宙(そら)読む月日 (4) プロジェクト・チーム紹介 後篇 クリスチャンほか

のぶおパレットつじむら

デイヴィッド・クリスチャンさんは、1946年、アメリカ(米国)のニューヨークで生まれました。父はイングランド人、母は北京生まれのアメリカ人でした。父はブリテン(英国)陸軍の兵役を終えると、当時ブリテンの植民地であったナイジェリアの行政にたずさわることになり、クリスチャンさんは7歳までナイジェリアで育ちました。その後はイングランドで全寮制の学校に通い、1968年にオックスフォード大学 Oxford University を卒業します(専攻はモダン史)。まもなくカナダのウェスターン・オンタリオ大学 University of Western Ontario で教員(チューター)として働き、翌年には同国でアメリカ人女性と結婚、そのまた翌年(1970年)に同大でロシア史の修士号をとっています。

クリスチャンさんがロシア史を専攻したのは、ドストエフスキーやトルストイを愛読していたからでもありますが、とりわけ十代にイングランドで体験したキューバ危機が鮮烈だったようです。危機のさなかのある夕、クリスチャンさんが下校しようとすると、友だちの1人が来て、彼の手を握りました。「一体どうしたの?」ときくと、友だちは「もう会えないかもしれないだろ」と答えるのです。クリスチャンさんはショックを受けました。今このときに、何百万もの人が死に、多くの文明が一掃されてしまうかもしれない。ソヴィエトにも、同じようなことを思っている子どもたちがいるのだろうか。クリスチャンさんの脳裏を、そんな問いかけがよぎりました。核戦争の危機が、まったく異なる世界(とクリスチャンさんは感じていました)への関心と想像力を発動させたのです。

さてクリスチャンさんは1970年に母校のオックスフォード大学へ戻り、1974年にロシア皇帝アレクサンドル1世の行政改革についての論文で、博士号を取得しました。その後、オーストラリアのマッコーリー大学に職を得、1975-2000年までロシア史、ヨーロッパ史、世界史を講じました。この在任中にビッグ・ヒストリーの講義と研究を始めます。2001-2008年は米国のサンディエゴ州立大学 San Diego State University に勤めました。2009年からはマッコーリー大学へ戻り、教授として教壇に立っています。

著作に『生きている水:ウォッカと解放前夜のロシア社会』(1990年)、『帝政およびソヴィエト・ロシア:権力、特権、現代の挑戦』(1997年)、『ロシア・中央アジア・モンゴルの歴史 第1巻 先史からモンゴル帝国までの内陸ユーラシア』(1998年)、『時間の地図:ビッグ・ヒストリー入門』(2004年)、『この儚き世界:人間の概説史』(2007年)などがあります。

クリスチャンさんは、出身をたずねられても、なんと答えるのがベストかわからないと言います。自分はスターリンの言う「根無し草的コスモポリタン」だと。だから、歴史というのは本質的に一国史 a national history である、あるいは特定の文化、集団の物語であるといった考えに、いつも居心地の悪さを感じていました。それだけに、フランス歴史学界のアナール学派 Annales School 、とりわけフェルナン・ブローデル Fernand Braudel さんには大きな影響を受けたようです。(*8)

クリスチャンさんの原体験には、核の危機と各地の遍歴・混交がありました。

つづいて4人の学術顧問について紹介します。(*9)

マーニー・ヒューズ-ウォリントン Marnie Hughes-Warrington さんは歴史学者です。彼女は1995年、オックスフォード大学でR・G・コリングウッドの歴史哲学についての論文で、博士号を取得しました。2001年にクリスチャンさんが渡米した際は、彼女がマッコーリー大学のビッグ・ヒストリーの講座を引き継いでいます。2009年には同国のモナシュ大学 Monash University 教授および副学長補に就任しました。今までに『鍵となる歴史思想家50』(初版2000年、第2版2008年)、『歴史学は映画に向かう:映画の上の歴史を研究する』(2007年)などの本や、「ビッグ・ヒストリー」(初版2002年、加筆修正版2005年)という論文を発表しています。(*10)

トレイシー・サリヴァン Tracy Sullivan さんは、マッコーリー大学オーストラリア史博物館 Australian History Museum 館長です。彼女は、ニュー・サウス・ウェールズ大学 University of New South Wales 、シドニー大学 University of Sydney 、マッコーリー大学で歴史教育を講じてきた経験豊富な教員です。研究上の関心は、学際的なカリキュラム作りということです。これまで述べてきたことから、マッコーリー大学がオーストラリアにおけるビッグ・ヒストリーの拠点であることがわかるでしょう。

ボブ・ベイン Bob Bain さんはベテランの歴史教育者です。26年間アメリカの高校で歴史と社会科を教え、7度の表彰に輝きました。2008年にはミシガン年間最優秀社会科教諭に選ばれています。また、1998年には若者向け政策の歴史についての研究で、同国のケース・ウェスターン大学 Case Western University より博士号を取得しました。現在は、ミシガン大学 University of Michigan の教育学部と文学・科学・教養学部で准教授を務めています。専門は、歴史の教育・学習法です。

サル・カーン Sal Khan さんはカーン・アカデミー Khan Academy の創設者・常任理事です。教育事業を始めたきっかけは、ボストンのヘッジファンドでアナリストとして働きながら、いとこたちの家庭教師をしたことでした。いとこたちとは住むところが離れていたので、カーンさんはユーチューブ YouTube に動画を投稿して、それを通して教えていました。ところが動画は無料で誰でも見れたため、視聴者はどんどん増えていきます。カーンさんは潜在的なニーズの巨大さに気づいて退職し、「世界クラスの教育を、無料で、だれでも、どこでも」受けれるカーン・アカデミーを創立します。(*11) いわばオンライン教育の先駆者です。

なおプロジェクトは、シアトルを本拠地とするコンサルタント会社インタナショナル・フューチャーズ International Futures: iF 社と国際ビッグ・ヒストリー学会を提携機関としています。次回は、国際ビッグ・ヒストリー学会について書きましょう。

注記
(*8) 辻村、前掲論文、95-97頁; Christian, Big History, Disc 1, Lecture 1 What is Big History? (2008) (see note 2); Christian CV (履歴書) (n. d.), viewed on Jun. 10, 2011.
http://www-rohan.sdsu.edu/dept/histweb/faculty_and_staff/emertus_bios/Christian_CV.pdf

言及した著作は、David Christian, Living Water: Vodka and Russian Society on the Eve of Emancipation (Oxford: Clarendon, 1990); Imperial and Soviet Russia: Power, Privilege, and the Challenge of Modernity (Basingstoke: Macmillan, 1997); A History of Russia, Central Asia, and Mongolia, Vol. 1, Inner Eurasia from Prehistory to the Mongol Empire (Oxford: Blackwell, 1998); Maps of Time, (2004) (see note 5); This Fleeting World: A Short History of Humanity (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2007).

(*9) ビッグ・ヒストリー・プロジェクトのサイトや、本人の所属組織のサイトを参照した。

(*10)Marnie Hughes-Warrington, Fifty Key Thinkers on History (London : Routledge, 2000, second edition 2008); History Goes to the Moveis: Studying History on Film (Abingdon: Routledge, 2007); “Big History” , Historically Speaking, IV (2) (2002), amended & updated in Social Evolution & History, 4 (1) (2005).

(*11) カーン・アカデミー Khan Academy http://www.khanacademy.org/
ウェブサイトの「About(当アカデミーについて)」を開くと、「サイトの教育資源は、だれでも利用できます。あなたが生徒でも、教員でも、ホームスクーラー(通学せずに自宅で親から教育を受けている子ども:筆者補足)でも、校長でも、20年ぶりに教室に戻ってきた大人でも、かまいません。あるいは、地球の生物学にまさに足を踏み入れようとしている友好的なエイリアンでもかまいません。カーン・アカデミーの教材および教育資源は、完全に無料で利用できます」とある。エイリアンとあるのがおもしろい。グローバルな対象を意識するとき、宇宙へと目が開く、ということだろうか。