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エッセイ18 目的と手段

木村 英亮 (2005年11月27日 11時47分)

大多数の人にとって仕事は生きていくための収入をうることが第一で、当然少しでも賃金の高い仕事を求めていた。しかし、現在の日本では、賃金だけで 仕事を選ぶのでなく、仕事自体を目的として選び、それにともなって収入が得られるという生き方もできるようになったように思われる。バランスの問題かもしれないが、仕事優先の生き方がより望ましいのではなかろうか。また、仕事の内容の専門化という社会的条件の下では、好きで自分に適した仕事でないと、競争に敗れ脱落する。分業と専門化が細かく進み、その分野で相応の実力がないと、やっていけなくなったためである。

すなわち、最初に職業を選ぶときには、賃金だけでなく、仕事の内容についてよく調べることが必要である。

将棋の羽生名人が、「どの世界においても、大切なのは実力を持続することである。そのためにモチベーションを持ち続けられる。地位や肩書きは、その結果としてあとについてくるものだ。逆に考えてしまうと、どこかで行き詰ったり、いつか迷路にはまり込んでしまうのではないだろうか」(羽生善治『決断力』角川書店、195ページ)と書いているが、仕事を実力、賃金を地位と考えれば、同じような意味であろう。

ついでながら実力について、スケートの清水宏保は、次のように語っている。「将来、スケートのコーチとして、という考えは今のところな いですね。今、僕にはコーチはいないんです。・・・最後の最後にすべてを自分の間合いに引き込む力。自分の世界に引き込む磁力をもってるやつが勝つんです」(『朝日新聞』2000.8.2)。

エッセイ17 だまされる方の責任

木村 英亮 (2005年11月25日 11時55分)

敗戦後、多くの人が政府にだまされたと言っていた。しかし、たやすくだまされてしまった方にも責任がある。戦争中、日本の新聞報道は、1941年3月の国家総動員法、国防保安法、治安維持法改正、12月の言論出版集会結社等臨時取締法などに よって統制されていた。43年2月2日の『朝日新聞』によれば、東条英機首相は2月1日の貴族院本会議で、「戦況等に関して帝国の大本営発表がいかに正確 無比であるかはこれは世界に周知のことである」と答弁している。当時戦局の悪化とともに検閲はいっそう厳しくなっていた。

それでも、たとえば朝鮮人の大部分は、もっと厳しい条件の下にあったが、すこしもだまされていなかった。

また、新聞報道にもまったく真実がなかったわけではない。1943年1月2月の『朝日新聞』『毎日新聞』を読んで、終盤のスターリング ラード戦がどのように報道されているか調べてみたことがある。日本はドイツとは同盟関係にあったとはいえ、ソ連と中立条約を結んでいたので、一貫した検閲 方針がとりえなかった。解説記事には、欧米の論調をふまえた、高い水準のものもある。これらの記事を読んでいれば、戦局の帰趨を予測することは、それほど 困難でなかったはずである。

スターリングラード戦でのドイツの敗北は、第二次世界大戦全体の根本的転換点の始まりを画した。この後2年、日本とドイツは、急坂をころげ落ちるように敗戦にいたる。1945年8月15日まで、どうして正気を回復しなかったのか、不思議なことである。

徒然草』第194段に次のような文章がある。

「達人の人を見る眼は、少しも誤る所あるべからず。・・・愚者の中の戯だに、知りたる人の前にては、このさまざまの得たる所、詞にても顔にても、かくれなく知られぬべし。まして、あきらかならん人の、まどえる我等を見んこと、掌の上の物を見んが如し。」

このような眼をもちたいものである。

エッセイ16 結果と展望

木村 英亮 (2005年11月15日 12時05分)

理論物理学の亀淵進は、「ニールス・ボーア先生のこと(4)」『図書』(2005.10)で、ボーアは校正のたびに原稿を修正し、なかなか校了にならなかったと書き、アインシュタインの論文が明快で理解しやすいのに対し、ボーアの論文は、晦渋で初めと終わりが矛盾していたりするという批判を紹介する。そうなる理由は、アインシュタインの論文が、ある範囲内で総括する閉包型であるのに対し、ボーアのものは結果より展望に重きをおく開放型の性格をもつからである。「ボーアが原子構造の理論を提出したとき、その理論をもっとも深く疑っていたのは、他ならぬボーア自身であった」(ハイゼンベルク)。

亀淵はこの文を「他人に分かり易く書くよりも、自らの考えを正しく書くことのほうが、ボーアにおいては優先したと思われる。」とまとめている。

たしかに、一見あまりに分かりやすく、はっきりした発言は疑ってみる必要がある。「郵政民営化」や「経済制裁」という主張も、明快である。しかし、政治も外交も、当面の政策と同時に、展望が必要である。一つの政策、一つの事件は、すっきり終わることはなく、次々に結果を生み、いつまでもいつまでも続いていくからである。

夏目漱石は、次のように書いている。「私は私の病気が継続であるという事に気が付いた時、欧州の戦争も恐らく何時の世からの継続だろうと考えた。けれども、それが何処からどう始まって、どう曲折して行くかの問題になると全く無知識なので、継続という言葉を解しない一般の人を、私はかえって羨ましく思っている。」(「硝子戸の中」)

エッセイ15 労働の量と質に応じた分配

木村 英亮 (2005年11月11日 11時23分)

日本は国民中流階級で、貧富の差が少ない。もっと、努力するものが報いられるようにしなくては、発展がない。競争原理を導入し、実力社会にしなくて はならない、といわれている。官庁の給与体系は、年功制になっているし、会社でも長く働いていると、上がっていくようになっていた。アメリカは、非常に競争が激しく、それが発展の原動力になってきた。わたしは、競争によって実力と努力にみあった報酬をうるという考え方には賛成であるが、その差があまり大きくならないようにすべきであると思う。 人間には生まれつきの能力の差というものもあり、それによって一生の収入が決まってしまうのは公正ではないように思う。また、身障者は、大きなハンディを負っている。

社会主義時代のソ連では、賃金は

  1. 労働の量(継続時間、強度、緊張度をふくむ)、
  2. 労働の苦痛度(エネルギー消費が多いのでその補填、人の嫌がる職場に労働力供給を確保するため)、
  3. 複雑度(熟練、資格の向上のための刺激)、
  4. 国民経済的重要度(重要産業への優良労働力の確保)、
  5. 地域手当(労働力の維持・再生産費の差異の補填、たとえば寒冷地の暖房費など)

を総合して定められていた。5を除き、同一労働は同一賃金である。共産主義社会にいたれば、能力に応じて働き、必要に応じて受け取るとなるが、社会主義の段階では、労働に応じて受け取る。ただし、社会主義の段階でも、医療、教育、食糧は保障される。

エッセイ14 技術と熟練

木村 英亮 (2005年11月7日 11時36分)

沢山の原稿を裏表に印刷し、二つ折りし、ホッチキスで止める作業をするコピー機を見ると、人間よりずっと器用で、間違いもない。自動車工場で、さまざまなロボットが、組み立てを流れ作業でおこなっているのをテレビで見ると感嘆せざるをえない。技術の発達によって、生産の工程のなかでの熟練労働の役割が小さくなった。多くの工場では、生産はオートメーションで行われ、人間はそれを監視するだけである。

産業革命のときは、失業した職人による機械打ちこわし運動がおこった。いままた、根本的な技術革新によって、労働をとりまく環境は大きく変化した。

少なくなった第二次産業の工場は、賃金の低い中国など国外に移動し、さらに減っている。労働の生産性の向上によって余暇が増えるという事 情も重なって、国内では第三次産業、すなわちサービス業の比重が大きくなっている。しかも、情報化の進展によってサービス業の内容も変わっている。

さらに、サービス業のたとえば料理にしても、冷凍食品や缶詰などを使うことが多くなっている。調理に人間の手をかけることが少なくなったわけである。

このような傾向が進むなかで、第一次産業である農業の見直しが課題となっている。私が子供のころは、田舎で草むしりをし、縄をない、わら ぞうりを作っていた。子供達はみんな、このような手作業の技術を競っていた。手先の器用さは、将来の生活の基盤となったのである。農業は、食料を生産して いたばかりでなく、手作業の訓練の場でもあった。

同じようなことは、工業についても言える。私の育った八幡では、年に一度製鉄所が構内を市民に開放し、高炉や圧延工場を見せていた。そこでは大規模な設備を操る労働者も誇りをもっているように見えた。

いまは、農業、工業は、その比重自体が小さくなったばかりでなく、そこで手や体を使って作るという作業が減った。その傾向はサービス業においても同じである。

手作業という要素がわれわれの身の回りから少なくなったことが、人間にどのような影響をもたらしているのであろうか。

エッセイ13 情報と判断

木村 英亮 (2005年11月5日 11時38分)

パソコンや携帯が生活に入ってきたことによって、情報がすぐに取り出せるようになった。これによって、記憶の必要性が大幅に減り、判断力の重要性が 大きくなったと言っていいのであろうか。もしそうなら、知識の量より判断力、批判力の役割がいっそう大きくなった。すなわち、教育においては、詰め込みは 意味が小さくなり、自分で考える力を身につけさせることが大切になったはずである。ところが、家ではテレビがつけっぱなしで、外でもたえず携帯を見ており、情報のとりかたが受身になっている。ゆっくり考える暇がなく、判断が他人任せになっているようにもみえる。情報を生かすことなく、判断は画一的となり、情報のない社会と同じような結果となっている。

あるいは、人々は豊富な情報にもとづいて自分で判断していると思っているだけで、全体として操作されているのかも知れない。それは、情報が直接統制されている独裁国家と同じくらい恐ろしいことである。

アメリカ政府は、世界中からあらゆる公開の情報を集めるばかりでなく、CIA や FBIのような機関もつかって秘密情報を集め、政策を立案している。しかし、ベトナム戦争に続きイラク戦争でも失敗を重ねている。肝心のベトナム人やイラ ク人の意思をよくつかんでいるとは思えないのである。

情報の集め方に問題があるかもしれないが、もっと大きいのは、それに基づく判断が、先入観や目先の利害のために間違ってしまうのであろう。

膨大な資料を読んだ上で、誤った結論に達した論文のようなものである。

エッセイ12 強者と弱者

木村 英亮 (2005年10月2日 16時28分)

市場経済の下では、競争の勝者が報いられる。封建社会のように生まれによってよい生活を保障されることはない。これまでの日本社会は、年功序列、横 並び主義で、必ずしも成果を上げ社会に貢献した者が報われるようになっていなかった。これでは、グローバリゼーションの時代、国際的競争に勝ち抜くことは できない。したがって、非情ではあるが、アメリカ的な競争原理をもっと取り入れよう、市場原理を大胆に導入し、民間でできるものは民営化しようというのが 小泉改革であろう。それに対し、すべての面に競争原理を導入するのは無理であり、貧富の差が大きくなると社会が不安定になる。少しは能率が落ちても、大事 なところは国が責任を持つべきだというのが、反対する立場であろう。

私は、競争が能力と努力に応じて公正におこなわれるのは、原理的には社会主義社会であると思う。資本主義社会では、勝つためには手段を 選ばない。また公正な競争のためには、出発点が同じでなくてはならないが、現実にはそのようなことはなかった。それは、ソ連崩壊後のロシア社会を見ても明 らかである。いまのロシアのエリートは、大部分ソ連時代の共産党幹部であり、ペレストロイカのなかであるいはソ連解体後に共産主義に見切りをつけ、自分の 利益を第一に考えて転身し、党員のときの人脈を利用して、資本主義経済の下でのエリートになったのである。これは、アメリカの研究が明らかにしている。 (コッツ他『上からの革命』新評論、2000、フリーランド『世紀の売却』、新評論、2005)

エッセイ11 暴力事件と処分

木村 英亮 (2005年9月27日 16時42分)

高校野球で優勝した駒大苫小牧高で、コーチの暴力事件が公になり、日本高野連では、部長の謹慎処分と野球部への警告を決め、生徒には責任がないので優勝は取り消さないこととし、会長は緊急通達で、上級生による暴力制裁、指導者の暴力を許されないものとし、学校教育法でいかなる暴力も禁止されていることを通達した。この問題についての私の疑問。

  1. 山崎コーチは、辞任するだけで、刑事責任は問われないのだろうか。
  2. 大会終了まで事件を隠していた校長の態度は認められるのか。
  3. 校長はまた、終了まで隠していたのは、被害者の父兄の希望によると虚偽の説明を行っていたようであるが、この点の責任は。
  4. 部員の生徒は暴力事件を知らなかったのか。被害者はひとりだけなのか。

まず、スポーツが、高校の教育活動の中でどのように位置づけられているのかが大切である。学校のために勝てばよいというのであれば、コロッセウムでライオンと闘ったローマの奴隷と同じではないか。明徳義塾は自発的に出場辞退したが、苫小牧高は優勝を辞退する気はなかったといい、公表を延ばしていた 理由について虚偽の説明を行っていた。一体この高校は、生徒に何を教えようというのだろうか。教育の場としては成立していない、のではなかろうか。新聞を読んだ人たちは、高野連の決定で一件落着と納得したのだろうか。

エッセイ10 教員と学生

木村 英亮 (2005年9月23日 16時52分)

井上 靖の『おろしや国酔夢譚』に、主人公光大夫らがイルクーツクのキリル・ラックスマンの家をはじめて訪ねた場面がある。井上はそこを次のようにまとめている。「日本の漂流民たちは一人残らずラックスマン家を訪ねたことに満足を感じた。ラックスマンその人は気難しくもあり、わがままでもあるようだったが、言うことにも、することにも飾りというものはなかった。それが光太夫にも仲間たちにも、何とも言えぬいい印象を与えた。」(文春文庫版、169ページ)

最近読んだ木村幸雄「臼の上に座る人」(『中野重治の会会報』第5号、2ページ)に、募金のために中野重治を訪ねた学生時代の思い出がある。口座に振り込むからと現金を渡さず、口座番号を記載した広告を出し賛同者が振り込むようにすれば、学生も勉学の時間を失わなくてすむ、運動をもっと合理的に運ぶことを学ばなければならぬと話し、「臼の上に座って、そういう話をする中野重治の風貌姿勢は、古風で頑固なものに見えた。しかし、話の中身は、新鮮かつ柔軟で合理的であり、目を開かれる思いがした。」と結んでいる。

ラックスマンや中野の言動には、対人関係についてのひとつの態度がある。大学の仕事も人が相手であるが、その人は、学生に重点を置くべきであると思う。携帯やインターネットの時代、人間関係の常識も変わっている。たとえば教育実習校・指定校訪問など、ありがた迷惑になっているのではないかと感じることもある。もう少し合理化し、研究・教育の時間を確保した方がいいのではないであろうか。

エッセイ9 時間と仕事

木村 英亮 (2005年9月20日 19時04分)

スクールという言葉は、暇を意味するギリシャ語のスコレに由来する。東奔西走、いらいらしていては勉強はできない。いま大学教員は、講義負担のほか に、会議、雑用が増え、ゆとりを失っている。講義負担も総合課目から大学院まで、過大である。さまざまな沢山の講義のいずれにも十分な準備をして教壇にた つことは不可能であろう。結局手抜きが行われざるをえず、しわ寄せをうけるのは学生である。以前は助手というポストがあり、事務職員もサポートしていた。これらの人々の削減によって、教員の仕事はいっそう増えている。

普通の大学では図書館もおもに学生向きで研究図書館ではない。結局、大学の研究室にいては研究できない。

教育・研究の仕事は、生産会社の場合と異なり、生産性の向上といった考え方にはなじまない。大学の場合、学生は教員から教わるばかりでな く、自分達で自主的に勉強することも大切である。ゼミやクラブ活動が大きな意味をもっており、そのためのスペース、図書館、機器の充実、教員・職員による 援助・コンサルティングの体制も必要である。

しかし、同様のことは初等・中等教育の場合にも言えよう。教員が忙しすぎることは、小学生・中学生・高校生には困ることであり、社会的 に損失である。子供の数が減っているいま、教育の充実の機会である。教員の質を確保するとともに、余計な雑務から解放するよう、行政、父母とも努めてほし いと思う。

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