投稿者「大江 平和」のアーカイブ

「和華の会」の親友たち

大江 平和

先月20日から29日まで、中国へ行ってきた。猛暑のなか、北京を皮切りに、西安、広州を回ったあと、再び北京に数日間滞在して戻ってきた。本帰国 して丸3年がたつが、帰国して以降、仕事抜きの個人旅行は今回が初めてである。そこで、このコラムで3回ほど連続して、中国での所感を書いてみようと思う。

今回の中国行きの目的は、旧交を温めることであった。西安はよくわからないが、北京と広州には、「日本人妻の会」なるものがある。北京のそれは通称「和華の会」というしゃれた名前で呼ばれている。中国人の配偶者をもち、現地で生活する日本人女性たちの会である。具体的な会員数は定かでないが、全体 的には増加の一途をたどっているようだ。その反面、生活の場を日本に移したり、残念ながら離婚をしたりして減少もしているらしい。私が再会を楽しみにしていた親友たちもこの会に属している。私もかつて北京に住んでいた頃はそうだったが、中国語という言語環境に囲まれて生活している彼女たちにとって、最大の楽しみは、心通い合う仲間たちと日本語で言いたい放題おしゃべりすることである。夫のこと、子供のこと、子供の学校のこと、舅、姑のこと、マンション購入のこと等々話はいつまでも尽きない。おしゃべりに夢中になっているうちに彼女たちの表情も和らぎ、時折笑い声がはじける。話の中身は、日本の主婦とさほど 変わりないようにみえるが、激動の中国の地で、価値観の異なる中国人の夫とともに家庭を円満に切り盛りしていくのは、並大抵のことではないようである。平和のために、対話を通してどう理解を深め、信頼を築いていくか、日々、努力と智慧と忍耐を要するのは、国際社会も家庭も同じセオリーかもしれない。彼女たちの話にじっと耳を傾けながら、「頑張って!」と心からのエールを送った次第である。

『中国女性史入門 ―女たちの今と昔』

大江 平和

中国女性史入門―女たちの今と昔

少し前になるが、友人が一冊の本を送ってくれた。出版まもない関西中国女性史研究会編『中国女性史入門―女たちの今と昔』 (人文書院)という本である。深紅の表紙をめくると、彼女を含め三人の友人が執筆者として名を連ねていた。三人のうち二人は、私の北京滞在中、単調な学生生活の中で、常に知的刺激を与え続けてくれた存在で、私の修士論文作成にあたっては、大変お世話になった中国近代女子教育史の研究者である。もう一人は、私の小中学校時代の同級生で、何香凝の研究者である。この三人とは今も交流が続いている。

さて、本書の画期的なところは、これまでの近現代の中国女性解放運動史に限定されない、テーマ別に古代から現代までの中国女性について俯瞰できる ような女性史をそのコンセプトとしている点である。I 婚姻・生育、II 教育、III 女性解放、IV 労働、V 身体、VI 文芸、VII 政治・ヒエラルキー、VIII 信仰という8つのテーマでわかりやすく構成されている。入門書にふさわしく、キーワードはゴシックで強調されていて、各項目別に先行研究を紹介した研究案内や中国語の参考文献も挙げられており、概説だけではものたりない読者のニーズにも応えられるよう配慮されている。私が特に興味深かったのは、各テーマ、各項目につい て、現代はどうなっているのか、何が問題になっているのかなどについて、敢えて批判を恐れず「今」の中国の女性にまで踏み込んで活字にした点である。この部分は今なお変化し続けている部分だけに、それをどうとらえるのか、執筆者の苦労が偲ばれた。全体を通して読めば、中国女性の全容がつかめるだろうし、それがおっくうな場合には、興味のあるテーマだけひろい読みしてもよい。また、写真資料も豊富なので、写真をながめているだけでも興味は尽きない。

「中国の女性」に興味、関心を持つ人々に、一読をお勧めしたい一書である。

残留孤児訴訟に思う

大江 平和

去る6日に中国残留日本人孤児が「帰国後の生活支援が不十分だった」などとして国に損害賠償を求めた訴訟の判決がくだった。判決は国の法的責任を全面的に否定した。きわめて残念な結果であったと憤りすら感じる。

私の近所の公営住宅に残留孤児の老夫婦が住んでいる。二人は毎朝夕、おぼつかない足取りを互いに支え合うようにして散歩するのが日課のようだ。何気なく「ニーハオ!」と挨拶を交わすようになり、先日、夫と一緒に初めてお宅にお邪魔した。そこで、私たちは大きな衝撃を受けた。実はこの老夫婦はいわゆる「文盲」だったのだ。その存在は知っていたが、身近に接するのはもちろん初めてである。おまけに中国語も訛りが強く、何を言っているのかさっぱりわからない。かろうじて聞き取れたのは、以前は中国の山東省の「リャンシャン」に住んでいて、日本に来て十数年たつということだけだった。いつもは固有名詞など聞き取れないものは書いてもらうのだが、それもできない。帰宅して中国地図を開いてみたが、結局「リャンシャン」という地名は確認できなかった。折りをみて、かつて日本軍が侵略していった山東方面のルートを調べてみようと思う。それはともあれ、70才をゆうに超えたであろう二人が、戦争によって中国の農村に置き去りにされ、祖国、日本に戻ってきた今も日本語はおろか、自分の名前すら読むことも書くこともできずにいる。不自由な生活を強いられている現実を目の当たりにし、その苦労続きの生涯に思いをはせたとき、胸に迫ってくるものがあった。

戦後60年を迎えた本年、いまなお戦争の傷跡はまだ続いているのだ。このような老夫婦が全国に約2500人いるという。彼らの祖国、日本での晩年が少しで幸せなものとなるよう、国は最大の努力を払って生活支援の拡充をすべきであろう。

無題

大江 平和

「来る者拒まず、去る者追わず」という言葉がある。 中国から本帰国してもうすぐ3年を迎え、やっと日本の地に足が着いてきた昨今であるが、つれづれに思うことは、今の日本人は、まさに「来る者拒み、去る者追わず」ではないか、ということである。グローバル化はすさまじい勢いで進んでいるにもかかわらず、日本人や日本社会はどんどん閉塞的になっているような 気がしてならない。私の周りを見渡しても、人生で最も多忙な世代だからかもしれないが、生活に追われ、心に余裕をもてず、殺伐としている人が多いように見 受けられる。英国在住のエッセイスト・歌人の渡辺幸一氏がある新聞のインタビューで次のようなことを語っていた。いわく、今の日本は「自己防衛型」となり、自分の世界を築いて他をかえりみない人が増えていると。確かにそうだ。かつての日本であれば、知らない人でも近隣で会った人には挨拶を交わし、電車の中で人にぶつかれば、「すみません」と一言発する周囲への心配りややさしさがあった。それが日本人の美徳であり、誇りでもあったが、それが消えつつあることに寂しさと危機感を覚えるのは私一人であろうか。