月別アーカイブ: 2010年1月

沖縄・名護市の皆さんへ

中西 治

1 万 7950 人の皆さん
ありがとうございます。
皆さんの一票のおかげで私は勇気づけられました。
私の思いは独り善がりではなかったことを。

1 万 6362 人の皆さん
ありがとうございます。
皆さんの思いは分かります。
1 万 7950 人と仲良くして下さい。

あの戦争に生き残った人々であり、その子孫ではありませんか。
ここで争ってはあの戦争で亡くなった両親や祖父母に申し訳ないではありませんか。

戦後 65 年、やっと出発点に立ちました。
ともに、沖縄の平和のため、日本の平和のため、アジアの平和のため、地球の平和のため、すべての人間の幸せのために努力しましょう。

人間はみな同じです。
米国人も同じです。
思いは同じです。

新春講演会、開かれる

中西 治

2010 年 1 月 17 日 (日) 16 時 15 分から 2 時間以上にわたって「かながわ県民センター」で恒例の新春講演会が開催されました。講師は中国武漢大学日本研究センター執行主任熊沛彪教授、演題は「東亜国際体制の変遷と東アジア共同体について」でした。教授の中国での学生で、現在日本に留学中の方々も参加され、活発な論議が展開され、予定の時間をはるかにこえました。

初めに、教授は東アジアの国際体制の歴史を概観しました。論は、古代中国を中心とする華夷体制に始まり、 1920 年代のワシントン体制、 1930 年代から 40 年代にかけての東亜新秩序、第二次大戦後の冷戦体制への従属、冷戦後の「一超諸強 (唯一の超大国米国と諸強国の並存) 」とグローバル時代の到来、東アジア共同体構想の登場に及びました。

ついで、教授はこの構想の問題点を五つ指摘しました。政治体制の多様性、経済発展の不均衡、文化背景の相違、現実の矛盾と対立、安全保障協議の欠如です。

教授は自由貿易協定 (Free Trade Agreement) を大変重視し、 2010 年 1 月 1 日の ASEAN (東南アジア諸国連合) と中国との自由貿易協定を、ヨーロッパ、北アメリカに継ぐ三番目の共同体の発足と位置づけました。 ASEAN と中国のあいだにはすでに共同体が形成されていると言うのです。日本と韓国が加入していないので不完全な東アジア共同体です。

結論として、教授は東アジアとヨーロッパ・アメリカは違うので、アジアでは東洋の思想や知恵を活用しながら、新しい共同体のパタンを創造しなければならないと主張します。

これに対して受講者から、東亜の範囲は、共同体はどのような方向に向かうのか、ユーラシア共同体の可能性は、社会主義の理念は、中国は共同体についての理論をどこの国、誰に学ぶのか、宗教は理念になりうるのか、中華人民共和国は EU (ヨーロッパ連合) のような共同体であり、さらに、東アジア共同体をつくる必要があるのか、中国が東アジア共同体構想に賛意を表しているのは国際協調の一環ではないのか、などの質問が出されました。

これらの論議の続きは 2011 年に武漢大学で開かれる予定の私たちの研究所と武漢大学との共同シンポジウムでおこなうことになります。

熊教授の講演のビデオを DVD 化し始めています。完成次第、放映し、ユニバーサル・ユニバーシティ・インターネット (UUI) を発足させます。DVD を放映していただける方、 1 月 31 日までに中西にご連絡下さい。よろしくお願いします。

2010 年 4 月 18 日 (日) 午後に「横浜市青葉区民センター」で理事会と研究会、 5 月 16 日 (日) 午後に「かながわ県民センター」で総会記念講演会と総会を開催します。
いずれも詳細が決まり次第、それぞれ改めてお知らせします。

良い愉しい日々を!

新春講演会・新年宴会と2010年度の文化学術交流について

中西 治

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

来る 1 月 17 日 (日) 16 時 15 分〜 18 時に恒例の新春講演会を開催します。講師は中国武漢大学国際問題研究院 (大学院) 日本研究センター執行主任熊沛彪教授です。演題は「東亜国際体制の変遷と東アジア共同体について」です。講演は日本語でおこなわれます。参加費は会員・非会員とも無料です。場所は横浜駅西口から歩いて 5 分の「かながわ県民センター」 (電話 045-312-1121) 711 号室です。グローバル・アカデミーの場所とは違いますので、お間違いのないようにお出で下さい。

講演会のあと 18 時〜 20 時に新年宴会をおこないます。場所は講演会場向かいビル地下一階の「津多屋」 (045-290-1682) です。 会費は 3 千円程度です。

2010 年度の文化学術交流は中国上海の万国博覧会 (2010 年 5 月 1 日〜 10 月 31 日) 参観と上海の研究者との交流およびロシアのモスクワ・ウラジオストクでのシンポジウム開催を予定しています。朝鮮・キューバ・ベトナムやその他との交流も歓迎します。いずれの交流も参加予定者を中心に計画を作成しますので、参加希望者は 1 月末までに中西に連絡して下さい。いまは行く予定であるが、実際には行けなくなっても結構です。文化学術交流には双方の都合を調整する必要がありますので、その準備に少なくとも半年は掛かります。希望者がおられない場合、交流は実施しません。

2011 年は研究所設立 10 年の年です。2010 年から 2012 年にかけての研究所の事業・活動についてご意見・ご要望をお寄せ下さい。

2010 年の新春に寄せて ―真に友好協力的な新しい日米関係を!

中西 治

新年おめでとうございます。

21 世紀の最初のゼロ年代が終わり、 10 年代が始まりました。

2009 年に米国でオバマさんが「チェンジ (変革) 」を掲げて大統領になり、日本で鳩山由紀夫さんが「政権交代」を掲げて首相になりました。日米両国で変革の時代が始まりました。

オバマさんと鳩山さんが当面している問題は、沖縄にある米軍普天間飛行場の返還問題であり、日米関係の問題です。

日米関係は 1853 (嘉永 6) 年の黒船来航以来、次の三つの時期を経て発展してきました。

第一は 1854 (安政元) 年の神奈川条約の締結による開国から 1911 (明治 44) 年の条約改正に至るまでの不平等条約の 57 年間。第二は 1911 年から 1945 (昭和 20) 年の日本の敗戦までの摩擦と戦争の 34 年間。第三は 1945 年から 2009 (平成 21) 年までの占領と安全保障体制下の 64 年間。

オバマさんも、鳩山さんも、ともに変化を掲げて当選したのですから、米軍普天間飛行場を日本に返還し、新しい日米関係の時代を切りひらくべきです。

彼らは現在を安保体制から真に友好協力的な新しい日米関係を確立するための移行期にしなければなりません。

ところが、現実はそのように動いていません。

オバマ政権の国務長官はヒラリー・クリントンさんです。彼女は沖縄に関する特別行動委員会 (SACO) が普天間飛行場の返還を決めた最終報告書を発表した 1996 年の大統領ビル・クリントンさんの夫人です。最終報告書では普天間飛行場の代替施設を海上に作ることが決まりました。具体的に名護市辺野古への移転が決定したのは 2006 年でした。

国防長官はブッシュ息子政権以来のゲーツさんです。 ゲーツさんはブッシュ父政権時代の 1991 年に中央情報局 (CIA) 長官に任命された最初の生粋の CIA 要員です。ゲーツさんは 1993 年まで CIA 長官を勤めたあと、大学教員に転じましたが、 2006 年にラムズフェルドさんの後任として国防長官になり、オバマさんが大統領になったあとも国防長官として留任しています。ゲーツさんは共和党員ではないと言われていますが、ブッシュ親子とは密接な関係にあります。

オバマさんはゲーツさんを国防長官に留任させざるを得なかったことによって重い過去を引きずることになりました。アフガニスタン戦争の継続と普天間飛行場の辺野古への移転です。

鳩山さんはもともと自民党の政治家です。彼は 1993 年に自民党を離党し、新党さきがけを結成しました。同年 8 月に細川内閣が発足すると、官房副長官になりました。その後、新党さきがけは羽田内閣 (閣外協力) 、村山内閣 (閣内協力) 、第一次橋本内閣 (閣内協力) と協力関係にありました。第一次橋本内閣のとき菅直人さんは厚生大臣を務めました。

1996 年 11 月に第二次橋本内閣が発足しましたが、それに先だつ 1996 年 9 月に鳩山さんと菅さんは旧民主党を結成し、ともに代表になりました。 1996 年 12 月に SACO 最終報告書が発表されたときにも、 2006 年に辺野古への移転が決まったときにも、鳩山由起夫さんと菅直人さんはこれらに直接かかわっていません。

彼らは先の総選挙で米軍普天間飛行場の県内移転に反対し、沖縄の全選挙区をはじめ、全国で大勝利しました。

ゲーツさんは激しい反撃に出ています。鳩山さんはたじろいでいます。鳩山さんは、これは日本国民の要求であり、選挙によって政権が変わったのであるから、政策が変わるのは民主主義国家では当然のことである、と主張すれば良いのです。国際社会ではよくあることです。米国も民主主義国家であるのならば、理解できるはずです。

日本政府は移転先などを考える必要はありません。どこへ移しても、移されるところは大変迷惑を蒙るのです。それは米国が考えればよいのです。一番良いのは基地をなくすことです。どうしても必要ならば、自国内に作れば良いのです。

オバマさんと鳩山由紀夫さんは 20 世紀後半の日米安全保障体制から 21 世紀の真に友好協力的な日米関係を確立する移行期の指導者にならなければなりません。

この問題を最終的に解決するのは日米両国の主権者である人民です。

日本人自身も日本にある米軍基地について、日米安全保障条約について、日米関係について真剣に考えなければなりません。

今年が普天間飛行場問題を解決し、真に友好協力的な新しい日米関係を確立するための年となることを願っています。

私もそのために努力します。

2010 年元旦