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二酔人四方山問答(17)

岩木 秀樹 (2005年10月13日 23時31分)

A:平壌の郊外の大城山には、抗日戦争で亡くなられた方の銅像が何百と並んでいる革命烈士陵があるんだ。ここに行ったときには日本人として悲痛な気持ちになった。

B:そうだろうな。僕も北京の中国人民抗日戦争記念館に行ったときにも同じような気持ちになったよ。

A:ここを訪れる朝鮮人の日本人に対する冷たい目線をなんとなく感じたよ。思い過ごしかもしれないけれど。

B:当然かもしれないよ。僕が朝鮮人だったら、冷たい目で見るかもしれない。僕のおじいちゃんを帰せ、現在の朝鮮半島の状況は日本にも責任があるんだぞって。

A:確かにそうだね。日本軍によって多くの人が殺されたり、100万人以上の人が強制連行されたり、その後の朝鮮戦争では双方400万人以 上の死者を出し、現在も1000万人の離散家族を抱えている朝鮮半島のことを考えると、近代日本の歩んだ歴史が現在の朝鮮半島に大きな影響を及ぼしている のは確かだ。そうそう、金日成主席の両親も日本軍によって虐殺されたんだ。

B:そうなんだ。両親を殺されたら、僕でも抗日パルチザン闘争に入るね。

A:やはり日本人はまず革命烈士陵を訪れるべきだと思う。小泉首相も平壌に来たとき、すぐにここに来るべきだったということを、朝鮮社会科学者協会の先生方にも言っておいたよ。

革命烈士陵
革命烈士陵

B:でもこういう施設は、ナショナリズムの高揚に利用されやすいって、どこかに書いてあったよ。

A:まあ、過去の戦争にまつわる施設やモニュメントは、現在の政権の正当化や、ナショナリズム宣揚に利用されるのは、どこの国でも大なり小なりやっていることだ。そんなことは折り込み済みで、それも含めて見に行った方がいい。特に日本人は加害者としての当事者だから。

B:そうだよね。

A:朝鮮は高句麗以来の古い歴史があって、そのことに大きな誇りを持っていた。そうそう歴史といえば、開城の高麗歴史博物館に行ったとき、ガイドが「開城の寺院は豊臣秀吉によって焼かれました」と説明していた。今から400年以上前の歴史が現在でも語られていた。

B:ああ、秀吉の「朝鮮征伐」か。この「征伐」という言い方も自己中心的な発想だよね。

A:このガイドの話を聞いて、はっとさせられた。そういえば日本史で習ったということを思い出した、秀吉軍が朝鮮を「征伐」したということを。このあたりから、朝鮮人の歴史への誇りとそれを壊す日本人という構図が徐々に芽生えてくるのかなと思った。

B:何でも、やった方はそれをすぐに忘れるけれど、やられた方はいつまでも忘れないということもあるしね。

A:同じアジアの隣国なのに、歴史を共有していない、むしろ対立的な歴史観を感じたことは他にもあった。

B:え、どんな点。

アリラン祭
アリラン祭。上の方に8.15と60の文字がある。

A:1945年8月15日は、日本にとって敗戦記念日だけど、朝鮮にとっては戦勝記念日であり、解放記念日であり、まさに光復なんだ。アリラン祭にもこの日が大々的に映し出されていたし、色々なモニュメントにも刻まれてあった。

B:どんなところに。

A:例えば凱旋門。これはパリの凱旋門より大きいらしいんだけれど、門の左側には1925、右側には1945と刻まれていた。1925年は金日成が日本からの独立を勝ち取るために、万景台の生家を出たとされる年で、1945年は独立を達成し、平壌に凱旋した年だ。

万景台(金日成主席生家跡)
万景台(金日成主席生家跡)

B:1945年8月15日は二つの国でこれほど対照的なんだ。

A:ただ皮肉なことに、戦勝国は分断され、敗戦国は分断されず、その後日本は朝鮮戦争によって大きな経済的利益を受けることになるんだ。

二酔人四方山問答(16)

岩木 秀樹 (2005年10月6日 16時14分)

A:朝鮮で、私たちが泊まったホテルやレストラン、お土産屋は全て外貨が使えた。ユーロ・ドル・中国の人民元、日本円など。基本的な表示はユーロだった。

B:やっぱり、アメリカとの敵対関係があるから、ドル表示をしないのかな。

A:世界的に見てもドルよりもユーロの方が使われるようになってきている。中東でもその傾向がある。やはりアメリカの単独主義的軍事・外交政策に対する反発があると思う。

B:日本円はどうだったの。

A:もちろん使えたよ。私たちが行くところはどこでも使えた。硬貨まで使えた。世界中で日本円が使えるところは多少あるかもしれないが、硬貨まで使用可能なのは、朝鮮くらいじゃないかな。

B:へーすごいね。

A:もっとすごいのが、朝鮮のお金を見ることも、手にすることも無かったことだ。普通の海外旅行では考えられないことだ。だから私たちに とっては外貨が使えるというよりは、外貨しか使えないということだった。でも無理を言って、「お釣りは朝鮮ワォンでください」と言ったら、奥の方から持っ てきてくれた。ちょっと嫌な顔をされたけどね。その時初めてレートを知った。だいたい1円は1,3ウォンくらいかな。

朝鮮の100ウォンと50ウォン
朝鮮の100ウォンと50ウォン

B:やっぱりその国に行ったら、その国のお金を見てみたいし、使ってみたいよね。ところで平壌の街並みをどうだった。

A:広い道路に車はわずかで、信号機は一つも無かった。平壌に無いのだから、朝鮮には一つも信号が無いんだろう。車が少ないのは、「わが国 は公共交通が発達しているから車が必要ないのです」との公式見解があった。そうそう信号がない代わりに、美しい婦人警官が交通整理をしているんだけれど、 機械的な動きでおもしろかった。

北朝鮮:交通整理をする婦人警官
交通整理をする婦人警官

B:ところで、他の交通手段は何。

A:バスやトローリーバス、地下鉄、そして自転車に徒歩だ。そうそう地下鉄とトローリーバスに乗ったよ。

B:どうだった。

A:トローリーバスは私たちだけの貸し切りになった。停車場で待っている人が恨めしそうに見ていた。申し訳なかったな。

B:そうだったんだ。地下鉄はどうだった。

A:地下100メートルにあったよ。これほど深ければ、核シェルターや防空壕としても使えるかもしれない。ただ平壌には大同江という川があ り、地盤が緩いので深く掘る必要があると言っていた。駅構内にはシャンデリア、壁画、彫刻などがあり、地下宮殿とも呼ばれているらしいよ。

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地下鉄のホーム

B:へー、それはすごいね。

A:地下鉄にしてもトローリーバスにしても旧社会主義圏の車両を使ったり、駅などの雰囲気もそのような国に似ていると同行の先生方は言っていた。そうそう、平壌の街並みも 大きなアパートや巨大なモニュメントが多く、これまた旧ソ連の街並みにそっくりだとも言っていた。

B:今じゃあ、旧ソ連の大都市も変わって、ネオンぎらぎらで利益やお金が最優先されているようだけれど、そのうち朝鮮もそうなっちゃうのかな。

A:それはそれで寂しいね。将来、「古き良き平壌の街並みよもう一度」なんて懐かしむ時代が来るかもね。今は電力の問題で夜の平壌は真っ暗だけど、将来ネオンでぎらぎらになったりして。

B:夜は真っ暗なんだ。

A:だから電力問題を解決するために、原子力発電所が必要だと言っていた。真っ暗だけど、人はずいぶん歩いていた。女性も1人で気楽に歩いているところを見ると、治安はかなり良さそうだ。

B:考えてみれば、夜は暗いのが当たり前で、何十年か前の日本もそうだった。夜が明るすぎるのも問題だよね。

二酔人四方山問答(15)

岩木 秀樹 (2005年9月22日 16時54分)

A:朝鮮を旅して驚いたことは、思っていたより外国からの物や人の流れが多いということだ。

B:朝鮮ってほとんど鎖国状態じゃないの。

A:それが違うんだ。まず1番目に付くのは団体の中国人旅行者。朝鮮には風光明媚な観光地が多いから、それを目当てに純粋な観光として来ているようだ。それに中国人料金は日本人よりかなり安いので、それが拍車をかけているみたいだ。

B:へー。君たち日本人料金はいくらくらいだったの。

A:8泊9日で北京滞在費用も含めて、1人約30万円だった。

B:んー。少し高いかな。韓国だったらパック旅行でこれくらいの滞在だったらその半分だろう。でも日本人は高いって差別じゃない。

A:そうは思わないよ。国の物価も違うし、金持ちから多く取るということはそれほど差別じゃないと思う。むしろ誰からも同様の金額を取るということの方が差別かもしれない。イスラーム地域でも定価という概念はうすくて、物の価値は売る人と買う人の関係の中で形成されるものとされている。

B:なるほどね。他にどんな人が来ていた。

A:ヨーロッパ人も来ていた。ゴルフをしに来たり、観光を楽しんだり、アリラン祭を見たりしていた。僕らのように学術交流や朝鮮社会の現実を見るという雰囲気ではなく、気楽な普通の旅行をしているようだった。あと日本の朝鮮大学校の学生が修学旅行で来ていた。彼らは万景峰号で来て、数ヶ月滞在すると言っていた。そうそう韓国からの旅行か仕事かわからないけれど、その団体を開城の高麗博物館で見かけた。たぶん陸路で入ってきたんだと思う。

B:ずいぶんと交流があるんだな。

A:物流もかなり活発で、中国側から鴨緑江を越えて多くのトラックが物資を積んで入っていた。経済封鎖を日本一国でやっても意味がないなと思った。ちなみにホテルには日本のお酒やビール、ちょっとしたスナックもおいてあったよ。

B:へー、物流もどんどん盛んになりそうだね。

平壌のスーパー兼おみやげ屋
平壌のスーパー兼おみやげ屋

A:そうそう、平壌最後の夜に、ホテルのバーに入ったら、日本語の歌を歌っているグループがいたんだ。酔っぱらった1人のおじさんに絡まれて、踊りまで一緒に踊らされたんだ。名刺をもらって少し話したんだけど、韓国からの農村振興の研究開発グループだったんだ。その人は農学博士でかなり立派な肩書きを持っていた。平壌の夜のバーで、日本人と朝鮮人のガイドや通訳の方と韓国人が日本語の歌を歌うなんて、おもしろい光景だったよ。

B:ところで、板門店にも行ったんでしょ。どうだった。

板門店
板門店。手前は休戦会議場、真ん中に境界線がある。向こうは韓国の自由の家。A:分断の象徴だし、今でも約1000万人の人々が分断されていることを思うと、悲痛な気持ちになったよ。板門店には韓国側から入ると、「見学中負傷ないし死亡しても補償は請求しない」という誓約書を書かせられるし、写真もそれほど自由に取れないのに対して、朝鮮から入ると、誓約書もないし、写真やビデオも自由だった。

B:朝鮮人民軍兵士がつくんでしょ。

A:そう、JSA(共同警備区域)に入る頃から、将校1人と兵士2人がガイドと護衛のためについた。将校はガイド役で人民軍の中佐だった。温厚な人で国際情勢などにもかなり詳しく、色々話を聞かせてくれた。ある一定以上の人は外国の情報も熟知し、国際社会の現状をかなり理解しているんだなと思った。

B:外国の情報は完全にシャッターアウトされているのかと思っていた。

A:ただインターネットはあるけれど、外国には飛べないらしい。

B:それはインターネットとは言わないじゃないの。

A:でもEメールはしかるべきところに行けば外国とのやりとりができるから、もしかしたら外国のインターネットもある地位以上の人は見ているのかもしれない。そうそう、Eメールを使って朝鮮の若者同士がチャットをするのが流行っているとも言っていたよ。

B:この時代、外国からの情報は完全に遮断できないよ。

A:そう、情報が社会や政治を変える可能性もある。物・人・金・情報の交流により、大きな変化があるかもしれない。

二酔人四方山問答(14)

岩木 秀樹 (2005年9月15日 19時40分)

B:朝鮮の旅で最も印象に残っているのはどんなことなの。

A:いろいろあるけれど、あえて一つだけあげると、子供達かな。モラン第1高等中学校や少年宮での演奏や演舞、アリラン祭も多くは生徒や学生がやっていた。どれも大人顔負けのほとんどプロといってもよかった。

B:あー、たまに日本のテレビでも放映されているものか。でもちょっと作られた笑顔が子供っぽくないけど。

A:確かにそういう側面はあるけれど、どこでどのような笑顔をし、どこでお客さんの手を引くのかを熟知していた。私たちの心を和ませるプロだった。それにあれほどの技術を身につけるのは一朝一夕には出来ないだろう。あの笑顔の裏には相当の努力があったと思う。

B:そうか。普段の学校生活も見たの。

A:まだ夏休みだったようだけれど、私たちのためにわざわざ来てくれた人もいたようだ。 教室ではブラウスに赤いスカーフをした小学校高学年くらいの子供達が歓迎してくれた。モラン第1高等中学校はたぶんエリート校だと思うんだけど、理科室や生物の剥製や視聴覚室、講堂などずいぶん充実していた。日本の私立学校並だったように思う。

B:そうなんだ。

A:帰りに校庭を見たら、数十人の男子生徒がサッカーをしていた。その光景は万国共通だと思った。そうそう、話は変わるけれど、屋外での青 年舞踏会も平壌市内各所で行われていた。8月28日が青年の日か何かで、それを記念して行われるそうだ。その舞踏会が男女の出会いの場になるというのがお もしろかった。日本などで報道されてる朝鮮のイメージとは違う、普通の青年たちの生活や恋愛を少し見たような気がした。日本人も飛び入り参加していたよ。

主体思想塔前での舞踏会
主体思想塔前での舞踏会。向こうの川は大同江。

B:へー、おもしろそうだね。

A:アリラン祭は圧巻だった。10万人以上が入る巨大なスタジアムで、マスゲームや人文字が行われた。単に見せるだけではなく、民族の苦難の歴史を表現しているので、飽きなかった。しかも10月までこれをほぼ毎日やっているというのを聞いて、とてもびっくりした。

B:アリランてどういう意味なの。

A:「あー、リラン」という意味で、リランは男の人の名前。リランとある女性は恋人同士で、ある時リランは村からでることになった。リラン がいなくなった後に、地主がその女性に言い寄ってきた。その現場にちょうどリランが出くわし、再び村を後にした。リランを追っかけて、その女性は「あー、 リラン、あーリラン、いかないで、戻ってきて」と叫んだそうだ。大体こんな話がベースになって、アリランが生まれたそうだ。

B:へー、「あー、リラン」だったのか。男女の話と民族の歴史をだぶらせて、アリランの公演は行われているのか。

アリラン祭
アリラン祭の一場面

A:そうそう、「南男北女」という言葉知っているかい。

B:なにそれ。知らない。

A:李氏朝鮮の頃から言われているらしいんだけど、男は朝鮮の南の方がハンサムで、女は北の方が美人とされている。ほとんど迷信かもしれな いけれど、でも確かに美しい女性が多かった。外国人と接するスチュワーデス、ガイドやウェイトレス、ホテルの従業員には才色兼備の女性を配置しているよう に思う。物腰も柔らかく、あーアジアの女性だなと感じた。

B:なんかだんだん朝鮮に行ってみたくなってきたよ。恐ろしい国だとばかり思っていたよ。

二酔人四方山問答(13)

岩木 秀樹 (2005年9月8日 15時48分)

A:この前、朝鮮民主主義人民共和国に行って来たんだ。

B:え、本当、大丈夫だった。

A:みんなそんな風に言うんだ。行く前から、ちゃんと帰ってこれるのか。拉致されるんじゃないか。などと異口同音に言われたよ。

B:でも今の日朝関係や、世界情勢を見ても、そのような心配は当然出てくると思うよ。

A:それはそうかもしれないし、確かに普通の海外旅行とは少し異なった緊張感はあったことは事実だ。ただ現にこうやって元気に帰って来られたので、そのような心配は杞憂だった。

B:で、どうだった北朝鮮は。

A:その北朝鮮という言い方は、日本では略称として使われがちだけど、蔑称としてのニュアンスも混じっているため、朝鮮民主主義人民共和国では使われず、自分たちのことを共和国などと呼んでいる。ちなみに大韓民国のことは南朝鮮と言っていた。

B:へー、そうなんだ。

A:朝鮮民主主義人民共和国の地図、Map of Koreaでは、大韓民国を含む朝鮮半島全体が描かれ、南北国境線は他の道の境界線と同じ太さで描かれている。また朝鮮観光地図帖の朝鮮行政区域図には、朝鮮半島全体が行政区域とされている。

B:で、印象はどうだったの。

A:街はとてもきれいだった。確かに建物は老朽化し、道路もがたがたしているところが多かったけれど、みんなで協働で清掃しているからかゴミ一つ落ちていなかった。世界の大都会でこんな街もかなり珍しいんじゃないかな。

ホテルより平壌遠景
ホテルより平壌遠景。下は大同江。

B:へー、旅行者を狙うスリなんかはいるの。

A:スリや置き引きやボッタクリのたぐいの心配は全くなかった。旅行者がそのような心配もせずに旅行できる国はこれまた世界でも本当に少ないと思うよ。

B:じゃあ良いことばかりだったの。

A:予想に比べ、かなり快適だったことは事実だ。ホテルも日本と変わりなく、日本のBS放送も見られた。ただ自由な行動があまりとれなかっ たこと、入国と出国の審査ではスーツケースまで開かれ検査させられたことは残念だった。特に携帯電話を持ち込むことと、印刷物を持ち込むことは非常に神経 をとがらせていたようだ。

B:カメラの撮影はどうだった。

A:デジカメやビデオの撮影はほとんど自由だったから、色々なところを取った。ただ私たちが行ったところは、平壌と開城と板門店だけで朝鮮社会のほんの一握りしか見ていないけれど。

平壌の街並み。
平壌の街並み

B:やはりマスコミで報道されているように、かなり貧しい様子だった。

A:地方の様子は分からないけれど、平壌を見た限りではそれほど貧困にあえぐという状況ではなかった。商店やレストランは社会主義経済のせ いなのか、看板もでておらずどこにあるのかわかりずらかったけれど、汚い建物をいったん入ると、豪華なレストランがあったりしていた。単に道路から見てい ると、商店もレストランもないように見えるが、中にはいるとそれなりに商品が並んでいた。

B:なるほどね。また続きは聞かせてよ。

二酔人四方山問答(12)

岩木 秀樹 (2005年8月18日 22時37分)

B:この前、学生のみんなからイスラームに関する質問が色々寄せられるって言っていたけれど、他にどんなものが多いの。

A:イスラームはラマダン(断食)などがあり、戒律が厳しそうな宗教という印象があるようだ。

B:それは僕も感じるよ。1日5回もお祈りをしなくてはいけないし、メッカに巡礼もしなくてはいけない。

A:いけないというわけではないけれど。

B:でもラマダンはきついと思うよ。日中は飲まず食わずだよね。

A:確かに。厳密にいえば、つばを飲み込みことや喫煙、性交もいけないとされている。でも慣れればそうでもないらしいよ。

B:夏の時期にラマダンが来たら、日中の時間が長くなるし、暑いし、相当大変だと何かの本に書いてあった。

A:イスラーム暦は太陰暦で一年は354もしくは355日となり、少しずつずれてくるんだ。だからイスラーム暦第9の月のラマダン月も少しずつ早まってくることになる。

B:夏に飲まず食わずだと、倒れちゃう人も出てくるんじゃないの。

A:イスラームはその辺は寛容で、例えば肉体労働者、軍人、妊婦、旅人、老人や子供、病人はラマダンをやらなくてもよいとされている。もし何らかの事情でラマダンを出来なくても、ラマダン月が終わった後でやってもよいとされている。

B:へーそうなんだ。でもなぜラマダンをするんだろう。

A:ラマダン月に断食をした者は過去に犯した罪が許されると言われている。また断食をすることで貧しい人の気持ちを理解できたり、食べ物の ありがたさがわかるということもある。また全世界で多くのイスラーム教徒が断食をしていると思うと連帯感が強まることも考えられる。断食は体に良いという 人もいるよ。

B:なるほど。

A:日没後に、親類や友人を招いて、一緒に食事をすることは共同体の強化にもつながっている。驚くべきことに、ラマダン月の方が普通の月よりも、食料消費量が上がるということだ。これは日没後に、盛大に食事をとるということからきている。

B:断食月の方が多く食べているということか。驚きだ。

A:お腹を空かせ、みんなでわいわい食べる食事は格別だ。僕がエジプトに行っていたとき、たまたまラマダンで、異教徒の僕にも日中食事をと ることは何となくはばかられた。でも日没になると、その辺の親父さんに誘われて、道ばたで一緒に食事をした経験はとても楽しくて、イスラーム教徒のホスピ タリティには感動した。またイスラームは色々な意味で生きている宗教だとも思った。形骸化しつつある欧米のキリスト教とは違うと思った。

B:イスラーム圏ではみんなラマダンをやっているの。

A:それが地域によって違うところがおもしろいんだ。トルコではラマダンをしない人もかなりいるし、ラマダン中に居酒屋で日中に酒を飲んでいる人もいた。これを見てびっくりしたよ。

B:本で読んだ知識はあまり当てにならないということかな。

A:イスラームが一枚岩で、全世界のイスラーム教徒が同じように考え、行動すると考えない方がいいと思った。イスラームという教義を実体化 するのではなく、世界の各地にイスラームを信じる多様な人々が現実に試行錯誤しながら生きているということを理解することが大事だと思う。

二酔人四方山問答(11)

岩木 秀樹 (2005年8月11日 12時25分)

B:衆議院解散で、日本の夏は暑くなってきたね。

A:いや日本だけでなく、イラクでもかなりヒートアップしている。

B:え、選挙でもあるの。

A:そうじゃなくて、イラクの治安が一層悪化していて、サマワでも8月7、8日に大きな銃撃戦があり、死者2名負傷者67名がでたそうだ。

B:そんなのニュースにでていたっけ。衆議院解散のニュースばっかりで気がつかなかったよ。

A:サマワは「非戦闘地域」ということで自衛隊が派兵されたんだけれど、もし騒乱が続き、自衛隊に何らかの加害や被害があれば、「郵政選挙」から「イラク選挙」に争点が移るかもしれない。

B:サマワの騒乱の原因は何なの。

A:一向に回復しない電気や水の供給を求めて、1500人という過去最大規模の民衆がムサンナ州知事庁舎前でデモを行い、その一部が暴徒化したようだ。それにはシーア派のムクタダ・サドル師支持者も参加し、対戦車ロケット砲や手投げ弾が使用され、激しい銃撃戦もあった。

B:すごい状況だな。

A:まだある。迫撃砲弾2発が州庁舎付近に打ち込まれ、警察幹部が武装勢力に射殺され、警察車両3台が焼かれた。そのような中、州議会は知事の解任を決議し、知事は夜間外出禁止令を出した。

B:このような状況って、ほとんど戦争じゃないの。誰が考えても非戦闘地域ではないよ。ところで自衛隊は何をしているの。

A:危険なので、当然駐屯地にこもりきったまま。

B:何をしにいったんだ自衛隊は。電気や水の供給もままならず、民衆の不満は高まり、治安は悪化するばかり。危ないときは逃げて、オランダ軍やイギリス軍に守ってもらう。

A:自衛隊をなんとしても海外へ派兵したいと思っている右派勢力の思惑による派兵だ。アメリカの要請でもあるから、断れないとの言い訳もで きる。行かされる自衛隊員もかわいそうだと思う。自衛隊法第3条には「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に 対しわが国を防衛することを主たる任務とし」とある。遠いイラクのサマワの地で任務に就くことが、わが国を防衛することなのか、疑問に思っている隊員も多 いし、その問題が日本各地で裁判になっている。

B:命令だから嫌々来て、サマワの人々からはそれほど喜ばれず、危ないときには他国の軍隊に守ってもらうなんて、自衛隊員も忸怩たる思いだろうな。

A:いや戦闘行為に勇ましく参加し、戦果を挙げるよりましかもよ。ところでサマワだけでなく、8月に入ってイラク各地で戦闘行為が続いている。

B:へーそうなんだ。

A:3日にはバグダード北西200キロのところで、海兵隊員14人と通訳1人が死亡した。道路爆弾による米兵犠牲者としては最大だ。6、7 日にかけて、米軍兵士やイラク人警察官が30人以上亡くなった。このような状況の中、アメリカの最新の世論調査では、ブッシュ大統領のイラク政策に対する 支持が過去最低の38%になった。

B:アメリカの世論もそろそろ潮時だと判断する日も近いような気がするよ。日本も撤退戦略を考えた方がいいんじゃないかな。

A:そうだね。今まで述べたこれらの数字は米兵を中心としたもので、イラク人の被害はほとんどカウントされていない。アメリカでも日本でも報道されていない。つまり人間扱いされてないということだ。このことがイラク戦争の本質を象徴していると思う。

B:そうそう、ある人が言っていたけれど。イラク戦争の始めの頃、米国の第何軍がイラクのこの町を落とし、海兵隊があの町を包囲しなどと、どのマスコミもイラク全土を俯瞰図で説明していた。あの視点は米軍の司令官の視点だと言っていた。

A:その通りだと思う。私たちも爆弾が空から降ってきて、地獄絵図となるイラクの民衆の視点ではなく、アメリカの軍人の視点でイラク戦争を見てしまった。現在の報道もあまり変わっていない。そのことは重々自戒してイラク情勢を見なければと思う。

二酔人四方山問答(10)

岩木 秀樹 (2005年8月4日 13時00分)

A:最近、学部生からイスラーム関連の色々な質問が寄せられるんだ。こんなご時世だからイスラームを知らないと国際関係がよく理解できなくなってきているようだ。ただテロや戦争によって、イスラームが注目されるのは複雑な気分だけど。

B:そうだよね。良くも悪くも「イスラーム問題」をめぐって、国際政治は動いていると言っても過言ではないよね。

A:ちょっと待った。「イスラーム問題」って何を指すの。イスラームが問題だから現在のような状況になったの。宗教や民族の相違がただちに紛争とい う形態にはならないことは、歴史が証明してくれてるよ。過去においても現在でも中東地域は、宗教や民族がモザイク状況だったけれど、以前は紛争はそれほど 起こらず、現在は多発している。つまりモザイク状況が直接の原因ではなく、他の何らかの条件が紛争の媒介項となっているんだ。

B:わかった。わかった。「イスラーム問題」という言葉は訂正するよ。言葉の使い方には注意します。ところで、学生からの質問はどんなものがあるの。

A:一番多いのが、なぜイスラーム教徒はこんなに過激なのかということだ。

B:確かに素朴な質問としてはあり得るね。でも僕は今まで君から色々話を聞いていて、イスラームは過激どころかキリスト教徒よりも寛容な気がするよ。

A:そうだね。そのことは今まで話してきたとおりだ。そうそう、以前に日本のカトリックの相当な地位の人が、「キリスト教は今まで悪行の数々をやっ てきた」というのを聞いたことがある。その通りだと思い、それに比べればイスラームの方が比較的寛容だったと思う。それとともに、カトリックの偉い人が、 自分の宗教のことを客観的に反省し、謝罪する態度は立派だと思った。

B:自宗教や自集団、さらに自分のことを客観的に批判の俎上に載せることは、身を切られる思いをするし、その組織からは当然アウトロー扱いを受けるよね。

A:もしかしたら、キリスト教が世界宗教たりえたのは、このような批判もある程度許すような懐の深さが影響しているのかもしれない。

B:ところで、他にどんな質問があったの。

A:今の質問に関連して、なぜ一部のイスラーム教徒がこのような過激な攻撃をするのか。同じ宗教をしているのに、普通の善良な人と過激な行動を起こす人が出てくるのはなぜかという質問だ。

B:難しい質問だね。

A:そうでもないよ。当然といえば当然の問題だ。10億人を超える大教団だから、色々な人が出てくることは当たり前だ。ちなみに21世紀の中盤に は、イスラーム教徒が世界で一番多数の教団になるらしい。イスラーム地域は出生率が高い地域とかなり重なっていることも影響しているようだ。

B:へーそうなんだ。

A:様々な人が出てくる理由として、個々の人間の個性やそれぞれの民族や国家などの歴史的経験の相違も考慮に入れなくてはならない。またこれはどの 宗教にも言えるかもしれないけれど、宗教の教典にはそれほど細かいことは書かれていないので、それに対する解釈が異なってくることも考えられる。もちろん 最近の過激派の台頭要因としては、アメリカの介入問題やダブルスタンダードなどが挙げられるけれど。

B:どの宗教もそれほど一枚岩でないということなのかな。

A:イスラームもよく一枚岩のように言われるけれど、ラマダンをやらない人もいるし、酒を飲む人もかなりいるし、これがイスラームかと思うくらい世 界各地で独自なイスラームが存在する。一枚岩どころか、各地域の多様な文化、習俗を受け入れたから、イスラームが広まったと言える。これが世界宗教になる 一つの要素だと思う。

B:そうか。でもイスラームのイスラームたる由縁って何なの。多様性のみでは拡散して行くばかりだ。イスラームの最大公約数は何。

A:それは一言で言うと、「アラーの他に神なし、ムハンマドは神の使徒なり」だ。これをはずすとイスラームではなくなる。これがイスラームの共通項だ。

B:なるほど。多様性を認めながらの統一性とでも言えるのかな。

二酔人四方山問答(9)

岩木 秀樹 (2005年7月28日 13時23分)

B:イギリスの後はエジプトでテロ、イラクでもパレスチナでもずっと続いている。どうなっているんだ。しかもイギリスのテロの実行犯はイギリス人のようだね。

A:イギリスに生まれた育った移民の子供たちが引き起こした。外部からテロが来たのではなく、先進国の内部で絶望感のために生み出されたんだ。ワシントンポストにも「ロンドン・テロを生んだ社会的疎外感、もって行き場のない憎悪、そして狂信主義は国産物であり、いつ爆発してもおかしくない。もちろん米国でも」と書かれていた。

B:イラクに派兵した西側の先進国はみんな標的になっているのか。どうしてこんなことになるんだ。何が原因なんだ。

A:いや原因ははっきりしている。全て想定の範囲内だ。前にも行ったけれど地下鉄サリン事件よりも因果関係はわかりやすい。まずイスラーム世界の外部要因として、イラク戦争などへのアメリカの軍事介入、イスラエル・パレスチナ問題の停滞がある。内部要因として、貧困、失業、政治腐敗、民主主義の欠如、石油などの資源の不均衡な配分などがある。さらに歴史的要因として、第一次大戦期の西欧の外交による中東諸国体制の形成がある。これらがイスラーム過激派が台頭している要因だ。

B:でもこのままで行くと中東イスラームのみならず、世界がどうにかなってしまいかねないよ。「暴力の連鎖」を止めなくてはならない。

A:待って。その「暴力の連鎖」という言葉は最近よく使われるけれど、よく考えてみないといけない。特にイスラエル・パレスチナ問題を扱うときには。

B:また始まった。細かいこと言うなよ。いいじゃない、みんな使っているんだし、本当に止めなくてはならないんだから。

A:じゃあまず少し考えてみよう、例えば警察と暴走族がお互いが暴力を行使して戦った場合、それを「暴力の連鎖」というかい。

B:言うわけないじゃん。警察の方が正義であり、法律に基づいているし。

A:最近警察は非合法なこともやっているけれど、まあいいや、「暴力の連鎖」とは言わないね。ではアジア太平洋戦争中、日本の侵略行為に対するアジアの人々の抵抗運動と日本軍の戦いを「暴力の連鎖」と言うかな。ナチスに対するレジスタンスでも同じだ。

B:うーん。それは言わないね。まあ時代も違うからかな。

A:確かに時代性も考えなくてはいけない。ただ「暴力の連鎖」とは、暴力の規模や手段、それを使用する目的や理念が比較的均衡な集団間に使用される用語なんだ。そう考えてみると、特に中東イスラームの問題で根っこになっているイスラエル・パレスチナ問題は「暴力の連鎖」とは一概には言えないと思う。

B:そんなものかなー。

A:イスラエルとパレスチナは多くの点で非対称性がある。それは、イスラエルは主権を有する独立国家だが、パレスチナは自治政府とはいえまだ運動組織体であること。イスラエルは占領者で、パレスチナは被占領者であること。イスラエルは圧倒的な軍事力を持つこと。イスラエルはアメリカを始めとして多くの経済、軍事援助を得ていることだ。

B:そんなに違うんだー。

A:このような非対称性を持つ二つの主体の暴力を等価なものとみて、「暴力の連鎖」と言うことは明らかにイスラエルの側に立ったものの見方であり、強者の論理だ。

B:なるほど。パレスチナの側は、抵抗する側の止むに止まれぬ暴力、自分の命を賭してまでするレジスタンスか。

A:ただそこが今後問題になってくると思う。弱者や抵抗の暴力をどう考えるか。21世紀以後の究極の問題だと思う。20世紀までは暴力には暴力の時代であり、弱者の暴力がまだ問題として提起されなかった。ただ今一つだけ言えるのは、弱者や抵抗の暴力が無差別性・大量殺戮を続けていくと、強者の側とかわらなくなる。そしていつしか自らの理念や目標が、その無差別性という手段によって融解させられてしまうということだ。

二酔人四方山問答(8)

岩木 秀樹 (2005年7月25日 14時07分)

B:イギリスではテロの余波がまだ続いているね。イギリスにあるモスクなどが焼き討ちにあったり、女性がナイフで斬りつけられたり、イスラーム教徒への暴力が強まっているらしい。

A:日本でも似たようなことがあった。朝鮮民主主義人民共和国が過激な行動をとると、日本国内の朝鮮人学校の女生徒のスカートが切られたりした。当該問題の行動を起こした主体とその周りの一般の人々をごっちゃにしているんだ。

B:そうだよね。例えば、アメリカ政府がイラク戦争などで、国際法を無視した犯罪行為をしたとしても、アメリカ人全員が犯罪者とは限らない。

A:それはそうだ。ただ政策決定の中枢にいた人、それを支持した人、黙認した人、反対した人などで、犯罪に関する責任の度合いが違うということはあ る。これは戦争責任論などで大きな議論になる。また被害者から見れば、同じ集団に属している者は、皆同じ犯罪者に見えてしまうのかもしれない。これはイス ラーム過激派側にも言える。西側に属する者は皆、イスラームに敵対する者だ、みたいに。それはそれとして、今回のように同じイスラーム教徒という理由だけ で、様々な暴力を受けるのは明らかにおかしい。このような暴力が続いていくと、穏健なイスラーム教徒も過激化する可能性がある。

B:新聞に載っていたんだけど、イギリスに住むイスラーム教徒へのアンケートで、「差別を受けた」との回答が2000年は約45%だったけれど、2004年は約80%になったそうだよ。明らかに、9・11事件やイラク戦争などが影響しているよね。

A:イギリスには約160万人のイスラーム教徒がいて、現在は2世3世が多い。彼らは失業や貧困にあえぎ、偏見とも闘わなくてはならない。そのよう な中から一部が過激化する。移民の1世は祖国をよりどころに出来るが、イギリス生まれの2世3世はイスラームに自己のアイデンティティを求める傾向にある そうだ。

B:差別や迫害を受けた社会には適合しようとせず、むしろ憎悪の対象にしてしまうのかな。

A:こんなアンケートもある。イスラーム教徒の中で、「イギリス社会の一員だ」と答えた人は41%、「一員ではない」と答えた人は27%だ。

B:一員ではないが27%か。これは多い数字だよね。

A:多いと思う。これからの課題は、貧困や失業などの対策を図り、平等性を高めることによって、穏健な人々を過激化させないということだ。イスラー ム教徒の多くはテロ行為には反対だ。西側諸国にも話し合いで解決しようとの流れも大きい。いわば「対話派」の人々の世界連合を作る必要がある。

B:でもアメリカの保守派は「文明の衝突」を声高に主張している。

A:アメリカの保守派もイスラームの過激派もどちらも文明の衝突になってほしいと考えている。どちらの側もキリスト教や自由、イスラームをイデオロギーとして利用し先鋭化している。

B:案外、敵同士だけれど、どちらの側もお互いの存在があって自分たちの存在証明をしている側面があるよね。

A:どちらも相手が必要なんだ。

B:そうそう、そのことを誰かがこう言っていた。なんだっけ。えーと。「ジハードとマックワールドの共謀関係」かな。

A:バーバーの言葉だね。彼によれば、ジハードとは自らの共同体に過剰なまでの誇りを持ち、敵対する者たちを聖戦で打倒する傾向。マックワールドとはアメリカに端を発し、英語を基幹言語として、資本主義経済、物質至上主義、消費文化を謳歌する傾向だ。

B:なるほどね。その二つは、一見全く逆の立場だけれど、共謀・共犯関係にあって、互いが互いを必要としているってことか。

A:おもしろい論だし、キャッチフレーズとしてもなかなかだと思う。でもジハードは本来このような意味ではないことは前回説明したとおりだ。イスラーム教徒から見ても、自分たちの宗教的用語を歪曲化されて使用されるのは侮辱と捉えるだろう。原理主義という用語もそうだけれど、本来はアメリカのプロ テスタントの一部の運動をファンダメンタリズムとしたが、それが他にも使用されるようになり、今ではイスラームの専売特許のように使用されている。本来の 意味を援用して学術用語として使用する際はもっと慎重にする必要があると思う。

B:マクドナルドだって怒るかもしれない。われわれはもっと高い理想を持っている、ってね。裁判沙汰にならないのかな。

A:でもマックだったら宣伝してくれて有り難う。マックはその通りだ、と言うかもね。

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