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「反戦平和」について(2)

今井 康英 (2005年8月24日 16時50分)

今回も引き続き「反戦平和」について述べます。前回、昭和天皇の戦争責任について触れましたが、
これについてもう少し紹介しておきます。このカテゴリには、いくつか追加した記事があります。

まず、5月8日の菅直人・民主党前代表のテレビ討論での発言です。共同通信(同日)によると、菅さんは日中間の歴史認識問題に関連し「戦争をした責任を、日本人がどう判断するかが問われている」と指摘、日本人自身による戦争責任の明確化が不十分だったとの考えを強調した。その上で昭和天皇の責任に関し「(敗戦時に)天皇陛下は退位した方がよかった。明治憲法下で基本的には天皇機関説的に動いていたから、直接的な政治責任はない。しかし象徴的にはある。政治的にも象徴的にも、ひとつのけじめをつけるべきだった」と述べた。私も、この意見には同感です。免責されていなければ、最高責任者として絞首刑は免れなかったと思われるので、自主的に退位するのが当然であり、適切でもあったと思う。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/d7148ce3198f53225c19213cf304a2bb”

次は、7月19日の東京新聞の特集「戦後60年」の記事です。「昭和零年 1925年生まれの戦後60年」に掲載されたジャーナリスト・原寿雄さんの言葉です。(執筆は、桐山桂一氏)。

原さん自身は「愛国少年」だったそうだ。平塚農学校を卒業し、国鉄に勤務したが、ずっと「軍人になって、天皇のため、国のために尽くしたい」と思っていたという。それで、四四年十月に原さんは海軍経理学校に入った。しかし、終戦後、郷里に戻った原さんは、やがて一高、東大へと進んだ。その過程で次第に「天皇に裏切られた」という思いが強くなったという。「天皇は免責されましたからね。信じていただけに、昭和天皇が結果的に戦争責任をとらなかったことに、反発を覚えました。戦後の道義なき社会の原点はそこにあるのではないでしょうか」私も、まったく同感です。同時に、次の言葉も確かな予見であると思う。「改憲以前に、戦争ができる体制が整いつつあります。今、日本社会で特に大事なのは、少数意見の大切さをコンセンサスとして持つことです。そうしないとまもなく、再び『非国民』という言葉が復活してきますよ」小泉首相が、衆議院で郵政民営化に反対した自民党議員を「非公認」だと言っているのが、私には、なんとなく「非国民」だと言っているようにも聞こえます。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/4639600ec4a62e2c91eeb6dad3a75227

また、最近の本島等・前長崎市長の発言です。例えば、西日本新聞(8月16日)によると、韓国・ソウル市内で8月15日に、在韓被爆者と被爆地の長崎・広島などの関係者らが核兵器廃絶と平和実現について語り合う韓日平和フォーラム「Think about HIBAKUSYA(被爆者を考える)」が開かれ、基調講演で本島氏は会場の韓国の人たちに「かつての日本の残酷な植民地支配によってご迷惑をかけたことを深く謝罪したい」とした上で、「日本は天皇の戦争責任を含め、すべての戦争責任を不明確にしてきた。日韓の若い世代が本当の新時代を築いてほしい」と呼び掛けた。「被爆三世」の高校生平和大使・山田詩郎さんは「これまで原爆について被害ばかりを学んできて、なぜ投下されたかを学んでこなかった。若者は祖父の時代の加害をしっかり見つめ、語り継いでいかなければならない」と語った。なお、本島氏は1988年、長崎市議会で「天皇に戦争責任はある」と発言し、脅迫を受けたり銃撃された事件もあったことを、私も忘れていません。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/377a13d6d5826435eba9511715b680b1

これからも折に触れて、天皇の戦争責任問題について考えていきたいと思います。あるいは、天皇民主化論を述べていく心算です。

「反戦平和」について

今井 康英 (2005年8月17日 22時44分)

今回は、60年目の8月15日を迎えたばかりなので、「反戦平和」について述べます。このカテゴリには、4月30日から8月16日まで、丁度100件の記事を投稿しました。

終戦記念日ということで、小泉内閣及び各党が談話を出した。小泉首相は、「過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたい」と述べた。http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/7a96c3ff41b8d0a14fc075fcbb0b8c6e
各党の談話は下記の通り。
http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/ef199b08b1a806ccc6dade4780048e91
私も6月8日のコラムで書いたことだが、8月15日を「終戦」記念日と称することには誤魔化しがある。この件について、沖縄タイムスの福島輝一さんも指摘している。http://www.okinawatimes.co.jp/col/20050815e.html
あるいは、http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/d8c5b16ea0a634deaf154b61bfe2f8a9

なぜ「敗戦」記念日と言い切れないのか?私が思うに、それは天皇の戦争責任に直結するからではないか。当時は、天皇が絶対的な主権者であった。当然に、最終的に戦争責任を負うべきは天皇であった。ところが、7割の戦後世代の私には実に不思議なことであったが、天皇は免責された。「過去を直視」するとは、なにを見ることなのか。加害国の日本として自ら反省すべきことがあると思う。加害の責任は「臣民」だけが負うのか、天皇免責のままで良いのか。東条英機首相らがA級戦犯なら、昭和天皇は超A級戦犯であった。仮に天皇が死刑(あるいは、せめて退位)になっていたら、戦後日本の歩みはどうなっていただろうか。

もちろん、これは主権在民の今だから勝手に言えることなのだが、戦後60年も経ったのだから、ハッキリと天皇の責任を問うべきではないか。私はこの点がもっとも反省すべき点ではないかと気になっている。その上で、天皇制を維持すべきか、どうかを決めるべきだと思う。私の判断では、日本にはもう天皇制は要らないと感じられる。むしろ、天皇や靖国神社をいつまでも護持していくような国は、いずれまた戦争をやりかねないと心配している。現に、靖国参拝に熱心な首相の下で自衛隊が戦地のイラクに赴いている。幸いにサマワの自衛隊は、いまだ一発も撃ってはいないようだが、現地の情勢はますます緊迫している。今ならまだ相手を殺さなくて済むし、また自衛隊員に戦死者を出して靖国に祀らなくて済むのだから、一刻も早く撤退を決断すべきだ。

どうせ総選挙をやるなら、郵政民営化の是非だけを問うのではなく、天皇民主化や東アジア連邦への構想(EUのアジア版のような)を問うような未来志向の画期的な提案を望む。あるいは、自衛隊を「自衛軍」にすることの是非を堂々と提起すべきだ。

私は、8月15日は明確に「敗戦」記念日として記憶するとともに、「平和祈念日」として新たな出発の日にすべきであると申し上げたい。昨年は「日本国憲法第9条を支持する宣言」に署名しました。今年はこの日に「9条を広める会」(略称)の設立に加わりました。このたび世話人の一人となりましたので宜しくお願いします。

「核廃絶」について(2)

今井 康英 (2005年8月10日 12時32分)

今回は、順番通りなら「世界情勢」について述べるところですが、
60年目のヒロシマ、ナガサキの日を迎えたばかりなので、
「核廃絶」について述べます。

先に紹介しましたが、7月2日に長崎・爆心地公園を出発したストーンウオークは、
無事、8月4日に広島・原爆ドームに到着しました。
詳しくは、「ストーンウオーク・ジャパン 2005」のHP、あるいは公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/stonewalk_jp/などを参照して下さい。

上記ブログによると、運ばれた碑石は、現在、世界平和記念聖堂に安置されています。

その聖堂(カトリック幟町教会)のHPには、平和メッセージのページがあります。
そこには、教皇ヨハネ・パウロ2世が1981年2月25日にヒロシマ(平和記念公園)の
原爆死没者慰霊碑の前で発表した「平和アピール」が掲載されています。
http://www.nobori-cho-catholic.com/p_2_1.htm

戦争は人間のしわざです。
戦争は人間の生命の破壊です。
戦争は死です。

この「平和アピール」の最初の言葉が、8月6日にヒロシマで、
こども代表が読み上げた「平和への誓い」の冒頭に引用されています。
教皇の言葉は更に続きます。
http://www.nobori-cho-catholic.com/p_2_3.htm

過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。
ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。
ヒロシマを考えることは平和に対しての責任をになうことです。

注:こども代表の「平和への誓い」では、表現が若干異なります。

戦争は人間のしわざです。
戦争は人間の生命を奪います。
戦争は死そのものです。

過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。
広島を考えることは、核戦争を拒否することです。
広島を考えることは、平和に対しての責任を取ることです。

教皇のアピールは最後に「神への祈り」の言葉が述べられて終わりますが、
こども代表の言葉は、被爆者の願いを受け継いで「平和な世界を築くまで」
ヒロシマを語り伝えていく誓いの言葉で終わります。

こども代表の「平和への誓い」全文は、私のブログに掲載しました。
http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/72b593ebffc5c6f0b360ef83d6993982

8月9日、ナガサキでは被爆者代表が「平和への誓い」を述べました。

私は諦めません。
命ある限り、生き残っている26万余の被爆者とともに、
そして平和を求めてやまない国内外の皆さん方とともに、
「長崎を最後の被爆地に」と叫びつづけることを
原爆犠牲者の御霊の前でお約束します。

被爆者代表の「平和への誓い」全文も、私のブログに掲載しました。
http://blog.goo.ne.jp/05a21/e/0c704caf9736c762c0105789533b5a85

私も、被爆国の日本に生まれたからには、
また「平和憲法」をもつ国に生まれたからには、
そして「地球宇宙平和研究所」の一員になったからには、
核兵器のない、戦争のない、軍隊のない平和な地球に暮らしたいと念願し、
その実現のために生涯努力することを誓います。

「シベリア抑留」について

今井 康英 (2005年8月3日 13時03分)

今回は、シベリア抑留について述べます。 父がシベリア抑留帰還者であったことは、先に記した通りです。 実は、近所に住んでいる伯父(母の兄)も、シベリア抑留帰還者です。 東京に住んでいる叔父(父の弟)は、「満鉄」に勤めていました。 私も、シベリア抑留問題に無関心ではいられません。 これも戦後未処理問題の一つだと思います。

共同通信(7月22日)などによると、この日、シベリア抑留者に対する未払い賃金問題を解決するため、民主、共産、社民の3党は共同で「特別給付金」支給法案を衆議院に提出した。(正式な法案名は、「戦後強制抑留者に対する特別給付金の支給に関する法律案」及び「独立行政法人平和祈念事業特別基金等に関する法律を廃止する法律案」)戦後60年にして、元抑留者に強制労働の「未払い賃金」に見合う補償として、抑留期間に応じて5段階で30万円~200万円の「特別給付金」を支給する
という内容である。記者会見で全国抑留者補償協議会の寺内良雄会長は、「(元抑留者は)80歳を超えている。目の黒いうちの法案成立を心から願う」と訴えた。

また民主党HPなどによると、26日には、上記3党で参議院にも同様の法案を提出したが、こちらの法案には、家族・遺族に加え、戦前外国から日本に強制労働者として連れてこられ軍民・軍属とされた関係者も支給対象とするよう検討項目が加えられた。(例えば、「在韓軍人軍属裁判を支援する会」
http://www.gun-gun.jp/index.htmによると、第2次大戦後、旧ソ連によってシベリアに抑留された人は旧日本軍兵士、民間人も含めて約63万人余。極寒・飢餓・重労働の「三重苦」の中で約6万4千人もの人が死亡したと言われている。そのような人々の中に、朝鮮半島出身者が含まれていたことを私たちは忘れてはいけない。8月15日、天皇の無条件降伏で、日本の侵略戦争の幕は閉じられた。ポツダム宣言に基づき日本軍の武装解除が始まり、南方の戦線に配属されていた多くの軍人軍属の帰還手続きが進む一方、満州に駐屯していた関東軍60万人はシベリアへ連行された。その中には3500人もの朝鮮半島出身者も含まれていた。)

一方、日本経済新聞(7月26日)によると、自民党総務会は、高齢化などで対象者が減り、歴史的役割を終えたと判断し、資本金400億円のうち約半分を取り崩し、生存者への旅行券や銀杯交付、慰霊碑建立などに充て、残額を国庫に返納するという内容の「平和祈念事業特別基金」廃止法案を了承した。
私は関係者の一人として、自民党案では解決策にならないと思う。

8月2日、衆議院で戦後60年決議が採択された。(正式には「国連創設及びわが国の終戦・被爆六十周年に当たり、更なる国際平和の構築への貢献を誓約する決議」)戦後50年決議と異なり、今回は未来志向の国会決議にしたと言うが、「戦争責任」あるいは「戦後処理」に多くの未解決の問題を残して、果たして本当に、前に進むことが出来るのか?「持続可能な人類共生の未来を切り開くため」にも、日本はまだまだ、「過去の一時期」の歴史に対する真摯な反省が足りないと言わざるを得ない。

「平和博物館」について

今井 康英 (2005年7月27日 13時27分)

今回は、平和博物館について述べます。これは、ブログのブックマークでも紹介している通り、私が「アウシュヴィッツ平和博物館」のサポーター(賛助会員)であることから作ったカテゴリです。この平和博物館は、もともと栃木県塩谷町にありましたが、諸般の事情により、現在の福島県白河市に移転しました。今後もささやかながらサポートしていくつもりです。

ニューズレター「imagine」第7号(2005年7月10日発行)によると、7月30日(土)には新展示室がオープンします。増築工事により、展示スペースが約2倍に広がります。アウシュヴィッツ関連展示が更に充実し、アンネ フランク・ギャラリーは全面リニューアルします。「アンネの日記」の日本版初版本など貴重な資料が展示されます。団体見学者用のビデオシアター(30人収容)もオープンします。7月30日の新展示室オープンを記念して、この日は全館無料公開となります。当日は午後2時から、「白河 平和の夏祭り」も行われます。(夏祭りの詳細は、博物館HP http://www.am-j.or.jp/ あるいは7月23日付のブログに掲載してあります)

また10月22日(土)に、アウシュヴィッツ生存者講演会が行われます。会場はサンルート白河(白河市)。講師はカジミェシ・アルビン氏です。氏は1922年、ポーランドの古都クラクフ生まれ。1940年6月、開設以来の最初の囚人728人の一人としてアウシュヴィッツ強制収容所に送られた。囚人番号118号。1943年、奇跡的に脱出に成功し、反ナチス地下抵抗運動に参加。戦後、ワルシャワの国際貿易センター通商代表兼研究員などを歴任。現在、収容所の実態を後世に伝える生存者有志の団体「アウシュヴィッツ国際委員会」の副会長、収容所跡を保存管理する国立アウシュヴィッツ博物館の国際委員を務める。戦後60年を迎え、アウシュヴィッツでの体験を日本の皆さんに語る最後のチャンスと考え、来日講演を承諾。なお23日以降、福島市、会津若松市、いわき市でも開催予定。講演会の実行委員、ボランティアを随時募集しています。(詳細は、博物館事務局 0248-28-2108まで)

私は「宇都宮平和祈念館をつくる会」の会員でもあります。HPは現在公開されていませんが、制作中ということです。平和祈念館の建設も、まだまだ、これからです。7月12日の宇都宮空襲の日には、620人以上の犠牲者を追悼して、宇都宮駅前を流れる田川で第4回「ふくべ灯篭流し」を行いました。29日(金)、30日(土)、31日(日)には第20回「宇都宮空襲展」を宇都宮市中央生涯学習センター大ホール及び視聴覚室で開催します。今回は、「憲法(第9条)が改正されたら、どうなるか?」を、宇都宮空襲の歴史を踏まえて、具体的に問題提起する展示になります。私は、宇都宮市民の一人として、この活動にも取り組んでいきたいと思います。

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「自衛隊違憲訴訟」について

今井 康英 (2005年7月20日 14時10分)

今回は、自衛隊違憲訴訟について述べます。最初に紹介しましたが、私のブログはもともと「自衛隊違憲論」として開設されました。

何故かと言うと、理由のひとつは、旧ブログに書いた通りです。(旧ブログからの転載です。投稿 2004.07.20「Weblog」に掲載しています。)

栃木でイラク派兵反対の声を上げよう!私は自衛隊違憲論者です。日本国憲法第9条を読む限り、今の自衛隊は、明らかに第2項に言う「陸海空軍その他の戦力」に該当するので、日本はこれを保持することはできません。自衛隊を直ちになくすことは無理かもしれませんが、出来るだけ速やかに非軍事的組織に改組して行くべきです。この立場から、私は自衛隊のイラク派遣に反対しています。政府は今も戦争状態にあるイラクに自衛隊を派遣していますが、仮に「専守防衛の自衛隊は合憲だ」と言う政府見解を是認したとしても、これは明らかに憲法違反です。仮にイラク特別措置法が合憲だとしても、現地は所謂「非戦闘地域」には見えませんので、法律違反です。(1年後の今日、読み返しても、上記の見解は変わりません。むしろ、「現地」の情勢はより悪化しているように見えます。)

今、全国各地でイラク派兵に反対して、市民が声を上げています。下記の通りです。

札幌 http://www.hg-law.jp/iraq/
名古屋 http://www.haheisashidome.jp/index.htm
東京 http://comcom.jca.apc.org/iken_tokyo/index.html
大阪 http://www15.ocn.ne.jp/~j-stop/MyPage/menu0.html
静岡 http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/3959/stopirakusiminundou.htm
山梨 http://www.age.ac/~iken_y/

私は、栃木でも声を上げたいと思います。そのために自衛隊イラク派兵違憲訴訟を提起したいと考えています。実は20名を超える原告団の準備会も出来ています。自衛隊をイラクから撤退させるべきだという思いの方には、是非参加して下さるようお願いします。

栃木では、昨年12月14日に宇都宮地方裁判所に原告47名が提訴しました。私も原告の一人です。担当は第1民事部合議係です。地裁HPによると、担当裁判官は、岩田眞:有賀貞博:松井理恵子各裁判官です。事件番号は、平成16年(ワ)第700号、事件名は、自衛隊イラク派遣違憲確認等請求事件。栃木のHPはhttp://www.iken-tochigi.jp/index.htmlです。今年1月31日、開設しました。訴状などを掲載しています。事務局への連絡はinfo@iken-tochigi.jpへお願いします。私も、同日付で意見陳述書(第1回、草案)をブログに公開しています。第1回口頭弁論は、3月3日(木)。第2回は、5月12日(木)に行われました。第3回は、9月1日(木)が期日です。

また全国では、新たに下記の訴訟が提起されています。

2004年12月8日提訴 仙台 http://www2.gol.com/users/sogo/iraq/index.html
2005年1月26日提訴 岡山 http://www.geocities.jp/mfmdq141/
同    3月18日提訴 熊本 http://www.geocities.jp/irakusaibankumamoto/
同    3月22日提訴 京都 たとえばhttp://www.daiichi.gr.jp/syoukai/yanagi/2005spring/ookawara.htm

最新の世論調査(JNN、7月19日)によると、

今年12月の派遣期限に合わせて撤退すべき 64%
派遣期間を延長すべき 14%
ただちに撤退すべき 19%

自衛隊のイラク派遣期限の「12月までに」および「ただちに」撤退すべきというのが国民の声(83%)です。私も当然、「ただちに」撤退すべきと考える国民の一人です。

宇都宮空襲60周年について

今井 康英 (2005年7月13日 15時15分)

今回は、順番から言えば「環境問題」について述べるべきですが、 このカテゴリーで投稿したブログの記事はあまり多くないので、 他日に書くことにして、上記のテーマについて述べます。 このテーマに関連した記事は、「反戦平和」に掲載しています。

1945年7月12日の宇都宮空襲により、620人以上の人命が失われ、 市街地の大半が焼失した。今年は60周年である。 宇都宮市では、この7月12日は「宇都宮市平和の日」である。 この日から「終戦記念日」の8月15日まで、「宇都宮市平和月間」である。 (この間のイベントなどは「日程情報」に掲載しています。)

この日の地元紙「下野新聞」の1面トップは、「宇都宮空襲 きょう60年」 平和を願う3人の記憶が掲載された。 「無差別爆撃 市民が標的に」 中島飛行機宇都宮製作所の係長だった矢口長さん(86) 空襲の翌日、工場へ行ったが、ほとんど被害がなかった。 街が標的にされた無差別攻撃だった。 犠牲になったのは、軍の施設ではなく市民。 「戦争に正義なんてない。だから戦争はいけないんですよ」

「新しい家族 一度に失う」 群馬県桐生市から宇都宮の酒店に嫁いだ萩山光子さん(81) 義父に「先に逃げろ」と言われた。 夫が「母だけでも連れて行こう」と戻ろうとしたが、 火の手が強く、断念せざるを得なかった。 空襲の翌朝、焼けただれた自宅に戻った。 田川に逃げ込んだ義姉とめいの無事を確認。 しかし残り4人の行方は不明だった。探し始めて二日後。 焼け果てた土蔵でひと塊となった父母、義兄、おいの焼死体を発見。 隣の母屋からは灰と泥にまみれた花嫁衣裳も。 人生が暗転した日の光景が脳裏から離れない。 「何もかも悪夢だった」

「機銃掃射 新たな脅威」 簗瀬国民学校の周辺で焼け跡の片付けをした手塚節司さん(73) 空襲から数日後。焼け残った建物は石蔵ぐらいだった。 バリンバリンバリン。その時、一機の戦闘機が突然、 爆音とともに校舎上空に現れた。トチノキの大木に身を隠した。 「目の前わずか1メートル先を30センチ間隔で、 弾が砂煙を上げて地面に突き刺さったんだ。 パイロットの顔まで見えたけど、武器が無くて何もできなかった」 同様に片付けをしていた下野中学(現作新学院)の生徒5人が 機銃掃射の犠牲になった。 「ひどいもんだ。いかに人に重い傷を負わせるかを、人が考えるんだから」

この日の社説(「論説」)は、「平和築くため行動が必要」 不戦の誓いを新たにすることは、旧日本軍に侵略された東南アジアや、 イラクの人々にも共通する思いだろうと指摘した上で、 今や自衛隊が海外に出掛ける時代であるとも記し、 「過去の戦争を記憶すると同時に、平和を築くために何ができるのか、 考え、行動する必要があるのではないか」と述べている。 私も、宇都宮市民として、まったくその通りだと思います。

実は、この日の23面の文化欄に創立者の特別寄稿も掲載されている。 タイトルは、国際交流こそ「平和の道」 日中戦争のさなかに敦煌やシルクロードのロマンを語り聞かせてくれた 「恩師」檜山浩平先生(栃木県出身で小学校5年生の時の担任)の 思い出などを紹介しながら、文化交流や相互理解を進めていくことが、 世界の平和と安定の橋を構築していくことになるとの信念が記されている。 私も、地球人の一人として、この信念を共有していきたいと思います。

「核廃絶」について

今井 康英 (2005年7月6日 15時44分)

今回は、「核廃絶」について述べます。来月の今日は、60年目のヒロシマの日であり、9日は60年目のナガサキの日です。 そして、60年目の8月15日を迎えます。今年も全国各地で平和行進や原爆展などが実施されています。

7月2日には、ナガサキで「ストーンウオーク」がスタートした。西日本新聞(7月2日)などによると、これは、日本では初めての取り組みだが、長崎の爆心地公園から広島の原爆ドームまで、「UNKNOWN CIVILIANS KILLED IN WAR」(戦争で犠牲になった無名の市民)と刻まれた碑石を台車に載せて運ぶというもので、8月4日に広島市の平和公園に到着後、日本語の同じ言葉を石に刻むことになっている。長崎市の国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館などを訪れたことがある「ピース・アビー」のドット・ウォルシュさんは「坂の多さや夏の暑さを考えるとウオークは難しいと思ったが、被爆体験談で聞いた『お母さん、お母さん』と呼ぶ声が耳から離れず、日本でやらなくてはならないと考えた。国や人を結びつけるプロジェクトを成功させたい」と力強く語った。同時テロで夫を亡くしたアンドレア・ルブランさんが「被爆者と同じように家族を失った者として、怒りや報復ではなく、平和を祈る運動を成功させましょう」と訴えた。長崎の実行委代表を務める大学講師、前川智子さんは「一人でも多くの人に石を運んでもらい、平和の重みを実感してほしい」と話した。なお「ストーンウオーク・ジャパン 2005」の公式HPは、 http://homepage2.nifty.com/tomokonet/stonewalk/

同じ日に、ヒロシマでは女優の吉永小百合さんによる原爆詩の朗読会が開かれた。時事通信(7月2日)によると、原爆詩の朗読は、吉永さんにとって1986年から続けているライフワーク。詰め掛けた100人の被爆者らを前に、「日本人全員で、原爆の恐ろしさ、核兵器は二度と使われてはいけないということを、 あきらめず、粘り強く訴えていかなければと、60年の節目に改めて思っています」と語り掛けた。また中国新聞(7月4日)によると、3日には、吉永さんによる山口県内で初めての原爆詩の朗読会が行われた。ここでも吉永さんは、県内の被爆者百人を含む五百人の参加者に向け「特に若い人は原爆詩を学校や職場で紹介して、二度と核兵器が使われてはいけないという思いを伝えてほしい」と呼び掛けた。

若者たちは、こうした呼びかけにどう応えてくれるのだろうか。毎日新聞(7月5日)によると、戦後60年を記念し、習志野市は今月から、市内全7中学校で、被爆者の体験談を聞く事業を始めた。4日は、市立第四中(岡本治之校長、生徒558人)の全校生徒が、12歳の時に広島市で被爆した女性(72)の体験談に耳を傾けた。3年の木村雄太君(14)は「深い苦しみを知り、今後自分が何をすべきかを考えなくてはいけないと思った」と話した。

毎日新聞(7月4日)によると、被爆地・長崎から核兵器廃絶と平和を訴えようと3日に長崎市で「ながさき平和大集会」(同集会実行委主催)が開かれた。同実行委は98年から、「高校生平和大使」をスイス・ジュネーブの国連欧州本部などに派遣している。今年の平和大使として選ばれた活水高3年、平湯あゆみさんは「被爆60年は再出発の年だと思う。長崎に育った者の使命として被爆体験を受け継ぎ、発信していきたい」と抱負を語った。このほか、高校生1万人署名活動に参加している高校生らが、活動報告や歌を披露した。

京都新聞(7月5日)によると、原爆の恐ろしさを学び、平和を考える「戦後60周年記念原爆展」が5日から京都市北区の佛教大で始まった。社会福祉学部の学生が企画、7日までの期間中、被爆者の体験を聞く催しもある。原爆展実行委員会代表の浦ひろ子さん(3年)は「戦争の実体験がない私たちですが、原爆の悲惨さを受け止めることで、戦争や平和について考えることができた。これを出発点に同じ若い人にもっと学んで、考えていこうと呼びかけたい」と話している。

毎日新聞(6月24日)によると、今年5月、米国ニューヨークで行われた核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて訪米し、現地で被爆者らと交流した京都精華大2年の越智裕希美さん(19)と土井彩子さん(19)が、京都市内の大学や平和集会などで帰国報告会を続けている。土井さんは広島、長崎の被爆者を先頭に、約4万人が参加したという行進に触れ「草の根から核廃絶を望む声は世界共通でとても力強かった。平和運動は確実に前進していると実感した」と話す。一方、約1カ月に及んだ会議は核保有国と非核国の間で成果のないまま決裂。越智さんは「とても悲しいこと。どういう部分で物別れに終わったのかもう一度見つめ直し、決裂したからこそ声を上げていかなければ」と運動継続の必要性を強調している。

私も、このような若者や学生が続々と現れることを念願しつつ、微力ながら地元で「国本平和学習会」の活動に取り組んで行きたいと思います。

「憲法改正問題」について

今井 康英 (2005年6月29日 15時57分)

今回は、憲法改正問題について述べます。 日本国憲法第96条に、憲法改正の手続が規定されている。 先ず、衆参両院の「総議員の三分の二以上の賛成で、」 国会が発議しなければならない。 次に、国民の承認には、「過半数の賛成を必要とする。」 その承認を経たときは、天皇は「国民の名で」直ちに公布する。

私は、必ずしも憲法改正に反対ではない。 憲法が、字義通り、「改正」されるのであれば、賛成する。 大事なのは、改正の中身である。ややもすると、 「改悪」になりかねないので、反対することが多くなる。

中日新聞(6月12日)によると、 日本世論調査会による憲法に関する世論調査の結果、 「憲法を改正する必要がある」(26%) 「どちらかといえば改正する必要がある」(38%) とする改正派が64%に上り、 「改正する必要はない」(10%) 「どちらかといえば改正する必要はない」(17%) という反対派の27%を大きく上回った。

また、改正派に理由を聞いたところ、 「憲法の規定が時代に合わなくなっているから」が60%。 改正すべき対象(2つまで回答)は 「9条と自衛隊」(52%)、 「知る権利・プライバシー保護」(25%)、 「天皇制」(24%)、 「内閣・議会制度」(21%)の順だった。

ところが、9条は「改正する必要はない」が42%、 「改正する必要がある」は35%。 改正派に、改正の際に最も重視する点を聞いたところ、 「現在の自衛隊の存在を明記すべきだ」(48%)、 「国際貢献を行う規定を設けるべきだ」(29%)、 「自衛隊について拡大解釈を防ぐ規定を設けるべきだ」(20%)の順。 戦争放棄と戦力不保持を規定した9条の改正は賛否が割れ、 「集団的自衛権」の行使は59%が否定的だった。 国民世論として「改憲の必要性は認識しながらも、 海外での武力行使につながりかねない改正論とは 一線を画そうとする意識が浮き彫りになった」と言える。

実は私も、改正すべきは「天皇制」だと思う国民の一人です。 時事通信(6月17日)の 皇位継承方法に関する世論調査結果によると、 7割以上が現行の男系継承(父方が皇族)について 「こだわる必要はない」と、 母方のみが天皇の血筋を引く女系天皇を容認していることが分かった。 また、女系容認の場合の皇位継承方法に関しても 「男女で差をつける必要はない」との回答が8割近くに上った。 私は、皇室典範は今のままでも良いと思う。 その結果、皇室が自然消滅するのが良いのではないかと思う。 人為的に、この制度を遺す必要を感じない。

仮に天皇制を遺す場合は、もうこれ以上「世襲制」は止めにして、 第2条を国民投票による選挙制に替えるべきだと思う。 勿論、被選挙権にも男女の差別はつけない。 私は、その方が第1条の主旨に相応しいと考えます。 それには国民の「主権者」意識、あるいは「人類」感覚の涵養が 大事ではないかと思われます。

「世論調査」について

今井 康英 (2005年6月22日 17時02分)

前回のコラムの最後で、世論調査の結果あるいは信頼性について、 不穏当な記述をしましたので、今回はこれについて述べます。 (勿論、あの記述は私の個人的な感想を書いたもので、世論調査の データが捏造されたものであるとか、言うつもりはありません。)

最近の小泉内閣の支持率については、下記の通りです。 共同通信(6月20日)によると「支持率は46・5%、不支持は37・7%」 日経新聞(6月20日)によると「支持率は48%、不支持は39%」 毎日新聞(6月19日)によると「支持率は41%、不支持率は38%」 時事通信(6月17日)によると「支持率は40.4%、不支持率は38.5%」 読売新聞(6月14日)によると「支持率は47・3%、不支持率は40・0%」 朝日新聞(5月31日)によると「支持率は45%」 上記のように、支持率は40~48%、不支持率は38~40%である。 世論調査の結果からは、小泉総理を国民の半数近くが支持している と言っても間違いではない。一方、国民の4割弱は不支持を表明している。

また、小泉総理の靖国参拝については、下記の通りです。 共同通信(6月20日)によると「断行論が31・7% 見送り論は59・4%」 日経新聞(6月20日)によると「賛成」(38%) 「反対」(42%) 毎日新聞(6月19日)によると「賛成」41% 「反対」50% 朝日新聞(5月31日)によると「続けた方がよい」39% 「やめた方がよい」4 9% 上記のように、賛成は31~41%、反対は42~59%である。 最近の世論調査の結果からは、国民のほぼ半数が反対していると言える。 なお、各社の小泉内閣支持率と比べて、参拝賛成率は0~15ポイント程低い。 単純に言えば、小泉内閣を支持している人も、参拝には反対している と言うことだ。私はこの世論調査の結果を歓迎します。

実は私も、小泉内閣を支持せず、参拝にも反対する国民の一人です。 私は永年、地元の地方紙「下野新聞」を購読している。 つい先日、1面のコラム(「雷鳴抄」2005年6月16日)に「小泉問題」が 堂々と掲載された。 私のブログでは「よくぞ書いた よくぞ載せた」として、これを評価した。 21日27面の社説(「論説」)には「首相、靖国参拝中止すべき」が掲載された。 私は、このような社説を掲げる地方紙であるからこそ、購読したいと思う。

前回も書いたことであるが、(かつては今以上に大変であったが) 今でも「戦時下」において、首相の靖国参拝に反対することは 並大抵のことではない! 本来、御迷惑をおかけした中国や韓国の人々に言われるまでもなく、 国民の世論として、中止させるべきだと私も思います。 (靖国参拝を公約とする人物を、総理あるいは知事にしたこと自体が、 そもそもの間違いであったと私は思っています。)

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