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二酔人四方山問答(9)

岩木 秀樹

B:イギリスの後はエジプトでテロ、イラクでもパレスチナでもずっと続いている。どうなっているんだ。しかもイギリスのテロの実行犯はイギリス人のようだね。

A:イギリスに生まれた育った移民の子供たちが引き起こした。外部からテロが来たのではなく、先進国の内部で絶望感のために生み出されたんだ。ワシントンポストにも「ロンドン・テロを生んだ社会的疎外感、もって行き場のない憎悪、そして狂信主義は国産物であり、いつ爆発してもおかしくない。もちろん米国でも」と書かれていた。

B:イラクに派兵した西側の先進国はみんな標的になっているのか。どうしてこんなことになるんだ。何が原因なんだ。

A:いや原因ははっきりしている。全て想定の範囲内だ。前にも行ったけれど地下鉄サリン事件よりも因果関係はわかりやすい。まずイスラーム世界の外部要因として、イラク戦争などへのアメリカの軍事介入、イスラエル・パレスチナ問題の停滞がある。内部要因として、貧困、失業、政治腐敗、民主主義の欠如、石油などの資源の不均衡な配分などがある。さらに歴史的要因として、第一次大戦期の西欧の外交による中東諸国体制の形成がある。これらがイスラーム過激派が台頭している要因だ。

B:でもこのままで行くと中東イスラームのみならず、世界がどうにかなってしまいかねないよ。「暴力の連鎖」を止めなくてはならない。

A:待って。その「暴力の連鎖」という言葉は最近よく使われるけれど、よく考えてみないといけない。特にイスラエル・パレスチナ問題を扱うときには。

B:また始まった。細かいこと言うなよ。いいじゃない、みんな使っているんだし、本当に止めなくてはならないんだから。

A:じゃあまず少し考えてみよう、例えば警察と暴走族がお互いが暴力を行使して戦った場合、それを「暴力の連鎖」というかい。

B:言うわけないじゃん。警察の方が正義であり、法律に基づいているし。

A:最近警察は非合法なこともやっているけれど、まあいいや、「暴力の連鎖」とは言わないね。ではアジア太平洋戦争中、日本の侵略行為に対するアジアの人々の抵抗運動と日本軍の戦いを「暴力の連鎖」と言うかな。ナチスに対するレジスタンスでも同じだ。

B:うーん。それは言わないね。まあ時代も違うからかな。

A:確かに時代性も考えなくてはいけない。ただ「暴力の連鎖」とは、暴力の規模や手段、それを使用する目的や理念が比較的均衡な集団間に使用される用語なんだ。そう考えてみると、特に中東イスラームの問題で根っこになっているイスラエル・パレスチナ問題は「暴力の連鎖」とは一概には言えないと思う。

B:そんなものかなー。

A:イスラエルとパレスチナは多くの点で非対称性がある。それは、イスラエルは主権を有する独立国家だが、パレスチナは自治政府とはいえまだ運動組織体であること。イスラエルは占領者で、パレスチナは被占領者であること。イスラエルは圧倒的な軍事力を持つこと。イスラエルはアメリカを始めとして多くの経済、軍事援助を得ていることだ。

B:そんなに違うんだー。

A:このような非対称性を持つ二つの主体の暴力を等価なものとみて、「暴力の連鎖」と言うことは明らかにイスラエルの側に立ったものの見方であり、強者の論理だ。

B:なるほど。パレスチナの側は、抵抗する側の止むに止まれぬ暴力、自分の命を賭してまでするレジスタンスか。

A:ただそこが今後問題になってくると思う。弱者や抵抗の暴力をどう考えるか。21世紀以後の究極の問題だと思う。20世紀までは暴力には暴力の時代であり、弱者の暴力がまだ問題として提起されなかった。ただ今一つだけ言えるのは、弱者や抵抗の暴力が無差別性・大量殺戮を続けていくと、強者の側とかわらなくなる。そしていつしか自らの理念や目標が、その無差別性という手段によって融解させられてしまうということだ。

二酔人四方山問答(6)

岩木 秀樹

B:ユダヤ教徒の間でも、またイスラエルにおいても多様な意見があり、共存へ向けての歩み寄りがあることを聞いてほっとしたよ。

A:今までユダヤ・イスラエルに関してマイナスの側面ばかりを見てきたけれど、もちろんそればかりではないんだ。トインビーは、ユダヤ教徒を土地に固執しない遠隔地においてネットワークを結ぶ民として、ユダヤモデルを提起した。

B:へーそうなんだ。でもなぜ土地に固執しなかったの。

A:固執できなかったと言った方がいいかな。ヨーロッパにおいてはユダヤ教徒は差別されていたため、それほど土地を持てず、公職など重要な職には就けなかったんだ。だからキリスト教徒が嫌う商業や金融業で生計を立てるようになった。ユダヤ教徒にとって財産とは、土地や地位などではなく、お金や信用そして知識だった。

B:知識も重要視していたの。

A:そうだよ。科学・医学・芸術・文学・学問の知識があれば、迫害の中でも何とか生き抜くことが出来たんだ。だからユダヤ出身の科学者、学者や音楽家などが今でも多いのはそうしたことが理由の一つになっているだ。

B:知識が命を救ったのか。感慨深いなー。生きていく知恵だね。

A:これからの世界においてもこのユダヤモデルは非常に重要になっていくと思う。移動をそれほど苦にしない人々は、境界や私有の概念をあまり持っていないんだ。

B:え、何で私有の考えがあまりないの。

A:簡単だよ。移動するときには金銀財宝や自分の所有物はそれほど運べないから。だから遊牧民は今でも私有の概念はうすいよ。その代わりに共同や平等という意識は強い。

B:なるほどね。定住民の考え方とはその辺りが少し違うのかな。

A:ユダヤ教徒は非定住民としての迫害の歴史だった。しかし今ではそのことは、時代を先取りする志向性を持っていると考えられている。今まで非定住はデメリットだったかもしれないが、メリットに転じる可能性がある。境界や私有の概念を越える非定住的ネットワーク志向は注目され、国民国家システムを変容させるだろう。そしてこれは全世界のイスラームや華人ネットワークとも共通している。

B:デメリットがメリットか。禍福はあざなえる縄のごとし。人間万事塞翁が馬だ。

A:ただ喜んでばかりもいられないんだ。このような非定住マイノリティとしての迫害の経験から、これを否定しようとする人々もいたんだ。それがイスラエル建国を目指した人たちだ。つまり同質性と定住を前提とする西欧国民国家システムを作ることによってのみ、自分たちの迫害の歴史に終止符が打てると考えた。自らの同質性と定住を維持するためにパレスチナ人を追い出した。つまり自分たちの歴史を反面教師としたんだ。

B:もちろんそうじゃない人もいるんだよね。

A:そうだよ。同質性、定住、境界、私有よりも多様性、移動、非境界、共同、共有を重視するユダヤ教徒やイスラエル人も多いよ。キブツ(集団農場)などはその一例かもしれない。ところでさっき、ユダヤ・ネットワークとともにイスラーム・ネットワークと言ったけれど、イスラームはどちらかというとキリスト教よりユダヤ教の方に似ているんだ。

B:へー。例えばどういう点。

A:キリスト教は神は三つ存在し三位一体などと言うが、ユダヤ教イスラームともに唯一神で、それぞれヤーウェとアラー。啓典としてトーラーとコーラン、口承伝承としてタルムードとハディース、宗教法であるハラハーとシャリーアなどかなり類似点があるんだ。

B:歴史的にも、ユダヤ教徒とイスラーム教徒はかなり共存していたしね。

A:そうだね。でもキリスト教徒も中東地域では、イスラーム教徒やユダヤ教徒と比較的うまくつき合っていた。だからキリスト教の非寛容性は、キリスト教の教義そのものに存在するというよりも、キリスト教がヨーロッパ化した過程や、近代西欧国民国家体制の持つ閉鎖性や同質性にあるのではないかと最近考えているんだ。

二酔人四方山問答(5)

岩木 秀樹

B:君の話を聞いて、だいぶ「ユダヤ問題」がわかってきたよ。この前本屋に行ったら、「ユダヤ・キリスト・イスラーム2000年の怨念の歴史」みたいなタイトルの本があった。これでも読んでみようかな。

A:やめた方がいいんじゃない。このての本を読むのは時間の無駄だよ。ちまたに怪しい「ユダヤ本」って多いんだよな。ユダヤ教・キリスト教・イスラームは姉妹宗教で、祈っている対象である唯一神は同じだ。これらの宗教が生まれた中東地域では、比較的共存してきた。だから2000年の怨念の 歴史というのは、少なくとも中東地域においては嘘だ。 怨念の歴史があったのは近代ヨーロッパなんだ。だから起源としては「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」だと言ったんだ。ヨーロッパ・キリスト教社会の矛盾 である「ユダヤ問題」の解決を押しつけた所産が、「イスラエル・パレスチナ問題」なんだ。

B:なるほどね。ぼく流に言えば、「イスラエル・パレスチナ問題」はユダヤ教とキリスト教との対立のツケをイスラーム教徒が払わされていると言うことだろう。

A:そうだ、うまいこと言うね。さらに言えば、民族主義と植民地主義を育てた西欧諸国は、パレスチナにユダヤ教徒を送り込むことによって、 ユダヤ教徒の救出(実際は放出)と植民地主義的野心の双方が満たされた。ユダヤ教徒の放出によりヨーロッパ民族主義がより「純化」され、イスラエル建国に より西欧植民地主義の橋頭堡が作られた。

B:今ここにイスラエルの年表があるんだけど。1920年に英国による現在のイスラエル地域を含むアラブ地域の委任統治、1948年にイスラエル建国、同年に未耕作地開拓のための緊急条項施行とある。

A:英仏などの西欧諸国は、第一次大戦において広範な戦争協力を獲得するため、ユダヤにもアラブにもいい顔をして民族郷土建設を約束したん だ。しかし実際はこの地域を西欧で分割をした。世に言う三枚舌外交だ。その後、英国による委任統治という名の新たな植民地形態が始まり、イスラエルが建国 されたんだ。

B:未耕作地開拓のための緊急条項施行って何。

A:簡単に言うと、ある地域を閉鎖地域と宣言して出入りを禁止すると、未耕作地となる。 実際にはアラブ人がいたんだけど。その後にこの法律を適用して没収し、耕す意志のある者、つまり近くのユダヤ教徒入植地に渡すというものだ。このようなことを繰り返して、アラブの土地をユダヤのものにしていった。

B:西欧やイスラエルの行った歴史をきちんと見てみないといけないなー。でも今でもイスラエルでは民族絶滅の危機感が存在すると何かに書いてあったよ。

A:ユダヤ教徒がすさまじい迫害にあったことを否定する人はいない。またイスラエルの周りの国はアラブばかりで、いつ地中海に自分たちが追 い落とされるのではないかと危惧しているのも事実だ。ただその歴史的教訓をどう生かすかが重要だ。またホロコーストの問題が直接イスラエル建国に結びつく と考えるのも性急だ。例えば、後の労働党につながるマパイのシオニストの中には、ホロコーストで死んでいった人たちはシオニズムの大義を信じずにヨーロッパに残ったのだから、犠牲になったのは仕方がなかったというような冷淡な見方もあった。

B:そんなことを言ったユダヤ教徒もいたの!

A:ホロコーストの悲劇の末に「ユダヤ民族国家」イスラエルが建国されたとする考え方はある種のシオニストのイデオロギー的宣伝とも言え る。「ユダヤ人」が特定の歴史と場所を超越して存在するかのような「永遠のユダヤ人」像を結晶化させたのだ。例えば、1961年のアイヒマン裁判も、ユダヤ教徒は世界中で苛められていて、その最悪の形がホロコーストだと訴えることによって、労働シオニズムではまとまらないイスラエル国民の感情を統合するた めのベングリオンによる政治パフォーマンスだとの説もあった。

B:そうなんだ。

A:またユダヤ教徒右派の中にはシオニズムに反対する人もいた。神がユダヤ教徒を約束の地から追放したとき、神が許すまでユダヤ教徒は離散の生活を続けるべきと考えた。つまり国を作るのは神であり、人間が勝手に国を作ってはいけないと主張した。

B:ユダヤ教徒の中にも色々な意見があるんだなー。イスラエルの政策に批判的な人もいるの。

A:いるよ。例えば、イスラエルの精神的権威でもあるユダヤ教の碩学ヤシャフー・レーポヴィツは、1967年の第三次中東戦争によるイスラ エルの領土拡大に関して、イスラエルはユダヤ人にとって世界中でもっとも危険な土地になったと嘆いたそうだ。またユダヤ教からキリスト教への表面的改宗者 マラーノの子孫であるエドガール・モランは、アウシュヴィッツがイスラエル国軍による権力乱用を隠蔽するために使われるのは我慢できなくなった、と述べた そうだよ。

B:へー、イスラエル国内においても多様な意見があるんだ。

A:イスラエル軍へ徴兵拒否をする人も徐々に増えている。またパレスチナ・イスラエル双方から肉親を殺された人々からなる被害者の会が互い の怨念を越えて対話をし、暴力の連鎖を越えようとしている。このような動きを見ていると、かすかな平和への光明も見えてくる気がするよ。

フルシチョフ時代再考 (PDF)

中西 治

本論文は1953年3月5日のスターリンの死から1964年10月14日にフルシチョフがソヴェトの最高指導者の地位から解任されるまでの11年余の「フルシチョフ時代」を再検討しようとするものである。

筆者はかつて1960年代から1970年代にかけてこの時期のソヴェトの政治・外交・社会の諸問題について多くの論文を発表した。しかし、1985年3月11日のゴルバチョフの登場以後この時期の重要問題についての資料がロシアでも公刊されるようになり、1991年12月25日のソヴェト同盟解体以後はそれがいっそう増えている。2003年にはこの時期のソヴェトの最高指導機関であったソヴェト同盟共産党中央委員会幹部会の議事録がモスクワで出版されはじめた。

そこでこの機会に改めてこれらの新しい資料にもとづいてこの時期を考え直してみたい。本論文ではこの時期全体を通史的に再検討するのではなく、論議の的となってきた幾つかの問題を取り上げて論ずることにする。

第一はこの時期の出発点となったスターリンの死についてである。スターリンは本当に病気で死んだのか、それとも殺されたのか。まず、この問題から始めよう……

本論文はPDFファイルで閲覧可能です。

二酔人四方山問答(4)

岩木 秀樹

B:イスラーム教徒が、アメリカの対中東政策を否定的に見る理由が少しわかったよ。それにしても「イスラエル・パレスチナ問題」がアメリカ敵視への大きな要因になっているとは。

A:実はアメリカとイスラエルは、国家の誕生に関してどちらも似通った点をもっているんだ。それはどちらも先住民を排除した移住植民国家という点だ。

B:そう言われてみればそうだ。

A:まあ多くの国で先住民を排除した例はあるし、日本だって似たり寄ったりだけど。

B:でもユダヤ人がナチスによって虐殺されるなど、多くの悲惨な歴史をもっていて、自分たちの国家を作りたかったということを歴史で習った。

A:それは一面合っているけれど、自分たちのやられたことを今度は他者に向けてやっているという人がいるのも事実だ。

B:そーか、なるほど。なんか「ユダヤ問題」って大変だなー。

A:実は、「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」なんだ。中東イスラームにおいては、過去も現在もヨーロッパほどユダヤ差別は存在しなかった。そのヨーロッパにおける「ユダヤ問題」を中東に移植したのが、現在の「イスラエル・パレスチナ問題」だ。

B:そうそう、前から気になっていたんだけど、君はマスメディアで言われている「パレスチナ問題」という言葉を使わずに、「イスラエル・パレスチナ問題」というややこしい名前を使っているけれど、何でなの。

A:簡単に言えば、パレスチナが問題ではないから。むしろイスラエルの存在やその政策の方がより問題であると考えているので、イスラエルを先におい て、「イスラエル・パレスチナ問題」としたんだ。研究する上では当該の問題をどう名付けるかって言うことは非常に重要なんだ。その問題の性格を概念規定す るのは、研究する者として死活問題だと教えられた。

B:大変だねー。そんな細かいことまで気にするんだ。僕なんかみんなが言っていることをすぐ鵜呑みにするけど。

A:やはり言葉は正確に使わなければいけないと思う。不正確さが時には差別やステレオタイプから発していることもあるよ。例えば今回の「ユダヤ問題」に限ってもいくつかある。まず「ユダヤ人」という言い方は不正確だ。「ユダヤ教徒」といった方がいい。「ユダヤ教徒」には肌の色が異なる色々な民族が 存在するし、理念的には誰もが「ユダヤ教徒」になれる。ただキリスト教やイスラームに比べれば、「民族宗教」的要素が強いのも事実だけど。他にも、ユダヤ教徒の啓典を旧い契約である「旧約聖書」、キリスト教徒のそれを新しい契約「新約聖書」とするのも、キリスト教徒からの見方で、一種のユダヤ蔑視だ。

B:でもどの宗教も他の宗教に関しては、多かれ少なかれ蔑視感情ってあると思うけど。 ただそれが大規模な抑圧や虐殺になるのは問題だと思う。

A:そうだね。さっき、「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」だと言ったけれど、それを象徴する年が1492年だ。

B:コロンブスがアメリカに到達した年でしょ。

A:そう。同時にイベリア半島からイスラーム教徒が追い出された年、つまりレコンキスタ(国土回復)が完成した年でもあるんだ。ちなみにレコンキスタという名もヨーロッパ的な言い方で、未来の歴史家によって名前が変わるかもしれないよ。

B:何でそれが重要な年なの。

A:レコンキスタによってイスラーム教徒は追い出されたけれど、ユダヤ人もヨーロッパからオスマン帝国などに逃れてきたんだ。なぜか。ヨーロッパにいると迫害を受けるから。 だからこの1492年という年は、「アメリカの発見」という外なる植民地主義の始まりを告げる年でもあり、「イスラーム教徒・ユダヤ教徒排除」という内なるヨーロッパ化の始まりを告げる年でもあったんだ。

二酔人四方山問答(3)

岩木 秀樹

B:今までの君の話を聞いていると、ムハンマド君の嘆きも理解できるなー。彼は冷戦崩壊後特に9・11事件以後のアメリカの対中東イスラーム政策はひどすぎるって怒っていたよ。でもなぜそれほどまでにアメリカへの憎悪があるのかな。

A:常にアメリカは誤った政策をしているわけではないけれど、ここ最近の政策は大きな問題があると思う。アメリカへの敵意の理由はいくつかあるけれど、まずは「イスラエル・パレスチナ問題」でイスラエル支持の姿勢をとり続けてきたことだ。

B:へーそうなんだ。経済的にも軍事的にも支持しているってわけ?

A:そうだよ。イスラエルの最大の援助国はアメリカだ。またイスラエルが国連から様々な非難決議を受ける際にも、次々と拒否権を連発して決 議させないようにもした。それでも非難決議は数え方にもよるけど、30数回ある。ちなみにサダム・フセイン政権下のイラクはその半分くらいの数だよ。

B:え!そうしたら、何でイラクだけが攻撃を受け、イスラエルは攻撃を受けないの?

A:さー、それはアメリカの為政者に僕も聞いてみたいよ。そこのところがダブルスタンダードだっていわれる所以だ。ちなみに世界中には国際 社会から非難決議を受けている国はあるけれど、アメリカの論理からすれば、それらの国全てに軍事介入しなければならなくなる。日本もペルーのフジモリ元大 統領を匿ったということで、国際機関から非難されたし、アメリカ自身だって中南米への介入で、非難決議を受けている。アメリカが、決議を受けた国には介入 するという理念に忠実であるならば、日本にもそしてアメリカ自国にも軍事介入しなければならない。

B:そんなことは有り得ないだろうけど。それに今はアメリカはそれほど国際機関の決議も重要視してないようだ。

A:そうだね。現在は国連を迂回して、単独主義を強めている。それに一貫した理念ではなく、自国の利害で動く場合が多い。自国に都合のよい 国、利害の深い国には支援をして、そうでない国には「悪の枢軸」とか「不安定な弧」とかレッテルを貼り、攻撃をしている。つまり自国の利害が絡む紛争のみ に「正義」を掲げて圧倒的な軍事力で介入している。このことがアメリカへの敵意をより増幅させる原因になっている。

B:ムハンマド君が言っていたけれど、中東地域には民主的でも自由主義でもない国があるけれど、それらの国にアメリカは相当な援助を与えているらしい。

A:特に産油国が挙げられる。石油利権を王族やその取り巻きが独占して、それとアメリカやメジャーと言われる大手石油会社がかなり密接に結びついている。このような国はほとんど選挙もなく、国民の間でかなり経済格差もあるんだ。

B:民主を掲げながらも民主的でない国を援助しているのか。明らかにダブルスタンダードだ。

A:多かれ少なかれ、このような二重基準はどこの国にもあるし、政治の世界はそんなものかもしれない。ただアメリカの政策は中東に非常に大 きな影響を与えていることも確かだ。また聖地メッカとメディナを有するサウジアラビアに軍隊を駐留させていることもイスラム教徒にいい印象を与えていな い。当該地域の民衆は、自国の腐敗した指導者やそれを支援し軍隊を駐留させているアメリカに対して大きな不満を持っている。アメリカと中東の一部の指導者 は共犯関係にあり、その地の民衆を苦しめている構図があるんだ。

パレスチナ問題

その他

投稿者:小林 宏紀

エルサレム旧市街を四角に囲む城壁の中は、四つに住み分けられている。大雑把に言えば、北側を上に見て右上がイスラム教徒地区、右下がユダヤ教徒地区、左上がキリスト教徒地区、左下がアルメニア人地区である。この旧市街の中に、ムハンマドが昇天した起点とされる岩があり、そこには岩のドームが建てられ、イスラム教の聖地となっている。キリストが十字架の刑に処せられたゴルゴダの丘には聖墳墓教会が建ち、巡礼者が後を絶たない。また、ダビデ王の子、ソロモンの時代に築かれた神殿の遺構とされる嘆きの壁には、ユダヤ教徒が祈りを捧げる。ユダヤ人とパレスチナ人は、それぞれエルサレムを民族の象徴とし、宗教問題の側面をも越えて、エルサレムに政治的主権を及ぼしたいとする。しかしながら、四つに住み分けられている旧市街を過去から現在に至るまで見渡した時、ここに物理的な仕切りがあったわけではなく、対立のみが続いていたのでもない。今、世界が不可分の領土問題の象徴のように見ているエルサレムであるが、その歴史の途上では、多民族共存の一大事例であったのだ……

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  1. ハマス最高指導者が暗殺された日の晩に
  2. アリエル・シャロン首相の戦争
  3. 権力者は人を守るか
  4. 日本の子供達と、母に
  5. 中国とパレスチナ