月別アーカイブ: 2003年4月

2003年度前期連続講義「現代人間国際関係史」

事務局

講師:中西 治 (本研究所理事長、創価大学教授)
日時:前期4月19日から6月28日までの土曜日(5月3日を除く)、全10回

2003年度前期連続講義

第1回 4月19日 ・「イントロダクション」
・特定非営利活動法人地球宇宙平和研究所の設立への道のり
・国際社会論から地球社会論へ
・『地球社会論(Global Community)』とはいかなる学問か
・人間とは何か

第2回 4月26日 「ヴィッテ、ストルイピン、レーニン、トロツキー、ケレンスキー」
第3回 5月10日 「スターリン、マイスキー、モロトフ」
第4回 5月17日 「ローズヴェルト、ホプキンズ、ハリマン」
第5回 5月24日 「チャーチル、ビーヴァーブルック、イーデン」
第6回 5月31日 「独ソ戦勃発から英ソ共同行動協定へ」
第7回 6月7日  「独ソ戦勃発から米ソ貿易関係協定延長へ」
第8回 6月14日 第2回総会記念講義 「乱世の政治家−ブッシュ大統領と小泉首相−」
第9回 6月21日 「テヘラン会議からヤルタ会議へ」
第10回 6月28日 「国際連合設立から戦後国際システムを経て21世紀地球システムへ」

欲望の肥大化から生まれる戦争 ―米国の対イラク戦争

吉野 良子

私は、世界平和を希求する市民として、イラク戦争の即時停戦を強く求めます。イラク市民と双方の若い未来ある青年を、無駄に死なせるわけにはいきません。と同時に、イラクのみならず、核兵器を含む世界中の大量破壊兵器の撤廃を要求します。

この原稿を書いている今この瞬間にも、突如空から降ってくる「怒りのかたまり」に対して、身を守るためのなんら有効な手段を持たない市民が、私と同じような生身の人間が、無惨に殺されていく姿を想像するだけで、怒りで心がふるえます。

しかしながら、このような悲惨な現実も、イラク市民にとっては「日常」なのです。湾岸戦争以来、イラクは断続的に空爆を受け続けています。イラク国民に してみれば湾岸戦争から今日にいたるまで、「戦争は一度も終わっていない」のです。空からの直接的攻撃だけでなく、経済制裁という名で正当化された間接的 攻撃もまた、国民生活に与える影響は大きい。1982年には4219ドルだった国民一人あたりの年間平均所得は、93年には485ドルにまで落ち込み、今 日では約300ドル程度と考えられています。時に激しく、そして、じわりじわりと国際社会、特に米国は、「打倒フセイン政権」「民主主義の確立」という キャッチフレーズのもとにイラク国民を抑圧し続けてきたのです。

それだけでは飽きたらず、ブッシュ大統領は、自国民のみならず世界中の民衆が戦争反対の意思を示し続けたにもかかわらず、戦争を開始しました。「大量破 壊兵器」の解体および「テロリスト」の撲滅、イラクの民主化など、戦争を正当化するための美辞麗句が掲げられました。しかしながら、湾岸戦争以降派遣され てきた国連査察団による報告では、「イラクの大量破壊兵器開発システムは湾岸戦争で破壊され、すでにイラクは武器を作れない状態」にあると1998年の段 階ではっきりと述べられています。また、過日行われた安保理でのブリクス委員長の報告も、イラクに対してより誠実な対応を求める傍ら、査察と大量破壊兵器 の解体が徐々にではあるが進行しており、査察継続が有効であるとの認識を示すものでした。それにもかかわらず、「大量破壊兵器」を理由に攻撃を開始しよう とするのは、実際には、中東地域における覇権の確立、石油資源の確保、そして支持母体の一つとされている軍需産業からの強い圧力がその最大の理由だからで はないかと思わざるをえません。

2001年5月に発表された国家エネルギー政策策定グループの報告書であるチェイニー報告によれば、米国の外国石油依存度は、同年総消費量の52%から 2020年には66%に増加する見込であり、エネルギー政策の重要な課題として石油資源の輸入を説いています。先進国人口は減少傾向にあるにもかかわら ず、エネルギー消費量が増大する理由は何でしょうか。これこそまさに、人間の「欲望」の肥大化の現れではないでしょうか。

この報告書では、将来の石油調達先としてアゼルバイジャン、カザフスタン、アンゴラ、ナイジェリア、コロンビア、メキシコ等が挙げられています。これら の地域はいずれも政情不安定か強い反米感情が見られる地域です。ブッシュ大統領が着任以来進めている米国軍隊の近代化および増強は、米国本土の防衛もさる ことながら、これらの政策目標実現に向けた手だてだと考えられないでしょうか。2004年の国防予算案は前年度比の4.4%増と見込まれています。さら に、9・11以後米国は「大量破壊兵器を使いそうな敵性国家に対する予防的軍事力の行使を可能とする」という新たな概念を戦略思考に加えました。

これら一連の流れから推察されうることは、ハンプシャー大学マイケル・クレア教授が的確に形容したように、今回の戦争が「米国の支配のための戦争」では ないかということです。G・ジョン・アイケンベリーはもっと明確に、米国の「野望」を「米国がそれに匹敵する競争相手を持たず、世界の指導者・庇護者・用 心棒として、いかなる国家も同盟も挑戦できない一極支配の世界」の確立だと、フォーリン・アフェアーズに書きました。ここから、自らの欲望を肥大化させ、 ついには大きくなりすぎて滅びゆく帝国の末路を想像することは、性急に過ぎるでしょうか。トインビーの文明論はアメリカには当てはまらないのでしょうか。

しかしながら、このような動きはあくまでも米国における一部の突出した部分でもあることを、私たちは見逃してはならないと思います。というのも、米国政 権内部には従来、「体制の変化により中東地域の安定が回復に至る」と考える現実路線と、「イラクを中東地域の自由主義と親米主義のオアシスに変えることを 目標とする」新保守主義の対立が存在してきたからです。また、70を超える米国市議会が反戦決議を採択し、今後約100の市議会も可決予定との報道もあり ました。すでに起こってしまった戦争に対してノーと叫び続ける市民運動の台頭も無視できない存在です。

日本はどうでしょうか——。中東とも良好な関係を維持する日本は、今こそ平和憲法の精神をかかげ、平和のためのリーダーシップを発揮すべきです。戦争の始まりを止めることはできなかったとしても、戦争の終わりの始まりを押し進めることはできると思うのです。

爆弾が降ってくる空の下には、いたいけな子どもたちや、たくましく日々の生活を営んでいる母、家族を守り支えている父が、そこにもまたいることを私は決して忘れません。