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抱きしめ合う知恵を

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第15回

新年が明けた今朝、NHKで、NHKスペシャル シリーズ「遷宮」第1回「伊勢神宮〜アマテラスの謎」が放送された。

番組によれば、倭国が日本と名乗り、日本人が独自の式年遷宮を始めたのは、強大な唐の文明に対抗するためであった。

初め日本人は山や太陽、自然そのものを神として信仰していた。太陽は岩上祭場で祀り、天に突き出した岩の上に太陽を表す鏡を天に向けて奉納した。

それが途中から、太陽はアマテラスという人の姿をした神に変わり、祭場も岩陰になり、人が生活するのに必要な衣服や食器を奉納するようになった。 天皇家はアマテラスの子孫であるという権威づけのためには、太陽は自然そのものでなく人の姿をしている必要があった。

日本が国家として初めて編纂した正史である『日本書紀』は、第1巻から順に書かれたわけではない。 日本書紀は全編漢文で書かれていて、文体を見ると、途中のα群、初めのβ群、最終巻の順に書かれたことがわかるという。

当時の近代史であるα群は、来日した中国人によって正しい古代中国語で書かれた。アマテラス含む神話から始まるβ群は、来日した中国人から中国語を習った日本人が書いた。「鎮座」「常世」という中国語にはない和製漢語が多く、中国語としては誤りだらけの内容である。β群は後から付け加えられた。

兄弟や親戚に皇位を譲るという習わしを破って孫に皇位を継がせたかった持統天皇は、天上のアマテラスが孫のニニギを遣わして地上を支配させるという天孫降臨神話で、自分のやりたいことを正当化する必要があった。だから神話の部分は、(当時の)現在にとって都合の良い過去として付け加えられたものである。以上が、わたしが番組から学んだ内容だ。

日本人が中国人に精一杯反抗しても、そもそもDNA鑑定によると日本人の祖先の約4割は中国大陸からやって来た(『Discover Japan』2012年8月号特集「ニッポン人はどこから来たの?」枻出版社 参照)。しかも、『日本書紀』を書いた当時は、自分たちの文字を持っていなかったから、独立を宣言するための歴史も中国語で書かねばならなかった(漢字をもとにしてひらがなやカタカナが生まれるのはその後のことである)。

これらのことからも中国は親で日本は子であることがわかる。日本の始まりは子の親離れのようなものであった。

2013年12月26日、安倍晋三首相は靖国神社を参拝した。これは日本の軍国主義を封じた第二次大戦後の国際秩序に対する反抗である。アジア太平洋地域を侵略したことの反省とその後の友好平和の努力を踏みにじり、自らの不戦の誓いを破るものである。文明の親としての中国、民主主義の親としての米国への反逆である。安倍首相は日本のルーツも、民主主義も、不戦の誓いもないがしろにしている。日本を大日本帝国に戻そうとしている。

そのような人間が相争って共に滅んでいく事態を避けようという思いを原点として、オーストラリアのデイヴィッド・クリスチャンはビッグ・ヒストリーを、ロシアのアコプ・ナザレチャンはメガ・イストーリヤを打ち立てた。ところが、これらは自らを科学的世界観であるとし、これらの産みの親である神話的・宗教的世界観と対決している。これらもまた子の親離れの段階にある。

子が親から自立するためには一時の反抗期が必要だろう。しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。子もまた親となり、次の世代を生み、育み、抱きしめる番が来る。何より、親がいなければ子は存在しなかった。それが反面教師であろうが何であろうが、自分が今存在し生きている、その一点だけで親が存在した意味がある。

正月を一家団欒で過ごすのは、人間が仲睦まじく愛情をもって暮らしていくための知恵のひとつである。それは学問を経ずとも人びとが学び知っている大事なことである。だから人びとは毎年毎年集い合うのだ。日本も、ビッグ・ヒストリーも、今日この時に人びとが実践している偉大な知恵に学ばねばならない。その知恵は、親と子が、兄弟親戚が、抱きしめ合い、抱きしめ合うように接する光景の中にある。わたしたちは、抱きしめ合うために生まれてきたのだ。

2014年元旦

「隕石の地球落下に想う」への返信(2)

のぶおパレットつじむら

2月15日の晩、テレビ朝日「報道ステーション」に惑星物理学者の松井孝典さんが出演し、ロシアへの隕石落下について、次のように解説されました。「今日落ちた隕石は重さは10トンと推測されている。密度から考えると直径は10メートルくらいになる。直径100メートルくらいの隕石なら1000年に1度、ユカタン半島に落ちた(恐竜絶滅の原因となった)直径10キロメートルほどの隕石だと6000万年から1億年に1度くらい落ちて来る。」(大意)

2010年3月、松井さんと国際ビッグ・ヒストリー学会の中心人物である地質学者ウォルター・アルヴァレスさんを含む科学者の国際チームは、メキシコ・ユカタン半島に残る小惑星(と呼べるほど大きな隕石)の衝突跡を調査し、6550万年前に恐竜を中心として地球に生息していた60-70%の生物種が絶滅した原因は、天体衝突以外に考えられない、ということを結論づけ、恐竜絶滅原因論争に決着をつけました。

これを報じた新聞記事によれば、約6550万年前、直径10-15キロメートルの小惑星が当時は海だったユカタン半島に秒速20キロメートル(弾丸の約20倍の速さ)で衝突し(そのエネルギーは広島型原爆の10億倍に相当)、直径180キロメートル以上のクレーター(衝突吼)ができました。衝撃波と熱線が走り、マグニチュード11以上の地震と高さ300メートル以上の津波が起こり、1000億から5000億トンの硫酸塩やすすが大気中に放出されて太陽光をさえぎり、酸性雨や寒冷化を引き起こし、植物プランクトンの光合成が長期間停止するなど生物の6割が絶滅したそうです。(「恐竜絶滅 原因やはり小惑星」『朝日新聞』2010年3月5日朝刊)

隕石衝突による天変地異が、当時の生態系の頂点に立っていた恐竜を滅ぼさなければ、その後の哺乳類の大繁殖もなく、哺乳類の中から人間が現れてくることもなかったかもしれません。最近では地球に現存する水も、生命の元となる有機物も、宇宙から飛来した彗星や隕石がもたらしたとも考えられているようです。宇宙からの飛来物なしには、今の地球に水も生命も存在しなかったかもしれません。そうなると、隕石の落下・衝突自体は、人間にとっては恵みでもあり災いでもあるとも言えそうです。慈悲深く恐ろしい神というのは、人間が自然に相対したときに抱く自然な思いであり、体験からの学びであったのでしょう。

今回ロシアに落ちた隕石の何倍もある、直径100メートル級の隕石が1000年に1度は落ちたとなると、人間の歴史は2、30万年と言われていますから、その間に2、300回は落ちたことになります。人間が滅びず生き続けていくならば、今回以上の隕石が落ちて来るのは確かなようです。

フィクションの力:映画《希望の国》を見て

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」 第14回

先週の火曜(10月16日)、エネシフジャパンが主催した園子温 SONO Sion 監督の映画《希望の国》の試写会とトークショーに参加して来ました。 エネシフジャパンは、2011年に始まる3・11東日本地震・津波・原発災害を受け発足した有志の活動体です。「原発にも石油石炭天然ガスにも頼らない日本を創ろう。:500年後も1000年後も安心な国づくり」をモットーとして、日本を自然エネルギーにシフト(移行)させる(これがエネシフジャパンの意味です)べく、議員、学識者、市民共同の勉強会を2011年の4月から開いており、わたしも時折参加しています。(*37)

映画《希望の国》はフィクションです。舞台は東日本大震災から数年後の日本。福島県と同じく原発を持つ「長島県」という架空の地方自治体が、地震と津波に襲われ、再び原発事故が起こります。長島原発から半径20km圏内の鈴木家は強制避難となり、隣家で20km圏外の小野家は待機扱いとなります。映画ではこの2つの家族のたどる運命が、静かに美しく描かれていきます。福島発の原発災害があったにもかかわらず、また同種の過ちを繰り返してしまうという設定が、現在進行形の問題と格闘している罹災者(りさいしゃ)を必要以上に痛めつけることなく、かつ警世の意義を保つことを可能にしています。

試写会後のトークショーで園監督は、(国、地方自治体、電力会社ではなく)あくまで被災した家族を描いた理由を、「国が言ったからそうしよう、というのでは抵抗力は生まれない。個人、家族を単位として考えれば、考えるための基礎ができる」(主意、以下同様)からだと述べられていました。社会の矛盾やしわ寄せは、個人の生活に凝縮して現れるものです。

わたしはこの映画を見て、フィクションの力を改めて感じました。デイヴィッド・クリスチャン David CHRISTIAN の標榜するビッグ・ヒストリーは、科学と歴史学に立脚した万物のノンフィクションの物語です。科学と歴史学では当然、実証ということが重視されます。しかし、来るべき未来の破局は、現実のものとなり、「実証」されてしまってからでは遅いのです。その意味で、フィクションが果たす役割は大きいと言えます。

こんな時わたしが思い出すのが、ジョン・レノン John LENNON の歌う〈イマジン〉 Imagine です。過去に存在した現実、現に存在する現実にとらわれることなく、「想像してごらん」と歌いかける優しいメロディーが胸にしみわたります。(歌詞は動画をご覧ください。)

▼ John Lennon “Imagine” (1971)

最後に一つだけ「ネタバレ」をしましょう。 日本語で《希望の国》、英語で THE LAND OF HOPE (希望の地)というこの映画のタイトルは、映画の始まりではなく終わりに登場します。「それが希望なのか、絶望なのか、映画を観た後に判断してほしい」「映画というのはたくさんのメッセージを詰めこむメディア(媒体)ではなくて、巨大な質問状を突きつけるもの」であるという監督の思いからです。

映画自体は決して明るいとは言えない内容です。にもかかわらず、そうしたフィクションを通して自らを省み、現在の行動を変えていくことができるという”学び”の中にこそ、「希望の地」は輝くのでしょう。想像してごらん、この手のなかに「希望の地」を。


(*37) なお、昨年来原発見直しの気運が高まる一方で、脱原発・反原発を目指す人びとの間で、最終目標やそれを達成するための手順・路線をめぐり、仲たがいが起きているが、ここではそのことには触れない。この社会運動の顕著な特徴の一つは、そうした分裂と対立を含みつつも、裾野(すその)の広い参加者を得ていることである。一方で子を持つ母、若い女性たちの参加が目立ち、他方で「反原発は左翼のやるもの」というイメージを破って、右翼・保守だからこそ原発に反対するという人びとが現れている。

クリスチャン『時間の地図』注解〈5〉 人類進化研究の日進月歩

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第13回

クリスチャンの分類の元ネタ
クリスチャンさんが『時間の地図』で採った人間の分類の元となっているのは、初版・第2版ともに、英国のサイエンス・ライター(科学作家)ロジャー・ルーウィン Roger LEWIN が1999年に出した『図解入門 人類進化』第4版(邦訳『ここまでわかった人類の起源と進化』)です。(*30) その『図解入門 人類進化』第4版の分類の元となっているのは、米国の分子進化学者・分子系統学者のモリス・グッドマン Morris GOODMAN が1996年に『分子系統学と進化』誌に発表した論文です。(*31)

ルーウィンさんはグッドマンさんの分類を、クリスチャンさんはルーウィンさんの分類を参考にし、それぞれ元の分類をアレンジ(改編)したものを使っています。(*32) 3者の異同は大きく2点にまとめられます。

第1は人類と類人猿の関係です。グッドマンさんとルーウィンさんはともに、人類と類人猿は別物であると考えており、ヒト科 Hominidae を「人類と“全て”の類人猿」を指すものとして使っています。反対に、クリスチャンさんは人類、チンパンジー、ゴリラをまとめて「大型類人猿」great apes としており(*33)、そうすると人類も類人猿に含まれる、ということになります。彼はヒト上科 Hominoidea を「人類と類人猿」を指すものとしていますが、正確には「人類と“その他”の類人猿」あるいは「人類を含む“全て”の類人猿」と言うべきでしょう。

第2は「人類」に当たるグループを何と分類するかです。グッドマンさんの分類では、属の分類まで下ってようやく「人類」に当たるグループが現れます。対してルーウィンさんとクリスチャンさんの分類では、亜科の段階で「人類」に当たるグループが登場します。

分類というのは論者によって異なり、賞味期限があり、どの分類項目が「人類」に当たるかは固定されたものでないことがわかるでしょう。

『時間の地図』第2版は初版の分類のままなので、第2版が出版されたのは2011年でも、内容は初版が出た2004年時点のものになります。ということは、クリスチャンさんの分類はすでに古くなっていますが、「人類はチンパンジーとは違う、人間は人類の他の種とは違う」という肝心の点は専門家の最近の分類を見ても変わりません。大事なのは大要をつかむことです。初めに骨格をつかめば、そこから肉づけも検証も修正もできるからです。

最近の成果
なお人類進化史の最近の成果については、専門家の手によるものでは、
写真と図版が豊富でおすすめの Chris Stringer / Peter Andrews, The Complete World of Human Evolution, revised edition (Thames & Hudson, 2012) = クリス・ストリンガー/ピーター・アンドリュース(馬場悠男/道方しのぶ訳)『改訂普及版 人類進化大全:進化の実像と発掘・分析のすべて』(悠書館、2012年)(旧版の訳書も出ていますのでご注意を);
米国の大学の人類学部で教科書として使われている Robert Boyd / Joan B. Silk, How Humans Evolved, 5th edition (W. W. Norton, 2008) = ロバート・ボイド/ジョーン・B・シルク(松本晶子/小田亮監訳)『ヒトはどのように進化してきたか』(ミネルヴァ書房、2011年)(原著の 6th editionが2011年に出たが、未邦訳);
溝口優司『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(ソフトバンク クリエイティブ、2011年)などの解説本があります。

初めの2冊は値が張り、とくに『ヒトはどのように進化してきたのか』は分厚いので、まずは新書で薄い『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』から始めるのも手かもしれません。

サイエンス・ライターによるものでは、河合信和『ヒトの進化 七〇〇万年史』(筑摩書房、2010年)が、2010年の発見までを体系的に紹介してくれる良書です。『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』でも、参考文献として挙げられています。

専門家ほど「教科書」が書けない
サイエンティスト(科学者)は研究のプロ、サイエンス・ライター(科学作家)はその成果を説明するプロです。自分で何かをやれる能力と、それを人にもわかるように話せる能力は別です。それに、科学作家は研究の面ではアマといっても、プロの成果を継続して追いかけ、勉強していなければ、正確な理解も解説もできないものです。

現代は科学が猛烈に進んで、それに着いて行けない人びとを大量に生み出す一方、科学者が科学の成果を市民にわかりやすく説いて聞かすとも限らないので、その架け橋となる科学作家の存在が重要となるのです。(*34)

先ほどあげたルーウィンの著作の訳者・保志宏 HOSHI Hiroshi さんはこう述懐しています。(*35)

人類進化学にとってのこの10年〔1989-1999年のこと:辻村〕は、まことにシュトゥルム・ウント・ドランク(激動)の時代であった。ようやくおおかたの一致を見始めていた共通理解の多くが、もろくも崩れ去っていったのである。かかる事態にあっては専門家であるほど“教科書”が書けない。たとえ書いたとしても、書物として出版されるまでの間に何が起こるか解らない。次第によっては、書店に並んだとたんに古くなってしまうことも覚悟せねばならない。これはつらいことである。

本書の原著者は自らを“spectator”(傍観者)と称しているように、専門家ではない。それ故にかえってジャーナリストのような立場で人類進化学の現状を書くことができたのである。

な、なるほど。専門家が本を出すのをためらうほど、日進月歩なのですね。現に、わたしが10代に習ったおぼえのある「猿人→原人→旧人→新人」というハシゴ状の単純な進化の図式も、今では過去の遺物とのことです。(*36)

この図式は、今では全く成立しない。猿人のいた時代に原人に当たるホモ・エレクトスが早くも現れていたし、旧人の代表とされたネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)の時代にアジアにはなおホモ・エレクトスが生き残っていて、さらにアフリカではネアンデルタール人よりも早くに早期ホモ・サピエンスが活動しており、つい1万数千年前までインドネシアのフローレス島で猿人の類型かもしれない種が生存していたことが、現在では明白となっているからだ。

自分の得た知識が、知らぬ間にどんどん賞味期限切れになってゆく。あなおそろしや。

とはいえ、これは初心者にとっては、過去の膨大な著作群に惑わされず、ストレートに最新の成果に親しんでいけばよいということで、気楽な面があります。本を買うにしろ、ネットで検索するにしろ、できるだけ最近の成果にふれることが先決でしょう。翻訳書の場合は今年出たものでも、原書は何年か前のものということが珍しくありません。原書がいつ出たのかも併せてチェックする必要があります。

一応の注解としては、これで十分でしょう。今回は終わってみれば、天地人についてのお話でした。 (おしまい)


(*30) Christian, Maps of Time, 1st & 2nd editions, p. 522, note 29. Roger Lewin, Human Evolution: An Illustrated Introduction, 4th edition (Oxford: Blackwell Science, 1999) = R. ルーウィン(保志宏訳)『ここまでわかった人類の起源と進化』(てらぺいあ、2002年)。同出版社(てらぺいあ)は、原著の 2nd edition についても『人類の起源と進化』という(「ここまでわかった」というのが無い)タイトルで訳書を出版している。また原著の 5th edition が2004年に出ているが、これについては未邦訳である。

(*31) Lewin, Human Evolution, 4th ed., pp. 85-86 = ルーウィン『ここまでわかった人類の起源と進化』 91-93ページ。 Morris Goodman, “A Personal Account of the Origins of a New Paradigm” Molecular Phylogenetics and Evolution, 5 (1), 1996.

(*32) ここで本文では省いたグッドマン、ルーウィン、クリスチャンの分類の違いを示す。ことにルーウィンが『図解入門 人類進化』第4版で採った分類については、該当箇所(一つ前の注を参照)に重大な誤訳が認められるので、ここで訂正しておく。
     グッドマンが1996年に採った分類では、ヒト科 Hominidae は「人類と全ての類人猿」を指し、それがテナガザル亜科 Hylobatinae とヒト亜科 Homininae に分かれ、ヒト亜科はオランウータン族 Pongini とヒト族 Hominini に分かれ、ヒト族はゴリラ亜族 Gorillina とヒト亜族 Hominina に分かれ、ヒト亜族がチンパンジー属 Pan とヒト属 Homo に分かれる。「人類」に当たるグループは、属まで下ってようやく現れる。
     ルーウィンが1999年に採った分類では、ヒト科 Hominidae はグッドマンと同じく「人類と全ての類人猿」を指し、それがテナガザル亜科 Hylobatinae 、ゴリラ亜科 Gorillanae 、チンパンジー亜科 Paninae 、ヒト亜科 Homininae の4つに分かれる。「人類」に当たるグループは、亜科まで下った段階で登場する。
     クリスチャンが『時間の地図』で採った分類では、ヒト上科 Hominoidea が「人類を含む全ての類人猿」を指し、それはテナガザル科 Hylobatidae 、チンパンジー科 Pongidae 、ヒト科 Hominidae の3つに分かれ、ヒト科はゴリラとチンパンジーを含むゴリラ亜科 Gorillinae とヒト亜科 Homininae に分かれる(Christian, Maps of Time, 1st & 2nd eds., p. 127)。「人類」に当たるグループは、ルーウィンと同じく亜科に至って分岐する。

(*33) Christian, Maps of Time, 1st & 2nd eds., pp. 121, 154.

(*34) ビッグ・ヒストリアンたちも、各々が元々専門としていた分野ではプロの研究者だが、その他の分野ではサイエンス・ライターと同じようなことをしている、と言えるかもしれない。

(*35) 保志宏「訳者あとがき」ルーウィン『ここまでわかった人類の起源と進化』233ページ。

(*36) 河合信和『ヒトの進化 七〇〇万年史』(筑摩書房、2010年)10ページ。書名がややまぎらわしいが、著者が本書で「ヒト」としているのはホモ・サピエンスのみであり、したがって、700万年の歴史を持つとされるのはヒトではなく「ヒト族」(著者の言うホミニン hominin の和名)である。
     クリスチャンの使う語ではホミナイン hominine がこれに当たる。ただし、彼のDVD講義を見ると(『時間の地図』と同じく「人類」に相当する区分をhominineと表記した上で)オーストラリア式なのかホミニンと発音している。しかし hominine はホミナインと発音して、その下位のホミニン hominin(クリスチャンの分類には無い)と区別するのが通例のようである。

クリスチャン『時間の地図』注解〈4〉 自然史と人間史を分かつもの

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第12回

クリスチャンの用語法
クリスチャンさんはよく、滅んだ人類と生き残った人類の両方を指したいときは hominines (ヒト亜科の人びと)(*29)、生き残った人類だけを指したいときは modern humans (現生人類/現代人)という言い回しをします。

重要なのは、クリスチャンさんが human history と言うとき、それは「人類史」ではなく「人間史」を意味するということです。それは彼が human history の始点を、チンパンジーの系統と枝分かれしたと見られる約700万年前ではなく、ホモ・サピエンスつまり人間が出現したと見られる約20-30万年前と考えていることから明らかです。「人類史」は約700万年、「人間史」は約20-30万年、「文明史」は約1万年の射程を持ちます。

クリスチャンさんは、人類と人間を分かち、動物と人間を分かち、自然史 natural history と人間史 human history を分かつものは、collective learning (コレクティヴ・ラーニング)、つまり集積的学習と考えています。カンタンに言えば、人間だけが時間と空間を飛び超えて知識を伝達し、集積させつづけ、それらに学んで環境に対処することができた。だから生きのび、ここまで発展できた、ということです。

思うに、そのことは本屋にいてもわかります。ある程度の規模であればどこの書店でも、時代も地域も異なるソクラテスや孔子の本が置いてあり、彼らの考え方と生き様に時空を超えてふれることができるようになっています。(もちろん、彼らは本なんて一冊も書いていなくて、弟子たちが師匠の言葉を書き残したからこそ、今に伝わっているわけですが。)これは図書館でも同じことです。

あるいは、ことわざやおばあちゃんの知恵袋もそうです。文芸、歌や踊り、習俗もそうです。宗教上の聖典、口伝もそうです。教育と師弟は、その最たるものでありましょう。近年はこれにインターネットが加わりました。クリスチャンさんのビッグ・ヒストリー Big History は、そうして連綿と続いてきた collective learning の集大成と言えるのではないでしょうか。

この collective learning のアイディアは、クリスチャンさんが1990年代から一貫して言い続けてきたことであり、彼のビッグ・ヒストリーの核心です。collective learning は、big history 同様、彼が生み出した最も独創的な用語の一つと言えるでしょう。つまり、彼の言う人間の歴史とは、collective learning の発展の(そして、時に後退をともなう)歴史 なのです。 

これは一つのすぐれた創見です。ところが、このことがかえって人間を集積的にしかとらえないということにつながり、ためにビッグ・ヒストリーは「人間の顔が見えない」という批判を受けているのではないか、とわたしはにらんでいます。 (つづく)


(*29) だからといってhominines を「人類」と訳すのは、いらぬ混乱を招く。ロンドン自然史博物館のストリンガーとアンドリュースが今年出した『改訂普及版 人類進化大全』(悠書館、2012年)では、ヒト亜科にチンパンジー族とヒト族が含まれている。「族」 tribe というのは、亜科 subfamily と属 genus の間に設けられた追加の区分である。この分類では「ヒト亜科」ではなく「ヒト族」が「人類」に当たる。なおヒト族全体を指す場合は Hominini (ホミニニ)、その成員たち(ヒト族の人びと)を指す場合は hominins (ホミニンズ)と言う。

クリスチャン『時間の地図』注解〈3〉 人類と人間の違い

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第11回

人類と人間の違い
日本語で人類進化について記述する際は、「人類」と「人間/現生人類/ヒト」は区別されています。

大まかに言えば、進化の途上でチンパンジーの系統と枝分かれして以降の、わたしたちにつながる系統に連なるすべての動物または人びとが「人類」です。「人類」の中で、現代まで生きのびた唯一の種が、わたしたちホモ・サピエンス Homo sapiens です。現に生存している唯一の人類という意味で「現生人類」 modern humans とも言います。他の人類は全て絶滅しました。またmodern humans は「現代人」と訳されることも多いようです。

「人類」は、ホモ属以外の属(アウストラロピテクス属など)も含みますし、同じホモ属の異なる種(ホモ・エレクトスなど)も含みます。ところが「人類」と区別して「人間」と言うときは、異なる属、異なる種は含まず、現存種のホモ・サピエンスのみを指します。「ヒト」は Homo sapiens の和名です。

以上から、いったんは
「人類 = チンパンジーの系統と枝分かれした後の 生存種 と その近縁の絶滅種の全て」
「人間 = 絶滅をまぬがれた人類の生存種 = 現生人類 /現代人 modern humans = ヒト(ホモ・サピエンス) Homo sapiens 」

と現行の表記を整理することができます。

英語の human や humans は、ここで言う「人類」の意味(広義のヒューマン)も、「人間」の意味(狭義のヒューマン)もどちらも含んでいます。humans だけでは、どこまでを指すのか判然としません。ですから、わざわざ “modern” をつけて、humans の意味範囲を(生き残った人びとに)限定しているわけです。 

ただし、英語でも日本語でも、近年の進化学上の系統分類にこだわりを持っている人たち(要はマニアックな人たち)の書いたもの以外で、そうした区別にこだわる必要はないでしょう。なんてったって、書いた本人がこだわっていない可能性がありますからね。

どうも生物のグループ分けは、人間が勝手に国境を引くのと似ているような気がします。人類は他の動物とは違う、人間は他の人類とは違う、ということを強調しすぎるのはいけません。現代人の多くを悩ます「メタボ」と「肥満」は、いずれも「動物」としての本分をまっとうしていないところに根があるのではないでしょうか。自動車や電車で出勤し、職場では机でじっとしている。歩くことすら厭(いと)う。これでは「動物」ではなく「静物」です。 (つづく)

クリスチャン『時間の地図』注解〈2〉 クリスチャンの人間の分類法

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第10回 

3.人間の分類と位置

3つ目は、地球生命の中でわたしたち人間をどう位置づけるかです。現在もっとも広く認められている生物の分類法は、「界 kingdom > 門 phylum(動物の場合), division(植物の場合) > 綱(こう) class > 目(もく) order > 科 family > 属 genus > 種(しゅ) species 」という順で下位に分かれていきます。

人類の進化史についても、新たな発見の度に書き換えられるため、分類の呼称やその呼称に何が含まれるかについて、当然さまざまな違いがあります。こうした分類は下に降れば降るほど、すなわちわたしたち「人間」に近づけば近づくほど、その分類自体が論争の種となり、書き換えられる頻度も高くなります。

クリスチャンの人間の分類法
ここではまず、クリスチャンさんの採る分類法を、『時間の地図』にもとづいて紹介します。(*28)

上界 superkingdom
真核生物上界 Eukaryota (ユーケァリオータ)
真核生物 eukaryotes (ユーケァリオーツ)
(細胞核をもつ生物)

界 kingdom
動物界 Animalia (アニメリア)
動物 animals (アニモーズ)
(〔光合成ができないため移動して〕他の生物を摂取する真核多細胞生物)

門 phylum
脊索(せきさく)動物門 Chordata (コーデイタ)
脊索動物 chordates (コーデイツ)
(背骨のある動物)

綱 class
哺乳綱 Mammalia (マメイリア)
哺乳類 mammals (マモーズ)
(温血で毛皮におおわれ、生まれる前はメスの体内で、生後は母乳で養育される動物)

目 order
霊長目 Primates (プライメイツ)
霊長類 primates (プライメイツ)
(サル、キツネザル、類人猿)

上科 superfamily
ヒト上科 Hominoidea (ホミノイディア)
ヒト上科 hominoids (ホミノイズ)
(人類と〔その他の〕類人猿 = チンパンジー、ゴリラ、テナガザル、オランウータン)

科 family
ヒト科 Hominidae (ホミニダイ)
ヒト科 hominids (ホミニッズ)
(大型類人猿 = 人類、チンパンジー、ゴリラ)

亜科 subfamily
ヒト亜科 Homininae (ホミニナイ)
ヒト亜科 hominines (ホミナインズ)〔=人類〕
(習慣的に二足で歩く霊長類 = 人間と過去4、500万年間の種々の祖先)

属 genus
ヒト属 Homo (ホモ)

種 species
ヒト Homo sapiens (ホモ・サピエンス)〔=人間〕

以上がクリスチャンさんの『時間の地図』で採用されている分類です。ここで何点か補足しておきます。

第1に、このような生物の分類を始めたのは、18世紀の博物学者カール・フォン・リンネ Carl von LINNÉ で、それが改定に改定を重ねられて今日に至っています。上界(じょうかい)や亜科(あか)というのは、後から追加された分類です。

第2に、分類ごとに、グループ全体を指す名称(大文字で始まる)と、それらに属する成員たちを指す名称(小文字で始まる)が異なっているため、注意が必要です。例えば、真核生物上界 Eukaryota がグループ全体を指し、真核生物 eukaryotes がそれに属する成員たちを指す、といった具合です。(後者は数えられるので、複数形があるわけです。)

第3に、これはあくまでクリスチャンさんの分類であって、これが最新の分類ではないし、異なる分類もある、ということです。これについては後でふれます。

最後に、わたしはここでクリスチャンさんの原文の humans という表現を、意図的に「人類」と「人間」に訳し分けています。語の意味する範囲が異なるからです。 (つづく)


(*28) Christian, Maps of Time, 2nd ed., pp. 120-121, 125-127, 153ff. 〔 〕内は辻村による補足。

クリスチャン『時間の地図』注解〈1〉 宇宙の始まり、地球の地質年代

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第9回

中西治 NAKANISHI Osamu さんがユニバーサル・ユニバーシティー(UU)の開校講義草稿で、デイヴィッド・クリスチャン David CHRISTIAN さんの『時間の地図』(Maps of Time)第2版の年表類をまとめています。そこで今回は、これを読み解く際に必須と思われることがらについて、大きく3点に分けてお話しします。

中西さんが紹介されたように、日本で昨年異例のヒットを果たした『世界史』(中公文庫)の著者ウィリアム・H・マクニール William H. McNEILL さんは、『時間の地図』に序文を寄せ、「ニュートン、ダーウィンに類する偉大な業績」と讃えています。(*24) ニュートン NEWTON が地上界と天界、ダーウィン DARWIN が人間界と自然界を結びつけ、そこに一貫するものに目を向けたように、クリスチャンさんは、人間史と宇宙の創成以来の自然史を結びつけました。(もちろん、先駆者は多岐にわたります。)

マクニールさんは、ビッグ・ヒストリーがまだ知られておらず、マイナーだった頃から引き立て、援助を惜しみませんでした。ために、“わが子”がかわいいという面もあるのでしょう。実際、世界史学の泰斗(たいと)としての彼の威信と、資金援助も含めた激励がなければ (*25)、ビッグ・ヒストリーがこのように早く日の目を見ることはなかったかもしれません。クリスチャンさんは、いわばマクニールさんの「推しメン」なのです(笑)。

では、前置きはこのくらいにして、本題に入ります。

1.宇宙の始まり

現在の宇宙論では、ビッグバンは宇宙の始まりとは考えられていません。まず初めに「無」に近いような量子のゆらぎがあり、それがインフレーション(急激な大膨張)を起こして、ある時点で止まります。すると今度は、膨張のエネルギーが熱に転じて、宇宙全体が大爆発を起こす。これがビッグバンです。ビッグバン以降は膨張のスピードがゆるやかになりましたが、それでも膨張は加速しつづけています。

初めに、正体のまだよくわからない凪(なぎ)のような状態があり、それが急にふくらんで、止まったかと思えば大爆発して、今に至る、というわけなのです。ですから、今わかっているところでは、「ビッグバンの前にインフレーションがあり、インフレーションの前には量子のゆらぎと言われる宇宙の状態があった」ということになります。

それをふまえた上で、あえて「宇宙はビッグバンから始まった」という表現をとるにしても、それはインフレーションをふくめて漠然と宇宙の始まりを指す「広義」の用法であって、通常は「狭義」、つまりインフレーションの後に現れた火の玉状態の宇宙の意味で用いられます。

こうした基本的なことをふくめ、最新の宇宙論の成果の大枠をとらえたい方は、
小難しい説明をバッサリ切った 竹内薫『ざっくりわかる宇宙論』(筑摩書房、2012年);
フルカラーのイラストでわかりやすい Newton別冊『大宇宙――完全版――』(ニュートンプレス、2012年);
観山正見・小久保英一郎『宇宙の地図』(朝日新聞出版、2012年)
などを参照されるのもよいかもしれません。

最後の『宇宙の地図』は、わたしたちの等身大サイズから撮影しうる限りの宇宙の果てまで、「10の何乗」という尺度で段々と大きな画像へ移行していき、手軽な写真集として楽しめる一冊です。

そういえば、ビッグバン理論は神による天地創造とは質の異なる科学的な話だと思っている人もいるでしょうが、ビッグバン説が初めて出てきたときは、「光あれ」と言って神が創世したというのと同じじゃないかと言われて、うさんくさい話だと思われていたそうです。まあ、言われてみればたしかに似てますね。

2.地球の地質年代

次に、クリスチャンさんが「表A1. 地質学のタイムスケール」でとりあげた地質年代は、言及したいものだけ取り上げたごく大ざっぱな抜き書きに過ぎません。くわえて「地質学の代」 Geological Era の欄に「累代」 eon に当たる太古累代 Archean Eon が含まれていたり、「紀」 period の欄に「世」 epoch に当たる~新世(しんせい) -cene が含まれているなど、本来階層の異なる区分を同じ階層で扱っています。(*26) よって、初学者がこれを元に地質年代の層序を把握しようとするのは危険です。

現在国際的に認められている地質年代(地質学上の時期区分)は重層的なものですが、日本ではさらにその日本語表記が統一されていないという問題があります。そこで、それらを網羅的に整序するとともに、各単元(時期区分)の由来まで逐一説き明かした、専門家による最新の成果として、J. G. Ogg / G. Ogg / F. M. Gradstein, The Concise Geologic Time Scale (Cambridge University Press, 2008) = J. G. オッグ/G. M. オッグ/F. M. グラッドシュタイン(鈴木寿志訳)『要説 地質年代』(京都大学学術出版会、2012年)がおすすめです。くわえて、日本地質学会執行理事会「地質系統・年代の日本語記述ガイドライン」(日本地質学会HP、2010年) を参照すれば、これらの表記をめぐる混乱が察せられるでしょう。

地球の(公認の)地質年代は、「累代(るいだい) eon >代 era >紀 period >世(せい) epoch >期 age 」という順で下位の分類になっていくことが大前提です。(*27) era (イーラ)や period (ピアリオド)、age (エイジ)は人文社会科学系の時期区分でもよく使われますが、地質学上の用法とは区別しなければなりません。 (つづく)


(*24) William H. McNeill, “Foreword,” in Christian, Maps of Time, 2nd ed. (2011), p. xv. この序文は旧版(2004年)のため2002年に執筆された。

(*25) マクニールは、1996年にエラスムス賞(1958年創設、ヨーロッパにおいて文化の分野で多大な貢献をした人に贈られる賞)を受賞した際、その賞金の半分を、ヨハン・ハウツブロム Johan GOUDSBLOM とフレット・スピール Fred SPIER が始めたアムステルダム大学 University of Amsterdam のビッグ・ヒストリーの講座に寄付した。これにより、ビッグ・ヒストリーはオランダで一躍注目を集める。辻村、前掲「大きな歴史」、116-117ページ。

(*26) Christian, Maps of Time, 2nd ed., p. 504, Table A1. The Geological Timescale. 講義の板書で便宜的にこういうことをやるのはわかるが、本の一部として補足説明もなしに公刊するのは誤解をまねく。

なおクリスチャンが「地質学の代」の欄で、新生代 Cenozoic Era の下にかっこ書きで記した Tertiary (ターシャリー)は、その下位区分の第三紀(Tertiary Period)のことで、 かつて旧成紀(古第三紀) Paleogene Period と新成紀(新第三紀) Neogene Period の総称として使われたが、現在は非公認の区分となっている。

(*27) 先カンブリア時代 the Precambrian、冥王時代 the Hadean は、非公認の便宜的区分であるため、累代であるとか代であるといった格づけ自体がなされていない。

韓国・梨花女子大学、ビッグ・ヒストリーを導入

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第8回 

お隣・韓国でもビッグ・ヒストリーの教育が始まっています。デイヴィッド・クリスチャン David Christian さんは、2009年から韓国ソウルの梨花(イファ)女子大学 Ewha Woman’s University 世界史・全球史研究所 Institute of World and Global History にも勤めており、同年から主として英語でビッグ・ヒストリーの講座を開いています。

梨花女子大学の前身である梨花学堂 Ewha Haktang は、1886年李氏朝鮮時代のコリアに、メソディスト監督教会 Methodist Episcopal Church のアメリカ人宣教師メアリー・F・スクラントン Mary F. Scranton によって創立されました。これはコリア半島における女性のための初の教育機関であり、その教育はキリスト教的価値観にもとづくものでした。

同校は、1945年にコリアが日本の支配から解放されると、翌年には政府から公式に認可された初の四年制大学となります。1950年代には、当時およそ女性とは無縁と思われていた医学、法学、科学、ジャーナリズムといった学問の導入に踏み切りました。このように梨花女子大学は、コリアにおいて、女性の権利と社会的地位を向上・強化する先駆的役割を果たしてきたのです。

ではクリスチャンさんは、ここでどのような講義を行っているのでしょうか。2009年に彼がおこなった夏期講座「新しい世界史、全球史(グローバル・ヒストリー)、大きな歴史(ビッグ・ヒストリー)」のシラバス(講義要綱)によると、概要は以下の通りです。(*20)

本講座では、「ビッグ・ヒストリー」と呼ばれる「世界史」の新たな形態について学ぶ。世界史のあらゆる形態がそうであるように、ビッグ・ヒストリーは、ほとんどの大学で歴史教育を支配するネーション〔民族/国民/国家いずれの意味もある:辻村補足〕中心の観点を乗り越えようとするものである。代わってビッグ・ヒストリーは、歴史に迫るためのより人間中心で全球的な方法を提示する。受講者にはこの面白さを知ってもらいたい。

ビッグ・ヒストリーはあらゆるスケール(尺度)で過去を見渡すもので、宇宙の起源に始まり今日の全球的世界に終わり、それから未来を見つめる。いわば現代の創世の物語のようなものだ。ビッグ・ヒストリーは宇宙における人間の立場を理解するのを助ける世界史の一形態であり、そのために21世紀初頭のわたしたちに利用できる最善の科学的情報を用いるのである。

第1週 6/22~6/25
第1講 序論:本講座であつかう題目、受講者に求められる課題についての説明 またお互いの自己紹介も行う わたしはあなたの背景から何かを学びたいし、あなたもわたしの背景から何かを学ぶだろう
第2講 世界史とビッグ・ヒストリー 宇宙の万物はどのように創られたのか
第3講 恒星と銀河はどのように創られたのか わたしたちの太陽系はどのように創られたのか
第4講 わたしたちの地球の起源と歴史 期末小論文についての相談

第2週 6/29~7/2
第5講 生命、地球上の生命の起源と進化 生命は40億年かけてどのように進化してきたのか
第6講 人間の進化 人間を際立った存在にしているものは何か
第7講 人間史の最古の時代:旧石器時代
第8講 中間試験:これまでの講座について

第3週 7/6~9
第9講 農業の起源:歴史における根本的転換点
第10講 最初の国家と文明の創造
第11講 農業文明の進化
第12講 現代と工業革命

第4週 7/13~16
第13講 20世紀と今日の世界:期末小論文の提出
第14講 人間と環境
第15講 講座の復習と試験の準備
第16講 最終試験:講座全体について

教科書は、クリスチャンさんの自著『この儚き世界:人間の短い歴史』(This Fleeting World: A Short History of Humanity>)と、そのコリア語訳『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』です。(*21)

なお私は、かつて global history を地球史、globalization を地球化と訳しましたが、今はそれぞれ全球史もしくはグローバル・ヒストリー、全球化もしくはグローバリゼーションないしグローバル化とも訳しています。“global” には「地球の、地球的な、地球規模の」の他に「総合的・包括的な」「球形・球状の」という意味があり、「地球」の意味一本で行くと苦しいことになってくるからです。

歴史学者のパメラ・カイル・クロスレイ Pamela Kyle Crossley がウェルズ H. G. Wells の歴史を global history と言ったのは、「総合史」という意味でもありました。(*22) NASA のマーズ・グローバル・サーヴェイヤー Mars Global Surveyor も、火星の全球探査をするためのもので、火星と地球の両方を探査するというわけではありません。

それと、「全球」ではなく「総球」というのも考えましたが、せっかくお隣・中国に「全球化」といううまい訳語があることですし、それを使わせてもらったほうが相互の通じもよいだろうと思います。

くわえて、global history が地球史だと、主に自然科学の視点から地球の形成以来の物理的自然史を把握する earth history との訳し分けができません。global history の定義は論者によって様々ですが(*23)、そこでの最大の関心事は自然の歴史ではなく人間の歴史だからです。

また、今は「検索の時代」です。検索して上位に表示されるかどうかが、注目されるか否かの命運を分けます。私が「大きな歴史」という表記にこだわらず、「ビッグ・ヒストリー」とも記すのは、若い人が「big history というのがあるらしい」と知って検索をかけるならまずはカタカナか英語だから、という実践的判断も働いています。

幸い本コラムは開始から現在まで、一部の時期をのぞいて、Google で「ビッグ・ヒストリー」と検索した時の最上位を守っています。もちろんこれは、ビッグ・ヒストリーという分野への日本人の参入者が少ないのと、宣伝力の強い大手出版社が関連書籍を出版していないという好運に恵まれたからです。これからは質と量と技術を競う時代になるでしょう。


(*20) The syllabus of David Christian’s summer course, “New World History, Global History, and Big History” at Ewha Woman’s University, Seoul, South Korea in 2009. http://usm.maine.edu/sites/default/files/The%20Collaborative%20of%20Global%20and%20Big%20History/ChristianKoreaSyllabus.pdf

(*21) 데이비드 크리스찬 (김서형, 김용우 번역) 『세계사의 새로운 대안: 빅뱅에서 21세기까지, 글로벌 네트워크의 역사』 (거대사, 2009). (デイヴィッド・クリスチャン[キム・ソヒョン/キム・ヨンウ訳] 『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』 [ゴデサ、2009年]。)

(*22) 中西治『ロシア革命・中国革命・9.11:宇宙地球史の中の20-21世紀』(南窓社、2011年)43ページ。

(*23) その一部は過去にまとめた。辻村伸雄「地球宇宙史のための方法論的覚書」『ソシオロジカ』30(1)(創価大学社会学会、2005年)40-46ページ。

ビッグ・ヒストリー初の語句集

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第7回

円高の昨今、洋書を買うにはお得な時期が続いています。そんなわけで、今日は年末に我が家に届いた一冊デイヴィッド・クリスチャンほか編『バークシャー精選語句集 ビッグ・ヒストリー』を紹介します。これは『バークシャー世界史事典』第2版からビッグ・ヒストリーに関連した項目を集めた160ページほどの語句集です。(*17)

バークシャー出版社からはすでに同事典の初版からクリスチャンの単著『この儚き世界』がリリース(刊行)されています(*18)ので、今回の本はビッグ・ヒストリーがらみのスピンオフ(派生品)の第2弾となるわけです。

ユニヴァーサル・ヒストリーの復活
冒頭のクリスチャンによる「序論」は、『時間の地図』初版から第2版までの自分の研究をコンパクトにまとめた小論にもなっています。(*19) 一部を紹介します。

クリスチャンさんは、ユニヴァーサル・ヒストリーは古来の伝統だと言います。過去のほとんどの社会は、自分たちの住む宇宙と自分たちの共同体の存在と本質を明らかにすべく、利用可能な最善の情報を用いて、過去全体の一貫した統一的説明をつくりあげようとしてきたからです。

キリスト教世界では宇宙はおよそ5000から6000歳で、地球がその中心にあるとするキリスト教の宇宙論が、1500年間支配的でした。科学革命がキリスト教宇宙論の信用性を掘り崩した後ですら、歴史思想家たちはニュートン的な科学にもとづいてユニヴァーサル(普遍的)な時間と空間の地図をつくろうとしました。ヘーゲル Hegel とマルクス Marx が歴史を書いたのも、そのような伝統の中でのことでした。ランケ Ranke でさえ、晩年には自分でユニヴァーサルな歴史を書こうとしたのです。

けれど、ユニヴァーサル・ヒストリーの伝統は、19世紀末に突如決定的に消え入ります。ほどくなくして、H・G・ウェルズ Wells が『歴史のあらまし』(邦訳『世界文化史大系』)を著し、ユニヴァーサル・ヒストリーを試みました。この仕事はプロの歴史家には無視されましたが、それにはおそらく十分な理由がありました。ウェルズの叙述は時代を下れば下るほど、憶測にあふれ、確かな情報はほとんどなかったからです。ウェルズの時代にはやりたくてもやれなかったのだ、というのがクリスチャンさんの見解です。

60年前、自信をもって決定的な年代を言うことができたのは、書かれた記録が残っている場合だけでした。数千年以上前となると、信頼できる時系列はなにひとつ引けず、それ以前にいたっては年表のもやのようなものの中に姿を消していきました。ところが、1950年代にウィラード・リビー Willard Libby が炭素14の規則的放射性崩壊にもとづいた放射性炭素年代測定の信頼できる技術を初めて確立します。この方法は改良され、広く応用されて、他の年代測定技術と合わさって宇宙の起源にまでさかのぼり、わたしたちは今や19世紀には考えられないほどの厳密さと精確さでユニヴァーサル・ヒストリーを研究できるようになりました。

クリスチャンさんはこれを「年代測定革命 chronometric revolution」と呼び、それが現代においてユニヴァーサル・ヒストリーがビッグ・ヒストリーという新たな形で復活した主因だと主張します。ここではユニヴァーサル・ヒストリーとビッグ・ヒストリーではユニヴァーサル・ヒストリーのほうが古く、ユニヴァーサル・ヒストリーの現代的形態がビッグ・ヒストリーであるという言い方をしています。

収録語句一覧
執筆者別の担当項目は以下の通りです。人名の後のカッコの中にはおおまかな専門と現在の所属機関が記してあります。

     デイヴィッド・クリスチャン David Christian (ビッグ・ヒストリー、豪 マッコーリー大学)
        「序論:ビッグ・ヒストリー」 Introduction: Big History
        「アニミズム」 Animism
        「人新世」 Anthropocene
        「創世神話」 Creation Myths
        「人口成長」 Population Growth
        「宇宙の起源」 Universe, Origins of

     マーク・ネイサン・コーヘン Mark Nathan Cohen (人類学、米 ニューヨーク州立ニューヨーク大学)
        「扶養限度」 Carrying Capacity

     ヴィルフリート・ヴァン・ダメ Wilfried van Damme (アート史、独 ライデン大学 、ベルギー ヘント大学)
        「旧石器時代のアート」 Art, Paleolithic

     D・ブルース・ディクソン D. Bruce Dickson (人類学・考古学、米 テキサスA&M大学)
        「飼育栽培、植物と動物」 Domestication, Plant and Animal
        「絶滅」 Extinction

     ドナルド・R・フランスシェティ Donald R. Franceschetti (物理学、米 メンフィス大学)
        「宇宙論」 Cosmology

     ヨハン・ハウツブロム Johan Goudsblom (社会学、蘭 アムステルダム大学名誉教授)
        「人類圏」 Anthroposphere

     ポール・ホーム Poul Holm (環境史、アイルランド ダブリン大学トリニティ・カレッジ)
        「大洋と海」 Oceans and Seas

     ジャック・D・アイヴス Jack D. Ives (地理学、カナダ カールトン大学)
        「山脈」 Mountains

     クリストファー・C・ジョイナー Christopher C. Joyner (国際法学・南極、米 ジョージタウン大学)
        「氷河期」 Ice Ages

     ミュレイ・J・リーフ Murray J. Leaf (社会人類学、米 テキサス大学)
        「農耕社会」 Agricultural Societies

     ジェイムズ・ライド James Lide (ヨーロッパ史、米 ヒストリー・アソシエーツ有限会社)
        「古代のオセアニア」 Oceania, Ancient

     ジェイムズ・ラヴロック James Lovelock (地球科学、英 独立した研究者)
        「ガイア理論」 Gaia Theory

     アダム・M・マッキーオン Adam M. McKeown (グローバル・ヒストリー、米 コロンビア大学)
        「移民」 Migration

     J・R・マクニール J. R. McNiell (環境史、米 ジョージタウン大学)
        「生物の行き交い」 Biological Exchanges
        「人口と環境」 Population and the Environment

     ウィリアム・H・マクニール Willam H. McNeill (世界史、米 シカゴ大学名誉教授)
        「疫病」 Diseases
        「熱帯園芸」 Tropical Gardening

     ジョン・ミアーズ John Mears (世界史、米 サザン・メソディスト大学)
        「人類の進化」 Human Evolution

     アンソニー・N・ペナ Anthony N. Penna (環境史、米 ノース・イースターン大学名誉教授)
        「気候変動」 Climate Change

     オリヴァー・ラカム Oliver Rackham (植物学、英 ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・カレッジ)
        「樹木」 Trees

これらは元来世界史の事典項目として書かれたため、これらを通読すればビッグ・ヒストリー研究の概要がわかるというものではありませんが、一瞥して、ビッグ・ヒストリー、すなわち人間の歴史を宇宙の歴史からとらえ返すにはエコロジーの視座が必要だと感じさせる布置です。ecologyはふつう「生態」と訳されます。平たく言えば生物と環境の相互関係のことです。だから、必ずしも生態と訳さなくてはいけないということはなく、たとえば「生環相関」と訳してみたり、ecological なんたらと続くときは「生環」なんたらと訳すのもありかなあとここ何年か思っているところです。

さてこの本、全編英語なのにもかかわらず、表紙と裏表紙と扉に『宝庫山精選:大歴史』と中国語(簡体字)で書名が記されています。こんなところから市場の開拓先として中国を意識しているのが感じられます。

「人口と環境」の項目をのぞいてみると、1900年時点の地球の人口は16億2500万人ほどという推計値がのっています。今の中国と日本の人口を足すと、大ざっぱには同じくらい。つまり人口規模で言えば、21世紀初頭の日中平和は20世紀初頭の世界平和に匹敵します。今は16億余の民が戦争なしでやっていけているのです。その意味でも、過日の設立10周年記念総会で真に友好的な日中関係を約し合ったことは地球の平和に大きな意味を持っています。

ビッグ・ヒストリーも本年大きな節目を刻み、質量ともに新たな段階に入りました。国際ビッグ・ヒストリー学会(IBHA)の会員数は11月時点で141名に達し、日本からはわたしと中西治さんが創設会員として参加しました。ビッグ・ヒストリーのネットワークに日本が加わったことを、同学の人びとはたいへん喜んでくださっています。

明年1月16日にはビッグ・ヒストリーで博士論文を執筆予定の大学院生がマッコーリー大学に会し、初の院生カンファレンスを開きます。テーマは「大学院でビッグ・ヒストリーの何を、なぜ、どのように研究するか」です。コメンテーターはクリスチャンさんとサリヴァンさんで、カンファレンスの様子は後日IBHAに報告されます。新年にはこのコラムもパワーアップさせていきます。


(*17) David Christian et al. eds., Berkshire Essentials: Big History (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2011) distilled from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 6vols, 2nd edition (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2010).

(*18) Christian, This Fleeting World (2007) (See note 8) from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 5vols, 1st edition (2005).

(*19) David Christian, “Introduction: Big History,” in Christian et al. eds., Berkshire Essentials; Christian, Maps of Time, 2nd edition [1st edition] (2011 [2004]) (See note 5).