月別アーカイブ: 2005年10月

ロシアの「新しい」アイデンティティ

宮川 真一

10月15日、16日の両日、ロシア・東欧学会2005年度(第34回)大会が福岡県の西南学院大学で開催された。今回の共通論題は「スラブ・ユーラシアの新しいアイデンティティ」であり、「ロシア」、「CIS」、「文学」、「中・東欧」それぞれのアイデンティティの模索、再編が論じられた。私も「自由論題Ⅰ」の部会で、現代ロシアの公教育における正教教育について報告する機会を頂戴した。多くの貴重なコメントや質問を寄せていただくとともに、思いのほか高く評価していただき恐縮している。報告ではロシアのナショナル・アイデンティティについて、比較文明学の視点から論及した。

ソ連共産党の解体、ソ連消滅、冷戦の終焉によりロシアは再び世界史の舞台に登場した。帝政時代におけるロシアの統合原理は「専制・正教・民族性」であり、ソ連時代にその原理は「共産党一党独裁・共産主義イデオロギー・ソビエト人」に置き換わった。ソ連解体後、ロシア連邦の統合原理はいまだ定まっておらず、この国はアイデンティティ・クライシスの状態に陥っている。

かつてロシア文明は、ビザンツ文明の周辺文明として出発した。10世紀末から11世紀にかけて、キエフ・ルーシは大公ウラジーミル一世の治世に蛮族の状態から文明へと這い上がった。この時期に東方正教という高度宗教を国教として採用し、それまでの異教と置き換えて文明統合の基礎的価値、基礎的制度とした。また、ビザンツ文明を受け入れたことでキリスト教的法意識とビザンツ的法規範が浸透し、従来の氏族的風習や慣習法を徐々に凌駕していく。さらにビザンツ様式の建築や美術を受け入れ、ギリシア文字を借用してロシア文字を創出するのである。

17世紀末になると、ピョートル大帝は全面的「欧化」政策に踏み切った。ロシアは世俗化した西洋文明を受容せざるを得ず、今度は西洋文明の周辺文明に転落した。それ以来、ロシアの150年におよぶ無自覚な「欧化」を初めて根本的に自覚させたのが、1836年に発表されたチャアダーエフの『哲学書簡』である。これは「ロシアとは何か」を主題とし、ナショナル・アイデンティティの問題をロシアに突きつけた。そして1840年代における「西欧派」と、ロシア土着派としての「スラブ派」の論争が起こるのである。それ以来、ロシア人とは何者か、ロシアの民族的特殊性は何か、ロシアの世界における使命とは何かが問われ続けてきた。

西欧派とスラブ派の論争は、ソビエト時代には影を潜めていた。そして、ソ連が消滅した今日、封じ込められていたこの論争が形を変えて再燃するであろうことをハンチントンは予測している。彼によれば、現代世界では文明への帰属をめぐって国家が「引き裂かれる」事態がありうるのであり、最も重要な引き裂かれた国家はロシアである。神川正彦によれば、19世紀〈近代〉に〈中心文明〉にのし上がったヨーロッパ文明は決して唯一の普遍文明ではない。今日の世界では「〈中心文明〉としてのヨーロッパ文明の〈脱中心化〉と、したがって同時に〈周辺文明〉としての非ヨーロッパ文明の〈脱周辺化〉」が進行しているのである。

ナショナル・アイデンティティとはネイションへの帰属意識であり、ネイションの自己規定でもある。ポスト近代と呼ばれる現代世界では、ミクロレベルでは家族が、マクロレベルでは国際社会が脱近代化していくなか、国民国家という近代文明の所産も変動を免れることはできない。政治的側面を重視し、統合を志向した国家ナショナリズムは動揺している。とともに、文化的側面を重視し、分離・独立を志向する非主流派民族のエスノ・ナショナリズムが覚醒した。そして、人種的側面を重視し、排除を志向する主流派民族の極右ナショナリズムが台頭するのである。さらに、脱近代化は再聖化も促した。世界各地で宗教的ナショナリズムが形成されつつある。現代世界におけるナショナル・アイデンティティは多元化、再聖化という変容を遂げつつある。そして、これらナショナリズムのどの要素に自己を同一化するかによってナショナル・アイデンティティは異なったものになるため、複数のそれが矛盾・葛藤・分裂を起こすことは珍しくない。

現代ロシアが選択しうる国家的理念としては、次の4つが提示されている。

  1. 自由主義や民主主義の原理に基づく国家的理念。ここでは、内政次元では自由民主主義、外交次元では大西洋主義、宗教次元では政教分離、民族次元では国民主義となる。
  2. ソ連時代への郷愁から生ずる「ソビエト国家」への回帰志向。内政は共産党一党独裁、外交は帝国主義、宗教はマルクス・レーニン主義、民族はソビエト人を志向する。
  3. 東西に跨るロシア独自の文明哲学であり、復古主義・大国主義的なユーラシア主義。内政は国家主義、外交はユーラシア主義、宗教はロシア正教重視、民族は多文化主義を採る。
  4. 革命前の帝政ロシアを理想視する復古主義的な国家的理念。内政はツァーリ専制、外交は帝国主義、宗教はロシア正教、民族はロシア民族主義である。

現代ロシアのナショナル・アイデンティティは様々な次元において「ユーラシア主義」「帝政ロシア」に傾斜しつつある。21世紀を迎えたロシア文明は、西洋化から土着化への傾向を強めている。この土着化はグローバリゼーションという西欧近代文明の挑戦に対するロシア文明の応戦であり、ロシア文明の発するSOSでもある。そして、周辺文明としてのロシア文明は脱周辺化し、中心文明としての西洋文明から自立しつつあると私には思えてならない。この地域の「アイデンティティ」が日本においても熱く論じられる所以である。

会社とサラリーマンはどのように変わったのか

わたなべ ひろし

ビジネスセミナーで、渋谷109に出店しているブランドショプの社長の話しを聞いたことがある。このショプの売り上げは当時とても好調ということで、セミナー参加者がそのあたりのことを質問したところ、その社長さんは大要次のように答えていた。

「私どもはマーケティングの類は一切行なっておりません。そんなことをしなくても、お店のある渋谷109周辺を毎日観察しておれば、お客様(10代後半~20代前半の女性)の間で何が流行っているかすぐわかります。当方はその流行に合わせて商品を作れば良いわけで、私ども独特のデザインを開発して流行を生み出すなどというつもりは、最初から持っておりません。」

今の日本企業における人の採用のスタンスも、このブランドショップの商品開発のスタンスとよく似ている。つまり、すでに技術や営業先(顧客)を持っている「即戦力」、ということはつまり他社が育てた「人材」を中途採用や派遣社員で採用し、賞味期限が切れたらそれでおしまい。この就職難、替わりはいくらでも労働市場から調達できる。自社で人を育てるという意識など最初から持っていない。

僕がサラリーマンになった1990年頃の会社は、こんな感じではなかった。

その頃、仕事で50人ぐらいのサラリーマンにインタビューをして歩いたことがあった。1990年頃といえば、いまだ「バブル経済」華やかなりし頃で、「世界に冠たる日本企業の生産性の良さ」といった神話がまことしやかに流布していた。しかし実際企業の現場で数多くのサラリーマンに会って話しをきいてみると、いかに企業内の仕事量というものが、不均等に配分されているかということを痛感したのをおぼえている。会社の要所要所で、自分の仕事とはあまり関係ないような、しかしその会社にとっては間違いなく必要な仕事を、それこそ身を粉にして「勝手に」やっている一部の社員がいるからこそ、「世界に冠たる日本企業の生産性の良さ」などというものが成り立っているのだということを、そのとき知った。

しかし2005年の現在、会社というものも変わった。身を粉にして働いている人は以前よりも増えたかもしれないが、それはあくまでも自分の数字のためだけである。

だいたいサラリーマンの「仕事」などというものは、最終的には売上金額という数字に換算されて評価されるわけであるが、そこに至る過程は、そりゃもう多種多様さまざまなレベルの雑務の複合体であり、期限と予算があるから完了しているようなものの、完璧な「終了」などというものはなく、当人が何を自分の「仕事」として了解するか、その内容で個々人の仕事は量的にも質的にも全く異なってくるのである。

各自が自分の目先の数字が上がる仕事しかしない、そういう社員だけの会社・組織などというものが果たして成立するものなのかどうか。

この15年間で、解雇(辞職)に対するハードルは、企業慣例・企業風土の面でも、法的・制度的にも、個々人の意識の上でも、極めて低くなった。本当に会社は「簡単に」人を辞めさせるようになった。また社員の方も簡単に辞めるようになった。どうせ辞めるのならば、何も人の仕事まで背負い込んでやっていられるかと思うのはしょうがないことなのであろう。しかしそういう働き方では、仕事というものが本来持っている自分の人生に対する意味、とでもいったものは細るばかりである。

給与労働者、いわゆる月給取りというのは、労働人口の8割を占めている。僕が就職した頃は、何か他によっぽどやりたいということがなければ、とりあえず皆サラリーマンになったのである。しかし今の時代、なりたい人が「努力と才能」の結果初めてなれるものに、サラリーマンが変わったということなのであろう。これって、当り前といえば当り前のことではある。日本のサラリーマンも、ようやく「真っ当な仕事」になっただけのことなのだろう。それはそれで良い。しかしそれでは、サラリーマンになれなかった人間、努力したが追いつかなかった人間は、どうすればよいのであろうか。それは100%その個人の問題ということで構わないのであろうか。

「自己の完成をあせる人間は、他人の人生には冷淡である。」これは中国文学者の吉川幸次郎さんの言葉である。

「戦後未処理問題」について

今井 康英

今回は、「戦後未処理問題」について述べます。

小泉首相の靖国神社参拝が違憲か合憲かは、つまるところ、裁判官に良心があるかないかによって、判断が分かれました。10月5日のコラムに、そのようなことを書いておきましたが、昨日の東京地裁での二つの判決も、このことを示しています。

ANN(朝日テレビ系、10月25日)によると、日本の植民地時代に台湾と韓国につくられたハンセン病療養所の元患者らが日本政府に補償を 求めていた裁判で、東京地裁は、台湾の元患者らには補償を命じる判決を言い渡しましたが、韓国の元患者らには認めませんでした。訴えていたのは、植民地時 代に韓国のソロクト更生園と台湾の台湾楽生院に強制的に隔離された現地のハンセン病の元患者ら合わせて142人です。2001年に施行されたハンセン病補 償法では、国内の療養所に入所した経験があるすべての人が補償を受けられるとしています。しかし、日本政府は、韓国と台湾の元患者らには「国外の療養所は 補償の対象外だ」として、支払いの申請を却下したため、元患者らが提訴していました。台湾の元患者らへの判決で、菅野博之裁判長は「補償法には、国籍や居 住地による制限はなく、戦前の台湾に設置された療養所を除くのは合理的でない」として、違法とする判決を言い渡しました。一方、韓国の元患者らへの判決 で、鶴岡稔彦裁判長は「補償法を審議する際には、国外の療養所が対象になるという前提がなかった」として、原告敗訴の判決を言い渡しました。

南日本新聞(同日)によると、韓国訴訟の原告は控訴する。鹿児島から駆けつけた40人を超す元患者や支援者らは「不当判決」に怒りをあら わにした。鹿屋市の星塚敬愛園で暮らす義久勝さん(63)は思わぬ韓国側の敗訴に声を震わせ、 「当時は民族蔑視(べっし)も重なり、人権被害は国内の療養所以上。植民地政策を謙虚に反省せぬ無責任な判決」と指摘。「本当に悔しいと思う」と原告を思 いやり、「人間回復へ一緒に闘い続けたい」と話した。名瀬市の奄美和光園で父親を亡くし、ハンセン病遺族・家族の全国組織代表を務める赤塚興一さん (67)=同市=は「両国の入所者は私たちの同胞で家族同然。この問題は2001年、勝訴した国賠訴訟の延長線上にあるはず。話にならない判決」と切り捨 てた。支援団体「ハンセン病問題市民会議かごしま」の寺本是精事務局長は、「同様の被害を受けながら、裁判長の解釈で人生が左右された。高齢の原告を思う と許せない」と声を荒らげた。

なぜ、同じ裁判所にもかかわらず、このように判断が分かれたのか。毎日新聞(同日、江刺正嘉)によると、隔離政策に基づく被害を救済する という補償法の「趣旨」をどうとらえるかで、真っ向から判断が分かれた。隔離政策に植民地政策も加わり、両施設で本土を上回る人権侵害の被害があったのは 明らかで、台湾訴訟の判決はその被害実態を直視したと言える。一方、韓国訴訟では、法の審議過程で国外施設を認識していなかったことを理由に、補償対象と なる施設の範囲を限定した。台湾訴訟の判決が、法の平等原則を重視し「厚労省告示を限定解釈するのは合理的ではない」と判断したのに対し、韓国訴訟は、厚 労省告示にない以上は補償対象とはならない、という立場を取った。そもそも二つの施設を厚労省告示に明記しなかったのは、政府が韓国や台湾だけでなく、旧 満州や東南アジアなど、戦前統治下にあった地域の施設の入所者から際限なく補償請求が出されることを恐れたためだ。第三者機関「ハンセン病問題に関する検 証会議」が今年3月にまとめた報告書によると、 戦前の韓国や台湾の施設では、職員による暴力など、本土にない人権侵害が繰り返されている。国は「法解釈が争点」として、この被害実態について最後まで認 否を避けた。韓国、台湾は60年代に強制隔離政策が廃止されたものの、戦前の日本の政策が原因で地域社会に病気への偏見が根強く残っている。国は台湾訴訟 の控訴を断念したうえで、海外の元患者の人権回復にも全力を尽くすべきだ。

私も、それが当然だと思います。それにしても、この国が持つ平和憲法は、なんと有難いことか。そして、少ないながらも良心のある裁判官が いることが、これで分かります。先の大阪高裁判決といい、この度の台湾訴訟判決といい、まさに裁判官の良心の輝きを見る思いがしました。戦後未処理問題の 早期解決に向けて、これらの判決が活かされることを期待します。

・・・かかしの寝言・・・

その他

投稿者 かかし

ねぼけた夢を見ましたよ。
私人の首相が 黒塗りの
車に乗ります
おかしいな。

ひぃふぅみぃよ・・・たくさんの
SPつれて歩くのが
「国民と同じ」って
おかしいな。

かかしは頭がカラだから
なんだかちっとも解かりません。
日本国の皆さんは
切符を買って地下鉄で
誰にも付かれず参ります。
まだまだ寝ぼけて夢を見た。
黒いお服のみなさんが
一人で行かずに
「みなでする」

かかしはますます分かりません。
大切な人を参るのに
今まで待っていたなんて。
バッチをつけて行くのなら
すぐに行く日がなかったの?
みんなでなけりゃ行かないの?

悪い夢だと思うから
早く起きよと思うけど
本当だったら怖いから
かかしはこのまま寝てましょう。
おっと 気になる 夢ながら
返してほしいな 黒塗りの
車とSP
いくらかな

二酔人四方山問答(18)

岩木 秀樹

B:小泉首相が靖国神社に行っちゃったね。

A:そうだね。非常に残念だし、怒りを覚えるよ。この前、朝鮮や中国で会った人たちや先生方がどのように思うかを考えるだけで気が重くなる。

B:でも保守の論者たちが「外圧に屈するな!」などと言っているよね。

A:その論は二重におかしいと思う。まず第一は、外圧ではなく、日本国憲法に違反しているということが大事だ。9月30日の大阪高裁の判決は、訴訟内容とは直接関係のない実質的傍論という形ではあるが、首相の靖国参拝は違憲という見解を出した。

B:そうだよね。「国が靖国神社を特別に支援している印象を与え、特定宗教を助長している」と述べていた。

A:第二におかしい点は、外圧だろうがなんだろうが、他人の意見には耳を傾ける、ましてや正論はそれを受け容れるということが大事だ。

B:そりゃそうだ。誰が言うのかよりも、言っている内容が大事だよね。

A:外国人が言っているからだめで、日本人ならOKというのは通らないと思う。それなら極論をすれば、外国人の生み出した学問・芸術などの 文化は受け入れないということなのか。そもそも、外交問題のあらゆる案件は、駆け引きや圧力などを駆使して行われる。靖国問題だけ外圧だと言うのはために する論議だと思う。

B:今回のことをテレビなどで見ていて、靖国問題をもっと勉強しなくてはいけないと思ったよ。

A:いい本があるよ。高橋哲哉さんの書いた『靖国問題』(ちくま新書、2005年)がまとまっているし、僕の考え方にも近くて、非常に説得的だった。

B:へー、どんなことが書いてあったの。

A:靖国神社は、大日本帝国の軍国主義の支柱であり、悲しみや痛みの共有といった追悼施設ではなく、戦死を賞賛し美化し功績とし、後に続く 模範とする顕彰施設であったということだ。高橋さんは、多くの人がA級戦犯合祀を問題にしているのに対して、それのみでは問題の矮小化だとして、靖国神社 そのものの存在自体を問うているんだ。

B:なるほどね。でもA級戦犯が分祀されれば、多少ともアジアの人々の印象も変わり、問題が沈静化するんじゃないかな。

A:それは多少あると思う。A級戦犯を分祀し、そしてさらに靖国神社とは別に無宗教の追悼施設を作るということは問題解決の一つの方法だと 思う。ただ、分祀された靖国神社に堂々と首相や天皇まで参拝することになるかもしれないし、無宗教の追悼施設が第二の靖国になるかもしれないと高橋さんは 危惧している。A級戦犯に戦争責任を負わせ、スケープゴートにすることによって、昭和天皇の責任を免責するという構図だ。

B:それはありうるね。もっと日本の近代史や天皇制、靖国神社そのものの問題点を掘り下げなくちゃ、根本的な解決にはならないね。

A:靖国神社は1869年に作られた東京招魂社が前身で、普通の神社とは異なり、単なる死者ではなく特殊な戦死者のみを祀る施設なんだ。

B:特殊な戦死者って。

A:敵の戦死者は言うまでもなく、味方の民間人も対象外で、さらには日本人の軍人の戦死者でも官軍でなければだめなんだ。だから徳川方についた「賊軍」は祀られなかった。 つまり天皇の軍隊についた戦死者のみ祀られることになったんだ。

B:でも、A級戦犯は戦死者ではないよね。

A:そうだ。A級戦犯のうち、絞首刑になった東条英機らと公判中に病死した者ら合計14名が1978年に合祀された。彼らは戦死者でないのに合祀されているのはとても不自然だ。何か意図を感じるね。

B:それに合祀されたくない人も合祀されていると聞いたことがあるよ。

A:その通り。旧植民地出身の遺族やクリスチャンから合祀取り下げ要求が出ている。その回答がまたすごい。池田権宮司は「天皇の意志により戦死者の合祀は行われたのであり、遺族の意志にかかわりなく行われたのであるから抹消することはできない」と言ったそうだよ。

B:そもそも靖国神社が宣伝している歴史観がまたものすごいらしいね。

A:そうなんだ。『靖国神社忠魂史』にはアジア太平洋戦争などの戦争の歴史が「聖戦」の立場から記述されている。また靖国神社の展示施設である遊就館には、あの戦争を「自存自衛のための戦争」として過去を正当化している。

B:それって現在の話。戦前の話じゃないの。

A:今現在、靖国神社が言っていることだよ。

B:そんなこと、最近の保守の政治家でもあまり言わないよ。

A:そのような神社に行くということ自体、ましてや一国の首相が行くということがどんなに大きな問題であるかということだ。このまま行くと、日本とアジア諸国のナショナリズムが沸き立ち、どちらにもいる穏健派の言論が抹殺されかねない。

B:でもそれが目的だったりして。

A:大いにあり得る。しかし僕らは靖国や日本の近代史をきちんと見つめながら、顕彰施設でなく、敵も民間人も含めた追悼施設を作るとともに、日本国憲法に書かれた戦争放棄や軍事力の廃棄を目指すことがこの問題の解決になると思う。

「靖国参拝問題」について(4)

今井 康英

今回は、「靖国参拝問題」について述べます。

東京新聞(10月17日)によると、参拝劇場は、わずか5分であった。秋の例大祭が始まった東京・九段の靖国神社を同日午前、小泉純一郎首相が公約通りに参拝した。だが、そのやり方は、中韓両国の反発や大阪高裁の違憲判決を意識してか、異例ずくめ。平服のスーツ姿で、記帳はなし。傘も差さずに参道を自ら歩き、拝殿の前で手を合わせると、わずか5分ほどで神社を後にした。首相の靖国参拝に反対する人々からは批判の声が上がる一方、首相の参拝を求める人たちも、異例の参拝方法に複雑な反応を示した。午前10時10分、黒塗りの公用車で靖国神社の青銅大鳥居前に到着した小泉首相は、濃いグレーのスーツに、水色のネクタイ。過去四回の参拝は、礼服か羽織はかま姿だったが、この日の参拝は初めて、ふだん執務する際と同様の平服で臨んだ。小雨の降る中、傘も差さず、口を真一文字に結び、ロープが張られた参道を警備の警察官らを伴って拝殿へ歩く。詰めかけた参拝客から声をかけられたが、視線をやや下げ、厳しい表情を変えずに拝殿へと進んだ。首相は拝殿前で一礼すると、階段を上がり、ズボンの右ポケットから取り出したさい銭を投げ入れた。その後、目を閉じたまま30秒余の間、じっと両手を合わせると再び一礼。参拝の仕方も一変させ、本殿には上らない「拝殿前参拝」という形を取って、神社を後にした。参道にぶ報道陣から「総理、総理」とコメントを求める声が上がったが、そちらの方は見向きもせず、5分程度で車に乗り込んだ。(私も、この5分間の一部始終をビデオニュースとラジオで確認しました。)靖国神社は今回の参拝について、社頭参拝の一種である「拝殿前参拝」と説明している。

共同通信(同日)によると、首相は参拝後、官邸で自民党の中川秀直国対委員長に「秋の例大祭だから、マスコミの皆さんがずっと待っているから、こんなことでずっと待たせていては申し訳ない。おれは絶対に参拝するんだから」と述べた。細田博之官房長官は記者会見で「首相の職務として参拝しているのではない」と強調した。読売新聞(同日)によると、首相は就任以来、年1回の参拝を事実上の公約としており、今回が5回目。首相が秋に参拝したのは初めて。靖国神社側は「歴代首相は例大祭中に参拝している」として、17~20日の秋季例大祭中に参拝するよう求めていた。首相は同日昼の政府・与党連絡会議で、「内閣総理大臣・小泉純一郎としてではなく、一国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。今日の日本があるのは、心ならずも戦場で散られた皆さんのお陰だという気持ちだ」と語った。中韓両国との関係に関しては「アジア諸国との関係は未来志向で進めたい」と述べた。 毎日新聞(同日)によると、首相は同日夕、首相官邸で記者団に同日午前に靖国神社を参拝した理由などを説明した。首相としての過去4回の参拝と異なる形式を取ったことに関し、首相は「今までは首相として特別に(本殿への)昇殿を許されていたが、『普通の国民と同じように』がいいと思った」と説明した。中国、韓国が反発していることに対しては「日中・日韓友好、アジア重視、変わりません」と述べ、両国政府に引き続き理解を求めていく考えを示した。17日を参拝日に選んだことについては「今日は例大祭。それと、やはり1年1回参拝するのはいいことだなと(思った)」と説明。一方で、郵政民営化関連法が14日に成立したことに対して「一つの節目かもしれない」と語り、小泉政権の最重要課題と位置づけた郵政民営化に道筋がついたことも参拝に踏み切る動機になったことを認めた。「(来年9月までの)任期中の参拝はこれで最後か」との質問に対しては「適切に判断していきたい」と述べ、来年も参拝を断行することに含みを残した。(私も、これらの会見をビデオニュースなどで確認しました。)

産経新聞(10月18日)によると、「一人の国民として心を込めて参拝した。二度と戦争を起こしてはならないという不戦の決意で祈った。日本はこれからもアジア諸国との関係を重視していきたい」首相は十七日昼の政府・与党連絡会議でこう参拝の「真意」を口にした。平成十三(2001)年の就任時、「いかなる批判があろうと必ず八月十五日に参拝する」と明言した首相。この年は「どうしても十五日は避けてほしい」との中国のメッセージを受け、二日早めて参拝した。翌(2002)年は春の例大祭に合わせて四月二十一日に参拝。十五(2003)年は一月十四日、十六(2004)年は元日に参拝したが、参拝日をずらしても中国側はかたくなだった。「いつでも、いつがいいか考えていた」昨年元日の参拝時、首相は記者団に悩ましい心境を吐露している。「心ならずも戦地で倒れた方々や、やむをえず戦場に行かれた方に哀悼の意を表明している」と説明してきたが、中国側は聞く耳を持たない。一方で、首相サイドは昨年十一月のラオスとチリ、今年四月のインドネシアと過去三回開かれた日中首脳会談の前に「首相は時期は別として、靖国神社を参拝する。それでもいいなら会談を受ける」と非公式に打診していた。それでも中国側が会談に応じたのは、表では国内向けに靖国参拝を批判はするが、裏では首相の靖国参拝をあきらめ、他の課題について協議する損得勘定をしていたためともいえる。このため、中国が、歴史問題で日本に踏み絵を迫り、「日本より優位に立つための口実に過ぎない」(周辺)と首相が見切っていたフシがある。首相は周囲に「靖国で譲れば日中関係が円滑にいくなんて考えるのは間違いだ。靖国の後は教科書、尖閣諸島、石油ガス田…と次々に押し込んでくる」と漏らしており、中国に強い警戒感を抱いている。衆院議員初当選から三十年以上にわたり、ほぼ毎年、靖国参拝を続けている首相。愛読書の一つは、特攻で散った学徒兵の遺稿集『ああ同期の桜』であり、国会で「特攻隊の青年たちの気持ちに比べれば、こんな(首相としての)苦労は何でもない」(十三年五月の参院予算委員会)と述べたこともある。「本来、心の問題に他人が干渉すべきじゃない。ましてや外国政府が、日本人が日本人の戦没者に、あるいは世界の戦没者に哀悼の誠をささげるのを、いけないとか言う問題じゃない」首相は十七日夕、記者団にこう言い切った。日本の内政問題である靖国参拝に干渉してくる中国や韓国を強く牽制(けんせい)したのだ。中国は今年、王毅駐日大使らが、「日本の政界、財界、マスコミを回って参拝中止への協力を呼びかけた」(自民党幹部)とされる。この日の参拝は、大阪高裁が傍論で違憲判断を示したこともあり、神道色を薄めるため昇殿参拝は行わず、私費による献花料の支払いもしなかったが、参拝すること自体は譲らなかった。「(来年の参拝も)適切にこれからも判断していきたい」首相は来年、「公約」だった八月十五日の参拝を果たすのか。九月の自民党総裁任期切れを待ってから参拝するのか。首相は最近、「中国は、日本人の心の問題にまで踏み込んだことを後悔するだろう」と周囲に語っている。

私も、この参拝劇場を見せられたが、「ああ、無謀」と言わざるを得ない。小泉首相の「真意」も分からないではないが、郵政民営化法案にせよ、靖国参拝にせよ、どちらも国民の総意ではない。自民圧勝と言われた先の「郵政」総選挙で、議席に反映されなかった国民の声(死票)も、無視してはならない。実際は、郵政民営化も参拝も、それを認めるのは国民の半数にも満たなかったのだから。小泉首相は慎むべきであると申し上げたい。日本人の心の問題も、もちろん、大事である。しかし、同様に、中国や朝鮮などアジアの人びとの心も大事にすべきだ。このままでは、再び中国や朝鮮と戦火を交えることに、なりかねない。それが首相の真意かも知れないが、国民の大多数はそれを望んでいないはずだ。靖国神社は、過去の遺産として残してもいいが、国が護持していくべきものではない。策や奇襲で先勝しても、後の大敗は免れない。最後には玉砕しかなかったことを、忘れてはならない。特に戦後生まれの国民は、このことを肝に銘じておくべきである。小泉首相の上辺の言葉を、迂闊に信用してはならない。今まさにイラクに派遣されている自衛隊を、「特攻隊」にしないためにも。恒久の平和を念願する日本国民として、今こそ抗議の声を上げるべきだと思います。

「イラク」抜きの平和論

わたなべ ひろし

フリーライターの永江朗さんが、自著である『批評の事情』の文庫化に伴い、その「あとがき」で、「9.11」に関連して次のように書いている。

同時多発テロの犠牲者は気の毒ですが、しかし、パレスチナではイスラエル軍によって毎日のように非戦闘員が殺されているのだし、キューバでは長期にわたるアメリカの経済封鎖によって人々は困窮しています。不幸なのはアメリカ人だけではない。(中略)正直いって私は、同時多発テロの犠牲者だけ特別に同情したりする気になれません。もちろん「ざまあみろ」とはいわないけれども、「そういうこともあるか」という程度なのが正直な気持ちです。そしてそれは、アメリカの同盟国である日本に住む私や私の妻や友人がテロの標的にされても「そういうこともあるか」と考えるしかない、ということでもあります。私たちはそういう時代に生きている、ということをあの事件は考えさせてくれました。

先ごろのロンドンでの「連続爆破攻撃」(僕はあれをテロとは言わないことにしている)の報道に接した際、僕が感じたことは永江さんと全く同じであった。ただ永江さんとのニュアンスの違いが若干ある。「私たちはそういう時代に生きている」のは確かかもしれないが、それはとりもなおさず僕たち自身が選択したものなのだということである。もし「日本に住む私や私の妻や友人がテロの標的にされても」、それは「アメリカの同盟国」としての道を選択した僕たち日本国民の責任だということである。

例えば今回の衆院選挙結果などを見たら、国内的にはイラク問題など全く争点にもならなかったが、国際的には「アメリカの同盟国」としてイラク派兵への道をあらためて支持するということを日本国民が表明したものとして受け取られるに違いない。だってイラク状況がこれだけ混乱している中での派兵当事国の国政選挙なのだから、それが争点にはならなかったなんて国際的にはきっと考えられないことだと思う。

もちろん僕自身、彼等の攻撃対象などになりたくはない。しかし僕たちは現在の消費生活を享受するために、数ある選択肢の中からイラクへの派兵を選び覚悟の上で「参戦」したのであるから、「日本に住む私や私の妻や友人」が彼等の攻撃対象になることは、全く理にかなった正当な行為なのである(極めて残念なことではあるが)。なぜなら、ブッシュ米大統領が言うように、これは「戦争」なのだから。そしてもちろん彼等の「爆破攻撃」は、イラク派兵に反対している日本人と、賛成している日本人とにえり分けて行なわれるわけではない。

僕はイラクにおける現在の戦争状態とそこに日本の軍隊が参戦しているという事実、そして日本国民全員が、「私や私の妻や友人」がいつ彼等の攻撃対象になるかわからないという形で日常的にその代償を負っているという事実を前提にしない反戦や平和の言論は信用しない。

月刊誌の『第三文明』が、解散総選挙決定直後の10月号で総選挙についての「緊急特別企画!!」を組んでおり、そこに政治学者の河合秀和さんが見開き2ページほどの談話を載せている。河合秀和という人は、例えばイギリスにおける政治哲学の泰斗である、I.バーリンの日本版選集の編訳者であり、日本におけるリベラリズムの最良の一人であると僕などは思っていた。

その河合秀和さんによると、「自民党は財界に支えられ、左翼政党は労働組合に支持を得ていた」のと同様に、公明党は「家庭の主婦たち」に支持された政党だという。なぜなら彼が公明党の講演会に招待された際、役員も誘導係もお茶をだしてくれたのも女性だったからそう考えるというのである。そして公明党に望むこととして、河合さんは福祉と共に「平和の推進」をあげ、公明党は平和を愛する女性を支持基盤にしている政党であるのだから、平和のために貢献できることは多いと述べていた。

いったいこれは何かを言ったことになるのであろうか。

河合秀和のような「立派」な政治学者が、与党である公明党と極めて関係の深い月刊誌の、解散総選挙決定直後の特集記事において、平和について語った文章の中に、イラクのイの字も触れられていないのである。

日本の偉い学者がこんな文章をヘラヘラ書いている間にも、イラクの状況は深刻化し、日本の派兵責任も抜き差しならない大きなものになっていっているのだ。そしてその代償を負っているのは、繰り返すが日本国民全員の「日常生活」そのものなのである。

二酔人四方山問答(17)

岩木 秀樹

A:平壌の郊外の大城山には、抗日戦争で亡くなられた方の銅像が何百と並んでいる革命烈士陵があるんだ。ここに行ったときには日本人として悲痛な気持ちになった。

B:そうだろうな。僕も北京の中国人民抗日戦争記念館に行ったときにも同じような気持ちになったよ。

A:ここを訪れる朝鮮人の日本人に対する冷たい目線をなんとなく感じたよ。思い過ごしかもしれないけれど。

B:当然かもしれないよ。僕が朝鮮人だったら、冷たい目で見るかもしれない。僕のおじいちゃんを帰せ、現在の朝鮮半島の状況は日本にも責任があるんだぞって。

A:確かにそうだね。日本軍によって多くの人が殺されたり、100万人以上の人が強制連行されたり、その後の朝鮮戦争では双方400万人以 上の死者を出し、現在も1000万人の離散家族を抱えている朝鮮半島のことを考えると、近代日本の歩んだ歴史が現在の朝鮮半島に大きな影響を及ぼしている のは確かだ。そうそう、金日成主席の両親も日本軍によって虐殺されたんだ。

B:そうなんだ。両親を殺されたら、僕でも抗日パルチザン闘争に入るね。

A:やはり日本人はまず革命烈士陵を訪れるべきだと思う。小泉首相も平壌に来たとき、すぐにここに来るべきだったということを、朝鮮社会科学者協会の先生方にも言っておいたよ。

革命烈士陵
革命烈士陵

B:でもこういう施設は、ナショナリズムの高揚に利用されやすいって、どこかに書いてあったよ。

A:まあ、過去の戦争にまつわる施設やモニュメントは、現在の政権の正当化や、ナショナリズム宣揚に利用されるのは、どこの国でも大なり小なりやっていることだ。そんなことは折り込み済みで、それも含めて見に行った方がいい。特に日本人は加害者としての当事者だから。

B:そうだよね。

A:朝鮮は高句麗以来の古い歴史があって、そのことに大きな誇りを持っていた。そうそう歴史といえば、開城の高麗歴史博物館に行ったとき、ガイドが「開城の寺院は豊臣秀吉によって焼かれました」と説明していた。今から400年以上前の歴史が現在でも語られていた。

B:ああ、秀吉の「朝鮮征伐」か。この「征伐」という言い方も自己中心的な発想だよね。

A:このガイドの話を聞いて、はっとさせられた。そういえば日本史で習ったということを思い出した、秀吉軍が朝鮮を「征伐」したということを。このあたりから、朝鮮人の歴史への誇りとそれを壊す日本人という構図が徐々に芽生えてくるのかなと思った。

B:何でも、やった方はそれをすぐに忘れるけれど、やられた方はいつまでも忘れないということもあるしね。

A:同じアジアの隣国なのに、歴史を共有していない、むしろ対立的な歴史観を感じたことは他にもあった。

B:え、どんな点。

アリラン祭
アリラン祭。上の方に8.15と60の文字がある。

A:1945年8月15日は、日本にとって敗戦記念日だけど、朝鮮にとっては戦勝記念日であり、解放記念日であり、まさに光復なんだ。アリラン祭にもこの日が大々的に映し出されていたし、色々なモニュメントにも刻まれてあった。

B:どんなところに。

A:例えば凱旋門。これはパリの凱旋門より大きいらしいんだけれど、門の左側には1925、右側には1945と刻まれていた。1925年は金日成が日本からの独立を勝ち取るために、万景台の生家を出たとされる年で、1945年は独立を達成し、平壌に凱旋した年だ。

万景台(金日成主席生家跡)
万景台(金日成主席生家跡)

B:1945年8月15日は二つの国でこれほど対照的なんだ。

A:ただ皮肉なことに、戦勝国は分断され、敗戦国は分断されず、その後日本は朝鮮戦争によって大きな経済的利益を受けることになるんだ。

「世論調査」について(3)

今井 康英

今回は「世論調査」について述べます。

読売新聞(10月11日)によると、衆院は同日の本会議で、政府が今国会に再提出した郵政民営化関連法案を自民、公明両党などの賛成多数で可決し、参院に送付した。民主、共産、社民などの野党各党は反対した。通常国会では、自民党に多くの造反が出て5票差での衆院通過だったが、衆院選を経た今回は「反対票組」のほとんどが賛成に転じ、賛成338、反対138の200票の大差となった。政府・与党は14日の参院本会議での成立を目指す方針だ。賛成が議席数の3分の2(320)を超えたため、憲法の規定により、参院で否決された場合でも、衆院の再議決で成立する。つまり、郵政民営化法案の成立は、時間の問題であり、これが平成翼賛会の威力である。これは、「郵政」国民投票と言われた総選挙の結果であり、国民が選択した結論でもある。(但し、今回は得票率と議席獲得率に大きな乖離があるので、異論もある。)問題は、郵政民営化以外の諸懸案に国会がどう応えるかである。民意を尊重することになっている小泉首相にも、是非、承知してほしい世論調査がある。

毎日新聞(10月10日)によると、8、9日の両日、全国世論調査(電話)を実施した。12月14日に期限切れとなるイラクへの自衛隊派遣について聞いたところ、「延長すべきでない」との回答が77%に上り、「延長すべきだ」の18%を大きく上回った。イラクへの自衛隊派遣については、来年5月に英豪軍が撤退した場合には派遣継続は困難とする意見が与党内からも出ている。昨年12月に1年間の派遣延長を決定した際は「賛成」31%、「反対」62%、昨年11月に延長の是非を聞いたときは「延長すべきだ」27%、「延長すべきでない」51%で、慎重論の強まりが読み取れる。自民支持層でも66%が派遣延長に反対、賛成は29%にとどまった。自民以外の支持政党別では、公明支持層の8割近くが反対。民主、共産、社民支持層で反対が8割を超え、性別では女性の79%が派遣延長に反対した。つまり、国民世論は自衛隊のイラク派遣延長に反対している。小泉首相、並びに国会は、この民意を謙虚に受け止めるべきである。

JNN(10月10日)によると、調査は全国の20歳以上の男女を対象に10月8日と9日に行いました。まず、衆議院に憲法調査特別委員会が設置されたことを知っている人は50%で全体の半分でした。日本国憲法の改正については、「改正すべき」が59%、「改正すべきでない」が32%でした。一方、改正論議の焦点である憲法9条については、「改正すべき」と「改正すべきでない」がそれぞれ42%で意見が2つに割れました。9条の1項で「戦争と武力行使の放棄」を定めていることについては、「変えるべき」が27%だったのに対し、「変えてはならない」が66%。また、2項で「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と定めていることについては「変えるべき」が38%「変えてはならない」が51%という結果でした。

また、毎日新聞(10月5日)によると、憲法問題について、全国世論調査(面接)を実施した。憲法改正に「賛成」と回答した人は58%で、「反対」の34%を上回った。戦争放棄や戦力の不保持を定めた9条については「変えるべきでない」が62%で、「変えるべきだ」の30%の2倍に達した。衆参両院の憲法調査会や自民、民主、公明各党による論議で国民に改憲への支持が広がる一方で、自民党が重視する9条改正についてはなお慎重な国民意識を示した。調査は9月2日から4日まで全国の4550人を対象に実施し、2418人から回答を得た。調査方法が異なるため単純に比較はできないが、昨年4月と今年4月の電話調査では、憲法を「改正すべきだ」が6割程度、「改正すべきでない」が3割で、ほぼ同じ傾向となっている。同時に、9条改正について聞いたところ「変えるべきでない」との答えが男性で57%、女性は67%に達した。「変えるべきだ」は、男性が38%、女性は23%にとどまった。9条改正賛成派にどの部分を変えるべきかを聞いたところ、戦力不保持と交戦権否認を規定した2項だけを「変えるべきだ」と答えた人が50%と最多。戦争放棄を定めた1項と2項の「両方とも」が35%と続き、1項だけを「変えるべきだ」は13%にとどまった。つまり、JNNの調査でも毎日の調査でも、国民世論は、憲法改正には賛成するが9条の改正には反対だと言っている。少なくとも、自衛隊を海外でも武力行使できる軍隊にはしたくないというのが、今のところの民意だと思われる。いずれ近い内に提起されるはずの自衛権や自衛軍を明記した改憲案に対して、国民がどういう選択をするのか、これから護憲派にとっては益々油断ならない時代である。

二酔人四方山問答(16)

岩木 秀樹

A:朝鮮で、私たちが泊まったホテルやレストラン、お土産屋は全て外貨が使えた。ユーロ・ドル・中国の人民元、日本円など。基本的な表示はユーロだった。

B:やっぱり、アメリカとの敵対関係があるから、ドル表示をしないのかな。

A:世界的に見てもドルよりもユーロの方が使われるようになってきている。中東でもその傾向がある。やはりアメリカの単独主義的軍事・外交政策に対する反発があると思う。

B:日本円はどうだったの。

A:もちろん使えたよ。私たちが行くところはどこでも使えた。硬貨まで使えた。世界中で日本円が使えるところは多少あるかもしれないが、硬貨まで使用可能なのは、朝鮮くらいじゃないかな。

B:へーすごいね。

A:もっとすごいのが、朝鮮のお金を見ることも、手にすることも無かったことだ。普通の海外旅行では考えられないことだ。だから私たちに とっては外貨が使えるというよりは、外貨しか使えないということだった。でも無理を言って、「お釣りは朝鮮ワォンでください」と言ったら、奥の方から持っ てきてくれた。ちょっと嫌な顔をされたけどね。その時初めてレートを知った。だいたい1円は1,3ウォンくらいかな。

朝鮮の100ウォンと50ウォン
朝鮮の100ウォンと50ウォン

B:やっぱりその国に行ったら、その国のお金を見てみたいし、使ってみたいよね。ところで平壌の街並みをどうだった。

A:広い道路に車はわずかで、信号機は一つも無かった。平壌に無いのだから、朝鮮には一つも信号が無いんだろう。車が少ないのは、「わが国 は公共交通が発達しているから車が必要ないのです」との公式見解があった。そうそう信号がない代わりに、美しい婦人警官が交通整理をしているんだけれど、 機械的な動きでおもしろかった。

北朝鮮:交通整理をする婦人警官
交通整理をする婦人警官

B:ところで、他の交通手段は何。

A:バスやトローリーバス、地下鉄、そして自転車に徒歩だ。そうそう地下鉄とトローリーバスに乗ったよ。

B:どうだった。

A:トローリーバスは私たちだけの貸し切りになった。停車場で待っている人が恨めしそうに見ていた。申し訳なかったな。

B:そうだったんだ。地下鉄はどうだった。

A:地下100メートルにあったよ。これほど深ければ、核シェルターや防空壕としても使えるかもしれない。ただ平壌には大同江という川があ り、地盤が緩いので深く掘る必要があると言っていた。駅構内にはシャンデリア、壁画、彫刻などがあり、地下宮殿とも呼ばれているらしいよ。

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地下鉄のホーム

B:へー、それはすごいね。

A:地下鉄にしてもトローリーバスにしても旧社会主義圏の車両を使ったり、駅などの雰囲気もそのような国に似ていると同行の先生方は言っていた。そうそう、平壌の街並みも 大きなアパートや巨大なモニュメントが多く、これまた旧ソ連の街並みにそっくりだとも言っていた。

B:今じゃあ、旧ソ連の大都市も変わって、ネオンぎらぎらで利益やお金が最優先されているようだけれど、そのうち朝鮮もそうなっちゃうのかな。

A:それはそれで寂しいね。将来、「古き良き平壌の街並みよもう一度」なんて懐かしむ時代が来るかもね。今は電力の問題で夜の平壌は真っ暗だけど、将来ネオンでぎらぎらになったりして。

B:夜は真っ暗なんだ。

A:だから電力問題を解決するために、原子力発電所が必要だと言っていた。真っ暗だけど、人はずいぶん歩いていた。女性も1人で気楽に歩いているところを見ると、治安はかなり良さそうだ。

B:考えてみれば、夜は暗いのが当たり前で、何十年か前の日本もそうだった。夜が明るすぎるのも問題だよね。