月別アーカイブ: 2005年9月

「世界情勢」について

今井 康英

今回は、「世界情勢」について述べます。

このカテゴリでは、今や、アメリカでのイラク反戦運動の象徴となっているシンディ・シーハンさんの活動を紹介しています。ロイター(8月6日)によると、同日ブッシュ米大統領が米テキサス州クロフォードに保有する牧場兼私邸の近くに、およそ70人が集まり、米軍のイラク撤退を訴えた。ホワイトハウスの報道官によると、ハドリー大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らは、シンディー・シーハンさんらとおよそ45分間面会し、訴えに耳を傾けた。シーハンさんは、面会の前に記者団に対して、「なぜ息子を殺したのか、息子は何のために死んだのか、大統領に尋ねたい」と話していた。

西日本新聞(ワシントン8月11日青木忠興)によると、シンディ・シーハンさん(48)がブッシュ米大統領に駐留米軍の撤退を訴えるため、テキサス州クロフォードの大統領私邸近くでキャンプを続けている。大統領は十一日、私邸の牧場で会見し「彼女の立場を厳しく受け止めている」と同情を示したが、「敵に誤った合図を送ることになる」と撤退論は退けた。シーハンさんの息子、ケーシーさんは二〇〇〇年に陸軍入隊。昨年四月、イラクに派遣され、五日後に戦死した。まだ二十四歳だった。カリフォルニア州在住のシーハンさんは牧場近くの道路脇にテントを張り、反戦の垂れ幕を掲げて「息子のように若者を無駄死にさせるべきではない」と訴えている。共感する反戦活動家らが抗議行動に加わり、支援を始めた。シーハンさんは「息子の死まで、一人では何も変えられないと思っていたが、多くの人に支えられた一人は主張を届けることができる」と語った。

ANN(テレビ朝日系、8月22日)によると、イラク戦争で息子を亡くした母親が、ブッシュ大統領の滞在するテキサス州で、抗議活動を展開しています。彼女を支援する人も駆けつけ、「反イラク戦争」の象徴的な存在になりつつあります。シーハンさんが、炎天下での座り込みを始めたのは、今月6日。ブッシュ大統領が夏休みを過ごす牧場のすぐ近くです。「何のために息子は死んだのか」と大統領に問いただしたいと訴えるシーハンさんのもとに支持者らが集まり、テント村ができました。集まった人の多くは、イラクで息子らを亡くした母親たちです。座り込みから2週間目、シーハンさんは母親の容体が悪化したため、急きょ、テント村から離れることになりました。その後も、母親たちは彼女の帰りを待ち続けています。たった1人の母親が始めた戦いが、静かな声となって全米に広がろうとしています。

JNN(TBS系、9月2日)によると、実はブッシュ大統領は去年、カリフォルニアの基地で戦死者の遺族と会った際、シーハンさんとも面会していました。しかし、今回はブッシュ大統領は側近を送り、シーハンさんの話を聞きましたが、自ら会おうとはしませんでした。「『今すぐ米軍がイラクから撤退すべき』との彼女の考えは聞いている。しかし、それはこの国の安全保障にとっては間違いだ」(ブッシュ大統領)ガソリン価格の高騰や出口が見えないイラク情勢に対する不信感からブッシュ大統領の支持率が低迷する中、一人の母親の行動はブッシュ大統領の再選で勢いを失っていた「反イラク戦争」の動きに再び、火をつけました。しかし、ブッシュ政権は10月に予定されているイラクの憲法草案をめぐる国民投票などのために、むしろ部隊の数を増やそうとしています。8月31日、ブッシュ大統領はハリケーン「カトリーナ」被害の対応のため、夏休みを切り上げワシントンに。一方、同じ31日、シーハンさんはワシントンでの反戦集会に向かうバスツアーに参加しました。「誰一人として、このウソとごまかしに基づいた戦争で死ぬべきではありません。私たちはイラクを侵略し占領すべきではなかった。私は日本人にも自衛隊を撤退させるよう働きかけてほしい」(シーハンさん)

毎日新聞(9月24日、ワシントン笠原敏彦)によると、同日イラク戦争に反対し、駐留米軍の即時撤退を求める反戦デモが、ワシントンのホワイトハウス周辺で行われた。終日繰り広げられたデモや集会には10万人を超す人々が参加し、イラク開戦(03年3月)以来、首都では最大の反戦抗議運動になった。主催団体は当初10万人の参加を予想し、AP通信によると、警察当局はその数に達したと見ている。一方、主催者側は実際の参加者数を30万人としており、デモの規模は予想を超えて大きく膨らんだ模様だ。米兵の息子(当時24歳)をイラク戦争で失ったシーハンさんが集会で「あと何人の子どもたちを犠牲にしたいのか」と訴えると、参加者らは「もう一人も許されない」とシュプレヒコールを繰り返し、駐留米軍の即時撤退を求めた。反戦デモは、ハリケーン「リタ」の米南部上陸と重なり、ブッシュ大統領は被害対策の陣頭指揮のためホワイトハウスにはいなかった。この日はロサンゼルスやサンフランシスコなど米国各都市のほか、東京やロンドンなどでも反戦デモが行われ、世界各地で反戦ムードが高まりをみせた。

同日、栃木県では「九条の会・栃木」設立記念集会が県教育会館大ホールで開催されました。県内各地から約600人(主催者発表)が参加しました。私も、その一人です。イラク戦争に反対している世界の人々の運動と、平和憲法を守り、9条の精神を広めようとする私たちの運動が同時進行していると感じずにはいられませんでした。また、「反戦の母」シンディ・シーハンさんの活躍が物語るように、母親が先頭に立ってこそ、反戦平和運動は本物の運動になると思います。

エッセイ11 暴力事件と処分

木村 英亮

高校野球で優勝した駒大苫小牧高で、コーチの暴力事件が公になり、日本高野連では、部長の謹慎処分と野球部への警告を決め、生徒には責任がないので優勝は取り消さないこととし、会長は緊急通達で、上級生による暴力制裁、指導者の暴力を許されないものとし、学校教育法でいかなる暴力も禁止されていることを通達した。この問題についての私の疑問。

  1. 山崎コーチは、辞任するだけで、刑事責任は問われないのだろうか。
  2. 大会終了まで事件を隠していた校長の態度は認められるのか。
  3. 校長はまた、終了まで隠していたのは、被害者の父兄の希望によると虚偽の説明を行っていたようであるが、この点の責任は。
  4. 部員の生徒は暴力事件を知らなかったのか。被害者はひとりだけなのか。

まず、スポーツが、高校の教育活動の中でどのように位置づけられているのかが大切である。学校のために勝てばよいというのであれば、コロッセウムでライオンと闘ったローマの奴隷と同じではないか。明徳義塾は自発的に出場辞退したが、苫小牧高は優勝を辞退する気はなかったといい、公表を延ばしていた 理由について虚偽の説明を行っていた。一体この高校は、生徒に何を教えようというのだろうか。教育の場としては成立していない、のではなかろうか。新聞を読んだ人たちは、高野連の決定で一件落着と納得したのだろうか。

歯のはなし

近藤 泉

味覚の秋にちなんで「歯」のことについて、つれづれなるままに・・・。

◆この頃、ずっと気になっていることがあります。

テレビに出てくるアナウンサーやニュースキャスターの歯並びの悪さです。矯正歯科の広告で、欧米の常識では歯並びが悪いとその人の品性までが疑われる、と ありました。その真偽は分かりませんが、ニュースを見ていてそのあまりの不揃いに、この方の親御さんはわが子の歯をあまり覗かずに育てたのかな、ととても 気になります。

今は成人してからでもきれいに治り、歯の裏側から器具をつけ外見にも目立たない矯正があります。少なくともアナウンサーなど人前に出る職業を目指す方は、お金を貯めてでも歯のお手入れをしてはいかがでしょう。

◆歯並びの悪い子ども達も多くなって来ていると感じます。

わが家の息子の歯並びが気になり矯正歯科に見てもらったところ、歯並びは大したことはなく噛み合わせの面で重大な問題が見つかり、顎の骨を削らなくてはな らないところでした。中学生で永久歯が揃い骨の成長が落ち着くちょうどいい時期にあることから、矯正が見事に仕上がりつつあります。歯と顎がこんなに自在 に動くものだということに驚嘆しています。顎の骨まで移動させる本格的な治療に保険の適用がないのは合点が行きませんが、子どもに高い服を着せたり英才教 育をするお母さん達も、まず正しい歯並びをわが子にプレゼントしてあげてほしいとつくづく思います。

子育ては十人十色、相手あってのことですから一律には行きません。しかし、歯が生えて来る4‐5ヶ月の乳児期から永久歯が生え揃う中学生 までの間の「成長に応じた歯の衛生」は親が確実に形に残してやれる子育てです。それは生涯にわたる財産であるからこそ、命名や教育と同じくらい重いのでは ないでしょうか。

◆一日も休まず一生使い続ける「歯」。

歯が健康であるからこそ物を消化し、健康な体を維持することができます。

そればかりか歯は味も感じることができます。差し歯や義歯をしたとたん、食べ物の美味しさが半減してしまうのです。経験のある方にはご理解いただけると思います。他人の目を引き付ける「歯」。口元の美しさばかりでなく表情や発音にも関わってきます。

子どもと親が顔を見合わせ、たくさんおしゃべりする。子どもがにっこり白い歯を見せて笑う。子どもの笑顔を見ながら子育てできたなら、歯並びにも敏感になり、もしかすると美しい日本語をうっとり聞かせてくれるアナウンサーが増えるのかもしれませんね。

エッセイ10 教員と学生

木村 英亮

井上 靖の『おろしや国酔夢譚』に、主人公光大夫らがイルクーツクのキリル・ラックスマンの家をはじめて訪ねた場面がある。井上はそこを次のようにまとめている。「日本の漂流民たちは一人残らずラックスマン家を訪ねたことに満足を感じた。ラックスマンその人は気難しくもあり、わがままでもあるようだったが、言うことにも、することにも飾りというものはなかった。それが光太夫にも仲間たちにも、何とも言えぬいい印象を与えた。」(文春文庫版、169ページ)

最近読んだ木村幸雄「臼の上に座る人」(『中野重治の会会報』第5号、2ページ)に、募金のために中野重治を訪ねた学生時代の思い出がある。口座に振り込むからと現金を渡さず、口座番号を記載した広告を出し賛同者が振り込むようにすれば、学生も勉学の時間を失わなくてすむ、運動をもっと合理的に運ぶことを学ばなければならぬと話し、「臼の上に座って、そういう話をする中野重治の風貌姿勢は、古風で頑固なものに見えた。しかし、話の中身は、新鮮かつ柔軟で合理的であり、目を開かれる思いがした。」と結んでいる。

ラックスマンや中野の言動には、対人関係についてのひとつの態度がある。大学の仕事も人が相手であるが、その人は、学生に重点を置くべきであると思う。携帯やインターネットの時代、人間関係の常識も変わっている。たとえば教育実習校・指定校訪問など、ありがた迷惑になっているのではないかと感じることもある。もう少し合理化し、研究・教育の時間を確保した方がいいのではないであろうか。

二酔人四方山問答(15)

岩木 秀樹

A:朝鮮を旅して驚いたことは、思っていたより外国からの物や人の流れが多いということだ。

B:朝鮮ってほとんど鎖国状態じゃないの。

A:それが違うんだ。まず1番目に付くのは団体の中国人旅行者。朝鮮には風光明媚な観光地が多いから、それを目当てに純粋な観光として来ているようだ。それに中国人料金は日本人よりかなり安いので、それが拍車をかけているみたいだ。

B:へー。君たち日本人料金はいくらくらいだったの。

A:8泊9日で北京滞在費用も含めて、1人約30万円だった。

B:んー。少し高いかな。韓国だったらパック旅行でこれくらいの滞在だったらその半分だろう。でも日本人は高いって差別じゃない。

A:そうは思わないよ。国の物価も違うし、金持ちから多く取るということはそれほど差別じゃないと思う。むしろ誰からも同様の金額を取るということの方が差別かもしれない。イスラーム地域でも定価という概念はうすくて、物の価値は売る人と買う人の関係の中で形成されるものとされている。

B:なるほどね。他にどんな人が来ていた。

A:ヨーロッパ人も来ていた。ゴルフをしに来たり、観光を楽しんだり、アリラン祭を見たりしていた。僕らのように学術交流や朝鮮社会の現実を見るという雰囲気ではなく、気楽な普通の旅行をしているようだった。あと日本の朝鮮大学校の学生が修学旅行で来ていた。彼らは万景峰号で来て、数ヶ月滞在すると言っていた。そうそう韓国からの旅行か仕事かわからないけれど、その団体を開城の高麗博物館で見かけた。たぶん陸路で入ってきたんだと思う。

B:ずいぶんと交流があるんだな。

A:物流もかなり活発で、中国側から鴨緑江を越えて多くのトラックが物資を積んで入っていた。経済封鎖を日本一国でやっても意味がないなと思った。ちなみにホテルには日本のお酒やビール、ちょっとしたスナックもおいてあったよ。

B:へー、物流もどんどん盛んになりそうだね。

平壌のスーパー兼おみやげ屋
平壌のスーパー兼おみやげ屋

A:そうそう、平壌最後の夜に、ホテルのバーに入ったら、日本語の歌を歌っているグループがいたんだ。酔っぱらった1人のおじさんに絡まれて、踊りまで一緒に踊らされたんだ。名刺をもらって少し話したんだけど、韓国からの農村振興の研究開発グループだったんだ。その人は農学博士でかなり立派な肩書きを持っていた。平壌の夜のバーで、日本人と朝鮮人のガイドや通訳の方と韓国人が日本語の歌を歌うなんて、おもしろい光景だったよ。

B:ところで、板門店にも行ったんでしょ。どうだった。

板門店
板門店。手前は休戦会議場、真ん中に境界線がある。向こうは韓国の自由の家。A:分断の象徴だし、今でも約1000万人の人々が分断されていることを思うと、悲痛な気持ちになったよ。板門店には韓国側から入ると、「見学中負傷ないし死亡しても補償は請求しない」という誓約書を書かせられるし、写真もそれほど自由に取れないのに対して、朝鮮から入ると、誓約書もないし、写真やビデオも自由だった。

B:朝鮮人民軍兵士がつくんでしょ。

A:そう、JSA(共同警備区域)に入る頃から、将校1人と兵士2人がガイドと護衛のためについた。将校はガイド役で人民軍の中佐だった。温厚な人で国際情勢などにもかなり詳しく、色々話を聞かせてくれた。ある一定以上の人は外国の情報も熟知し、国際社会の現状をかなり理解しているんだなと思った。

B:外国の情報は完全にシャッターアウトされているのかと思っていた。

A:ただインターネットはあるけれど、外国には飛べないらしい。

B:それはインターネットとは言わないじゃないの。

A:でもEメールはしかるべきところに行けば外国とのやりとりができるから、もしかしたら外国のインターネットもある地位以上の人は見ているのかもしれない。そうそう、Eメールを使って朝鮮の若者同士がチャットをするのが流行っているとも言っていたよ。

B:この時代、外国からの情報は完全に遮断できないよ。

A:そう、情報が社会や政治を変える可能性もある。物・人・金・情報の交流により、大きな変化があるかもしれない。

「憲法改正問題」について(3)

今井 康英

今回も、「憲法改正問題」について述べておきます。

本日、第163特別国会が召集され、第3次小泉内閣が発足しました。 郵政民営化法案の成立を最優先するため、全閣僚を再任したところですが、 特別国会終了後に、内閣改造、党役員人事を行うようです。 小泉首相自身の任期については、来年9月の自民党総裁任期までと、明言しました。 私見ながら、小泉さんは今まで 「私の任期中には、憲法を変えません。消費税を上げません」 と言ってきましたので、もし、 いよいよ憲法を変える気になったり、そろそろ消費税を上げてもよいと判断したのなら、 彼は辞めることを躊躇しないでしょう。 但し、党内外から任期延長論が次々と出されていますので、 本人の希望通り、来年9月に退任できるのか、どうなるのか本当のところは分かりません。 なにせ彼は稀代の「策士」ですから、政権延命のためにどんな奇策を用意しているのか、 やすやすと見抜けるはずもありません。

一方、議席の上では惨敗して岡田代表が辞任した野党第1党の民主党は、 43歳の前原・新代表を選出し、世代交代が進みました。 (彼が9条2項否定の改憲論者であることは、やや気になるところではありますが) 菅・元代表と比べれば、国民に歓迎される選択だったと思われます。 これで、自民党の次期総裁も、ある程度「若さ」を求められることになりそうです。 政権交代は叶いませんでしたが、政界の世代交代を前へ進めたことに関しては、 国民にとって良いことだったと思われます。

さて、問題は憲法改正論議の行方ですが、 古い見方で恐縮ですが、改憲派は自民、公明、民主などで国会の大勢を占めており、 護憲派は僅かに共産、社民の両党だけと言って良い情勢ですから、 今後4年間に、いっそう改憲論議が進むことは間違いありません。 現に14日の各派協議会では、「憲法常任委員会」の設置で自民、公明、民主が基本合意し、 共産、社民が反対したと報道(時事通信など)されました。 その後、「憲法調査特別委員会」の新設で話がついたようですが、 いずれにしても、改憲手続きを定める「国民投票」法案を審議していくことになりました。 国会では改憲に向けて着々と大政翼賛会(あるいは、改憲大連立)が形成されつつあります。 しかし、国民世論の中には「9条を守れ!」と言う声も徐々に拡大していくと思われます。 今回の総選挙で共産、社民の両党に上積みされた100万票の有権者の願いは、 これに尽きるのではないかと思います。私も、その一人です。

朝日新聞山梨版(9月15日)によると、 「9条の会inやまなし」の世話人代表をする長坂町の主婦田嶋節枝さん(61)は 衆院解散後、小泉首相の「郵政民営化を問う総選挙は、将来の国民投票のリハーサルだ」 という趣旨の発言に嫌な感じを抱いた。 改憲を問う国民投票は早ければ09年にも実施される見通しだからだ。 総選挙では、耳に心地よい「改革」を短いことばで訴えた自民が大勝し、 政策を説明しようとした民主が無残に敗れた。 「改憲も『イエス』か『ノー』かで単純に問われたら、なすすべない。 自民躍進の結果を見てぞっとした」 来年5月、憲法をテーマにしたミュージカルを甲府市内で開催する。 ワンフレーズに惑わされない有権者を国民投票までに1人でも増やしたいと考えているそうです。 私も、「九条の会・栃木」の一員として、また「9条を広める会」の一員として、 大いに声を上げていきたいと思います。

エッセイ9 時間と仕事

木村 英亮

スクールという言葉は、暇を意味するギリシャ語のスコレに由来する。東奔西走、いらいらしていては勉強はできない。いま大学教員は、講義負担のほか に、会議、雑用が増え、ゆとりを失っている。講義負担も総合課目から大学院まで、過大である。さまざまな沢山の講義のいずれにも十分な準備をして教壇にた つことは不可能であろう。結局手抜きが行われざるをえず、しわ寄せをうけるのは学生である。以前は助手というポストがあり、事務職員もサポートしていた。これらの人々の削減によって、教員の仕事はいっそう増えている。

普通の大学では図書館もおもに学生向きで研究図書館ではない。結局、大学の研究室にいては研究できない。

教育・研究の仕事は、生産会社の場合と異なり、生産性の向上といった考え方にはなじまない。大学の場合、学生は教員から教わるばかりでな く、自分達で自主的に勉強することも大切である。ゼミやクラブ活動が大きな意味をもっており、そのためのスペース、図書館、機器の充実、教員・職員による 援助・コンサルティングの体制も必要である。

しかし、同様のことは初等・中等教育の場合にも言えよう。教員が忙しすぎることは、小学生・中学生・高校生には困ることであり、社会的 に損失である。子供の数が減っているいま、教育の充実の機会である。教員の質を確保するとともに、余計な雑務から解放するよう、行政、父母とも努めてほし いと思う。

「アンゼラスの鐘」を観て

その他

投稿者:社会派かあちゃん

被爆60周年平和祈念作品「NAGASAKI・1945 ~アンゼラスの鐘~」完成披露上映会に行く機会を得た。

これは、自ら被爆しながら負傷者の救護活動に携わった秋月辰一郎医師(88)と周囲の人々の苦闘の日々を描いた長編アニメである。学校上映を含む全国1,000会場での上映をめざすと同時に、英語を始めとする各国版DVDを作成し、未来を担う世界中の子どもたちにも届け平和を訴えたいという。

浦上天主堂から北東へおよそ1キロの浦上第一病院は、カソリックの神学校だった。病院に迎えられたたった一人の医師秋月辰一郎は仏教徒だが、その誠実で飾らぬ人柄はカソリックの信者たちの敬愛を得ていく。再びあってはならないはずの原爆の投下――浦上天主堂は無惨に破壊され、美しい鐘を響かせていたアンゼラスの鐘も吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれる。秋月医師は仲間たちと共に懸命に医療活動を続ける。ふたたびアンゼラスの鐘が長崎の空に響き渡る、「復活」のときを信じて…。

「NAGASAKI・1945 ~アンゼラスの鐘~」製作委員会公式ホームページ

製作委員会・アニメーションを製作した虫プロ社長・監督達が舞台挨拶をする中で、主役の秋月医師を担当した声優の次のような言葉が真摯で心に響いた。「私は戦争を知らない世代であるし、アニメといっても架空の世界ではなく現実に起きた事を描く作品でもある。悩みながらも秋月先生の心を感じながら必死で頑張った。」実際、登場人物達の声には微塵の空々しさも嫌味もなく、秋月医師の苦悩と人々を救わずにはいられない強い意志、被爆した人々の家族愛や未知の病への恐怖が真っ直ぐに伝わってくる秀作だった。そしてアニメとは言え画面の閃光爆風に涙が溢れた。製作委員会代表の「原爆投下の時、動く映像で残されているのはきのこ雲だけである。他には何も残っていない。何一つ見ることができない。この作品はそれを映像にした。」との言葉は、そこに熱い思いが込められているが故にずしりと重い。

戦争を体験した者は、文字を使い、絵に描き、声を振り絞り、「作られた地獄」と「自らが築く平和」を命がけで後世に残そうとしている。それは後継者に受け止められてこそ完結する。この作品も今後の上映活動で多くの若い世代に観てもらうことで、初めてその使命を果たすことになる。各地での上映会は製作時と同じようにボランティアと募金により、これから進められていく。上映会の成功を祈りたい。そして、浦上第一病院で闘病中の秋月医師の心安き平和の日が一日も早くやってくることを。

6者協議の成功を歓迎する

中西 治

私は北京で行なわれていた中国・朝鮮・韓国・ロシア・日本・米国の第4回6者協議が全参加者の粘り強い努力によって2005年9月19日に共同声明を発表して成功裏に終了したことを心から歓迎する。

この共同声明で朝鮮はすべての核兵器と核計画を放棄し、核不拡散条約(NPT)に復帰し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れることを表明した。これに対して各国は朝鮮による核の平和利用の権利を尊重し、軽水炉型原子力発電所の提供を適当な時期に議論することに同意した。

米国は朝鮮を攻撃する意志を持たず、朝鮮半島に核兵器を持ち込まないことを確認した。

日本と朝鮮は日朝平壌宣言にもとづいて過去の歴史を清算し、徐々に関係正常化を実現するために措置を講ずることを明らかにした。

この共同声明は1953年7月27日の朝鮮休戦協定以後のこの地域についての最大の国際的な平和取り決めである。

朝鮮半島にたれ込めていた核戦争の脅威は取り除かれ、この地域の非核武装化は大きく前進した。

朝鮮半島は新しい時代に入った。

朝鮮半島での戦争はもはやない。

人間理性の勝利である。

南北朝鮮の統一はいっそう加速化するであろう。

私たちの当面する課題は日朝国交正常化の促進であり、朝鮮半島周辺地域の非核武装化であり、平和地域化である。

朝鮮半島で起こった平和への動きを東アジア、全アジア、全地球に広めていかなければならない。

私たちの研究所が果たさなければならない役割の大きさを改めて痛感する。

2005年9月11日に思う

宮川 真一

あの日、米国ニューヨークの世界貿易センタービルに多数の乗客を乗せた航空機が激突する映像に接したとき、人はそれをアクション映画の1コマと錯覚するか、「文明の衝突」というシナリオを想起するかのいずれかだったのではないだろうか。2001年8月末から9月9日にかけて、南アフリカのダーバンで反人種主義・差別撤廃世界会議が開催された。ダーバン会議では人種主義を 歴史的に形作ってきたのは植民地主義と奴隷制であることが確認され、人権の問題が南の立場から取り上げられた。EUは植民地主義と奴隷制についての謝罪に も合意した。ただし、これは補償などの代償なしの謝罪でよいという条件つきの妥協であった。しかし、アメリカはこの謝罪にすら参加しなかったのみならず、 会議でイスラエルのパレスチナに対するテロが議題に上るや、会議の途中でイスラエルとともに退場した。イスラム世界では、アメリカがダーバン会議から席を けって退場したことに対する絶望感が広がっていた。それが「9・11」のひとつの近因になったと考えられる。この会議に参加していた武者小路公秀氏は、「ビン・ラディンらイスラム・ゲリラ組織が何かするだろうと漠然と感じていた」という。(武者小路公秀『人間安全保障論序説―グローバル・ファシズムに抗して―』国際書院、2004年。)

ヨハン・ガルトゥング氏は次のように述べる。「第二次世界大戦後、米国の介入によって殺された犠牲者の数は、低く見積もっても、ペンタゴ ン(米国国防総省)の公然の行動によるものが600万人、CIAの隠然の行動によるものが600万人である。これらの合計は1200万人となる。これに構 造的暴力の犠牲者が加えられるべきである。重大な欠陥を有する経済構造によって基本的必要が奪われることにより、少なくとも日々10万人の人々が命を落と している。このうち一部分は、経済的な『悪の枢軸』との密接な関係によって、米国に起因するであろう。殺された1人に対して残された者が最低10人いると して、われわれは反米感情の強い1億を超える人々、おそらく5億の人々を語ることができるだろう。こうした強い憎しみの中のどこかで、報復への渇望が燃え 上がっている。それはイスラム原理主義者をして、怒りを行動に変えさせる。それはキリスト教原理主義者をして、米国の行動に目をふさぎ、耳を閉じ、感覚を麻痺させる。」

ガルトゥング氏によれば「9・11」は、「文明の衝突」ではなく、「文明内にある2つの原理主義の衝突」である。彼によれば、「世界は 今や対立する2つの原理主義によって翻弄されている。それはイスラムのスンナ派に属するワッハービズムと、キリスト教のプロテスタントに属するピューリタ ニズムである。両者とも中心のコアにおいて数百年の歴史をもっている。しかも彼らには自由に使用できる威力ある武器がある。兵器としての航空機の使用によ る自爆攻撃と、核兵器の使用をも含む絨毯爆撃である。」(ヨハン・ガルトゥング/藤田明史編『ガルトゥング平和学入門』法律文化社、2003年。)

池田大作氏は2002年1月に発表した平和提言において、テロリズムが多発する「9・11」以後の現代社会を覆っているものは「『自己』 も『他者』も輪郭の定かでない『人間不在』という現代の悪霊」であると指摘する。「真に脅威なのは、戦わなければならない相手は、貧困、底知れぬ憎しみ、 そして最強の敵、『人間不在』という現代の悪霊であり精神病理そのもの」である。従って、「テロリズムは、軍事力を中心としたハード・パワーだけで根絶で きるような単純なものではなく、ソフト・パワーも含め、国際社会が足並みをそろえて対処していかねばならない広がりと性格をもっている」という。

「9・11」以後の国際社会における問題状況のタテ軸には、軍事的・政治的・経済的な権力悪がある。ヨコ軸には、異文化に対する偏見と いう文化摩擦がある。そして、それらの根底には「人間不在」という精神病理が潜んでいる。この「人間不在」という悪霊を駆逐し、「生命尊厳」、「人間復 興」の潮流を興していくことが、いま切実に要請されているのではないだろうか。その上で、ヨコ軸においては分断から結合へ、破壊から創造へと、時代のベク トルを大きく変えるために、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく「文明間の対話」をあらゆるレベルで重層的に進めていくことが求め られる。タテ軸にあっては、21世紀を「教育の世紀」にしゆく挑戦の中に「生命尊厳の地球社会」を開く鍵があるのであり、一人一人の内なる無限の可能性を 開き鍛える「人間教育」、国家を超える視野を持った「世界市民の教育」が平和の礎となる。

何千年も続いてきた「力の支配」と暴力思考を変えるのは、容易なことではない。しかし人間は、なくせないと言われてきた奴隷制度を終わらせ、ホロコーストを終わらせ、アパルトヘイトを終わらせた。戦争もテロも、根絶やしにすることは不可能ではないと思う。

(拙稿「池田大作先生の『9・11』認識と『人間主義』平和構想」創価大学通信教育部学会編『創立者池田大作先生の思想と哲学』2005年。)