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宙(そら)読む月日 (7) ビッグ・ヒストリー初の語句集

のぶおパレットつじむら (2011年12月31日 22時53分)

円高の昨今、洋書を買うにはお得な時期が続いています。そんなわけで、今日は年末に我が家に届いた一冊デイヴィッド・クリスチャンほか編『バークシャー精選語句集 ビッグ・ヒストリー』を紹介します。これは『バークシャー世界史事典』第2版からビッグ・ヒストリーに関連した項目を集めた160ページほどの語句集です。(*17)

バークシャー出版社からはすでに同事典の初版からクリスチャンの単著『この儚き世界』がリリース(刊行)されています(*18)ので、今回の本はビッグ・ヒストリーがらみのスピンオフ(派生品)の第2弾となるわけです。

ユニヴァーサル・ヒストリーの復活
冒頭のクリスチャンによる「序論」は、『時間の地図』初版から第2版までの自分の研究をコンパクトにまとめた小論にもなっています。(*19) 一部を紹介します。

クリスチャンさんは、ユニヴァーサル・ヒストリーは古来の伝統だと言います。過去のほとんどの社会は、自分たちの住む宇宙と自分たちの共同体の存在と本質を明らかにすべく、利用可能な最善の情報を用いて、過去全体の一貫した統一的説明をつくりあげようとしてきたからです。

キリスト教世界では宇宙はおよそ5000から6000歳で、地球がその中心にあるとするキリスト教の宇宙論が、1500年間支配的でした。科学革命がキリスト教宇宙論の信用性を掘り崩した後ですら、歴史思想家たちはニュートン的な科学にもとづいてユニヴァーサル(普遍的)な時間と空間の地図をつくろうとしました。ヘーゲル Hegel とマルクス Marx が歴史を書いたのも、そのような伝統の中でのことでした。ランケ Ranke でさえ、晩年には自分でユニヴァーサルな歴史を書こうとしたのです。

けれど、ユニヴァーサル・ヒストリーの伝統は、19世紀末に突如決定的に消え入ります。ほどくなくして、H・G・ウェルズ Wells が『歴史のあらまし』(邦訳『世界文化史大系』)を著し、ユニヴァーサル・ヒストリーを試みました。この仕事はプロの歴史家には無視されましたが、それにはおそらく十分な理由がありました。ウェルズの叙述は時代を下れば下るほど、憶測にあふれ、確かな情報はほとんどなかったからです。ウェルズの時代にはやりたくてもやれなかったのだ、というのがクリスチャンさんの見解です。

60年前、自信をもって決定的な年代を言うことができたのは、書かれた記録が残っている場合だけでした。数千年以上前となると、信頼できる時系列はなにひとつ引けず、それ以前にいたっては年表のもやのようなものの中に姿を消していきました。ところが、1950年代にウィラード・リビー Willard Libby が炭素14の規則的放射性崩壊にもとづいた放射性炭素年代測定の信頼できる技術を初めて確立します。この方法は改良され、広く応用されて、他の年代測定技術と合わさって宇宙の起源にまでさかのぼり、わたしたちは今や19世紀には考えられないほどの厳密さと精確さでユニヴァーサル・ヒストリーを研究できるようになりました。

クリスチャンさんはこれを「年代測定革命 chronometric revolution」と呼び、それが現代においてユニヴァーサル・ヒストリーがビッグ・ヒストリーという新たな形で復活した主因だと主張します。ここではユニヴァーサル・ヒストリーとビッグ・ヒストリーではユニヴァーサル・ヒストリーのほうが古く、ユニヴァーサル・ヒストリーの現代的形態がビッグ・ヒストリーであるという言い方をしています。

収録語句一覧
執筆者別の担当項目は以下の通りです。人名の後のカッコの中にはおおまかな専門と現在の所属機関が記してあります。

     デイヴィッド・クリスチャン David Christian (ビッグ・ヒストリー、豪 マッコーリー大学)
        「序論:ビッグ・ヒストリー」 Introduction: Big History
        「アニミズム」 Animism
        「人新世」 Anthropocene
        「創世神話」 Creation Myths
        「人口成長」 Population Growth
        「宇宙の起源」 Universe, Origins of

     マーク・ネイサン・コーヘン Mark Nathan Cohen (人類学、米 ニューヨーク州立ニューヨーク大学)
        「扶養限度」 Carrying Capacity

     ヴィルフリート・ヴァン・ダメ Wilfried van Damme (アート史、独 ライデン大学 、ベルギー ヘント大学)
        「旧石器時代のアート」 Art, Paleolithic

     D・ブルース・ディクソン D. Bruce Dickson (人類学・考古学、米 テキサスA&M大学)
        「飼育栽培、植物と動物」 Domestication, Plant and Animal
        「絶滅」 Extinction

     ドナルド・R・フランスシェティ Donald R. Franceschetti (物理学、米 メンフィス大学)
        「宇宙論」 Cosmology

     ヨハン・ハウツブロム Johan Goudsblom (社会学、蘭 アムステルダム大学名誉教授)
        「人類圏」 Anthroposphere

     ポール・ホーム Poul Holm (環境史、アイルランド ダブリン大学トリニティ・カレッジ)
        「大洋と海」 Oceans and Seas

     ジャック・D・アイヴス Jack D. Ives (地理学、カナダ カールトン大学)
        「山脈」 Mountains

     クリストファー・C・ジョイナー Christopher C. Joyner (国際法学・南極、米 ジョージタウン大学)
        「氷河期」 Ice Ages

     ミュレイ・J・リーフ Murray J. Leaf (社会人類学、米 テキサス大学)
        「農耕社会」 Agricultural Societies

     ジェイムズ・ライド James Lide (ヨーロッパ史、米 ヒストリー・アソシエーツ有限会社)
        「古代のオセアニア」 Oceania, Ancient

     ジェイムズ・ラヴロック James Lovelock (地球科学、英 独立した研究者)
        「ガイア理論」 Gaia Theory

     アダム・M・マッキーオン Adam M. McKeown (グローバル・ヒストリー、米 コロンビア大学)
        「移民」 Migration

     J・R・マクニール J. R. McNiell (環境史、米 ジョージタウン大学)
        「生物の行き交い」 Biological Exchanges
        「人口と環境」 Population and the Environment

     ウィリアム・H・マクニール Willam H. McNeill (世界史、米 シカゴ大学名誉教授)
        「疫病」 Diseases
        「熱帯園芸」 Tropical Gardening

     ジョン・ミアーズ John Mears (世界史、米 サザン・メソディスト大学)
        「人類の進化」 Human Evolution

     アンソニー・N・ペナ Anthony N. Penna (環境史、米 ノース・イースターン大学名誉教授)
        「気候変動」 Climate Change

     オリヴァー・ラカム Oliver Rackham (植物学、英 ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・カレッジ)
        「樹木」 Trees

これらは元来世界史の事典項目として書かれたため、これらを通読すればビッグ・ヒストリー研究の概要がわかるというものではありませんが、一瞥して、ビッグ・ヒストリー、すなわち人間の歴史を宇宙の歴史からとらえ返すにはエコロジーの視座が必要だと感じさせる布置です。ecologyはふつう「生態」と訳されます。平たく言えば生物と環境の相互関係のことです。だから、必ずしも生態と訳さなくてはいけないということはなく、たとえば「生環相関」と訳してみたり、ecological なんたらと続くときは「生環」なんたらと訳すのもありかなあとここ何年か思っているところです。

さてこの本、全編英語なのにもかかわらず、表紙と裏表紙と扉に『宝庫山精選:大歴史』と中国語(簡体字)で書名が記されています。こんなところから市場の開拓先として中国を意識しているのが感じられます。

「人口と環境」の項目をのぞいてみると、1900年時点の地球の人口は16億2500万人ほどという推計値がのっています。今の中国と日本の人口を足すと、大ざっぱには同じくらい。つまり人口規模で言えば、21世紀初頭の日中平和は20世紀初頭の世界平和に匹敵します。今は16億余の民が戦争なしでやっていけているのです。その意味でも、過日の設立10周年記念総会で真に友好的な日中関係を約し合ったことは地球の平和に大きな意味を持っています。

ビッグ・ヒストリーも本年大きな節目を刻み、質量ともに新たな段階に入りました。国際ビッグ・ヒストリー学会(IBHA)の会員数は11月時点で141名に達し、日本からはわたしと中西治さんが創設会員として参加しました。ビッグ・ヒストリーのネットワークに日本が加わったことを、同学の人びとはたいへん喜んでくださっています。

明年1月16日にはビッグ・ヒストリーで博士論文を執筆予定の大学院生がマッコーリー大学に会し、初の院生カンファレンスを開きます。テーマは「大学院でビッグ・ヒストリーの何を、なぜ、どのように研究するか」です。コメンテーターはクリスチャンさんとサリヴァンさんで、カンファレンスの様子は後日IBHAに報告されます。新年にはこのコラムもパワーアップさせていきます。

注記
(*17) David Christian et al. eds., Berkshire Essentials: Big History (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2011) distilled from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 6vols, 2nd edition (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2010).

(*18) Chrisitian, This Fleeting World (2007) (See note 8) from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 5vols, 1st edition (2005).

(*19) David Christian, “Introduction: Big History,” in Christian et al. eds., Berkshire Essentials; Christian, Maps of Time, 2nd edition [1st edition] (2011 [2004]) (See note 5).

Sora Yomu Tsukihi (6) Cosmonization and Globalization

のぶおパレットつじむら (2011年10月16日 0時58分)

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In this spring, Osamu Nakanishi, the President of the Institute for Global and Cosmic Peace, published his 11th book, The Russian Revolution, the Chinese Revolution and 9/11: the 20th and 21st Centuries in Universal (Cosmic and Global) History (in Japanese).(*15) He presented his original dual academic framework in it. They consist of two disciplines: Universal (Cosmic and Global) History plus Global and Cosmic Peace (Studies).

Universal (Cosmic and Global) History places the Earth as a floating object in the Cosmos and argues the history of human life as not only on the Earth but also in the Cosmos. Universal (Cosmic and Global) History is called “Uchū Chikyūshi” in Japanese. He decided on the translation “Cosmic and Global History” for the English title of his old article (*16) yet we recently argued about the English paraphrase of it. We decided to adopt the new and tentative name “Universal (Cosmic and Global) History” because we think that universal history essentially means cosmic history. Global and Cosmic Peace (Studies) shows the problems arisen from the process of universal (cosmic and global) history, and then presents the solutions to them.

The different order of “cosmic” and “global” has a point. In the former, Cosmic precedes Global because global history (it includes the whole Earth history) is a part of cosmic history. (The Cosmos had existed before the Earth appeared.) In the latter, Global precedes Cosmic because its first task is to keep global peace and the second one is not to expand wars on the Earth to the Cosmos.

He looks to emergence and transformations of locale where humans live, and defines Cosmonization as “emergence and expansion of the Cosmos and the Earth, expansion and unification of the human life zone in the Cosmos” and Globalization as “emergence of humans, expansion and unification of the human life zone on the Earth.” These definitions include our recent discussions through e-mails based on his new book.

The 1st Period of Cosmonization began when the Cosmos emerged and began to expand. The 1st Period of Globalization began when humans emerged and began to spread over all parts on the Earth. The 2nd Period of Globalization began when Columbus reached the Americas, beginning the unification of humans who had spread all over the Earth. The 2nd Period of Cosmonization and the 3rd Period of Globalization began together when the Soviet Union launched Sputnik in 1957. Humans began to unite the expanded universe.

In my opinion, terraforming the Moon and the other planets would ring the new period of Cosmonization. It would be also beginning of localization of our Globe (the Earth) in dual meaning. It would mean both provincializing of our home planet and making the other objects our actual living places. But we should not behave as conquerors with force like “Avatar.” The quantitative change of our life zone (colonizing the universe) must involve the qualitative change of our living way (we are no longer imperialists).

Nobuo Palette Tsujimura

Notes
(*15) Osamu Nakanishi, Roshia Kakumei, Chūgoku Kakumei, Kyū-ichi-ichi: Uchū Chikyūshi no naka no Nijū kara Nijūisseiki (The Russian Revolution, the Chinese Revolution and 9/11: the 20th and 21st Centuries in Universal [Cosmic and Global] History), Nansōsha, 2011.

(*16) Osamu Nakanishi, “Uchū Chikyūshi no Tenkai: Chikyū Uchū Heiwagaku Nyūmon” (The Process of Cosmic and Global History: An Introduction to Global and Cosmic Peace Studies) in Journal of the Institute for Global and Cosmic Peace, No.1, IGCP, 2006.

宙(そら)読む月日 (5) 国際ビッグ・ヒストリー学会誕生

のぶおパレットつじむら (2011年7月8日 19時44分)

イタリア・コルディジョーコ
イタリア・コルディジョーコ (写真提供:ジナ・ジャンドメニコさん)

国際ビッグ・ヒストリー学会 International Big History Association: IBHA (*12) は宇宙、地球、生命、人間の歴史の統一的・学際的な研究・教育を推進するためにあります。IBHAは2010年8月20日、イタリアのコルディジョーコ地質観測所 Osservatorio Geologico di Coldigioco (*13) で設立されました。

きっかけは、地質学者のウォルター・アルヴァレス Walter Alvarez さんが、地質学のビッグ・ヒストリー的アプローチについての理解を深めてもらおうと、何人かのビッグ・ヒストリアン(ビッグ・ヒストリーの研究者・綴り手)をこの観測所に招いたことでした。多くのビッグ・ヒストリアンが、かなり以前から学会のような団体をつくろうと思索を重ねてきました。そこに、幾人ものビッグ・ヒストリアンが一堂に会したのです。学会を始めることを正式に決定するには絶好の機会でした。

クリスチャン、スピール、アルヴァレス、クレイグ・ベンジャミン Craig Benjamin、シンシア・ブラウン Cynthia Brown、ロウエル・ガスタフソン Lowell Gustafson、バリー・ロドリーグ Barry Rodrigueは、その場で臨時執行委員会を結成し、大要以下のことが決定されました。

1) 国際的なビッグ・ヒストリーの学会を創設すること。
2) 国際的なビッグ・ヒストリーの雑誌を、電子版・紙版の両方で創刊すること。誌名は独創的なものが最善であろうこと。
アルヴァレスがカリフォルニア大学から出版できないか探ること。
3) 国際的なビッグ・ヒストリーのウェブサイトを創設すること。
サイトには活発な議論のための掲示板、ビッグ・ヒストリーの電子ライブラリー(図書館)またはアーカイヴズ(文書館)を盛り込むこと。
4) 第1回の国際的なビッグ・ヒストリーのカンファレンス(学術会議)を開催すること。(*14)
開催地はグランドヴァリー州立大学 Grand Valley State University (米国ミシガン州)にすること。
開催日は7月下旬か8月上旬が教師や他の教育者にとって参加しやすいであろうこと。
これより先は、ベンジャミンが準備に当たること。

IBHAは設立に当たり、マイクロソフト・エクスターナル・リサーチ Microsoft External Research (マイクロソフト社の外郭研究機関マイクロソフト・リサーチ Microsoft Research の一部門)から資金援助を受けました。去る2011年4月5日には、米国ミシガン州の非営利活動法人として正式に認可されました。本格的な船出です。

IBHAは発足時の決定どおり、自身初の国際カンファレンスを、2012年8月3日-5日、グランドヴァリー州立大学で開催します。大会テーマは「ビッグ・ヒストリーの教育と研究:新たな学問的領域を探る」です。このカンファレンスには僕も出席し、ペーパー(論文)を披露する予定です。

注記
(*12) 国際ビッグ・ヒストリー学会 International Big History Association: IBHA
ウェブサイト  http://www.ibhanet.org/
ブログ http://ibhanet.blogspot.com/
ユーチューブ広報動画(12分36秒) http://www.youtube.com/user/IBHAnet
ツイッター http://twitter.com/IBHAnet
フェイスブック http://www.facebook.com/pages/International-Big-History-Association/129585663779705

IBHA設立の経緯について、ウェブサイトだけではわからない点は、スピール夫妻、とりわけジナ・ジャンドメニコ Gina Giandomenico さんから教えて頂いた。記して感謝申し上げる。

(*13) コルディジョーコ地質観測所 Osservatorio Geologico di Coldigioco http://www3.geosc.psu.edu/~dmb53/OGC/index.html
アルヴァレスの教え子の地質学者アレッサンドロ・モンタナーリ Alessandro Montanari が所長を務め、妻でアーティストのパウラ・マウテッロ Paula Martello と運営している。

(*14) ビッグ・ヒストリーの国際カンファレンス自体は、これまでも開催されている。詳しくはスピールのウェブサイトのこれまでのカンファレンスをまとめたページを参照。
http://www.iis-communities.nl/portal/site/bighistory/page/f4605854-ef1e-4d45-00ce-0b1442c2a8a0

宙(そら)読む月日 (4) プロジェクト・チーム紹介 後篇 クリスチャンほか

のぶおパレットつじむら (2011年6月15日 9時05分)

デイヴィッド・クリスチャンさんは、1946年、アメリカ(米国)のニューヨークで生まれました。父はイングランド人、母は北京生まれのアメリカ人でした。父はブリテン(英国)陸軍の兵役を終えると、当時ブリテンの植民地であったナイジェリアの行政にたずさわることになり、クリスチャンさんは7歳までナイジェリアで育ちました。その後はイングランドで全寮制の学校に通い、1968年にオックスフォード大学 Oxford University を卒業します(専攻はモダン史)。まもなくカナダのウェスターン・オンタリオ大学 University of Western Ontario で教員(チューター)として働き、翌年には同国でアメリカ人女性と結婚、そのまた翌年(1970年)に同大でロシア史の修士号をとっています。

クリスチャンさんがロシア史を専攻したのは、ドストエフスキーやトルストイを愛読していたからでもありますが、とりわけ十代にイングランドで体験したキューバ危機が鮮烈だったようです。危機のさなかのある夕、クリスチャンさんが下校しようとすると、友だちの1人が来て、彼の手を握りました。「一体どうしたの?」ときくと、友だちは「もう会えないかもしれないだろ」と答えるのです。クリスチャンさんはショックを受けました。今このときに、何百万もの人が死に、多くの文明が一掃されてしまうかもしれない。ソヴィエトにも、同じようなことを思っている子どもたちがいるのだろうか。クリスチャンさんの脳裏を、そんな問いかけがよぎりました。核戦争の危機が、まったく異なる世界(とクリスチャンさんは感じていました)への関心と想像力を発動させたのです。

さてクリスチャンさんは1970年に母校のオックスフォード大学へ戻り、1974年にロシア皇帝アレクサンドル1世の行政改革についての論文で、博士号を取得しました。その後、オーストラリアのマッコーリー大学に職を得、1975-2000年までロシア史、ヨーロッパ史、世界史を講じました。この在任中にビッグ・ヒストリーの講義と研究を始めます。2001-2008年は米国のサンディエゴ州立大学 San Diego State University に勤めました。2009年からはマッコーリー大学へ戻り、教授として教壇に立っています。

著作に『生きている水:ウォッカと解放前夜のロシア社会』(1990年)、『帝政およびソヴィエト・ロシア:権力、特権、現代の挑戦』(1997年)、『ロシア・中央アジア・モンゴルの歴史 第1巻 先史からモンゴル帝国までの内陸ユーラシア』(1998年)、『時間の地図:ビッグ・ヒストリー入門』(2004年)、『この儚き世界:人間の概説史』(2007年)などがあります。

クリスチャンさんは、出身をたずねられても、なんと答えるのがベストかわからないと言います。自分はスターリンの言う「根無し草的コスモポリタン」だと。だから、歴史というのは本質的に一国史 a national history である、あるいは特定の文化、集団の物語であるといった考えに、いつも居心地の悪さを感じていました。それだけに、フランス歴史学界のアナール学派 Annales School 、とりわけフェルナン・ブローデル Fernand Braudel さんには大きな影響を受けたようです。(*8)

クリスチャンさんの原体験には、核の危機と各地の遍歴・混交がありました。

つづいて4人の学術顧問について紹介します。(*9)

マーニー・ヒューズ-ウォリントン Marnie Hughes-Warrington さんは歴史学者です。彼女は1995年、オックスフォード大学でR・G・コリングウッドの歴史哲学についての論文で、博士号を取得しました。2001年にクリスチャンさんが渡米した際は、彼女がマッコーリー大学のビッグ・ヒストリーの講座を引き継いでいます。2009年には同国のモナシュ大学 Monash University 教授および副学長補に就任しました。今までに『鍵となる歴史思想家50』(初版2000年、第2版2008年)、『歴史学は映画に向かう:映画の上の歴史を研究する』(2007年)などの本や、「ビッグ・ヒストリー」(初版2002年、加筆修正版2005年)という論文を発表しています。(*10)

トレイシー・サリヴァン Tracy Sullivan さんは、マッコーリー大学オーストラリア史博物館 Australian History Museum 館長です。彼女は、ニュー・サウス・ウェールズ大学 University of New South Wales 、シドニー大学 University of Sydney 、マッコーリー大学で歴史教育を講じてきた経験豊富な教員です。研究上の関心は、学際的なカリキュラム作りということです。これまで述べてきたことから、マッコーリー大学がオーストラリアにおけるビッグ・ヒストリーの拠点であることがわかるでしょう。

ボブ・ベイン Bob Bain さんはベテランの歴史教育者です。26年間アメリカの高校で歴史と社会科を教え、7度の表彰に輝きました。2008年にはミシガン年間最優秀社会科教諭に選ばれています。また、1998年には若者向け政策の歴史についての研究で、同国のケース・ウェスターン大学 Case Western University より博士号を取得しました。現在は、ミシガン大学 University of Michigan の教育学部と文学・科学・教養学部で准教授を務めています。専門は、歴史の教育・学習法です。

サル・カーン Sal Khan さんはカーン・アカデミー Khan Academy の創設者・常任理事です。教育事業を始めたきっかけは、ボストンのヘッジファンドでアナリストとして働きながら、いとこたちの家庭教師をしたことでした。いとこたちとは住むところが離れていたので、カーンさんはユーチューブ YouTube に動画を投稿して、それを通して教えていました。ところが動画は無料で誰でも見れたため、視聴者はどんどん増えていきます。カーンさんは潜在的なニーズの巨大さに気づいて退職し、「世界クラスの教育を、無料で、だれでも、どこでも」受けれるカーン・アカデミーを創立します。(*11) いわばオンライン教育の先駆者です。

なおプロジェクトは、シアトルを本拠地とするコンサルタント会社インタナショナル・フューチャーズ International Futures: iF 社と国際ビッグ・ヒストリー学会を提携機関としています。次回は、国際ビッグ・ヒストリー学会について書きましょう。

注記
(*8) 辻村、前掲論文、95-97頁; Christian, Big History, Disc 1, Lecture 1 What is Big History? (2008) (see note 2); Christian CV (履歴書) (n. d.), viewed on Jun. 10, 2011.
http://www-rohan.sdsu.edu/dept/histweb/faculty_and_staff/emertus_bios/Christian_CV.pdf

言及した著作は、David Christian, Living Water: Vodka and Russian Society on the Eve of Emancipation (Oxford: Clarendon, 1990); Imperial and Soviet Russia: Power, Privilege, and the Challenge of Modernity (Basingstoke: Macmillan, 1997); A History of Russia, Central Asia, and Mongolia, Vol. 1, Inner Eurasia from Prehistory to the Mongol Empire (Oxford: Blackwell, 1998); Maps of Time, (2004) (see note 5); This Fleeting World: A Short History of Humanity (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2007).

(*9) ビッグ・ヒストリー・プロジェクトのサイトや、本人の所属組織のサイトを参照した。

(*10)Marnie Hughes-Warrington, Fifty Key Thinkers on History (London : Routledge, 2000, second edition 2008); History Goes to the Moveis: Studying History on Film (Abingdon: Routledge, 2007); “Big History” , Historically Speaking, IV (2) (2002), amended & updated in Social Evolution & History, 4 (1) (2005).

(*11) カーン・アカデミー Khan Academy http://www.khanacademy.org/
ウェブサイトの「About(当アカデミーについて)」を開くと、「サイトの教育資源は、だれでも利用できます。あなたが生徒でも、教員でも、ホームスクーラー(通学せずに自宅で親から教育を受けている子ども:筆者補足)でも、校長でも、20年ぶりに教室に戻ってきた大人でも、かまいません。あるいは、地球の生物学にまさに足を踏み入れようとしている友好的なエイリアンでもかまいません。カーン・アカデミーの教材および教育資源は、完全に無料で利用できます」とある。エイリアンとあるのがおもしろい。グローバルな対象を意識するとき、宇宙へと目が開く、ということだろうか。

宙(そら)読む月日 (3) プロジェクト・チーム紹介 前篇 ゲイツ

のぶおパレットつじむら (2011年5月27日 23時00分)

ビッグ・ヒストリー・プロジェクトは、2008年のゲイツさんとクリスチャンさんの出会いから始まりました。
2010年にはプロジェクト・チームが結成され、カリキュラムが練られ始めます。
2011年9月には、アメリカ(米国)の6つの高校で、ビッグ・ヒストリーの実験的導入が始まります。
2012年には、実験的導入をオーストラリアに広げ、米豪あわせて50校でビッグ・ヒストリー教育が実施される予定です。現在、実施希望校を募集しています。
2013年には、カリキュラムが公開され、コース(教育課程)は学習者すべてにネットで無料で提供されることになっています。

このプロジェクトは100%慈善事業で、教材はすべて無料です。このような大がかりな事業は、ゲイツさんの支援なしにはなしえなかったことでしょう。

プロジェクト・チームは、共同創始者のゲイツさんとクリスチャンさんと、4名の学術顧問からなっています。ここで1人1人紹介していきましょう。

ビル・ゲイツさんは、1955年、アメリカのシアトルで生まれました。本名はウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世 William Henry Gates III といいます。父のゲイツ2世 Gates II (またはゲイツ・シニア Gates Sr.)さんは弁護士でした。後妻で母のメアリー Mary さんは中学校教師で、退職後はワシントン大学 University of Washington 理事や慈善団体ユナイテッド・ウェー United Way の役員をつとめています。

ゲイツ(3世)さんは、SFドラマ「スター・トレック」STAR TREK が大好きな少年で、子どもの頃からSFはじめ小説、科学者の伝記など、ジャンルを問わない読書家でした。また、大の数学好きでもありました。

1968年、ゲイツさんが中学生のとき、通っていた中高一貫校にコンピュータ教育が導入されます。運命の出会いです。当時コンピュータはとても高価で、学校でコンピュータそのものを買うことはできませんでした。そこでGE社が所有するコンピュータ「マークII」と学校のテレタイプを電話回線でつなぎ、使うときだけ使用権を借りることになりました。当時は1時間あたり40ドルが相場だったそうです。
ゲイツさんはたちまちプログラム作りにのめりこみ、ポール・アレン Paul Allen さんら同じ学校の仲間たちと、早くもビジネスを始めました。シアトル市の交通量調査をグラフ化できるプログラムを開発したり、あるコンピュータ会社の給与計算プログラムをつくったり、自分たちの通う学校にクラス編成のプログラムを納品したり、というのが最初の仕事でした。日本だったら、生徒が自分の通う学校(とくに小中高)を相手にビジネスするなんて認められないのではないでしょうか。

こうしてプログラマーとしての実力をつけたゲイツさんは、1973年ハーヴァード大学 Harvard University に進学します。
ところが、同年にインテル Intel 社が、大型コンピューターと同等の情報処理能力をもつ、マイクロプロセッサ「8080」を発表します。
翌1974年には、これを搭載した世界初の個人向け・組立式コンピュータ「アルテア8800」が、MITS社から発売されました。アルテア Altair という名前は「スター・トレック」に出てくる、アルタイル6号星 Altair VI (日本語吹替ではアルター6号)から来ています。

ゲイツさんとアレンさんは、かねてから、コンピュータが一家に一台、オフィスの机に一台ずつ乗る時代が必ず来ること、それを動かすためのプログラム(ソフトウェア)に大きな需要が生まれることを見抜いていました。2人は1975年、アルテアを動かすためのプログラム「BASIC」を開発します。そして共同でマイクロソフト社を創業し、MITS社とライセンス契約を結ぶことに成功しました。この後、ゲイツさんはビジネスに専念すべく、大学を離れます。

こうして高性能のマイクロプロセッサ、それを搭載した小型コンピュータ、これを動かすソフトウェアの3つが揃い、パーソナル(個人向け)コンピュータの時代が幕を開けました。

ゲイツさんは2008年にマイクロソフト社の常勤を退きます。現在も同社の会長ではありますが、活動の中心は妻のメリンダ Melinda さんと創設したビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を通じた社会奉仕へ移しています。これは「事業で収益を得たら、地域や社会に貢献を」という両親の教えにならったものです。(*7)

こうして見ると、ゲイツさんはスター・トレックと縁がありますね。ビッグ・ヒストリーとも遠からぬ縁を感じます。また、ゲイツさんはマイクロソフトしかり、ゲイツ財団しかり、ビッグ・ヒストリー・プロジェクトしかり、何かを始めるときは、だれかと共同で始めています。協力者を巻き込む力、これも彼の長所かもしれませんね。

注記
(*7) Microsoft Corporation HP, Bill Gates, Biography, updated on Jan. 26, 2010, viewed on May 23, 2011.http://www.microsoft.com/presspass/exec/billg/?tab=biography ;小出重幸『夢は必ずかなう:物語 素顔のビル・ゲイツ』(中央公論新社、2005年) ;「Altair 8800」の中の「Altairの命名者」ウィキペディア、2011.5.27参照。http://ja.wikipedia.org/wiki/Altair_8800

宙(そら)読む月日 (2) ビッグ・ヒストリー・プロジェクト始まる

のぶおパレットつじむら (2011年5月11日 10時27分)

ビッグ・ヒストリー・プロジェクト Big History Project (*4) のウェブサイトにはこうあります。

すべてのものには歴史があります。どの人にも、植物にも、動物にも、物体にも、わたしたちの惑星にも、そして、宇宙の全体にも。

それぞれの歴史は、貴重な見識をくれます。それらが合わさると、さらに多くを明らかにしてくれます。ビッグ・ヒストリーは、多くの科学的・歴史的学問分野から得られた証拠と見識を、単一の手にとりやすい起源の物語に編み上げます。これは、わたしたちは何者か、どのようにしてここまで来たのか、周囲のあらゆるものとどのように結びついているのか、どこへ向かおうとしているのか、を探求するものです。

ビッグ・ヒストリー・プロジェクトは、高校生のいやます向学心と学習能力を育むべく献身します。ビル・ゲイツとデイヴィッド・クリスチャンによって始められた当プロジェクトの目標は、ビッグ・ヒストリーが、世界中のできるだけ多くの生徒に教えられるようにすることです。

ここで「単一の」と言っているのは、教育の元となる物語が、それ自体整合性をもった一個の物語として成り立つようにする、という意味で、ビッグ・ヒストリーそのものが単一であるべき、という意味ではありません。

クリスチャンさんが初めてビッグ・ヒストリーの講義を行ったのは1989年、オーストラリアのマッコーリー大学 Macquarie University においてでした。それから15年の歳月を経てまとめられた『時間の地図:ビッグ・ヒストリー入門』では、このように書かれています。(*5)

わたしは本書をもって、歴史の、また一般に知の、より統一的なヴィジョンを構築する、という一段と大きな企てへ寄与したいと考えています。そのような企てが困難であることは、十分承知しています。しかし、それは実行可能だし、重要なことだと信じています。だからこそ、いずれ他の人たちが一段とうまくやってくれることを期待しつつ、やってみる価値があるのです。また、現代の創世神話〔ビッグ・ヒストリーのこと:引用者注〕が、過去のどの社会の創世神話よりも、豊かで美しいとわかる日が来ることを信じてやみません。これは語るには不完全でも、語る価値のある物語なのです。

他の様々な人びとの物語が自分を乗り越えることを望みつつ、まずは自分がそのための足がかりを築くんだ、という決意表明です。
ここで、誤解のないよう申し添えておくと、ビッグ・ヒストリーの名を冠した本を初めて世に問うたのは、フレット・スピール Fred Spier さんで、クリスチャンさんではありません。(*6)

ともかく、大きな絵を描く。人間ですから、現在の水準の科学をもとにしても、いや自分はそう描かないとか、様々な絵を描きたがることでしょう。また、科学の進歩は日進月歩ですから、新たな発見により、絵が描きかえられることも何度もあるでしょう。すると、現時点での、しかもワンノブゼム的なひとひらの絵に価値がないかというと、そうではありません。知的誠実さをもって渾身で仕上げた大きな絵は、たとい後で誤認だということになったとしても、次の時代の絵の下絵として生きていくからです。

いずれビッグ・ヒストリーは、宇宙飛行士が宇宙へ出る前の必修科目となるでしょう。また、いつの日か異星人と出会うとしたら、初めに自己紹介として彼/彼女ら(性がどのように分かれているかもわかりませんよね)に手渡されるのは、ビッグ・ヒストリーになることでしょう。

注記
(*4) ビッグ・ヒストリー・プロジェクト Big History Project
ウェブサイト http://www.bighistoryproject.com/
ツイッター 
http://twitter.com/BigHstryProject
フェイスブック http://www.facebook.com/pages/Big-History-Project/119783268094729
ツイッター、フェイスブックを初めて使う場合は、それぞれに自分の情報を登録し、アカウント(利用権)を得る必要があります。

(*5) David Christian, Maps of Time: An Introduction to Big History (Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 2004), p. 5.

(*6) Fred Spier, The Structure of Big History: From the Big Bang until Today (Amsterdam: Amsterdam University Press, 1996).

宙(そら)読む月日 (1) ゲイツ、クリスチャンと出会う

のぶおパレットつじむら (2011年4月25日 21時32分)

連載に当たって

僕が初めてビッグ・ヒストリー big history (大きな歴史)を紹介してから4年が経ちました。その間、ビッグ・ヒストリーも大きな展開を見せています。そのことについて、初めは読み切りの形でご紹介しようと思っていたのですが、こうして下書きの準備をしてるだけでも、なにやら分量が増えてしまいます。

そこで、これを機に「宙(そら)読む月日」と題した連載を始めることにしました。予定としては、初めはビッグ・ヒストリーの近年の動きについて、次いで中西治さんの新著について、その後は広い意味で宇宙と人間の歴史にまつわる事柄について、筆を(キーを?)進めていくつもりです。ここでは、のぶおパレットつじむらを筆名として、伸び伸びと不定期でつづっていこうと思います。

宙読む月日
(1) ゲイツ、クリスチャンと出会う

物語はビル・ゲイツ Bill Gates さんとデイヴィッド・クリスチャン David Christian さんの出会いから始まります。

クリスチャンさんは、ビッグ・ヒストリーの講義を発案した歴史家です。彼の問題意識は、なぜわたしたちは断片となった歴史の物語ばかりを見、歴史の全体をつかもうとしないのか、ということでした。歴史の全体とは、わたしたち人間が知りうる全ての歴史、つまりビッグバンから現在の人間社会の歴史にいたるまでの歴史です。それを現代の科学にもとづき、ひとつにまとめてみる、というのが、彼が名づけたところのビッグ・ヒストリーなのでした。(*1)

ゲイツさんは1975年、マイクロソフト社 Microsoft を創業し、2008年に常勤を退いてからは、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団 Bill and Melinda Gates Foundation を通して、教育と地球規模の健康問題に取り組んでいました。そんな時、クリスチャンさんの講義を収録したDVDを見たのです。

これは『ビッグ・ヒストリー:ビッグバン、地球の生命、人間の興隆』という8枚組のDVDで、各30分の講義が48回分、つまり、やろうと思えば24時間で(!)137億年前から現在までの歴史を速習できる(笑)しろものとなっています。(*2)

僕も「受講」し始めたばかりですが、今まで解けずじまいだった疑問が解消されたりして、なかなか楽しいものです。日本で言えば、放送大学の講義をイメージしてもらうといいかもしれません。講義はもちろん英語で、英語話者向けの商品であるため日本語字幕もありませんが、生涯学習のための教材ということで、話は簡明で、発音も聞き取りやすいです。これにトランスクリプト(講義を文字起こししたもの)も併せて購入すれば、学習ははかどることでしょう。

これらの講義は、ゲイツさんの歴史への見方を変えました。ゲイツさんは、科学の多種多様な分野を理解するための背景となる、幅広いものの見方を得たと感じました。もし、すべての生徒がビッグ・ヒストリーを履修したとしたら、勉強はわくわく楽しいものとなり、理科のようなとっつきにくい教科を学ぶとっかかりができ、生徒の批判的思考力を伸ばすのではないか。そう考えた彼は、未だ見ぬクリスチャンさんと連絡をとり、面会を果たします。(*3)

こうして、ゲイツさんとクリスチャンさんが共同創始者となり、高校生にビッグ・ヒストリーを教えるビッグ・ヒストリー・プロジェクト Big History Project が始まるのです。(つづく)

のぶおパレットつじむら(辻村伸雄)

注記
(*1) 辻村伸雄「大きな歴史:歴史研究のコスモナイゼーション」『地球宇宙平和研究所所報』第2号(2007年)。

(*2) David Christian, Big History: The Big Bang, Life on Earth, and the Rise of Humanity, 8DVDs (The Great Courses, The Teaching Company, 2008).

(*3) ビル・ゲイツ公式サイト THE GATES NOTE: Special Edition, viewed on Apr. 23, 2011.
サイト中の動画「ビル、ビッグ・ヒストリーにビッグな献身」(2分11秒)では、ゲイツがビッグ・ヒストリーとの出会いと、ビッグ・ヒストリー・プロジェクトへと至った思いを語っている。
“Bill: A Big Commitment to Big History” posted on Mar. 1, 2011.

第12回KOSMOSフォーラムに参加して

のぶおパレットつじむら (2007年8月31日 1時37分)

8月25日、財団法人・国際花と緑の博覧会記念協会主催の第12回KOSMOSフォーラム「21世紀の新しい宇宙観を探る〜地球の起源、進化と未来を問う〜」(於・ベルサール神田)に参加しました。

国際花と緑の博覧会記念協会は、「自然と人間の共生」をテーマに、1990年4月1日から9月30日まで大阪・鶴見緑地で行われた「国際花と緑の博覧会」(略称「花の万博 EXPO’90」)の基本理念を発展・継承するものです。基本理念にはこうあります。「人類の宇宙飛行は、地球が唯一の青い惑星であることを教えた。高度の生命科学は、逆に一層、生命の奥深い神秘に気づかせた。20世紀の産業文明の発展は、今あらためて、あの花と緑に象徴された、自然の生命の偉大さを再認識させている。緑こそは、無機物を有機物に変え、生命を根源から生む力である。花はこの隠れた力の優美な表現であり、生命そのものの讃歌である。これを愛し敬うことは、自然と生命を共有する人間の心の本能であり、人間相互の尊重、世界平和への願望のもっとも素朴な基礎だといえる。」(同協会ホームページより)

KOSMOSフォーラムは、「わが国の第一線の科学者の英知を集め、宇宙の新しい全体像を包括的に考察し、その中で人類の果すことができる役割を探ろう」というもので、その特色は「自然科学者、人文・社会の科学者がそれぞれの学問領域を越えて、俯瞰的、統合的に考え、論じ合い学術交流するところにあります」。(同フォーラム・ホームページより)

今回のフォーラムに登壇したのは以下の諸氏です。

コーディネーター
池内了(天体物理学、総合研究大学院大学教授)
パネリスト
内井惣七(論理学、科学の哲学、倫理学、京都大学名誉教授)
海部宣男(電波天文学、赤外線天文学、放送大学教授、国立天文台名誉教授、前国立天文台長)
佐藤勝彦(宇宙論、宇宙物理学、東京大学大学院理学系研究科教授)
竹宮惠子(漫画家、京都精華大学マンガ学部マンガ学科教授)

はじめにコーディネーターの池内氏からプレゼンテーションがあり、現在は宇宙が始まって130億年、地球が始まって46億年、ホモサピエンスが誕生して20万年、宇宙のことをアリストテレスが論じ始めて2500年、ビッグバン理論が出て60年の節目であることが指摘されました。

内井氏からは「地球を可能にした条件――ニュートンたちの思索」と題し、ニュートンがかつては地上とかけ離れていると考えられていた天文学と地上の力学とを、万有引力の法則で結びつけたこと。またそれをライプニッツ、アインシュタインなどが批判・発展させたことが紹介されました。

海部氏は「宇宙のなかの地球」と題し、われわれの住む太陽系と地球はどれほどの普遍性をもっているのかを問いました。地球の元になる岩石は宇宙の中にいくらでもあること。宇宙の中には氷がくさるほどあり、それに比して地球はむしろ水が少なく、ちょうどいいくらいに水を失った惑星であること。有機物の根幹である炭素も、宇宙にはくさるほどあること。したがって地球は珍しいものではなく、宇宙には地球の材料どころか生命の材料があふれていることが指摘されました。この宇宙でわれわれの住む太陽系・地球が形成される確率は0.01%です。われわれの属する天の川銀河には、推定で1000億個の惑星があることを考えると、生命が存在しうる惑星はわれわれの銀河だけでも1000万個あることになります。

佐藤氏は、誕生まもない小宇宙がインフレーション(急激な膨張)により一瞬で巨大な宇宙になるとする「インフレーション宇宙論」の提唱者の一人です。同氏は、現代物理学が誕生から100年で宇宙のおおよその進化像を描き出したこと。人間は宇宙の中ではかない存在であるけれども、「宇宙誌」の中で自らの位置を知った素晴らしい存在であること。人間は宇宙の中でちっぽけな存在というのは、絶対神をもつキリスト教的な考えであることを指摘しました。さらに、現代は環境問題というよりグローバリゼーションと過剰流動性による人間社会の不安定化が問題で、同氏の友人マーティン・リースは、いまや個人が地球社会を滅ぼしうる時代になったと言っていること(マーティン・リース著、堀千恵子訳『今世紀で人類は終わる?』草思社、2007年)。人間の心は出アフリカの頃から進化しておらず、21世紀は人類が自滅の道を歩むか、宇宙生命として飛躍するかの分岐点であること。宇宙人と出会わないのは、知的生命体は滅ぶからという話があるとの指摘も興味深いものでした。

最後のパネル・ディスカッションも知的刺激に満ちたものでした。以下、要点を採録します。

池内 むしろ宇宙物理学をやっている方のほうが、環境問題の重要性を指摘された。宇宙という確固たるものを研究していればこそ、地球のもろさが見えるのかもしれない。地球、人間は宇宙の普遍性とゆらぎのはざまにあるととらえてらっしゃるのかもしれない。人類には1/40の法則というのがある。40万年前にジャワ原人が火、つまりエネルギーを発見した。その1/40、1万年前には農業革命があり、文明が生まれた。その1/40、250年前には産業革命が起き、そのまた1/40の6年前から現在にかけて情報革命が進行している。

内井 アリストテレス、カント、ヘーゲルなどの文献を読んで倫理を考えるのではなく、もっと大きなスケールの中で、宇宙と地球の生態系の進化の中に、現代科学の知見の中に、倫理を位置づけて考える必要がある。私としては時間・空間の創成から論じたい。その際、進化論は絶対ぬかすことができない。

佐藤 アインシュタインが宇宙論を建設する際、こう言った。私が一番知りたいのは神がどのような原理によって宇宙をつくられたか。また神が宇宙をつくった時、選択の余地があったか知りたいと。もちろんアインシュタインは無神論者。しかし、宇宙物理学者はしばしば神という言葉を使う。その際の神とは宇宙を動かしている力という意味。物理学者にとっては、宇宙の物理法則が神だ。

海部 なんで宇宙物理学者が神とよく言うか。それは西洋の人だから。Christianity(キリスト教)の世界だから。そこでの神は象徴的な意味でしかない。進化というのは非常に大事。われわれは進化の結果、ここにいるのだから。われわれは進化を超えていると思う。進化は倍々ゲームで進む。これは生物の基本的特性。問題なのは、人類文明はそれに輪をかけて倍々ゲームであること。それを止められるのか。そう考えると悲観的になる。一方でわれわれはそれを知っている。ホモサピエンス、知る動物だから。地球は人間なんか必要としていない。人間が滅んでも地球は存在する。だから「地球にやさしい」なんて乙女チックな言葉を使うべきではない。しかし、人間は自分の特質、知るという特質を有効に使うべきだ。

竹宮 想像力が新しい理論を生む。

佐藤 イマジネーションというのは経験の中で積まれた「暗黙知」だ。

海部 人間が知るというのは、将来を知ることでもある。人間はどこから始まったかといえば、人間が死ぬと知った時とも言える。知るということとイマジネーションは表裏一体。今大事なのは、知識を最大限に広げて、イマジネーションを最大限に広げることだ。

人類史を宇宙史の中で位置づけること、またそれを行うための総合的な学問が希求されています。そこでは生態系の調和もふくめた平和が論じられる必要があるでしょう。人間社会のことを人間社会によってのみ論じる時代ではなくなりつつあります。今回のフォーラムで、ますますその感を強くしました。