月別アーカイブ: 2005年12月

エッセイ24 お世辞より奉仕

木村 英亮

松下電器をトップメーカーにした松下幸之助は、若いうちに勤勉努力の習性を身に着けつけておかなくてはいけない。習性というのは恐ろしいものだ、それは、ダイヤモンドのように堅牢な真実である、と言った(津本陽『老いは生のさなかにあり』幻冬舎文庫、182.)。

かれはまた、『商売戦術三十カ条』に、「売る前のお世辞より売ったあとの奉仕、これこそ永久の客をつくる」と書いている(177.)。

大学はいま、受験生集めに必死である。そのさい、私は大学経営者に松下の観点が欠けているのではないか、といつも考えてきた。すなわち、入学してきた学生に対するサービスである。授業料はもちろん第一に講義に対するものであろう。そのために教員の授業アンケート調査などをおこなっているわけであろう。しかし、授業料は学生が自発的に学ぶための設備、すなわち図書館やサークル施設などの利用料を含んでいると考えられる。また、事務サービスも当然ふくまれる。

入学後の奉仕、これこそ大学の基盤をつくる。これらのサービスに学部間で格差があってはならない。

正教文化の基礎

宮川 真一

いまロシアの公教育では、宗教教育をめぐる熱い闘いが繰り広げられている。1990年初頭、ロシア教育省はロシアの学校にキリスト教の倫理と道徳を強調するカリキュラムによる宗教学習の導入を決定した。1992年12月、ロシア教育大臣とアメリカ共同使節団執行委員会は「意向に関する議定書」に調印した。そこでは共同使節団を「キリスト教社会プロジェクト」と記述し、「教育と社会の精神的刷新の分野における協力を発展させるため」、両者はロシア公立学校の道徳と倫理の課程とカリキュラムを発展させることが記されている。やがて、ロシア教育省はロシア正教会との提携を進展させる。1997年から1999年にかけて、ロシアのいくつかの地域では州行政機関の資金で公立中学校に正教の教義を教える正規の科目が導入され始めた。1999年2月、モスクワ総主教庁の提案に沿って、教育に関する世俗・宗教委員会が教育省内に創設された。また1999年8月には、「ロシア連邦教育省とロシア正教会モスクワ総主教庁との協力に関する契約」にフィリポフ教育大臣とアレクシー二世総主教が署名した。

2002年初頭、アラ・ボロジナ著の教科書『正教文化の基礎』が出版された。これには「ロシア連邦教育省とロシア正教会モスクワ総主教庁との統一行動に関する調整評議会推薦」の公印が押されている。2002年10月22日、フィリポフ教育大臣は科目「正教文化」の模範的な教授法計画の要約を付与した書簡に署名した。この書簡は地方の教育局にも発送され、ロシア各地の学校で「正教文化の基礎」が集中的に導入され始めたのである。グレブネフ教育次官も2004年1月、中学校の必修プログラムに「正教文化の基礎」コースを導入するべきとの考えを明らかにした。2月3日の記者会見でフィリポフ教育相は、中学校に選択科目としての正教教育を導入する方針を再度表明した。

こうした教育省の政策により、中等教育における正教教育の導入に対する賛成 派と反対派が形成されることになる。賛成派には、当事者であり推進者であるロシ ア正教会、ロシア教育省を別とすれば、地方・連邦権力機関の一部、ロシア・ナショ ナリストの社会・政治組織のいくつか、正教徒または金銭的に利害関係を有する教 師の小グループという主として3つの勢力が挙げられる。反対派は主に次の4グルー プから構成される。新しい負担を重荷と感じる児童。児童への宗派教育を望まない 両親。道徳についての自身の見識をもつ大多数の教師。リベラルな社会-政治組織 であり、彼らは社会制度においてロシア正教会の影響が強まることはロシアの民主 的発展に対する脅威であり、他の宗教・宗派の権利侵害であるとみなす。人権組織 に所属するポノマリョフとイハロフは、ボロジナの反ユダヤ主義を糾弾し、彼女に対する刑事上の取り調べを開始させた。この件に関してモスクワでは10以上の裁判が行われたのである。

「世論」基金が2004年12月にロシア全土で実施した調査において、学校では世界「宗教史」と「正教文化の基礎」のどちらを教えるべきかを尋ねている。およそ半数の回答者がどちらも教えるべきであるとし、「宗教史」のみが1~2割、「正教文化の基礎」のみが1割弱、どちらの科目も教えるべきでないとする人が1割程度であった。さらに、「宗教史」または「正教文化の基礎」を必修科目にすべきとする人は2割、選択科目が5~6割、どちらも教えるべきでないとする人が1割程度となっている。これら調査から、「宗教史」と「正教文化の基礎」の両方を選択科目で教えることを世論は支持しているようである。
2005年9月21日、ロシア科学アカデミー世界史研究所のチュバリヤン所長は、宗教史に関する学校教科書が完成したことを明らかにした。フルセンコ教育科学大臣は以前から児童が全ての世界宗教を学習することを保証しており、9月初頭にはロシアの学校における『正教文化の基礎』教育のテキストを取り替える方針を表明している。これを受けてロシア正教会の外郭組織である正教市民同盟は22日声明を発し、これは偉大な正教大国ロシアの正教市民に対する挑戦であると訴えている。しかし教育科学相は10月4日、テキスト『宗教史』が本年中には承認され採択される見通しを語った。こうしたロシア教育科学省の政策を歓迎しつつ、新たな年もこの問題から目が離せないように思われる。

この1年、私の拙いコラムに目を通して下さった皆様に厚く御礼申し上げます。

(拙稿「現代ロシアの公教育における宗教教育―『正教文化の基礎』コース導入をめぐって―」ロシア・東欧学会第34回大会自由論題Ⅰ報告、西南学院大学、2005年10月16日。)

「憲法改正問題」について(5)

今井 康英

今回も、前回に引き続き「憲法改正問題」について述べます。

毎日新聞(22日、田所柳子)によると、 自民、公明両党は同日、与党安全保障プロジェクトチーム (座長・山崎拓自民党安全保障調査会長)を国会内で開き、 防衛庁の「省」昇格に関する協議をスタートした。 山崎氏は「省昇格は小泉政権で道筋をつけるべき課題。 次期通常国会に関連法案を出したい」と述べたが、 公明党の山口那津男政調会長代理は 「党内は慎重論が大勢で法案提出を前提とした協議はできない」 と述べ、議論は平行線をたどった。 両党は幹事長・政調会長レベルでは、 通常国会で関連法案の成立を目指すことで基本合意しており、 来春をめどに結論を出す。

時事通信(同日)によると、 この協議で、両党間の溝は埋まらず、結論を来年に持ち越した。 来年の通常国会への法案提出期限となる来年3月15日をめどに 結論を出す方針だ。 席上、山崎座長は「小泉政権の課題として次期通常国会に 関連法案を提出したい」と表明。 これに対し、公明党の山口那津男政調会長代理は 「小泉政権の課題という認識は初めて聞いた。 党内は消極論が大勢なので、 法案提出を前提とした議論はできない」と反論した。

NHK(27日)によると、 同日、額賀防衛庁長官は閣議のあとの記者会見で、 「陸上自衛隊はイラクへの派遣期間が1年間延長され、 国際的には平和協力活動に活躍している姿が定着したのではないか と思っている。今後の自衛隊の活動として『本来任務』にしっかりと 位置づけていく環境が整いつつあるという思いを持っている」と述べ、 自衛隊の海外での国際平和協力活動などを「本来任務」に格上げするため、 自衛隊法を改正する環境が整いつつあるという認識を示した。 また額賀長官は、「与党の間で防衛庁を『省』に昇格させるかどうかをめぐって 積極的な議論が展開されているので、 国際平和協力活動の本来任務化とあわせて、 政治の場でしっかりと形を作っていただきたい」と述べた。

NHK(28日)によると、 小泉総理大臣は27日夜、自民党の山崎前副総裁、 二階経済産業大臣、公明党の冬柴幹事長と会談し、 懸案となっている防衛庁を「省」に昇格させる問題について、 来年9月までの総理大臣在任中に決着させたいという考えを示した。 この中で、山崎前副総裁と二階経済産業大臣は、 与党内で協議が行われている防衛庁を「省」に昇格させる問題について、 「小泉内閣の残された課題であり、速やかに処理すべきだ」と述べた。 これに対し、小泉総理大臣は、「これは国家の基本にかかわる問題だ」 としたうえで、来年の通常国会に必要な法案を提出することを念頭に、 来年9月までの総理大臣在任中に決着させたいという考えを示した。 また、小泉総理大臣は、自民党が民主党と連立政権を組む、 いわゆる「大連立」構想について、 「連立を組んできた公明党の恩義には感謝しており、 公明党に相談することなく民主党と話を進めることはあり得ない」と述べた。

どうやら、政府与党は、海外派兵を本来任務に格上げする自衛隊法改正や 防衛「省」への昇格を、来年9月までに処理する魂胆のようです。 これが実現すれば改憲無用であることは、前回も述べたところです。 護憲派にとっては、いよいよ厳しい冬の時代ですが、 「冬は必ず春となる」という自然の摂理もありますので、 来年もますます奮闘努力せざるを得ません。

エッセイ23 唯物論について

木村 英亮

いま、アジアの政治、ひいては世界の政治を動かす最大の力の一つは、中国・韓国の人々の意思であると思う。

中国、韓国の人々と政府は、歴史問題、靖国問題について、日本政府に強く抗議している。日本の一部の論者によれば、中国や韓国は、日本と の貿易が増えているので、そのうちに靖国問題などについての意見や政策も変わるであろう、ということのようである。朝鮮に対しても、経済制裁をちらつか せ、屈服させようとしている。

日本の政治、世界の政治にとって、もう一つの問題は、沖縄である。沖縄は、地理的にアジアの戦略的要地であるばかりでなく、沖縄住民の意志は、今後のアジアと日本の政治を左右するであろう。

在日米軍再編に対する沖縄の人々の反対について、日本政府は、振興策などによってなだめられると考えているようである。それはそれで一つの考え方であるが、人間は物的な利益だけで動くものではない。

なんという浅薄な人間観であろうか、

なんという単純な唯物論であろうか、と嘆息せざるをえない。

これらの論者は、一方では、ソ連は共産主義思想のために崩壊し、中国政府も資本主義に移行しつつあり、唯物論で世の中は動くものではない などと言っているが、自分達の依拠する考え方こそ、単純な唯物論であろう。あるいは、これらの国々や地域の人々を馬鹿にしているのであろうか。

エッセイ22 御用学者について

木村 英亮

国際関係論の講義で、テキストに引用されている文に御用学者ということばがあり、学生に意味を聞かれ、『大辞林』(三省堂)をひいてみた。

まず、「御用」について、「4.政府などの権威にへつらって主体性のないこと」、とある。「へつらう」は、「自分よりも身分・地位の高い 者や強い者に対し、相手の喜ぶようなことをことさらに言ったり行ったりする。おもねる」とある。「主体性」は、「自分の意志・判断によって、みずから責任 をもって行動する態度のあること」。

「御用学者」は、「時の政府や権力者に迎合して、その利益となる説を述べる学者」。 迎合的意見が、権力者の利益になるかどうかはあやしく、御用学者が権力者を誤らせることも多い。権力者の利益になるのは、むしろ反逆者の意見である。しかし、権力者がへつらいから免れ、本当に自分のためになる意見を聞くことは難しい。

多くの情報を集め、自分で判断するのが一番であろう。しかし、その情報が偏ってしまっては処置なしである。

「御用商人」は、「4.近世、幕府・諸藩の御用を務め、特権を得ていた商人」。

「御用大学」ということばはまだない。

「御用」の項の最後は、「御用済み」。

「国際関係論」論

わたなべ ひろし

猪口孝『国際政治の見方―9・11後の日本外交』という本を、本屋の店頭で立ち読みした。

猪口さんの本は、例えば『国際政治経済の構図』だとか、『現代日本政治の基層』だとか、『国家と社会』だとか、『東アジアの国際政治』だとか、それこそ 僕の関心領域そのものピッタリのタイトルのオンパレードで、毎回毎回手にとってはみるのだが、なぜだかこれが最後まで読めない。まぁこちら側の浅学に大きな原因があるのでしょうが。

イラクの大量破壊兵器が問題になっていた2003年2月、(財)日本国際フォーラムというところが、「イラク問題について米国の立場と行動を支持する」という緊急提言を有志により発表している。

このアピールは、「イラク危機と北朝鮮危機は連動している」「『ならず者国家』の大量破壊兵器保有は許容できない」「米国支持の旗幟を鮮明にせよ」という 3点を骨子としたもので、アピール有志の中には、伊藤憲一(日本国際フォーラム理事長)、小此木政夫(慶應義塾大学教授)、北岡伸一(東京大学教授)、中 西輝政(京都大学教授)、袴田茂樹(青山学院大学教授)といった、「国際関係論」業界ではおなじみの方々が名を連ねており、その中に猪口さんの名前もあっ た。

この「緊急アピール」を出された方々は、その時点で「大量破壊兵器」などはイラクに存在せず、イラクが現在のような深刻な事態になっているのはブッシュ 米大統領の失政(それとも思惑?)のためであるということを、いったいどのように考えているのであろうか。その為に数多くの血も流れているのだ。

こういうアピールの中に猪口さんの名前をみつけ、僕は少し驚いた。「そーかー、猪口さんも緊急アピールしなきゃいけないような自分の意 見を、ちゃんと持っている人なんだぁ。今流行っている英論文のコレクションをしているだけの人じゃなかったんだぁ」としみじみと感じられたものである。

そしてあのような「緊急アピール」を出した猪口さんが、そのことについて今現在どのように考えているのか知りたいということもあって、懲りずに彼の新著を手にしたわけである。

そういう意味では、この本は面白かった。猪口さんの「言いたいこと」が、実に明快に分ったからである。彼がこの本で言っていることは、ようするに「日本 は対外政策において、もっと主体的に自主性をもって米国について行きなさい」ということである。米国からガミガミ言われる前に、米国の望んでいることを 「自分で」察して、進んで出来るような日本にならなければダメだと言っているのだ。

「何度お母さんが言えばわかるの!もう子どもじゃないんだから自分で出来るようにしなさい!」といったところか。

今回この本を覗いてみて、これまで猪口さんの著作をなぜ最後まで読めなかったのか分ったような気がした。それは、彼が自分で使っている「言葉」に対して、こだわりというか、屈託がまるで感じられないことに由来しているようだ。

例えば猪口さんは「日米同盟」という言葉を当り前のように使う。しかしそこでは、この言葉について戦後数十年、どれほどの葛藤や論争の歴史があったかな どということはスッポリ抜け落ちており、まったくツルリとしているのだ。手触りみたいなものが全く感じられない。同じようなことは、彼が本書で使っている 「冷戦」、「戦後」、「(東)アジア」、「ベトナム戦争」などといった言葉にも当てはまる。

こういう感覚って、いったいどこからくるのだろう。

ジャーナリストの吉田司さんの新著『王道楽土の戦争 戦後60年篇』に、次のようなことが書いてあった。

「コンピュータ電子社会(インターネットと宇宙衛星のセット)において、人間とは動く情報体としてカウントされる。〈心〉はコンピュータに感知されない から、〈無い〉ことになる。すると人間は、数値化された情報(ICカードに蓄積された銀行情報や病院・交通・買物・居住情報など)のデータ集積体=個人情 報のかたまりとして認知されることになる。」

きっと猪口さんにとって、国際政治における個々人や組織や政府やそれらの歴史などは、ここで吉田さんが言っているような「データ集積体=個人情報のかたまりとして認知され」ているに違いない。彼には〈心〉というものが感知されていないのだ。

「データの集積体」の集積体など、読まされて面白いはずが無い。

僕が大学の専攻をどうしようかと悩んでいたとき、哲学者の山田宗睦さんによる、歴史家である江口朴郎さんのエピソードを読んだ。両者はマルクス主義者でもある。

山田さんは1956年のソ連によるハンガリーへの武力干渉、いわゆるハンガリー事件についてマルクス主義者として悩み、江口さんの意見を求める。

そのとき江口さんは大要こう言ったという。

ハンガリー事件のように一つの事件が起こった場合、例えばソ連や中国やチトーといった当事者それぞれは自身の「文脈」を有しており、それを背景にして各自 の言動があり、行動がある。そういう意味では各当事者それぞれに言い分があり、一面の正しさを持っている。人間はある一つの立場に立てば盲点を生ずる。大 切なのは、一つの立場に立って、各当事者の良し悪しを判断することではなく、歴史的文脈のレベルで各当事者の理非曲直をはかることである。

猪口さんの学問が「データの集積体」に過ぎないのに対し、江口さんの学問は「思考」とか「思慮」とでもいったもの、本稿での言い方にするならば「〈心〉を感知すること」を重視しているということになるだろうか。

この両者の違いは、猪口さんの学問は他人でも取替えがきくが、江口さんの学問はまさに江口さん自身からしか学ぶことができないものということである。

僕はこれを読んで、自分の専攻を国際関係論に決めた。

エッセイ21 公正な立場

木村 英亮

新聞に一定の立場があることを、偏っているとして悪いことであるように非難する人がいる。しかし、それぞれの新聞に方針があって、それに基づいて報 道が行われるのは当然ではなかろうか。事実を偽ったり反対意見を無視するようなことは論外であるが、公正、中立ということは、意見をもたないことではな い。

日本では、教科書の検定官のような見方をする人が多いように思われる。もちろん、教科書も検定などすべきではない。評価は使用する教員に委ねるべきであろう。教員に後見人は要らない。間違いの多い教科書は、文部科学省が介入しなくても、たちまち淘汰されるであろう。

同じようなことは、人についても言える。立場がはっきりとしていて、ある問題について、こういう意見であろうと周辺の人が推測しうるよう な生き方は、望ましいことである。それは、政治家や政党についても同じであろう。基本的な問題について、綱領で決めていないような政党は、政党とは言えな い。この意味で、小泉首相は、自民党を政党にしたのである。

権力や贅沢など、そのときの利害のままに意見をかえるような人、まったく意見が推測できないような人は信頼をうることはできない。

研究者も政党も同じである。

二酔人四方山問答(24)

岩木 秀樹

B:ムハンマドは西暦570年頃生まれたといっていたけれど、どんな人物でどんな生涯だったの。

A:メッカの有力部族クライシュ族のハーシム家の生まれで、父アブドゥッラー、母アーミナの子として誕生した。ただ父はムハンマドが誕生する以前に、母も6歳頃に亡くなった。

B:えー、そうだったの、かわいそうに。

A:幼い頃からそういうような経験をしたので、指導者になれたのかもしれない。その後孤児として祖父アブドゥルムッタリブ、その死後は伯父のアブー・ターリブに育てられた。確かに両親を早くに亡くしたことは寂しいことであったかもしれないが、孤児を一族で育て保護するということは、イスラーム社会では当たり前のこととなっている。

B:へー、孤児を一族で保護するということがあるんだ。

A:トルコ共和国建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクやイラクの前大統領サダム・フセインも孤児として伯父に育てられた経験を持つ。イスラーム社会では、孤児や旅人、貧しい人、病人などは手厚くもてなされる雰囲気とシステムが現在でも存在する。

B:僕も聞いたことがあるよ。イスラーム圏に旅行すると嫌というほどもてなしを受けるということを。

A:ホスピタリティの厚い社会と言えると思う。そのような中で育てられたムハンマドは富裕な商人ハディージャに雇われ、隊商貿易に従事した。彼女はムハンマドの人柄と手腕を見込んで結婚を申し込んだとされている。

B:ムハンマドが何歳の時。

A:ムハンマド25歳、ハディージャ40歳。

B:えっ、15歳も年上の姉さん女房。

A:しかも彼女は2度の結婚経験があるんだ。

B:えっ、ばつ2。今の日本だってそんなケースは稀だよ。僕の母だったら許してくれるかな。

A:離婚にうるさいカトリックだったら、あまり考えられないことだろうな。イスラームは預言者ムハンマドにしてこうだから、そのあたりは非常に大らかだ。性に関しても忌み嫌い恥ずかしいものという雰囲気はあまりない。

B:イスラームって厳格で怖い宗教だという印象が強かったけれど、そうでもないんだ。

A:世俗や現世に対して非常に肯定的に捉える傾向が強い。ところでムハンマドは結婚後も妻とともに隊商に従事していた。普通の家庭生活を送っていたわけで、そのあたりがキリストや釈迦と異なる。

B:そうなんだ。日常生活を送っていたわけか。

A:ただよく思索にふけることが多くて、メッカの郊外のヒラー山の洞窟で瞑想をすることが多かったらしい。彼が40歳になった頃、そこで神から啓示がおりたんだ。

B:良き家庭人、商人としてのムハンマドに預言者としてのムハンマドが加わるんだね。

「憲法改正問題」について(4)

今井 康英

今回は「憲法改正問題」について述べます。

改憲論者の目的の一つは、憲法違反と判断されない「自衛軍」を保持することです。 そのため自民党新憲法草案では、現行第9条の第1項を維持しつつ第2項を全文削除して、 「第9条の2」を新設し、第1項で「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、 内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」と規定している。 さらに第2項ないし第4項において、「法律の定めるところにより、 国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」などを 「自衛軍」が行えるようにするものである。

現行憲法の下でも、「自衛隊」は保持しています。 防衛庁設置法(昭和29年法律第164号)は、 次のように規定している。 第2条(設置) 内閣府設置法(平成11年法律第89号)第49条第3項の規定に基づいて、 内閣府の外局として、防衛庁を置く。 第3条(長官) 防衛庁の長は、防衛庁長官とし、国務大臣をもつて充てる。 第4条(防衛庁の任務) 防衛庁は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを目的とし、 これがため、陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊を管理し、及び運営し、 並びにこれに関する事務を行うことを任務とする。 第2項  防衛庁は、前項に規定する任務のほか、条約に基づく外国軍隊の駐留 及び日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定の規定に基づく アメリカ合衆国政府の責務の本邦における遂行に伴う事務で 他の行政機関の所掌に属しないものを適切に行うことを任務とする。

自衛隊法(昭和29年法律第165号)は、 次のように規定している。 第3条(自衛隊の任務) 自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、 直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、 必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする。 第2項  陸上自衛隊は主として陸において、海上自衛隊は主として海において、 航空自衛隊は主として空においてそれぞれ行動することを任務とする。 したがって、「自衛軍」が行うべき任務は、すでに自衛隊が実施している。 違いは、合憲か違憲かだけである。

ところで、衆議院(第151回国会)に提出された防衛省設置法案要綱によると、
第一 防衛省の設置
一 防衛省を設置するものとすること。
二 防衛省の長は、防衛大臣とするものとすること。
三 防衛省の任務、所掌事務、組織等については、 現行の防衛庁設置法に規定されているものと同様のものとすること。

第二 施行期日
この法律は、別に法律で定める日から施行するものとすること。

第三 関係法律の整備等
一 現行の防衛庁設置法は、廃止するものとすること。
二 この法律の施行に伴い必要となる経過措置及び関係法律の整備については、 別に法律で定めるものとすること。

防衛省設置法案によると、 第2条(設置) 国家行政組織法(昭和23年法律第120号)第3条第2項の規定に基づいて、 防衛省を設置する。 第2項 防衛省の長は、防衛大臣とする。 つまり、現状でも自衛隊を管理、運営するには「防衛省」が相応しいようだ。 自衛隊合憲論者なら、当然の結論なのかも知れない。

仮に自衛隊が合憲で、防衛省が設置できるなら、憲法改正の必要はない。 わざわざ憲法第9条の2を新設せずとも、防衛庁を防衛省に昇格させて、 ついでに自衛隊を自衛軍に改称するだけで良い。 そうすれば平和憲法の下で自衛軍を保持できるようになり、 改憲論者の目的は達成されます。 対イラク戦争で大量破壊兵器が有ろうが有るまいが、 フセイン政権を打倒することが正しかったという主張が罷り通るようでは、 日本でも「防衛」や「国際貢献」と言う口実で、何でもできてしまいそうです。

自民党の要請により、公明党も防衛省の昇格を承認するようですが、 これはとんだ大間違いです。 20日の党内論議では、「名称を変える積極的理由がない」との声や、 「仮に名称の変更を是認すれば、集団的自衛権行使の議論に進むステップを 与えてしまうのではないか」「公明党の平和の党としての印象が変わるのでは」 といった慎重論も出たらしい。 こういう時こそ、叱咤激励をして、踏み止まらせなければならない と私は思います。

平和を語り継ぐということ

近藤 泉

◆人は何かをする為にわざわざ生まれてきたのだろうね、とよく子ども達と話します。

私は、731部隊の訓練を受けた特攻隊の生き残り(実戦はしていません)の父、広島の爆心間近で生き残った特別被爆者の母の元に生まれたので、自分で「平和の申し子」だと信じています。加害者の立場(実際に加害はしていません)と被害者を両親に持つなんて、まるで何か決め事があって生を受けたとしか思えないからです。

◆私は、子ども達が小さい頃から共にニュースを見るようにし、色々な人との出会いを 作るよう努めてきました。また中国や沖縄・広島に連れて行き、人が為してしまった悲惨とこれから人が為すべきことを、その子の性格を大事にしながら語り合ってきました。

親の考えをおしつけ過ぎるのはよくないのでは、と心配する友人がいます。しかし、それは杞憂でしかありません。子ども達は親よりも真剣に歴史を学ぼうと し、親よりも深く人間の本質を感じ取っていると思うからです。「本物」の前では親の言葉はほんのきっかけに過ぎず、子ども自らが眼にし、耳を傾けたものを慎重に心に刻んでいっている様子は神々しささえ感じます(かなり親ばかかもしれませんが)。親であってもそれを尊重し、一人の人として応援していきたいと 常々思っています。

我が子は、社会から預かった「未来」だと信ずるからです。

◆昨年・今年と、小・中・高・大の子ども達を中国に連れて行くことができました。社会 人の長女は、かつて中国で幼稚園を2年間経験しました。

中国を訪れて子ども達にとって何が一番良かったかと言えば、一つは「報道や学校教育は、ほんの一部分 しか伝えてくれない。」事実を学んだことです。実際に出会った中国の人が日本人である自分に、まるで近所のおじさんかおばさんのように暖かく接してくれる ことにとても感動していました。目の前にいる人を信ずることの大切さ、民間外交という意味を肌で感じ、広い世界も一対一の人の信頼で成り立っていることを 知りました。

さらにもう一つ良かったことは、歴史を学ぶことの大切さが分かったことです。教育の場で与えられる内容が極めて表面的なことを知り、歴史の勉強が出来事 を覚えることではなく、その背景や人々の生きざまを慮り、歴史から何を学ぶのかを「自ら考える力」をつけることだと子ども自身が気づいたことです。

そして親以外のおとなの人が、自分達に物を教え、育ててくれようとしていることも知りました。これは、中国で出会った方々のみならず、 昨年の当研究所訪中団のみなさまや今夏炎暑の広島で60年前の母の足跡を訪ねる旅に同行して下さった事務局の竹本さんが、熱い志と愛情を子ども達に注いで 下さったことに深い感謝の念を禁じえません。

◆信ずれば、道は必ず拓いていく——そんな言葉が浮かんできます。平和を語り継ぐということは、けしてむづかしいことではない、子どもは自ら太陽の光に向かって伸びていく力を持っています。親は自分の信ずる道を誇りを持って歩いていくのみです。