月別アーカイブ: 2011年12月

地球宇宙平和研究所所報 第6号 発刊

事務局

『地球宇宙平和研究所所報  第6号』地球宇宙平和研究所、2011年12月、定価1,000円。

目次

特集「武漢大学シンポジウム」
9・18事変へのソ連・コミンテルンの対応と日中関係/中西 治
「九一八事変と日中関係」国際シンポジュウム報告 ロシア極東のエネルギー開発を巡る現在の日露及び中露関係/岡田 邦生
4回目の訪中随想/浪木 明
9・18事変シンポジウムに参加して/遠藤 正雄
短編小説『上海の月』/岡田 邦生

論文
政軍関係研究とオスマン帝国の動向/岩木 秀樹
ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)―時期区分を中心として―/中西 治

研究ノート
中西治「ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(1)」補説 ―時期区分の改訂によせて―/辻村 伸雄

24. #2 「火の制御利用」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「火の制御利用 (taming of fire) 」

火は長い間まわりにあったし、落雷によって、しばしば、生じた。

火を必要なときに作れること、もしくは、最初に、自然の火からか、または、保管されている火から火を得、それを望むときに使用できるようにすることによって、人間は寒いところで生き、暗くなってからも働き、暗くて、おそらく、危険な場所で生活し、夜に動物を追っ払い、保存するために食べ物を料理することが可能になった。

発火技術はその習得がきわめて難しい。それは、おそらく、よりいっそうの労働の専門化を意味するだろう。この労働の専門化とは、人間が火のすき (fire plow) 、火起こし錐 (fire drill) 、燻し火の束 (smudge bundle) 、および、葉巻たばこ (cigar) として知られるような物などの単純な技術を用い始めることであった。

23. #3 「傾斜板のような単純な器具」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「傾斜板のような単純な器具 (Inclined plane simple machine) 」

ともかく、ランプ (ramp:傾斜通路) を考えないでいただきたい。ブレード (blades:刃) 、ウェッジ (wedges:くさび) 、シュート (chutes:管・樋など) 、スライド (slides:滑り台) 、スクリュー (screws:ねじ・船のスクリューなど) を考えていただきたい。

ランプもこの種の器具に入るが、もっと身近な形の変わったものを見よということである。それがここで言う単純な器具である。

東アフリカのオルドバイ峡谷 (Olduvai Gorge) で発掘された 190 万年前の斧・大きな包丁のコア (chopper cores) は、物をつくろうとするはっきりとした努力を示している。

彼らは狩りのためと同じように、切断し、解体するためにも隠れ場を利用していた。

このような技術がクロービスポイント (Clovis point) の矢の高い芸術とアルキメデスのスクリュー水ポンプ (screw water pump) のいっそう高い芸術に到達した。
スクリュー水ポンプは運河と川からポンプで水を汲み上げ、汲み出し、スクリューの単純な曲がりを持ったかんがい用水路に流すことによって水のかんがいを可能にした。

22. #4 「レバーのような単純な器具」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「レバー (てこ) のような単純な器具 (Lever simple machine) 」

単純な器具の種類はたくさんある。レバーは、多分、そのもっとも古いものの一つであろう。これによって人々は器具についての努力をさらに強めている。

ハンマー (hammers) とすき (plows) は、人が手とか、道具 (tool) を使って土地を掘る努力をする代わりに、いまではそこで器具を使ったほうが便利であることを示している。農民はすきでより深く掘り、より遠くへ土を動かし、より大きな力を持っている。

アルキメデス (Archimedes) は次のような有名な言葉で、その考えを表明した。

「私にレバーを持って立つ場所を与えよ。私は世界全体を動かすであろう。」

事実、レバーの考えはそれが発明されて以来、全世界を動かした。

21. #5 「象徴的コミュニケーション」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「象徴的コミュニケーション (Symbolic communication) 」

人間 (human beings) は洞窟 (cave) の壁画 (painting) から出発して、時と空間をこえて、互いに通じ始めた。それは単に面と向かってだけではなかった。

人がシンボルをとおして人々と通じることが出来るという考えは、情報と言語を具体化することを可能にした。それは私たちに情報の宝庫を与えた。

この情報の宝庫は、あなたがフランスのラスコー (Lascaux) 洞窟の壁画を描いたのか、それとも、はるかかなたからラクダによって運んでこられた時期などを表示した、エジプトのアスワンのカウンター (counters) を見つけたのか、それがどのようにおこなわれたのかを、誰かに示し、正確に伝えられることを必要としなかった。

同じ時に、シュメールの象徴的コミュニケーションはくさび形文字に発展し、押し固められた葦はやわらかい粘土とそれを焼いたものに発展した。

私たちはくさび形文字についての驚くべき結末を知っている。それは、粘土の刻板を脱するのが実際に難しかったからである。

20. #6 「衣類」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「衣類 (clothing) 」がなければ、人々は温かくて、乾いたところに居なければならない。なめした動物の皮で覆われることから、ある形に合わせてその動物の皮を縫う針の使い

方を理解するまでに長い時を要した。布を織り、そして、仕立てた衣服 (clothes) 、重ね着の

衣服を作るのにさらに長い時を要した。

石器時代、殺したものを食べるだけではなく、また、それを着た。

私たちは、オーストリア・アルプスの氷河が退いたときに発見された、銅器時代の猟師、ウッゼ (Utze) の衣服を再現することができた。

彼は断熱のために草を裏に用いたスノー・シューズを履いていた。彼は編み合わせた草で作られたケープを持ち、洗練された動物の皮のバッグを身の回り品みとして持っていた。

彼は誰かに矢でうたれて死に、この氷河の中で凍えるまで、本当に幸せなさすらい人であった。

19. #7 「農場」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「農場 (farming) 」は、実に、長い期間にわたる科学技術革新の一つの鎖である。

家畜化された最初の動物は一般に紀元前 1 万 5000 年ころの犬であると考えられている。馬は中央アジアのステップで紀元前 5000 年ころに家畜化された。馬の首あては馬を農場で有用な家畜にするものであり、それはさらに 4000 年待たなければならなかった。

植物の栽培はひょうたんとともに始まった。のどが乾いたときのために、ひょうたんを水筒として持参した。

あなたが狩りに行ったとき、水を持って行けなかったら、どのようになるのか、想像されたい。あなたは水のあるところのすぐ近くに立ち寄らないといけないであろう。ひょうたんを持っていたならば、さらに進んで、作物や動物の群れにもっと近づけたであろう。

小麦が、おそらく、米までは、世界でもっとも重要な作物であったであろう。太陽の光のもとで栄養物に転換し、食用に適する物質となる、もっとも効果的な作物である米が登場するのは 5000 年ほど後である。

動物と植物の飼育・栽培から水力農業へ (この植物の人工かんがいのアイデアは肥沃な三日月地帯で発展した) 、さらに、すきでの耕作と植物輪作の発想、化学肥料 (これは 17 世紀まで普及しなかった) 、人工ニトロ化学肥料 (これは 20 世紀初めに合成できるまで普及しなかった) 、最後は、 1960 年代初めの緑の革命まで、農場は前例のない経済的剰余をつくり出す能力を私たちに与えた。その多くが、ここに掲げた科学技術革新のその他のものを私たちに与えた、と言える。

18. #8 「陶磁器」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「陶器 (ceramics) と磁器 (pottery) 」。

古代人が火の底で発見したのはくぼみだけではなかった。くぼみの他の物の一つは、粘土 (clay) のかけらであった。それは繰り返し燃やされることによって、硬くなり、多孔度が低下していた。

こうしてあなたは粘土の瓶を作る能力を身につけた。最初は穀粒のような乾いた物を保管した。ついで、液体を保管できる焼いた粘土、最後は土器・陶器類 (earthenware) 、陶磁器類 (stoneware) 、磁器 (porcelain) 。それはやがて中国人の手によって高度な芸術となった。

紀元前 6600 年、シリアにおいて発掘された簡単な粘土製の壺に始まって、今日では、きわめて立派なトイレットに至るまでの全行程を前進してきた。それはガラスに似た陶器であり、粘土を鋳型に入れ、燃やすという同様の過程を経て作られた。

私たちのマイクロエレクトロニクスもまた磁器と陶器に負っており、そのお陰を蒙っている。コンピュータ・チップは陶器の回路基盤の上に組み立てられており、それがコンピュータ・チップから熱を遠ざけている。陶器がなければ、チップは発火するし、あなたの携帯電話は働かない。

17. #9 「冶金学」: ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(2)

中西 治

「冶金学 (metallurgy) 」。

古代の人々は火を燃やし、それで暖をとっていた。少し後に彼らは火の底にくぼみ (pit) を見つけた。そして、そこに何かがあることに気付いた。それは彼らが扱いなれていたある種の石よりも硬かった。

それは何か。それで何ができるのか。発展は銅、銀、金から始まり、紀元前 4400 年ころに初めて採掘され、溶解された柔らかい金属に及んだ。さらに、ある種の金属を混ぜ合わせる考えに進んだ。たとえば、銅と錫を合金すると、青銅ができた。それはより硬い、より耐久力のある金属となった。鉄時代となり、最後は鋼鉄となった。

実際、ダマスカス鋼鉄 (Damascus steel) は多分、溶鉱炉から作られたカーボン・ナノチューブ (carbon nanotubes:炭素六員環が基本となって形成された中空円筒構造) としてナノテクノロジーに使用された最初の例である。それは鋼鉄を著しく硬くしたが、脆くはなかった。金属細工は科学と芸術の両方に適した。

ジャレド・ダイアモンド (Jared Diamonnd) の『銃・細菌・鉄:人間社会の運命』 (Guns, Germs and Steel: The Fates of Human Societies) (1997 年) の理論の中では、鋼鉄が西洋支配の三脚の三つ目の脚である。

真珠湾攻撃・日米戦争開始70周年にあたって

中西 治

1941(昭和16)年12月8日、70年前の今日、私は当時、国民学校3年生、8歳であった。

早朝、「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋において米英両国と戦闘状態に入れり。」というラジオ放送で真珠湾攻撃・日米戦争の開始を知った。大変なことが起こったと思ったが、興奮はしなかった。案外冷めていた。

戦争は私が生まれる前の年、1931年9月18日の「満州事変」によってすでに始まっていた。1937年7月7日の「支那事変」によって戦争は中国大陸全土に広がっていた。それがさらにハワイ、香港、シンガポールにまで拡大した。子供心にこのように小さな国の日本があのように大きな国の中国や米国と戦争をして勝てるとは思わなかった。

「清水の舞台から飛び降りた。」それは自死行為であった。

国民学校の先生は教壇に立って、黒板の真ん中に世界地図を張り、「これを見よ。日本は世界の中心にある。空に一つの太陽しかないごとく、世界を支配する国は一つしかない。それは日本である。」と説いていた。あまり説得力はなかった。

1945年に戦争は終わり、日米間では講和条約が結ばれ、平和は回復したが、米国軍はまだ日本にいる。沖縄に行ってみよ。沖縄に米軍基地があるのではなく、米軍基地の中に沖縄がある感じである。「沖縄が返らない限り、戦後は終わらない。」といわれたが、「沖縄から米軍基地がなくならない限り、戦後は終わらない。」戦争はまだ完全に終わっていない。

私はいま「2045年に世界はどうなるのか」を考えている。第二次大戦終結100周年の年である。日本にある米軍基地の問題もこの年までには解決しなければならない。

私たちは2011年12月18日に中国から客人を横浜に迎えて「真に友好的な日中関係の未来をめざして」語り合う。こうした人民レベルの真の友好が世界の平和を守る保証である。
私はこれからもそのために努力する。

2011年12月8日午前6時
横浜にて