月別アーカイブ: 2008年4月

ネパール情勢 II:制憲議会選挙結果について

植木 竜司

ネパールで4月10日に行われた制憲議会選挙の結果が出揃った。正式に当選者が確定するのは各政党が提出する名簿を選挙管理委員会が承認してからであり、承認後3週間以内に制憲議会が開かれることとなっているから、5月中には開会する見通しである。

結果は日本でも報道されているとおりネパール共産党マオイストが220議席(比例100 )を獲得し第一党となった。以下、ネパールコングレス党が110議席(比例73)、ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義が103議席(比例70)、マデシ人権フォーラムが52議席(比例22)、タライ・マデシ民主党が20議席(比例11)、ネパール友愛党9議席(比例5)と続いている。小選挙区で議席を獲得できなかった王制派政党国民民主党も比例区で8議席を獲得した。

マオイストは比例区でも最も議席を獲得した政党となったが、小選挙区では240選挙区中120選挙区で勝利したのに対し、比例区では335議席中100議席、得票率29.28%であり伸び悩んだといえるであろう。

結果、マオイストは第一党を獲得したが、定数601、(非選挙枠/政府推薦議員26議席)に対し、過半数には遠く及ばなかった。もともと暫定憲法では制憲議会選挙における首相指名等には全議席の三分の二が必要であったため、これから連立工作が行われることとなる。その際、ネパール南部タライ地域を基盤とした政党である第4、第5党であるマデシ人権フォーラム、タライ・マデシ民主党がキャスティングボートを握ることとなるであろう(ちなみに第6政党ネパール友愛党もタライ地域を基盤とした政党)。今回、海外報道ではマオイストが第一党になったことばかりに注目が集まっているが、ネパール国内では特にマデシ人権フォーラム、タライ・マデシ民主党といった南部の地方/民族政党が議席を多く獲得したことにも大変注目が集まっている。

ネパールは地形区別(高度)では山岳部・丘陵部・平野部に、開発地域別(東西)では東部・中部・西部・中西部・極西部にわけることができるが、今回の小選挙区で特に開発地域別では中西部と極西部、地形区別では山岳部でマオイストが強さを見せた。

山岳部では22選挙区中16、中西部では33選挙区中27、極西部では21選挙区中15の選挙区で議席を獲得している。これは「識字率」や「出生時平均余命」の数値と比較するとたいへん興味深い。少し古いデータとなるが2000年のネパール国内の識字率は地形区別では山岳部44.5%、丘陵部55.5%、平野部46.8%であり、開発区別では東部56.6%、中部49.8%、西部51.67%、中西部では47.8%、極西部では43%となっている。また出生時平均余命は地形区別では山岳部49.8年、丘陵部65.1年、平野部62.4年であり、開発区別では東部62年、中部61.3年、西部62.8年、中西部53.2年、極西部52.1年となっている。つまり、識字率も出生時平均余命も山岳部、中西部、極西部で数値が悪くなっているのである。このことはインフラが整っていない経済的にも社会的にも排除されている地域でマオイストが支持を広げていることを意味しているといえるであろう。

マオイストはもともと中西部を基盤として人民戦争を展開し、根拠地を築きながら全国に勢力を広げてきた。特に、これまでのネパールの政治政党と異なり、都市からではなく「農村から都市へ」、まさに毛沢東主義理論を利用して勢力を拡大してきたのである。

貧しい農村を基盤とし、共産主義、毛沢東主義を掲げるマオイストが、今後国政でどのような政策を実施していくのか、特に経済政策をどうするのかは、ネパール国民のみならず、世界中から注目されている。ただ、複数政党議会制の中でどれだけマオイスト色のある政策を実施できるかは未知数である。

第4期理事会第7回会議

事務局

2008 年 4 月 20 日 (日) 午後 4 時から 5 時 45 分まで、かながわ県民活動サポートセンター 708 号室で、第 4 期理事会第 7 回会議が開催されました。出席理事は書面表決者も含めて、 11 名で、オブザーバーは 1 名でした。

まず 2007 年度事業報告案と収支報告案について説明があり、監事から収支報告案が間違いのないものであることが報告されました。また年会費の納入率が大幅に上がったことを評価した上で、まだ赤字体質を引きずっているので、新しい事業を興すなど事業収入の増加が求められました。

次に 2008 年度事業計画案と収支予算案について説明があり、出版活動の多様化により、事業が分散されるおそれがあるので、今後、委員会等で検討し、総会に提案することになりました。また中国訪問はオリンピックの関係から 2008 年 9 月初旬から行うことになり、キューバ訪問も今後検討をした上で今年度に行う可能性があることが報告されました。また会費の長期滞納者の扱いは今後検討した上で、総会に諮ることになりました。さらに理事会の開催を 3 か月に一回程度開催することになりました。

理事終了後、同室で午後 6 時から 8 時 15 分まで合同研究会が開催され、非会員 4 名を含む 18 名の方が参加されました。報告者 (敬称略) とテーマは以下の通りです。

  • 王  元「家族主義の視点から見る現代中国最高指導体制の変遷 ―中国共産党政治局を中心として―」
  • 木村英亮 「趙宏偉『中国重層集権体制と経済発展』について」
  • 中西  治「日本、中国、朝鮮、キューバ: どこまで来たのか、どこへ行くのか」

いずれもタイムリーな話題で、時間もかなり超過をして議論ができました。今後も理事会に合わせて合同研究会等を開催し、活発にコミュニケーションを行い、さらに充実した事業を行っていきたいと考えています。

合同研究会後に懇親会も開かれ、各自が近況を述べるなど、和やかなひとときを過ごしました。参加していただいた方に感謝いたします。

日本語人・多国語人について

中西 治

私は人間を人種とか、民族とか、国籍で分けません。元をたどれば、皆、アフリカから出てきたのです。

純血な人は一人もいません。人間は一人では子供が産めないのです。人間は、皆、混血です。

いま日本人と言われている人も、150年ほど前は日本人という意識はあまりありませんでした。帰属意識は長州とか、薩摩とか、会津とか、だったのです。

民族とか、国籍は人間が作り出したものです。

人間は地球上のどこでも同じ人間です。喜怒哀楽や考えること、行動はそれほど変わりません。

少し違うのは言葉と食べ物です。食べ物は最近それほど違わなくなっています。

私は敢えて人間を分けるとき、コミュニケーションの手段で分けます。日本語人とか、中国語人とか、英語人とか、手話人とか、点字人です。

日本語と中国語ができる人は日本語・中国語人です。たくさんの言葉ができる人は多国語人です。

コミュニケーションの手段は人間の考え方や行動に大きな影響を与えます。地球上どこでも多国語人が増えています。

良い愉しい一日を!

出生率と合計特殊出生率について

中西 治

昨日は研究所の合同研究会に多数の方の参加をいただき感謝しています。

そのさい、私は、現在 1 億 2700 万人ほどの日本の人口が 2050 年には下位仮定で 8997 万人、中位仮定で 9515 万人、上位仮定で 1 億 195 万人になる、と申しました。この数値は国立社会保障・人口問題研究所が将来の出生、死亡、および、国際人口移動について仮定を設けて推計したものです。時間の関係で詳しく説明できなかったので、この推計の根拠の一つとなっている「合計特殊出生率」について追加報告します。

まず、「出生率」とは、年齢 15 歳から 49 歳までの日本人女性を対象とし、 (日本人女性の出生数) を (日本人女性人口) で割った数値です。「合計特殊出生率」とは、 (日本人女性の出生数) に (外国人女性の生んだ日本国籍児の数) 、すなわち、 (日本人を父とする児の数) を加え、 (日本人女性人口) で割った数値です。

将来の日本の人口は推計通りにならないでしょう。「日本」にこだわり、「日本人女性」とか、「日本人男性」にこだわるからこういうことになるのです。

私たちは「地球人」です。「地球人」は現在の 66 億人から 2050 年には 90 億人に増えます。日本の人口も増えるでしょう。「日本」にこだわる時代は終わっているのです。

名古屋高裁の判断を支持する

中西 治

今日(金)午前、久しぶりに東京汐留の日本テレビのスタジオで記者のインタビューに答えてきました。キューバ問題です。

21日(月)昼にCSで放映とのことでした。

17日(木)に名古屋高等裁判所が航空自衛隊のイラクの首都バグダットへの米国兵などの輸送を日本国憲法違反とする判断を示しました。

私はこの判断を支持します。改めて憲法9条の持つ意味の重大性を認識しています。

明後、20日(日)午後6時ー8時にいつもの横浜駅近くの「かながわ県民センター」708号で開かれる合同研究会で「日本、中国、朝鮮、キューバ:どこまで来たのか、どこへ行くのか」について報告します。お出でをお待ちしています。

ネパール情勢:ネパールにマオイスト政権発足か!?

植木 竜司

南アジア、ヒマラヤの麓に位置する国ネパールで4月10日、制憲議会選挙が実施された。1996年からのネパール共産党マオイスト(以下、マオイスト)による「人民戦争」で約1万3000人の犠牲者を出し、2005年のギャネンドラ国王によるクーデターなどさまざま混乱が続いてきたが、今回やっと制憲議会選挙の実施に至った。

この制憲議会選挙は幾度も延期され、今回も正常に選挙が実施されるか懸念されていた。投票日当日は政党関係者間の衝突や投票所への放火があり、数名の死者を出し、約数十カ所の投票所で選挙延期・再投票も決定しているが、ポカレル選挙管理委員会委員長は選挙は成功だったとし、国連の潘基文事務総長も「おおむね秩序ある、平和的な雰囲気のなかで実施された」と祝福する声明を発表した。

大勢判明は4月20日頃、結果発表には2~3週間かかる見通しであるが、都市部を中心に小選挙区の結果が少しずつ判明してきている。

今回選挙が行われた制憲議会は定数601、そのうち比例区335、小選挙区240、非選挙枠(政府推薦議員)26議席である。投票率は約60%と発表され、日本でも報じられているように「人民戦争」を行ってきたマオイストが第一党を取る勢いで議席を獲得している。

ネパールの新聞「The Himalayan Times」がウェブサイトで選挙速報として選挙結果を更新しており、日本時間の4月14日午前1時の時点で小選挙区127議席の結果が発表されている。そのうちマオイストが70議席を、G・P・コイララ暫定政府首相率いるネパールコングレス党(以下、コングレス)が19議席を、ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義(以下、UML)が20議席を獲得している。前評判の高かったUMLは、マオイストと選挙協力を行わなかったことでマオイストと票を食い合うこととなり、マオイストの躍進により議席を落とす結果となっているようである。UMLとマオイストの票の食い合いで、有利になるとされていたコングレスもマオイストの躍進で議席が伸びていない。

この選挙でマオイストが負ければ、マオイストが再びジャングルに戻りゲリラ活動を再開するのではとの懸念があったが、この結果からその可能性はなくなったといってよいであろう。共産主義政党であり、毛沢東主義を掲げるマオイストが政権を握るということで、世界中で様々論議を起こしそうであるが、プラチャンダ(プスパ・カマル・ダハル)書記長は、選挙前より複数政党制を受け入れることを表明しており、12日にも改めてマオイストによる一党独裁を懸念する必要はないと強調している。

選挙には王制派政党も参加しているが、少数の議席しか獲得できない見込みで(4月14日午前1時時点で0議席)、有力者の落選も報じられている。現在の暫定憲法では、制憲議会の初日に議会で連邦共和制であることが承認されることになっている。つまりこのまま何事もなく選挙結果が判明し、制憲議会が開かれれば、約240年間続いてきた王制が廃止され共和制に移行することになる。今後、選挙結果とともに、ギャネンドラ国王の動きにも注目である。

研究プロジェクト開始

中西 治

2008年度が始まりました。

「地球社会論研究部会」では宇宙地球史とキューバについての二つの研究プロジェクトを発足させました。

「宇宙地球史研究プロジェクト」では、中西がメーリング・リストや研究所のホーム・ページで地球史とは何か、宇宙地球史とは何か、についての研究経過を発表していきます。このような観点から、来る2008年4月20日(日)午後6時ー8時の研究所の合同研究会で「日本、中国、朝鮮、キューバ:どこまで来たのか、どこへ行くのか」について報告します。

「キューバ研究プロジェクト」では、浪木明さんが事務責任者となり、2回のキューバ訪問を踏まえて、読みやすい、面白い小冊子の編集・発刊の準備をします。本年秋の発刊をめざします。執筆希望者は浪木さんに連絡して下さい。キューバ訪問の有無は問いません。同時に、来年春のハバナのアジア・オセアニア研究所でのシンポジウムの開催にむけての準備もします。助走を終えて、いよいよキューバとの本格的な学術交流の開始です。

今日も一日、愉快に!

斎藤眞さんのこと 川田侃さんのこと

中西 治

斎藤眞(さいとう まこと)さんが2008年1月16日に亡くなられました。86歳でした。

川田侃(かわた ただし)さんが2008年2月14日に亡くなられました。81歳でした。

斎藤さんの葬儀には学年末の仕事のために参列できませんでした。弔電を送りました。

川田さんの偲ぶ会が4月5日に上智大学で催されました。参加しました。

斎藤さんに初めてお会いしたのは1971年4月でした。日本国際問題研究所が、斎藤さんを主任として研究プロジェクト「現代国家における軍産関係」を組織し、それに参加させていただきました。このプロジェクトは1973年3月まで2年間、毎月1回定期的に会議を開き、その研究成果を1974年12月に『現代国家における軍産関係』として発表しました。私は論文「ソ連における軍・産・政関係」を寄せました。

この論文は難産でした。ソヴェトにも、日本にも、先行研究はありませんでした。斎藤さんの指導をうけながら悪戦苦闘しました。

私は1969年5月27日から7月11日までソヴェト、チェコスロヴァキア、ハンガリーを訪れました。私の最初の海外旅行でした。モスクワではパトリス・ルムンバ記念諸国民友好大学で1か月間の国際セミナーに参加しました。そのあとモスクワから汽車でプラハとブダペストを訪ね、ふたたびモスクワに戻り、日本に帰りました。1968年のチェコスロヴァキア事件後1年ほど経ていました。1969年3月には中ソ国境で武力衝突事件が起こっていました。

ソヴェトも日本と同じような多元的な社会である、ソヴェトの共産党は日本の自由民主党のような政党である、政権与党はどこでも同じである、と感じました。

1973年6月26日から8月18日まで米国、英国、フランス、西ベルリン、イタリアを訪れました。各国の国際関係研究者、とくに、ソヴェト研究者と懇談しました。ある米国の研究者は、米国に存在するものはすべてソヴェトにもある、軍産複合体も、と語りました。帰国後、やっと、前記の論文を書き始めました。

1974年8月20日から9月18日までふたたびソヴェトを訪ねました。論文を完成させました。

この間に斎藤さんからいろいろお教えを受けました。訪米の前にはご自宅まで伺いました。研究会のあと必ず新宿に繰り出しました。研究合宿をし、江ノ島にも行きました。江ノ島で昼間からサザエの壺焼きを食べながら、酒を飲んだことを思い出しています。

斎藤さんは大変気さくな方でした。気配りの行き届いた人でした。ユーモアのある人でした。私たちの研究仲間は斎藤さんを「マコちゃん」と呼んでいました。斎藤さんはそれに気軽に答えておられました。

あるとき合宿で私は「宗教者はもっと寛容でなければならない」と言いました。それを聞いていた斎藤さんは「中西さん、そうではないのですよ。宗教者は寛容ではないのです。自分の信じているものがもっとも良いと思わないと、宗教は信じられないのです」と言われました。なるほど、と思いました。

斎藤さんのご家族で不幸がありました。久しく過ぎたあと、ある会合で斎藤さんに「さすが先生のお人柄ですね」と申し上げました。斎藤さんは「皆さん、そのように言って下さるのですが、私の学問については何も言ってくれません」と笑っておられました。

斎藤さんと最後にお会いしたのは文化功労者になられた祝いの席でした。私は「次は文化勲章ですね。そのときは妻といっしょにお祝いに参ります」と申し上げました。斎藤さんは「いやいや、そのようなことはありません」と仰いました。文化勲章をもらわれたあと、お会いする機会はありませんでした。

斎藤眞さんは尊敬すべき知識人です。

川田さんの『国際関係概論』(東京大学出版会、1958年10月20日第1刷)は、私がこの学問を始めたときの唯一の教科書でした。それは現在でも必読の書です。古典です。川田さんはこの本のなかで次のように述べておられます。「国際関係論の研究において、なんらか結びつく利益があるとすれば、それは一国の利益ではなく、世界の利益、世界の平和でなければならない。」

私は、私の国際関係論についての著書で、川田さんのこの言葉を引用しています。

「汽車待つ間 不快なりけり 将校たちの笑い声の かかと耳うつ」は、第二次大戦中の東京高等学校時代の川田さんの文です。

川田さんは1944年10月に東京大学経済学部に入学、1945年3月12日に召集令状(赤紙)によって日本陸軍に陸軍二等兵として入隊し、日本の敗戦により翌1946年2月4日に陸軍一等兵として復員しています。この間に中国山東省青島に配属され、ここで侵略者・日本軍の軍規の乱れや略奪等の有様を目の当たりにし、呆然・自失たる思いに沈んだ、と後に書いておられます。

川田さんと私は1975年4月8日から22日まで中国をともに旅しました。川田さんの立ち居・振る舞い・発言はきわめて慎重でした。

日本平和学会の懇親会で私は川田さんに、日本平和学会での報告発表や論文はすこし難しすぎませんか、と言ったことがあります。川田さんは、平和学も学問だから、一定の学問的訓練をうけている必要がある、と言われました。私は、国際政治学ならば、それで良いが、平和学はそれでは駄目ではないでしょうか、平和は専門家だけでは維持・確立できないのですから、高度の内容を分かりやすく語らねば、と申し上げました。

川田さんの平和思想は本物です。揺れはありませんでした。

斎藤眞さんと川田侃さんの著作はこれからも末永く読まれるでしょう。

文とはありがたいものです。いつでもお会いできます。

合同研究会のお知らせ

事務局

下記の通り合同研究会を開催いたします。皆様のお越しをお待ちいたします。なお合同研究会に先立って、午後4時から同室にて理事会も開催されます。

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合同研究会

日時:4月20日(日) 午後6時-8時

報告予定者(敬称略):
中西治 「日本、中国、朝鮮、キューバ-どこまできたのか、どこへ行くのか-」
王元 「中国共産党最高指導体制の変遷」
木村英亮 「趙宏偉の中国政治体制論について」
他1名の予定

場所:かながわ県民センター708号室(24名対応)
http://www.kvsc.pref.kanagawa.jp/ JR横浜駅西口徒歩5分

参加費:会員無料、非会員500円

星野昭吉著『世界政治と地球公共財』紹介

中西 治

私たちの研究所の同僚、獨協大学法学部教授の星野昭吉 (ほしの あきよし) さんが新著『世界政治と地球公共財』(同文舘出版、2008年4月10日)を上梓されました。

星野さんの考えは次のようなものです。

現在の世界政治システムは人間、社会、国家など地球上のすべての主体を一つに結びつけ、地球的規模の関係網を形成している。その関係網は好ましい秩序的・協調的・統合的エネルギーが作用をするものと、悪しき無秩序的・対立的・分裂的エネルギーが作用するものの二つから成っている。

前者が地球公共財を作り出し、後者が地球公共悪を生み出している。地球公共財とは、平和・安全保障、世界人権保障、地球環境、知識体系、等々である。地球公共悪とは、テロや地域紛争、核兵器をはじめとする大量破壊兵器、貧困・飢餓、環境破壊、人権抑圧、社会的不正義、等々である。

現実には地球公共悪が支配的であるため、世界政治システムの崩壊の危機、つまり、人類的危機が強まっている。これを克服し、解決するためにはどのようにすれば良いのであろうか。

星野さんは、これまでの国家を中心とする現状維持志向の考え方とグローバル・ガバナンス(地球統治)の仕方を改め、世界(グローバル社会)を中心とする現状変革志向の考え方と地球統治の仕方への転換を求めています。

そのさい、知識体系が大変重要な役割を果たします。この新しい知識体系は、全体価値と個別価値、個の価値と共通価値、個の価値と平等価値、現世代中心価値と将来世代中心価値、上からの価値と下からの価値、など五つのレベルでの、それぞれの価値の相互構成関係の検討のうえに構築されるものです。

星野さんは米国をはじめとする内外の最新の大量の文献を読み、多数の論文や著書を日本語や英語で執筆・発表している優れた研究者です。本書は地球公共財と地球公共悪の概念を理論的に詳細に分析し、これを現実に適用しています。

私がとくに教えをうけたのは、知識体系を地球公共財の一つとして位置づけ、それが果たす役割を指摘していることです。

現実を正しく認識し、それへの対処法を考えるのが、すべての始まりです。

私たちの研究所が果たすべき役割を改めて考えさせられました。