮だけではなく、台湾や中国大陸でもおこなわれました。日本・大蔵省の調査によっても、1939 年から 1945 年の敗戦までに日本内地に動員された朝鮮人労務者は 72 万 4727 人にのぼります。この他に日本軍要員として 14 万 5010 人が動員されています。

「我が身をつねって、人の痛さを知れ」ということわざがあります。人は他人から痛みをうけたとき、他人に与えた痛みについて思いをはせるべきです。

米国議会は 1988 年に、第二次大戦中の日系人の強制収容について謝罪決議を採択しました。 1993 年に、1893 年のハワイ王国の転覆 100 年にあたって、謝罪決議をしています。 2008 年 7 月 29 日に、米国下院は過去に米国でおこなわれていた奴隷制と黒人に対する人種差別政策について謝罪決議を採択しています。

過去のことは過去の人間のことであって、現在の人間に関係はない、と考える人がいます。そうではありません。現在の人間は、過去の人間の行動をどのように評価し、それにどう対処するのか、ということで過去と関わっています。日本人は過去の行動を大胆に反省する米国人に学ばなければなりません。

韓国併合はまだ完全に過去のことではありません。日本と朝鮮半島南部の大韓民国とのあいだでは、1965 年の日韓基本条約によって、一応、問題は処理され、国交は正常化されています。朝鮮半島北部の朝鮮民主主義人民共和国とのあいだでは、問題は解決されておらず、国交も開かれていません。さらに、「拉致」という新しい不幸な問題が起こっています。

朝鮮は 2008 年 7 月 24 日に東南アジア友好協力条約に加入しました。この条約は東南アジア諸国連合 (ASEAN) 10 か国と日本・中国・韓国などのアジア諸国だけではなく、ロシアやフランスなどのユーラシア・ヨーロッパ諸国も参加している不戦条約です。その数は 25 か国、人口は約 37 億人、地球人口の 57% に及びます。朝鮮は地球共同体の立派な構成員です。

北東アジアでいまもっとも不安定なのは日朝関係です。この関係の改善は、この地域の最重要課題です。この課題の解決なしには、北東アジアの平和と安定はありません。

日朝関係を改善するために、日本人がまず詫びるべきは詫び、正すべきは正さなければなりません。朝鮮人も詫びるべきは詫び、正すべきは正さなければなりません。

この点で 2002 年 9 月 17 日に小泉純一郎さんと金正日さんが発表した「日朝平壌宣言」はきわめて重要な意味をもっています。

この宣言で、日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明しました。

他方、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題について、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認しました。

両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認しました。

双方は、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することを約束し、すでに国交正常化交渉を再開しています。

日朝両国政府はすでに最初の重要な一歩を踏みだしました。あらゆる障害を乗り越えて、この道を歩み続け、国交正常化を実現しなければなりません。

私は韓国併合 100 年を迎える 2010 年までに日朝国交正常化を実現すべきであると考えています。南北朝鮮半島の統一もすでに始まっています。日朝国交正常化と南北朝鮮半島の統一はどちらが早いでしょうか。

今年 9 月の二度目の朝鮮訪問のさいに、私は朝鮮の友人たちと日朝関係と東アジアの平和について、率直に語り合おうと思っていました。しかし、諸般の事情により、今回の訪朝を延期することにしました。直接会って、話し合うことはできませんが、さまざまな方法で積極的に意見を交換し、新しい日朝関係をともにつくりだしたいと願っています。

2008 年 8 月 22 日
韓国併合 98 周年の日に。