月別アーカイブ: 2004年10月

過ちを改むるに憚ることなかれ ―香田証生さんの死によせて―

中西 治

香田証生さんがイラクで殺されました。香田さんは2003年3月にイラクで戦争が始まってから日本人としては5人目の犠牲者です。心から深い哀悼の意を表します。

なぜこういうことになったのでしょうか。それは小泉内閣が米国のイラク攻撃を率先して支持し、イラクに自衛隊を派遣したからです。イラクではこの戦争によって首都バクダットをはじめとして多くの町や村が破壊され、たくさんの人が殺されました。その数は1万人とも10万人ともいわれています。このことにイラクの人びとが怒り、戦争を始めた米国を恨み、自国の軍隊をイラクに派遣して米国を積極的に支持している国々を恨んでいるのです。

イラク戦争の直接の原因とされているのは2001年9月11日の出来事です。しかし、あの事件を実行したといわれる19人のうち15人はサウジアラビア人です。事件が起こった4日後の同年9月15日に米国があの事件の主犯と断定したのはサウジアラビアの富豪オサマ・ビン・ラディンでした。あの事件ともっとも深い関係にあったのはサウジアラビアです。イラクはあの事件ともオサマ・ビン・ラディンとも直接何の関係もありませんでした。

だから米国がことの真相を明らかにし、真犯人を罰したいというのであるならば、米国はまずサウジアラビア政府に対してオサマ・ビン・ラディンの引き渡しを要求すべきでした。オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンにいて引き渡せないというのであるならば、米国はサウジアラビア政府と協議し、アフガニスタン政府からオサマ・ビン・ラディンを引き渡させるようにすべきでした。米国はサウジアラビアとはことのほか親しい関係にあるのですから。

ところが、米国はそのような手順を踏まないで、同年9月20日に直接アフガニスタンのタリバン政権に対してオサマ・ビン・ラディンの引き渡しを要求し、アフガニスタンがそれに応じないからといって、10月7日にアフガニスタンに対して攻撃を開始しました。タリバン政権は潰れましたが、オサマ・ビン・ラディンは捕まえられませんでした。

ついで米国は2003年3月にイラクに対して同国が大量破壊兵器を隠し持っていると称して攻撃を始めました。しかし、ここでもサダム・フセイン政権は打倒されましたが、大量破壊兵器は見つかりませんでした。

米国のアフガニスタンとイラクに対する戦争の目的は、米国の思うようにならない両国の政権を打倒し、両国を米国の支配下に置くということだったのです。

権力を預かるというのは人の命を預かることです。人の命を預かるというのは人に衣食住と安全を保障することです。それも、自分を支持する人だけではなく、自分を支持しない人も含めてすべての人の衣食住と安全を保障しなければなりません。

香田さんの場合、この時期にイラクを旅する危険を十分に理解していなかったという不注意はありますが、そのことは決して権力を預かるものが香田さんの安全を守らなくてもよいということを意味しません。いかなる場合も権力を預かるものは国民の安全を守る義務があります。

香田さんが自衛隊をイラクから引き揚げなければ、自分の首が斬られると訴えているとき、小泉さんがそれでもテロに屈しないと公然と言うのは、香田さんは殺されても良いと公言しているようなものです。小泉さんにとっては自国民の命よりもブッシュさんとの約束の方が大事なようです。

オサマ・ビン・ラディンは2004年10月29日に11月2日の米国の大統領選挙を前にして米国民への呼び掛けを発表し、2001年9月11日の「マンハッタン」の爆破事件が1982年のイスラエル軍によるレバノンの高層ビルの爆破事件に対する報復であることを明らかにしています。さらに彼は「あなたたちが私たちの安全を台なしにするのなら、私たちはあなたたちの安全を破壊する。あなたたちの安全はブッシュでも、ケリ−でも、アルカイダでもなく、あなたたち自身の手にある。」と述べて、第二の「マンハッタン」事件が起こる可能性を示唆しています。

第二の「マンハッタン」事件を起こさせてはなりません。テロに対して国家のテロである戦争で対処し、さらに、これに対してテロでこたえるといった悪循環を断ち切らなければなりません。そのためにはまず隗より始めよ(自分から始めよ)です。日本は自衛隊をイラクから即時に引き揚げるべきです。小泉さん、もうこれ以上、イラクの人びとを殺すのに手を貸してはなりませんし、日本人に犠牲者を出してはなりません。自衛隊員もあなたが守るべき日本国民です。過ちを改むるに憚ることなかれです。

ニューズレター No.6 訪中特集

事務局

PDFファイルでご覧いただけます。

巻頭言
・「中華人民共和国訪問の成果のうえに立って研究所としての本格的な発展へ!」(中西 治)

訪中特集
・「中国旅行の印象」(木村 英亮)
・「痛哭の旅」(川嶋 英夫)
・「パレスチナ問題(その5)—中国とパレスチナ—」(小林 宏紀)
・「地球宇宙平和研究所訪中団学術交流会における論議から」(渡辺 直毅)
・「中国を訪ねて」(近藤 嘉人)

論考
・「韓国を6日間旅して」(佐藤 智子)
・「タイの平和署名運動:第二次大戦、朝鮮戦争とイラク侵略戦争の今日」(高橋 勝幸)

・会員紹介(野津 志乃)
・理事会報告
・事務局からのお知らせ

『華氏911』に知識人の真骨頂を見る

中西 治

華氏 911 コレクターズ・エディション

マイケル・ムーア監督の映画『華氏911』を見た。きわめて真面目な娯楽記録映画である。しかも、現代アメリカ社会の構造とその動態を見事に描き出している。

アメリカ社会の頂点に立ち、ホワイトハウスの主となっているのはテキサスの石油屋ブッシュ一族である。この一族はサウジアラビアの石油王サウド王家や富豪ラディン一族と利権で固く結びついている。2001年9月11日のあの日、首都ワシントンの超高級ホテルでアメリカの軍需産業カーライル・グループの株主総会が開かれていた。ブッシュ大統領の父ブッシュ元大統領や大株主のラディン一族が出席していた。

あの事件を実行したといわれる19人のうち15人はサウジアラビア人である。しかも、9月15日にアメリカははやくもラディン一族のオサマ・ビン・ラディンをあの事件の主犯と断定し、9月20日にはアフガニスタンのタリバン政権に対してオサマ・ビン・ラディンと彼の組織アルカイダの全員の引き渡しを要求していた。

ところが、出国規制が厳しかった9月14日から24日までのあいだにブッシュ政権は在米サウジアラビア人142人を最優先で帰国させ、さらに9月29日にはラディン一族24人の緊急出国を認めている。そのあと10月7日にアメリカはアフガンに対して爆撃を開始している。

何とも奇妙な話しである。もし、アメリカがあの事件を究明し、ことの真相を明らかにしようというのであるならば、出国規制はもっと厳格に実施しなければならなかったであろうし、アメリカがあの事件に報復しようというのであるならば、それはアフガンに対してではなく、サウジに対してであるし、タリバンに対してではなく、ラディン一族に対してであったであろう。

ブッシュに対抗するゴアもなんとも頼りない。2000年の大統領選挙でブッシュと戦い、最後は連邦最高裁判所まで争ったゴアが最終場面では道化役を演じている。選挙後の議会で選挙結果に異議を唱える一連の民主党の下院議員の発言をゴア副大統領は上院議長として阻止している。その理由はこれらの下院議員の動議に賛同して署名する上院議員が一人もいないということなのである。ゴアを含めて民主党にこれらの動議に賛同する上院議員が一人も居ないというのであろうか。

ゴアとしては連邦最高裁判所の決定のあと選挙での敗北を認め、ブッシュが大統領となることを承認した以上、問題を再び議会で蒸し返すのをいさぎよしとしなかったのであろうが、つい先日まで議場で発言している下院議員と同じことを喋っていたゴアが今度は壇上の議長席から同僚の発言を封じている光景は一場の喜劇である。いや、悲劇である。

ブッシュ大統領の戦争を熱烈に支持しているのは庶民である。激烈に反対しているのも庶民である。ライラ・リプスコムはムーアの故郷ミシガンのフリントで若者の職業指導に従事している白人女性である。夫は黒人である。フリントはグローバリゼーションの嵐の中で工場が次々と賃金の安い国に移転し、町の産業は空洞化し、荒廃し、失業率は実質50%といわれている。この街でライラは戦争に賛成し、若者たちに軍隊に入るように勧めていた。彼女の長男も軍隊に入った。ところが、長男はイラクで戦死した。ライラは戦争反対者になった。

ムーアはこうした事実を淡々と描いている。映像の持つ力は素晴らしい。知識人がもつ力は大きい。

私はムーアがさまざまな困難を乗り越えて、現職の大統領をかくも痛烈に批判し、非難し、罵倒する映画を作った勇気に心から敬意を表する。知識人の真骨頂を見る思いである。果たしてムーアのような日本人がどれくらい存在するのであろうか。

ライラの長男は死ぬ前に「みんながあいつ(ブッシュ)を再選しないように」と書き残している。アメリカ国民は今回の大統領選挙で死者のこの声にどのようにこたえるのであろうか。