コラム・論考

謹賀新年

中西 治 (2009年1月1日 20時47分)

2009 年の新春、おめでとうございます。

新しい年は、過剰生産恐慌と金融恐慌が重なった、全般的経済恐慌のなかで始まりました。1929 年 10 月 24 日のニューヨーク・ウォール街の株価大暴落で始まった世界経済恐慌以来 80 年振りです。 100 年來というのは、あの人の四捨五入した大雑把な造語です。

物が有り余り、生産を縮小しているのに、食べる物がなく、飢えに苦しむ人がいます。

働きたくても仕事がなく、住む家もなく、路頭に迷う人がいます。マネーゲームで大儲けをしている人がいる一方、大損をしている人がいます。これが資本主義です。

私は、コロンブスがアメリカに到達した 1492 年以降の近現代を、次の四つの時期に分けています。第一は、1492 年から 1776 年のアメリカ独立宣言までの時期です。ヨーロッパの国々が南北アメリカ大陸をはじめ地球上の各地を植民地にし、地球を一つに結びつけていきました。第二は、1776 年から 1917 年のロシア革命までの時期です。アメリカ合衆国をはじめとする国がヨーロッパの先進国の支配から脱し、独立していきました。第三は、1917 年から 1991 年のソビエト体制の崩壊までの時期です。ロシアをはじめ中国、ベトナム、キューバなどで社会主義をめざす新しい体制が誕生しました。イタリア・ファシズム、ドイツ・ナチズム、日本軍国主義がソビエト、中国などに戦いを挑み、敗北しました。第四は、1991 年から今日までの時期です。ロシアをはじめとする国で社会主義をめざす体制が崩壊し、米国をはじめとする国で資本主義体制が大きく揺らいでいます。

地球上の各地で人々は、20 世紀の資本主義と社会主義の経験に学びながら、21 世紀にふさわしい新しい体制を模索しています。

変革の波は地球全体に及んでいます。米国ではオバマさんが大統領に当選し、息子ブッシュ大統領の政策を変えようとしています。日本では第二次大戦後長い間続いた自由民主党政権が 1993 年に崩壊し、連立政権の時代に入りました。 2007 年の参議院議員選挙で民主党を中心とする野党が勝利し、多数派となり、自民党を中心とする与党が敗北し、少数派に転落しました。 2009 年中におこなわれる衆議院議員選挙でも同じような結果になるでしょう。日本国民は変化を求めています。

日本国憲法第 9 条を積極的にまもる政府をつくり、平和に徹した内外政策を実施し、経済の発展と国民生活の安定・向上をめざすべきです。

地球上には国内問題を平和的に解決する方法がまだ確立していないところがあります。ネパールでは民衆が武器をとって戦い、選挙でも勝利し、王政を打倒しました。タイでは政権をめぐって民衆同士が争っています。アフリカでは内戦が続いています。インドではテロ事件が起こっています。社会を平和的に変える制度を確立することが必要です。

国際問題については、紛争問題を平和的に解決することが可能になりつつあります。台湾問題は中国大陸と台湾との直接交流が拡大し、平和的に調整されつつあります。朝鮮問題もジグザグの道を歩んでいますが、南北朝鮮の統一は既に始まっており、米国と朝鮮との関係も正常化しつつあります。イラク戦争も山を越えました。米国はアフガン戦争からも手を引くことになるでしょう。

緊急の課題は、アラブとイスラエルの紛争を平和的に解決し、両者の共存を図ることです。

150 億年前に宇宙が始まり、140 億年前に銀河ができ、46 億年前に地球が生まれ、700 万年前に人類が誕生しました。その人類が 4 万年前にホモ・サピエンス (知恵の人) に進化しました。人間は 1 万年前に植物の栽培と動物の飼育を始めました。 5000 年前に文明が誕生しました。ユダヤ教の聖書は 3000 年前から語り継がれてきたと言われています。 2500 年前に人間の知恵と知識が開花しました。

孔子、ソクラテス、ブッダなどが現れました。イエスが誕生するのは 2000 年前、ムハンマドが活躍するのは 1400 年前です。これらの人々はそれぞれに人間の生き方を説きました。ユダヤ教、儒教、ギリシア哲学、仏教、キリスト教、イスラームなどの登場です。異なる思想・信条をもつ人々が平和に仲良く生きていくためには、思想・信条の多様性を認め、これらの思想・信条に共通する人間に対する愛を、異なる思想・信条をもつ人にも及ぼすことが必要です。

21 世紀に生きる私たちは、人類の英知と歴史に学び、それらを総合し、一段と高みに上げ、科学技術が高度に発達した時代にふさわしい、いっそう高い哲学と歴史学を作り出さなければなりません。

私は新しい論文「20 世紀の再検討 ―ロシア革命を中心として― (仮題) 」に取りかかりました。ロシア革命を通じて 20 世紀を再検討します。久しぶりにロシアについて書きます。

今年はベトナムに行きます。

本年もよろしくお願いします。

楽しい良い一年を!

2009 年元旦

米国大統領選挙結果(追伸)補正版

中西 治 (2008年11月21日 15時33分)

米国大統領選挙結果の票数はまだ公式に確定していませんが、United States presidential election, 2008 - Wikipedia (2008 年 12 月 2 日日本時間午前 6 時) により、ほぼ固まった票数をお知らせします。カッコ内は前回お知らせした数字です。

大統領選挙では民主党のオバマさんが大統領選挙人 538 人のうち 365 (364) 人を獲得、共和党のマケインさんの 173 (163) 人を大きく引き離して、第 44 代大統領に当選しました。オバマさんは 28 州と首都ワシントンおよびネブラスカ州の 1 人、マケインさんは 22 (21) 州を制しましたが、うちネブラスカ州の 1 人はオバマさんがとりました。ネブラスカ州の大統領選挙人の定数は 5 人ですが、うち一つの選挙区でオバマさんが過半数をとり、1 人の大統領選挙人を獲得しました。前回まだ決まっていなかったミズーリ州の 11 人は、マケインさんがとりました。得票数はオバマさんが 6846 万 5974 (6468 万 8689) 票、得票率は 52.80 (52.5) %、マケインさんが 5941 万 7826 (5695 万 451) 票、45.82 (46.2) %です。

日本ではこの二人しか紹介されていませんが、この他にも、もと緑の党、今回は無所属のラルフ・ネーダーさんが 72 万 6462 (66 万 8473) 票、0.56 (0.5) %、リバタリアン (自由主義者) のボブ・バーさんが 53 万 2995 (49 万 4551) 票、0.41 (0.4) %、憲政党・アラスカ独立党のチャック・ボールドウィンさんが 19 万 1340 (17 万 8406) 票、0.15 (0.1) %、緑の党のシンシア・マッキンニーさんが 15 万 8427 (14 万 4543) 票、0.12 (0.1) %、その他の候補者が 18 万 8660 票、0.15%を獲得しています。いずれも大統領選挙人の獲得にはいたっていません。

上院議員選挙では定員 100 人のうち 35 人が改選、当選は民主党 19 (18) 人、共和党 14 人。非改選を合わせると、いまのところ、民主党は改選前の 49 人から 7 (6) 人増えて 56 (55) 人、共和党は改選前の 49 人から 9 人減って 40 人です。改選前の民主党は同党系無所属 2 人を含んでやっと 51 人の過半数を確保していましたが、今後は単独で過半数を維持します。 2 (3) 人はまだ未定です。いずれも現職は共和党ですが、ミネソタ州は票の再確認中、ジョージア州は 12 月 2 日に決選投票がおこなわれます。これらの 2 州も民主党が獲得すると、民主党は同党系無所属を含めて 60 議席を確保し、長時間演説による議事妨害を阻止できます。これを filibuster-proof と言います。

今回の大統領選挙の投票者はいまのところ 1 億 2968 万 1643 (1 億 2309 万 7708) 人、投票率は 62 (56.0) %でした。前回、2004 年の大統領選挙では投票者は 1 億 2230 万人ほど、投票率 60.5 (60.7) %でした。投票者は 700 万 (80 万) 人ほど増え、投票率は 1.5%ほど増えています。

前回、2004 年の選挙で共和党のブッシュさんが 6200 万票ほど、民主党のケリーさんが 5900 万票ほど獲得しました。今回の選挙で共和党は前回より 300 万 (500 万) 票ほど票を減らし、民主党は 900 万 (500 万) 票ほど票を増やしました。今回は共和党が減らした 300 万 (500 万) ほどがそっくり民主党に移り、それに 600 万上乗せしたことになります。共和党の支持者の 300 万 (1 割) ほどが民主党に鞍替えし、さらに 600 万人が新たに民主党の支持者になったのです。前回より増えた 700 万人の投票者のうち 600 万人がオバマさんに投票したことになります。これがオバマさんと民主党に大勝利をもたらしました。

2008 年 12 月 2 日 午前6時 改訂

田母神前航空幕僚長の発言について

中西 治 (2008年11月13日 23時05分)

防衛省の田母神 (たもがみ) 俊雄前航空幕僚長が 2008 年 11 月 11 日の参議院外交防衛委員会で参考人として発言しました。この委員会の模様はテレビで中継されませんでしたが、その前後のマスコミの報道を通じて、日本は大変な人を空幕長にしていたことを知りました。背筋に寒さを感じます。

この人が、イラクで米軍と協力していた航空自衛隊の最高責任者だった、のです。この人が、名古屋高等裁判所が航空自衛隊のイラクにおける活動の一部を憲法違反と断じたときに、「そんなの関係ねぇ」といった人なのです。

この人が「日本が侵略国家というのは濡れ衣だ」と主張する一文を発表しました。このような考えは別に新しいものではありません。このような考えをもち、その意見を表明することは個人の自由です。しかし、日本国の防衛、とくに、現在の自衛隊のなかで最大の攻撃力をもつ航空自衛隊の最高責任者がこのような意見をもち、表明したとなると話しは別です。彼は批判をうけると、思想・信条の自由と言論の自由を持ち出して反論しています。屁理屈です。

この人はこれまで自衛隊のなかで同じようなことを言い、言論の自由を謳歌してきました。誰からも批判されず、むしろ、空幕長まで出世しました。彼が空幕長に任命された 2007 年 3 月の首相は安倍晋三さん、彼が「関係ねぇ」と言った 2008 年 4 月の首相は福田康夫さんです。安倍さんは戦後レジームからの脱却を唱え、福田さんは違憲の判決を「傍論だろう」と言った人です。彼と安倍さんと福田さんの三人は同じ考えです。

彼は自衛隊の外で同じことを言っても許されるだろうと考えていました。自衛隊の中と外は違うのです。外の風は冷たく、厳しいのです。インド洋での自衛隊による給油活動の継続が参議院で審議されており、総選挙を前にして、麻生さんはそのようなことを率直にいわれては困るのです。麻生内閣は彼を更迭し、定年退職として自衛隊の外に放り出し、責任逃れを図っています。

彼は裏切られたと思い、理非を明らかにせよと言っています。仲間割れです。それはできないのです。それをすると、彼を空幕長に任命した安倍さんと空幕長を続けさせた福田さん、麻生さんも責任を問われることになるのです。

田母神さんは過去の歴史を正しく認識し、現在の情勢を的確にとらえ、対処できない人です。

第二次大戦前から戦中の大日本帝国軍人を思い出します。自分だけが正しいと信じていた独りよがりな人々です。彼らはアジア・太平洋地域で多くの人を殺し、多くの日本人を死に至らしめ、国を滅ぼしました。これらの軍人と田母神さんが二重写しになります。

米国大統領選挙結果について

中西 治 (2008年11月7日 23時39分)

2008 年 11 月 4 日におこなわれた米国大統領選挙結果がほぼ明らかになりました。

大統領選挙では民主党のオバマさんが大統領選挙人 538 人のうち 364 人を獲得、共和党のマケインさんの 163 人を大きく引き離して、第 44 代大統領に当選しました。オバマさんは 28 州と首都ワシントン、マケインさんは 21 州を制しました。まだ決まっていないのはミズーリ州の 11 人だけです。2008 年 11 月 7 日午後 5 時 (日本時間) 現在、得票数はオバマさんが 6468 万 8689 票、得票率は 52.5%、マケインさんが 5695 万 451 票、46.2%です。

日本ではこの二人しか紹介されていませんが、この他にも、もと緑の党、今回は無所属のラルフ・ネーダーさんが 66 万 8473 票、0.5%、リバタリアン (自由主義者) のボブ・バーさんが 49 万 4551 票、0.4%、憲政党・アラスカ独立党のチャック・ボールドウィンさんが 17 万 8406 票、0.1%、緑の党のシンシア・マッキンニーさんが 14 万 4543 票、0.1%を獲得しています。いずれも大統領選挙人の獲得にはいたっていません。

上院議員選挙では定員 100 人のうち 35 人が改選、当選は民主党 18 人、共和党 14 人。非改選を合わせると、民主党は改選前の 49 人から 6 人増えて 55 人、共和党は改選前の 49 人から 9 人減って 40 人です。改選前の民主党は同党系無所属 2 人を含んでやっと 51 人の過半数を確保していましたが、今後は単独で過半数を維持します。3 人はまだ未定です。

下院議員選挙は定員 435 人全員が改選で、当選は民主党 254 人、21 人増、共和党 181 人、21 人減です。

州知事選挙は改選 11 人で、当選は民主党 7 人、共和党 4 人です。民主党がミズーリ州で共和党に勝ち、1 人増やし、29 人、共和党は 21 人となりました。

大統領・上院・下院・州知事のいずれの選挙でも民主党が圧勝しました。

米国の選挙は州が単位です。もともとグレートブリテンから独立した 13 のステート (STATE=国=州) がユニオン (UNION=同盟=連合) を結んでできたのが、ユナイテド・ステーツ・オブ・アメリカ (UNITED STATES OF AMERICA=アメリカ合衆国) です。

各州は大きくても小さくても同等な独立国。それぞれの州から 2 人ずつの代表者を出して作る会議がセナート (SENATE=上院) 、議員はセナター (SENATOR=上院議員) 。現在は 50 州あるので、定員は 100 人、任期は 6 年。2 年ごとにおこなわれる下院選挙に合わせて定員の三分の一、33 人か 34 人が改選されます。今回は任期が 2009 年 1 月 3 日から 2015 年 1 月 3 日までの 6 年間の 33 人と任期が当選後すぐに始まり 2013 年 1 月 3 日まで続く 2 人の計 35 人の選挙がおこなわれました。

各州から人口数に応じて代表者を出して構成されるのがハウス (HOUSE OF  REPRESENTATIVES=下院) です。現在の定数は 435 人、任期は 2 年です。各州に割り当てられた定数の数だけ各州に選挙区が設けられます。すべて定数 1 の選挙区です。

首都ワシントンは連邦政府の直轄地で特別区です。上院議員も下院議員も選出できません。ただし、大統領選挙では 1961 年以来、3 人の選挙人を選出することが認められています。この 3 人と上院議員 100 人、下院議員 435 人、合わせて 538 人が米国全体の大統領選挙人の数です。それぞれの州の大統領選挙人は上院議員の定数 2 と下院議員の定数を合わせた数です。

今回の大統領選挙ではオバマさんとマケインさんの選挙人の獲得数の差は 200 人ほどと大きく開きましたが、得票数の差は 700 万票ほど、得票率の差は 6%ほどです。この程度の得票と得票率の差で獲得選挙人の数に大きな差が出るのは、ほとんどの州で、大統領選挙での得票が 1 票でも多い候補者がその州の選挙人を総取りする、からです。だから時には全米の総得票数で勝ちながら、選挙人数で負けて、大統領になれないことが起こるのです。

たとえば、現在のブッシュ大統領が初当選した 2000 年の選挙では、民主党のゴアさんの総得票数が 5099 万票、ブッシュさんが 5045 万票、他にネーダーさんが 276 万票とっていましたので、ブッシュさんの得票率は 48%でした。このように総得票数が少ないのに当選した例は 1824 年、1876 年、1888 年にも起こっています。2000 年の選挙のときにも一応問題になりましたが、にもかかわらず、この制度を変えないのは、米国は州という独立国家の同盟だという建前からです。同盟の代表者は各州の代表者が集まって決めるというのが原則なのです。

今回の大統領選挙の投票者は 1 億 2309 万 7708 人、投票率は 56.0%でした。前回、2004 年の大統領選挙では投票者は 1 億 2230 万人、投票率 60.7%でした。盛り上がったわりに投票者は 80 万人ほどしか増えておらず、投票率は落ちているのです。米国と日本の一部の報道で、今回の投票者数と投票率は前回に比べて大幅に増えたと伝えられましたが、これは間違いだったようです。

前回、2004 年の選挙で共和党のブッシュさんが 6200 万票ほど、民主党のケリーさんが 5900 万票ほど獲得しました。今回の選挙で共和党は前回より 500 万票ほど票を減らし、民主党は 500 万票ほど票を増やしました。今回は共和党が減らした 500 万ほどがそっくり民主党に移り、それに少し上乗せしたことになります。共和党の支持者の 1 割ほどが民主党に鞍替えしたのです。何故このようなことが起こり、これからどうなるのでしょうか。

第一は、ブッシュさんの人気があまりにも悪かったからです。もともとブッシュさんは大統領の器ではなかったのです。当選もおぼつかなかったのに無理をして大統領になりましたが、人気はいまひとつでした。ブッシュさんを救ったのは 2001 年の 9 ・ 11 でした。米国人の怒りを利用してアルカイダ狩りと称してアフガニスタンに出兵しました。いまだにオサマ・ビンラディンは捕まっていません。タリバンは息を吹き返しています。大量破壊兵器を持っていると称してイラクに出兵しました。大量破壊兵器はありませんでしたが、サダム・フセインは殺されました。米国はアフガニスタンとイラクで戦争の泥沼にはまり込んでいます。多くの人を殺し、殺され、巨額の金をつぎ込んで財政赤字をもたらし、金融恐慌に陥っています。米国民はこれに気づいたのです。

第二は、オバマさんの人柄です。初のアフリカ系大統領と言われていますが、オバマさんはアフリカ系でもあれば、アメリカ系でもあるのです。これまでも黒い人と白い人の混血はありましたが、米国社会はこのような人を大統領として受け入れるところまできました。人種差別の激しかった米国を垣間見、いまもときに触れて感じている私は、この米国人と米国社会の変化を喜んでいます。人間も社会も変わるものです。米国は多文化の共存と共栄を認める社会になりつつあります。これは多年にわたる歴史のなかで培われたものです。オバマさんは米国社会が生み、育てた人材です。

第三は、オバマさんの真価が問われるのはこれからです。米国の人間も社会も多様です。政治的には民主党、共和党のほかに緑の党や自由主義者党、州の独立党、社会主義者・コミュニスト等々がいます。自己主張の強い人がたくさんいます。これをまとめて政治をおこなっていくのは大変です。オバマさんはイラク戦争には反対していますが、アフガニスタン戦争は支持しています。これはおかしいのです。この二つの戦争は一つです。一方に反対し、他方に賛成するのは矛盾しています。しかし、オバマさんがイラク戦争にもアフガニスタン戦争にも反対していれば、おそらく民主党の候補にも、大統領にもなれなかったでしょう。米国民の 9 ・ 11 に対する恨みは深いし、報復心は強いのです。イラク戦争が始まったとき私は米国で研究中でした。ニューヨークでイラク戦争の開始に反対するデモを見ましたが、他方では、テレビや新聞などを通じて開戦に賛成する意見や考えを多く聞かされました。オバマさんは大変難しいところで政治をすることになります。気長にじっくりと政治を進めるしかありません。いずれ、米国民も現実に学び、いまイラク戦争に反対しているように、アフガニスタン戦争に反対することになるでしょう。

第四は、時代の流れです。米国は独立宣言以来、南北戦争、第一次大戦、ロシア革命、大恐慌、第二次大戦、米ソ対立、中国革命、朝鮮・ベトナム戦争、公民権革命、ドルの価値低下、湾岸・アフガン・イラク戦争などに直面してきました。そして、いま新たな金融恐慌の嵐のなかにあります。米国人だけでなく、地球上の多くの人々が転換を求めています。オバマさんは時代の子です。人間は時代の要求を正しく把握し、人々の願望を実現するために努力するときに英雄となります。しかし、この願望から離れ、敵対するようになったとき、かつて天まで持ち上げた同じ人が英雄を地獄に叩き落とすのです。私はそのような光景を何度も見てきました。オバマさんの当選を祝ってシカゴに集った人々、それをテレビを通じて地球上の各地で見た人々をオバマさんは失望させてはなりません。

第五は、日本です。「オバマさんが大統領になっても、日米の同盟関係は変わらない」と気落ちしながら力なく言うのではなく、第二次大戦後の日米関係を見直し、日米安保条約を日米平和友好条約にかえ、21 世紀にふさわしい新たな日米関係を築きたいと元気よく言う人はいないのでしょうか。日本は、このさい、戦後 60 年余にわたって多くの米軍基地をかかえて苦しんでいることを率直にオバマさんに言うべきでしょう。オバマさんはそれを聴く耳をもっていると思います。

オバマさんの米国大統領当選を喜ぶ

中西 治 (2008年11月5日 22時14分)

米国民主党の大統領候補者バラク・オバマさんがアメリカ合衆国大統領に当選しました。正式に大統領に就任するのは 2009 年 1 月 20 日ですが、まずはオバマさんの大統領当選を喜びます。

米国史だけでなく、地球史の転換点です。

1776 年 7 月 4 日の独立宣言以来 232 年にして、やっと、アフリカの黒人を父とし、アメリカの白人を母とする人が米国大統領になりました。米国の民主主義はここまできました。歴史はジグザグの道を歩み、遅々としてではあるが、間違いなく、前進しています。

オバマさんは公約通り、まず、イラクから米軍を撤退させなければなりません。今日の金融危機も元を質せば戦争にあるのです。1973 年のドルの固定相場制から変動相場制への移行は、米国がベトナムで多額の戦費を使い、金の保有高を減らし、ドルと金との交換ができなくなった結果でした。今回の金融危機もアフガニスタンとイラクで戦費を垂れ流している結果です。

オバマさんはアフガニスタンからも軍隊を引き揚なければなりません。古来、アフガニスタンは「エンパイアの墓場」といわれているところです。マケドニアのアレクサンドロス大王しかり、グレートブリテンしかり、ソビエトしかりです。一時はこの地で勝利を収めたかに見えても、結局は敗退し、追い出されるのです。オバマさんもアフガニスタンにこだわると失敗します。心しなければなりません。アフガニスタン問題も戦争ではなく、話し合いでしか解決できません。

いまはもう「戦争は儲かる」という時代ではないのです。ごく一部の軍需産業は戦争で儲けますが、多数の民衆は殺され、貧乏にされ、不幸にされるのです。戦争は国を滅ぼします。人間の命と幸せは平和の上にしか築かれないのです。

オバマさんの勝利により日本でもっとも大きな打撃をうけているのは、アフガニスタンとイラクでの米国の戦争を支持してきた人々です。麻生さんはますます選挙ができなくなりました。

日本にとっては、これらの戦争から手を引く絶好のチャンスです。麻生さんもそうすれば選挙をたたかえるでしょう。

近況報告と「20世紀の再検討」

中西 治 (2008年11月5日 10時16分)

2008 年 9 月 1 日に、福田康夫さんが日本国首相の地位を辞すことを表明してから、まだ 2 か月一寸しか経っていません。でも、もう随分昔のことのように感じられます。私は安倍さんと福田さんについて、「心ならずも」いろいろと書くことになりましたが、麻生さんについては、「軽いし」、選挙管理内閣であり、長くは続かないと思って、語ることを止めていました。

麻生さんも総裁になったときは、衆議院を解散し、総選挙に勝つことが天命であると言っていたのですが、内閣発足後の支持率が低いので怖じ気づき、折角苦労して手に入れた首相の座でもあるので、「金融危機をこれ幸い」として一日でも長く居座ることを考えるようになったようです。麻生さんは解散の時期を失しました。このまま行くと、麻生さんはじり貧となり、安倍さんと福田さんの二の舞、いや、三の舞となる可能性があります。

この間に私は、2 回にわたる研究所のキューバ訪問記「いまのキューバがよく分かる」の編集・執筆をし、『地球宇宙平和研究所所報』第 3 号に「特集」として掲載することにしました。この号には私の武漢大学講義録 (2008 年 6 月) 「歴史・日本・朝鮮・中国」も載せます。『所報』編集は最終段階に入り、今月中に印刷・製本・発刊・配送まで行きます。遅くとも 12 月 7 日 (日) の理事会・合同研究会にはご覧いただけるようにします。

その合同研究会で「20 世紀の再検討 ―戦争と革命」について報告しようと思っています。私は 2008 年度後半−2009 年度前半にかけて、宇宙地球史的観点から 20 世紀を全面的に再検討する研究会を組織し、2009 年の『所報』第 4 号にその研究成果を発表したいと願っています。その手始めの報告です。関心のある方は是非、合同研究会にお出で下さい。研究会に参加し、20 世紀を生きた人間として、この時代をどのように評価していたのかを後世に残しましょう。

これから寒さに向かいます。くれぐれも御身大切に、愉しい良い日々を、ご機嫌よろしゅう!

油井大三郎著『好戦の共和国アメリカ −戦争の記憶をたどる』上梓に寄せて

中西 治 (2008年9月23日 14時59分)

私たちの友人、油井大三郎 (ゆい  だいざぶろう) さんが『好戦の共和国アメリカ −戦争の記憶をたどる』岩波新書 (岩波書店、2008 年 9 月 19 日) を上梓しました。油井さんは私たちの研究所の昨年の総会で「日米関係と戦争の記憶」と題する記念講演をしました。

この本は独立前の植民地時代から今日までのアメリカ合衆国の歴史を戦争を中心として描き、アメリカがなぜ好戦的であるのかを明らかにしています。本書はおよそ 400 年間のアメリカの通史であるだけでなく、アメリカをめぐる国際関係の通史でもあります。内外の最新の資料を使った、大変読みやすい、この分野の優れた研究入門書です。私は二日間でこの本を読み上げました。

油井さんはアメリカの戦争の歴史を五つの時期に分けています。

第一は、17 世紀初めから 18 世紀後半までの植民地時代です。この時期には、ヨーロッパの国々の植民地争奪戦争 (植民地戦争) とアメリカ大陸の先住民と新たな植民者との戦争 (対先住民戦争) 、との二つの種類の戦争がありました。前者は外交と軍事を結合した「限定戦争」でしたが、後者は「無限定戦争」でした。戦争に「二重基準」がありました。

第二は、1776 年の独立宣言から南北戦争を経て 19 世紀末までの新興独立国時代です。独立そのものが戦争によって実現し、領土の拡大が「対先住民戦争」の継続やメキシコとの戦争によって実現したこと、さらに、南北の統一が戦争によって維持されたことなどから、戦争を肯定的にとらえるのが主流でした。他方では、「啓蒙思想の子」といわれた独立革命の初期には「文民統制」のほか、戦争を「最後の手段」とみなす「戦争自制」論も形成され、「非戦論」の潮流が誕生していました。

第三は、19 世紀末のアメリカとスペインとの戦争から 20 世紀なかばの第二次大戦終結までの時代です。アメリカは「大国」化し、新しい世界秩序の構築をめざしました。アメリカはスペインとの戦争で海外領土を保有し、「帝国主義国」化しました。これに対して反植民地主義の伝統と市民平等の共和主義に反するとの批判が起こり、その結果、「門戸開放」という形で、主として海外市場への経済進出をめざす「非公式帝国」路線が主流となりました。

第四は、第二次大戦後の「パクス・アメリカーナ (アメリカの平和) 」の時代です。アメリカが経済や軍事面で圧倒的な優位に立ち、アメリカ中心の秩序を維持するために、ソ連を「封じ込め」、局地戦争に介入しました。そのさい、自由主義を絶対化し、朝鮮やベトナムの民族独立や統一問題の切実さを軽視することになりました。アメリカは史上初めてベトナムで「敗戦」を体験しました。

第五は、ソ連の崩壊後にアメリカが唯一の超大国となっている現在の時代です。ここでも、「ネオコン」グループのように、グローバルな単独介入を強行しようという潮流と冷戦終結による「平和の配当」を活かし、軍縮を進めるとともに、国際協調の下で紛争の平和解決を図ろうとする潮流があります。

油井さんは、アメリカにはそれぞれの時代に「好戦論」と「非戦論」が存在し、「非戦論」の批判を受けて「好戦論」の内容が変化していることを指摘しています。アメリカにはクエーカー (友の会) のように戦争を原理的に否定し、徴兵を拒否する「原理的反戦派」もいます。戦争の性格によって、「反戦派」になったり、「好戦派」になったりする「状況的非戦派」もいます。

油井さんは、最後に、「本年の大統領選挙でイラク戦争を批判し、「ハト派」として期待されているオバマ候補が、一方でアフガン戦争の完遂を主張しているのをみると、改めてアメリカにおける「好戦性」の根深さを感じさせられた。」と結んでいます。

私は油井さんの論に基本的に賛成です。

私の考えは次のようなものです。

第一は、アメリカは英国、メキシコ、スペイン、ドイツ、日本とのいずれの戦争においても、勝利して、領土や市場や影響圏を拡大してきたのであるから、いずれの戦争も良いではないか、先住民との戦争にしても結果的には先住民にとっても良かったのであるから良いではないかとの考えがあります。これがアメリカの主流の考えです。この考えは、朝鮮とベトナムでの失敗にもかかわらず、いまもなお変わらず、アフガニスタンとイラクで戦争を続けています。

第二は、アメリカは一度手に入れた領土や土地は簡単には手放しません。南北戦争では南の分離を認めませんでしたし、スペインとの戦争で獲得したキューバの軍事基地は 100 年以上経つのにいまも維持しています。日本の米軍基地も然りです。すでに 63 年経っています。例外は 1946 年に独立したフィリピンです。1992 年にフィリピンは米軍基地を完全に撤廃させました。それでもなおアメリカは基地を維持しようと折りに触れて努力しています。アメリカの支配から脱するためには長期にわたる不屈の努力が必要です。

第三は、アメリカ的生活様式が最良であり、アメリカ的民主主義が最善であり、アメリカが世界の中心であり、世界はアメリカを中心として動くべきであるとの考えがアメリカにあります。しかも、その考えを他国に押しつけようとします。アメリカは自己中心的です。

すべてのアメリカ人がこのように考えているわけではありません。アメリカ社会は多様です。私はアメリカが経済的にも、政治的にも、軍事的にも大きくなりすぎ、大きな失敗をし、挫折することによって、深く反省し、考え方、生き方を大きく変えるときがくると思っています。

マケインさんは典型的なこれまでのアメリカ人、オバマさんは「状況的非戦派」、転換期の政治家。アメリカ人は 2008 年 11 月にどちらを選ぶでしょうか。

理事会報告

事務局 (2008年9月23日 14時45分)

2008年9月21日(日)午後3時半から5時半まで、横浜市青葉区区民活動支援センター会議室1で、第4期理事会第8回会議が開催されました。出席理事は書面評決者も含めて11名で、オブザーバーは1名でした。

まず10月発行予定のニューズレター第16号の内容について審議をし、巻頭言の担当理事を決定し、特集テーマは「平和について(仮)」とした上で、研究会報告、会員紹介、その他の論考等を幅広く募集することになりました。

所報第3号は予定通り、10月末原稿締切、12月発行を目指して進行中であり、編集委員会からの執筆要請や役員の買い取り等についても今後議論していくことになりました。

学術交流について、朝鮮訪問はしばらく延期することになり、今後は訪問形態を変え、費用の低減化も目指すことになりました。またそれぞれの地域の二回目の学術交流は参加希望者を中心にして計画を進めていくことになりました。

来年度は役員改選の年であり、まず立候補者を募り、その立候補者を中心として役員選考委員会を組織し、残りの役員を選考するなど、今後も詳しい選考方法を議論していくことになりました。

来年度の事業計画について、2011年の設立10周年を見据えて、様々な事業をすることになり、さらに詳細は今後話し合うことになりました。

最後に、キューバ関連書籍発刊について、進捗状況の報告があり、近く何らかの形で発行を目指すことが確認されました。

アメリカ合衆国大統領選挙について

中西 治 (2008年9月6日 16時47分)

2008 年 11 月 4 日に投票がおこなわれるアメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補者にバラク・オバマ上院議員 (47 歳) 、共和党候補者にジョン・マケイン上院議員 (72 歳) が確定しました。副大統領候補者にはそれぞれジョセフ・バイデン上院議員 (65 歳) とサラ・ペイリン・アラスカ州知事 (44 歳) がなりました。いよいよ本番の選挙戦が始まりました。

米国の大統領選挙は長丁場です。今年の 1 月に両党の大統領候補を決める予備選挙が始まってから 8 か月、これからの本選挙 2 か月。米国の大統領になるためには、よほど体力と金力に恵まれていないと駄目です。アメリカ民主主義は金持ち民主主義です。

予備選挙が始まった段階では、イラク戦争の失敗によってブッシュ大統領 (62 歳) の人気があまりにも悪いので、民主党は誰が大統領候補になっても勝てる、と言われていました。私はヒラリー・クリントンさん (61 歳) を大統領候補の本命とし、ヒラリーさんとオバマさんの正副大統領候補の組み合わせなら、民主党は勝つと考えていました。

私は米国ニュージャージー州立ラトガース大学から 2002 年に人文学の名誉博士号を授与されたシャーリー・チズム (Shirley Chisholm) さんのことを思い出しています。私はこの学位記授与式 に参加しました。

シャーリー・チズムさんは 1926 年 (1924 年 11 月 30 日生まれという説もあります。 2005 年 1 月 3 日に亡くなりました。) にニューヨークのブルックリンで生まれました。父は南米・英国領ギ アナの原住民で、工場労働者、母は中米バルバドスから来た針子でした。

シャーリー・チズムさんは苦学してブルックリン大学を卒業し、コロンビア大学で初等教育の修士号をとりました。その後、看護学校の教員を経てニューヨーク州の下院議員となり、1968 年に黒人女性として初めて連邦下院議員になりました。

彼女は 1972 年に民主党の大統領候補の一人となりました。最終的にはマクガバン上院議員が大統領候補となりましたが、このときのことを彼女はのちにつぎのように語っています。「人々は私をわらいました。しかし、だれかが始めなければならなかったのです。いつの日か、大統領となる黒人の男性か、女性が現れるでしょう。」と。

1963 年 8 月 28 日にキング牧師が「私には夢がある」と語ってから 45 年、同じ 8 月 28 日にオバマさんは大統領候補の受諾演説をしました。米国社会は大きく変化し、黒人が民主党の大統領候補になるところまできました。

これを好まない米国人がたくさんいます。いまのところ、オバマさんとマケインさんは互角です。民主党は予備選挙で精力を使いすぎました。党内に亀裂が生じ、まだ完全に修復していません。 11 月 4 日まで事態がどのように展開するのか分かりません。私はオバマさんが勝利することを願っています。

いずれ人間が皮膚の色や性別などで同じ人間を差別しなくなる日がきます。人間の歴史は徐々にではあるが、間違いなく良い方向に前進しています。今回の米国大統領選挙はその一里塚です。

福田康夫さんの辞任表明について

中西 治 (2008年9月2日 0時06分)

昨年、2007 年 9 月 12 日午後 2 時に安倍さんが辞任を表明しました。「なんとも無責任な人です。日本国首相の地位をなんと思っているのでしょうか。」と私は書きました。

今日、2008 年 9 月 1 日午後 9 時 30 分に福田さんが辞任表明をしました。またかという感じです。自民党の末期症状です。

福田さんの表面的な理由は、安倍さんのように国会が開かれ、施政方針演説をしたあと野党の意見を聞かないで辞任するよりも、国会が開かれる前に辞任した方が国民と国会に迷惑をかけないですむ、ということのようです。

本当の理由は、1 か月前の 8 月 1 日に内閣を改造したのに、内閣の支持率が上がらず、国会を乗り切ることも、国会を解散することもできず、進退窮まった、というところでしょう。

私は安倍さんや麻生さんより福田さんが好きです。「自分自身を客観的に見ることができる」という福田さんの言葉は、その通りでしょう。しかし、福田さんは内閣総理大臣としての資質と力量をもっていなかったようです。

さあ、自民党はどう出るのでしょうか。小泉さんをもう一度引っ張り出すか、麻生さんでいくか、それとも、加藤紘一・元幹事長のような人を担ぐか。かつての自民党には田中角栄でだめなら、三木武夫でという知恵と度胸がありました。いまは、どうでしょうか。

いずれにしても、自民党は政策を抜本的に転換する必要があります。そうでなければ、元の木阿弥です。

ここで自民党は野に下り、政権を民主党に渡すというのも一つの手ですが、権力亡者の集まりである自民党は、そのようなことができるでしょうか。

誰が首相になろうと、衆議院の解散と総選挙です。いよいよ私たち主権者の出番です。 21 世紀の日本の政治の枠組みを作る重要な選挙です。

私は積極的に発言し、行動します。

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