月別アーカイブ: 2005年7月

エッセイ4 言葉と行動

木村 英亮

ロンドン地下鉄同時爆破事件のあと、テレビでブレア首相が、「イノセント・ピープルの殺傷」という言葉で、テロリストを非難しているのを見た。政治的目的のためにイノセント・ピープルを殺すことが許されないことはイギリス首相に言われるまでもないことである。ここでしっくりこなかったのは、それが、イラクを侵略し、文字通りイノセントなイラク人を殺している張本人の言葉であるからである。それは、世界の大部分の人びとに対して説得力のない非難の言葉である。

崩壊後の旧ソ連では、もと共産党幹部たちが大統領となって市場経済化を進め、あるいは資本家として活動することによって、ソ連の歴史を否定するば かりでなく、いまの言動の信頼性を失わせている。日本でも郵政民営化法案に反対と言いながら、解散をおそれて賛成票を投じた議員は、政治家として自己否定したことになる。たしかに、政治家にかぎらず、さまざまな条件のなかで言動を一致させることは、なかなか難しいことであろう。

研究者は、研究にもとづいて信じている通りに発言することに社会的存在意義があり、そのため大学教授は、他の仕事に比べ自由が保証されている。しかし、今日全体としては批判的立場は弱くなっているように思われ、またテーマを小さく絞って発言を限定する傾向がある。説明なしに見解を変えることもしばしばみられる。1960年代末の大学紛争のとき、大学教授の言葉と行動の不一致について、学生たちが非難、告発した。その後、「大学改革」などによって、 研究者の地位は低下し、学生の教授批判も少なくなった。

社会的には、これでは困るのではなかろうか。

二酔人四方山問答(9)

岩木 秀樹

B:イギリスの後はエジプトでテロ、イラクでもパレスチナでもずっと続いている。どうなっているんだ。しかもイギリスのテロの実行犯はイギリス人のようだね。

A:イギリスに生まれた育った移民の子供たちが引き起こした。外部からテロが来たのではなく、先進国の内部で絶望感のために生み出されたんだ。ワシントンポストにも「ロンドン・テロを生んだ社会的疎外感、もって行き場のない憎悪、そして狂信主義は国産物であり、いつ爆発してもおかしくない。もちろん米国でも」と書かれていた。

B:イラクに派兵した西側の先進国はみんな標的になっているのか。どうしてこんなことになるんだ。何が原因なんだ。

A:いや原因ははっきりしている。全て想定の範囲内だ。前にも行ったけれど地下鉄サリン事件よりも因果関係はわかりやすい。まずイスラーム世界の外部要因として、イラク戦争などへのアメリカの軍事介入、イスラエル・パレスチナ問題の停滞がある。内部要因として、貧困、失業、政治腐敗、民主主義の欠如、石油などの資源の不均衡な配分などがある。さらに歴史的要因として、第一次大戦期の西欧の外交による中東諸国体制の形成がある。これらがイスラーム過激派が台頭している要因だ。

B:でもこのままで行くと中東イスラームのみならず、世界がどうにかなってしまいかねないよ。「暴力の連鎖」を止めなくてはならない。

A:待って。その「暴力の連鎖」という言葉は最近よく使われるけれど、よく考えてみないといけない。特にイスラエル・パレスチナ問題を扱うときには。

B:また始まった。細かいこと言うなよ。いいじゃない、みんな使っているんだし、本当に止めなくてはならないんだから。

A:じゃあまず少し考えてみよう、例えば警察と暴走族がお互いが暴力を行使して戦った場合、それを「暴力の連鎖」というかい。

B:言うわけないじゃん。警察の方が正義であり、法律に基づいているし。

A:最近警察は非合法なこともやっているけれど、まあいいや、「暴力の連鎖」とは言わないね。ではアジア太平洋戦争中、日本の侵略行為に対するアジアの人々の抵抗運動と日本軍の戦いを「暴力の連鎖」と言うかな。ナチスに対するレジスタンスでも同じだ。

B:うーん。それは言わないね。まあ時代も違うからかな。

A:確かに時代性も考えなくてはいけない。ただ「暴力の連鎖」とは、暴力の規模や手段、それを使用する目的や理念が比較的均衡な集団間に使用される用語なんだ。そう考えてみると、特に中東イスラームの問題で根っこになっているイスラエル・パレスチナ問題は「暴力の連鎖」とは一概には言えないと思う。

B:そんなものかなー。

A:イスラエルとパレスチナは多くの点で非対称性がある。それは、イスラエルは主権を有する独立国家だが、パレスチナは自治政府とはいえまだ運動組織体であること。イスラエルは占領者で、パレスチナは被占領者であること。イスラエルは圧倒的な軍事力を持つこと。イスラエルはアメリカを始めとして多くの経済、軍事援助を得ていることだ。

B:そんなに違うんだー。

A:このような非対称性を持つ二つの主体の暴力を等価なものとみて、「暴力の連鎖」と言うことは明らかにイスラエルの側に立ったものの見方であり、強者の論理だ。

B:なるほど。パレスチナの側は、抵抗する側の止むに止まれぬ暴力、自分の命を賭してまでするレジスタンスか。

A:ただそこが今後問題になってくると思う。弱者や抵抗の暴力をどう考えるか。21世紀以後の究極の問題だと思う。20世紀までは暴力には暴力の時代であり、弱者の暴力がまだ問題として提起されなかった。ただ今一つだけ言えるのは、弱者や抵抗の暴力が無差別性・大量殺戮を続けていくと、強者の側とかわらなくなる。そしていつしか自らの理念や目標が、その無差別性という手段によって融解させられてしまうということだ。

ニューズレター No.8 特集「戦後60年と東アジア共同体」

事務局

PDFファイルでご覧いただけます。

巻頭言
・軍隊のない平和な世界をめざして ―第3期理事会の発足にあたって― (中西 治)

特集 戦後60年と東アジア共同体
・「戦後」意識がもたらしたもの (渡辺 宏)
・中国文明と日本文明 (宮川 真一)
・東アジアの多国間主義と日本の「脱植民地化」―最近の日本の中国、台湾への距離感から― (渡辺 直毅)
・常夏のタイで頭を冷やす (高橋 勝幸)
・「今日のコラム」より

講演会
・拡大EUと、新しい「世界秩序」の構築 (羽場 久浘子)

・会員紹介 (遠藤 美純)
・第4回総会報告
・理事会報告
・事務局からのお知らせ

「平和博物館」について

今井 康英

今回は、平和博物館について述べます。これは、ブログのブックマークでも紹介している通り、私が「アウシュヴィッツ平和博物館」のサポーター(賛助会員)であることから作ったカテゴリです。この平和博物館は、もともと栃木県塩谷町にありましたが、諸般の事情により、現在の福島県白河市に移転しました。今後もささやかながらサポートしていくつもりです。

ニューズレター「imagine」第7号(2005年7月10日発行)によると、7月30日(土)には新展示室がオープンします。増築工事により、展示スペースが約2倍に広がります。アウシュヴィッツ関連展示が更に充実し、アンネ フランク・ギャラリーは全面リニューアルします。「アンネの日記」の日本版初版本など貴重な資料が展示されます。団体見学者用のビデオシアター(30人収容)もオープンします。7月30日の新展示室オープンを記念して、この日は全館無料公開となります。当日は午後2時から、「白河 平和の夏祭り」も行われます。(夏祭りの詳細は、博物館HP http://www.am-j.or.jp/ あるいは7月23日付のブログに掲載してあります)

また10月22日(土)に、アウシュヴィッツ生存者講演会が行われます。会場はサンルート白河(白河市)。講師はカジミェシ・アルビン氏です。氏は1922年、ポーランドの古都クラクフ生まれ。1940年6月、開設以来の最初の囚人728人の一人としてアウシュヴィッツ強制収容所に送られた。囚人番号118号。1943年、奇跡的に脱出に成功し、反ナチス地下抵抗運動に参加。戦後、ワルシャワの国際貿易センター通商代表兼研究員などを歴任。現在、収容所の実態を後世に伝える生存者有志の団体「アウシュヴィッツ国際委員会」の副会長、収容所跡を保存管理する国立アウシュヴィッツ博物館の国際委員を務める。戦後60年を迎え、アウシュヴィッツでの体験を日本の皆さんに語る最後のチャンスと考え、来日講演を承諾。なお23日以降、福島市、会津若松市、いわき市でも開催予定。講演会の実行委員、ボランティアを随時募集しています。(詳細は、博物館事務局 0248-28-2108まで)

私は「宇都宮平和祈念館をつくる会」の会員でもあります。HPは現在公開されていませんが、制作中ということです。平和祈念館の建設も、まだまだ、これからです。7月12日の宇都宮空襲の日には、620人以上の犠牲者を追悼して、宇都宮駅前を流れる田川で第4回「ふくべ灯篭流し」を行いました。29日(金)、30日(土)、31日(日)には第20回「宇都宮空襲展」を宇都宮市中央生涯学習センター大ホール及び視聴覚室で開催します。今回は、「憲法(第9条)が改正されたら、どうなるか?」を、宇都宮空襲の歴史を踏まえて、具体的に問題提起する展示になります。私は、宇都宮市民の一人として、この活動にも取り組んでいきたいと思います。

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憂鬱な食生活

ねこくま

仕事の打ち合わせをしていたら、気の利いたフレンチ・レストランに行きたいねえという話になった。でも予約を入れておかないとランチにはステーキが出るよと言うと、まだ若いのに口の肥えているこの友人は「えー、ビーフですか? それはがっかりですねえ」と返してきた。フレンチで牛は憂しである。そう言えば最近こういう食に関わる機転の利いた会話ができなくなった。このレストランも昔はステーキなど出さなかったのだが、客単価が落ちて自然と「普通のメニュー」が出てくるようになった。そう言えば最近都内の研究者の集まりの後の居酒屋でも食べるものがなくなった。乾いた上に薬くさいお作り、異様に油が重い揚げ物、果ては妙に悪酔いする生ビールのジョッキ。最近は自分だけは瓶ビールをお願いしている。食生活が貧しくなった。

学生達の食生活はもっと悲惨だ。生協で買った冷凍のピラフを電子レンジで解凍して、袋のまま立ったままで食べる。食堂は高くて量が少ないと言う。パンだってプラスティックくさい大メーカーのこれまたプラスティック・バック入りのパンだ。うどんやそばは一食分ずつビニールパックしたものを茹で直して出してくる。それでもけして安くはない。

その上わが大学は最近一日に5校時を詰め込んだために昼休みの時間が足りない。ゆっくり食事をしている暇が無い。私なども何とか米だけでも弁当を持参する。味もともかく実質30分の講義の合間の昼休みに食堂に行っている暇など無い。

大学生の酒生活も酷いものだ。彼らと飲み会に行くと、まず飲み放題のプランを予約してくる。割り勘の計算が簡単だからと言うが、彼らが好むのは甘くて、冷たくて、工業アルコールいりの色水である。世間ではあれをカクテルと称しているらしいが・・・。ワインもあるがこれもワインとは名ばかりのキンキンに冷えていないと飲めない工業製品がほとんどだ。

八王子に私がワインのイロハを教えてもらった酒屋さんがある。ここの社長はよくサント・・のウィスキーは、輸入モルトを有機芳香化合物と着色用のキャラメルと工業アルコール薄めた偽物だと言っていた。彼はそれが嫌で、この大会社を辞めて、ウィスキーのモルトを初めとするお酒の輸入・販売を自分で始めてしまった。

学生達が喜んで飲む「色水」には酒と呼ぶための根拠であったモルトでさえ入っていない。

ご多分にもれず私の身の回りでも鬱病の話を良く耳にするようになった。世の中の流行通りに大学でも鬱病が増加傾向にあるのかもしれない。その原因がビタミンや稀少ミネラルの不足、不規則な食生活にあるという説がある。彼らの食生活を見ていると食生活の乱れが鬱病を生み出しているという説明は、結構正鵠を射ているのではないかと思えてくる。

何とかしなければならないとは思う。で、講義の合間に、コーラが骨を溶かすとか、ジュースは糖尿病まっしぐらとか、シャンプー・リンスは○○の陰謀とか、おもしろ可笑しく語り続けている。春合宿では有機農法の米と野菜、国産小麦と天然酵母でパンを焼くペンションを数年使い続けている。自然の本物の味は美味しいでしょう。まあこのペンションは、一日中勉強会のために食堂を開放してくれたり、無線LANの提供からプロジェクター、PCの持ち込みまで、勉強するゼミナールのわがままを聞いてくれるという理由もあるのだが。

食は重要な文化という前に、すでに自分の健康を守る前提として食の安全性、食文化の見直しが必要な段階に入っているようだ。年に数回チキンラーメンを食べたくなる発作は起こるものの、単に安全な食べ物というだけでなく、酒も含めて食の文化を大切にして行きたいものだ。

二酔人四方山問答(8)

岩木 秀樹

B:イギリスではテロの余波がまだ続いているね。イギリスにあるモスクなどが焼き討ちにあったり、女性がナイフで斬りつけられたり、イスラーム教徒への暴力が強まっているらしい。

A:日本でも似たようなことがあった。朝鮮民主主義人民共和国が過激な行動をとると、日本国内の朝鮮人学校の女生徒のスカートが切られたりした。当該問題の行動を起こした主体とその周りの一般の人々をごっちゃにしているんだ。

B:そうだよね。例えば、アメリカ政府がイラク戦争などで、国際法を無視した犯罪行為をしたとしても、アメリカ人全員が犯罪者とは限らない。

A:それはそうだ。ただ政策決定の中枢にいた人、それを支持した人、黙認した人、反対した人などで、犯罪に関する責任の度合いが違うということはあ る。これは戦争責任論などで大きな議論になる。また被害者から見れば、同じ集団に属している者は、皆同じ犯罪者に見えてしまうのかもしれない。これはイス ラーム過激派側にも言える。西側に属する者は皆、イスラームに敵対する者だ、みたいに。それはそれとして、今回のように同じイスラーム教徒という理由だけ で、様々な暴力を受けるのは明らかにおかしい。このような暴力が続いていくと、穏健なイスラーム教徒も過激化する可能性がある。

B:新聞に載っていたんだけど、イギリスに住むイスラーム教徒へのアンケートで、「差別を受けた」との回答が2000年は約45%だったけれど、2004年は約80%になったそうだよ。明らかに、9・11事件やイラク戦争などが影響しているよね。

A:イギリスには約160万人のイスラーム教徒がいて、現在は2世3世が多い。彼らは失業や貧困にあえぎ、偏見とも闘わなくてはならない。そのよう な中から一部が過激化する。移民の1世は祖国をよりどころに出来るが、イギリス生まれの2世3世はイスラームに自己のアイデンティティを求める傾向にある そうだ。

B:差別や迫害を受けた社会には適合しようとせず、むしろ憎悪の対象にしてしまうのかな。

A:こんなアンケートもある。イスラーム教徒の中で、「イギリス社会の一員だ」と答えた人は41%、「一員ではない」と答えた人は27%だ。

B:一員ではないが27%か。これは多い数字だよね。

A:多いと思う。これからの課題は、貧困や失業などの対策を図り、平等性を高めることによって、穏健な人々を過激化させないということだ。イスラー ム教徒の多くはテロ行為には反対だ。西側諸国にも話し合いで解決しようとの流れも大きい。いわば「対話派」の人々の世界連合を作る必要がある。

B:でもアメリカの保守派は「文明の衝突」を声高に主張している。

A:アメリカの保守派もイスラームの過激派もどちらも文明の衝突になってほしいと考えている。どちらの側もキリスト教や自由、イスラームをイデオロギーとして利用し先鋭化している。

B:案外、敵同士だけれど、どちらの側もお互いの存在があって自分たちの存在証明をしている側面があるよね。

A:どちらも相手が必要なんだ。

B:そうそう、そのことを誰かがこう言っていた。なんだっけ。えーと。「ジハードとマックワールドの共謀関係」かな。

A:バーバーの言葉だね。彼によれば、ジハードとは自らの共同体に過剰なまでの誇りを持ち、敵対する者たちを聖戦で打倒する傾向。マックワールドとはアメリカに端を発し、英語を基幹言語として、資本主義経済、物質至上主義、消費文化を謳歌する傾向だ。

B:なるほどね。その二つは、一見全く逆の立場だけれど、共謀・共犯関係にあって、互いが互いを必要としているってことか。

A:おもしろい論だし、キャッチフレーズとしてもなかなかだと思う。でもジハードは本来このような意味ではないことは前回説明したとおりだ。イスラーム教徒から見ても、自分たちの宗教的用語を歪曲化されて使用されるのは侮辱と捉えるだろう。原理主義という用語もそうだけれど、本来はアメリカのプロ テスタントの一部の運動をファンダメンタリズムとしたが、それが他にも使用されるようになり、今ではイスラームの専売特許のように使用されている。本来の 意味を援用して学術用語として使用する際はもっと慎重にする必要があると思う。

B:マクドナルドだって怒るかもしれない。われわれはもっと高い理想を持っている、ってね。裁判沙汰にならないのかな。

A:でもマックだったら宣伝してくれて有り難う。マックはその通りだ、と言うかもね。

我が土、我が民(その4)―母なる河 澮河(その4)

王 元

それから我が故郷臨渙の停滞もう一つ大きな原因は「黄河改道」にあります。つまり黄河が流れを変え、淮河から海に(または長江に)流れ込んだということです。水量がとても減っていることで最近静かになってきた黄河ですが、歴史上、改道や氾濫をくり返してきました。黄河の改道は黄河自体の流れが変わり、洪水災害を引き起こすだけの問題ではなく、氾濫流域の既存の河川に大きな影響を与えるのです。そして、広義的な「黄氾区」(学術的には「黄(河)淮(河)堆積平原」と呼ぶのが正しいでしょう)を残すこともあります。黄氾区は洪水が引き上げてから手間を掛ければ肥沃な耕地となり、農作物をはじめとする果実等の栽培にも適する地で、地域の経済にプラス効果が大きいのです。問題は既存河川及びその地下水脈も同時に変化が起きることです。これで永遠に消滅した河川も少なくありません。

澮河は黄河改道から大きな影響を受けました。消滅こそしませんでしたが、水量の変化により運航水道としての価値が時々に変わることで地域の安定、成長に影を落としました。漁獲高の変化はむしろその次の問題として存在します。

唐代日本の僧侶、円仁の『入唐求法巡礼記』には山東半島から西の五台山へ、さらに南の長安への旅は2ヶ月かかりましたが、帰国の際に鄭州から揚州まで11日間しか、かからなかったと記してあります。当時彼が使った河は恐らく「通済渠」と思われます。それは澮河の南に並行して流れるもので、これは隋の煬帝が造った運河でした。

旺文社刊『黄河物語』第167頁に黄河の「主要な河道変遷」という図が載っています。青色は?河です。

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黄河改道にもたらすもう一つのことは、この地域内にあった無数の沼沢や湿地のことです。これらの沼沢の多くは時間が経つと自然消滅していきますが、長い年月を経て存在し続けているものもあります。その中でも有名なものは雷沢、大野沢、荷沢、孟諸沢、圃田沢です。中国の四大奇書のひとつと言われる『水滸伝』の舞台である「梁山泊」もその一つであります。

7月15日大江平和さんの投稿「残留孤児訴訟に思う」の中で、「帰国孤児の老夫婦は以前は中国の山東省の「リャンシャン」に住んでいて」と述べていらっしゃいますが、この「リャンシャン」はもしかしたら「梁山泊」の「梁山」(Liang Shan)であるかも知れません。この「梁山」は黄河の南岸、黄河と大運河と交叉するところにあります。一帯は古くから黄河の氾濫がくり返されることによって無数の水路と沼沢が生まれました。『水滸伝』では周囲800里とうたわれた大沼沢だったのです。近くに梁山という名の山があったことから梁山泊と呼ばれたそうです。泊は沼沢という意味で、今はその沼はなく、梁山と呼ばれています。

エッセイ3 論文と調査報告

木村 英亮

ある博士論文を読んでいて、これは調査報告書ではないか、と思ったことがある。 論文の概念は、歴史学と数学の論文を比べてみればただちに明らかなように、研究分野によって異なっている。しかし、正確な事実やデータを根拠としつつ主張を記述するという点は共通であろう。その際、他人の見解に全面的に拠ったり、引用ばかりつなげたりでは困るが、それまでの学説をふまえることも必要条件である。

パソコンによって、文章を活字にすることが簡単になった。執筆するさいも、修正や文の並べ替えなどは容易になった。昔は、印刷するためには、活字を一つずつ拾わなければならなかったが、いまはフロッピーにたやすくいれることができる。費用も何分の一かになった。簡単に活字にできるようになったことは進歩といえるであろう。

しかし、評論を含め、書いて発表することについての責任観念が薄いのではないかと思われる文章をしばしば読むことがある。それは、一つには、文章が推敲されないまま活字になるということに、二つには、書かれている主張が軽くなり、試験の答案のように、移り気になっていることに表れている。

いまは事実を知ること自体の意味が大きくなっており、調査報告も論文の概念にはいるであろう。しかし、問題意識は必要であり、資料を集めただけのものや、初めから結論が決まっている答案のようなものでは使い物にならない。

今の日本で働くということ

わたなべ ひろし

最近帰りの電車で、まぁ10回に8回ぐらいの割合で見かけるひとがいる。帰りの電車といっても、7時頃から11時の範囲で同じ電車に乗っているわけではない。そのひとは網棚の雑誌を集めて回っているのだ。いつも雑誌の入った大きな袋を2つから3つ提げながら、視線を網棚に上げて、一心不乱に車内を歩いている。混んでいてもいっさいお構いなしだ。

そういえば、新宿や池袋の駅の周辺で、当日やせいぜい前日発売の雑誌をビニールシートか何かに広げて、一律100円で売っているオッチャンたちが増えたような気がする。僕も最近はこの「店舗」のお世話になることが増えてきた。網棚から集められた雑誌も、こういう形で売られることになるのだろう。もちろんこれも商品なので、網棚に残っていればどんな雑誌でも良いというわけではなく、手にとって一生懸命状態をチェックしていた。回収されること無く網棚に戻される確率は、僕の見た範囲では4割から5割と、なかなか品質には厳しいようであった。

生来の性根の卑しさもあるのだろうが、この雑誌回収のひとに限らず、近頃ひと様の仕事というか、生業がみょうに気になってしかたがない。でもこれは僕ひとりのことでは無いようだ。先日吾妻ひでおさんの『失踪日記』というマンガを読んでいてそう思った。

『失踪日記』の内容を簡単に紹介すると、仕事のストレスから鬱病になり失踪、路上生活者や配管作業員を経験し、最後はアルコール依存症で精神病院に隔離入院という、極めてハードな体験を軽いタッチで描いている。これに「過労死」と「自殺」(不謹慎ですみません)が加われば、今のサラリーマンをとりまいている「不安アイテム」が全て揃う。

この本が売れているという。ある書評誌によれば、自分のあり得る姿を投影し、怖いもの見たさで読んでいるサラリーマンも多いのではないかとあった。僕が網棚の雑誌回収をしている彼のことが気になるのも、これと同じことなのだろうか。

ここ10年ほどの間に労働市場の自由化(流動化)は、大幅に進んでいる。ここで言う労働市場の自由化(流動化)とは、就業機会の多様化ということもあるかもしれないが、ようするに景気・不景気といった世の中の動きに合わせて、雇用者が労働者を「自由」にできるということで、それを制度化したものが「派遣社員」であろう。

新聞によれば、大手スーパー各社のパート・アルバイトの構成比は77%に上るという。これはすごい数字である。400万人のフリーターが問題だとか言っているが、何のことは無い、そういう人たちの存在を前提として、多くの企業の仕組みが出来あがっているのだ。 フリーターと言われる人たちの生涯所得は、正規の従業員の4割から6割だそうである。

米国のクリントン政権で労働長官をつとめたロバート・ライシュは、1991年の自著の中で、これからの労働者を「ルーティン生産サービス」「対人サービス」「シンボリック・アナリスト」の3つに分けている。

「ルーティン生産サービス」と「対人サービス」は、単純なルーティン作業が中心の職種で、賃金は労働時間や仕事量によって決定される。必要とされるのは、読み書きと簡単な計算、信頼性、忠誠心、対応能力といった能力である。一方「シンボル・アナリスト」は、標準化された商品ではなくデータや言語、音声、映像表現などのシンボル操作を行なう、いわゆる「専門家」と言われるひとたちだという。

要するにライシュは、今後の労働形態は、大多数のルーティンワーク労働者と、ごく僅かの「知識」労働者に分れると言っているのである。僕は日本の雇用形態というか、就業構造は、前述のスーパー業界の例を見てもこの通り進んでいると思う。

今働いているこの仕事以外に、収入ややりがいなど、自分をもっと活かせる仕事が他にあり、その仕事と出会えるために常に自身の「市場価値」を高める努力をする必要があると声高に言われる一方で、もしかしたら網棚にある雑誌の回収や路上生活者は自分の明日の姿かもしれないというリアルな不安と、この両者の振り幅の中で日々の仕事に従事しているというのが、現在のサラリーマンの多数なのだろうか。しかもそのいずれにころぼうが、それは「自己責任」だというのだ。

こういうのって、働く側は肉体的にも精神的にもたまらないが、雇用する側にすれば非常に都合の良い環境なのではないだろうか。これが労働市場の自由化(流動化)を支えている背景である。

網棚の雑誌を物色する彼の姿を横目で気にする日々はまだまだ続きそうである。

「自衛隊違憲訴訟」について

今井 康英

今回は、自衛隊違憲訴訟について述べます。最初に紹介しましたが、私のブログはもともと「自衛隊違憲論」として開設されました。

何故かと言うと、理由のひとつは、旧ブログに書いた通りです。(旧ブログからの転載です。投稿 2004.07.20「Weblog」に掲載しています。)

栃木でイラク派兵反対の声を上げよう!私は自衛隊違憲論者です。日本国憲法第9条を読む限り、今の自衛隊は、明らかに第2項に言う「陸海空軍その他の戦力」に該当するので、日本はこれを保持することはできません。自衛隊を直ちになくすことは無理かもしれませんが、出来るだけ速やかに非軍事的組織に改組して行くべきです。この立場から、私は自衛隊のイラク派遣に反対しています。政府は今も戦争状態にあるイラクに自衛隊を派遣していますが、仮に「専守防衛の自衛隊は合憲だ」と言う政府見解を是認したとしても、これは明らかに憲法違反です。仮にイラク特別措置法が合憲だとしても、現地は所謂「非戦闘地域」には見えませんので、法律違反です。(1年後の今日、読み返しても、上記の見解は変わりません。むしろ、「現地」の情勢はより悪化しているように見えます。)

今、全国各地でイラク派兵に反対して、市民が声を上げています。下記の通りです。

札幌 http://www.hg-law.jp/iraq/
名古屋 http://www.haheisashidome.jp/index.htm
東京 http://comcom.jca.apc.org/iken_tokyo/index.html
大阪 http://www15.ocn.ne.jp/~j-stop/MyPage/menu0.html
静岡 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/3959/stopirakusiminundou.htm
山梨 http://www.age.ac/~iken_y/

私は、栃木でも声を上げたいと思います。そのために自衛隊イラク派兵違憲訴訟を提起したいと考えています。実は20名を超える原告団の準備会も出来ています。自衛隊をイラクから撤退させるべきだという思いの方には、是非参加して下さるようお願いします。

栃木では、昨年12月14日に宇都宮地方裁判所に原告47名が提訴しました。私も原告の一人です。担当は第1民事部合議係です。地裁HPによると、担当裁判官は、岩田眞:有賀貞博:松井理恵子各裁判官です。事件番号は、平成16年(ワ)第700号、事件名は、自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件。栃木のHPはhttp://www.iken-tochigi.jp/index.htmlです。今年1月31日、開設しました。訴状などを掲載しています。事務局への連絡はinfo@iken-tochigi.jpへお願いします。私も、同日付で意見陳述書(第1回、草案)をブログに公開しています。第1回口頭弁論は、3月3日(木)。第2回は、5月12日(木)に行われました。第3回は、9月1日(木)が期日です。

また全国では、新たに下記の訴訟が提起されています。

2004年12月8日提訴 仙台 http://www2.gol.com/users/sogo/iraq/index.html
2005年1月26日提訴 岡山 http://www.geocities.jp/mfmdq141/
同    3月18日提訴 熊本 http://www.geocities.jp/irakusaibankumamoto/
同    3月22日提訴 京都 たとえばhttp://www.daiichi.gr.jp/syoukai/yanagi/2005spring/ookawara.htm

最新の世論調査(JNN、7月19日)によると、

今年12月の派遣期限に合わせて撤退すべき 64%
派遣期間を延長すべき 14%
ただちに撤退すべき 19%

自衛隊のイラク派遣期限の「12月までに」および「ただちに」撤退すべきというのが国民の声(83%)です。私も当然、「ただちに」撤退すべきと考える国民の一人です。