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鳩山由紀夫内閣の発足に寄せて

中西 治

2009 年 9 月 16 日午後に民主党代表鳩山由紀夫さんが衆議院で 327 票、参議院で 124 票を獲得し、衆参両院で内閣総理大臣に指名されました。鳩山由紀夫内閣が民主党・社会民主党・国民新党の 3 党連立内閣として発足することになりました。

第二次大戦後の日本政治史上、画期的な出来事です。

戦後日本政治史は次の五つの時期に分けることができます。

第一は、最後の戦時内閣であり、敗戦処理内閣であった鈴木貫太郎内閣 (1945.4-8) のあと、旧憲法のもとで東久邇宮内閣 (1945.8.17-10) 、幣原喜重郎内閣 (1945,10-1946) 、第一次吉田茂内閣 (自由党) (1946.5-1947) と続きました。

第二は、1946 年 11 月 3 日公布、 1947 年 5 月 3 日施行の新憲法下、最初の総選挙で社会党が第一党となり、片山哲内閣 (社会党) (1947.5-1948) が発足し、そのあと、芦田均内閣 (民主党) (1948.3-10) 、第二次〜第五次吉田茂内閣 (自由党) (1948.10-1954) 、第一次〜第二次鳩山一郎内閣 (民主党) (1954.12-1955) と続きました。

第三は、1955 年に自由党と民主党が合同し、自由民主党となり、第三次鳩山一郎内閣 (自民党) (1955.11-1956.12) が発足してから 1993 年 7 月の総選挙で敗北し、野党に転落するまで続いた自民党単独政権の 38 年間です。

第四は、1993 年 8 月に非自民連立政権の細川内閣が成立したあと羽田内閣に引き継がれたものの、いずれも短期政権に終わり、 1994 年 6 月に自民党が社会党と組んで政権に復帰し、連立相手を変えながら今回の総選挙で敗北するまで続いた非自民連立政権と自民連立政権の 16 年間です。

第五は、今回の鳩山由紀夫内閣の発足によって始まりました。今回も連立政権ですが、主役が自民党から民主党に代わりました。

完全に崩壊した「 1955 年体制」は自民党内の政権交代システムでした。この体制は宇野内閣・海部内閣あたりから綻びが見え始めていました。安倍内閣・福田康夫内閣・麻生内閣などは正常な統治能力を喪失していました。

小泉内閣以降の政府が推進したネオリベラリズム (新自由主義) 経済政策は、すべてを損得・金銭で計り、弱肉強食のゆとりのない、ぎすぎすした、潤いのない社会をつくりだしました。医療や教育までもが「仁術」ではなくなり、「算術」になりました。人々は生活に苦しみ、将来への希望を失ない、一日に 100 人近くの人が自ら命を絶つ異常な社会になりました。

イラクへの自衛隊の派遣と「新憲法草案」の自民党大会での採択などは、憲法 9 条をまもり、平和に徹する多くの人々の琴線に触れました。日本国民の多くは憲法改悪・戦争参加への道に危機感を覚えました。いくら口で平和を唱えても、実際に戦場に軍隊を送り、それを戦争でないと強弁する政治家を人々は信じなくなりました。それを如実に示したのが今回の選挙結果でした。

新たに誕生した「 2009 年体制」は民主党と自民党のあいだ、保守党間の政権交代システムです。このシステムが今後どのようになるのかは、主権者の意志と行動によって決まります。

今回の選挙結果を議席数で見ると、民主党 308、自民党 119、公明党 21、共産党 9、社民党 7、みんなの党 5、国民新党 3、新党日本 1、新党大地 1、無所属 6、計 480 です。

前回、 2005 年 9 月 11 日の小泉さんの郵政選挙と比べて、民主党 195 増、自民党 177 減、公明党 10 減、共産党・社民党・新党日本・新党大地 0 (増減なし) 、国民新党 1 減、諸派・無所属 12 減、です。民主党の一人勝ちです。自民党・公明党の大敗です。小泉さんは公約通り見事に政権党・自民党を潰しました。

これほど大勝したのに民主党が社民党および国民新党と連立政権を組まなければならないのは、参議院において民主党が過半数の議席を有していないからです。それだけではありません。今回の総選挙で民主党は得票数で有権者の過半数の支持を得ていません。

比例区の得票数で見ると、民主党 2984 万・前回比 881 万増 (千以下切り捨て、以下同様) 、自民党 1881 万・707 万減、公明党 805 万・93 万減、共産党 494 万・2 万増、社民党 300 万・71 万減、国民新党 121 万・3 万増、みんなの党 300 万・前回なし、新党日本 52 万・112 万減、新党大地 43 万・0 (増減なし) 、改革クラブ 5 万・前回なし、です。

自民党の減った分 707 万のうち 300 万はみんなの党に投じられたとすると、実質減は 407 万、これと公明党の減った分を加えて 500 万、さらに、社民党と日本新党の減った分 183 万、合わせて 683 万がそっくり民主党に移り、さらに、新しい票 198 万を民主党が獲得したことになります。

それでも自公を合わせると、2686 万、これにみんなの党と改革クラブを加えると、 2991 万です。自公などが民主を 7 万上回っています。得票数において民主党は決して圧勝していません。衆議院での民主党の多数は少数者排除の現在の選挙制度がうみだした虚構です。

現在の日本政治の方向を決定するもう一つの重要な要素は、共産・社民・国民・日本・大地などの合計 1010 万です。これらの勢力が民主・自公のいずれにつくのかによって日本政治の方向が決まります。

今回は社民・国民・日本・大地の 516 万が民主につくことによって民主は 3500 万となり、自公などの 2991 万を抑えて政権を預かることになりました。大臣職を社民党と国民新党に一つずつ渡したのは当然です。この枠組は流動的です。

早速、衆議院での首班指名選挙で鳩山さんに民主党 308・社会民主党 7・国民新党 3・新党日本 1・新党大地 1、計 320 の他に、みんなの党 5 と無所属 2、計 7 が投票されたようです。

みんなの党はいまのところ参議院議員を持っていないので民主党の連立の対象になっていません。民主党が欲しいのは参議院議員です。みんなの党が参議院で議席を持つようになると、どのようになるか分かりません。

「綸言汗の如し」といいます。天子の言葉は汗のようなもので一度出れば、戻せないのです。君主の言葉は重いのです。公約は重いのです。

期待が大きいだけに民主党がそれに応えられなければ、次の選挙でまたひっくりかえります。

当面の問題は鳩山由紀夫内閣がいかなる政策を実行するのかです。まずは、来年、2010 年の参議院議員選挙までです。

私はじっくりと新政権の政策を観察し、時に応じ、主権者の一人として発言し、行動します。

第45回衆議院議員総選挙を終えて

中西 治

2009年8月30日に第45回衆議院議員総選挙の投票がおこなわれ、投票が終了した午後8時に開票を待たず、自由民主党が大敗し、民主党が大勝することが明らかになりました。

国民の多くは自民党と公明党の政権に飽き、民主党を中心とした政権を求めています。

私はこの結果を歓迎します。

民主党が勝ったのは、民主党の政策が良いからではなく、自・公政権の政策が悪かったからです。最大の悪はイラクへの自衛隊の派遣でした。主権者はこれを拒否しました。

1955年体制は半世紀以上、続きましたが、いま、完全に崩壊しました。この体制は自民党内での政権交代システムでした。

「おごる平家は久しからず」です。

民主党のいまの指導者は、小沢さんをはじめ多くは、もともと自民党の人々、それも田中派の人々です。機を見るに敏な人々です。選挙慣れした人々です。

新しく発足した2009年体制は民主党と自民党の二つの政党間での政権交代システムです。

2005年の小泉郵政民営化選挙のときもそうでしたが、小選挙区制度は劇的な結果をもたらします。少数意見をはねとばし、危険な結果をもたらす可能性のある制度です。

麻生政権下の国会運営がその例でした。参議院の反対を衆議院の多数で幾度も踏みにじったのです。

民主党はこれからどのような政治をするのでしょうか。

「前車の覆るは後車の戒め」です。

私たちは選挙のときだけではなく、常に政治を監視し、発言し、行動する主権者でなければなりません。

日本の政治情勢について

中西 治

風は恐ろしい。当事者も予期しないような結果をもたらす。

2005 年 9 月 11 日の衆議院議員選挙では自由民主党に「郵政民営化」の風が吹いたが、2009 年 7 月 12 日の東京都議会議員選挙では民主党に「政権交代」の風が吹いた。

自民党は小泉さんのおかげで 2005 年の選挙において小選挙区で 219 人、比例区で 77 人、計 296 人 (61%: 括弧内の数値は全当選者中に占める割合。以下、同様) の衆議院議員を獲得し、それに胡座をかいて今日まで小泉・安倍・福田・麻生と 4 代の内閣が続いた。

逆風は 2007 年 7 月 29 日の参議院議員選挙から吹き始めていた。この選挙で民主党は選挙区で 40 人、比例区で 20 人、計 60 人 (50%) の議員を獲得し、自民党の選挙区 23 人、比例区 14 人、計 37 人 (30%) を大きく上回った。参議院で民主党が多数派になり、自民党が少数派に転落した。

自民党はこのときに反省し、政策を根本的に改めるべきであった。しかし、自民党はそれをせず、参議院で否決されたものを衆議院の多数を頼んで再可決し、従来の政策を推進してきた。信を国民に問うという方法もあったが、総選挙をしても、衆議院議員が増えることは望めず、減ることは確実なので、解散もできず、政権に食らいついてきた。その結果が今回の都議選である。

麻生さんもついに 2009 年 7 月 21 日に衆議院を解散し、8 月 18 日に総選挙を告示し、同月 30 日に投票を実施するという。いまの衆議院の任期はあと 2 か月弱、2009 年 9 月 10 日には機能を停止する。選挙を 10 日ほど早めたからといって、主導的に解散権を行使したことにはならない。「追い込まれ解散」「野垂れ死に解散」である。

今度の東京都議会議員選挙が次の衆議院議員選挙にどのような影響を与えるのであろうか。

まず、今回の選挙結果を見ておこう。都議の定数は 127 人、今回の選挙結果と前回、2005 年の選挙結果を比較すると、民主党は 35 から 54 (42%) と 19 議席増やし、自民党は 48 から 38 (29%) と 10 議席減らしている。公明党は 23 (18%) で前回と変わらず、共産党は 13 から 8 (6.2%) と 5 議席減り、ネットは 3 から 2 (1.5%) と 1 議席減り、諸派は 1 から 0 (0%) 、無所属は 4 から 2 (1.5%) と、合わせて 3 議席減らしている。

公明党は増減なく現状維持であり、民主党は自民・共産・ネット・諸派・無所属などの減った分、19 議席をそっくり増やしている。今回の選挙は民主党の一人勝ちである。

次に前々回の 2001 年 7 月の都議選とその直後の 2001 年 7 月 29 日の参議院議員選挙および前回の 2005 年 7 月の都議選とその後におこなわれた 2005 年 9 月の小泉郵政選挙を比較しよう。

2001 年の選挙についてみると、このときの都議選の当選者は自民党 53 人 (41%) 、公明党 23 人 (18%) 、民主党 22 人 (17%) 、共産党 15 人 (11%) 、ネット 6 人 (4.7%) 、諸派 1 人 (0.7%) 、無所属 7 人 (5.5%) であった。参議院選挙の当選者は選挙区と比例区を合わせて、自民党が 65 人 (54%) 、民主党が 26 人 (21%) 、公明党が 13 人 (10%) 、共産党が 5 人 (4.2%) 、自由党が 6 人 (5%) 、社民党が 3 人 (2.5%) 、保守党が 1 人 (0.8%) であった。

2001 年のこの二つの選挙結果を比較すると、都民と国民はほぼ同じ時期にほぼ同じ順序でそれぞれの政党を支持していることが分かる。つまり、都議選の結果から次の国政選挙の結果を予測することは可能である。ただし、自民党や民主党のような大政党は当選者の割合が都議選よりも参議院選挙の方が多くなっているが、公明党や共産党の場合は減っている。参議院選挙の制度は大政党に有利である。

2005 年の選挙についてみると、当選者は都議選では自民党が 48 人 (36%) 、民主党が 35 人 (27%) 、公明党が 23 人 (18%) 、共産党が 13 人 (10%) であるが、定数 480 人の衆議院選では小選挙区と比例区を合わせて自民党が 296 人 (61%) 、民主党が 113 人 (23%) 、公明党が 31 人 (6%) 、共産党が 9 人 (1.8%) 、社民党が 7 人 (1.4%) 、国民新党が 4 人 (0.8%) 、新党日本が 1 人 (0.2%) 、新党大地が 1 人 (0.2%) 、その他が 18 人 (3.7%) であった。小選挙区を中心とする衆議院選挙では大政党で、しかも、そのときに風が吹いている政党に大変有利になる。

以上のことから、次の総選挙では民主党の勝利が予想される。

自民党は小泉改革以来、衆議院での多数を背景に、日本の雇用制度・教育制度・医療制度・年金制度を変え、国民の生活を悪くした。何もかもが金で計られるぎすぎすした社会になった。一日に 100 人近くの人が自ら命を絶たざるを得ない社会は異常である。自衛隊の海外派遣の恒常化も人々に戦争の不安を感じさせている。

変化を求める声が高まっている。「変革の風」が吹いている。日本も変革の時代に入った。

参議院議員選挙結果に寄せて

中西 治

2007年7月29日の参議院議員選挙の結果が明らかになりました。

民主党が圧勝し、自民党が大敗を喫し、安倍内閣は瀕死の重傷を負いました。

民主党は改選前の32議席から60議席に増え、非改選を加えて109議席となり、参議院の第一党となりました。自民党は改選前の64議席から37議席に減り、非改選を加えても83議席にとどまり、第二党に転落しました。公明党は改選前の12議席から9議席に減り、非改選を加えて20議席です。共産党は改選前の5議席から3議席に減り、非改選を加えて7議席です。社民党は改選前の3議席から2議席に減り、非改選を加えて5議席です。民主党の一人勝ちです。

与党は自民党と公明党を加えても103議席にしかならず、野党が参議院の過半数を制しました。安倍さんは最初の国政選挙で大負けに負けたにもかかわず続投すると言っています。安倍さんは今回の選挙結果が安倍さんの政治に対する主権者の厳しい批判であることが分かっていないようです。

日本の政治はいま重大な変わり目にきています。

2001年の参議院選挙のときに自民党は比例代表で2110万票獲得していました。その他にのちに自民党に合流した保守党が120万票、合わせて2230万票ほどでした。それが2004年には1670万票、今回も1650万票ほどです。これに対して民主党は2001年に890万票、のちに民主党に合流した自由党が420万票、合わせて1310万票ほどであったのが、2004年には2110万票、今回は2320万票ほどです。この6年間に自民党は2200万政党から1600万政党に、民主党は1300万政党から2300万政党になり、その立場が逆転しました。

公明党はそれぞれ810万票、860万票、770万票ほどです。共産党は430万票、430万票、440万票ほどです。社民党は360万票、290万票、260万票ほどです。

日本の政治はこれからどのようになるのでしょうか。 いくつかのシナリオが考えられます。

第一は安倍さんが党と政府の人事を手直ししながら、内閣の延命を図る場合です。今回の参議院の構成は少なくとも2010年まで続きます。戦後レジームからの脱却をめざす安倍さんのこれまでのような強引な政治手法はもはや通用しないでしょう。野党と妥協するのか、それとも、起死回生を求めて衆議院を解散して強行突破を図るのか。

第二は安倍さんが新しい連立の枠組みを求めて野党に手をさしのべる場合です。選挙で大勝した民主党はそう簡単に連立に応じないでしょうし、民主党を飛び出して人気のない自民党と手を組む政治家もいないでしょう。

私は第一の場合も第二の場合も現在の安倍さんにはそのような力はないと考えています。1960年安保のときに四面楚歌となり、政権を投げ出した岸信介さんが思い起こされます。

第三は安倍さんに替わって新しい指導者が自民党に登場し、第一のシナリオか、第二のシナリオを実行する場合です。これはつぎの衆議院議員選挙と2010年の参議院選挙を経て日本の政界の再編成をもたらすでしょう。その核となるのは憲法9条の改定問題です。

日本の政治はいよいよ20世紀システムから21世紀システムへと向かい始めました。今回の参議院選挙はその出発点でした。

第44回総選挙結果に想う

中西 治

政治家は毀誉褒貶が激しい。

参議院が郵政民営化法案を否決したときに地獄の底に突き落とされた小泉さんが、いまは、してやったりとほくそ笑んでいる。

小泉さんはプロの大衆政治家である。大衆のつぼをよく心得ている。そうではないといくら批判されても、懲りもなく「官から民へ、公務員を減らそう」と単純な同じことだけを繰り返して大衆の支持を獲得した。

岡田さんはアマチュアの駆け出し政治家である。解散時に千載一遇のチャンスと色めきたったが、あとは郵政改革一点張りの小泉さんに押されぱなし。なす術もなく敗退した。

日本の郵政組織は多年にわたり地域の名士である特定郵便局長を中心として選挙のたびに自民党の集票組織として機能してきた。庶民はかねがねこれを苦々しく思ってきた。それが今度は小泉さんが水戸黄門よろしく地方の悪代官退治の先頭を切ったかのごとくであった。大衆は日頃の鬱憤を晴らし、拍手喝采した。

結果は自民党296、公明党 31、自公合わせて 与党は327、これに対して民主党113、共産党9、社民党7、野党3党を合わせても129、これに国民新党4、新党日本1、それに郵政民営化に反対し 自民党から追い出された人々を中心とする無所属18を加えても152、過半数241に遠く及ばない。代議士の数だけ見ると、野党は完敗である。

本当に日本の有権者はこれほど圧倒的に郵政民営化を支持しているのであろうか。

確かに比例区の票の動きを見ると、自民党は前回2003年11月の総選挙時に比べ520万票ほど票を増やし、2580万票ほど獲得している。公明党も 25万票ほど増やし、890万票に達している。合わせて3480万票ほどである。風は郵政民営化賛成に吹いた。

他方、民主党は前回に比べて105万票ほど票を減らし、2100万票ほどしか獲得していない。しかし、共産党は33万票、社民党も69万票ほど票を増やし、それぞれ490万票と370万票を獲得している。野党を合わせると2960万票ほどとなる。これに新党日本の164万票と国民新党の118万票を加えると、郵政民営化に反対する票は3250万票ほどに達する。

新党大地の43万票をどちらに入れるかで、その差は変わってくるが、せいぜい200万票から300万票ほどの違いである。

現在の選挙制度は民意を議席に正しく反映しない。このことを主権者は忘れてならないし、選ばれた代議士諸公も忘れないでいただきたい。主権者は自民と公明で何をしても良いと全権委任したわけではない。

今回の選挙で改革改革と騒ぎ立てた人は本当にこの改革がどこに行くのかを知っているのであろうか。改革改革の声に踊らされてあわててバスに飛び乗った人はその行き着く先がどこであるのかを知っているのであろうか。

私はこの15年ほど日本の大学改革の過程をを比較的身近に見てきた。その結果は教職員の人員削減や定年切り下げなどのリストラと大学の専門学校化である。大学の知的水準は低下し、大学人は知的に頽廃し始めている。

改革の賞賛者はこれで日本の大学もやっと旧制大学から新制大学になったと自画自賛している。

今回の選挙では郵政改革が構造改革の本丸であると言われた。私は本当の本丸は憲法第9条の改悪であり、郵政改革は本当の本丸を落とすための予行演習であると考えている。小泉さんの郵政民営化に反対するものへの懲罰は憲法改悪に反対するものへの見せしめである。

つぎの選挙が正念場である。

小泉内閣はイラクからただちに自衛隊を引き揚げよ! ―第20回参議院議員選挙結果によせて―

中西 治

2004年7月11日の第20回参議院議員選挙に参加した日本の有権者の半数以上は小泉内閣の内外政策に「ノー」という意思表示をした。

2001年4月26日に発足して以来、小泉内閣は落ち目になっていた自由民主党を上向きに転じさせたが、今回の参議院議員選挙で2003年11月9日の衆議院議員選挙に続いて手痛い敗北を喫した。自由民主党は小泉内閣発足前の2000年6月25日の衆議院議員選挙の水準に逆戻りした。

小泉首相が登場する前の2000年6月の衆議院選挙比例区での自民党の得票は1694万(28%)であった。それが小泉首相登場後の2001年7月の参議院選挙の比例区で自民党は2111万票(38%)を獲得し、20議席を得た。ところが、2003年11月の衆議院選挙の比例区での得票は2066万(35%)となり、今回の2004年7月の参議院選挙ではさらに減り、比例区で1679万票(30%)しか得られず、獲得議席は15にとどまった。2001年7月の参議院選挙では当時連立政権の一角を担っていた保守党が比例区で127万票(2%)を獲得し、1議席を得ていたことを勘案すると、今回の自民党の敗北はより大きなものとなる。

もう一つの与党である公明党は2001年7月の参議院選挙比例区で818万票、8議席を獲得し、2003年11月の衆議院選挙では比例区で873万票を得、今回は1000万票をめざしていたが、862万票、8議席にとどまった。同党はこれまで選挙ごとに得票を伸ばしてきたが、今回は10万票とはいえ前回の衆議院選挙比例区より得票を減らした。これは同党の将来にとってきわめて重要な意味をもつ出来事である。

なぜこうなったのか。漢書に「綸言(りんげん)汗(あせ)のごとし」という言葉がある。君子の言葉は汗のようなもので、一度口から出れば、取り消すことができないという意味である。誰にとっても言葉は重いが、君子の言葉はことのほか重い。小泉さんの言葉には首相の言葉としての重みがない。

小泉さんは憲法9条や自衛隊のイラク派遣、年金問題のような国民の死活にかかわる重要問題についてまともに答えようとせず、はぐらかし、茶化し、主権者である国民を侮辱している。国民はこれに怒っている。今回の選挙結果はこのことを示している。

小泉さんは第二次大戦後初めて多くの日本国民の声を無視して武装した自衛隊を人道支援のためと称して現に戦争が行なわれているイラクに派遣した。すべての侵略戦争は武装した軍隊の海外派兵に始まる。本当に人道支援のためであるならば、自衛隊を派遣する必要はない。人道支援のために武器は必要ない。

案の定、日本を敵視したイラクの武装勢力は日本人の若者3人を人質とし、自衛隊のイラクからの撤退を要求した。小泉内閣はこれを拒否し、3人の日本人の生命を危険にさらした。幸いにして、彼らは彼ら自身の平素のイラク国民に対する善意の行動が理解されて解放され、命を失わないですんだ。これに対して自国民の安全に責任を負う日本政府は何をしたのであろうか。彼らを言葉の石をもってぶったのは誰であったか。

不幸にして、その後、2人の日本人ジャーナリストが犠牲になった。にもかかわらず、彼らの遺族たちはイラク人に対する善意の行動を続けている。こうした日本人の善意の行動がイラクにおける自衛隊の安全を守っていることが小泉さんには分からないのであろうか。自衛隊が日本人の安全を守っているのではなく、多くの善意の日本人の行動が自衛隊の安全を守っているのである。

このようなことはいつまでも続かない。形式的なものにしろ2004年6月28日の米軍主導の占領当局からイラク暫定政府への主権の移譲は自衛隊を引き揚げる絶好の機会であった。実際にイラクから軍隊を引き揚げている国がある。しかし、小泉さんはこの機会を逃がし、国会に諮ることもなく勝手に、主権移譲後もイラクに駐留する米国を中心とする多国籍軍に参加することを決めた。

主権移譲後もイラク国内での戦争は続き、米兵の死者は25人に達し、2003年3月のイラク戦争開始後の米国などの外国軍兵士の死者は1000人を越えている。主権移譲後のイラク人の死者もおよそ200人にのぼっており、イラク戦争開始後のイラク人の死者は最大で1万3118人に達するといわれている。戦争はまだ続いており、日本の自衛隊が攻撃の対象となっても何の不思議もない。そのときに自衛隊はどのように対応するのであろうか。人道支援に行って、支援すべきイラク人を殺すことになるのであろうか。

そのことを避けるためにも自衛隊はただちにイラクから引き揚げるべきである。このことを今回の参議院選挙に参加した日本の有権者の多くが要求している。自衛隊のイラク派遣に賛成している自民党と公明党が比例区で獲得した票はそれぞれ1679万と862万、合計2541万、それに対して自衛隊のイラク派遣に反対している民主党、共産党、社民党に投ぜられた票はそれぞれ2113万、436万、299万、合計2848万である。反対の方が賛成よりも300万票ほど多い。

1996年10月に小選挙区制を導入した新しい制度のもとで衆議院選挙が実施されてから今回の参議院選挙を含めて衆議院選挙が3回、参議院選挙が3回行なわれた。この結果、衆議院選挙だけでなく参議院選挙でも2大政党化の傾向が強まっている。このことにより共産党や社民党の退潮にみられるように少数意見が排除される可能性が増大している。これは多様な意見を尊重し、社会を健全に発展させるという点で由々しい問題をはらんでいる。

このことはまた共産党や社民党に対して新しい状況に応じた新しい活動の形態を求めている。この点で教訓的なのは今回の選挙における沖縄県の経験である。ここでは自民党と公明党が推す候補者に対して現地沖縄の地方政党の女性指導者が民主・共産・社民・みどりの会議などの支持を得て無所属で立候補し当選した。沖縄の米軍基地を縮小し、沖縄を平和な島にするという点で一致して行動するならば勝利することを示した。

憲法改定が具体的な政治課題となりつつある今日、今回の選挙結果は憲法9条の精神を守り、それを地球社会全体に広めようとするものが一致して行動するならば、その事業が成功することを教えている。私は今回の選挙結果に大いに力づけられ、励まされている。