月別アーカイブ: 2006年5月

エッセイ 59 思想について

木村 英亮

エッセイを書きながら、これがどれだけ自分のことばになっているであろうか、といつも気になってきた。

「日本では、生活の次元に止まる未萌芽の思想と、まだ生活に媒介されない、したがって生産性をもたない、外来の、カッコつきの思想があるばかりだ」(竹内好「日本共産党批判」1950,『全集・現代文学の発見』第4巻、学芸書林、1968,425ページ)。

竹内は、この文の初めの方で、「思想に一貫性がなければ、その人は、個人にしろ団体にしろ、独立した人格とは認められないだろう」(422ページ)と言っている。私もその通りだと思う。しかし、実際はこのように思っている人は少ないのではないか、という気もする。ソ連が崩壊したあと、それまでソ連の大学で必修科目であった「マルクス・レーニン主義」を担当していた教員たちは、「経営学」を教えている、と聞いたことがある。ソ連共産党の指導者たちで、いまも社会主義を信じている人は、少ないように見える。

それは、日本人の場合も同じである。ソ連崩壊後、社会主義を過去のものと考える人は圧倒的に多い。研究者の場合、1991年7月、『社会主義経済研究』誌が、「社会主義に未来はあるのか」というテーマで、社会主義経済学会会員などから抽出した240名にアンケートし57名の回答を得て、第17号(1991年11月)に掲載している。アンケートは3問で、1. 21世紀半ばまでに「社会主義体制」が世界のどこかで実現する可能性があると考えるか。a.ある b.ない c.どちらとも言えない、2. aと答えた方に対しその場合の企業の形態について、3. b.c.と答えた方に「資本主義体制」はどのように変化するか、というものである。1 についての回答は、a 23 b 6 c 21 その他7であった。1991年12月にソ連が崩壊した後、aはもっと減ったであろう。

このような判断は、どのくらい自分の「生活に媒介」されたものなのであろうか。

エッセイ 58 教員の限界の自覚について

木村 英亮

渡辺一夫は、辰野隆に「俺たちは、東大の教師だということになっているから、何とかやっていけるんだぜ。そうでなかったら、世間からはなもひっかけられねえよ」と言われ、別の機会に、「大学教師と乞食とは、三日やったらやめられねえね」ともふざけられた、と書いている(『ちくま日本文学全集・渡辺一夫』、1993,343ページ)

56歳のとき東京工業大学の「文学」教授となり、定年まで4年勤めた作家の秦恒平は、概論や講義で学生に無駄な負担をかけないで、「わたしの教室から、授業から、そして教授室からも、一つぶ二つぶの『砂金』をつまんで帰ってくれて、幸いに生涯だいじに記憶してくれますように」(『東工大「作家」教授の幸福』、平凡社、1997,13ページ)という心構えで教室に出た。「学生たちの心からの言葉を、教室で、教授室で、豊かに溢れ『みちびき』出すことならば、わたしにも出来ると思った。それこそが理系『文学』教授の仕事だと思っていた。結果として、わたしはなに教えず、学生諸君にたくさん教えてもらった。ほんと、楽しかった」(147ページ)と書いている。

なだいなだは、旧制中学で成績がよくなく、医学部進学を諦めようかと教員に相談すると、「『マグレってものもあるからなあ、頑張れや』といってくれた。なぜか、彼は無責任だったから」(『こころ医者の手帳』、ちくま文庫、1998,171ページ)と感謝する。そして、「子どもの人生まで指導出来るという思い上がりは、善意から発しているとしても、鼻もちならない」(173ページ)と書いている。

私も教員の仕事には限界があるという認識は大切であると思う。大学や大学院のトラブルの多くは、教員の責任意識が強すぎお節介が過ぎるところから生まれる。「一生面倒を見てやるから」などという無責任教員もいるようであるが、そんなことができるはずもない。教員がまず伝えなくてはならないメッセージは、他人はあてにすることはできず、自分に実力をつける他はない、ということであろう。

ВТОРАЯ ЧЕЧЕНСКАЯ (第二のチェチェンの)

宮川 真一

チェチェンをめぐる戦いは、ロシア国内におけるナショナリズムの複雑さを示している。国家が弱体化して社会が国家から相対的に自立するなか、ペレストロイカ以来ロシア人の間では「国家意識」としてのナショナル・アイデンティティは希薄になっている。同時に、チェチェン人などロシア内の少数民族では、「民族意識」としてのナショナル・アイデンティティは高揚している。ロシアが何を原理として新たな国家を統合し、いかなる国家形態を模索しているのか、ロシアの国家としてのアイデンティティが問われている。今日ロシア国内での主要な問題はマジョリティのロシア人とマイノリティの非ロシア人との関係である。ツィガンコフは、もし非帝国的な、新しいリベラルなナショナル・アイデンティティが形成されなければ、ロシアに残された選択肢は新たな全体主義体制か民主政府かではなく、分裂と内戦を導くことになるであろうと警告を発している。

歴史を振り返れば、現代の「チェチェン戦争」は、帝政ロシアからソビエト時代に跨る数世紀に及ぶ「大カフカス戦争」の一環である。この戦争の本質はロシア帝国主義に対するチェチェン民族解放闘争であった。「第二次チェチェン戦争」には様々な要因が交錯している。カフカス山脈南のグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンや中央アジア諸国への政治的影響力を維持するという地政学的要因が挙げられる。非ロシア系住民のロシアからの分離独立運動を刺激することを警戒する政治的な要因も挙げられよう。チェチェンは石油戦略の要衝の地にあることが経済的な要因をなしている。「第一次チェチェン戦争」の挫折、NATOの一方的拡大、セルビアへのNATOの空爆などはロシア民族主義を大いに傷つけた。チェチェンでの戦勝は1990年代の混乱と屈辱の終わりを画す、輝かしい出来事だった。2001年米国同時多発テロ事件以降、ロシア社会でもイスラム嫌いの風潮が強まった。完全に腐敗したロシアの軍隊と警察は、チェチェンでやりたい放題の限りを尽くしている。殺人、略奪は日常茶飯事となってしまった。こうして、100万人のチェチェン人のうち30万人が犠牲となり、50万人が難民となった。

「第一次チェチェン戦争」は世論の7割が反対した。「第二次チェチェン戦争」は、世論の支持を背景にロシア側優位に進められている。そこでは数度におよぶ大規模なテロ事件が追い風となった。1999年モスクワ連続爆弾テロ事件、2001年米国同時多発テロ事件、2002年モスクワ劇場占拠事件、2004年ベスラン学校占拠事件である。テロリズムとは「組織的暴力による恐怖を強制の手段として用いようとする思想や行動」であり、次のように分類される。多くの民族解放運動における反体制集団によって実行されるような「抵抗テロリズム」、世界に衝撃を与えて特定の政治的不満と課題を認めさせようとする「表示テロリズム」、宗教的信条に動機づけされた「救世主テロリズム」、あるレジームによってそれ自身における無辜の市民や「敵」に対して日常的に行使される「国家テロリズム」である。

次回以降、これら大規模テロ事件を検証しつつ、この地で何が起きているのかを探りたいと思う。

※拙稿「『第二次チェチェン戦争』におけるテロリズム」『ソシオロジカ』(創価大学社会学会)Vol.28、No.2、2004年;同「現代ロシアのナショナル・アイデンティティと『第二次チェチェン戦争』」『比較文明』(比較文明学会)21、2005年。

エッセイ 57 宣伝、依頼への対応について

木村 英亮

毎日、新聞に大量のチラシ広告が挟まれて配達される。ほとんど見ないで廃棄するが、その量は新聞よりはるかに多い。配達人は、運ぶのに重いし、ドアの新聞受けに押し込むのも大変であろう。カラーのものなど、1枚数百円の経費をかけて見合う効果があるのであろうか。それとは別に郵便受けにも多くのビラなどが入れられる。大部分は集合ポストの傍らの大きなごみ箱に捨てられている。

セールス電話もしばしばかかってくる。バイト学生らがマニュアル通りにかけているのかも知れないが、ご苦労さまである。受ける方は仕事が中断され迷惑なので、宣伝としてはむしろ逆効果と思われる。

これらと若干違っているが、署名やカンパのお願いの郵便も多い。

私は中身に賛成かどうかの他に、原則として、次のようなばあいの他は返事をしないことにしている。

  1. ふだん文通などつきあいのある人の個人責任であること。
  2. カンパの必要なばあいは、会計の責任者が明確で、しっかりした会計報告が期待できること。
  3. なぜ私に依頼したのか、わたしの仕事との関係がはっきりしていること。
  4. 宛名などが間違いなくきちんと書かれていること。

「地球社会論」研究部会と歓送会のご案内

中西 治

おはようございます。今日は朝から久しぶりに晴れ上がっています。来週の日曜日、5月28日午後2時から4時まで本年度の「地球社会論」研究部会の第2回 研究会を横浜洋光台の研究所で開催します。報告者は中西治。テーマは地球宇宙平和学入門(2)「地球史の展開」です。人類の誕生から19世紀末までの地球 史の発展を概観し、人間の意識がどのように発展してきたのかを検討します。参加費は500円。遠いところですが,お出でをお待ちしています。なお、私たち の若い友人が2年ほど北京に行きます。研究会のあと研究所で午後4時30分から午後6時まで会費1000円で歓送会を催します。お気軽に参加いただければ 幸いです。準備が必要ですので歓送会への参加予定者はメールをいただけるとありがたいです。よろしくお願いします。今日も一日、良い日を!

エッセイ 56 退職1か月71歳の感想

木村 英亮

3月31日に定年退職の辞令をもらって1か月経った。大学はその前から休みにはいっていたので、生活が急に変わったわけではない。給与も年金も銀行振り込みなので、この点でも変わりはない。

勤めがないのは、いろいろなオブリゲーションがなくなったと言う点が一番大きな変化である。これはさまざまな義務がなくなったというだけでなく、いろんな制約から解放され、まったく自由になったということである。後者はあまり意識されないが、そのことを積極的にとらえ生かして、新たな成長のための契機にしなければならないと思う。

最近、なだいなだを読んでいて次のような文章にであった。

「五十を越えるとき、齢をとるのが怖かった。だが、サン=テグジュペリは『ひとたび事件の渦中に入ってしまえば、決して恐れたりはしない』といっている。その通りだった。・・・それが、山を登るように高みにのぼっていくことだということが、だんだんに分かってきたからだ。実際、いろいろなものが見渡せるようになってきた」(『こころ医者の手帳』筑摩文庫、1998,123ページ)。続いて、大学までの教育が試験にパスするための他、人生で何の役にも立たないことも分かってきた。役に立ったのは忍耐力だけだ、と書いている(124ページ)。

一生を社会主義の追究に過ごし2001年に97歳で没した石堂清倫氏は、戦後50年以上自宅で研究や翻訳に従い、亡くなられる直前まで執筆されていた。氏は、東大文学部の出身であるが、在学中、教室には実質的には3ヶ月もでなかったと聞いたことがある。講義は大体においてつまらなかったと書かれている(『わが異端の昭和史』上、平凡社ライブラリー、2001.参照)。また、90歳を過ぎて、どんなお気持ちだろうと考えたこともあるが、たしかに少しも怖くなかったのであろう。

戦争によって得たものは戦争によって失う

わたなべ ひろし

昨年は戦後60年であった。

日本近現代史家の中村政則さんは昨年出版した自著『戦後史』の中で、「貫戦史(Trans-war history)」という言葉を提唱している。

これは、僕の理解した限りでは、「戦争」を軸に戦後60年間を「戦後史」としてトータルに捉えるというものである。そして本書において著者が特に言及している「戦争」は、第二次世界大戦(アジア太平洋戦争)、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、湾岸戦争、9・11同時多発テロ、イラク戦争、そして戦後国際体制としての「冷戦」などであり、これらの戦争を画期として戦後60年を4つに時期区分している。

それでは、なぜ「戦争」が軸となるのか。

中村さんによれば、「戦争は国際関係を大きく変え、国内の政治経済、社会構造に激変をもたらし、人びとの思考や心理に大きな影響を与える」ものであり、「戦争が終わったからといって、その影響は消えるわけではない」からであるという。

戦争は戦後も次の戦争まで社会のあらゆるレベルで影響を与えるということであろうか。

ところでこの「貫戦史」という観点は、戦後だけではなく、明治から昭和20年の敗戦までの80年間にもあてはまるのではないだろうか。

それはこういうことである。

戦前の日本が国際社会におけるヒエラルキーの階梯をのぼるのに際し、最も有効な手段、最終的な手段としたのは戦争であった。戦争に勝つことによって、日本はその国際的地位を上昇させていったのである。

帝国主義国としての足場を固めるための「本源的蓄積」としての日清戦争。

先進列強のサロンに加わるため、後発の帝国主義国同士の「予選」としての日露戦争。

帝国主義列強として、利益の享受者となった第一次大戦。

このように、日本は戦争に依拠して近代化を推進してきた。

もちろん自国の強大化の手段として戦争を使うというのは、日本に限ったことではない。しかし日本は非欧米国として初めて欧米列強に伍して大国となった国であり、そのため自国の運営を他人の土俵とルールに合わせて展開しなければならなかったのであるから、国際社会における立身出世のため「戦争」に依拠しなければならない度合いというものは、欧米列強の比ではなかったと思う。

その結果、戦前の日本社会において「戦争」というものが占めるウェイトは、極めて大きなものになった。つまり日本の場合、各戦争が戦後も影響を与えたといった程度のレベルなのではなく、「最後は戦争に勝つ」ということでようやく完結するように国の仕組みそのものが出来上がっていたのではないか。

その意味で、僕は明治から昭和20年の敗戦にいたる80年間は、まさに「貫戦史」としての連続過程として捉えるべきであると思う。

しかし戦争をやって永久に勝ち続け利益を受ける一方の国家などというものは、人類史上存在していない。いつかはきっと負けることになる。それは人は必ず死ぬというのと同じく必然的なことなのである。

戦争を国力増強や国際社会における立身出世のための手段とし、パワーポリティックスに依拠した国家戦略の下、国家を運営していくとその結果はどうなるか。少なくとも日本の場合、答えは1回出ているのである。

僕たち日本国民が、アジア・太平洋戦争から学ぶべき歴史の教訓とは、「戦争によって得たものは戦争によって失う」ということだと思う。

総会記念講演会・総会・懇親会のご報告

事務局

地球宇宙平和研究所会員の皆さん

5月7日(日)にかながわ県民活動サポートセンター711号室において、地球宇宙平和研究所の総会が開かれました。雨の中お越しくださった方に感謝いたします。

総会に先立ち、午後3:30から6:00まで、加茂雄三氏による総会記念講演会「最近のラテンアメリカ情勢をめぐって−キューバ、ベネズエラを中心に −」が行われました。参加者は26名で、今回は読売新聞、朝日新聞、神奈川新聞に講演会の記事が載ったこともあり、非会員の方が7名も来られました。講演 会の内容はキューバ、ベネズエラを中心としたラテンアメリカの政治・経済の現状を米国の視点ではないオルタナティブを提起するものであり、刺激的な興味深 いものでした。また今年度に予定しているキューバ訪問の事前学習にもなり、ぜひキューバを訪れてみたいと思うような有意義な講演会でした。

午後6:05から6:50まで、正会員40名(うち書面表決者は23名)、賛助会員1名、オブザーバー1名が参加し、第5回総会が開催されました。

そこではまず、2005年度事業報告案が説明され、また2005年度収支報告案がすでに監査済みであることが報告され、どちらも承認されました。

次の2006年度事業計画案では多彩な事業を計画中であることが説明されました。その中で、7月9日(日)午後5時から8時まで、かながわ県民センター で、合同研究会が開催され、所報執筆者が研究発表をすることになりました。所報については、5月末日〆切、9月発行を目指しており、論文、研究ノート、書 評なども現在募集中であり、多くの会員の皆様からの投稿をお待ちいたしております。

また新たに教育事業を立ち上げ、9月から12月にかけて週一回、講義または演習をすることになりました。つきましては講師を広く募集したいと考えています。講師担当希望者は、テーマ、日時、場所を決めていただき、5月末日までに事務局ま でご連絡ください。また同時に聴講したい講師やテーマの希望もとっております。会員以外でも結構ですので、これはと思われる人やテーマがあれば、ぜひお知 らせください。こちらも事務局まで5月末日までにお願いします。教育事業は6月に日程を調整し、7月に全体の実施計画を発表し、各回の参加者を募り、8月 には日程と参加予定者を確定していきます。

今後、研究会や教育事業もブロードバンド配信し、自宅にいてもこれらに参加できるようにしていく予定です。近く試験的に実施していきます。

文化学術交流事業も具体的に計画が固まりつつあります。まだ確定ではありませんが、キューバへの学術交流事業は2007年2月26日(月)から3月7日(水)まで8泊10日、トロント経由で料金は約31万円の予定です。

2006年度収支予算案では50万円の寄付金を予定しており、認定NPOになるためにも、総収入に占める寄付金の割合を20%以上にしたいと考えております。皆様のご支援をお願いいたします。

以上のような2006年度事業計画案と2006年度収支予算案がともに承認されました。
総会後に懇親会が開かれ、14名が参加し、大いに盛り上がりました。
お忙しい中おいで頂いた皆様に深く感謝いたします。

地球宇宙平和研究所 事務局 岩木秀樹

総会報告

中西 治

地球宇宙平和研究所の皆様

こんにちは。いかがお過ごしですか。午前中のぐずついた天気も晴れ、午後は日が照ってきました。岩木さんの以下の報告のように、講演会、総会、懇親会、盛 会でした。改めて厚く御礼申し上げます。今年は研究所設立5周年、研究会、所報発行、海外交流、ブックレット発刊、教育活動、研究合宿などなど、意欲的に 多面的な活動を展開します。その都度、連絡しますが、積極的なご参加をお待ちしています。本年度もよろしくお願いします。ますますのご活躍とご多幸を心からお祈りします。