会員の活動」カテゴリーアーカイブ

8政党党首への公開質問書の案内

中西 治

私も共同代表の一人を務めています「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」は、自由民主党、民主党、公明党、日本共産党、社会民主党、国民新党、新党日本、新党大地の8政党の党首に、日本国憲法と日米安全保障条約の問題について、2008年9月23日付け公開質問書を送りました。

内容は、以下の「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」のホームページに掲載されています。ご一読願えれば幸いです。

「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」設立1周年記念集会

中西 治

今日、下記の会に出席しました。

「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」設立1周年記念集会
糸数慶子参議院議員の講演とパネルディスカッション~米軍再編と神奈川の平和運動

講演者、パネリスト、ともに論客ぞろい。
内容のある大変良い会でした。基地問題の深刻さ、重要性を改めて教えられました。
今日の会合を今後どのように発展させるか。課題は大きく、重いです。

会合で次の「 開会の辞」を披露しました。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

2008年3月8日
「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」設立1周年記念集会
糸数慶子参議院議員の講演とパネルディスカッション~米軍再編と神奈川の平和運動~

  • 開会の辞

皆さん 今晩は。「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」の共同代表の一人を務めています中西治です。国際関係論の専門家です。本日はお忙しいなか、沖縄県選出の糸数慶子参議院議員をはじめ神奈川県の大和市、相模原市、横須賀市、座間市の各市会議員の方々、また、かくも多数の皆様が私たちの会の設立1周年記念集会にご参加いただき厚く御礼申し上げます。テレビ神奈川と神奈川新聞が後援して下さったことに心から感謝しています。

米国は戦争によって獲得した土地や軍事基地を簡単に手放しません。私は先月、2月25日から一昨日、3月6日までキューバ共和国を訪問してきました。キューバには有名な米軍のグアンタナモ基地があります。この基地は19世紀末のキューバとスペインと米国との戦争の結果、1902年にキューバがスペインから独立以来すでに100年余にわたって存在しています。

私たちの国、日本にも1945年の敗戦からすでに60年余にわたって日本各地に米軍基地があります。米軍基地は永遠に続くかに見えますが、そうではありません。その例がフィリピンです。フィリピンも19世紀末のスペインと米国との戦争の結果、米国の植民地となり、米軍基地が置かれましたが、1946年に独立し、1992年に米軍基地を完全に撤去させました。

私は米軍基地を撤去させる力は基地のある地域の住民の忍耐強い、絶え間ない、不屈の強い意志と行動にあると考えています。フィリピンから米軍基地を撤去させたのはフィリピン上院の決議です。日本でも衆参両院が日米安全保障条約を廃棄する決議を採択すれば1年後には米軍は日本から引き揚げざるを得ないのです。

第二次大戦後初めて日本でも昨年の参議院議員選挙の結果このようなことが可能な政治状況が生まれています。沖縄では昨年の参議院議員選挙で糸数さんが基地反対の統一候補として再選されました。次は私たちの神奈川の番です。沖縄に灯った希望の灯火を神奈川で引き継ぎ、日本全国に広めるならば、憲法9条をまもり、日本から米軍基地を無くすことができるのです。私たちはそれをめざしてこの集会を準備しました。そのようになれば、この集会は歴史的な意義を持つものになるでしょう。この集会の成功を信じています。ありがとうございます。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

以下、『神奈川新聞』2008年3月8日付け記事(「『人権踏みにじる事件なくならぬ』/在日米軍再編でシンポ」)の転載:

米軍基地の現状を考えるシンポジウム「米軍再編と神奈川の平和運動」が八日、横浜駅西口近くのかながわ県民センターで開かれた。市民団体「憲法9条をまもる平和共同かながわ」の主催で、約七十人が参加した。

二月以降、沖縄県で中三少女への暴行や飲酒運転、住居侵入など米兵による不祥事が相次ぐ中、同県選出の糸数慶子参院議員が講演。在日米軍再編について「基地負担を軽減するどころか、基地を固定化し、負担を押しつけるもの」と批判。「基地ある限り、人権を踏みにじる事件事故はなくならない」と訴えた。

基地問題に取り組む大和、相模原、座間、横須賀の各市議と糸数参院議員のパネルディスカッションも行われ、米軍再編による影響などについて議論。米陸軍第一軍団前方司令部が発足した在日米陸軍キャンプ座間(座間、相模原市)を抱える座間市の中沢邦雄市議は「司令部の発足で、テロの危険もキャンプ座間に背負わせようというのが米国の本音」と強調。

八月に原子力空母配備が予定されている米海軍横須賀基地のある横須賀市の瀧川君枝市議も「空母そのものが攻撃対象で、危険極まりない」と危機感をあらわにした。

「基地の反対勢力の団結を」(大波修二大和市議)、「米軍にとって居心地の悪い神奈川に変えよう」(金子豊貴男相模原市議)との決意が示され、糸数参院議員も「米軍に物言うために超党派で取り組むことが必要」と述べた。

中国遼寧省阜新市日本帰国者ビジネス協会

植木 竜司

中国遼寧省阜新市に、本年5月「阜新市日本帰国者ビジネス協会(以下、ビジネス協会)」が設立されました。この協会は日本から帰国した留学生や研修生を主体とする公益団体です。

私は昨年10月より今年3月まで阜新市に滞在していたのですが、滞在期間中ビジネス協会の前身となった「日本語コーナー」に参加しており、本年8月15日より本協会の日本本州連絡代表に任命されました。そこで、今回はこのビジネス協会について日本の皆様に紹介させていただきたいと思います。

以前本サイト上でも何度か紹介させていただいたことがありますが、阜新市は中国の東北部に位置する遼寧省にある一つの市です。

同じ遼寧省内にある大連市や瀋陽市に比べ、国外における認知度が低く、市内で外国人を見かけることはほとんどありませんが、阜新市から外国へ留学や仕事で行く人は多く、日本に留学生や研修生として来る人も数多くいます。ビジネス協会は、そのような留学生・研修生として日本滞在経験がある人や個人的に日本や日本語に興味を持ち勉強を続けている人たちが設立した協会です。

阜新市は「炭鉱の町」として知られていますが、近年は石炭が枯渇しつつあり、経済構造の転換が図られています。そうした中で、市政府は炭鉱業に変わる新たな産業の模索や海外企業の誘致等を積極的に進めています。日本への働きかけもしており、今年4月には経済貿易代表団が訪日しました(「中華人民共和国遼寧省阜新市人民政府代表団の歓迎宴」を参照)。そのような環境の中で本ビジネス協会は設立されました。会員、名誉会長には阜新市人民政府の多くの局長や副局長、また副市長等も名を連ねています。

具体的には商務・税務・法律及び金融など各方面のコンサルティング業務、交流会などの実施による相互交流の場の提供、研究討論会及び各地の会員間の相互訪問活動の組織、阜新の商工団体及び他国の類似団体との交流活動、インターネット上のホームページによる宣伝活動等を行っております。

このビジネス協会には、企業や政府関係者以外にも大学教員や日本語学校の日本語教師など多くの教育関係者が参加しています。会長は阜新市博文外語学校校長の武林奇さんが務めておられます。私はこのビジネス協会が、ビジネスの面のみに限らず、多方面で阜新市と日本の関係を強め、友好関係の促進に貢献する協会になるのではないかと期待しています。

以下は、董久峰副会長へのインタビューです。

植木:ビジネス協会設立の目的は何ですか。
董:阜新の対外政策・各商工業・自然資源などを宣伝すること、阜新商工業企業・社会組織と日本各商工業企業・団体・個人との交流・協力・発展を促進すること、国内各商 工業企業の発展を導くこと、阜新の対日企業誘致・資金導入の拡大・経済の転換および発展を推進することに貢献することです。

植木:ビジネス協会にはどのような方が参加されていますか?
董:日本から帰国した留学生および研修生を主体とし、日本との交流や協力を望み本会を支援する人々が参加しています。2005年9月阜新市民政局副局長の趙作奎名誉会長は1年3カ月の努力を経て日本大学のグローバルビジネス科の修士として卒業し阜新に帰ってきました。それから阜新にいる留学や研修生として日本滞在経験のある人たちと相談してビジネス協会を設立しました。

植木:阜新の産業について紹介してください。
董:火力発電、風力発電、機械設備製造業、農業および補助プロダクト処理業、サービス産業と職業教育産業などです。今の阜新には豊かな労働力資源があり、職業教育産業は全国にも有名です。私は、特に阜新の進んだ教育環境を基にして阜新の人々に日本語教育や日本企業必要な職業教育を行い、労働力を活かしていくべきであると考えます。合作学校や合作大学を作る事も考えられます。

植木:最近の中日関係・中国人民の対日感情をどのように考えていますか?
董:中日関係は複雑な問題です。日本政府は真摯な歴史観を持ち、勇敢に中国及び アジア周辺国を侵略した事を認め、受害国と受害人民に対して反省の態度を示し、 そして他国の許しを得てから一緒に未来を向かう、一緒に友好かつ平和な世界に向 かうべきであると考えます。また、感情と言うのはさまざまな要素で決められると 思いますので、たとえば、お互いの歴史観・異なる価値観への理解、文化交流・民 間交流、経済関係等を進めていく必要があります。今年4月温家宝総理訪日や、日中友好文化体育交流年活動、安倍前首相や福田首相の対中態度などにより中日友好は深まっていると信じています。

「9条を広める会」の世話人になって下さい

中西 治

皆さん

残暑お見舞い申し上げます

今日は8月8日、立秋です。暦の上では秋に入りましたが、連日、酷暑が続いています。

私たち有志は、3年前の2004年8月15日に「日本国憲法第9条を支持する宣言」を発表し、内外の多数の賛同を得ました。さらに、私たちは、2年前の2005年8月15日、第二次大戦終結60周年記念日に、「日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会(略称「9条を広める会」)」を設立し、今井康英、岩木秀樹、上田順子、近藤泉、高橋勝幸、竹本恵美、中西治(五十音順)の7人が会の世話人となりました。

署名者は日本から韓国、中国、ネパール、タイなど地球上の諸地域に広がり、2007年8月7日現在で139人です。

このところ内外の情勢は急速に進展し、私たちに新たな活動を求めています。

そこで世話人のあいだで意見を交換した結果、来る2007年8月15日を期して、会の活動をいっそう活発にするために、新たに多くの方々に世話人になっていただこうということになりました。

「9条を広める会」として事務局を確立し、ホームページを開設・管理し、日本語だけではなく、数か国語で広報をおこない、いつでも自由に「日本国 憲法第9条を支持する宣言」に署名ができ、闊達に意見が交換できるようにしようとの声が上がっています。また、このさい、代表世話人を決めてはとの意見もあります。

戦争のない、平和な日本と地球を創り出すため、輝かしい未来のために、ぜひ「9条を広める会」の世話人になって下さい。世話人になっていただける方は8月13日(月)までに中西治に一報願えれば幸いです。

楽しい良い日々を!

大板鎮衙門村敖宝節を訪ねて ―中国東北阜新便り

エミリー

こんにちは。先日9月5日に、衙門村委員会からのご招待で「大板鎮衙門村敖宝節」へ行ってきました。先日、遼寧省阜新蒙古族自治県人民代表大会常務委員会主任の陳玉明先生にお会いした際に、「9月5日にモンゴル族の敖宝節の祭事が行われます。現地に来賓用の特別席を準備し、皆さまにご紹介したいと思いますので、ぜひ和服でお越し下さい」とご招待状を頂戴しました。

朝8時45分に、私が住む遼寧工程技術大学の教員宿舎からタクシーに乗り、1時間ほどで「大板鎮衙門村」という場所に着きました。「大板鎮」は、私の住む阜新市に隣接しています。「鎮」は、県や自治県の下位の行政区画単位です。「衙門村(ヤームン村)」のことをもう少し詳しくご紹介しますと、場所は東経121度 53’ 35”、北緯42度にあり、609戸、2142人の人々が住んでおり、住民の85%は蒙古族でモンゴル語を話すそうです。私の住む阜新市には漢民族が多く、阜新蒙古族自治県を除けば、ほとんどの学校教育が中国語(漢語)で行われます。そのためモンゴル語で生活をする人が少なく、阜新市のモンゴル族の方々にとって、衙門村は大変貴重な地だそうです。その地で毎年旧暦の7月13日(今年は9月5日)に、「敖宝節」の祭事が行われるそうです。それはモンゴル族の祭事文化だそうです。衙門村の住民はもちろん、阜新市や近隣のモンゴル族の方々が集まるそうです。

大板鎮 大板鎮衙門村

「敖宝節」というのは、おそらく「敖包」をもじっているものではないかと思います。「敖包」とは、石を積み重ねて作ったピラミッドのような円錐形の建築物です。かつてモンゴルの草原では、石は非常に少なく貴重なものであったそうです。草原には宗教的な建物がなく、住民が長い時間をかけて少しずつ小石を集めて積み重ねていったそうです。そして「敖包」を建て、神を祭り、健康や生活や幸福をお祈りしたそうです。またそれは、牧畜民が草原で放牧する際に、方向を確かめる目印としても使われたそうです。今でも県や鎮など単位で、住民が石を集めて持ち寄り、「敖包」を建てるそうです。モンゴル語ではこの建築物を「オウボウ」と言い、その言葉には「石の山」「堆積」という意味があるそうです。この「オウボウ」という音に、「ao bao」と発音する漢語の漢字を当てはめ「敖包」という言葉ができたそうです。

祭事に向かう人々で随分混雑した山道を越え、ようやく祭事が行われる場所に到着しました。到着すると、陳玉明先生と阜新蒙古族自治県人民政府副県長の李峰先生が出迎えて下さいました。モンゴル、新疆ウイグル、中国東北各省の蒙古族自治県からいらした政府高官の方々とともに、壇上の来賓特別席の最前列に座らせていただきました。日差しが非常に強く気温が高くて大変でしたが、青い空と山々が美しい爽やかな場所でした。

壇上の向こうには、立派な敖包が建っていました。その敖包は242年前に建設されたそうです。敖包の頂上にはチンギス・ハンの武器をかたどった物が飾られ、敖包の中央部には神の像を、下部にはチンギス・ハンの像を、白い石に彫ったものが飾られていました。

敖包 敖宝節

午前10時頃から、爆竹と共に盛大に式典が開始されました。開式の辞、来賓紹介、来賓一人一人に白酒、ハーダーという白い布、歌と馬頭琴演奏を捧げる歓迎の儀式、モンゴル舞踊、敖包での祈りと焼香の儀式などが厳粛に執り行われました。私も遼寧工程技術大学の日本人教員としてご紹介いただき、ハーダーを頂戴しました。式典には、多くの人々と報道陣が集まっていました。式典を見ていて私は、広島の広島平和記念式典を思い起こしました。

モンゴル舞踊 ハーダー

式典の後、政府高官の皆さまと共に、昼食、阜新市内観光(阜新蒙葯有限責任公司という製薬会社、遼寧阜新瑞応寺、阜新蒙古族自治県蒙古族実験中学・高等学校の見学)、モンゴルのパオ(包)型レストランでの夜の宴会にも参加させていただきました。テレビ局と公安が、終日同行していました。夜の宴会では、羊の丸焼きなどのモンゴル伝統のご馳走が振る舞われ、歓迎の挨拶や歌謡ショーなどが行われました。私も皆さまとダンスをしたり、日本の曲を歌ったりして楽しみました。日本の「北国の春」と「四季の歌」は、漢語にもモンゴル語にも翻訳され、こちらで親しまれています。和服を着た日本人が珍しかったのか、私は高官や公安の皆さまから一緒に写真を撮って欲しいと言われ、何十枚と記念撮影をしていただきました。帰りは、政府の車で大学まで送っていただきました。

製薬会社 パオ型レストラン

この日は、こちらの多くの伝統的な文化に触れることができ、大変感動しました。また日本での日常生活ではお会いすることができない貴重な方々と共に過ごすことができ、大変感謝しています。

こちらは日中30度を超えますが、朝は5度くらいまで下がり、秋が近づいてきたようです。日本もそろそろ季節の変わり目を迎えることと思いますので、皆さまもお身体おいとい下さいませ。

中西治外語研究中心(中西治外国語研究センター)の開所式

岩木 秀樹

dscn2065.jpg dscn2197.jpg

2006年8月30日に、中国遼寧省阜新蒙古族自治県(以下、阜蒙県)の職業中心(職業教育学校)で、中西治外語研究中心(中西治外国語研究センター)(以下、センター)の開所式が行われました。

この職業教育学校の創立は1980年で在校生は約2000名、教員は約200名で、思っていたよりも大きく立派な所でした。

開所式に先立ち、阜蒙県県長李峰さんや遼寧工程技術大学人事部長の許振良教授、また職業教育学校の校長先生をはじめ学校の首脳陣らとともに会議をし、今後のセンターの運営や展望等の意見交換をしました。

dscn2068.jpg dscn2083.jpg

その後、学校を案内され、センターの事務室を見ました。大きな所長用の机や本棚、ソファーや事務用の机などがすでに備え付けられておりました。短期間にもかかわらず、このような素晴らしい事務室を作られた方々の努力が目に浮かびました。

さらにその後、校庭で開所式のセレモニーが盛大に行われました。この地域のテレビ局や新聞等のマスコミも取材に来ており、また数百名の学生も参加し、センターの開所をともに喜び合いました。

dscn2087.jpg dscn2097.jpg

セレモニーではまず中西治さんから挨拶がありました。日本語から語学教育を始めて、近い将来には朝鮮語、モンゴル語、英語などの教育も行い、阜蒙県から世界に人材を送り出し、ここで教育を受けた若者が地球の各地で活躍することを希望するとして、「学べ、学べ、学べ」をこのセンターのスローガンとしていくことを述べました。

その後、大きな花火の音がする中で、中西治さんと許振良教授によるテープカットが行われ、記念撮影をしました。また中西外語サッカーチームの選手も駆けつけてくださり、一緒にカメラに収まりました。

すがすがしい青空と、遠くにはモンゴルにまで続いているかとも思わせる緑の果てしない草原が、このセンターの将来を象徴しているような気がしました。私自身も多くの若い人たちと一緒に学び、地球の平和に寄与することを再確認した旅となりました。ぜひ多くの方がこのセンターに立ち寄り、阜蒙県の空気を吸い、土地の食べ物を食しながら、交流をしていただければと思います。

dscn2100.jpg dscn2113.jpg

「9条を広める会」設立声明

中西 治

おはようございます。今日は第2次大戦が終わって丁度60年目です。この日にあたり私たちは「日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会」を設立しました。この会は世話人を中心として活動を展開していくことになります。世話人にはいつでもなれます。下記の世話人に申し出て下さい。ご意見・ご要望などもお寄せ下さい。よろしくお願いします。

「9条を広める会」設立声明

私たちは2004年8月15日に「日本国憲法第9条を支持する宣言」を発表しました。

戦争を永久に放棄し、陸海空軍などの戦力を持たず、国の交戦権を認めないことを規定した第9条は、人類が求めてきた非戦と非武装の到達点です。

私たちの「宣言」は日本から韓国、中国、ネパール、タイなど地球上の諸地域に広がり、多くの人々の共感を得、署名人はすでに117人に達しています。

他方では第9条を改悪し、日本が公然と軍隊を持ち、外国で戦争を行なえるようにする動きも活発になっています。

私たちはこのような動きに対して、日本で第9条を守るためにも、日本が過去に行なった戦争を深く反省し、再び戦争を行なう過ちを繰り返させないように するとともに、第9条の精神を地球全体に広め、軍隊のない平和な地球をつくらなければならないと考えています。

私たちは第2次大戦終結60周年にあたり「日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会」を設立し、この運動をいっそう広範に積極的に推進していくこ とを声明します。

2005年8月15日

日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会 (略称「9条を広める会」)
世話人(五十音順) 今井 康英、 岩木 秀樹、 上田 順子、 近藤 泉、 高橋 勝幸、 竹本 恵美、 中西 治

「9条を広める会」設立声明(英文)

August 15, 2005

The Declaration for spreading the idea of Article 9 to the whole earth and building the peaceful earth without army We issued “a declaration which supports Article 9 of the Constitution of Japan ” on August 15, 2004.

The Aritcle 9 specifies abandoning war eternally, not having any military power such as army, navy, and air force, and not accepting the right of belligerency of a country. Human beings have quested for the idea of renunciation of war and demilitarization in the Article 9.

Our “declaration” spread in many areas on the earth, such as China, Japan, Nepal, South Korea, and Thailand. 117 pepole signed for it so far.

On the other hand, we find some people actively try to change the 9th article for the worse, have an army openly, and enable to war in foreign countries.

We deeply reflect on war which Japan waged in the past, and pledge not to repe at the fault again. We protect the Aricle 9 and spread the idea to the whole earth. We make efforts to build the peaceful earth without army.

In the 60th anniversary of the end of the Second World War, we organize “The Campaign Group for the Idea of Article 9 of the Constitution of Japan to the Whole Eearth”, and promote the activity which spreads the idea of the Article 9 much more vigorously.

If you join our group, please contact us.

The Campaign Group for the Idea of Article 9 of the Constitution of Japan to the Whole Eearth.

Imai Yasuhide, Iwaki Hideki, Ueda Junko, Kondou Izumi, Takahashi Katsuyuki, Takemoto Emi, Nakanishi Osamu

日本国憲法第9条を支持する宣言

事務局

日本国憲法第9条は、人類が営々と築き上げてきた非戦の誓いの最高到達点と言えるでしょう。その第9条が現在揺らぎ、改定が叫ばれています。このまま行くと再び日本は大きな過ちを犯す可能性があります。

私たち地球宇宙平和研究所会員の中から、このような状況を強く憂い、自分たちの主張を宣言として全世界に訴え、行動を起こそうといううねりが強くなりました。宣言文に関する多くの方の議論を経て、この「日本国憲法第9条を支持する宣言」が発表されました。私たちのこの宣言は21世紀の地球と宇宙の平和を維持する指針の一つになるものと信じています。

——

日本国憲法第9条を支持する宣言

私たちは日本国憲法第9条を支持し、その精神を地球全体に広めることをめざしてこの宣言を発表する。

日本国憲法はその前文において、日本国民はわれらとわれらの子孫のために政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚して、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意したことを表明している。

この憲法は第9条で、その目的を達成する具体的な方策を次のように規定している。
(1) 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2) 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

20世紀の二つの大戦が人類に与えた教訓は、いかなる紛争問題も戦争によってではなく、平和的に解決しなければならないということである。日本国憲法第9条はこの結論を法制化したものである。

憲法前文は「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と誓約しているにもかかわらず、いま憲法第9条が危機に瀕している。

この崇高な理想と目的を捨ててはならない。21世紀に入っても世界中で戦争の惨禍が絶えない今日、いまこそ憲法第9条を高らかに掲げ、その精神を人類共有の理念としなければならない。

日本の自衛隊の存在や日本の国際連合安全保障理事会入りのために憲法第9条を変えるのではなく、自衛隊と国連安保理を第9条に合わせるべきである。

私たちは宣言する。

1. 世界のすべての人が、平和のもとで生きる権利を有するがゆえに、私たち主権者は、国家および政府に対して、平和的生存権を保障させなければならない。
私たちは戦争と武力行使を永久に放棄した日本国憲法第9条を高く評価し、これを支持する。

2. 常備軍の存在は、他の諸国を絶えず戦争の脅威にさらすことになる。常備軍そのものが先制攻撃の原因となる。国家による人殺しを強制されない権利が保障されなければならない。
私たちは戦力の不保持を定めた日本国憲法第9条を高く評価し、これを変えることに反対する。

3. 戦争は甚大な犠牲を強い、地球環境を破壊する最悪の愚行である。戦争を放棄し、人権としての平和を高らかに宣言している日本国憲法は、人類普遍の原理であり、崇高な決意である。
私たちは真の国際貢献、平和実現のために、憲法第9条の精神を広く世界の人々と共有し、その実現に向けて努力することを誓う。

この宣言に多数の人々が賛同され、署名人となられるよう要請する。

2004年8月15日正午

署名人(敬称略)

青谷道子、今井康英、岩木秀樹、植木竜司、遠藤美純、王元、汪鴻祥、王広子、大江平和、掛川三千代、加藤恵美、亀山伸正、木我公輔、木村英亮、小林宏紀、近藤泉、近藤義雄、近藤よし花、近藤嘉人、近藤よし乃、近藤慶水、佐藤美津子、澤入恵子、澤入泰、徐顕芬、シンサワット・ヨートパーントーイ、神保泰興、スラパン・サーイプラディット、ソムデット・アップドウンラー、高橋勝幸、谷川真一、竹本恵美、張剣波、辻村伸雄、中西治、中西順子、中西節子、浪木明、野津志乃、白恩正、林亮、古野郁子、古野恭子、古野久子、古野久美、堀妙湖、森井賀津子、森井貞夫、吉野良子、和田正二、渡辺直毅

以上 51人

追加署名人(敬称略)

青木朋子、青木豊和、安達範子、雨宮裕一郎、尹春華、ウアムポーン・ソーンスワン、ウィライ・トゥラクーンシン、ウォーラヌット・チュールアンスック、ウォーラポン・ウェッチャマーリノン、梅林宏道、ウライ・ティティラッタカーン、遠藤正雄、王新生、大崎伸城、岡田康孝、小野和子、オーラタイ・パワーラム、カムポン・チャムパーパン、カンティカー・シーウドム、カンニカー・サートゥラプルン、川崎高志、姜元武、キッティポン・ジャイサムット、クリット・セーンインヨット、熊谷公子、熊谷陽一、クンナコーン・ワーニットウィルン、コーソン・チョーパーカー、胡徳坤、小林佶、佐藤武子、佐藤仁志、佐藤賀夫、澤井恵美子、シリペット・トリッサナーワディー、シリポーン・ポムウォン、ジャーモーン・ソーンペットナリン、ジャラン・ディッターアピチャイ、スターチャイ・イムプラサート、スダー・パノムヨン、スチャート・プーミボリラック、スティー・リムテーパーティップ、ソムギアット=ピブーンパット、ソムシー・チャイワニチャヤー、ソンクラ—ン=ポーンブンカン、タノームヌワン・ヒランヤテープ、玉井秀樹、タムロンサック・ペーチャロートアナン、ティッパワン・ジュンダートーン、ティーラポン=ムーシカサムパン、チャローン・スントゥラーワーニット、チャーンチャイ・チャイスックコーソン、張可喜、丁斗、チョーラダー・ジアムウィチャック、沈仁安、寺澤信子、寺澤美穂、ドウアンハタイ・チャートブッティクン、鄧海勇、鄧、ドゥッサディー・パノムヨン、ドーム・クライパコーン、ナンティヤー・カナーワッタナクン、楊麗君、ニッポン・ジェームドウアン、馮昭奎、長谷川薫、馬紅娟、バーラミー・サマーティパンヤー、パンティパー・コンターウォーン、ピポップ・ウドムイッティポン、ピヤナン=ソーポンシリ、プラシット・ポンウドム、プラティープ・ウンソンタム・秦、彭家声、中嶋大輔、ニパーポーン・ラッチャタパッタナークン、ノッパナート・アヌポンパット、モンタナー=ドゥワンプラパー、モンティパー・イムヨーン、ラックサー・スッティポン、ラックサー・ポーカーサティット、ラッダーワン・タンティウィッタヤーピタック、ラッチャナート=ワーニットソムバット、劉思危、ロッサナー= トーシラクーン、ワーニー・サーイプラディット

以上 139人(2007年8月7日現在)