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二酔人四方山問答(27)

岩木 秀樹 (2006年2月9日 23時43分)

B:ところでその昇天の旅とはどんなものだったの。色々な預言者に会ったんでしょ。

A:それも歴史的事実かどうかはさておき、この昇天の旅が象徴しているのは、様々な預言者の系譜をたどっているということだ。

B:え、どういうこと。

A:歴代の預言者がアラーから命じられたのと同じ使命をムハンマドが担っていることを確認し、イスラームは怪しい新奇な教えではなく、アダム・ノア・アブラハム・モーセ・イエスなどから連綿と続く一神教の系譜に位置するということを主張するものなんだ。

B:そうか。イスラームは一神教の系譜の最後に登場した、最も純粋な一神教とされるんだよね。

A:だからイスラームは決して、ユダヤ教やキリスト教と全く異なった宗教ではないんだ。

B:でも今は「文明の衝突」とか言われて、ユダヤ教・キリスト教とイスラームが対立し、相容れないもののように報道されているね。

A:これらの宗教はセム的一神教と呼ばれ、祈っている対象である全知全能で世界を作った神は皆同じだ。おもしろいのはアラビア語をしゃべるキリスト教徒は自分たちの神のことをアラーと言っている。

B:へー、キリスト教徒が自分たちの神のことをアラーとね。

A:当然といえば当然だ。アラビア語で神のことをアラーと言うんだから。

B:まあ、言われてみればそうか。ところで預言者って予言者とは違うんだよね。

A:未来のことを予言する予言者とは異なり、神の言葉を預かる人ということで預言者と呼ばれている。その預言者の中でもムハンマドは預言者の封印、最大にして最後の預言者とされている。

B:あ、そうそう。最近そのムハンマドを風刺した漫画が問題になっているよね。

A:2005年9月にデンマークの新聞が、ムハンマドが爆弾の形をしたターバンを巻くなどした風刺漫画を掲載したことが発端だ。その後欧州各国の新聞などが「表現の自由」を掲げて、転載したことにイスラーム教徒は反発を強めている。

B:なぜそれほど反発するんだろう。欧州では英国王室やバチカンなども風刺漫画のターゲットになり、あまりタブーはないようだ。

A:色々要因はあるだろう。イスラームでは偶像崇拝が徹底的に禁止されており、アラーはおろか、預言者のムハンマドでさえ、何らかの形で物 象化することは禁じられている。また爆弾の形をしたターバンという表現は、現在蔓延しているイスラーム=テロとの印象を助長しかねない。そのオリエンタリ ズム的偏見にも怒ったのだろう。

B:そうか、様々な原因はあるんだ。

A:さらにさかのぼれば、近代西洋がイスラームに対して採ってきた政策により、イスラーム世界はずたずたになった。特に冷戦崩壊以後、イスラーム教徒は各国で虐殺され続けているとの思いがあるのも事実だ。

B:そのような背景があるから、一部に過剰なまでの暴力行為に走る人もいるんだ。イランではホロコーストを風刺する漫画を募集し始めたそうだね。

A:そうだ。2月7日の「ハムシャフリ」には、「言論の自由をたてにイスラーム教徒を侮辱した欧州が、ホロコースト問題で同様の自由を認め合うのかを問う」としている。

B:なんか嫌な雰囲気だね。文明の亀裂が深まりそうだ。言論の自由とは何か、もう一度考えなくてはならない。

A:僕は基本的に言論の自由は大事だと思う。タブー無く論議する必要がある。議論には暴力でなく議論で応酬する必要があると思う。

B:僕もそうあって欲しいと思うよ。

A:ただし議論にもルールがある。根拠がきちんと示せるか、偏見やステレオタイプはないか、相手の主義や信条にも一定の理解があるか、どのような歴史を有するものがどのような立場でその言説を述べているのか。

B:それになぜあれほどまでの反発があるのかも考えないといけないと思うよ。

A:欧米とイスラームは、近代の歴史の上でも、最近の経済力や軍事力でも等価なものではない。少なくとも多くのイスラーム教徒は自分たちは被害者でやられる側だとの認識がある。

B:なるほどね。ところで日本でもタブー無く議論ができるだろうか。

A:例えば、「東宮対秋篠宮 世継ぎをめぐる争い」の風刺画を新聞に出したらどうなるか。

B:んー、大きな問題になり、暴力沙汰になりかねないかも。あまり人のことばかり言ってられないね。

(つづく)

二酔人四方山問答(26)

岩木 秀樹 (2006年1月19日 23時45分)

A:このように既存の社会との思想的・社会的対立が深刻になった頃、ムハンマドにとって大きな危機の時代を迎えたんだ。

B:どんなことが起こったの。

A:619年には妻ハディージャ、その後間もなく伯父アブー・ターリブが亡くなったんだ。

B:そりゃ大変だろうな。身近な人の死に直面したんだ。

A:最初のイスラーム教徒であり夫の良き理解者で励まし役でもあったハディージャの死は、ムハンマドの宗教者としての生活に精神的打撃を与えた。ハーシム家の家長でもあり、ムハンマドを庇護してきたアブー・ターリブの死は、政治的打撃だった。

B:精神的打撃と政治的打撃か。この後、反ムハンマド、反イスラーム勢力から色々な攻撃が加えられたんだろうな。

A:そうなんだ。ただこのような危機の時期にある宗教的体験をするんだ。

B:へー、おもしろいね。危機や迫害の時期が転機になったり、重要な宗教的意味合いを持つということは他の宗教にも見られるよね。どういう体験をしたの。

A:このような困難な時期にムハンマドは夜の旅と昇天の旅を経験したんだ。それはムハンマドとイスラームにとって大きな転機を迎える622年のヒジュラ(聖遷)のおよそ1年前であったとされている。

B:夜の旅と昇天の旅ってどんなことなの。

A:夜の旅とは、一夜のうちにムハンマドがメッカからエルサレムへ往復したことであり、昇天の旅とは、その時エルサレムにおいて、かつてのソロモンの神殿から七層の天に昇り、諸預言者たちに出会い、ついにはアッラーの御許に達するというものだ。

B:えー、でも当時は飛行機も無かったのに、有り得ないよ。

A:確かにそうなんだけれど、夜の旅が歴史的事実で肉体を伴う現実的な体験であったのか、または宗教的体験もしくは脳内現象で魂の飛翔による旅であったのかは、それほど問題ではないのかもしれない。

B:まあ、現代の科学で全ての社会現象が把握できるとは考えないけれど、やはり人知の及ばない神秘的な感じがするな。

A:イスラームは秘蹟やミラクルの少ない比較的合理的な宗教だと言われているが、この夜の旅と昇天の旅は、やはり神秘的なものだろう。

B:そういえば、キリスト教では秘蹟などをよく聞くけれど、イスラームではあまり聞かないね。

A:ただイエスは医学の知識がある程度あったということを聞いたことがある。医学の知識があれば、例えばこのつぼを押せば病気が治るとか、止血点を押さえれば血が止まるということがある。医学の知識がない人から見れば、それはミラクル、マジカルに見えるだろう。

B:なるほど。逆に怪しいとされている風習や宗教的儀式が人間によい効果をもたらすということが科学的に証明できるかもね。

A:それはある。香をたくことは、害虫よけやアロマテラピー効果がある。風水などで、台所は東向きがよいなどと言われるのは、昔は電気が無く、朝早くから炊事をするためには日光が差し込まなくてはならなかったからだ。

B:なるほどね。案外、科学的根拠があるものがあるんだ。

A:だから一概に宗教的体験が怪しいとしてはいけないんだ。そもそも宗教実践者は怪しいなどとは思っていない。

B:ただその態度もどうかと思うな。利用されたり騙される危険性があるんじゃないかな。

A:その通り。だから宗教実践者も自宗教を客観的に見つめ直すということも重要だ。宗教と科学、実践と客観の往復作業が大切だと思う。

(つづく)

二酔人四方山問答(25)

岩木 秀樹 (2006年1月12日 23時45分)

B:ムハンマドに啓示がおりたのはどのような状態だったの。

A:西暦610年のラマダーン月(第9月)に、いつものようにヒラー山の洞窟で、瞑想後に仮眠をしていると、突然大音声によって呼び覚まされたんだ。それがアッラーによる大天使ジブリール(ガブリエル)を通じてムハンマドにくだされた最初の啓示だった。

B:どんな内容だったの。

A:突然アラビア語で「詠め!」とムハンマドに叫んだ。驚いた彼はとっさに「私は詠む者ではありません」と答えた。当時のアラビア半島の人々と同じく、彼は読み書きが出来なかった。この問答が三度繰り返された後、ムハンマドはついに観念し、アッラーは詠むべき内容を以下のように彼に言ったと されている。詠め!「凝血から人間を創造し給うた汝の主の御名において」詠め!「汝の主はペンによって教えた給うた最も尊いお方」「人間に未知のことを教 え給うたお方」であると。

B:へー、でもムハンマドもびっくりしたろうな。突然そんなことがあるとは。

A:そうなんだ。彼はこれが神の言葉であることを信じることが出来なかった。恐れおののく彼を励まし、断続的にくだされる言葉は神の啓示に他ならないと信じたのは妻ハディージャだった。

B:そうか奥さんの励ましと理解がなければ、ムハンマドが神の使徒として自覚することはなかったかもしれないね。

A:洋の東西を問わず、配偶者のサポートは重要だね。このようなことからハディージャはイスラームに帰依した最初の人物とされている。

B:その後どうやってイスラームを広めていたの。

A:最初、身内やごく近しい人々に自分の思うところや体験を説いていたんだ。その後ムハンマドは614年頃から、メッカの辻々に立って大衆伝導を始めた。

B:どのような内容を説いていたの。

A:最初説いたのは、メッカ社会における貧富の格差の増大による大商人たちの拝金主義、享楽主義、利己主義、そして人々のモラルの退廃への警告だった。

B:そうするとメッカの商人たちや旧来の勢力から強い反発が予想されるね。

A:そうなんだ。メッカの人々、特に大商人たちはこのような布教に大きく反対した。

B:何でもそうだけれど、新しいことを始めるとそれに抵抗する守旧派はいるよね。

A:さらにムハンマドの運動が、彼らの政治経済的利害や部族的伝統にまで抵触するようになっていったんだ。

B:前にも聞いたけれど、イスラームは部族主義を越えて、自立した一人一人が神と直接向き合う宗教だよね。当然、部族主義とは対立するよね。

A:当時、メッカの人々は遊牧の生活をやめ、商業に従事するようになって、血縁的つながりよりも個人の経済的利害を優先させるようにはなってきつつあった。しかしまだまだ旧来の伝統は生き続けていた。

B:イスラームはその意味で時代先取りの宗教だったんだね。

A:そう。時代の転換点に人々を魅了する考え方を提示したと言える。このように時代の画期にこそ新しい思想や宗教は生まれるんだ。

(つづく)

二酔人四方山問答(24)

岩木 秀樹 (2005年12月22日 22時01分)

B:ムハンマドは西暦570年頃生まれたといっていたけれど、どんな人物でどんな生涯だったの。

A:メッカの有力部族クライシュ族のハーシム家の生まれで、父アブドゥッラー、母アーミナの子として誕生した。ただ父はムハンマドが誕生する以前に、母も6歳頃に亡くなった。

B:えー、そうだったの、かわいそうに。

A:幼い頃からそういうような経験をしたので、指導者になれたのかもしれない。その後孤児として祖父アブドゥルムッタリブ、その死後は伯父のアブー・ターリブに育てられた。確かに両親を早くに亡くしたことは寂しいことであったかもしれないが、孤児を一族で育て保護するということは、イスラーム社会では当たり前のこととなっている。

B:へー、孤児を一族で保護するということがあるんだ。

A:トルコ共和国建国の父ムスタファ・ケマル・アタテュルクやイラクの前大統領サダム・フセインも孤児として伯父に育てられた経験を持つ。イスラーム社会では、孤児や旅人、貧しい人、病人などは手厚くもてなされる雰囲気とシステムが現在でも存在する。

B:僕も聞いたことがあるよ。イスラーム圏に旅行すると嫌というほどもてなしを受けるということを。

A:ホスピタリティの厚い社会と言えると思う。そのような中で育てられたムハンマドは富裕な商人ハディージャに雇われ、隊商貿易に従事した。彼女はムハンマドの人柄と手腕を見込んで結婚を申し込んだとされている。

B:ムハンマドが何歳の時。

A:ムハンマド25歳、ハディージャ40歳。

B:えっ、15歳も年上の姉さん女房。

A:しかも彼女は2度の結婚経験があるんだ。

B:えっ、ばつ2。今の日本だってそんなケースは稀だよ。僕の母だったら許してくれるかな。

A:離婚にうるさいカトリックだったら、あまり考えられないことだろうな。イスラームは預言者ムハンマドにしてこうだから、そのあたりは非常に大らかだ。性に関しても忌み嫌い恥ずかしいものという雰囲気はあまりない。

B:イスラームって厳格で怖い宗教だという印象が強かったけれど、そうでもないんだ。

A:世俗や現世に対して非常に肯定的に捉える傾向が強い。ところでムハンマドは結婚後も妻とともに隊商に従事していた。普通の家庭生活を送っていたわけで、そのあたりがキリストや釈迦と異なる。

B:そうなんだ。日常生活を送っていたわけか。

A:ただよく思索にふけることが多くて、メッカの郊外のヒラー山の洞窟で瞑想をすることが多かったらしい。彼が40歳になった頃、そこで神から啓示がおりたんだ。

B:良き家庭人、商人としてのムハンマドに預言者としてのムハンマドが加わるんだね。

二酔人四方山問答(23)

岩木 秀樹 (2005年12月15日 22時10分)

B:イスラームの創唱者のムハンマドはちょっと前にはマホメットと言われていたよね。

A:そうだね。学校の教科書にもマホメットと書かれていた。これも相手のことを知らなかったり、欧米の受け売りが原因だ。

B:え、どういうこと。

A:アラビア語読みではムハンマド、オスマン帝国時代にトルコ語になまってメフメット、 それがヨーロッパに入ってさらになまってマホメットになり、それを日本が輸入したんだ。

B:なるほど。他者認識の甘さから由来する、一種のオリエンタリズムとも言えるかもね。

A:そうだ。最近はできるだけ当該地域での呼称を使うようになってきている。コーランはクルアーン、メッカはマッカのように。

B:そういえば、前にマホメット教という言い方を聞いたことがあるけれど、あれもおかしな言い方なの。

A:明らかにヨーロッパ人の自己認識を他者認識に投影した結果だ。

B:んー。よくわからないよ。

A:キリスト教では三位一体でキリストも神なので、イスラームもムハンマドが開いた宗教であるから神であろうと勝手に思いこみ、マホメット教と呼んだんだ。しかしムハンマドには何ら神性はなく、コーランにも、ムハンマドは市場を歩く普通の人間といった表現もある。

B:そうなんだ。日本は何も考えず、欧米の間違った知識を受け入れてきたんだ。

A:最近はずいぶん修正されてきているけれどね。ところでイスラームという言い方もずいぶん論争されているよ。

B:そういえば、前はイスラム教という言い方の方が多かったように思う。

A:そう。でも最近は「ラ」の後にアラビア語の長音記号があるので、現地語読みに忠実にということでイスラームになった。

B:イスラム教の「教」が無くなったのはどういうことなの。

A:ふたつの要因が考えられる。一つはイスラームの意味は絶対帰依という意味で、すでにイスラームの中に宗教という意味が内包されているか らだ。二つ目はイスラームは単なる宗教にとどまらず、生活や政治、経済などを包含するものだからだ。これを指してイスラームをトータル・システムと言う人 もいる。ただこの二つの要因はやや矛盾するけどね。

B:確かにイスラームは宗教と政治などを分割して考えないと聞いたことがあるし、それを理由に欧米はイスラームを世俗化していない前近代的国家だと批判している。

A:そうだね。欧米の価値観からするとそうなるね。政治の世界においてとりあえず宗教をかっこに入れるという考えは、17世紀のヨーロッパを血に染めた30年戦争などが影響している。

B:宗教戦争をし続けると、ヨーロッパが殲滅してしまうのではないかと考え、ウェストファリアの主権国家システムを作ったんだよね。

A:そう。宗教と政治を分け、領域内においては教会などではなく国家のみが最高の権力つまり主権を有するということだ。当時のヨーロッパにおいてはこのシステムはある程度機能したように思う。

B:でも当のヨーロッパは現在ではこの主権国家システムを脱して、EUを作っているよね。

A:そうだ。ヨーロッパにおいてすらも、この近代西欧国際体系が機能しないということがわかってきた。いわんやヨーロッパ以外にこのシステ ムを押しつけることにより、全世界で大きな問題になり、紛争の原因にもなっている。中東など、民族や宗教が多様でモザイク状況になっている地域は特にそう だ。

二酔人四方山問答(22)

岩木 秀樹 (2005年12月8日 22時12分)

B:君から色々イスラームについて聞いてきて、もっと知りたくなったよ。イスラームはそれほど怖い宗教とは思わなくなったけれど、やっぱり砂漠の宗教というイメージがあるな。

A:それはステレオタイプだな。イスラームは都市の宗教であり、商業の宗教だ。

B:えー、どういうこと。

A:イスラームが生まれた現在の中東地域は文明の故郷であり、世界で最初に都市が発達した地域だ。また紀元前3000年頃から、この地域は商品経済の世界であった。個人の資格で他者と契約する自立した人々よりなる社会だった。

B:なるほど。個人の資格で他者との契約が、神との契約につながるんだね。

A:そう。この地域で生まれたユダヤ教・キリスト教・イスラームのセム的一神教はどれも神との契約を重視する。イスラームの創唱者ムハンマドは西暦570年頃アラビア半島のメッカで生まれた。

B:ムハンマドの誕生をキリスト暦である西暦で数えるのもおかしいよね。

A:まあそうなんだけど、わかりやすいから許して。当時のアラビア半島は部族的集団志向から個人的利益志向へと社会が変化し、遊牧から商業 へと経済基盤が大きく変わりつつある変革期だった。イスラームはユダヤ教・キリスト教よりも徹底した個人主義に立っていて、その意味では時代先取りの宗教 だった。

B:でも当然、旧来の勢力や、部族、多神教徒からは圧力を加えられるよね。

A:そうだった。旧勢力と大きく対立した。でも宗教に限らずあらゆるイデオロギーは未来志向で時代の先端を行かなくては魅力あふれるものにはならないし、多くの人を引きつけられない。

B:イスラームが急激に広がったのも、そのあたりに要因があったのかな。

A:時代先取りの個人志向、一人一人が神と直接向き合う平等性、地域の習俗や他の信仰を認める寛容性などが考えられる。

B:今でもイスラームは広がっているの。

A:広がっている。欧米でも、低所得者やいわゆる白人以外、つまりその社会で置いてきぼりをくっている人々を中心に改宗が行われている。

B:前にも聞いたけれど、あと何十年かでイスラームが世界で最大の教団になるんだよね。

A:そう。出生率も高いしね。ここまで大きくなるのも理由があると思う。短期間に多くの人を、または長期間に少ない人をマインドコントロールはできるけれど、1400年近くも10数億の人を騙すことはできない。

B:そうだと思うけど、まだイスラームに偏見を持っている人は多いと思うよ。イスラームが砂漠や戦闘の宗教だとは考えても、商業の宗教だとはなかなか思えない。

A:イスラームは商業や商人に対して肯定的で、コーランには多くの宗教用語が使われている。

B:どんな風に。

A:例えばこんなものがある。「コーランを読誦し、礼拝の務めをよく守り、神から授かった財産を惜しみなく使う人々は、絶対はずれっこない 商売を狙っているようなもの」(35章、26節)「神の御導きを売り飛ばして迷妄を買い込んだ人々、だがかれらもこの商売で損をした。目算どうりにいかな かった。」(2章、15節)

B:こんな表現があるんだ。おもしろいね。宗教というと金儲けや商業を忌み嫌うものと思っていたんだけど、そうではないんだ。

A:もちろん暴利をむさぼるとかは禁じられている。ただおもしろいのはこの商業的雰囲気と宗教の寛容性が密接に結びついているんだ。

B:どういうことなの。

A:商業は家族や身内など小さな近い集団を相手にしていたのでは、利益が上がらない。他集団や遠い地域を相手にしてこそ、大きな利益が得ら れる。つまり商業には自分とは異なる集団・組織の存在が前提となっている。他者があってこそ、自分たちが存在し繁栄できると考えるんだ。それがイスラーム にも息づいているんだ。

二酔人四方山問答(21)

岩木 秀樹 (2005年11月24日 11時58分)

B:フランスの暴動はだいぶ沈静化してきたようだね。

A:フランス政府も必死で抑えた。1955年に制定された非常事態法がフランス本土で初めて発令されて、夜間外出などが禁止された。ほとんど準戦時体制の戒厳令と言ってもいい。

B:沈静化されたからといって、問題が根本的に解決されたわけではないよね。

A:そうだね。今後アフリカ系やイスラーム教徒の移民の格差是正や移民政策、さらにはEUがキリスト教共同体にとどまるのかどうかまで問われることになると思う。

B:今回何がきっかけで暴動化したの。

A:2005年10月27日に、パリ郊外でアラブ系の17歳とアフリカ系の15歳の少年2人が変電施設に入り込み感電死した。これが警官に追われた末との情報に怒った仲間たちが警官隊と衝突したことから始まった。ただこれは引き金に過ぎなく、差別や憎悪が根底にあるんだ。

B:そうそう。サルコジ内相のとんでもない発言がさらに火に油を注いだとも聞いたよ。

A:暴動の最初の段階での、「社会のクズを片づける」との発言は、若者のマグマを爆発させた。実はサルコジ内相はハンガリー移民二世なんだ。このように欧州移民二世は政治の中枢まで行けるが、アフリカ・イスラーム移民二世は社会の周辺に置かれているのが現状だ。

B:そうか、根が深い問題なんだ。単に不良少年たちが暴れているという問題ではないんだ。

A:移民の失業率は20%を越えていて、20代以下の若者に限れば4割近い。またいざ就職をしようとしても、イスラーム系の名前で住所がパリ郊外だと面接にさえ呼ばれないといった差別が横行している。

B:エー、そんなことがあるの。ひどいなー。

A:親の世代は肉体労働で生計を立てて、イスラームの伝統を維持していた。しかし二世たちは学校で西欧的価値観を教えられ、フランス語もしゃべり、西欧化しているのに差別を受ける。このことに大きな不満を持っているようだ。

B:この問題は単にフランスのみではないよね。

A:そう。ヨーロッパのイスラーム人口は約2000万人を数える。同化政策や多文化主義など多少違うが、同じような問題を抱えている。だから今回も暴動がドイツやベルギーにまで飛び火した。

B:でもイスラーム教徒全員が暴動を良しとしているわけではないよね。

A:もちろんそうだ。在仏イスラーム団体は11月7日に「無差別な攻撃はイスラームの教えに反する」とのファトワ(宗教見解)を出した。「暴力にノン、対話を」と書かれた垂れ幕を掲げて行進していたイスラーム教徒も多かった。

B:でもアフリカ系の少女がこのように言っていたらしい。「暴力は良くないけれど、こうでもしないと誰も私たちに耳を傾けないもの。」率直な発言だと思う。

A:そうかもしれないね。現代イスラーム地域研究が専門の内藤正典さんはこんなことを述べている。今回の暴動と宗教は関係ないが、イスラーム組織は不満を持つ若者を吸収する好機と捉えている。国家に憎悪を抱く若者がイスラーム過激派に参加していくことの危険性をフランス政府は熟慮すべきである、と。

B:このままでいくと、テロの危険性もあるということか。

A:そのことは多くのフランス人も理解している。11月9日付のリベラシオンには、「学校は選別の場、行政は失業問題に無策、警察による差別は日常茶飯事。この現実に失望した移民が自己主張をすれば、共和国の一体性を脅かす存在のように言われ、揚げ句はテロリスト視される。これが実態なのだ」と書かれていた。

B:フランスをはじめ、ヨーロッパは苦慮しているんだね。

A:おそらく、日本人には色々言われたくない、と思っているんじゃないかな。日本は移民問題を議論する以前の問題だ。移民はおろか、難民もなかなか受け入れない社会だし、長年日本に住む外国人から税金は取るが、選挙権などの権利行使はさせない国だ。

B:うーん。他人の悪い点はよく見えるけれど、自分のことはわからないということか。

A:そう。日本はアジア近隣ともうまくいっておらず、国内でも少数者を排除しているんだ。今回の暴動は実は自分たち日本の問題でもあるとも言えるかもしれない。

二酔人四方山問答(20)

岩木 秀樹 (2005年11月10日 11時26分)

B:この前、多くの税金が皇室に使われているという話があったけれど、今回の清子内親王の結婚に伴って、一時金とかいう名目で、1億5千万円以上が支給されるらしいよ。これって税金だよね。

A:そう、羨ましいね。ぼくもその千分の一の15万円でもいいから欲しかったよ。それはそうと、皇室費や各地の御用邸や皇居、そして様々な骨董品や芸術品などの全ての皇室財産を合わせると膨大なものがあるらしい。

B:今、「聖域なき財政改革」とか言われているけれど、皇室関係は例外なのかな。でもこんなことをしていると、かえって世論の反発を招き、皇室の存続を危うくしかねないと思う。

A:そうだね。ただ皇室や宮内庁も生き残りに必死だ。民間からお嫁さんを捜したり、皇族の仲むつまじい映像を公開したりして、ソフトなイ メージを作っている。また天皇は、「憲法を守るように」、「日の丸・君が代を強制しないように」との発言や、サイパンでの韓国人や沖縄出身の戦死者の墓参 りなど平和の象徴の役割を果たそうとしている。

B:そうなんだ。でも若者の間では天皇制への無関心は半数を超えているし、天皇制を維持するための大きなコストを考えると、あっさりいらないと考える人も増えてくるかもしれない。

A:また皇室の様子は芸能人と変わりなくワイドショー化されている。ただ雅子様、愛子様と急に改まった口調で言われるけどね。おもしろいの はそのすぐ後で、急に威圧的な口調で、「金日成・金正日親子の世襲による体制」などと朝鮮が報道されていることだ。あれっ、皇室も世襲ではなかったかなと 思ったよ。

B:そうそう。この前、朝日新聞に載っていたんだけど、天皇家って125代続いているんだってね。

A:いや、僕のうちはもっと古いよ。アウストラロピテクスから換算すれば、何万か何十万なのかわからないくらいになるよ。僕がこの世に今存在していることを考えれば、僕の家も万世一系だ。

B:まーまー、そうだろうけれど。そりゃ、どこかで途切れたら、今存在していないし、万世一系ではなくなるけれど。

A:ところで、この万世一系という言葉は、男系のみが一貫しているということで明治憲法でうたわれたんだ。

B:そうそう、僕のおじいさんは歴代の天皇の名前をそらんじていたよ。

A:そうだな、現在70代以上の人は戦前の教育を受けていたので、「神武・綏靖・安寧…」と暗記されられていたからだ。ちなみに日本古代史研究では、実在の天皇は15代の応神以降と考えられている。

B:え、実在しているかどうか怪しい人まで数えているの。ずるいな。じゃあ、僕の家もこじつけて300代続いていますとか言おうかな。

A:神武から125代の現天皇まで124回の継承があったけれど、色々な継承があったらしい。直系継承が69例、兄姉弟間継承が27例、その他の継承が28例で、そのうち非嫡出子(側室の子)は55人とされている。

B:へー、直系ばかりでないんだ。

A:遠い血縁への継承は、皇位をめぐる争いや、継承者不足の危機を乗り越えるためだったんだ。

B:どのくらい遠い親戚からの継承だったの。

A:一つの例は、25代の武烈に男子がいなかったため、15代の応神の五世の孫が現在の福井県から連れてこられ即位した26代の継体がいる。約200年隔たった傍系からの継承で、王朝が変わったとの説もあるくらいだ。

B:そんなにさかのぼったの。本人もビックリしたろうな。自分が天皇の子孫だとは知らなかったりして。

A:継承争いで有名なのは、壬申の乱だ。38代の天智の後継をめぐって、息子の39代弘文と弟の40代天武が内戦をした。他にも南北朝の争いなど多くの継承争いが存在する。

B:天皇家の歴史は抗争、戦争の歴史だな。兄弟や親子、親族で殺し合いをするなんて、血塗られた一家じゃあないかな。

A:僕は天皇家が好戦的で、家族愛に乏しい一家だとは思わない。むしろ権力がそうさせたと言えると思う。権力を維持・継承するために殺し合いをしたという側面がある。現在の天皇家は政治権力はそれほど持っていないので、争う必要はない。

B:そうか。でも今でも皇太子と秋篠宮との対立が報道されているけれど。あれって継承争いかな。

A:週刊誌レベルの報道だから当てにならないけれど、全くないとは言いきれないと思う。女性天皇を認める皇室典範が改定されると、秋篠宮は 皇位継承順位が2から3に落ちる。また皇室典範改定のタイミングにもよるけれど、秋篠宮家が天皇家になる可能性がほとんど無くなってしまうからだ。

B:いやー、大変だね。天皇家に生まれるのも辛いね。僕の結論は庶民でよかったということかな。それと税金は大事に使って欲しいということだな。

二酔人四方山問答(19)

岩木 秀樹 (2005年11月3日 11時39分)

B:この前の靖国神社の話で、天皇の軍隊についた戦死者しか祀られないと言っていたよね。

A:そうだよ。靖国神社は日本の伝統的な神社と異なる国家神道だ。伝統的な神社では亡くなった人は皆等しく神様になるが、靖国はそうではない。敵はおろか民間の犠牲者も祀られないんだ。

B:ふーん。靖国神社は日本の伝統だと思っていたけど、そうじゃないんだ。

A:明治に作られ、陸軍省と海軍省が管理し、日本の国体と天皇制の象徴だ。だから伝統的神道の信者は、靖国神社は神道をゆがめる存在だと怒ってもいいと思う。

B:色々話を聞いていて、やはり天皇制の問題が避けて通れないと思ったんだ。でも日本では天皇制を直接論議することはタブーなんでしょ。天皇制批判をすると、右翼などから脅しや暴力を受けると聞いたことがあるよ。

A:確かにあるが、言論の自由が保障されている日本ではそんなことがあってはならない。相手の人権を侵害しなければ、どのような議論も自由にできなくては自由主義国家、法治国家と言えない。

B:今、女性天皇の論議が盛んだけど、どう思う。

A:今の皇室典範のまま行くと、あと数十年で天皇制が無くなることは誰の目にもわかる。だから皇室や宮内庁にとっても皇室典範を変えることは死活問題だという現実がある。その上で女性天皇の論議について考えると、僕は当然の流れだと思う。

B:どうして。伝統的に男が天皇になるもんでしょ。

A:いや、明治以前までに10代8人の女性天皇がいたんだ。だから男系男子のみが天皇というわけではなかったんだ。ただ女性天皇を認める理 由としてもっと重要なのは、憲法第14条に男女の平等が書かれているからだ。これは当然、皇室典範より上位に位置するもので、皇室典範第1条「皇位は、皇 統に属する男系の男子が、これを継承する」は憲法違反だ。

B:なるほどね。

A:男系男子天皇制は家父長制の近代家制度のもとで作られ、戦後、皇室典範もかなり修正されたが、男系男子規定はそのまま維持された。ただ女性天皇が認められれば、天皇制に何の問題が無いというわけではない。

B:他にどんな問題があるの。

A:これは女性史研究者の加納実紀代さんが言っているんだけど、民族・階級・ジェンダーの三つの観点から、たとえ女性が天皇になっても問題があるとしている

B:へー。おもしろそうだね。

A:第一の民族の観点では、天皇は日本国民の統合の象徴とされており、逆に言えば、非日本国民の排除という排外主義をはらんでいる。第二の 階級の観点では、天皇制は生まれながらの貴賎や階層秩序を生み出す根源であり、人間平等の理念に反する。第三のジェンダーの観点では、天皇制は世襲であ り、血統に権威の根拠を置いていて、そうである限り皇室の女性は子供を産むことが強制される。

B:そりゃそうだ。色々根本的な問題が山積しているね。これじゃあ、天皇制存続についての議論が起こるのも無理ないね。

A:そうなんだ。憲法第2条の「皇位は世襲」との規定と、14条の「国民は人種、信条、性別、社会的身分又は門地により差別されない」との規定が大きく矛盾するんだ。14条にはさらに、「華族その他の貴族の制度は認めない」ともあるんだけどね。

B:これを矛盾ではないとするためには、天皇や皇室は国民でもなく、華族でもない、特別の存在とするしかないね。

A:そう。実は天皇制は皇室の人々から見てもかわいそうな制度だと思う。職業選択、学問、居住、結婚、信教その他の自由はほとんどない。もちろん僕らのような戸籍もなければ、選挙権も被選挙権もない。つまり人権が認められていないということだ。

B:人として認められていないということか。パン屋になりたいとか、歌手になりたいとか、思ってもだめだろうな。

A:学問の自由もないよ。古代日本史や近代天皇制研究、マルクス主義や東アジア研究などは危なくてやらせてもらえないだろう。自分たちの出 自や一族同士の骨肉の争い、軍国主義下での天皇制の果たした役割などが明らかになったら、自分たちの存在そのものに懐疑的になってしまうよ。だから当たり 障りのない、ナマズや鳥や植物の研究がせいぜいだ。

B:イスラーム教徒になりたいとか創価学会に入りたいとか論外だろうな。結婚相手も相当限定されるだろう。外国人や同性などは想定の範囲外だ。

A:本当は京都かどこかでひっそり暮らしたいんだけどな、と思っていてもだめだろう。

B:うーん。かわいそうな人々。僕、天皇家に生まれなくてよかったよ。

A:でももっとかわいそうなのが、天皇家やそれを支える制度に大量の税金をつぎ込んでいる僕らかもよ。この続きはまた今度しよう。

二酔人四方山問答(18)

岩木 秀樹 (2005年10月20日 23時24分)

B:小泉首相が靖国神社に行っちゃったね。

A:そうだね。非常に残念だし、怒りを覚えるよ。この前、朝鮮や中国で会った人たちや先生方がどのように思うかを考えるだけで気が重くなる。

B:でも保守の論者たちが「外圧に屈するな!」などと言っているよね。

A:その論は二重におかしいと思う。まず第一は、外圧ではなく、日本国憲法に違反しているということが大事だ。9月30日の大阪高裁の判決は、訴訟内容とは直接関係のない実質的傍論という形ではあるが、首相の靖国参拝は違憲という見解を出した。

B:そうだよね。「国が靖国神社を特別に支援している印象を与え、特定宗教を助長している」と述べていた。

A:第二におかしい点は、外圧だろうがなんだろうが、他人の意見には耳を傾ける、ましてや正論はそれを受け容れるということが大事だ。

B:そりゃそうだ。誰が言うのかよりも、言っている内容が大事だよね。

A:外国人が言っているからだめで、日本人ならOKというのは通らないと思う。それなら極論をすれば、外国人の生み出した学問・芸術などの 文化は受け入れないということなのか。そもそも、外交問題のあらゆる案件は、駆け引きや圧力などを駆使して行われる。靖国問題だけ外圧だと言うのはために する論議だと思う。

B:今回のことをテレビなどで見ていて、靖国問題をもっと勉強しなくてはいけないと思ったよ。

A:いい本があるよ。高橋哲哉さんの書いた『靖国問題』(ちくま新書、2005年)がまとまっているし、僕の考え方にも近くて、非常に説得的だった。

B:へー、どんなことが書いてあったの。

A:靖国神社は、大日本帝国の軍国主義の支柱であり、悲しみや痛みの共有といった追悼施設ではなく、戦死を賞賛し美化し功績とし、後に続く 模範とする顕彰施設であったということだ。高橋さんは、多くの人がA級戦犯合祀を問題にしているのに対して、それのみでは問題の矮小化だとして、靖国神社 そのものの存在自体を問うているんだ。

B:なるほどね。でもA級戦犯が分祀されれば、多少ともアジアの人々の印象も変わり、問題が沈静化するんじゃないかな。

A:それは多少あると思う。A級戦犯を分祀し、そしてさらに靖国神社とは別に無宗教の追悼施設を作るということは問題解決の一つの方法だと 思う。ただ、分祀された靖国神社に堂々と首相や天皇まで参拝することになるかもしれないし、無宗教の追悼施設が第二の靖国になるかもしれないと高橋さんは 危惧している。A級戦犯に戦争責任を負わせ、スケープゴートにすることによって、昭和天皇の責任を免責するという構図だ。

B:それはありうるね。もっと日本の近代史や天皇制、靖国神社そのものの問題点を掘り下げなくちゃ、根本的な解決にはならないね。

A:靖国神社は1869年に作られた東京招魂社が前身で、普通の神社とは異なり、単なる死者ではなく特殊な戦死者のみを祀る施設なんだ。

B:特殊な戦死者って。

A:敵の戦死者は言うまでもなく、味方の民間人も対象外で、さらには日本人の軍人の戦死者でも官軍でなければだめなんだ。だから徳川方についた「賊軍」は祀られなかった。 つまり天皇の軍隊についた戦死者のみ祀られることになったんだ。

B:でも、A級戦犯は戦死者ではないよね。

A:そうだ。A級戦犯のうち、絞首刑になった東条英機らと公判中に病死した者ら合計14名が1978年に合祀された。彼らは戦死者でないのに合祀されているのはとても不自然だ。何か意図を感じるね。

B:それに合祀されたくない人も合祀されていると聞いたことがあるよ。

A:その通り。旧植民地出身の遺族やクリスチャンから合祀取り下げ要求が出ている。その回答がまたすごい。池田権宮司は「天皇の意志により戦死者の合祀は行われたのであり、遺族の意志にかかわりなく行われたのであるから抹消することはできない」と言ったそうだよ。

B:そもそも靖国神社が宣伝している歴史観がまたものすごいらしいね。

A:そうなんだ。『靖国神社忠魂史』にはアジア太平洋戦争などの戦争の歴史が「聖戦」の立場から記述されている。また靖国神社の展示施設である遊就館には、あの戦争を「自存自衛のための戦争」として過去を正当化している。

B:それって現在の話。戦前の話じゃないの。

A:今現在、靖国神社が言っていることだよ。

B:そんなこと、最近の保守の政治家でもあまり言わないよ。

A:そのような神社に行くということ自体、ましてや一国の首相が行くということがどんなに大きな問題であるかということだ。このまま行くと、日本とアジア諸国のナショナリズムが沸き立ち、どちらにもいる穏健派の言論が抹殺されかねない。

B:でもそれが目的だったりして。

A:大いにあり得る。しかし僕らは靖国や日本の近代史をきちんと見つめながら、顕彰施設でなく、敵も民間人も含めた追悼施設を作るとともに、日本国憲法に書かれた戦争放棄や軍事力の廃棄を目指すことがこの問題の解決になると思う。

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