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二酔人四方山問答(19)

岩木 秀樹

B:この前の靖国神社の話で、天皇の軍隊についた戦死者しか祀られないと言っていたよね。

A:そうだよ。靖国神社は日本の伝統的な神社と異なる国家神道だ。伝統的な神社では亡くなった人は皆等しく神様になるが、靖国はそうではない。敵はおろか民間の犠牲者も祀られないんだ。

B:ふーん。靖国神社は日本の伝統だと思っていたけど、そうじゃないんだ。

A:明治に作られ、陸軍省と海軍省が管理し、日本の国体と天皇制の象徴だ。だから伝統的神道の信者は、靖国神社は神道をゆがめる存在だと怒ってもいいと思う。

B:色々話を聞いていて、やはり天皇制の問題が避けて通れないと思ったんだ。でも日本では天皇制を直接論議することはタブーなんでしょ。天皇制批判をすると、右翼などから脅しや暴力を受けると聞いたことがあるよ。

A:確かにあるが、言論の自由が保障されている日本ではそんなことがあってはならない。相手の人権を侵害しなければ、どのような議論も自由にできなくては自由主義国家、法治国家と言えない。

B:今、女性天皇の論議が盛んだけど、どう思う。

A:今の皇室典範のまま行くと、あと数十年で天皇制が無くなることは誰の目にもわかる。だから皇室や宮内庁にとっても皇室典範を変えることは死活問題だという現実がある。その上で女性天皇の論議について考えると、僕は当然の流れだと思う。

B:どうして。伝統的に男が天皇になるもんでしょ。

A:いや、明治以前までに10代8人の女性天皇がいたんだ。だから男系男子のみが天皇というわけではなかったんだ。ただ女性天皇を認める理 由としてもっと重要なのは、憲法第14条に男女の平等が書かれているからだ。これは当然、皇室典範より上位に位置するもので、皇室典範第1条「皇位は、皇 統に属する男系の男子が、これを継承する」は憲法違反だ。

B:なるほどね。

A:男系男子天皇制は家父長制の近代家制度のもとで作られ、戦後、皇室典範もかなり修正されたが、男系男子規定はそのまま維持された。ただ女性天皇が認められれば、天皇制に何の問題が無いというわけではない。

B:他にどんな問題があるの。

A:これは女性史研究者の加納実紀代さんが言っているんだけど、民族・階級・ジェンダーの三つの観点から、たとえ女性が天皇になっても問題があるとしている

B:へー。おもしろそうだね。

A:第一の民族の観点では、天皇は日本国民の統合の象徴とされており、逆に言えば、非日本国民の排除という排外主義をはらんでいる。第二の 階級の観点では、天皇制は生まれながらの貴賎や階層秩序を生み出す根源であり、人間平等の理念に反する。第三のジェンダーの観点では、天皇制は世襲であ り、血統に権威の根拠を置いていて、そうである限り皇室の女性は子供を産むことが強制される。

B:そりゃそうだ。色々根本的な問題が山積しているね。これじゃあ、天皇制存続についての議論が起こるのも無理ないね。

A:そうなんだ。憲法第2条の「皇位は世襲」との規定と、14条の「国民は人種、信条、性別、社会的身分又は門地により差別されない」との規定が大きく矛盾するんだ。14条にはさらに、「華族その他の貴族の制度は認めない」ともあるんだけどね。

B:これを矛盾ではないとするためには、天皇や皇室は国民でもなく、華族でもない、特別の存在とするしかないね。

A:そう。実は天皇制は皇室の人々から見てもかわいそうな制度だと思う。職業選択、学問、居住、結婚、信教その他の自由はほとんどない。もちろん僕らのような戸籍もなければ、選挙権も被選挙権もない。つまり人権が認められていないということだ。

B:人として認められていないということか。パン屋になりたいとか、歌手になりたいとか、思ってもだめだろうな。

A:学問の自由もないよ。古代日本史や近代天皇制研究、マルクス主義や東アジア研究などは危なくてやらせてもらえないだろう。自分たちの出 自や一族同士の骨肉の争い、軍国主義下での天皇制の果たした役割などが明らかになったら、自分たちの存在そのものに懐疑的になってしまうよ。だから当たり 障りのない、ナマズや鳥や植物の研究がせいぜいだ。

B:イスラーム教徒になりたいとか創価学会に入りたいとか論外だろうな。結婚相手も相当限定されるだろう。外国人や同性などは想定の範囲外だ。

A:本当は京都かどこかでひっそり暮らしたいんだけどな、と思っていてもだめだろう。

B:うーん。かわいそうな人々。僕、天皇家に生まれなくてよかったよ。

A:でももっとかわいそうなのが、天皇家やそれを支える制度に大量の税金をつぎ込んでいる僕らかもよ。この続きはまた今度しよう。

「和華の会」の親友たち

大江 平和

先月20日から29日まで、中国へ行ってきた。猛暑のなか、北京を皮切りに、西安、広州を回ったあと、再び北京に数日間滞在して戻ってきた。本帰国 して丸3年がたつが、帰国して以降、仕事抜きの個人旅行は今回が初めてである。そこで、このコラムで3回ほど連続して、中国での所感を書いてみようと思う。

今回の中国行きの目的は、旧交を温めることであった。西安はよくわからないが、北京と広州には、「日本人妻の会」なるものがある。北京のそれは通称「和華の会」というしゃれた名前で呼ばれている。中国人の配偶者をもち、現地で生活する日本人女性たちの会である。具体的な会員数は定かでないが、全体 的には増加の一途をたどっているようだ。その反面、生活の場を日本に移したり、残念ながら離婚をしたりして減少もしているらしい。私が再会を楽しみにしていた親友たちもこの会に属している。私もかつて北京に住んでいた頃はそうだったが、中国語という言語環境に囲まれて生活している彼女たちにとって、最大の楽しみは、心通い合う仲間たちと日本語で言いたい放題おしゃべりすることである。夫のこと、子供のこと、子供の学校のこと、舅、姑のこと、マンション購入のこと等々話はいつまでも尽きない。おしゃべりに夢中になっているうちに彼女たちの表情も和らぎ、時折笑い声がはじける。話の中身は、日本の主婦とさほど 変わりないようにみえるが、激動の中国の地で、価値観の異なる中国人の夫とともに家庭を円満に切り盛りしていくのは、並大抵のことではないようである。平和のために、対話を通してどう理解を深め、信頼を築いていくか、日々、努力と智慧と忍耐を要するのは、国際社会も家庭も同じセオリーかもしれない。彼女たちの話にじっと耳を傾けながら、「頑張って!」と心からのエールを送った次第である。

『中国女性史入門 ―女たちの今と昔』

大江 平和

中国女性史入門―女たちの今と昔

少し前になるが、友人が一冊の本を送ってくれた。出版まもない関西中国女性史研究会編『中国女性史入門―女たちの今と昔』 (人文書院)という本である。深紅の表紙をめくると、彼女を含め三人の友人が執筆者として名を連ねていた。三人のうち二人は、私の北京滞在中、単調な学生生活の中で、常に知的刺激を与え続けてくれた存在で、私の修士論文作成にあたっては、大変お世話になった中国近代女子教育史の研究者である。もう一人は、私の小中学校時代の同級生で、何香凝の研究者である。この三人とは今も交流が続いている。

さて、本書の画期的なところは、これまでの近現代の中国女性解放運動史に限定されない、テーマ別に古代から現代までの中国女性について俯瞰できる ような女性史をそのコンセプトとしている点である。I 婚姻・生育、II 教育、III 女性解放、IV 労働、V 身体、VI 文芸、VII 政治・ヒエラルキー、VIII 信仰という8つのテーマでわかりやすく構成されている。入門書にふさわしく、キーワードはゴシックで強調されていて、各項目別に先行研究を紹介した研究案内や中国語の参考文献も挙げられており、概説だけではものたりない読者のニーズにも応えられるよう配慮されている。私が特に興味深かったのは、各テーマ、各項目につい て、現代はどうなっているのか、何が問題になっているのかなどについて、敢えて批判を恐れず「今」の中国の女性にまで踏み込んで活字にした点である。この部分は今なお変化し続けている部分だけに、それをどうとらえるのか、執筆者の苦労が偲ばれた。全体を通して読めば、中国女性の全容がつかめるだろうし、それがおっくうな場合には、興味のあるテーマだけひろい読みしてもよい。また、写真資料も豊富なので、写真をながめているだけでも興味は尽きない。

「中国の女性」に興味、関心を持つ人々に、一読をお勧めしたい一書である。