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中日両国の教育・学術交流について ―中国東北遼寧省阜新蒙古族自治県便り

植木 竜司

前回に引き続き、中華人民共和国阜新蒙古族自治県の中西治外語研究中心(中西治外国語研究センター)で日本語や日本文化等について研究をされている白長虹さんと戴英鋒さんが書かれた文章を紹介します。今回は「中日両国の教育・学術交流について」です。
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エッセイ 60 識字運動の意味

木村 英亮

人間は言葉で考える。そのさい書きながら考えをまとめる。無文字社会では別の手段があるかも知れないが、われわれの社会では、字を読んだり書いたりできないと思考が限定される。

ソ連の解体によって独立した中央アジアのウズベキスタンでは、ロシア革命前は大部分の人が読み書きできなかった。ソヴェト政権の下で民族調査にもとづいて境界区分がおこなわれ、初めてウズベク共和国が形成されたばかりでなく、ウズベク語の文字もつくられた。このような準備の下に、1920 年代後半、土地改革、女性解放運動と同時に識字運動が行われた。識字運動は、社会を根本的に変える力をもっている。ソヴェト時代、このようにして多くの民族や国家が形成された。

カリブ海の人口1130万人(2004)の国キューバでは、1959年1月古い独裁体制が倒され、カストロの政権が樹立され、1961 年1月社会主義が宣言された。この年は「教育の年」 と名付けられ、大規模な識字運動が行われた。4人に1人は読み書きできなかったが、年末にそれは3.9%に急減した(ヒューバーマン他『キューバの社会主 義』、岩波新書、1969,16ページ)。この運動に従事した教員は約27万人でうち12万人は本業以外に1日平均2時間づつ活動に携わった成人で、子ど もたちも訓練を受けた後、休暇に農村に送られ、農作業をてつだいながら読み書きを教えた

ソ連でもキューバでもこのように徹底的な識字運動がおこなわれたが、これは人間解放の条件であり、民族独立の出発点であった。いまパソコンがコミュニケーションの不可欠の手段となっているが、これはどのように考えればいいのであろうか。

エッセイ 58 教員の限界の自覚について

木村 英亮

渡辺一夫は、辰野隆に「俺たちは、東大の教師だということになっているから、何とかやっていけるんだぜ。そうでなかったら、世間からはなもひっかけられねえよ」と言われ、別の機会に、「大学教師と乞食とは、三日やったらやめられねえね」ともふざけられた、と書いている(『ちくま日本文学全集・渡辺一夫』、1993,343ページ)

56歳のとき東京工業大学の「文学」教授となり、定年まで4年勤めた作家の秦恒平は、概論や講義で学生に無駄な負担をかけないで、「わたしの教室から、授業から、そして教授室からも、一つぶ二つぶの『砂金』をつまんで帰ってくれて、幸いに生涯だいじに記憶してくれますように」(『東工大「作家」教授の幸福』、平凡社、1997,13ページ)という心構えで教室に出た。「学生たちの心からの言葉を、教室で、教授室で、豊かに溢れ『みちびき』出すことならば、わたしにも出来ると思った。それこそが理系『文学』教授の仕事だと思っていた。結果として、わたしはなに教えず、学生諸君にたくさん教えてもらった。ほんと、楽しかった」(147ページ)と書いている。

なだいなだは、旧制中学で成績がよくなく、医学部進学を諦めようかと教員に相談すると、「『マグレってものもあるからなあ、頑張れや』といってくれた。なぜか、彼は無責任だったから」(『こころ医者の手帳』、ちくま文庫、1998,171ページ)と感謝する。そして、「子どもの人生まで指導出来るという思い上がりは、善意から発しているとしても、鼻もちならない」(173ページ)と書いている。

私も教員の仕事には限界があるという認識は大切であると思う。大学や大学院のトラブルの多くは、教員の責任意識が強すぎお節介が過ぎるところから生まれる。「一生面倒を見てやるから」などという無責任教員もいるようであるが、そんなことができるはずもない。教員がまず伝えなくてはならないメッセージは、他人はあてにすることはできず、自分に実力をつける他はない、ということであろう。

エッセイ 41 郵便局で

木村 英亮

郵便局の窓口で、杖をついたおばあさんが、局員と話をしていてなかなか終わらない。10分、20分、窓口はいくつかあるが、待っている人も多い。いまは、機械で預け入れや振込みなどができるので、簡単なことはそちらでやれば早いが、窓口でないとできないことも沢山ある。

ようやくおばあさんの話が済んだようである。おばあさん、用が足りましたか、と話しかけたいような気もする。いま、お年寄りは話し相手が いない。老人といっても女性の方が多いのであるが、つきあいは広くないであろう。郵便局の人なら信用できるし、いろいろ相談したいこともあるでしよう。

郵便局も能率が悪いなどと非難され民営化されることになった。むだを少なくしないと競争に負けてしまう。一方ではサービス向上と言って いるが、能率とサービスが矛盾することも多い。そういえば、銀行ではお年寄りはあまり見かけない。 学校でも、生徒は郵便局のおばあさんのように、ひとりひとりていねいに丁寧に教えてもらわなければ分からない。しかし、教師は雑務に追われて忙しく、「で きない」子は相手にしてもらえず、切り捨てられてしまう。そもそもできない子などいないのであって、「できない」子ができてしまうのは、学校と社会の責任 であると思う。

大学では、1年の学生に対する1クラス10人程度の基礎ゼミが広くおこなわれるようになり、個々の学生の希望に対応しようとしている。教員の負担は増え、ゼミ室も沢山必要であるが、これが教育の原点であろう。

教育はもともと能率などという概念にはなじまない。

公教育において宗教をいかに教えるか

宮川 真一

本年3月、第19回国際宗教学宗教史会議世界大会が東京都内で盛大に開催された。同会議は1950年に創設され、現在世界40カ国以上の研究団体・ 学会が所属する世界最大の宗教研究者の団体である。ユネスコの支援を受けるこの団体は、5年ごとに世界大会を行っている。「宗教―相克と平和」を総合テー マとした今大会には、海外からおよそ700人、国内から約800人以上の研究者が参加し、学際的な研究交流の場となった。私にとっても多数のロシア人研究 者らと議論や交流をするという、貴重かつ胸躍る機会であった。「相克と平和」は、国際社会にとって現在最も重要なテーマの1つである。この問題に果たす宗 教の役割が誰人も無視できないものであることは、昨今の戦争や紛争の事例を見ても明らかである。大会の開幕を飾ったのは、「宗教と文明間の対話」と題した公開シンポジウムである。パネリストの1人としてハーバード大学のドゥ・ウェ イミン教授が、「対話的文明に向けて―公的知識人としての宗教指導者」と題する基調講演を行った。(現在『第三文明』誌上で、ウェイミン教授と池田SGI 会長との対談が連載中である。)また、大会2日目には国連大学共催パネル「宗教と教育」が行われ、「公教育において宗教をいかに教えるか」について熱のこ もる議論が展開されている。

近代国民国家とその教育制度は、元来理念的には、人間の基本的権利や個人的な意思決定などを尊重する西欧人権思想や政治的民主主義、あ るいは近代科学の成果などといった西欧的価値を前提にして成立、発展してきた。公教育とは「国民国家や地方自治体などの公権力が管理運営し、(1)義務 制、(2)無償性、(3)世俗性(宗教的中立性)を備えた学校で行われる教育」を意味している。この公教育の担い手である近代学校は西欧における産業革命 以降、産業化の進展とともに世界中に普及し発展してきた。それゆえ近代学校は近代性を象徴する典型的な社会制度であり、国民意識の形成、経済発展、社会病 理の改善、差別や偏見の除去などが期待されてきた。しかし実際には、学校教育はそうした期待に十分に応えてこなかったのみならず、様々な課題や問題が噴出 した。

鈴木俊之氏によれば「21世紀を迎えた現在、先進諸国では公教育をとりまく環境が大きく変化している。90年代初頭の冷戦構造の崩壊や 経済のグローバル化の進展とともに、近代的な価値観にもとづく国民教育だけでは、公教育として不十分であることがしだいに明らかになってきた。新たに公教 育に求められていることの1つに、価値観が多様化した多文化・多元化社会のなかで生きていくために必要なスキル、つまり他者と共生する能力をもった人間を 育てることがあげられるだろう。そのためには他者の価値観や宗教などを知らなければならない。」一方、アジアをはじめ多くの発展途上諸国では外来の文化や 情報が無制限に流入するようになり、ようやく育ちつつあった国民意識や宗教的規範が危機にさらされるようになった。そのため伝統的な価値観を擁護すべく道 徳教育や宗教教育といった価値教育の見直しが行われ、その強化や新たな導入が政策として計画・実施されてきた。

従来、宗教教育は通常次の3つに分類されてきた。「宗教知識教育」は宗教に関する客観的な知識を理解させる教育であり、ほとんどの国で は、歴史、社会、道徳、美術、音楽などの教科で行われている。「宗教的情操教育」は人間形成にとって不可欠だと考えられる究極的・絶対的な価値に対する心 のかまえを育成する教育であり、「宗派教育」は特定の宗教の立場から、その宗教の教義や儀礼を通じて信仰へ導くための、また信仰を強化するための教育」で ある。

井上順孝氏は「宗教文化教育」という新しい用語を提起し、公教育での導入を提唱する。宗教文化教育とは、「文化としての宗教についての 理解を深める教育というふうに言い換えることができる。文化としての宗教とは、日本及び近隣諸国、そして世界の主な宗教の習俗、伝統的宗教についての基礎 知識、日本人の宗教に対処する態度の特徴、世界の諸宗教の現状についての理解を深めることを目指すものである。宗教情操というような曖昧とした概念ではな く、個別の宗教について、その文化的側面についての理解を深めるということである。知識と言ってもいいが、宗教知識教育という場合にはすでに固定した解釈 がある。また、文化の理解には知識だけではなく、共感とか理解しようとする態度とか、判断力といったものが求められる。」

第二次世界大戦後におけるイギリスの宗教教育は、キリスト教的な宗教教育から多文化的な宗教教育へと変化していったという。「宗教的信 仰の差異と有無、さらには政治的信条の差異を超えて人々を相互に結びつけるような、そして科学・技術の進歩もそのために奉仕することが求められているよう な全人類的価値」を探求することが価値教育の課題であるならば、学校教育のカリキュラムについてすくなくともさまざまな宗教とそれに関わる文化や慣わしに 対して寛容であるための対応が求められるようになっている。現代世界の公教育において、ナショナル・アイデンティティの維持・伝統文化の擁護・国民統合を 志向した各国伝統宗教の宗派教育に過度に偏ることは望ましい方向ではない。異文化理解・多文化共生・世界市民の育成を志向する宗教文化教育を併せて発展さ せることが、21世紀を迎えた国際社会の安定につながるであろう。

(拙稿「現代ロシアのナショナル・アイデンティティと公教育における宗教教育」『ソシオロジカ』第30巻第2号、2006年(近刊)。)

エッセイ10 教員と学生

木村 英亮

井上 靖の『おろしや国酔夢譚』に、主人公光大夫らがイルクーツクのキリル・ラックスマンの家をはじめて訪ねた場面がある。井上はそこを次のようにまとめている。「日本の漂流民たちは一人残らずラックスマン家を訪ねたことに満足を感じた。ラックスマンその人は気難しくもあり、わがままでもあるようだったが、言うことにも、することにも飾りというものはなかった。それが光太夫にも仲間たちにも、何とも言えぬいい印象を与えた。」(文春文庫版、169ページ)

最近読んだ木村幸雄「臼の上に座る人」(『中野重治の会会報』第5号、2ページ)に、募金のために中野重治を訪ねた学生時代の思い出がある。口座に振り込むからと現金を渡さず、口座番号を記載した広告を出し賛同者が振り込むようにすれば、学生も勉学の時間を失わなくてすむ、運動をもっと合理的に運ぶことを学ばなければならぬと話し、「臼の上に座って、そういう話をする中野重治の風貌姿勢は、古風で頑固なものに見えた。しかし、話の中身は、新鮮かつ柔軟で合理的であり、目を開かれる思いがした。」と結んでいる。

ラックスマンや中野の言動には、対人関係についてのひとつの態度がある。大学の仕事も人が相手であるが、その人は、学生に重点を置くべきであると思う。携帯やインターネットの時代、人間関係の常識も変わっている。たとえば教育実習校・指定校訪問など、ありがた迷惑になっているのではないかと感じることもある。もう少し合理化し、研究・教育の時間を確保した方がいいのではないであろうか。

エッセイ9 時間と仕事

木村 英亮

スクールという言葉は、暇を意味するギリシャ語のスコレに由来する。東奔西走、いらいらしていては勉強はできない。いま大学教員は、講義負担のほか に、会議、雑用が増え、ゆとりを失っている。講義負担も総合課目から大学院まで、過大である。さまざまな沢山の講義のいずれにも十分な準備をして教壇にた つことは不可能であろう。結局手抜きが行われざるをえず、しわ寄せをうけるのは学生である。以前は助手というポストがあり、事務職員もサポートしていた。これらの人々の削減によって、教員の仕事はいっそう増えている。

普通の大学では図書館もおもに学生向きで研究図書館ではない。結局、大学の研究室にいては研究できない。

教育・研究の仕事は、生産会社の場合と異なり、生産性の向上といった考え方にはなじまない。大学の場合、学生は教員から教わるばかりでな く、自分達で自主的に勉強することも大切である。ゼミやクラブ活動が大きな意味をもっており、そのためのスペース、図書館、機器の充実、教員・職員による 援助・コンサルティングの体制も必要である。

しかし、同様のことは初等・中等教育の場合にも言えよう。教員が忙しすぎることは、小学生・中学生・高校生には困ることであり、社会的 に損失である。子供の数が減っているいま、教育の充実の機会である。教員の質を確保するとともに、余計な雑務から解放するよう、行政、父母とも努めてほし いと思う。

エッセイ2 大学における研究と教育

木村 英亮

いま業績主義となり、大学でも教員に1年間に書いた論文などの数を届けさせるようになった。大学のニュースなどにも前年度の業績表が載せられている。これらの業績の数を給与などに反映させようとする。しかし、これだけでは、質より量ということになりかねない。数年に一回画期的な業績を生むような研究者よりも、毎年平凡な論文を書く者の方が評価されることになりかねない。また、このように言って研究していないことを弁解する者もでてくる。

また、大学院生の論文を活字にするためといって、自分の名であるいは連名にして紀要などに載せ、業績にカウントさせるようなことも生ずる。

わたしは、大学の主な仕事は教育にあるので、教員の評価はそちらに重点を移すべきではないかと思う。大部分の大学は、教育機関であることを忘れている。もちろん、研究していない教員の講義は魅力を欠くであろうが、それは第一に講義を通して、学生によって評価されるべきであろう。学生には、そのような力はないという教員もいるが、全体としてみると、学生の評価はあたっているように思われる。それは、政治の世界の選挙で、民衆の判断があてにならないという意見と似たところがある。

受験生や社会も、大学を評価するとき、教員の学界における活動状況だけでなく、教育の面での評価の方法も考える必要である。

また、研究者として優れているが、教育者としては適当でない人のために、大学院だけや研究所のポストを拡充すべきであろう。

ともかく、現在の大学は、青年の3-4割が進学するという条件に合っていない。