二酔人四方山問答(17)
岩木 秀樹 (2005年10月13日 23時31分)
A:平壌の郊外の大城山には、抗日戦争で亡くなられた方の銅像が何百と並んでいる革命烈士陵があるんだ。ここに行ったときには日本人として悲痛な気持ちになった。
B:そうだろうな。僕も北京の中国人民抗日戦争記念館に行ったときにも同じような気持ちになったよ。
A:ここを訪れる朝鮮人の日本人に対する冷たい目線をなんとなく感じたよ。思い過ごしかもしれないけれど。
B:当然かもしれないよ。僕が朝鮮人だったら、冷たい目で見るかもしれない。僕のおじいちゃんを帰せ、現在の朝鮮半島の状況は日本にも責任があるんだぞって。
A:確かにそうだね。日本軍によって多くの人が殺されたり、100万人以上の人が強制連行されたり、その後の朝鮮戦争では双方400万人以 上の死者を出し、現在も1000万人の離散家族を抱えている朝鮮半島のことを考えると、近代日本の歩んだ歴史が現在の朝鮮半島に大きな影響を及ぼしている のは確かだ。そうそう、金日成主席の両親も日本軍によって虐殺されたんだ。
B:そうなんだ。両親を殺されたら、僕でも抗日パルチザン闘争に入るね。
A:やはり日本人はまず革命烈士陵を訪れるべきだと思う。小泉首相も平壌に来たとき、すぐにここに来るべきだったということを、朝鮮社会科学者協会の先生方にも言っておいたよ。
B:でもこういう施設は、ナショナリズムの高揚に利用されやすいって、どこかに書いてあったよ。
A:まあ、過去の戦争にまつわる施設やモニュメントは、現在の政権の正当化や、ナショナリズム宣揚に利用されるのは、どこの国でも大なり小なりやっていることだ。そんなことは折り込み済みで、それも含めて見に行った方がいい。特に日本人は加害者としての当事者だから。
B:そうだよね。
A:朝鮮は高句麗以来の古い歴史があって、そのことに大きな誇りを持っていた。そうそう歴史といえば、開城の高麗歴史博物館に行ったとき、ガイドが「開城の寺院は豊臣秀吉によって焼かれました」と説明していた。今から400年以上前の歴史が現在でも語られていた。
B:ああ、秀吉の「朝鮮征伐」か。この「征伐」という言い方も自己中心的な発想だよね。
A:このガイドの話を聞いて、はっとさせられた。そういえば日本史で習ったということを思い出した、秀吉軍が朝鮮を「征伐」したということを。このあたりから、朝鮮人の歴史への誇りとそれを壊す日本人という構図が徐々に芽生えてくるのかなと思った。
B:何でも、やった方はそれをすぐに忘れるけれど、やられた方はいつまでも忘れないということもあるしね。
A:同じアジアの隣国なのに、歴史を共有していない、むしろ対立的な歴史観を感じたことは他にもあった。
B:え、どんな点。
A:1945年8月15日は、日本にとって敗戦記念日だけど、朝鮮にとっては戦勝記念日であり、解放記念日であり、まさに光復なんだ。アリラン祭にもこの日が大々的に映し出されていたし、色々なモニュメントにも刻まれてあった。
B:どんなところに。
A:例えば凱旋門。これはパリの凱旋門より大きいらしいんだけれど、門の左側には1925、右側には1945と刻まれていた。1925年は金日成が日本からの独立を勝ち取るために、万景台の生家を出たとされる年で、1945年は独立を達成し、平壌に凱旋した年だ。
B:1945年8月15日は二つの国でこれほど対照的なんだ。
A:ただ皮肉なことに、戦勝国は分断され、敗戦国は分断されず、その後日本は朝鮮戦争によって大きな経済的利益を受けることになるんだ。
