コラム・論考

エッセイ10 教員と学生

木村 英亮 (2005年9月23日 16時52分)

井上 靖の『おろしや国酔夢譚』に、主人公光大夫らがイルクーツクのキリル・ラックスマンの家をはじめて訪ねた場面がある。井上はそこを次のようにまとめている。「日本の漂流民たちは一人残らずラックスマン家を訪ねたことに満足を感じた。ラックスマンその人は気難しくもあり、わがままでもあるようだったが、言うことにも、することにも飾りというものはなかった。それが光太夫にも仲間たちにも、何とも言えぬいい印象を与えた。」(文春文庫版、169ページ)

最近読んだ木村幸雄「臼の上に座る人」(『中野重治の会会報』第5号、2ページ)に、募金のために中野重治を訪ねた学生時代の思い出がある。口座に振り込むからと現金を渡さず、口座番号を記載した広告を出し賛同者が振り込むようにすれば、学生も勉学の時間を失わなくてすむ、運動をもっと合理的に運ぶことを学ばなければならぬと話し、「臼の上に座って、そういう話をする中野重治の風貌姿勢は、古風で頑固なものに見えた。しかし、話の中身は、新鮮かつ柔軟で合理的であり、目を開かれる思いがした。」と結んでいる。

ラックスマンや中野の言動には、対人関係についてのひとつの態度がある。大学の仕事も人が相手であるが、その人は、学生に重点を置くべきであると思う。携帯やインターネットの時代、人間関係の常識も変わっている。たとえば教育実習校・指定校訪問など、ありがた迷惑になっているのではないかと感じることもある。もう少し合理化し、研究・教育の時間を確保した方がいいのではないであろうか。

二酔人四方山問答(15)

岩木 秀樹 (2005年9月22日 16時54分)

A:朝鮮を旅して驚いたことは、思っていたより外国からの物や人の流れが多いということだ。

B:朝鮮ってほとんど鎖国状態じゃないの。

A:それが違うんだ。まず1番目に付くのは団体の中国人旅行者。朝鮮には風光明媚な観光地が多いから、それを目当てに純粋な観光として来ているようだ。それに中国人料金は日本人よりかなり安いので、それが拍車をかけているみたいだ。

B:へー。君たち日本人料金はいくらくらいだったの。

A:8泊9日で北京滞在費用も含めて、1人約30万円だった。

B:んー。少し高いかな。韓国だったらパック旅行でこれくらいの滞在だったらその半分だろう。でも日本人は高いって差別じゃない。

A:そうは思わないよ。国の物価も違うし、金持ちから多く取るということはそれほど差別じゃないと思う。むしろ誰からも同様の金額を取るということの方が差別かもしれない。イスラーム地域でも定価という概念はうすくて、物の価値は売る人と買う人の関係の中で形成されるものとされている。

B:なるほどね。他にどんな人が来ていた。

A:ヨーロッパ人も来ていた。ゴルフをしに来たり、観光を楽しんだり、アリラン祭を見たりしていた。僕らのように学術交流や朝鮮社会の現実を見るという雰囲気ではなく、気楽な普通の旅行をしているようだった。あと日本の朝鮮大学校の学生が修学旅行で来ていた。彼らは万景峰号で来て、数ヶ月滞在すると言っていた。そうそう韓国からの旅行か仕事かわからないけれど、その団体を開城の高麗博物館で見かけた。たぶん陸路で入ってきたんだと思う。

B:ずいぶんと交流があるんだな。

A:物流もかなり活発で、中国側から鴨緑江を越えて多くのトラックが物資を積んで入っていた。経済封鎖を日本一国でやっても意味がないなと思った。ちなみにホテルには日本のお酒やビール、ちょっとしたスナックもおいてあったよ。

B:へー、物流もどんどん盛んになりそうだね。

平壌のスーパー兼おみやげ屋
平壌のスーパー兼おみやげ屋

A:そうそう、平壌最後の夜に、ホテルのバーに入ったら、日本語の歌を歌っているグループがいたんだ。酔っぱらった1人のおじさんに絡まれて、踊りまで一緒に踊らされたんだ。名刺をもらって少し話したんだけど、韓国からの農村振興の研究開発グループだったんだ。その人は農学博士でかなり立派な肩書きを持っていた。平壌の夜のバーで、日本人と朝鮮人のガイドや通訳の方と韓国人が日本語の歌を歌うなんて、おもしろい光景だったよ。

B:ところで、板門店にも行ったんでしょ。どうだった。

板門店
板門店。手前は休戦会議場、真ん中に境界線がある。向こうは韓国の自由の家。A:分断の象徴だし、今でも約1000万人の人々が分断されていることを思うと、悲痛な気持ちになったよ。板門店には韓国側から入ると、「見学中負傷ないし死亡しても補償は請求しない」という誓約書を書かせられるし、写真もそれほど自由に取れないのに対して、朝鮮から入ると、誓約書もないし、写真やビデオも自由だった。

B:朝鮮人民軍兵士がつくんでしょ。

A:そう、JSA(共同警備区域)に入る頃から、将校1人と兵士2人がガイドと護衛のためについた。将校はガイド役で人民軍の中佐だった。温厚な人で国際情勢などにもかなり詳しく、色々話を聞かせてくれた。ある一定以上の人は外国の情報も熟知し、国際社会の現状をかなり理解しているんだなと思った。

B:外国の情報は完全にシャッターアウトされているのかと思っていた。

A:ただインターネットはあるけれど、外国には飛べないらしい。

B:それはインターネットとは言わないじゃないの。

A:でもEメールはしかるべきところに行けば外国とのやりとりができるから、もしかしたら外国のインターネットもある地位以上の人は見ているのかもしれない。そうそう、Eメールを使って朝鮮の若者同士がチャットをするのが流行っているとも言っていたよ。

B:この時代、外国からの情報は完全に遮断できないよ。

A:そう、情報が社会や政治を変える可能性もある。物・人・金・情報の交流により、大きな変化があるかもしれない。

「憲法改正問題」について(3)

今井 康英 (2005年9月21日 19時00分)

今回も、「憲法改正問題」について述べておきます。

本日、第163特別国会が召集され、第3次小泉内閣が発足しました。 郵政民営化法案の成立を最優先するため、全閣僚を再任したところですが、 特別国会終了後に、内閣改造、党役員人事を行うようです。 小泉首相自身の任期については、来年9月の自民党総裁任期までと、明言しました。 私見ながら、小泉さんは今まで 「私の任期中には、憲法を変えません。消費税を上げません」 と言ってきましたので、もし、 いよいよ憲法を変える気になったり、そろそろ消費税を上げてもよいと判断したのなら、 彼は辞めることを躊躇しないでしょう。 但し、党内外から任期延長論が次々と出されていますので、 本人の希望通り、来年9月に退任できるのか、どうなるのか本当のところは分かりません。 なにせ彼は稀代の「策士」ですから、政権延命のためにどんな奇策を用意しているのか、 やすやすと見抜けるはずもありません。

一方、議席の上では惨敗して岡田代表が辞任した野党第1党の民主党は、 43歳の前原・新代表を選出し、世代交代が進みました。 (彼が9条2項否定の改憲論者であることは、やや気になるところではありますが) 菅・元代表と比べれば、国民に歓迎される選択だったと思われます。 これで、自民党の次期総裁も、ある程度「若さ」を求められることになりそうです。 政権交代は叶いませんでしたが、政界の世代交代を前へ進めたことに関しては、 国民にとって良いことだったと思われます。

さて、問題は憲法改正論議の行方ですが、 古い見方で恐縮ですが、改憲派は自民、公明、民主などで国会の大勢を占めており、 護憲派は僅かに共産、社民の両党だけと言って良い情勢ですから、 今後4年間に、いっそう改憲論議が進むことは間違いありません。 現に14日の各派協議会では、「憲法常任委員会」の設置で自民、公明、民主が基本合意し、 共産、社民が反対したと報道(時事通信など)されました。 その後、「憲法調査特別委員会」の新設で話がついたようですが、 いずれにしても、改憲手続きを定める「国民投票」法案を審議していくことになりました。 国会では改憲に向けて着々と大政翼賛会(あるいは、改憲大連立)が形成されつつあります。 しかし、国民世論の中には「9条を守れ!」と言う声も徐々に拡大していくと思われます。 今回の総選挙で共産、社民の両党に上積みされた100万票の有権者の願いは、 これに尽きるのではないかと思います。私も、その一人です。

朝日新聞山梨版(9月15日)によると、 「9条の会inやまなし」の世話人代表をする長坂町の主婦田嶋節枝さん(61)は 衆院解散後、小泉首相の「郵政民営化を問う総選挙は、将来の国民投票のリハーサルだ」 という趣旨の発言に嫌な感じを抱いた。 改憲を問う国民投票は早ければ09年にも実施される見通しだからだ。 総選挙では、耳に心地よい「改革」を短いことばで訴えた自民が大勝し、 政策を説明しようとした民主が無残に敗れた。 「改憲も『イエス』か『ノー』かで単純に問われたら、なすすべない。 自民躍進の結果を見てぞっとした」 来年5月、憲法をテーマにしたミュージカルを甲府市内で開催する。 ワンフレーズに惑わされない有権者を国民投票までに1人でも増やしたいと考えているそうです。 私も、「九条の会・栃木」の一員として、また「9条を広める会」の一員として、 大いに声を上げていきたいと思います。

エッセイ9 時間と仕事

木村 英亮 (2005年9月20日 19時04分)

スクールという言葉は、暇を意味するギリシャ語のスコレに由来する。東奔西走、いらいらしていては勉強はできない。いま大学教員は、講義負担のほか に、会議、雑用が増え、ゆとりを失っている。講義負担も総合課目から大学院まで、過大である。さまざまな沢山の講義のいずれにも十分な準備をして教壇にた つことは不可能であろう。結局手抜きが行われざるをえず、しわ寄せをうけるのは学生である。以前は助手というポストがあり、事務職員もサポートしていた。これらの人々の削減によって、教員の仕事はいっそう増えている。

普通の大学では図書館もおもに学生向きで研究図書館ではない。結局、大学の研究室にいては研究できない。

教育・研究の仕事は、生産会社の場合と異なり、生産性の向上といった考え方にはなじまない。大学の場合、学生は教員から教わるばかりでな く、自分達で自主的に勉強することも大切である。ゼミやクラブ活動が大きな意味をもっており、そのためのスペース、図書館、機器の充実、教員・職員による 援助・コンサルティングの体制も必要である。

しかし、同様のことは初等・中等教育の場合にも言えよう。教員が忙しすぎることは、小学生・中学生・高校生には困ることであり、社会的 に損失である。子供の数が減っているいま、教育の充実の機会である。教員の質を確保するとともに、余計な雑務から解放するよう、行政、父母とも努めてほし いと思う。

「アンゼラスの鐘」を観て

その他 (2005年9月19日 19時06分)

投稿者:社会派かあちゃん

被爆60周年平和祈念作品「NAGASAKI・1945 ~アンゼラスの鐘~」完成披露上映会に行く機会を得た。

これは、自ら被爆しながら負傷者の救護活動に携わった秋月辰一郎医師(88)と周囲の人々の苦闘の日々を描いた長編アニメである。学校上映を含む全国1,000会場での上映をめざすと同時に、英語を始めとする各国版DVDを作成し、未来を担う世界中の子どもたちにも届け平和を訴えたいという。

浦上天主堂から北東へおよそ1キロの浦上第一病院は、カソリックの神学校だった。病院に迎えられたたった一人の医師秋月辰一郎は仏教徒だが、その誠実で飾らぬ人柄はカソリックの信者たちの敬愛を得ていく。再びあってはならないはずの原爆の投下――浦上天主堂は無惨に破壊され、美しい鐘を響かせていたアンゼラスの鐘も吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれる。秋月医師は仲間たちと共に懸命に医療活動を続ける。ふたたびアンゼラスの鐘が長崎の空に響き渡る、「復活」のときを信じて…。

「NAGASAKI・1945 ~アンゼラスの鐘~」製作委員会公式ホームページ

製作委員会・アニメーションを製作した虫プロ社長・監督達が舞台挨拶をする中で、主役の秋月医師を担当した声優の次のような言葉が真摯で心に響いた。「私は戦争を知らない世代であるし、アニメといっても架空の世界ではなく現実に起きた事を描く作品でもある。悩みながらも秋月先生の心を感じながら必死で頑張った。」実際、登場人物達の声には微塵の空々しさも嫌味もなく、秋月医師の苦悩と人々を救わずにはいられない強い意志、被爆した人々の家族愛や未知の病への恐怖が真っ直ぐに伝わってくる秀作だった。そしてアニメとは言え画面の閃光爆風に涙が溢れた。製作委員会代表の「原爆投下の時、動く映像で残されているのはきのこ雲だけである。他には何も残っていない。何一つ見ることができない。この作品はそれを映像にした。」との言葉は、そこに熱い思いが込められているが故にずしりと重い。

戦争を体験した者は、文字を使い、絵に描き、声を振り絞り、「作られた地獄」と「自らが築く平和」を命がけで後世に残そうとしている。それは後継者に受け止められてこそ完結する。この作品も今後の上映活動で多くの若い世代に観てもらうことで、初めてその使命を果たすことになる。各地での上映会は製作時と同じようにボランティアと募金により、これから進められていく。上映会の成功を祈りたい。そして、浦上第一病院で闘病中の秋月医師の心安き平和の日が一日も早くやってくることを。

6者協議の成功を歓迎する

中西 治 (2005年9月19日 17時38分)

私は北京で行なわれていた中国・朝鮮・韓国・ロシア・日本・米国の第4回6者協議が全参加者の粘り強い努力によって2005年9月19日に共同声明を発表して成功裏に終了したことを心から歓迎する。

この共同声明で朝鮮はすべての核兵器と核計画を放棄し、核不拡散条約(NPT)に復帰し、国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れることを表明した。これに対して各国は朝鮮による核の平和利用の権利を尊重し、軽水炉型原子力発電所の提供を適当な時期に議論することに同意した。

米国は朝鮮を攻撃する意志を持たず、朝鮮半島に核兵器を持ち込まないことを確認した。

日本と朝鮮は日朝平壌宣言にもとづいて過去の歴史を清算し、徐々に関係正常化を実現するために措置を講ずることを明らかにした。

この共同声明は1953年7月27日の朝鮮休戦協定以後のこの地域についての最大の国際的な平和取り決めである。

朝鮮半島にたれ込めていた核戦争の脅威は取り除かれ、この地域の非核武装化は大きく前進した。

朝鮮半島は新しい時代に入った。

朝鮮半島での戦争はもはやない。

人間理性の勝利である。

南北朝鮮の統一はいっそう加速化するであろう。

私たちの当面する課題は日朝国交正常化の促進であり、朝鮮半島周辺地域の非核武装化であり、平和地域化である。

朝鮮半島で起こった平和への動きを東アジア、全アジア、全地球に広めていかなければならない。

私たちの研究所が果たさなければならない役割の大きさを改めて痛感する。

2005年9月11日に思う

宮川 真一 (2005年9月18日 19時09分)

あの日、米国ニューヨークの世界貿易センタービルに多数の乗客を乗せた航空機が激突する映像に接したとき、人はそれをアクション映画の1コマと錯覚するか、「文明の衝突」というシナリオを想起するかのいずれかだったのではないだろうか。2001年8月末から9月9日にかけて、南アフリカのダーバンで反人種主義・差別撤廃世界会議が開催された。ダーバン会議では人種主義を 歴史的に形作ってきたのは植民地主義と奴隷制であることが確認され、人権の問題が南の立場から取り上げられた。EUは植民地主義と奴隷制についての謝罪に も合意した。ただし、これは補償などの代償なしの謝罪でよいという条件つきの妥協であった。しかし、アメリカはこの謝罪にすら参加しなかったのみならず、 会議でイスラエルのパレスチナに対するテロが議題に上るや、会議の途中でイスラエルとともに退場した。イスラム世界では、アメリカがダーバン会議から席を けって退場したことに対する絶望感が広がっていた。それが「9・11」のひとつの近因になったと考えられる。この会議に参加していた武者小路公秀氏は、「ビン・ラディンらイスラム・ゲリラ組織が何かするだろうと漠然と感じていた」という。(武者小路公秀『人間安全保障論序説―グローバル・ファシズムに抗して―』国際書院、2004年。)

ヨハン・ガルトゥング氏は次のように述べる。「第二次世界大戦後、米国の介入によって殺された犠牲者の数は、低く見積もっても、ペンタゴ ン(米国国防総省)の公然の行動によるものが600万人、CIAの隠然の行動によるものが600万人である。これらの合計は1200万人となる。これに構 造的暴力の犠牲者が加えられるべきである。重大な欠陥を有する経済構造によって基本的必要が奪われることにより、少なくとも日々10万人の人々が命を落と している。このうち一部分は、経済的な『悪の枢軸』との密接な関係によって、米国に起因するであろう。殺された1人に対して残された者が最低10人いると して、われわれは反米感情の強い1億を超える人々、おそらく5億の人々を語ることができるだろう。こうした強い憎しみの中のどこかで、報復への渇望が燃え 上がっている。それはイスラム原理主義者をして、怒りを行動に変えさせる。それはキリスト教原理主義者をして、米国の行動に目をふさぎ、耳を閉じ、感覚を麻痺させる。」

ガルトゥング氏によれば「9・11」は、「文明の衝突」ではなく、「文明内にある2つの原理主義の衝突」である。彼によれば、「世界は 今や対立する2つの原理主義によって翻弄されている。それはイスラムのスンナ派に属するワッハービズムと、キリスト教のプロテスタントに属するピューリタ ニズムである。両者とも中心のコアにおいて数百年の歴史をもっている。しかも彼らには自由に使用できる威力ある武器がある。兵器としての航空機の使用によ る自爆攻撃と、核兵器の使用をも含む絨毯爆撃である。」(ヨハン・ガルトゥング/藤田明史編『ガルトゥング平和学入門』法律文化社、2003年。)

池田大作氏は2002年1月に発表した平和提言において、テロリズムが多発する「9・11」以後の現代社会を覆っているものは「『自己』 も『他者』も輪郭の定かでない『人間不在』という現代の悪霊」であると指摘する。「真に脅威なのは、戦わなければならない相手は、貧困、底知れぬ憎しみ、 そして最強の敵、『人間不在』という現代の悪霊であり精神病理そのもの」である。従って、「テロリズムは、軍事力を中心としたハード・パワーだけで根絶で きるような単純なものではなく、ソフト・パワーも含め、国際社会が足並みをそろえて対処していかねばならない広がりと性格をもっている」という。

「9・11」以後の国際社会における問題状況のタテ軸には、軍事的・政治的・経済的な権力悪がある。ヨコ軸には、異文化に対する偏見と いう文化摩擦がある。そして、それらの根底には「人間不在」という精神病理が潜んでいる。この「人間不在」という悪霊を駆逐し、「生命尊厳」、「人間復 興」の潮流を興していくことが、いま切実に要請されているのではないだろうか。その上で、ヨコ軸においては分断から結合へ、破壊から創造へと、時代のベク トルを大きく変えるために、人間にそなわる善性を信じ、そこに呼びかけ、働きかけていく「文明間の対話」をあらゆるレベルで重層的に進めていくことが求め られる。タテ軸にあっては、21世紀を「教育の世紀」にしゆく挑戦の中に「生命尊厳の地球社会」を開く鍵があるのであり、一人一人の内なる無限の可能性を 開き鍛える「人間教育」、国家を超える視野を持った「世界市民の教育」が平和の礎となる。

何千年も続いてきた「力の支配」と暴力思考を変えるのは、容易なことではない。しかし人間は、なくせないと言われてきた奴隷制度を終わらせ、ホロコーストを終わらせ、アパルトヘイトを終わらせた。戦争もテロも、根絶やしにすることは不可能ではないと思う。

(拙稿「池田大作先生の『9・11』認識と『人間主義』平和構想」創価大学通信教育部学会編『創立者池田大作先生の思想と哲学』2005年。)

「いかに生きるか」という学問分野

わたなべ ひろし (2005年9月17日 19時19分)

大学を出て働くようになってから、ずっと考えてきたことがある。それは、大学という「お勉強」ができる環境を卒業して、これから自分は何をどうやって学んでいけばよいのだろうかということである。

最高学府である大学に長年在籍しながら、何をどうやって学べばよいのであろうかというのもみっともない話しではあるのだが、しかし事実なのだからしょう がない。大学では日本社会論をテーマとしていたので、研究対象への「留学」のつもりで実社会に出るのだと強がってみても、実際のところ何をどう勉強すれば よいのかさっぱりわからなかった。

英文学者の中野好夫さんが、自身の大学教師生活について語った文章の中で、次のように述べている。

「最初から私は大学教授になれるような勉強の仕方をしなかった。不勉強だとは申さぬが、それは好きなもの、というよりは、なんらかの意味でいかに生きるかという私自身の関心に切実な題目だけを、全くわが儘勝手に勉強した。」

これから何をどのように学べばよいのか僕は今でも分かってはいないのだが、中野さんのこの文章を読んだとき引っ掛かるものがあった。「あぁ、中野さんもやっぱりそうなのか」という具合にである。

それは「いかに生きるかという私自身の関心に切実な題目だけを」のところだ。なんというか、こういうふうに僕も「勉強」すればよいのかもしれないと、なんとなく行き先が見えた感じがしたのである。

これを仮に「いかに生きるか」という学問分野とでも名づけておこう。僕にとっては、反戦平和の問題も、戦後日本社会をいかに捉えるべきかという問題も、全てこの「いかに生きるか」という学問分野に含まれるものなのである。(そうは言っても、中野好夫という人の学問は、名訳の誉れ高いギボンの『ローマ帝国衰亡史』を始めとする数多くの翻訳があり、17~18世紀の風刺家にして『ガリヴァー旅行記』の作者であるジョナサン・スウィフトの研究があり、それこそ学術研究の面で多くの成果を残している。彼の「わが儘勝手」の勉強は、そういうものをしっかりと生み出しているのであり、僕のようなチンピラとは次元がことなるのではあるが。)

近年は、世界的なレベルで見て日本人の学力レベルが落ちているとか言われているが、例えばさまざまな私的サークルの数の多さ、多種多様な セミナーや講演会の実施、小説家や評論家といった文章や言葉を生業とする専門家の人数の多さ、書籍の発行部数等々、僕は日本人というのは「お勉強」や「学 習」の好きな国民だと思っている。そしてそれ等の「お勉強」や「学習」を通して人々が学びたいと思っていることは、学術研究的なものやノウハウ的なものよ りも、「いかに生きるか」ということなのではないだろうか。

この夏、『週刊金曜日』誌上に5回にわたって連載された、作家の辺見庸さんの「いま、『永遠の不服従』とは何か」という文章は、「いかに生きるか」という学問分野における僕にとっての収穫であった。

辺見さんは昨年の3月、新潟での講演中に脳出血で倒れ、不自由になった身体(それがどの程度のものであるのかは、もちろん分からないが)をおしての、病床 からの文章であった。辺見さんは元共同通信の記者であり、そのうえ芥川賞を受賞した優れた小説家でもある。僕は以前から辺見さんのファンで、彼の言語感覚 によって造形された世界は迫力があり、こちら側に「これを見ろ」と言わんばかりにグイッと突きつけるなにものかがあった。ただ最近(つまり病気で倒れる以 前)は、少し無理をしているというか、辺見さんの想念の深淵にまで彼の言葉が届ききれず、上っ面の方で折り合いをつけてしまっている感じがしていた。

しかし今回連載された文章は、1年数ヶ月の不自由な病床の中で、虚飾や衒い(てらい)を排せざるをえなかった彼が、それでも今の自分に残っているものだけを手がかりに、自分という存在の岩盤にたどり着く到達感が感じられるような、まことに「凄い」ものであった。

「脳がやられるというのはけだし不可思議です。……(電話番号やメールアドレスといった)社会生活上必要とみなされている記憶が消滅し、逆に(映画のセリ フや場面といった)社会的にどうでもいいような記憶が生き残ること。記憶と想念における無用と有用。これらを随分考えました。結論はありません。」

辺見さんの文章を読むことで、「いかに生きるか」という学問分野の特徴は「問いはあるが答えは無い」ということなのではないかと気づかされた。

二酔人四方山問答(14)

岩木 秀樹 (2005年9月15日 19時40分)

B:朝鮮の旅で最も印象に残っているのはどんなことなの。

A:いろいろあるけれど、あえて一つだけあげると、子供達かな。モラン第1高等中学校や少年宮での演奏や演舞、アリラン祭も多くは生徒や学生がやっていた。どれも大人顔負けのほとんどプロといってもよかった。

B:あー、たまに日本のテレビでも放映されているものか。でもちょっと作られた笑顔が子供っぽくないけど。

A:確かにそういう側面はあるけれど、どこでどのような笑顔をし、どこでお客さんの手を引くのかを熟知していた。私たちの心を和ませるプロだった。それにあれほどの技術を身につけるのは一朝一夕には出来ないだろう。あの笑顔の裏には相当の努力があったと思う。

B:そうか。普段の学校生活も見たの。

A:まだ夏休みだったようだけれど、私たちのためにわざわざ来てくれた人もいたようだ。 教室ではブラウスに赤いスカーフをした小学校高学年くらいの子供達が歓迎してくれた。モラン第1高等中学校はたぶんエリート校だと思うんだけど、理科室や生物の剥製や視聴覚室、講堂などずいぶん充実していた。日本の私立学校並だったように思う。

B:そうなんだ。

A:帰りに校庭を見たら、数十人の男子生徒がサッカーをしていた。その光景は万国共通だと思った。そうそう、話は変わるけれど、屋外での青 年舞踏会も平壌市内各所で行われていた。8月28日が青年の日か何かで、それを記念して行われるそうだ。その舞踏会が男女の出会いの場になるというのがお もしろかった。日本などで報道されてる朝鮮のイメージとは違う、普通の青年たちの生活や恋愛を少し見たような気がした。日本人も飛び入り参加していたよ。

主体思想塔前での舞踏会
主体思想塔前での舞踏会。向こうの川は大同江。

B:へー、おもしろそうだね。

A:アリラン祭は圧巻だった。10万人以上が入る巨大なスタジアムで、マスゲームや人文字が行われた。単に見せるだけではなく、民族の苦難の歴史を表現しているので、飽きなかった。しかも10月までこれをほぼ毎日やっているというのを聞いて、とてもびっくりした。

B:アリランてどういう意味なの。

A:「あー、リラン」という意味で、リランは男の人の名前。リランとある女性は恋人同士で、ある時リランは村からでることになった。リラン がいなくなった後に、地主がその女性に言い寄ってきた。その現場にちょうどリランが出くわし、再び村を後にした。リランを追っかけて、その女性は「あー、 リラン、あーリラン、いかないで、戻ってきて」と叫んだそうだ。大体こんな話がベースになって、アリランが生まれたそうだ。

B:へー、「あー、リラン」だったのか。男女の話と民族の歴史をだぶらせて、アリランの公演は行われているのか。

アリラン祭
アリラン祭の一場面

A:そうそう、「南男北女」という言葉知っているかい。

B:なにそれ。知らない。

A:李氏朝鮮の頃から言われているらしいんだけど、男は朝鮮の南の方がハンサムで、女は北の方が美人とされている。ほとんど迷信かもしれな いけれど、でも確かに美しい女性が多かった。外国人と接するスチュワーデス、ガイドやウェイトレス、ホテルの従業員には才色兼備の女性を配置しているよう に思う。物腰も柔らかく、あーアジアの女性だなと感じた。

B:なんかだんだん朝鮮に行ってみたくなってきたよ。恐ろしい国だとばかり思っていたよ。

「世論調査」について(2)

今井 康英 (2005年9月14日 19時41分)

9月11日に行われた総選挙で新たに衆議院の議席が確定したばかりなので、 今回は、再び「世論調査」について述べておきたいと思います。 私のブログでは、8月8日の「郵政解散」以降、 選挙関連の世論調査の記事は20件を超えています。 あくまでも結果論ですが、第44回総選挙の結果は、 これら報道各社による事前の世論調査で示されていた通りとなりました。 これで、少なくとも選挙関連の世論調査の信頼性には、 ある程度、肯定的な評価をしておかねばなりません。 但し、小選挙区制の特色が、これほど劇的に現れることは 想定外だったのではないかと思います。

私は、ここ2年ほどはテレビを見ないことにしています。 今回の「郵政解散」以来の「小泉劇場」を映像としては見ていません。 ニュースは、新聞(主にネット版)やラジオから情報を得ています。 新聞も捏造記事がないではありませんが、 テレビの「やらせ」よりは、まだマシだと思います。 それに新聞記事は自分の頭で考えながら読むことができます。 テレビで見せられた「小泉劇場」は、さぞかし面白かったのでしょう。 「小泉マジック」に国民の多くが幻惑されてしまったのではないかという気がします。

実は、今回の「郵政解散」は、遅くとも1年前から準備されていたという情報もあります。 (下野新聞9月13日30面「首相 1年前に解散決意 読み誤った反対派、民主」による) 小泉首相は、なかなかの「策士」であったと言わざるを得ません。 時事通信(8月31日)によると、 同日付の仏紙ルモンドは衆院選公示を受けて、 国際面トップで東京特派員による日本政治の特集記事を掲載、 小泉首相について「戦略家というより策士」と辛らつに批評した。 同紙は、郵政改革関連法案に反対した議員の選挙区に「刺客」を送り込むやり方は 日本の政治風土になかったことで、「少なくとも政局の流動化を導くだろう」と分析。その上で、「郵政法案の(参院での)否決は、 景気回復を除いて大きな成果がない小泉首相に対する国民の嫌気の表れなのに、 首相はこれを自民党内の造反議員のせいだとして、 国民に新たな白紙委任状を求めている」と指摘した。 また、景気の回復についても、 民間企業によるリストラ効果や中国経済台頭の恩恵にすぎないとの見方を示した。 さらに、小泉首相は「建設するよりも壊した方が多く、 戦略家というより策士、新秩序の創造者というよりも過渡期の政治家のように思われる」と結んでいる。

ここで思い起こすのは、学生時代に学んだ歴史の教訓です。 20世紀にはドイツにワイマール憲法下で、民主的にヒトラー政権が生まれました。 昭和の時代に大日本帝国には、大政翼賛会がありました。 今、21世紀の日本に「平和憲法」の下で、第2のヒトラー政権が生まれるのを目撃するとは、 思いも寄りませんでしたが、私にはそう見えます。 毎日新聞(9月12日)によると、 自民党の閣僚経験のあるベテラン議員も 「勝ったのにどうかと思うけど、怖い。ものが言えなくなってしまう。ファッショだよ」 と真顔で語ったそうです。

国民に郵政民営化の是非を問うだけの総選挙の結果、 自民党(296議席)と公明党(31議席)による「巨大与党」 (衆議院で3分の2以上の議席を占める)が誕生しました。 多分、首相本人もそこまでは予期していなかったと思われますが、 野党無用、参議院無用の平成大政翼賛会が出来てしまったかも知れません。 そうなると、小泉首相に全権委任したも同然です。 果たして、国民によって信任された郵政民営化法案の可決成立だけで、 彼の野望は止まるのでしょうか? 私には彼の本性はよく分かりませんが、 本格的な小泉「総統」政権へ変質するのではないかと危惧しています。

最新の世論調査(共同通信、9月13日)によると、 小泉内閣の支持率は59・1%で、不支持率は33・2%です。 自民党大勝、民主党惨敗という衆院選の結果には 「よかった」39・4%、「よくなかった」24・9%です。 9月21日召集予定の特別国会で成立を目指す郵政民営化法案の取り扱いについては 「慎重に議論すべきだ」53・4%、「同国会で成立させるべきだ」37・1%です。 「いつまで小泉首相に首相を続投してほしいか」との設問に 「来年9月の自民党総裁任期まで」47・2%、 「再来年夏の参院選まで」17・1%、「もっと長く」16・5%でした。 また、読売新聞(9月14日)によると、 小泉内閣の支持率は61・0%で、自民党圧勝の印象を聞いたところ、 「よかった」49%、「よくなかった」38%です。 自民党の獲得議席数については、「少ない方がよかった」56%、「ちょうどよい」33%です。 首相が数を背景に、強引な手法をとる不安を「感じる」63%、「感じない」30%でした。 これらのデータを見る限り、 国民世論はまだ小泉首相の独裁はありえないと判断しているようですが、 果たして彼の暴走を止められるのでしょうか? 日本国民が主権者としての力量を試されるのは、これからだと思われます。

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