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磯子区NPO連絡会設立記念イベントへのお誘い

中西 治 (2007年10月7日 15時45分)

今週土曜日、13日午後に私たちの研究所も参加している「磯子区NPO連絡会設立記念イベント」が下記のように開催されます。今朝、岩木事務局長作成のパネルを会場ロビーに展示してきました。当日は岩木さんと私が懇親会を含めて出席します。多くの方のご来臨をお待ちしています。

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6者協議と南北朝鮮首脳会談の成功を喜ぶ

中西 治 (2007年10月4日 16時00分)

昨日、2007年10月3日に朝鮮・韓国・中国・米国・ロシア・日本の6者協議の合意文書が発表されました。 朝鮮の非核武装化と米朝国交正常化に向けて具体的に一歩前進しました。

続いて今日、10月4日に廬武鉱大韓民国大統領と金正日朝鮮労働党総書記は平壌で「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」を発表しました。この宣言で双方は停戦状態にある朝鮮戦争を終わらせ、恒久的な平和体制を構築するために、朝鮮・韓国・中国・米国のうちの3者または4者の最高首脳によって戦争の終結を宣言する会議を朝鮮半島で開くことにしました。

私は6者協議と南北朝鮮首脳会談の成功を心から喜んでいます。朝の鮮やかな国、朝鮮にやっと鮮やかな朝が訪れます。

朝鮮半島での平和の回復はアジアの情勢、世界の情勢を変えるでしょう。

第二次大戦後の日本の再軍備と日米安全保障条約にもとづく米国軍の日本駐留への道は、1950年の朝鮮戦争の勃発とそれにともなう台湾情勢の緊張から始まりました。朝鮮戦争が完全に終わろうとしている今日、それは日本の内外政策にも影響を与えるでしょう。

日本は朝鮮民主主義人民共和国との国交を正常化しなければなりません。日本は日米安保条約と米国軍の駐留そのものを見直さなければなりません。

世界の歴史は私たちの目の前で急速に変わっています。

福田康夫内閣の発足にあたって

中西 治 (2007年9月25日 22時30分)

自民党の「総裁選挙劇」が終わり、福田康夫さんが総裁となりました。いま自民党員が求めているのは小泉・安倍型の威勢のよい麻生さんではなく、おっとり型のユーモアがあるような、ないような福田さんです。小泉・安倍型の政治家はもう懲り懲りでしょう。おかげで参議院議員選挙で惨敗しました。それにしては麻生さんはよくとりました。

私もどちらかと問われれば、福田さんです。野党とすれば、福田さんよりも麻生さんの方がたたかいやすいでしょう。福田さんと麻生さんの二人のうちのどちらかしか、自民党の総裁となれず、日本国の総理となれないのは寂しい限りです。自民党は、日本社会は、そんなに人材がいないのでしょうか。

今日の衆議院本会議の第一回投票で福田さんが338票、民主党の小沢一郎さんが117票、参議院本会議の決選投票で福田さんが106票、小沢さんが133票を獲得しました。憲法の規定で衆議院の議決が優先され、福田さんが内閣総理大臣に指名されました。

参議院で小沢さんが福田さんを27票上回ったことは与党にとって大きな衝撃です。改めて先の参議院議員選挙で失ったものの大きさを痛感しているでしょう。参議院で与党が過半数の支持を得ない限り、政治は一歩も進みません。

自民党の新しい執行体制はこのような状況を打開しようとするものです。幹事長の伊吹文明さんは国民新党の亀井静香さんの派閥を引き継いだ人です。総務会長の二階俊博さんはかつて宮沢内閣不信任案に賛成して自民党を離党した人で、小沢さんの側近でした。伊吹さんと二階さんの仕事は国民新党と民主党を自民党の味方にすることです。当面の課題はインド洋での海上自衛艦の給油問題で野党を味方につけることです。福田さんは民主党との大連立を考えているのではないでしょうか。私が福田さんなら考えます。

古賀誠さんを総裁直属の選挙対策委員長とし、来るべき衆議院議員選挙に備えています。与党は衆議院の先議事項である来年度の予算と関連法案を来年3月までに衆議院を通してから総選挙と考えているようですが、果たしてそれまで保つでしょうか。

新内閣の人事について言うべきことは何もありません。これが「背水の陣」でしょうか。安倍改造内閣は1か月もたなかったのです。ほとんど変わっていない新内閣は短命です。次の総選挙まで、いや、今国会限りかも知れません。この内閣では総選挙はたたかえないでしょう。福田さんはもっと思い切った、大胆な、斬新な内閣を組むべきでした。

どたばた劇の最後はあっけないものでした。何の見せ場もありません。すべて黄昏でした。

いまも福田さんの内閣総理大臣としての初の記者会見を聞きましたが、心に残る言葉はありませんでした。これが福田さんなのでしょう。

間二郎教授、ご逝去

中西 治 (2007年9月19日 23時16分)

深く尊敬する間二郎教授が2007年9月初めに亡くなられました。
81歳でした。
今日、大学に行って、初めて知りました。
間教授は『クリスマス・キャロル』、『ディヴィッド・コパーフィールド』、『二都物語』などで有名な19世紀のイングランドの作家チャールズ・ジョン・ハファム・ディケンズ(1812-1870)の研究者でした。
教授は松村昌家編『ディケンズ小辞典』(研究社出版、1994年)に「ディケンズと女性」を寄せています。
教授の最大の業績はディケンズの最後の作『我らが共通の友 (Our Mutual Friend)』(1864-1865)の翻訳です。
この翻訳書は1997年に筑摩書房から3冊の文庫本で出版されました。
私はこの書を大学図書館の出版物に紹介しました。
紹介された題名は『我らが共通の女』でした。
間教授と私は顔を見合わせ、笑いました。
間教授は私たちの研究所の会員です。
教授は大学でも研究所でも私を強く支えて下さいました。
私は深く感謝しています。
間二郎教授。
また、お会いしましょう。

安倍さんの辞意表明によせて

中西 治 (2007年9月12日 17時15分)

安倍さんが今日午後2時に首相の地位から辞任すると発表しました。なんとも無責任な人です。日本国首相の地位をなんと思っているのでしょうか。

首相の地位を預かるということは日本国の1億2700万人、すべての人の命を預かるということです。その中には自民党から共産党までの支持者、無党派の人々、おぎゃあと生まれた幼子から高齢者まで、すべての人が含まれています。

首相の地位はきわめて重いのです。

私は安倍さんが首相になったときに、この人には日本国首相になる資格がないと思いましたので、メーリングリストを使っての政治的意見の表明を止めようと思いました。朝鮮の核実験問題があったので、早々にこの誓いを断念しました。

先の参議院議員選挙で大敗したのに安倍さんが続投を宣言したとき、なんとも政治と選挙の分からない政治家がいるものだと思いました。いずれ四面楚歌となり、政権を投げ出すと思いました。その日が来ました。私はこの日を歓迎します。

自民党は9月14日に総裁選挙を告示し、19日に新しい総裁を選ぶといわれています。新しい首相はそう遠くない時期に衆議院を解散し、信を国民に問うことになるでしょう。

その主要な争点は海上自衛隊のインド洋での給油活動の継続の問題です。有権者は安全保障の問題で自己の意見を表明しなければなりません。

日本の将来にとってきわめて重要な意味をもつ選挙となります。いよいよ主権者の出番です。

藤原正彦『国家の品格』について

中西 治 (2007年8月18日 15時32分)

国家の品格 (新潮新書)藤原正彦さんの『国家の品格』(IBCパブリッシング株式会社、2007年6月11日)を読みました。面白い本です。一読に値します。著者は新田次郎さんと藤原ていさんの作家夫妻の次男で、1943年生まれ、数学者で、お茶の水女子大学理学部教授です。

この本は第一章「近代的合理精神の限界」、第二章「「論理」だけでは世界が破綻します」、第三章「自由、平等、民主主義を疑う」、第四章「「情緒」と「形」の国、日本」、第五章「「武士道」の復活を」、第六章「なぜ「情緒と形」が大事なのか」、第七章「国家の品格」から成っています。藤原さんによると、先進国はすべて荒廃しています。核兵器の拡散、環境破壊、犯罪、家庭崩壊、教育崩壊などは西欧的な論理と近代的合理精神の産物 であり、論理と合理の破綻の結果です。なぜそうなのか。それは人間の論理や理性に限界があり、人間は論理と合理だけではやっていけないからです。藤原さんは欧米人の論理の出発点となった自由、平等、民主主義に疑問を投げかけます。藤原さんは「国民は永遠に成熟しない。放っておくと、民主主義すなわち主権在民が戦争を起こす。」と危惧しています。そこで必要なのが真のエリートです。大局観や総合判断力を持ち、「いざ」となれば国家、国民のために喜んで命を捨てる気概のある人です。いまの日本にはこのようなエリートはいないが、かつてはいた、旧制中学や旧制高校はこのようなエリートの養成機関であったと言います。

藤原さんは日本人が古来から持つ「情緒」、あるいは伝統に由来する「形」を重視します。論理とか合理を「剛」とすると、情緒とか形は「柔」であり、硬い構造と柔らかい構造を相携えて、はじめて人間の総合判断力は十全なものとなると考えています。この情緒を育む精神の形として「武士道精神」の復活を求めます。情緒と形が大事なのは、それが普遍的価値であり、文化と学問を創造し、真の国際人を育て、人間のスケールを大きくし、人間中心主義を抑制し、戦争をなくす手段になるからです。

藤原さんは最後に品格ある国家の指標として次の四つを挙げています。第一は独立不羈です。第二は高い道徳です。第三は美しい田園です。第四は天才の輩出です。そして「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味であり、人類への責務と思うのです。」と述べ、「時間はかかりますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです。」と結んでいます。

私はこの本を読む前、「武士道」とか「国家の品格」とかという昔きいたような言葉を使っている「胡散臭い本」だなと思っていました。読んでみると、共感するところが多々あります。

私もこの世の中は論理と合理だけでは割り切れないと思っています。一人の人間のなかに論理的・合理的に生きたいという思いと実際にはきわめて非論理的・不合理に行動するという二つの面が存在するからです。しかも、後者が人生の重要な問題を決めるときに大きな役割を果たすのです。結婚はその最たるものです。好きだから好きなのです。だから結婚するのです。理屈ではなく情です。

私は民主主義も一つの支配の体制だと思っています。天皇を中心とする一握りのエリートがおこなう天皇主権の専制政治よりも民衆の多数がおこなう国民主権の民主政治の方が良いと考えています。比較の問題です。国民が常に正しい判断をするとは思っていませんが、国民は永遠に成熟しないとも考えていません。人間は過ちを犯す動物ですが、過ちを繰り返さないように努力する動物でもあるのです。

私は1931(昭和6)年9月の満州事変の翌年、1932(昭和7)年12月に大阪で生まれ、1941(昭和16)年12月8日の日米戦争の開始を大阪の国民学校3年生で迎え、1945年8月15日の終戦の玉音放送を疎開先の奈良県で中学1年生として聞きました。日本が戦争へ、戦争へと向かうなか 戦争で大君の醜の御盾(おおぎみのしこのみたて=天皇陛下を守る強い盾)として死ぬために大和魂と武士道で教育されました。藤原さんよりも一世代上で、天皇の支配と戦争を垣間見たものとして藤原さんの武士道論にそう簡単に賛成するわけにはいかないのです。

当時の日本の支配者は世界的な経済恐慌からの出口を対外膨張に求めました。第一高等学校や東京帝国大学などを卒業したエリートの多くがこの対外侵 略戦争の遂行で指導的な役割を果たし、日本を滅ぼしました。日本の民衆の多くもそれを支持しました。戦争に反対したのはごく一部の人でした。日本の民衆の多くはいまこれを反省しています。

2003年3月19日に米国のブッシュ息子政権がイラクへの戦争を開始したとき、米国にはこれに賛成する人も多数いましたが、反対する人も多数いました。2003年12月9日に小泉内閣がイラクへの自衛隊の派遣を決定したとき、日本にもこれに賛成する人と反対する人がいました。米国でも日本でも反対する人々が増えています。

人間は実践のなかで学びます。

私は人間は平等に生まれるとは考えていません。きわめて多様にこの世に生まれ出ます。自由も相対的です。

地球上の人間はもともとすべてアフリカ大陸に端を発し、地球上の各地に散らばったものです。人類はみな同じであり、兄弟です。喜怒哀楽、考えることは同じです。違いは食べ物と言葉です。日本人は北から南から西から渡来した人々が混血して出来上がったものです。私は日本とか日本人を特別視していません。私がこの人たちの作り出した文化のなかでとくに注目しているのは言語です。言語学的にはさまざまな説がありますが、私は日本語はインド・ヨーロッパ語族と並ぶウラル・アルタイ語族の一つで、朝鮮語やモンゴル語ともっとも近い関係にあると考えています。

私は人間を生物学的な人種で分けないで、言語で分けています。私は日本語人です。多くの言語ができる人は多国語人です。日本語人は日本語をはじめ 多くの文化を作り出しました。日本語人の文化は数千年の歴史があります。藤原さんはこのうちの鎌倉幕府以降の武士道精神を重視していますが、それは日本語人文化の一部であり、せいぜい数百年の歴史しかありません。武士道精神にかえて、日本語人文化とすれば、藤原さんが誇る万葉集、古今集、枕草子、源氏物語なども入るでしょう。

日本語と英語についての藤原さんの考えに私は全面的に賛成です。日本語にしろ、英語にしろ、その他の言葉にしろ、問題はしゃべる内容です。

どうも真面目にこの本について語りすぎたようです。藤原さんからユーモアを解しない野暮な人間だとお叱りを受けそうです。

人生を楽しみましょう!

第二次大戦終結62周年にあたって

中西 治 (2007年8月15日 12時46分)

残暑お見舞い申し上げます。

第二次大戦終結62周年を記念して二つのテレビドラマが放映されました。一つは8月10日と11日のフジテレビの二夜連続ドラマ「はだしのゲン」前後編です。もう一つは8月12日のNHKのスペシャルドラマ「鬼太郎が見た玉砕」です。

前者は中沢啓治さんのマンガ『はだしのゲン』をドラマ化したものです。後者は水木しげるさんのマンガ『総員玉砕せよ!』をドラマ化したものです。

中沢さんは現在68歳、1945年8月6日のヒロシマのピカドンのとき国民学校1年生でした。水木さんは現在85歳、ニューギニアのニューブリテン島ラバウルで二等兵として従軍し、二度の「玉砕」から生き残りました。

お二方の体験にもとづく二つのテレビドラマを見て、改めて戦争の悲惨さを痛感しました。戦争は人を狂わせます。地獄です。8月15日に寄せて恒例の一文を書きました。

第二次大戦終結62周年にあたって

1945年8月15日に日本がポツダム宣言の受諾を発表し、第二次大戦は終結しました。それから62年が経ちました。 この間に日本と世界は大きく変わりました。

日本は天皇主権の国から国民主権の国となりました。最近の参議院議員選挙の結果は日本で国民主権が定着・発展しつつあることを示しました。戦後の 平和と民主主義を「戦後レジーム」と称して、それからの脱却を主張し、憲法第9条の改悪をめざした安倍内閣は敗北しました。比例区での自民党と公明党の得 票率は合わせて41.3%、選挙区では37.4%、非改選を加えた現有議席の占有率は42.6%です。参議院では与党が少数派となり、民主党、共産党、社 民党、国民新党などの野党が多数派となりました。

自公は現在、衆議院で合わせて337議席、70.3%の議席を有しています。2005年9月の衆議院選挙のさいの比例区での自公の得票率は合わせ て51.5%、小選挙区では49.2%でした。現行の選挙制度では50%の得票で70%の議席が得られます。議席数に惑わされてはなりません。ただ、その 機会は与野党の双方にあります。問題はどちらの側が大同団結して多数派を形成するかです。

1930 年代初めから侵略戦争を開始した日本軍国主義・ドイツナチズム・イタリアファシズムなどの枢軸国は中国・米国・英国・ソヴェトなどの連合国に敗北しました。民主主義が時代の思想となりました。植民地がなくなり、帝国主義の時代は終わりました。

国際連合は第二次大戦の教訓に学び、紛争問題を戦争によってではなく、平和的に解決するという原則を憲章で決めました。この原則が世界の多くの地域で実現し始めています。

ヨーロッパでは共同体が形成され、かつて戦争を繰り返したフランスとドイツのあいだで、もはや戦争は考えられなくなりました。ソヴェトが解体した ユーラシア大陸では独立国家共同体や上海協力機構などの地域協力体が生まれています。東南アジア諸国連合の首脳が1976年に調印した東南アジア友好協力 条約には日本、中国、インドなど24か国が参加しています。北アメリカ大陸でも広大な自由貿易圏が形成されています。

武力紛争が続いている地域があります。中東です。1948年5月のイスラエル共和国建国以来のイスラエルとアラブの抗争です。アフガニスタンとイラクでは米国が力を使って新しい秩序を確立しようとしています。地域住民は激しくこれに抵抗しています。

紛争の火種を残しているのは朝鮮半島と台湾周辺です。1950年に勃発した朝鮮戦争は休戦状態であり、まだ終わっていません。中国・朝鮮・韓国・ 米国・ロシア・日本の六者協議や南北朝鮮の直接対話によって朝鮮戦争を完全に終結し、朝鮮半島を非核化し、南北朝鮮を平和的に統一する兆しが現れていま す。2008年の北京オリンピックを前にして台湾がどう出るのか。1980年のモスクワ・オリンピックを、西側諸国がアフガニスタンへのソヴェトの軍事介 入を口実にして、ボイコットしたことが思い起こされます。

当面の最大の課題は中東での戦争を止めさせ、朝鮮・台湾問題を平和的に解決することです。

日本国憲法は国連憲章よりも先駆的です。第9条は、第1項で戦争を国際紛争を解決する手段として永久に放棄することを宣言し、第2項で「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と規定しています。

ドイツの哲学者カントは18世紀末に永遠の平和のためには常備軍を廃止しなければならないと主張しました。日本国憲法第9条は人類が多年にわたって求めてきた非戦と非武装の到達点です。人類の宝です。

核兵器のない、人殺しの道具のない、軍隊のない、戦争のない、平和な日本と地球を作り出すことが21世紀の目標です。

私たちは2001年12月15日に「特定非営利活動法人 地球宇宙平和研究所」を設立しました。そのなかの有志が2004年8月15日に「日本国憲法第9条を支持する宣言」を発表し、日本だけではなく、韓国、中国、ネパール、タイなどの139人の賛同を得ました。

2005年8月15日に「日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会(略称、9条を広める会)」を設立しました。この会の世話人は今井康英、岩 木秀樹、上田順子、近藤泉、高橋勝幸、竹本恵美、中西治、藤田尚則、星野昭吉(敬称略、五十音順)の9人です。世話人には、いつでも、だれでもなれます。 9条をまもり、広めるために大同につきましょう。

第二次大戦後62年間の内外情勢の大きな変化は私たちに明るい希望を抱かせるものです。

21世紀における変化はもっと大きいでしょう。輝かしい未来のためにともに努力しましょう。

2007年8月15日

「9条を広める会」の世話人になって下さい

中西 治 (2007年8月8日 17時07分)

皆さん

残暑お見舞い申し上げます

今日は8月8日、立秋です。暦の上では秋に入りましたが、連日、酷暑が続いています。

私たち有志は、3年前の2004年8月15日に「日本国憲法第9条を支持する宣言」を発表し、内外の多数の賛同を得ました。さらに、私たちは、2年前の2005年8月15日、第二次大戦終結60周年記念日に、「日本国憲法第9条の精神を地球全体に広める会(略称「9条を広める会」)」を設立し、今井康英、岩木秀樹、上田順子、近藤泉、高橋勝幸、竹本恵美、中西治(五十音順)の7人が会の世話人となりました。

署名者は日本から韓国、中国、ネパール、タイなど地球上の諸地域に広がり、2007年8月7日現在で139人です。

このところ内外の情勢は急速に進展し、私たちに新たな活動を求めています。

そこで世話人のあいだで意見を交換した結果、来る2007年8月15日を期して、会の活動をいっそう活発にするために、新たに多くの方々に世話人になっていただこうということになりました。

「9条を広める会」として事務局を確立し、ホームページを開設・管理し、日本語だけではなく、数か国語で広報をおこない、いつでも自由に「日本国 憲法第9条を支持する宣言」に署名ができ、闊達に意見が交換できるようにしようとの声が上がっています。また、このさい、代表世話人を決めてはとの意見もあります。

戦争のない、平和な日本と地球を創り出すため、輝かしい未来のために、ぜひ「9条を広める会」の世話人になって下さい。世話人になっていただける方は8月13日(月)までに中西治に一報願えれば幸いです。

楽しい良い日々を!

参議院議員選挙結果に寄せて

中西 治 (2007年7月30日 14時40分)

2007年7月29日の参議院議員選挙の結果が明らかになりました。

民主党が圧勝し、自民党が大敗を喫し、安倍内閣は瀕死の重傷を負いました。

民主党は改選前の32議席から60議席に増え、非改選を加えて109議席となり、参議院の第一党となりました。自民党は改選前の64議席から37議席に減り、非改選を加えても83議席にとどまり、第二党に転落しました。公明党は改選前の12議席から9議席に減り、非改選を加えて20議席です。共産党は改選前の5議席から3議席に減り、非改選を加えて7議席です。社民党は改選前の3議席から2議席に減り、非改選を加えて5議席です。民主党の一人勝ちです。

与党は自民党と公明党を加えても103議席にしかならず、野党が参議院の過半数を制しました。安倍さんは最初の国政選挙で大負けに負けたにもかかわず続投すると言っています。安倍さんは今回の選挙結果が安倍さんの政治に対する主権者の厳しい批判であることが分かっていないようです。

日本の政治はいま重大な変わり目にきています。

2001年の参議院選挙のときに自民党は比例代表で2110万票獲得していました。その他にのちに自民党に合流した保守党が120万票、合わせて2230万票ほどでした。それが2004年には1670万票、今回も1650万票ほどです。これに対して民主党は2001年に890万票、のちに民主党に合流した自由党が420万票、合わせて1310万票ほどであったのが、2004年には2110万票、今回は2320万票ほどです。この6年間に自民党は2200万政党から1600万政党に、民主党は1300万政党から2300万政党になり、その立場が逆転しました。

公明党はそれぞれ810万票、860万票、770万票ほどです。共産党は430万票、430万票、440万票ほどです。社民党は360万票、290万票、260万票ほどです。

日本の政治はこれからどのようになるのでしょうか。 いくつかのシナリオが考えられます。

第一は安倍さんが党と政府の人事を手直ししながら、内閣の延命を図る場合です。今回の参議院の構成は少なくとも2010年まで続きます。戦後レジームからの脱却をめざす安倍さんのこれまでのような強引な政治手法はもはや通用しないでしょう。野党と妥協するのか、それとも、起死回生を求めて衆議院を解散して強行突破を図るのか。

第二は安倍さんが新しい連立の枠組みを求めて野党に手をさしのべる場合です。選挙で大勝した民主党はそう簡単に連立に応じないでしょうし、民主党を飛び出して人気のない自民党と手を組む政治家もいないでしょう。

私は第一の場合も第二の場合も現在の安倍さんにはそのような力はないと考えています。1960年安保のときに四面楚歌となり、政権を投げ出した岸信介さんが思い起こされます。

第三は安倍さんに替わって新しい指導者が自民党に登場し、第一のシナリオか、第二のシナリオを実行する場合です。これはつぎの衆議院議員選挙と2010年の参議院選挙を経て日本の政界の再編成をもたらすでしょう。その核となるのは憲法9条の改定問題です。

日本の政治はいよいよ20世紀システムから21世紀システムへと向かい始めました。今回の参議院選挙はその出発点でした。

久間発言に寄せて(続)

中西 治 (2007年7月10日 5時50分)

第一は、原子爆弾をはじめとする核兵器を作って良いのか、使って良いのかです。

オランダのハーグで1899年7月29日に「毒ガスの禁止に関する宣言」が署名されました。また、同じくハーグで1907年10月18日に「陸戦の法規慣例に関する条約」が署名されています。

この条約は「交戦者は、害敵手段の選択につき、無制限の権利を有するものに非ず」と規定し、毒ガスの他、「不必要の苦痛を与うべき兵器、投射物その他の物質を使用すること」を禁じています。毒ガスの使用が禁止されているのですから、核兵器の使用も当然、国際法上、禁止されていると考えて良いでしょう。

使用は禁止されていますが、製造は禁止されていません。それは、これらの宣言や条約に参加していない国が、戦争相手国になった場合、相手国が使えば、それに対抗しなければならないからです。宣言は、毒ガス不使用の「義務は、締盟国間の戦闘において、一の非締盟国が交戦国の一方に加わりたるときより消滅するものとす」と述べています。つまり、この宣言に署名していない国が交戦国の一つである場合、毒ガスを使用しても良いのです。

米国は陸戦条約を採択した第二回ハーグ万国平和会議の呼びかけ国であり、ドイツはこの条約の主導国です。日本はこの二つの文書に署名し、批准しています。広島と長崎に原爆が投下されたとき、ヒトラー・ドイツはすでに降伏しており、日米間だけについて言うと、米国はこの条約に違反しています。しかし、日本はそのことを声高に言えないのです。日本は国際条約破りの常習犯だったからです。

上記の陸戦条約と同時に調印された「開戦に関する条約」は、「締約国は、理由を付したる開戦宣言の形式または条件付き開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する明瞭かつ事前の通告なくして、その相互間に、戦争を開始すべからざることを承認す」と規定しています。しかし、1931年の「満州事変」も、1937年の「支那事変」も、宣戦布告をしないで、日本は中国に対する戦争を開始し、1941年には不意打ちでパールハーバー(真珠湾)を攻撃しています。米国に対する宣戦布告はその後でした。明らかな開戦条約違反です。

第二は、日本は中国に対する一連の軍事行動を「戦争」と呼ばず、「事変」と称しながら、軍事行動を拡大していきました。日本は戦時国際法が義務づけたルールを無視し、道義のない戦争をアジア太平洋に広げていきました。

陸戦条約の一部である「陸戦の法規慣例に関する規則」は、戦争法規の定める権利義務の主体となる「交戦者」として、正規「軍」の他に、「民兵と義勇軍」、敵の接近にあたり自ら兵器を操る「群民兵」などの不正規軍を認めています。いずれの場合も公然と兵器を携帯し、戦争の法規慣例を順守する必要があり、「民兵と義勇軍」に対しては、「遠方より認識し得べき固著の特殊徽章を有すること」を義務づけています。

正式な戦闘行為は、はっきりと識別できる、ある国の交戦者が公然と武器を持って、これまた、はっきりと識別できる他の国の、公然と武器を持った交戦者に対しておこなう戦闘行為です。その場合でも「兵器を捨て、または、自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」は禁じられています。

戦時下にあっても、兵器をもたない民間人は、戦闘行為とは無関係であって、何人も殺してはならないし、殺されないのです。また、「防守せざる都市、村落、住宅、または建物は、いかなる手段によるも、これを攻撃または砲撃することを得ず」です。砲撃する場合には、「攻撃軍隊の指揮官は、強襲の場合を除くほか、砲撃を始むるに先立ち、その旨、官憲に通告するため、施し得べき一切の手段を尽くすべきものとす」でした。「都市、その他の地域は、突撃をもって攻取したる場合といえども、これを略奪に委することを得ず」なのです。

これが20世紀初めの戦争のルールでした。

1914年に始まり、総力戦となった第一次大戦は戦争の規模と性格を変え始めました。1917年11月7日のロシアにおけるソヴェト革命とそれに続く内戦と外国の軍事干渉、1931年の「満州事変」以後の日本の中国に対する戦争、1934年のドイツにおけるヒトラーの政権獲得と1935年の再軍備、1936年のラインランド進駐、1935-36年のイタリアのエチオピアに対する戦争、1936年のスペインにおける人民戦線内閣の発足と内戦、1938年のドイツのオーストリア併合とチェコのズデーデン地方併合、1939年のドイツのポーランド進攻、1941年のドイツの対ソヴェト戦争の開始と日本の米国と英国に対する戦争の開始など戦争に継ぐ戦争が続きました。交戦者と民間人の区別が難しくなり、無差別の大量虐殺が横行しました。

戦争は人間を狂わせ、畜生にします。その行き着いた先が、広島と長崎でした。人が人を殺す戦争を絶対に始めてはならないのです。

第三は、核兵器は使える兵器か、使えない兵器かです。

すべての兵器は使うために作られます。核兵器もその例外ではありません。広島と長崎以降に核兵器が使われていないのは、日本人を含めて、世界の多くの人々が核兵器の使用に反対してきたからです。使える兵器を使わせなかったのです。

核兵器が存在する限り、核戦争の脅威は無くなりません。核戦争を無くすためには核兵器を無くさなければなりません。

あらゆる兵器のない、あらゆる戦争のない平和な世界をめざして、ともに努力しましょう。

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