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エッセイ8 基幹科目と専門科目

木村 英亮 (2005年8月30日 16時20分)

日本の旧制大学では、学部は法学部、経済学部など研究の方法によって分けられていた。戦後、1950年代はじめ、東京大学教養学部に、3.4年の専門課程として教養学科が設けられ、そのなかに国際関係論やアメリカ科、フランス科など地域分科がおかれた。これには、教養部を学部として成り立たせるため専門課程を置こうとすると、英語、ドイツ語などの語学の教員、教養の歴史学、経済学などの教員を主たるものとせざるをえなかったという事情もあった。

これは、学生の人気は高く、志望者を集めて発展した。社会的ニーズもあり、卒業生の就職もよかった。そこで問題になったのは、国際関係や地域研究から学生が勉強を始める場合、経済学、歴史学など専門の研究方法を知らないために、ジャーナリステックな論文を書いて卒業し、基礎的勉強の機会を失うのではないか、という危惧を、とくに既存の学部の教員が指摘した。それに対して、理論や原則から始めるというドイツの影響の強いそれまでの大学の学問のあり方に対して、現実は多面的であり、プラグマチックに具体的問題からアプローチするアメリカ的なやり方から学ぶことも大切であると主張された。その後、社会的要請によって国際関係学部などが多くの大学に設置されるようになり、また、環境学部なども置かれるようになった。環境問題も、自然科学も含め、いろんな研究方法で接近しなくてはならず、法律学、物理学などさまざまな専門分野の協力、視野の広さが必要である。環境学概論を基幹科目として、多分野の専門科目をおくことが求められるであろう。

たとえば国際政治経済学部では、国際関係論というものは基幹科目として適当なのではないかと思う。学生は同時に政治学、法律学、経済学、歴史学、地理学などの基礎的諸科学の方法のうちからいずれかに重点をおき学ばねばならない。

エッセイ7 内科と泌尿器科

木村 英亮 (2005年8月26日 16時39分)

20年前の春、突然激しい腹痛があり、予定していた学生との合宿をキャンセルし、総合病院の内科で診断してもらうと、レントゲンもとった上で、特別 の症状はなく胃炎かなにかと思われるので、また痛くなったら来るようにと言われた。それでおさまっていたが、数ヶ月後に血尿があり、同じ病院の泌尿器科で 尿路結石だと診断された。その前の段階では結石は腎臓にあり、内科のレントゲンに写っていたはずである。石はかなり大きく、膀胱の入口と出口には弁がある ので自然排出の可能性は小さいということで手術の日程を決めたが、尿管などを広げる薬をもらい水分を沢山とるよう指示された。運よくトイレで自然排出さ れ、手術はしないで済んだ。

この経験から言いたいのは、縦割りの弊害である。医学も細かく分かれたそれぞれの専門は進歩しているが、専門外の重要なことを見逃すことになる。私の場合、大事にならずに済んだが、痛みの原因の確定は数か月遅れた。

似たようなことは、医学ばかりでなく他の研究分野にもあるはずである。研究は20世紀のうちに著しい発展を遂げ、専門分化した。そのた め、縦割り、蛸壺化といった現象も生まれ、視野の広さや総合性が求められるわけであろう。また、ひとつのテーマについてのさまざまな分野の研究者の共同の 総合研究の必要性が大きくなっており、実際に奨励されている。しかし、予算をとって多分野の研究者の論文を集めた出版物を出すことは盛んになったが、共同 研究の主旨が生かされてないものも、かなりあるようである。

エッセイ6 演説の必要条件

木村 英亮 (2005年8月21日 22時23分)

郵政問題をめぐってテレビで沢山のインタビューや討論がおこなわれたが、おかげで自分のことばで真剣に視聴者を説得しようとする多くの議員を発見し た。普段は十分な情報が提供されず、国民の側に立った語りかけが不足していると思っていたので、この面で日本の政治全体に大いにプラスになったのではない か、と思う。

私の専門であるソ連史の主役の一人であるレーニンは、聴衆をひきつける演説の名手であった。今日まで40数年キューバ首相をつとめるカストロの演説も長いが、すこしも飽きられず、いつも民衆の圧倒的な共感と支持をえているようである。一例を挙げよう。

「ケネディの演説はヒトラーの演説のようだ。ヒトラーは近隣の小国を脅かしたが、ケネディはキューバを脅かし介入すると言っている。彼は そろそろ忍耐の限界だと言う。では、あらゆることに耐えてこなければならなかったわれわれの忍耐についてはどうか。帝国主義列強は奇襲攻撃という方法を用 いている。ヒトラーやムッソリーニと同じ方法だ。われわれは何としても、列強に物事を考えなおしてほしいのだ。人類に、そして歴史にも、時代遅れとなった システムを終わらせよう。封建制度がそうだったように、奴隷制度がそうだったように、帝国主義は、過ぎ去らなければならない。」

これは数十年前の演説であるが、ケネディをブッシュに代えれば、現在そのままアピールする。

演説と講義はジャンルは違うが、主張が明確であること、筋が通っていることともに、タブーや秘密がないことが、退屈で紋切り型にならないために大切なことは共通であろう。

エッセイ5  講義における「花」

木村 英亮 (2005年8月14日 22時58分)

ピアニストのチェルカスキーがテレビ番組のインタビューで、ピアニストは多いが芸術家は少ない、また演奏は母から、教わったのでなく導かれた、人を教えることはできない、と答えていた。ピアニストとしての自信とともに、教育には芸術的要素があることを語ったのであろう。分野は違うが、能には「花」がないと、技術だけでは観客をひきつけられないという世阿弥の言葉を読んだことがある。

講義を長くやると、質は充実しても新鮮さが失われ、マンネリ化する。こうなると、友人と雑談しながらテレビを見るという生活に慣れている学生に静かに講義を聞かせることは難しい。講義は、能や演奏会とは異なるが、内容だけでは成立しない。内容が第一であるにしても、それだけでは足りない。それを世阿弥は「花」と表現したのであろう。かって、若い講師の張りのある声が、満席の大教室の開いた扉からキャンパスを歩いている私まで響いているのを聞き、このようにできればと思ったことがある。

また、横浜国大の市民講座で、画家の故国領経郎(美術の教授)の講義を聴いたとき、即席の自由なお話のようであったが、後でテープレコーダーを片付けながら私に、講義はいつもテープにとって何回も聞きなおしているんだと話された。なかなかできないことである。

講義は、活字にした文章と違って、一回きりで消えてしまうものであるが、学生や聞き手の記憶に長く残ることもある。通学のバスで、某先生の講義は崩壊していると学生が話しているのを耳にしたこともある。恐ろしいような冷や汗の出ることである。

エッセイ4 言葉と行動

木村 英亮 (2005年7月31日 13時16分)

ロンドン地下鉄同時爆破事件のあと、テレビでブレア首相が、「イノセント・ピープルの殺傷」という言葉で、テロリストを非難しているのを見た。政治的目的のためにイノセント・ピープルを殺すことが許されないことはイギリス首相に言われるまでもないことである。ここでしっくりこなかったのは、それが、イラクを侵略し、文字通りイノセントなイラク人を殺している張本人の言葉であるからである。それは、世界の大部分の人びとに対して説得力のない非難の言葉である。

崩壊後の旧ソ連では、もと共産党幹部たちが大統領となって市場経済化を進め、あるいは資本家として活動することによって、ソ連の歴史を否定するば かりでなく、いまの言動の信頼性を失わせている。日本でも郵政民営化法案に反対と言いながら、解散をおそれて賛成票を投じた議員は、政治家として自己否定したことになる。たしかに、政治家にかぎらず、さまざまな条件のなかで言動を一致させることは、なかなか難しいことであろう。

研究者は、研究にもとづいて信じている通りに発言することに社会的存在意義があり、そのため大学教授は、他の仕事に比べ自由が保証されている。しかし、今日全体としては批判的立場は弱くなっているように思われ、またテーマを小さく絞って発言を限定する傾向がある。説明なしに見解を変えることもしばしばみられる。1960年代末の大学紛争のとき、大学教授の言葉と行動の不一致について、学生たちが非難、告発した。その後、「大学改革」などによって、 研究者の地位は低下し、学生の教授批判も少なくなった。

社会的には、これでは困るのではなかろうか。

エッセイ3 論文と調査報告

木村 英亮 (2005年7月24日 13時48分)

ある博士論文を読んでいて、これは調査報告書ではないか、と思ったことがある。 論文の概念は、歴史学と数学の論文を比べてみればただちに明らかなように、研究分野によって異なっている。しかし、正確な事実やデータを根拠としつつ主張を記述するという点は共通であろう。その際、他人の見解に全面的に拠ったり、引用ばかりつなげたりでは困るが、それまでの学説をふまえることも必要条件である。

パソコンによって、文章を活字にすることが簡単になった。執筆するさいも、修正や文の並べ替えなどは容易になった。昔は、印刷するためには、活字を一つずつ拾わなければならなかったが、いまはフロッピーにたやすくいれることができる。費用も何分の一かになった。簡単に活字にできるようになったことは進歩といえるであろう。

しかし、評論を含め、書いて発表することについての責任観念が薄いのではないかと思われる文章をしばしば読むことがある。それは、一つには、文章が推敲されないまま活字になるということに、二つには、書かれている主張が軽くなり、試験の答案のように、移り気になっていることに表れている。

いまは事実を知ること自体の意味が大きくなっており、調査報告も論文の概念にはいるであろう。しかし、問題意識は必要であり、資料を集めただけのものや、初めから結論が決まっている答案のようなものでは使い物にならない。

エッセイ2 大学における研究と教育

木村 英亮 (2005年7月8日 15時37分)

いま業績主義となり、大学でも教員に1年間に書いた論文などの数を届けさせるようになった。大学のニュースなどにも前年度の業績表が載せられている。これらの業績の数を給与などに反映させようとする。しかし、これだけでは、質より量ということになりかねない。数年に一回画期的な業績を生むような研究者よりも、毎年平凡な論文を書く者の方が評価されることになりかねない。また、このように言って研究していないことを弁解する者もでてくる。

また、大学院生の論文を活字にするためといって、自分の名であるいは連名にして紀要などに載せ、業績にカウントさせるようなことも生ずる。

わたしは、大学の主な仕事は教育にあるので、教員の評価はそちらに重点を移すべきではないかと思う。大部分の大学は、教育機関であることを忘れている。もちろん、研究していない教員の講義は魅力を欠くであろうが、それは第一に講義を通して、学生によって評価されるべきであろう。学生には、そのような力はないという教員もいるが、全体としてみると、学生の評価はあたっているように思われる。それは、政治の世界の選挙で、民衆の判断があてにならないという意見と似たところがある。

受験生や社会も、大学を評価するとき、教員の学界における活動状況だけでなく、教育の面での評価の方法も考える必要である。

また、研究者として優れているが、教育者としては適当でない人のために、大学院だけや研究所のポストを拡充すべきであろう。

ともかく、現在の大学は、青年の3-4割が進学するという条件に合っていない。

エッセイ1 遊びと仕事

木村 英亮 (2005年7月5日 15時46分)

研究を推し進める主な力は、好奇心であって、必ずしも収入になるからではない。それは、音楽や美術、文学と同じように、人間の本性にもとづく営み で、いわば遊びの要素がある。これは、物理学者の朝永振一郎が1965年に書かれていることであるが、まったくその通りであると思う。

いま社会全体で、経済的に引き合わない研究が排除される傾向にある。もちろんひとりよがりの研究や、どのような成果がもたらされるかわ からない研究もあるであろう。しかし、経済的、技術的に必要な分野のみの研究でいいのであろうか。それでは研究に大きなゆがみが生まれるのではないかと危 惧される。

たしかに、科学の発達によって、経済的に豊かになったばかりでなく、医学は寿命をいちじるしくのばした。しかし、他方では殺戮の手段も 度外れに大きくなった。また、国家が核兵器など軍事科学に膨大な予算を投入することによって、それ以外の研究分野を圧迫するという現象もおこっている。さ まざまな分野の研究があってこそ、人類のためになるのであって、目先の必要にばかり応えていては、科学は大きくゆがみ、バランスがくずれる。環境や資源、 食糧の問題として、緊急の課題になっていることの根元は、ここにあるのではなかろうか。

文科系の大学においても、いまは経営学や法律学などいわゆる実学を学ぶ学生が増加し、カリキュラムでも、哲学や文学などは縮小される傾向にある。教養教育はないがしろにされ、専門学校化しつつある。

人間の生活は、経済的発展によって余裕が大きくなってしかるべきであるのに、かえって貧しくなっているように思われるのである。

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