月別アーカイブ: 2005年6月

・・・かかしの願い事・・・

その他

投稿者:かかし

もしも歩いて行けたなら、覗いて見たい場所がある。

碧い海、そのまた向こうに島がある
満ち潮どきはどんなかな
沖の鳥岩、そのてっぺん

断層の、その上に立つ、防災の、
基地があるそな立川に
司令室ってどんなかな

小泉さん、靖国参拝やめなさい
そう言う総裁次期候補
ほんとの気持ちはどんなかな

「日本社会」研究部会 第1回研究会

事務局

  • 日時:6月24日(金)19時より
  • 会場:大久保地域センター(新宿区大久保2-12-7 ℡03-3209-3961)
  • 行き方:JR新大久保駅下車、大久保通りを新宿方面に徒歩10分(地図はこちら
  • 発表者:渡邊 宏(本研究所会員)
  • テーマ:「日本社会の戦後60年」
  • 参考文献
    1. 道場親信『占領と平和 <戦後>という経験』(2005年 青土社)
    2. 小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉—戦後日本のナショナリズムと公共性』(2003年 新曜社)
    3. 板垣雄三「われわれは本当に戦争の外側にいたのか」(『世界』2005年4月号)

報告者より

今年は戦後60年。地球宇宙平和研究所の統一テーマということですが、まだこれに類することは出来てないと思います。当日は、さまざまな「戦後観」を紹介 し、僕なりの戦後60年を捕らえる枠組みのようなもと時期区分が提示できればと考えています。なおできたら参加される方は、自分なりの戦後観・戦後論を発 表していただければと思っています。

二酔人四方山問答(4)

岩木 秀樹

B:イスラーム教徒が、アメリカの対中東政策を否定的に見る理由が少しわかったよ。それにしても「イスラエル・パレスチナ問題」がアメリカ敵視への大きな要因になっているとは。

A:実はアメリカとイスラエルは、国家の誕生に関してどちらも似通った点をもっているんだ。それはどちらも先住民を排除した移住植民国家という点だ。

B:そう言われてみればそうだ。

A:まあ多くの国で先住民を排除した例はあるし、日本だって似たり寄ったりだけど。

B:でもユダヤ人がナチスによって虐殺されるなど、多くの悲惨な歴史をもっていて、自分たちの国家を作りたかったということを歴史で習った。

A:それは一面合っているけれど、自分たちのやられたことを今度は他者に向けてやっているという人がいるのも事実だ。

B:そーか、なるほど。なんか「ユダヤ問題」って大変だなー。

A:実は、「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」なんだ。中東イスラームにおいては、過去も現在もヨーロッパほどユダヤ差別は存在しなかった。そのヨーロッパにおける「ユダヤ問題」を中東に移植したのが、現在の「イスラエル・パレスチナ問題」だ。

B:そうそう、前から気になっていたんだけど、君はマスメディアで言われている「パレスチナ問題」という言葉を使わずに、「イスラエル・パレスチナ問題」というややこしい名前を使っているけれど、何でなの。

A:簡単に言えば、パレスチナが問題ではないから。むしろイスラエルの存在やその政策の方がより問題であると考えているので、イスラエルを先におい て、「イスラエル・パレスチナ問題」としたんだ。研究する上では当該の問題をどう名付けるかって言うことは非常に重要なんだ。その問題の性格を概念規定す るのは、研究する者として死活問題だと教えられた。

B:大変だねー。そんな細かいことまで気にするんだ。僕なんかみんなが言っていることをすぐ鵜呑みにするけど。

A:やはり言葉は正確に使わなければいけないと思う。不正確さが時には差別やステレオタイプから発していることもあるよ。例えば今回の「ユダヤ問題」に限ってもいくつかある。まず「ユダヤ人」という言い方は不正確だ。「ユダヤ教徒」といった方がいい。「ユダヤ教徒」には肌の色が異なる色々な民族が 存在するし、理念的には誰もが「ユダヤ教徒」になれる。ただキリスト教やイスラームに比べれば、「民族宗教」的要素が強いのも事実だけど。他にも、ユダヤ教徒の啓典を旧い契約である「旧約聖書」、キリスト教徒のそれを新しい契約「新約聖書」とするのも、キリスト教徒からの見方で、一種のユダヤ蔑視だ。

B:でもどの宗教も他の宗教に関しては、多かれ少なかれ蔑視感情ってあると思うけど。 ただそれが大規模な抑圧や虐殺になるのは問題だと思う。

A:そうだね。さっき、「ユダヤ問題」は「ヨーロッパ問題」だと言ったけれど、それを象徴する年が1492年だ。

B:コロンブスがアメリカに到達した年でしょ。

A:そう。同時にイベリア半島からイスラーム教徒が追い出された年、つまりレコンキスタ(国土回復)が完成した年でもあるんだ。ちなみにレコンキスタという名もヨーロッパ的な言い方で、未来の歴史家によって名前が変わるかもしれないよ。

B:何でそれが重要な年なの。

A:レコンキスタによってイスラーム教徒は追い出されたけれど、ユダヤ人もヨーロッパからオスマン帝国などに逃れてきたんだ。なぜか。ヨーロッパにいると迫害を受けるから。 だからこの1492年という年は、「アメリカの発見」という外なる植民地主義の始まりを告げる年でもあり、「イスラーム教徒・ユダヤ教徒排除」という内なるヨーロッパ化の始まりを告げる年でもあったんだ。

「世論調査」について

今井 康英

前回のコラムの最後で、世論調査の結果あるいは信頼性について、 不穏当な記述をしましたので、今回はこれについて述べます。 (勿論、あの記述は私の個人的な感想を書いたもので、世論調査の データが捏造されたものであるとか、言うつもりはありません。)

最近の小泉内閣の支持率については、下記の通りです。 共同通信(6月20日)によると「支持率は46・5%、不支持は37・7%」 日経新聞(6月20日)によると「支持率は48%、不支持は39%」 毎日新聞(6月19日)によると「支持率は41%、不支持率は38%」 時事通信(6月17日)によると「支持率は40.4%、不支持率は38.5%」 読売新聞(6月14日)によると「支持率は47・3%、不支持率は40・0%」 朝日新聞(5月31日)によると「支持率は45%」 上記のように、支持率は40~48%、不支持率は38~40%である。 世論調査の結果からは、小泉総理を国民の半数近くが支持している と言っても間違いではない。一方、国民の4割弱は不支持を表明している。

また、小泉総理の靖国参拝については、下記の通りです。 共同通信(6月20日)によると「断行論が31・7% 見送り論は59・4%」 日経新聞(6月20日)によると「賛成」(38%) 「反対」(42%) 毎日新聞(6月19日)によると「賛成」41% 「反対」50% 朝日新聞(5月31日)によると「続けた方がよい」39% 「やめた方がよい」4 9% 上記のように、賛成は31~41%、反対は42~59%である。 最近の世論調査の結果からは、国民のほぼ半数が反対していると言える。 なお、各社の小泉内閣支持率と比べて、参拝賛成率は0~15ポイント程低い。 単純に言えば、小泉内閣を支持している人も、参拝には反対している と言うことだ。私はこの世論調査の結果を歓迎します。

実は私も、小泉内閣を支持せず、参拝にも反対する国民の一人です。 私は永年、地元の地方紙「下野新聞」を購読している。 つい先日、1面のコラム(「雷鳴抄」2005年6月16日)に「小泉問題」が 堂々と掲載された。 私のブログでは「よくぞ書いた よくぞ載せた」として、これを評価した。 21日27面の社説(「論説」)には「首相、靖国参拝中止すべき」が掲載された。 私は、このような社説を掲げる地方紙であるからこそ、購読したいと思う。

前回も書いたことであるが、(かつては今以上に大変であったが) 今でも「戦時下」において、首相の靖国参拝に反対することは 並大抵のことではない! 本来、御迷惑をおかけした中国や韓国の人々に言われるまでもなく、 国民の世論として、中止させるべきだと私も思います。 (靖国参拝を公約とする人物を、総理あるいは知事にしたこと自体が、 そもそもの間違いであったと私は思っています。)

深沢家土蔵を訪ねて

遠藤 美純

深沢家土蔵

先月、あきる野市にある深沢家屋敷跡の土蔵を訪ねた。かの五日市憲法草案が発見された土蔵だ。以前より一度訪ねてみたいと思っていた場所だが、憲法をめぐってより具体的な議論がされるようになった今になってようやく足を運んでみた。

JR 武蔵五日市駅前の通りを上り方向に進み、最初の交差点を左折する。あとは一本道。普通な住宅地を抜け、あとはひたすらその道を数キロ進む。深沢家屋敷跡はその道の途中、こんなところにというような場所にある。門をくぐって、坂を登ると目当ての土蔵だ。

五日市憲法草案が、色川大吉氏のチームによって、この土蔵から発見されたのは 1968 年のこと。その優れて民主的な内容や、それが多摩の山村で作成されたことについては、同氏らの業績によって既に良く知られている。また憲法草案発見の経緯や、憲法草案の起草者である千葉卓三郎については、当時の色川研究室の一員として調査に参加した江井秀雄氏の著作『自由民権に輝いた青春 ―卓三郎・自由を求めてのたたかい』に詳しい。

この五日市憲法草案の特色は、人権の尊重とその具体的な規定にある。お上が臣民にこうするべしなどというものではなく、「私たち」が国家にこうすべしと命ずるものだ。その底流にあるものは国家権力への不信と、それへの抵抗の精神である。大日本帝国憲法を作った人々と五日市憲法草案を作った人々の差は、一つには権力との距離、もっとはっきり言えば殴る側と殴られる側の違いであろう。21世紀にあって日本国憲法について考える今の自分がどちらの側にいるのか、ふと考えてみたりする。

なお、この憲法草案が作成されたころ、この地は我が研究所が現在その活動の中心をおいている神奈川県に属していた。ただ、憲法起草者の千葉卓三郎 は、自らの住所を「自由権下、不羈郡浩然気村貴重番智」と称していた。その烈々たる気概、こじつけながらも同じ神奈川の地より「地球宇宙」を冠する我が研究所にも、相通じるものがあるのかもしれない。

・・・かかしの独り言・・・

その他

投稿者:かかし

もしも話が出来たなら、一度言いたいことがある。

もしもあの時、小泉さん。
訪中できても行ったかな、遠いお国の北朝鮮。

個人の立場で参拝を、したというなら、小泉さん。
個人で訪中したらいい。

痛みを分かち合うと言う。
感じぬ痛みは分けられない。

クールビズは、ハァ涼しい。
こっちはビズが冷え冷えです。

民営で結局得する人がいる。
わたし幸せになれますか?

修学旅行と平和学習

近藤 泉

◆娘が修学旅行から帰ってきました。

私の頃と同じ、奈良、京都でした。 ただ違うのは、3日のうち2日が班別の自由行動ということです。事前に行きたいお寺、拝観料、交通手段、所要時間、交通費などを自分達で調べ、初めて訪ね る宿舎に時間通りに辿り着くよう経路を組み立てます。最終日は、貸切タクシーで縦横無尽に世界遺産の古都を巡り、お昼ご飯は運転手さんお勧めの美味しいお 店でということで、「親が行きたい~」の声もしきり。帰りの新幹線に乗り遅れる事を考えれば、値が張ってもタクシーほど確実な物はないとのことで、先生も 考えたものだなと感心。

そんな魅力的な修学旅行に、我が家の歴史大好き乙女は、胸いっぱいの感動ときらきらした思い出を持って帰ってくれました。「修学」にふさわしく、東洋思想の深淵に触れますます歴史がおもしろくなったようです。

こんな彼女ですが、実は始めは修学旅行に失望していました。

◆「広島に行けないなんて修学旅行の意味が全くない」と言うのです。

数年前から、ここの中学校では広島と奈良・京都を訪ねていました。事前に被爆者や戦争経験者の方々を学校にお招きして、各クラスで2時間お話を聴き 感想をまとめます。1年かけて平和学習をしっかりし、千羽鶴を折りました。広島では被爆された方が体験を語り、原爆ドームなどを案内して下さるのを一生懸 命伺いました。貞子さんの像に千羽鶴を捧げ、歌に乗せて平和を護る決意を噛み締めました。よくぞ2泊3日で広島まで連れて行って下さったと思います。

今年がヒロシマ60周年であり、その大切な年に修学旅行に行けるものと、娘は中1の頃から心待ちにしていました。しかし、今回から広島行きがなくなり、彼女は深く失望しました。

都立高校では不況で親の収入が減り修学旅行に行かれない生徒が増えたので、教育委員会で定める修学旅行の上限金額を下げ、みんなが行かれるようにし た、と聞きました。経済的に厳しい家庭が増え予算を見直さなくてはならない現実、広島行きがなくなったのもこの理由かと推測するばかりです。多くの都立高 校で取り組んで来た沖縄へ行っての平和学習も、もう出来なくなるのでしょう。

◆そして、総合的な学習の時間にやっていた平和学習までなくなりました。

修学旅行の事前学習の必要がなくなったからだそうです。貴重な戦争体験を聴くことの出来たあの素晴らしい生きた平和学習は何だったのでしょうか。中学校の、こんなご近所に被爆された方がいるというのに。

先生方の意識が変わってきたためとは思いたくないです、、、。

外国語があなたを変えていく(2)

浪木 明

今回は、「時間管理」について触れたいと思います。小学校時代に夏休み前の計画表(もしくは日課表)を作った経験をお持ちの方は多いでしょう。今振り返ると、私は「計画を立てる ことが大好き」でした。いくつものパターンの日課を考えるだけで楽しくて仕方がなかったものです。

特に旅に出る時は、各種交通機関の時刻表や地図、ガイドブックを広げ、あたかも実際に旅をしているかのような錯覚に落ち、気がつけば夜が明けていたこともしばしばでした。

日常生活においても、電車の何両目のどの位置に立てば、次の乗り換えがスムーズに運ぶかを常に考えてしまいます。スーパーに買い物に行けば、どの売り場からスタートし、所要時間 と予算を正確に計算できるようになっています。

実はこのことが仕事では、「スケジュール管理能力」として発揮されるのです。スケジュールの管理ミスは「時間の無駄」となります。私は現在18人 の生徒たちに英語の個別指導をしておりますが、生徒各々が使っている教材やクラブ活動、他の習い事などが異なります。しかし個々の「スケジュール管理」を 徹底しているため、授業時間設定ミスはほとんどなく、無駄な時間がなくなるのです。

外国語学習において、「時間の確保」は絶対必要条件となります。そのため学習習慣が身に付かない悩みを持つ生徒には、「マイライフノート」をつけ させます。これは、週間単位で毎日の(1)起床時刻、(2)学習時間数(1時間ではなく60分と、分単位で記入)、(3)就寝時刻、(4)その日の気分ベ クトル(上昇・水平・下降)を矢印で記入してもらいます。寝る直前の数分でできる作業で す。

このノートを一ヶ月続けると、自分の生活習慣の傾向性が見えてきます。「朝型か夜型か?」「何曜日が調子が良いか?」などです。私はこのデータを 参考に、単に「英語頑張りなさい!」というような抽象的なアドバイスではなく、あたかもスポーツコーチのように具体的な目標達成メニューを考案することが 可能となるのです。

そして、目標が達成できなければ、生徒を叱るのではなく、新しいメニューを作り直し、あくまで指導する側の自分がもっと魅力ある授業ができるよう 工夫するのです。偏差値については、高校卒業と同時に消えて無くなる体温計のようなものと考え、結局のところ、「英語を使って仕事が出来、食べられるよう になる」ことを一つのゴールと捉えています。

大切なことは、始めは誰かに管理されても、いつかは自分で自分を管理できるようになることです。これが実現すれば、外国語はあなたを変えていくはずです。

次回は、「美容と長寿」を取り上げます。

ビジネス社会の「人間観」

わたなべ ひろし

今年の2月、初めて「管理職研修」なるものを業務命令で受講した。主催はビジネスマン教育で有名なSN大学である。研修内容はともかく、講師であるコンサルタントの先生が合間あいまに開陳するコメントが僕などにはとてもおもしろかった。

例えばこんなふうである。

「自分の周囲で起こっていることは、どんなささいなことでもその全てが自分に対する問いかけだと思った方が良い。その問いかけに答えていくことが人生というものです。」

「自分の主体性こそが、最良の問題解決のための方法です。」

「マネージメントとは、他者との信頼関係を結ぶ能力のことです。そして他者との信頼関係を結びたいと思ったら、まず自分自身を徹底的に見つめなおしてみることが必要です。自分自身を真に分かっていない人に、他人との信頼関係は築けません。」

講師によるこれらの「人生哲学」を聞き、根がこういうものを嫌いではない自分などは「ビジネスマン研修恐るべし」とすっかり感心してそのときは帰ってきた。

最近仕事の関係で、いわゆるビジネス書やビジネス雑誌と言われるものにまとめて目を通す機会があった。そこで僕の目に入ってきたのは、「自己実現」 やら「主体性の創造」やら「自身の存在意義」といった、それこそひと昔前なら左翼雑誌(古いねどうも)でお見受けするような大量の言葉たちであった。その とき僕は思った。これはビジネス社会における「人間観」の表出なのではないか、こういうものを提示して常にビジネスマン=労働者たちに自分の仕事の意味や 生き方を説き、与えていかなければ、現在のビジネス社会=資本主義そのものが立ち行かなくなってしまうからこういうものが大量に氾濫しているのではない か、と。

それはこういうことである。よく「自分探し」などといわれるが、高度資本主義社会というものの特徴のひとつは、「仕事と人生の意味づけへの執拗な問 いかけ」の一般化だと僕は考えている。この社会に属する多くの人たちは、自分の人生にとって仕事はどのような意味があるのか、自分の「アイデンティティ」 の確立を可能にするような仕事とは何か、ということを、切実に考えながら日々を過ごしている(かくいう僕もその一人である)。そして現状の資本主義社会が 高度の情報化、サービス産業化、知識社会化に依拠していることと、それは密接に関連していると思う。このような社会では、自分が日々行っていることが、果 たしてどれ程「仕事」の体をなしているのかおよそおぼつかなく感じてしまうからである。

そしてビジネス雑誌やビジネス書などで展開されている「人間観」などは、この高度資本主義社会において悩み多きビジネスマン=労働者たちに対する資本の側 からの回答であり、メンテナンスの一環なのである。ストレスの少ない鶏や豚の肉は美味しいとか言うが、まさにそれだ。そう考えれば、僕が受講した管理職研 修なども、そのときは「なかなか言うことが深いなぁ」と感心させられたのであるが、深いのも当たり前の話で、まさにそこは現在のビジネス社会=資本主義に とっては、自己の存続をかけた最前線であったというわけである。

考えてみればこのような「仕事と人生の問い」に対して、例えば資本主義を批判する側である労働組合などは、訴求力のある魅力的な「人間観」を打ち出 せていないのではないだろうか。そしてそこに労働運動の現状の衰退をもたらした一因があるのではないか。 さらにこのことは平和や護憲を訴える私たちの主張や運動にも言えることだと思う。いかなる「人間観」に基づいて平和や護憲を訴えているのか、そしてそのこ とが各個人の具体的な幸福や生きがいとどのように結びついてくるのか、こういう問いに答えられる、というかそもそもこういう問いから始めている平和論や護 憲運動が果たしてどれほどあるのだろうか。

平和学と言っても、それはいかなる「人間観」を提示することができるのかということに尽きると僕は確信している。

平和構築と深層文化

宮川 真一

今日コラムを担当させていただきます、宮川真一と申します。創価大学通信教育部で非常勤講師を務めております。担当科目の一つに「平和・環境コース」の「異文化理解」があります。そこでお話していることなどを今後ご紹介させていただければと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

<平和構築と深層文化>

世界で起こっている紛争や対立を解決に導くには、対立しあう国や地域の文化の違いに注目することが大切だ。それぞれの国や地域は、長い歴史と風土の中で 特有の文化、ものの考え方を持っている。ふだんは表に出ないけれど、何か一大事が起きるとそれが表面化するのだ。いつもは人々の心の中に眠っている文化、 これが「深層文化」と呼ばれる。このように、ヨハン・ガルトゥング博士は平和構築における深層文化に注意を喚起する。

まず、深層文化とは何か。私たちの意識の中に潜在的に存在しているもので、すらすらと言葉で表現できるものではない。ただ、ある一定の人々が集まって物 事を決める際や行動を起こす際に、色濃く浮かび上がってくる。このことから、深層文化とは、個人個人独自のものではなく、ある集団のなかに存在する共通の 潜在意識といえる。そこで、深層文化は「集団的レベルにおける潜在意識」と定義される。

ガルトゥング博士の著作『平和を創る発想術:紛争から和解へ』< 岩波ブックレットNo.603>岩波書店、2003年、では、具体的にいくつかの国の深層文化が取り上げられている。

まずロシアをあえて3つの単語で示すと、「二元論的で、垂直的で、悲観的」であるという。二元論的とは、社会主義でなければ自由主義というふうに、物事 をAでなければBであると考える傾向があるという意味で、垂直的とは、物事の決定が上から下に下ろされるという社会構造だということを指し、悲観的とは、 将来はお先真っ暗というふうに考えがちであるということだ。

ではアメリカの深層文化を同じように3つの言葉で表すとどうなるか。著者によれば「二元論的で、水平的で、楽観的」である。ロシアと比べてみると、二元 論的であるところは同じといえる。しかし、ひとつの物事に対して、それぞれみんなで協力して結果を出そうとする傾向があり、社会の構造が水平的である点、 将来について基本的に楽観的、やればできるという考え方が強いという点において違っているわけだ。

中国の人々は「陰陽道的、垂直的、実務的」な発想をすると博士は述べる。陰陽道的とは、二元論的なものの捉え方と対比されるもので、陰の中にも陽があ り、陽の中にも陰があり、両方合わせて意味があるというふうに、物事を表面的に見て判断してしまうのではなく、もっと複雑な捉え方をするということだ。次 に、垂直的だという背景には、儒教の影響が大きく、年齢が高いもの、学識に優れているものが社会の上層部を支配する構造があることを示している。また、実 務的であるということは、物事の状況が悪化してきても、その中から良い条件を拾い、状況を改善することができると考える姿勢だ。

こうした他者の深層文化を理解するには、まず自分の深層文化を知っていないと、相手のこともわからないという落とし穴もある。私たち日本の深層文化とい うものは、陰陽道的な傾向が強く、非常に垂直的で、そして実務的という特徴があるとされる。中国に近い。日本の深層文化の特徴をより詳細にまとめると、次 の6つのものが考えられるという。(1)自然観、自然哲学(自然の移り変わりを重視し、この世の出来事のすべてには、良い状態の時も、悪い状態の時もある という見方。「成り行き任せ」ともいえる)。(2)垂直的な構造(下に向かっては横柄な態度をとるが、上に向かっては、こびへつらう。個人レベルだけでな く、国家として世界に対する態度も同様)。(3)集団性(孤立をおそれる)。(4)撤退の選択(困難に立ち向かうよりも、引き下がる、身を引く)。(5) 妥協(徹底的に自己主張するよりも、適当に手を打つ)。(6)調和主義(全体の調和を優先する。実際の問題に触れずに、態度と行動を重視する)。

21世紀における平和構築のために、これからは平和研究や地域研究でも深層文化に目を向けることが求められているであろう。私は、中国と日本の深層文化が類似したものであることに励まされる思いがした。