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書籍紹介: 中西治『ロシア革命・中国革命・9.11 ―宇宙地球史の中の20‐21世紀』

遠藤 美純 (2011年9月12日 22時44分)

はじめに

私たちが生きるこの21世紀初頭は、大きな転換を遂げつつある特別な時代に思われる。いやそう思い知らされているのかもしれない。かつての当たり前が通用しなくなることは、しばしば神話の崩壊に例えられてきた。しかし、この変化の原動力は人間である。科学技術とナショナリズムが人間の力を増大させ、グローバリゼーションが人間の力の新たな接触をもたらしている。

本書は、本地球宇宙平和研究所の中西治理事長の11冊目の著作である。本書の出版にあたって、私はその編集・校正でお手伝いをさせていただいた。ここでは本書の内容と意義について若干の解説を加え、大著である本書の読みどころをページ番号を付して紹介したい。

現代における大転換と革命、そして人間

「現代」とはいかなる時代か。著者は「工業革命から運輸通信情報革命にいたる一連の科学技術革命が急速に進展し、同時に独立革命と民主主義革命が進行し地球が一つの人類共同体に成りつつある時代」(pp.121-122)とする。科学技術によって水平・垂直両方向に人間の結びつきが拡大された。その拡大のあり方は科学技術などの進度によって制約されてきたが、主権国家とナショナリズムは一定の地域統合と平和をもたらし、その枠組みがグローバル・スタンダードとなることで地球上は主権国家システムで覆われた。著者はこの現代の始まりを1776年のアメリカ独立宣言と1789年のフランス人権宣言に見る。外部からの政治的従属を脱するという独立革命は約200年かかって公式には地球上でほぼ完了する。内部における一方的な政治的従属を脱するという民主主義革命はいまだ進行中である。さらに1917年のロシア革命が平和の問題と経済的従属の問題に焦点を当てた。いずれの革命も科学技術の発展と社会の変化に対応した国内秩序、国際秩序をつくりだそうとする試みである(pp.249-250)。

私たちが生きる21世紀はこの変化と革命の延長線上にある。しかし、20世紀後半からの科学技術のとりわけ急速な革新は、人間の生き方についての考え方とそれとの間のギャップを著しく増大させている(p.19)。戦争技術の発展はその最たるものである。ナショナリズムの規模とグローバリゼーションとの衝突も顕著になった。地球規模の問題が極めて重要になっている。人間は地球の外に一歩を踏み出してもいる。脳科学などの新たな研究は人間や世界といった概念そのものを根本から揺るがしかねない。これまでにない大きな変化に対しては、これまで以上に大きな枠組みでの捉えなおしと取り組みが必要である。「21世紀は人間・科学技術・社会の総合革命が進行する時代である。」「21世紀は20世紀までとは質的に異なる社会を作り出す時代」であり、「それにふさわしい智恵と知識と技術をあわせもつ人間」が必要とされるのである(p.250)。

総合史としての宇宙地球史

本書は二つのアプローチからこの問題に取り組む。一つはより大きなアプローチである。国民国家を世界の単位とする国際政治学・国際関係論を遥かに超え、本書は総合史としての宇宙地球史を提唱する(p.66)。グローバリゼーション(地球一体化)に加えてコスモナイゼーション(宇宙一体化)という概念が提示され、そこに私たちが生きる 20‐21 世紀が位置づけられる(pp.120-122)。本書では宇宙・地球・生命の誕生(第3章)から、思想家・宗教家による宇宙観・世界観(第4章)や、グローバル・ヒストリーの業績(第2章)までが網羅的に取り上げられる。本書が描くのはいわゆるグローバル・ヒストリーをも超えるビッグ・ヒストリー(大きな歴史)である。本書はこうした取り組みに関する総合的かつ入門的な単著として、日本における最初の一冊である。

ここで大きく提示されるのは、客観世界における脱人間中心主義であり、主観世界における人間中心主義である。前者によれば、人間はビッグバン以降に生じた元素によって構成された生物の一つに過ぎない。人間という存在は宇宙・地球に依存する。人間は万物の霊長ではないのである(p.367)。しかし、人間にとって人間は重要である。著者の歴史的評価における多数者の重視(p.33)や、理論における論者のポジショナリティの重視(p.361)、人間が神や仏を作る(p.16)といった考え方は後者によるものである。

ロシア革命・中国革命・9.11

その一方、本書ではこのような大きな歴史の中で、20‐21世紀の大きな具体的出来事、ロシア革命(第5 章)、中国革命(第6章)、9.11 (第8章)ならびにその淵源としてのイスラエル建国(第7章)に検討が加えられる。これが本書のもう一つのアプローチである。その問題関心は、資本主義やナショナリズムなどによって分断された現代世界の統合と平和、その可能性の模索にある。

ロシア革命はアメリカ独立革命、フランス民主主義革命の延長線上に、新たに平和と社会主義の問題を提起するものであった(p.249)。それは資本主義がもたらしてきた世界の従属関係を新たに再構成しようとする試みであったがゆえに、20世紀における転換点となるものであった。共産主義の社会主義からの決別は、第一次大戦に反対したかどうかにあった。ナチス・ドイツに対する勝利へのソヴェト連邦の功績は決定的なものであった。さらにソヴェト連邦は宇宙に初めて人間を送り込んだ。だが、ソヴェト連邦は平和時における市場化・情報化に失敗し、人々の支持を失い崩壊した(p.243)。独立革命として始まった中国革命はその教訓に学びながら、工業化・市場化を進めている。アメリカ革命・フランス革命を含め、いずれの革命もまだ終わっていない未完の革命である。

イスラエル建国は9.11の淵源の一つであるが、それにはソヴェト連邦のスターリンとモロトフが大きな役割を果たした(p.344)。ソヴェト連邦はナショナリズム・ファシズム・レイシズムに対するオルタナティブを体現しようとしていた。しかし、イスラエルが建国されると、ソヴェト連邦のユダヤ人はソヴェト連邦を捨てイスラエルへと移住した。スターリンは裏切られた思いをした(p.350)。インターナショナリズムにナショナリズムが優ったのである。時代はナショナリズムの時代であった。

21世紀に至り、9.11はグローバリゼーションの結果を十二分に利用して計画され、組織されて、実行された。それへのアメリカ合衆国の対応は、アフガニスタンやイラクを攻撃するという旧来の対応であった。著者はアメリカ独立革命から現代が始まると考えるが、そのアメリカ合衆国が古さを体現し、9.11実行者が新しさを体現している。その意味で9.11は20世紀までの歴史と、21世紀以降の歴史を分かつ出来事なのである(p.362)。

おわりに

大転換の時代は、物質的・経済的な苦しみとともに、今までの信念体系の崩壊という精神的な苦しみをももたらす。なぜ自分だけが、なぜ今になって……、そう問わざるをえない裏切られたとの思いは、ときに陰謀論に回収されもする。しかし、そのときにこそ、宇宙地球史の中に20‐21世紀を論ずる本書は、新たな旅立ちのための灯明となるだろう。

母が1945年8月15日の玉音放送直後に「三代目は国を滅ぼしましたね」と父にひそひそと語っていた。これは驚きであった。私にとって昭和天皇は神武天皇以来124代目であったが、明治生まれの両親にとって昭和天皇は明治・大正に続く三代目であった。母のこの言葉が私の戦後思想への旅立ちとなった(p.12)。

確かに現代の私たちはある種の行き詰まりに至っているのかもしれない。しかし、その行き詰まりに気付くところに、新しい思想そして新しい時代への旅立ちがある。万物は流転する。その意味で絶対というものはない。今はとりわけそういう時代である。新しい宇宙地球時代にふさわしい人間が求められている。

ウェブサイトのリニューアル

遠藤 美純 (2006年8月23日 16時18分)

このたび竹本さんに代り、遠藤がウェブサイトの管理者となりました。よろしくお願いいたします。

これを期にウェブサイトに新しいコンテンツ管理システムを導入しました。登録済みの会員のみなさまが、直接コラムなどの記事を投稿できるようになります。また RSS というサイト更新情報もご利用いただけるようになりました。

なお、しばらくは新システムベースのページと従来ベースのページとが混在しますが、ご了承ください。今後ともよろしくお願いします。

深沢家土蔵を訪ねて

遠藤 美純 (2005年6月22日 0時00分)

深沢家土蔵

先月、あきる野市にある深沢家屋敷跡の土蔵を訪ねた。かの五日市憲法草案が発見された土蔵だ。以前より一度訪ねてみたいと思っていた場所だが、憲法をめぐってより具体的な議論がされるようになった今になってようやく足を運んでみた。

JR 武蔵五日市駅前の通りを上り方向に進み、最初の交差点を左折する。あとは一本道。普通な住宅地を抜け、あとはひたすらその道を数キロ進む。深沢家屋敷跡はその道の途中、こんなところにというような場所にある。門をくぐって、坂を登ると目当ての土蔵だ。

五日市憲法草案が、色川大吉氏のチームによって、この土蔵から発見されたのは 1968 年のこと。その優れて民主的な内容や、それが多摩の山村で作成されたことについては、同氏らの業績によって既に良く知られている。また憲法草案発見の経緯や、憲法草案の起草者である千葉卓三郎については、当時の色川研究室の一員として調査に参加した江井秀雄氏の著作『自由民権に輝いた青春 ―卓三郎・自由を求めてのたたかい』に詳しい。

この五日市憲法草案の特色は、人権の尊重とその具体的な規定にある。お上が臣民にこうするべしなどというものではなく、「私たち」が国家にこうすべしと命ずるものだ。その底流にあるものは国家権力への不信と、それへの抵抗の精神である。大日本帝国憲法を作った人々と五日市憲法草案を作った人々の差は、一つには権力との距離、もっとはっきり言えば殴る側と殴られる側の違いであろう。21世紀にあって日本国憲法について考える今の自分がどちらの側にいるのか、ふと考えてみたりする。

なお、この憲法草案が作成されたころ、この地は我が研究所が現在その活動の中心をおいている神奈川県に属していた。ただ、憲法起草者の千葉卓三郎 は、自らの住所を「自由権下、不羈郡浩然気村貴重番智」と称していた。その烈々たる気概、こじつけながらも同じ神奈川の地より「地球宇宙」を冠する我が研究所にも、相通じるものがあるのかもしれない。

報告要旨「1930年代における平和主義 ―アインシュタインとロマン・ロラン―」

遠藤 美純 (2005年4月25日 18時27分)

平和主義が反って戦争の危機をもたらすとの論がある。こういった論には特に戦間期の平和主義がナチスの台頭を許し、第二次大戦の勃発を促したと主張するものもある。2005年3月に山梨県石和で行なわれた本研究所の研究合宿で、私はこういった論に妥当性があるのか、また当時の平和主義がいかなるものであったのかを副題にあげた二人を中心に報告した。

まず戦間期の平和主義がナチスの台頭や第二次大戦の勃発を促したとの論についてであるが、こういった論がしばしば言及するチャーチルによる同様の発言なるものについては、発言そのものと、その取り上げられ方の問題点を指摘した。さらに、平和主義は現実の政策としては宥和政策として展開したが、これについてもさまざまな評価があることについて触れた。ナチスの台頭や第二次大戦勃発の諸要因を単純化し、その主たる要因を平和主義に求めてよしとすることは安易に過ぎる。

また、いわゆる平和主義の内実は多様であった。第一次大戦の記憶による戦争への恐怖はもちろんのことではあるが、反ソ・反共主義、階級闘争の観点、敗北主義、ヴェルサイユ条約に対する罪悪感といったさまざまな要因から、人々は平和主義へと至ったのである。人々が平和主義へと至る理由も、平和主義者を取り巻く状況も一様ではなかった。

その上で、本報告では1930年代の平和主義者として副題にあげたロマン・ロランとアインシュタインについて論及した。二人はそれぞれの分野で多大な功績を立てながらも、第一次大戦にも反対した数少ない知識人であったからである。さらに戦間期のアインシュタインの徴兵拒否運動、ロマン・ロランの戦いを超越した普遍的立場の追求は、多くの共感と支持者を得ていた。本報告では主に、ナチスの台頭により迫る戦争の脅威を目前として、二人が苦悩と逡巡を経て、非暴力闘争からナチスへの対抗へとその基軸を転換していく過程を追った。なお、質疑応答の際、当時が狂気の時代であったことは考慮されなければならないとのご指摘をいただいた。これまでの、そして現時点での平和主義の歩みを考える上でも、苦渋という言葉の重みについては十分な配慮が必要であろう。

「辛抱をして、未来を信じているほかありません。……人間はカタツムリのような歩きかたをするのですから(ザリガニのように後ずさりをしているのでなければそれでいいのです。)『それでもそれは動いている。』」

ロラン、蛯原徳夫訳「エリー・ワラック宛ての書簡 1941/2/12」『ロマン・ロラン全集 36』みすず書房、1979年、539頁。

平和主義者の苦悩と逡巡の重みには、平和を導く可能性と意義が認められるべきである。しかし、その上で、苦悩を経て選ばれる選択肢に相違があることこそ、今の私たちに課せられた問題なのであろう。