最近の国際関係学の動向と論争 (3) ―最近の脱実証主義論争

岩木 秀樹

今までの国際関係学をめぐる論争は、第一の論争として1920年代から1950年代までの理想主義と現実主義の論争、第二の論争として1950年代から1970年代までの伝統主義と行動科学の論争、第三の論争として1980年代から現在に至る実証主義と脱実証主義の論争が存在する。(35)この章では主に第三の論争を中心に議論をしていく。

国際関係学における第三の論争は、言うまでもなく言語論的転回によって導入された認識論的枠組みの変革をその背景としているのである。つまり第三の論争とは、国際関係学へポストモダン理論などの概念を挿入することから発生した実証主義国際関係学への対抗であった。(36)

言語論的転回の意味は国際関係学のみならず学問全体に大きな影響を与えた。20世紀の思想的な発見の一つはこの言語の発見であった。言語が自然的なものではなく、人為的で恣意的な差異の体系であった。言語が言語外的な指示対象物を意味したり伝達する道具ではなく、言語の産出をつうじて現実を構成する当の実践そのものであった。言語が心理的・内在的なものではなく、社会的・外在的なものであったのである。科学一般において、言語論的転回以降、素朴実証主義や生物学的決定主義を解体しようとしてきた構築主義などの脱実証主義の考え方は、すでに学問的常識となっている。その考え方は本質主義や素朴な客観主義と対峙するものなのである。(37)

国際関係学研究においても、遅ればせながら脱実証主義の潮流が1980年代より押し寄せてきた。特に米国における主要な学派であった新現実主義や新自由主義制度学派に対する批判として台頭してきたのである。(38)最初に国際関係学で脱実証主義として、構築主義(constructivism)という用語を使用したのはオヌフである。(39)

なお本稿では、constructivismの訳語として構成主義ではなく構築主義を使用し、さらに構築主義、ポストモダン理論、批判理論、ジェンダー理論、オリエンタリズムなどを含んだ包括的概念として脱実証主義という用語を使用することにする。かなり広く概念規定することにより、議論が散漫になるが、既存の国際関係学を先鋭に批判でき、脱実証主義の有効性を確認できるであろう。

まず実証主義とはどのようなものか見ておくことにする。実証主義は客観主義、合理主義、科学主義、経験主義を重視するものである。客観主義とは、世界についての客観的知識は可能であり、この知識が主観的経験に基づいていなくてもよいということである。自然主義とは、人間や社会は単一の自然秩序に属しており、自然の神秘が単一の科学的方法に従うということである。経験主義とは、世界についての知識を獲得することが、最終的には経験によってのみ検証されるということである。行動主義とは、社会科学の目的のためには「生命すらも単なる手足の動きにすぎない」ということである。(40)

また牧野は実証主義の特徴として、次の点を挙げている。(41)世界は知識とは独立に存在する。社会科学も自然科学も同じ科学として扱えるとの方法的一元論に立っている。観察によって検証される仮説をつくることによって社会現象の間に法則性や規則的な関係を見出そうとする。超越論的実在論者と異なり観察できない深層の構造は存在しないと考える。経験的問題と規範的問題を区別すべきであると考えるのである。

このような実証主義は一定の有効性を有し、特に米国において行動科学的手法を用いて国際関係の事象に対して客観的研究が進んだのである。しかし過度な実証主義が進んだことにより、変化する国際情勢の動態を把握できなくなり、国家や権力を所与のものと見て、理念、規範やアイデンティティの側面を捉えることができなくなったのである。さらに客観・中立・科学・合理の名の下に、自己を省察することが少なくなり、権力と知の共犯関係を生み出したのである。国際関係学が「米国の・男性の・白人の・豊かな人間の・先進国の・人間中心の」学問であったことが脱実証主義により暴露されてきたのであった。

ポストモダン理論の思想家たちの国際関係学への影響として、近代が普遍ではないことの証明、「理性的選択の結果としての歴史」という考え方への懐疑、現実が社会的構築物であることの暴露、言葉が現実の反映なのではなく現実が言葉によってつくられているという考え方の採用、権力とアイデンティティ形成との関係の解明が挙げられる。(42)

脱実証主義の特徴として、政治・経済・社会・文化も人間の思考を離れて存在することは不可能であり、世界は人々の思想およびその実践によって構成されるのである。(43)また人間の忠誠心を形成し、直線的な歴史を構成し、社会的・政治的境界を押しつける「主権」が存在する。脱実証主義はその「主権」による解決に異議申し立てをするのである。(44)これまでの国際関係理論の主流は、軍事力や経済力などの物理的要因から事象の因果関係を説明しようとする傾向にあったが、脱実証主義はこれに異議を唱えるのである。国際関係は本質的に、理念や規範、アイデンティティなどの非物理的要因によって形成されるのである。この新しいアプローチは、冷戦終焉の予測に失敗した既存の国際関係理論に代わる新しい理論として注目を集めているのである。(45)

脱実証主義の主要な構成要素である構築主義をめぐって議論がなされている。構築主義の立場であるウェントは構築主義の研究者をモダン派とポストモダン派に分けて、自らを前者に位置づけた。その後に、構築主義の用語が国際関係学で普及したのはウェントによる構築主義の穏健化、急進的な構築主義と言えるポストモダン理論からの理論的差別化によるところが大きいのである。この背景には、ポストモダン理論のように「反科学的」と見なされれば、主流派からなかなか相手にされない米国学界の事情があるのである。(46)

このような状況の中で、合理主義(rationalism)に代表される実証主義と、省察主義(reflectivism)やポストモダン理論、フェミニズム、批判理論などの脱実証主義との間に構築主義が位置づけられると主張する研究者も存在する。(47)

さらに構築主義に関して厳しい見方も存在する。遠藤は、構築主義をいち早く取り入れたウェントの業績は新現実主義の理論に構築主義の観点から方法論的基礎を与えたものであるとしている。(48)南山は、構築主義を導入する国際関係理論の多くはむしろ実証主義に潜在する「権力の戦略」をより巧妙に隠蔽/強化する方向に機能している、と主張し、さらに、ウェントらの主流派の構築主義者には批判的な視座が欠如している、と述べている。(49)

確かにウェントの理論には現実主義的要素が強い。ウェントによれば、非国家主体は次第に重要になってきているかもしれないが、諸国家システムの理論がもはや必要ないというわけではないとしている。また国家が存在論的に諸国家間システムに先立っているとも主張しているのである。(50)前田によれば、ウェントは国家を実在する人格と見なし、国内社会/国際社会の二分法を維持したと主張しているのである。(51)

このようにウェントは構築主義者の中でもモダン派に属し、現実主義的傾向が強いのであるが、全ての構築主義がウェントの考えに還元できるわけではない。構築主義一つをとってもかなり多様性を有しているのである。構築主義のいわゆるポストモダン派は権力と知の関係に焦点を当て、国際関係学に潜むイデオロギー性を暴露しているのである。またこのような構築主義は批判理論とも強い親近性を有しているのである。(52)いずれにしても、構築主義は「構築主義的転回」と言われているほど国際関係学に大きな影響を与えているのである。(53)

既存の国際関係学は基本的に実証主義の流れに位置するものであり、脱実証主義とはそれへの対抗として生まれたものであり、きちんとした学派ではなく、いわば雑多なものの集合である。しかし旧来の国際関係学への強い批判ともなっており、新しい時代の新しい国際関係学への胎動にもつながっているのである。冷戦崩壊後、旧来の国際関係学への批判が強まり、実証主義と脱実証主義の論争が強まった。(54)批判理論は主権国家の安全保障追求から全てを見るような見方への疑問を投げかけ、構築主義は歴史的に形成・継承されている記憶・価値・規範などを重視し、ジェンダー理論は男性だけで作られてきたかのような国際関係学に対する根源的な疑問が強く提出されたのである。(55)

これらの批判理論、構築主義、ジェンダー理論、ポストモダン理論、オリエンタリズムなどはいずれも既存の理論への批判、イデオロギー性の暴露、権力と知の関係の解明などの点で、親近性を有しており、脱実証主義という言葉である程度くくることが出来るであろう。(56)脱実証主義は、理論が常に特定の誰かのために、特別なある目的のために存在していると見ているのである。(57)また現在の覇権体制の中で知識特に国際関係学が果たしてきた機能がどのようなものであるのか、換言すれば国際関係学それ自身と覇権との共犯関係に、脱実証主義は焦点を合わせるのである。(58)このように脱実証主義は伝統的学問の正統性に対して根本的に変容を迫るものなのである。(59)

既存の実証主義的国際関係学が注目したのは物理的な「力」であり、変容する現実を認識できなかったり、軽視・無視する傾向であった。(60)今後の脱実証主義的国際関係学は伝統的学問の正統性の打破、学問上の境界の脱構築、今まで異端として扱われてきた事柄の容認を進めるであろう。(61)


(35) なお第二の論争と第三の論争の間に、新現実主義/新自由主義と新マルクス主義の論争を入れて四つの論争とすることもあるが、ここでは三つの論争とする。Jackson, op. cit., p. 30.
(36) 大賀哲「国際関係論と歴史社会学-ポスト国際関係史を求めて-」『社会科学研究』第57巻3/4号、東京大学社会科学研究所、2006年、42ページ。
(37) 上野千鶴子編『構築主義とは何か』勁草書房、2001年、i-iiiページ。樫村愛子「現代社会における構築主義の困難-精神分析理論からの再構築可能性-」『社会学評論』第55巻3号、日本社会学会、2004年、190ページ。高田、前掲書、37ページ。
(38) Baylis et al., op. cit., p. 161.
(39) Nicholas G. Onuf, World of Our Making: Rules and Rule in Social Theory and International Relations, University of South Carolina Press, 1989. 宮岡、前掲論文、77ページ。
(40) Martin Hollis, “The last post ?,” Steve Smith, Ken Booth & Marysia Zalewski eds., International theory: positivism & beyond, Cambridge University Press, 1996, p. 304.
(41) 牧野裕『現代世界認識の方法  国際関係理論の基礎』日本経済評論社、2008年、16ページ。
(42) John A. Vasquez,  The Power of Power Politics: From Classical Realism to Neotraditionalism, Cambridge University Press, 1998, pp. 214-220. (未見)押村、前掲書、14ページ(序章注3)。
(43) 清水、前掲『暴力と文化の国際政治経済学  グローバル権力とホモソーシャリティ』6ページ。
(44) アンドルー・リンクレイター「国際関係論の次段階の問題-批判理論からの見方」猪口、前掲『国際関係リーディングズ』101ページ。
(45) 吉川直人「国際関係理論序説」吉川、前掲書、23-24ページ。
(46) Alexander Wendt,  ” Anarchy Is What State Make of It: The Social Construction of Power Politics,” International Organization, 46-2 (Spring), 1992, p. 394.(未見)Wendt, Social Theory of International Politics, p. 1.宮岡、前掲論文、80-81、85ページ。
(47) 佐藤敦子「コンストラクティビズム」吉川、前掲書、246ページ。
(48) 遠藤誠治「国際政治における規範の機能と構造変動  自由主義の隘路」藤原帰一他編『講座国際政治4  国際秩序の変動』東京大学出版会、2004年、94ページ。
(49) 南山、前掲書、100,103ページ。
(50) Wendt, Social Theory of International Politics, pp. 18, 198.
(51) 前田幸男「国際関係論におけるコンストラクティビズムの再構築に向けて-アレクサンダー・ウェントの批判的検討を中心として-」『社会科学ジャーナル』57 COE特別号、国際基督教大学、2006年、157ページ。
(52) リチャード・プライス、クリスチャン・ルース=スミット「批判的国際関係論と構成主義は危険な関係か」猪口、前掲『国際関係リーディングズ』201、204、209ページ。
(53) Remgger and White, op. cit., p. 4.
(54) Jackson and Sorensen, op. cit., p. 279
(55) 猪口孝「編者あとがき」猪口、前掲『国際関係リーディングズ』464ページ。
(56) スミスは脱実証主義の中に、批判理論、ジェンダー理論、ポストモダン理論などを含めている。ジャクソンらも批判理論、ポストモダン理論、規範理論を同じく含めている。ジャービスも第三の論争において、ジェンダー的観点を国際関係学に注入したとしている。さらに重政は省察主義と脱実証主義の親近性も指摘している。Steve Smith, “Positivism and beyond,” Steve Smith, Ken Booth & Marysia Zalewski eds., op. cit., p. 25. ” Methodological Debates, ” Robert Jackson and George Sorensen, op. cit., p. 286.Jarvis, op. cit. , 23.重政公一「批判的国際理論」吉川、前掲書、312ページ。
(57) 星野、前掲『世界政治の弁証法』7ページ。
(58) 清水、前掲『暴力と文化の国際政治経済学』65ページ。
(59) リンクレイター、前掲「国際関係論の次段階の問題-批判理論からの見方」87ページ。
(60) 清水、前掲『暴力と文化の国際政治経済学』viiiページ。星野、前掲『世界政治の弁証法』55ページ。
(61) リンクレイター、前掲「国際関係論の次段階の問題-批判理論からの見方」88ページ。