月別アーカイブ: 2012年7月

韓国・梨花女子大学、ビッグ・ヒストリーを導入

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第8回 

お隣・韓国でもビッグ・ヒストリーの教育が始まっています。デイヴィッド・クリスチャン David Christian さんは、2009年から韓国ソウルの梨花(イファ)女子大学 Ewha Woman’s University 世界史・全球史研究所 Institute of World and Global History にも勤めており、同年から主として英語でビッグ・ヒストリーの講座を開いています。

梨花女子大学の前身である梨花学堂 Ewha Haktang は、1886年李氏朝鮮時代のコリアに、メソディスト監督教会 Methodist Episcopal Church のアメリカ人宣教師メアリー・F・スクラントン Mary F. Scranton によって創立されました。これはコリア半島における女性のための初の教育機関であり、その教育はキリスト教的価値観にもとづくものでした。

同校は、1945年にコリアが日本の支配から解放されると、翌年には政府から公式に認可された初の四年制大学となります。1950年代には、当時およそ女性とは無縁と思われていた医学、法学、科学、ジャーナリズムといった学問の導入に踏み切りました。このように梨花女子大学は、コリアにおいて、女性の権利と社会的地位を向上・強化する先駆的役割を果たしてきたのです。

ではクリスチャンさんは、ここでどのような講義を行っているのでしょうか。2009年に彼がおこなった夏期講座「新しい世界史、全球史(グローバル・ヒストリー)、大きな歴史(ビッグ・ヒストリー)」のシラバス(講義要綱)によると、概要は以下の通りです。(*20)

本講座では、「ビッグ・ヒストリー」と呼ばれる「世界史」の新たな形態について学ぶ。世界史のあらゆる形態がそうであるように、ビッグ・ヒストリーは、ほとんどの大学で歴史教育を支配するネーション〔民族/国民/国家いずれの意味もある:辻村補足〕中心の観点を乗り越えようとするものである。代わってビッグ・ヒストリーは、歴史に迫るためのより人間中心で全球的な方法を提示する。受講者にはこの面白さを知ってもらいたい。

ビッグ・ヒストリーはあらゆるスケール(尺度)で過去を見渡すもので、宇宙の起源に始まり今日の全球的世界に終わり、それから未来を見つめる。いわば現代の創世の物語のようなものだ。ビッグ・ヒストリーは宇宙における人間の立場を理解するのを助ける世界史の一形態であり、そのために21世紀初頭のわたしたちに利用できる最善の科学的情報を用いるのである。

第1週 6/22~6/25
第1講 序論:本講座であつかう題目、受講者に求められる課題についての説明 またお互いの自己紹介も行う わたしはあなたの背景から何かを学びたいし、あなたもわたしの背景から何かを学ぶだろう
第2講 世界史とビッグ・ヒストリー 宇宙の万物はどのように創られたのか
第3講 恒星と銀河はどのように創られたのか わたしたちの太陽系はどのように創られたのか
第4講 わたしたちの地球の起源と歴史 期末小論文についての相談

第2週 6/29~7/2
第5講 生命、地球上の生命の起源と進化 生命は40億年かけてどのように進化してきたのか
第6講 人間の進化 人間を際立った存在にしているものは何か
第7講 人間史の最古の時代:旧石器時代
第8講 中間試験:これまでの講座について

第3週 7/6~9
第9講 農業の起源:歴史における根本的転換点
第10講 最初の国家と文明の創造
第11講 農業文明の進化
第12講 現代と工業革命

第4週 7/13~16
第13講 20世紀と今日の世界:期末小論文の提出
第14講 人間と環境
第15講 講座の復習と試験の準備
第16講 最終試験:講座全体について

教科書は、クリスチャンさんの自著『この儚き世界:人間の短い歴史』(This Fleeting World: A Short History of Humanity>)と、そのコリア語訳『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』です。(*21)

なお私は、かつて global history を地球史、globalization を地球化と訳しましたが、今はそれぞれ全球史もしくはグローバル・ヒストリー、全球化もしくはグローバリゼーションないしグローバル化とも訳しています。“global” には「地球の、地球的な、地球規模の」の他に「総合的・包括的な」「球形・球状の」という意味があり、「地球」の意味一本で行くと苦しいことになってくるからです。

歴史学者のパメラ・カイル・クロスレイ Pamela Kyle Crossley がウェルズ H. G. Wells の歴史を global history と言ったのは、「総合史」という意味でもありました。(*22) NASA のマーズ・グローバル・サーヴェイヤー Mars Global Surveyor も、火星の全球探査をするためのもので、火星と地球の両方を探査するというわけではありません。

それと、「全球」ではなく「総球」というのも考えましたが、せっかくお隣・中国に「全球化」といううまい訳語があることですし、それを使わせてもらったほうが相互の通じもよいだろうと思います。

くわえて、global history が地球史だと、主に自然科学の視点から地球の形成以来の物理的自然史を把握する earth history との訳し分けができません。global history の定義は論者によって様々ですが(*23)、そこでの最大の関心事は自然の歴史ではなく人間の歴史だからです。

また、今は「検索の時代」です。検索して上位に表示されるかどうかが、注目されるか否かの命運を分けます。私が「大きな歴史」という表記にこだわらず、「ビッグ・ヒストリー」とも記すのは、若い人が「big history というのがあるらしい」と知って検索をかけるならまずはカタカナか英語だから、という実践的判断も働いています。

幸い本コラムは開始から現在まで、一部の時期をのぞいて、Google で「ビッグ・ヒストリー」と検索した時の最上位を守っています。もちろんこれは、ビッグ・ヒストリーという分野への日本人の参入者が少ないのと、宣伝力の強い大手出版社が関連書籍を出版していないという好運に恵まれたからです。これからは質と量と技術を競う時代になるでしょう。


(*20) The syllabus of David Christian’s summer course, “New World History, Global History, and Big History” at Ewha Woman’s University, Seoul, South Korea in 2009. http://usm.maine.edu/sites/default/files/The%20Collaborative%20of%20Global%20and%20Big%20History/ChristianKoreaSyllabus.pdf

(*21) 데이비드 크리스찬 (김서형, 김용우 번역) 『세계사의 새로운 대안: 빅뱅에서 21세기까지, 글로벌 네트워크의 역사』 (거대사, 2009). (デイヴィッド・クリスチャン[キム・ソヒョン/キム・ヨンウ訳] 『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』 [ゴデサ、2009年]。)

(*22) 中西治『ロシア革命・中国革命・9.11:宇宙地球史の中の20-21世紀』(南窓社、2011年)43ページ。

(*23) その一部は過去にまとめた。辻村伸雄「地球宇宙史のための方法論的覚書」『ソシオロジカ』30(1)(創価大学社会学会、2005年)40-46ページ。

むすび――宇宙、地球、人間の将来 : ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

日本でも宇宙の研究が進んでいます。2012年1月10日にNewton別冊『大宇宙――完全版』が発行されました。この書によると、今から数十億年後に太陽系が属する「天の川銀河 (銀河系) 」が“近所”の大銀河である「アンドロメダ銀河」と“衝突”します。正確にいつ衝突がおきるのかは定かでありません。衝突するといっても、銀河はすかすかなので、恒星どうしが衝突することはほとんどありません。両銀河は衝突後、たがいの重力の作用で大きく形をくずしながらも、いったん“すり抜ける”ことになります。このあと、太陽系がアンドロメダ銀河に“持って行かれる”可能性が3%ほどあります。そうでない場合は、両銀河はふたたび接近し、最終的には融合し、一つの長円形銀河になります。

今から約80億年後に太陽が巨大化を始め、非常に明るくなります。地球では日射量が非常に多くなり、地表の温度が上がり、海は干上がって、生命が生存していくのがきわめてむずかしくなります。地球の事実上の死です。太陽がどのくらい巨大化するかは分かりませんが、太陽の半径が今の約300倍にまでふくれあがると、太陽に近い、水星と金星と地球は、最終的に飲みこまれてしまいます。地球は、膨張して希薄になった太陽の中をしばらく公転しつづけますが、ガスの抵抗を受け、地球は徐々に太陽の中心へと落下していき、いずればらばらになり、その破片はとけて蒸発してしまいます。ただし、太陽のガスの放出量が多い場合には、地球は太陽に飲みこまれません。

今から約1000億年後に私たちが住んでいる「天の川銀河」は1000億年ほどかけて最終的にすべて衝突・合体し、一つの巨大な長円形銀河にまとまります。「おとめ座銀河団」も最終的に巨大長円形銀河にまとまりますが、この二つの「巨大な長円形銀河」が一つにまとまることはありません。それは宇宙の膨張速度が加速しており、この二つは遠ざかっていくからです。

今から約10の100乗 (100億を10個かけ合わせた数) 年後にブラック・ホールが“蒸発”(ブラック・ホールの表面から光子=光の粒などの素粒子が飛び出していき、ブラック・ホールがその分、軽く小さくなっていくこと)し、消えてなくなり、宇宙は素粒子だけが飛びかうだけとなります。誕生直後の宇宙も素粒子が飛びかうだけであったから、元へもどったのです。ただし、宇宙は膨張をつづけているので、途方もなく素粒子の密度が薄められ、さびしい世界です。

80億年後に太陽が巨大化し、地球の温度は上がり、地球上の生命は死に絶え、地球は太陽に飲みこまれてなくなります。宇宙の膨張はいまもつづいており、その速度は徐々に増していますが、最終的に、宇宙には素粒子だけが残り、ビッグ・バン直後にもどります。

つまり、宇宙が誕生してから今日まで130億年、これから10の100乗 (100億を10個かけ合わせた数) 年後にブラック・ホールは“蒸発”しますが、それでも素粒子は残り、宇宙は存在し続けます。宇宙が完全になくなるのは「10の10乗の76乗年後」です。いずれにしても宇宙がなくなります。その前に地球を含む太陽系がもっと早く、50億年後から80億年後になくなります。

生者必滅。生まれてきたものは必ず滅します。人間もそうです。一人の人間は長く生きてせいぜい100年です。このような人間が何億年、何十億年先を心配することはありません。千年、一万年ぐらいの先を見ながら、100年間の人生をこの大宇宙のなかでいかに生きるべきかを考えればよいでしょう。それを考えさせるのがユニバーサル・ヒストリーです。

2012年2月にモスクワで開催された国際会議「地球の将来-2045年」で共同議長を務めた米国南メイン大学のバリー・ロドリーグはこの会議で「新しい1000年紀のためのマニフェスト。人間世紀のための行動指針 (Manifesto for a New Millennium. A Working Agenda for the Anthropocene) 」を発表しました。彼は冒頭で「未来はすべての生命体がめざしているものの尺度である」と述べています。これは未来が大きく人間にかかっていることを指摘したものです。ついで、急速に進展する科学技術革新が良い結果と悪い結果をもたらすことを指摘し、この科学技術革新と生産と市場を合理的に管理することが人間の繁栄だけでなく、地球上における種としての生き残りそのものの中核にあることを強調しています。そして、私たちはこの会議で無条件にきわめて重要な素晴らしい革新的な考えを聴いたが、主要な問題はこれらをどのようにしてリンクさせるのか、どのようにして増進させるのか、どのようにして普及させるのかであり、それは、私たちが新しい世界的意識と新しい世界的文明をつくりだしているやり方、英国のデイヴィッド・フークス (David Hookes) が言う「地球的啓蒙 (Global Enlightenment) 」のなかにあると述べています。新しい啓蒙の時代です。

問題の核心は、クリスチャンが指摘するように、いまの資本主義体制のままで良いのか、スピールが指摘するように、必要以上のものを欲しがる人間性のままで良いのか、この生物学的本能を文化の助けを借りて抑えることができるのか否かです。

私は問題を解決するためには人間の意識を変えることが必要であると考えています。これは大変難しいことです。しかし、私は、やっと、そのための方法を見つけ出しました。それは新しい思想と学問をつくりだし、人々の間に広めることです。私はそのような思想と学問がユニバーサル・ヒストリーとユニバーサル・サイエンスであると考えています。ユニバーサル・ユニバーシティーはそれらを創り出し、普及する教育・研究機関です。

世界には志を同じくする多くの同僚がいます。私はこの人々と手を携えて進んでいこうと思っています。皆さんも、ぜひ、ともに与えられた命を大切にし、毎日を悠々楽々と生きながら、いっしょに進んでいただきたいと願っています。

ご静聴ありがとうございました。

10.スピールの未来観 : ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

スピールは前記の書の最終章「未来に面して」で「ユニバースの長い未来のきわめて短い概観」について米国の物理学者フレド・アダムスとグレグ・ラフリンが1999年に出版した書『ユニバースの五つの時代:永遠の物理学の中で』 (Fred Adams / Greg Laughlin, The Five Ages of the Universe: Inside the Physics of Eternity) を紹介しています。

ここまで、この講義ではビッグ・バンによる宇宙の誕生から今日までの宇宙の過去については、「現在から137億年前」というように、現在を基準として遡って考えてきましたが、アダムスとラフリンは、ビッグ・バンによる宇宙の誕生を出発点とし、現在を「宇宙の誕生後137億年」としています。これはユニバースがダーク・エネルギー (正体不明の暗黒エネルギー、引力ではなく、遠ざけようとする斥力をおよぼすものと考えられています) の結果として拡大し続け、これからも非常に長いあいだ存在続けるという考えにもとづいています。

この長い年月を表すものとして考案されたのが、「10の x 乗年後」という「宇宙論の10年間 (cosmological decade) 」の概念です。たとえば、「10の1乗後」は「10年後」、「10の2乗後」は「10×10=100年後」、「10の3乗後」は「10x10x10=1000年後」となり、10倍ずつ増えていきます。「10の10乗後」は「10000000000=100億年後」、「10の14乗後」は「100000000000000=100兆年後」となります。

この「宇宙論の10年間」にもとづくスピールとクリスチャンの宇宙の未来年表は次のようなものです。

「スピールの宇宙の未来年表」
(1) 現在は「宇宙の誕生後137億年」であり、「10の10乗後=100億年後」を終え、「10の11乗後=1000億年後」に入っている。
宇宙誕生後「二番目の時代」、「星がいっぱいの時代 (Stelliferous Era) 」である。
太陽の残された寿命は50億年ほどである。この間に太陽の温度が上がり、輝きが増し、いまから30億年ほどのときに地球の表面が沸騰し、乾燥する。そのときまでに地球上の生命は太陽放射の増大によって存在しなくなる。人間の生命も終わる。
(2)「14番目の宇宙論の10年間=100兆年後」は銀河の中の水素雲が枯渇した結果として星の形成が終わる。
(3)その後は「退化時代 (Degenerate Era) 」。
(4)さらに、その後の「35番目の宇宙論の10年間」は「ブラック・ホール時代 (Black Hole Era) 」。
(5)最後の「131番目の宇宙論の10年間」は「ダーク時代 (Dark Era) 」。

「クリスチャンの宇宙の未来年表」
(1)「10の14乗年後」は、ほとんどの星が死に、宇宙は冷たい物体、黒い矮星、ニュートロン星、死んだ惑星 / アステロイドおよび星のようなブラック・ホールによって支配される。生き残った物質は宇宙が拡張を続けられるように分離される。
(2)「10の20乗年後」は、多くの物体が銀河から漂流し、これらの残存物は銀河のブラック・ホールに吸い込まれて崩壊する。
(3)「10の32乗年後」は、プロトンがほとんど崩壊し、エネルギーとレプトンとブラック・ホールの宇宙を残す。
(4)「10の66乗年後―10の106乗年後」は、星と銀河のブラック・ホールが蒸発する。
(5)「10の1500乗年後」は、量子“トンネリング(トンネル効果)”を経て、残存物質が鉄に変わる。
(6)「10の10乗の76乗年後」は、残存物質がニュートロン物質に転換し、ブラック・ホールに吸い込まれ、蒸発する。

これらの年表によると、現在は宇宙誕生後100億年を経て、二番目の1000億年後の時代に入り、「星がいっぱいの時代」です。太陽の残された寿命は50億年ほどです。いまから30億年ほどのときに地球上の生命は存在しなくなり、人間の生命もなくなります。宇宙そのものはこれからも長く存在しますが、いずれ、なくなります。

しかし、そこまでいくのは、まだ相当先のことです。そこで、ここでは人間の将来についてスピークによりながら、もう少し考えてみることにします。

人間が誕生し、生きていくためには水と空気と適当な温度と気圧が必要です。これは自然が与えるものです。このような条件のある「生命居住可能領域」に人間は現れました。さらに人間が生き続けるためには食べ物をはじめとする物質と暖をとったり、物を煮たり、焼いたり、機械を動かしたりするエネルギーが必要です。

スピールは複雑なものの興亡が過去全体にわたって、あのゴルディロックス境界線内の物質を通してのエネルギーの流れの結果であったとするならば、これが将来においても、そうであるだろうと予測することは理にかなっていると述べ、このような考えにもとづいて彼は将来についてのシナリオを書いています。ただし、未来学はデーターのない学問であり、彼が提起する未来についてのイメージも彼がもっともらしいと考えるシナリオであるとことわっています。

まず、エネルギーの入手可能性です。スピールはデイヴィッド・ストラーハン (David Strahan) が国際エネルギー局の資料にもとづき、2008年に英国の科学雑誌『ニュー・サイエンティスト (New Scientist) 』に発表した論文を紹介し、世界の再生不能エネルギーの枯渇予想年を伝えています。

これによると、頁岩(けつがん)を含むオイルは最大限100年、石炭も同じく、最大限100年、メタン・クラスレート(包接化合物)を含む天然ガスは最大限200年、ウラニュームは数十年間である。もちろん、この予測はきわめて大雑把なものです。すでに多くの人々が人間の化石燃料への依存はもはや長くは続かないことを理解し、太陽エネルギーの開発などに努めています。

このあと、スピールは「重要な資源の枯渇とエントロピーの増大」、「人間は他の諸惑星に移住するのか」について論じ、「まとめ」として次のように述べています。

私にとっても、他の多くの人にとっても、私たちの人間の将来についてのもっとも根本的な質問は、惑星地球の住民が多かれ少なかれ持続可能な未来の目的地に到達するために、道理ある調和にもとづいて、協力できるのかどうか、または、さまざまな社会の中での、および、さまざまな社会の間での、力の不平等な配分や豊かな人と豊かでない人との間の現在の大きな亀裂がこのような意図をめちゃくちゃにするのではないかどうかということである。

再生可能エネルギー体制のもとで、資源が、今日の豊かな社会におけるよりも、おそらく、より制限されたものとなるとするならば、主要な質問は、すべての人間が道理あるゴルディロックス境界線内で生活できるようになるかどうかということになる。加えて、エネルギーと食糧生産を必要としている惑星上のすべてが野生の種の生活と繁栄のための場所として自分の部屋を離れるかどうかである。

このような文脈のもとで、人間は生き残りと再生産のために必要とするもの以上の物質とエネルギーを入手しようとする性質が遺伝子学的に組み込まれているようだという、本書第5章「地球上の生命」で表明された考えを呼び起こすことは無駄ではないであろう。もしも、これが本当にそうであるならば、人間は地球上での彼らの存在のゴルディロックス境界線を逸脱し続けるような傾向を遺伝子学的に持つのではないだろうか。もしも、そうであるならば、私たちはこの生物学的本能を文化の助けを借りて抑えることができるのであろうか。いかなる社会的環境がこのようなタイプの行動を助けるのであろうか。さらに、持続可能性が実際に何を意味するのかはきわめて不明瞭である。人々が保持することを望むものは何かということにきわめて大きく依存しているからである。

今日この問題についてコンセンサスがないのに、将来の世代が保持することを望むのは何であるのかはさらにいっそう不明瞭であるからである。しかれども、人間がいくらかの満足感をもって良き地球上で生き残るものとすると、これは、私の子供たちを含む私たち全員が折り合わなければならないもっとも根本的な問題であるだろう。

生物学では、非不作為排除の過程は一世代だけに作用する。ある一つの種がうまく自己再生産に成功している限り、それは非不作為的に排除されてはいない。今日、私たちはこのタイプの再生産が私たちの惑星上に住む多くの人にとって多かれ少なかれ保障されている状況に直面している。それは私たちの子供たちが直面している環境がきわめて激しく変化している場合においてさえである。

私たちの問題は一世代をこえておこる緊急事態に対応しなければならないことである。経済と政治の両面において普通は短期の結果について過大な評価がつくような状況の中でかなり多くの人の間でこのような長期的文化的ビジョンを私たちは生み出すことができるであろうか。換言すれば、私たちの生物学的本能と社会的調整の両方を文化の助けを借りておさえることができるのであろうか。

このあと、スピールはチャールズ・パーシ・スノー (Charles Percy Snow) が1959年にケンブリッジ大学でおこなった講義と同年に出版した著書『二つの文化と科学革命』で提起した「科学とヒューマニズム」という「二つの文化」の概念と理論的枠組が自然科学と社会科学の再統合に貢献できるのかも知れないと述べています。

スピールは、この理論的アプローチで主要な役割を果たしているのが熱力学の第二法則であり、この法則とこのアプローチの利用が二つの文化のギャップに橋を架け、克服することに役立つと考えています。彼はこれからも偉大な過去についての彼の考えを大いに平易化するだけでなく、近い将来に人間が直面しなければならない主要な問題を明らかにするために努力すると述べています。

9.クリスチャンの未来観: ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

クリスチャンの書の第6部「将来の展望」は「近い将来:次の100年間」、「中間の将来:次の数世紀と千年紀」、「遠い将来:太陽系、銀河、ユニバースの将来」から成っています。

クリスチャンは最初の「近い将来:次の100年間」で世界の人口が2000年の60億人から2100年には100億人を超えることを予測しています。これはポール・ケネディが1994年に出版した『21世紀のための準備 (Preparing for the Twenty-First Century) 』から引用したものです。ケネディは1990年1月20日の『エコノミスト (The Economist) 』にもとづいてこの資料を作成しています。

問題はこれらの人々の衣食住を確保できるのか否かです。クリスチャンはそれを確保するためには二つの重要な措置を採らなければならないと主張しています。一つは処女資源の利用からリサイクルへの転換です。もう一つは持続可能な、汚さないエネルギー、たとえば、太陽熱、風力、水素によって動力化した燃料電池などの利用です。

次は全地球的な生態的問題と社会問題です。クリスチャンは資本主義体制にきわめて批判的です。それは資本主義の存在そのものが成長の継続に依拠しているからです。クリスチャンは次のように述べています。

これは資本主義が廃止されなければならないことを意味しているのではないだろうか。20世紀の共産主義革命が示唆しているのは、廃止されつつある資本主義が大変破壊的なプロジェクトであり、明らかに平等主義的な社会か、または、生態に敏感な社会を、いかなる場合にも、つくるようなものではないことである。

よりいっそう深刻な問題は、資本主義が現代社会の科学技術革新の推進力であり、資本主義経済が生産と販売の増大に依拠していることである。これは持続可能性との矛盾を増大させるのではないだろうか。

20世紀の生態的・政治的諸問題のいくつかが21世紀に本当に託されることになれば、現代革命の利得は未来の諸世代に委ねられることになるだろう。もしも、そうでなければ、現代革命は統御できなくなり、軍事的・生態的大惨事を引き起こす現実の危険がある。これらの大惨事は私たちの子供たちや孫たちをイースター島のような貧しい世界に置き去りにすることになるであろうし、その荒廃はいっそう大規模になるであろう。

次は「中間の将来:次の数世紀と千年紀」です。ここでクリスチャンは現代世界を形成している次のような幾つかの比較的大きな動向を取り上げ、それが未来にむけてどのようになるのかを検討しています。

第一は人口動向です。現在の人口動向が1世紀もしくはそれ以上維持され、人口増加はゆっくりと減少へと向かい、人口数は安定するか、または、減るでしょうが、平均年齢は上がるでしょう。

第二は技術革新の動向です。科学技術的創造性の現在の爆発は数世紀以上も続くでしょう。人口の安定と情報技術・遺伝子工学における科学技術革新の加速化、新しいエネルギー源の制御(多分、水素融合を含む)は、生産性の向上が多数の人々の最低水準の維持のためではなく、すべての人々の現実の生活水準の上昇のために利用されることを意味するようにすべきです。

第三は社会・経済的動向です。過去5000年間のこの動向は経済的・政治的不平等の見るべき縮小についてほとんど希望をもたらしていません。反対に、それは富の配分がより急勾配となり、もっとも弱い人ともっとも力のある人との間の差別を増大させることを示唆しています。しかし、過去1世紀の消費者資本主義の進化は、その配分の底辺にいる人々の生活水準が上がるかも知れないことを示しています。

第四は月、近くの惑星、アステロイド(小惑星)の開発です。

最後は「遠い将来:太陽系、銀河、ユニバースの将来」です。太陽はほぼ40億年前に出現し、現在はその生命の半分ほどを終えたところであり、これから、まだ、40億年ほど存在するでしょう。しかし、地球上の生命は太陽が死亡する前に死亡します。それは太陽が燃え尽きる前に地球の表面の温度が高くなり、地球上の生命がなくなるからです。

クリスチャンは本書の最後で「まとめ」として次のように述べています。

将来を予言することは危険な仕事である。ユニバースは内在的に予測できないからである。しかし、ある状況のもとで私たちはそれを試みなければならない。次の世紀についてしっかりと考えることは価値がある。私たちが今日おこなっていることが、これから1世紀生きる人々の生活に重大な影響を与えるからである。

もしも、私たちの予言が標準よりもそれほど離れたものでないとするならば、私たちはこれらの予言に照らして理性的に行動し、大惨事を避けることが出来るかも知れない。このような大惨事は深刻な生態学的退化や、資源入手の不平等の増大によって引き起こされた軍事的衝突を含む、幾つかの形態をとりうる。

この二つの問題はつながっているし、また、理知的な管理と結びついている。それは自然環境を保護し、よりいっそう持続可能な関係へと世界を導き、富に対する偏見が残っている場合でさえ、貧者の生活条件を向上させる地球経済をつくることを可能とするかも知れない。

数世紀程度については、この可能性が急速に増大し、予言する試みをほとんど無価値とするほどである。しかし、とくに、科学技術においては、妥当な未来を暗示するような大きな傾向が見られるだろう。人間は太陽圏内の諸惑星もしくは月に、多分、もっと遠くにさえ、移住するようになるだろうし、きわめて正確に発生過程を統御することを学ぶであろう。

しかし、いかなる綿密な予言も、もちろん、人間によるものか、アステロイド・インパクトのような地質的もしくは天文的現象によるものか、いずれかの原因によって生ずる予期せぬ重大事によって脱線させられることがある。宇宙論的規模では、私たちの予言はいっそう信用されるようになっている。

太陽と私たちの太陽系は40億年以内に死ぬであろう。しかし、ユニバースはそれよりも長く生き残るであろう。最近の証拠は、ユニバースの膨張は永遠に続くであろうことを示唆している。もし、そうであるならば、私たちは、ユニバースが膨張を保つように、それが、また、どのようにして衰退するのかを叙述するために、基本的な物理学的および天文学的過程についての現代の理解を利用できるであろう。

想像もつかない遠い未来の立場から見るならば、ユニバースが有しているのは、ますます減っている、ほんのわずかな、ちらほら程度の光子 (photons) と原子内微粒子 (subatomic particle) であるに過ぎないとき、この本で扱われている130億年はほんのひとときの、緑あふれる春のように見られるであろう。

クリスチャンはニコス・プランツォスの著書 (Nikos Prantzos, Our Cosmic Future: Humanity’s Fate in the Universe, Cambridge: Cambridge University Press,2000) から宇宙の未来年表を作成していますが、これについては次の「スピールの未来観」のところで紹介します。

8.ウェルズの未来観 : ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

先にも見たように、ウェルズは1895年に『タイム・マシン』を発表しましたが、この書は1924年に『H.G.ウェルズ全28巻著作集』が刊行されるさいにウェルズ自身が改稿し、新版を出しました。ここではこの改稿された新版を翻訳した石川年訳『タイム・マシン』角川文庫、2002年、によって、その内容を紹介します。

主人公は「タイム・トラヴェラー」と呼ばれるウェルズ本人です。彼は「時間を航行する機械」を発明・製作し、この機械を使って西暦80万2701年の未来に行きました。彼はいつも、80万2000年後ころの人類は、知識、芸術など、あらゆる面で、自分たちが信じられないほど進歩しているだろうと期待していました。それなのに、地球の未来に住む人々は身体の小さな小人で、そのひとりが、彼の問いに答えたとき、その知能程度は自分たちの5歳児ぐらいを示しているのを知って、失望しました。

この未来の世界は荒廃した栄華の状態でした。実に荒れていました。緑樹帯のあちこちに宮殿のような建物がありましたが、イギリスの風景を特色づけている個人住宅や小屋などはどこにも見えませんでした。「共産制度か」と彼はつぶやきました。それに続いて他の考えが浮かびました。彼の後ろについてきた6人ほどの小人を振り向きました。みんなが同じ型の衣服をつけ、同じようにやさしいひげのない顔をし、同じように少女っぽいふっくらした手足をしているのに気づきました。未来人たちが安易で保障された生活をしているのを感じました。

彼は浅瀬で溺れそうになった女の小人を助け、その女小人から感謝のしるしに大きな花束を貰いました。この女性は「ウィーナ」と言い、その愛らしさは、まさに子供の愛らしさでした。ウィーナは彼と行動をともにするようになりました。

ここには地上で生活する「エロイ」と地下で生活する「モーロック」という2種類の人間がいました。地上人エロイはひ弱な美しさへと退廃し、地下人モーロックは単なる機械的生産機構に堕してしまったかのようでした。

80万年以上前から元に戻ったとき、タイム・トラヴェラーのポケットにはウィーナが道をともに歩きながら入れてくれた二つの白い花がすっかりしおれて、ぺちゃんこでぼろぼろになりそうだが、はいっていました。ウェルズはこの本の最後で「これこそが、たとえ人類の英知と力が失われるような日が来ようとも、感謝の念やたがいに慕い合う情(こころ)だけは、なお人間の心臓のどこかに生き残るということの証拠なのだ。」と述べています。

ウェルズの未来についての見通しは明るくありません。これは第二次大戦が終わった後の1946年に出版した『世界史概観』でもそうでした。彼はこの本の70章「「人類」についての現在の見通し」で「現在、種としての人類は発狂しており、精神的自制ほどわれわれに急を要するものはないといったとしても、ほとんど誇張ではない。」と指摘しています。そして、最終の71章「1940年から44年まで――行詰まりに立った精神――」で次のように述べています。

人類(ホモ・サピエンス)」は現在の形ではへとへとになっている。天上を運行する諸星はもはや彼の運命には背をむけ、いよいよ急速に彼を終末に押しつめる運命と直面しながら彼は、よりよくその運命に適合し得るなんらかの他の動物に席をゆずらなければならないのである。

いま確かに分かっていることは、地球の活力の減退という一つの事実である。年も日もいっそう長くなっている。人間精神はなおも活動的ではあるが、それは終末と死とを追求し策を練っているのである。

著者――だが、その年齢(79歳)を忘れないでほしい――は、この世界を、回復力のない疲れきったものと見る。本書の前のほうの部分では、人間は窮状から抜け出して、人間的生活の新しい創造的段階にはいりこむだろうと考える、希望的意向が明らかにされている。過去2年間、われわれの全世界の無能ぶりに対面して、その楽観主義はきびしい懐疑に席をゆずってしまった。老年たちの振舞いは、たいてい卑屈でむかつくばかりのものであるが、青年たちも発作的で、愚かで、あまりにもたやすく惑いやすい。

人間は険しい道を登るか下るかしなければならない。そして、下っていって退場することに賛成しているもののほうが多いように見えるのだ。彼が登ってゆくとすれば、その場合、彼に要求される適応性はあまりにも大きいので、彼は人間であることをやめねばならない。ふつうの人間――読者は本章の副題を思い出すであろう――は行詰まっている。わずかな、きわめて適応性に富む少数だけが、何とか生き残れるかも知れない。残りのものは、そうしたことに心を労したりしないで、何か気のむいた麻酔か慰楽かを見つけるであろう。

これがウェルズの人生の最後の思いでした。彼が生きた1866年9月から1946年8月に至る79年余の期間は、英国が世界各地に植民地を持ち、「日没せざる国」として繁栄をきわめたときからドイツ、日本などの追い上げをうけ、第一次大戦と第二次大戦を戦い、勝利したものの、「グレート・ブリティン植民地エンパイア」の崩壊する時期でした。この間に彼は新しく登場した社会主義に関心を持ちましたが、これも彼の夢を実現するものではありませんでした。

1890年代から1920年代にかけて彼が描いた80万年後の世界は暗かったです。さらに、1920年代末から1940年代なかばにかけて世界は経済大恐慌から大戦争へと向かいました。彼は現実にこの地球上で人と人が大量に虐殺しあう地獄を見ました。こうした時代の状況がウェルズを死の直前に「ふつうの人間は行詰まっている」との心境に導いたのでした。

7.フレット・スピールの『ビッグ・ヒストリーと人間の将来』: ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

フレット・スピール (Fred Spir) はオランダのアムステルダム大学の教員で、1994年からビッグ・ヒストリーを講じ、1996年に『ビッグ・ヒストリーの構造 (The Structure of Big History) 』、2010年に『ビッグ・ヒストリーと人間の将来 (Big History and the Future of Humanity)』を出版しています。後者の『ビッグ・ヒストリーと人間の将来』は8章から成り、第1章「ビッグ・ヒストリー入門 (Introduction to Big History) 」、第2章「全般的アプローチ (General Approach) 」、第3章「宇宙の進化:複雑なものの単純な形態の出現 (Cosmic Evolution: The Emergence of Simple Forms of Complexity) 」、第4章「私たちの宇宙の隣人:より偉大な複雑なものの出現 (Our Cosmic Neighborhood: The Emergence of Greater Complexity) 」、第5章「地球上の生命:複雑なものの分布範囲の拡大 (Life on Earth: The Widening Range of Complexity) 」、第6章「初期人間史:もっとも偉大なよく知られている複雑なものの出現 (Early Human History: The Emergence of the Greatest Known Complexity) 」、第7章「最近人間史:もっとも偉大なよく知られている複雑なものの発展 (Recent Human History:The Development of the Greatest Known Complexity) 」」、第8章「未来に面して (Facing the Future) 」です。

スピールはもともと遺伝子研究の専門家であり、生化学者であり、後に文化人類学や社会史なども学んだ多彩な人です。それは『ビッグ・ヒストリーと人間の将来』に掲載されている次の「ビッグ・ヒストリーの短い年表」を見、以下の文章を読んでも分かります。

「スピールのビッグ・ヒストリーの短い年表」

(1)宇宙の進化:複雑なものの単純な形態の出現
1950年の現在から137億年前 ビッグ・バン、宇宙誕生、現在までずっと膨張を継続。
ビッグ・バン後最初の4分 素粒子、プロトン、ニュートロン、エレクトロン、ニュートリノの出現。
4-15分後 ジュウテリウム (重水素)、ヘリウム (気体元素)、リチウム (金属元素)、ベリリウム (耐腐食性で有毒の銀白色の金属元素)の核種合成。
5万年後  放射時代 (Radiation Era) から物質時代 (Matter Era) への移行
40万年後  宇宙の中和と宇宙背景放射の出現
7億年から20億年後 銀河と星の出現

(2)私たちの宇宙の隣人:より偉大な複雑なものの出現
91億年後=現在 (1950年) から46億年前 わが太陽系の出現
46-45億年前  内惑星(木星と火星との間にある小惑星帯 (the asteroid belt)
より内側にある惑星 (水星・金星・地球・火星) の出現
45-39億年前  宇宙衝撃を含む冥王代 (Hadean Era)

(3)地球上の生命:複雑なものの分布範囲の拡大
38-35億年前  生命の出現
34億年前    最古のストロマトライトと光合成の出現
20億年前    大気圏に自由な酸素出現、真核生物細胞出現
5億4000万年前 カンブリアン紀に複雑な生命体急増
4億年前     生命体が地上に出る
2億年前     温血動物の出現
6300万年前   アステロイド・インパクトがおそらく恐竜の君臨を終わらせ、哺乳類のための部屋をつくったのであろう。

(4)初期人間史:もっとも偉大なよく知られている複雑なものの出現
400万年前    二本足のアウストラロピテクスの出現
200万年前    ホモ・エレクトスの出現
20万年前     ホモ・サピエンスの出現

(5)最近人間史:もっとも偉大なよく知られている複雑なものの発展
1万年前     農業の出現
6000年前    最初の国家の出現
500年前     グロバリゼーションの第一の波
250年前     グロバリゼーションの第二の波(工業化)
60年前      グロバリゼーションの第三の波(情報化)

スピールのキーワードは「複雑なもの」です。ビッグ・バンのとき「複雑なもの」は存在しませんでした。それが「放射時代」にもっとも小さな規模で「複雑なもの」が出現し、「物質時代」に原子と分子の規模で「複雑なもの」が出現しました。「銀河形成」のときに、より大きな規模で「複雑なもの」が出現しました。星が出現しました。

銀河のなかの太陽系の地域を「銀河系のハビタブル・ゾーン (The Galactic Habitable Zone) 」と言います。「生命居住可能領域」です。人間が住むためには水と空気が必要であり、寒すぎでも、暑すぎでもなく、適当な気圧という環境が必要です。このような環境を英国の童話「ゴルディロックス(女の子の名前)と3匹の熊」に因んで「ゴルディロックス環境 (Goldilocks circumstances) 」と言います。工業生産には農耕や動物飼育よりも厳しい条件が求められ、工業社会は、通常、摂氏マイナス20度からプラス35度の間の温度地帯に出現します。地球にはこのような環境が揃っていました。だから、「もっとも偉大なよく知られている複雑なもの」人間が出現し、発達しました。人間は「複雑なもの」の最たるものです。

6.W.H.マクニールの『世界史』: ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

米国の歴史家ウィリアム・H・マクニール (William H.McNeil) はクリスチャンの著書に序文を寄せ、この著作を天と地球とを運動の不変の3法則のもとで統合した17世紀のニュートンや人類と他の生命体とを単一の進化過程のなかで統合した19世紀のダーウィンの著作にも比する「偉大な業績 (a great achievement) 」と高く評価しています。

マクニール自身は1963年に『西洋の興隆 (The Rise of the West) 』を出版して注目を浴びた世界史家であり、この書にもとづいて、1967年に『世界史 (A World History) 』を上梓しています。この『世界史』は版を重ね、1999年に第4版が出版されました。ここでは第4版の訳書(増田義郎・佐々木昭夫訳『世界史』上下、中央公論新社、2008年)を参照しました。マクニールは次のように書いています。

ホモ・サピエンスが原(プロト)人類の集団の間から出現したとき、人間の歴史は始まる。その歩みは、さだめしひじょうにゆっくりしたものであったにちがいないが、約十万年前の時代までに、生物学的に現代人の特徴をそなえたいく種類かの人間が、ばらばらに狩猟民の小集団をなして、アフリカのサヴァンナ地帯をさまよい歩き、おそらくはアジアの生活条件のよい温暖な地帯に住みついていたと思われる。

かりに現生人類がひとつの地理的中心で生まれたとしても、そこから最古の人類が四方に広がった状況は、なにひとつたしかにわかっていない。小さな生物学的変化がおこったであろうことは、現在の人類の間で見られる人種のちがいを見ればわかる。しかし、いつどこで現在の人種が形成されたかは不明である。しかし、幸い歴史家はそのような問題を不問に付してかまわない。なぜかと言うと、歴史時代を通じて人間の行為に影響を与えている変数は、われわれの知る限り、さまざまな人間集団の中における生物学的変種とは一応無関係と考えられるからである。

いや、文化の差異ですら、はじめのうちはあまり顕著でなかった。

マクニールは20世紀末においても歴史を10万年ほど前から論じ始め、本格的に論じているのは5000年ほど前のシュメル文明からです。これが20世紀末における世界史家の常識でした。

5.デイヴィッド・クリスチャンの『時間の地図』: ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

デイヴィッド・クリスチャン(David Christian)が2004年に出版した『時間の地図 (Maps of Time) 』は、第1部「生物のいないユニバース (The Inanimate Universe) 」、第2部「地球上の生命 (Life on Earth) 」、第3部「初期人間史:多くの世界 (Early Human History: Many Worlds) 」、第4部「完新世紀:幾つかの世界 (The Holocene: Few Worlds) 」、第5部「現代:一つの世界 (Modern Era: One World) 」、第6部「将来についての展望 (Perspectives on the Future) 」から成っています。この書については、辻村伸雄が『地球宇宙平和研究所所報』第2号、2007年の「大きな歴史――歴史研究のコスモナイゼーション――」で比較的詳しく紹介していますので、ここでは、2011年に再版された原書第2版に掲載されている130億年前のビッグ・バン(Big Bang) による宇宙誕生から1991年のソヴェト崩壊までの諸年表と巻末付録の地球の地質年表などを中西が整理し、紹介するに止めます。

「クリスチャンのビッグ・バンからソヴェト崩壊までの年表」

(1) 太陽以前のユニバースの歴史 (130億年前から45億年前まで)
130億年前 ビッグ・バン、ユニバースの誕生と膨張
        宇宙背景放射の放出 (Release of cosmic background radiation)
120億年前 最初の星、銀河 (First stars and galaxies form)
最初の超新星;新元素の創造 (First Supernovae; creation of new elements)
46億年前  冥王代 (Hadean Era) 現在使われていない
太陽、地球、太陽系形成 (Sun,Earth,solar system formed);月形成(Moon formed)
地球溶解:分化 (Earth melts down:differentiation)

(2)地球と地球上の生命の歴史 (45億年前から)
40億年前  始生代 (Archean Era) 太古代ともいう
地球上のもっとも早い生命か (Earliest life on Earth?) 原核生物 (Prokaryota)
35億年前 もっとも早い組織化石:ストロマトライト(藻類によってつくられたラミナ状の構造をもつ球状あるいは円柱状の石炭岩質の化石)(Earliest fossils of organisms: stromatolites)
25億年前  原生代 (Proterozoic Era) 太古代と合わせて先カンブリア時代(隠生代)という。古生代カンブリア紀以降今日までを顕生代という。
大気圏の酸素増大 (Oxygen in atmosphere increasing)
15億年前  最初の真核生物組織 (First eukaryotic organisms) 最初の性的再生産か (First sexual reproduction?)
10億年前  ロジニアの超大陸 (Supercontinent of Rodinia)
5億9000万年前 原生代エディアカラン紀 (Ediacaran period) もっとも早い多細胞組織 (Earliest multicelluar organisms)
5億7000万年前 古生代 (Paleozoic Era) カンブリア紀 (Cambrian period) 貝殻をつけたもっとも早い組織 (Earliest organisms with shells)
5億1000万年前 古生代オルドビス紀 (Ordovician period) 最初のサンゴ、脊椎動物 (First corals, vertebrates)
4億3900万年前 古生代シルル紀 (Silurian period) 最初の骨のある魚、最初の木 (First bony fishes, first trees)
4億900万年前 古生代デボン紀 (Devonian period) 最初のサメ、両生類 (First sharks, amphibians)
3億6300万年前 古生代石炭紀 (Carboniferous period) 最初の爬虫類、羽のある昆虫;炭層形成 (First reptiles, winged insects; coal formation)
3億年前   シベリア、ヨーロッパとつながり、超大陸パンガエア形成 (Siberia joins Europe, forming supercontinent, Pangaea)
2億9000万年前 古生代ペルム紀 (Permian period) 大量絶滅(Mass extinctions)
2億5000万年前 中生代 (Mesozoic Era) 三畳紀 (Triassic period) 最初の恐竜、トカゲ、哺乳類 (First dinosaurs, lizards, mammals)
2億800万年前 中生代ジュラ紀 (Jurassic period) 最初の鳥 (First birds)
1億4600万年前 中生代白亜紀 (Cretaceous period) 最初の花咲く木;有袋類 (First flowering  plants ; marsupials)
1億年前   インド、南極大陸から分離 (India breaks from Antarctica)
6500万年前 新生代 (Cenozoic Era) 暁新世紀 (Paleocene period)アステロイド・インパクト (小惑星衝突);恐竜絶滅、哺乳類の放散、花咲く木;最初の霊長類 (Asteroids impact; dinosaurs extinction,radiation of mammals, flowering plants; first primates)
6000万年前   北アメリカ、ヨーロッパ割れる;大西洋形成 (North America,Europe split; formation of Atlantic Ocean)
5700万年前  新生代始新世紀 (Eocene period) 最初の類人猿 (First apes) gorilla, chimpanzee, orangutanなど尾のない大形サル。
5500万年前  初期の馬 (Early horses)
5000万年前  オーストラリア、南極大陸から割れる (Australia splits from Antarctica)
4500万年前  インド、ユーラシアと衝突 (India collides with Eurasia)
3600万年前  新生代漸新世紀 (Oligocene period) 初期のヒト上科 (Early hominoids) ヒトと類人猿を含む
3500万年前  新世界サル (New World monkeys) 霊長類のうち小形で尾のあるサル。
2500万年前   草が進化、草食動物の進化をもたらす (Grasses evolve,allowing evolution of herbivores)
2300万年前 新生代中新世紀 (Miocene period) ヒトと類人猿の系統分離 (Separation of hominid and ape lines)
2000万年前 類人猿系とサル系、分離 (Ape,monkey lines separate)

(3)人間史の旧石器時代 (The Paleolithic Era) (700万年前から1万年前まで)
700万年前  最初のヒト (First hominine)、二本足ヒトのもっとも早い痕跡 (Earliest remains of bipedal hominine)
520万年前  新生代鮮新世紀 (Pliocene period)
500万年前  アルディピテクス属ラミダス猿人 (Ardipithecus ramidus)
400万年前  最初のアウストラロピテクス属猿人 (First Australopithecines)
300万年前  ホモ・ハビリス (Homo habilis)
200万年前  ホモ・エレクトス/エルガスター (Homo erectus/ergaster)
最初のヒト、南ユーラシアへ移住 (First homominine imigrations to South Eurasia)
160万年前 新生代洪積世紀 (Pleistocene period)
100万年前 アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス絶滅 (Australopithecines, Homo habilis extinct)
20万年前 現世人がアフリカにいたもっとも早い確かな証拠 (Earliest possible evidence of modern humans in Africa)
10万年前  最後の氷河期はじまる (Last ice age begins)
ネアンデルタール人;ホモ・エレクトス絶滅 (Neanderthals;Homo erectus extinct)
現世人、南西アジアに (Modern humans in Southwest Asia)
7万5000年前 現世人、オーストラリア/サフルに (Modern humans in Australia/ Sahul)
5万年前   現世人、北ユーラシアに (Modern humans in northern Eurasia)
2万5000年前 現世人、アメリカスに (Modern humans in Americas)
1万2000年前 氷河期終結;農業開始 (End of ice age; beginnings of agriculture)
1万1000年前 近東での農業のもっとも早い証拠 (Earliest evidence of agriculture in Near East)

(4)人間史の完新世紀 (過去1万年)
1万年前   新生代完新世紀 (Holocene period) ポスト氷河期の人間史 (Post-Ice Age human history )
南東アジアでの農業のもっとも早い証拠 (Earliest evidence of agriculture in Southeast Asia)
6000年前  ロシア・ウクライナ・カザフスタンでの家畜飼育の証拠 (Evidence of pastoralism in Russia, Ukraine, Kazakhstan)
アメリカスでの農業の証拠 (Evidence of agriculture in Americas)
5000年前  最初の都市と都市国家 (First cities and city-states) 最初のエンパイア (First empires)
3000年前  世界的諸宗教の成立 (Foundation of world religions) 最初の超エンパイア ペルシャ (First superempire Persia)
1000年前   中国宋王朝 (Sung dynasty in China)
800年前   モンゴル・エンパイア(Mongol Empire) 、最大の家畜飼育エンパイアの成立(Foundation of largest pastoral empire) (Genghis Khan,ca.1220 CE) マルコ・ポーロ (Marco Polo)
700年前  黒死病 (Black Death) ペスト
600年前    コロンブス、アメリカへ航海 (Columbus sails to America)
400年前  ニュートン (Newton)
300年前   アメリカ独立戦争 (American War of Independence)
蒸気機関 (Steam engine)
工業革命 (Industrial Revolution)
フランス革命 (French Revolution)
100年前  アインシュタイン (Einstein)
第一次世界戦争 (First World War)
ロシア革命 (Russian Revolution)
第二次世界戦争 (Second World War)
最初の核兵器 (First nuclear weapon)
ソヴェトの崩壊 (Collapse of Soviet Union)

以上見てきたように、ビッグ・ヒストリーはビッグ・バンから今日まで130億年間ほどの出来事を対象とする大きな歴史です。数字はあまり厳密に考えなくて結構です。おおよその年として理解して下さい。

なお、ついでながら、辻村伸雄は前記の論文103ページの表2「人類史の時期区分」で第一の時代を「3万/2万5000年前-1万年前」としていますが、これは辻村自身が誤記であることに気づき、「30万/25万年前-1万年前」と訂正しています。『所報』編集部から正式の訂正が出ていないので、このさい、訂正しておきます。