最近の国際関係学の動向と論争 (2) ―米国、英国、日本の国際関係学の特徴

岩木 秀樹

国際関係学の研究者は、地域という存在拘束性を帯びているのである。(21)地域により、歴史、社会、言語、文化、世界的影響力などが異なるので、当然のことながら国際関係学の特徴もかなり違ってきているのである。

まず米国の国際関係学の特徴について概説する。米国において、国際関係学は社会科学の一分野、特に政治学の一分野とされ、地域研究は比較政治学の枠組みにされたのである。また実証主義が現実主義と政策科学に結合しているのである。(22)米国以外の研究者では、主要な国際関係学のアプローチとして現実主義をとる傾向はそれほど高くはないが、米国では現実主義、実証主義の流れが強いのである。(23)さらに帝国主義、国民国家、従属論、あるいは資本主義世界体制に通じたマルクス主義者を抱えた大学は少ないというのも特徴である。(24)

このような米国の特徴の要因として、科学的手法の問題解決能力に対する米国社会の信頼やヨーロッパからの知識人の流入などの社会科学の隆盛、知的羅針盤への需要などの大国としての地位、学術研究と現実政治の近接性、財団からの積極的助成などの研究環境などが挙げられよう。(25)

米国が世界の国際関係学研究を牽引してきたのは事実であり、これからも主導的役割を果たすであろうが、それを超えることが必要であろう。米国の国際関係学における政治との密接な関係、現実主義志向、自らの視座を根本的に批判する機会の少なさ、建国の理念と例外国家としての過度な自信、そして現実の国際政治における覇権的地位が権威主義的研究となっている可能性がある。

次に英国の国際関係学の特徴について簡単に説明する。米国では政治学の一部として教授されていたが、英国ではそれとは一線を画すものとして扱われている。(26)また英国では歴史、法、哲学などを重視した古典的手法が多く見られるのである。(27)

猪口によれば、英国の国際関係学は米国の国際関係学と違うことを誇張し、米国の国際関係学の過度な単純主義、過度な実証主義、過度な分析主義などを批判することで存在価値を示している。英国の国際関係学は伝統を強く引きずりながらも、多様性を包容している。歴史と哲学を重視し、記述の正確さと抑制のきいた判断などがその長所として広く認められていると言えよう。(28)

英国で活躍する国際関係学の研究者の緩やかな一団を英国学派と総称され、マニング、ワイト、ブル、ジェームズ、ヴィンセントらが中心人物である。(29)

英国の国際関係学は、主権国家内は秩序が保たれているが国際社会は弱肉強食の無秩序な世界であるとの議論に批判の目を向け、一定の規範や制度により国際社会も成立しうることを主張した点で、評価されよう。

このような英国の国際社会論が米国でも改めて見直される一方、規範やアイデンティティ、理念といった主観的・文脈的要素の重視を提唱するいわゆる構築主義が一大潮流となり、古典的な国際関係学の再検討も進められることになった。(30)

最後に、日本における国際関係学の動向を見ておくことにする。国際関係学は米国では政治学の一分野であるのに対して、日本においては伝統的に理論研究、歴史研究、地域研究が三位一体の形で進められてきた。(31)

猪口によれば、政治学が極めて重要な専門分野的枠組みを提供する米国の国際関係学とは違い、日本の国際関係学は、外交史、国際法、国際経済、地域研究、政治理論といった多様な専門分野の伝統を受け入れるのである。また西洋によって植民地化された経験がないため、言語も含めて西洋的国際関係学がそれほど浸透しなかったのである。特に米国の国際関係論の影響は、インド、パキスタン、マレーシア、フィリピンなどは言うまでもなく、韓国、台湾、中国と比べてみても、日本は小さいのである。日本の研究者が米国の国際関係学の概念や手法に従うことはもちろん、それに触れる度合いもこれらのアジア地域に比べはるかに低いのである。学生の教育、教授の採用、研究成果の評価に関する日本の制度は、アジア地域の中でも最も米国のシステムと折り合いが悪いのである。(32)このような日本の閉鎖的環境は改善し、正しい意味のグローバル・スタンダードに近づける努力は必要であろうが、何も米国の下請け的国際関係学を目指す必要もない。むしろ日本独自な米国的でない国際関係学構築を目指すべきであろう。

日本において、行動科学論争、ネオリアリズム対ネオリベラリズムの論争、さらに構築主義を中心とする論争は、米国に比べそれほど起こらなかったと言われている。ただこの三番目の構築主義について、日本には元来フランス現代思想の影響が強く、すでに構築主義的意識は存在しており、とりわけ新鮮であるようには思われなかった背景がある。(33)確かに、論文数などを調査してみても、日本においては米国と対照的に、合理主義的研究より構築主義的研究の方が優勢であり、米国で構築主義が台頭する以前から、構築主義と親和性のある研究が存在したのである。構築主義は自然科学のような一般化はそれほど求めず、時や場所の特定の状況、立場、視座を強く考慮に入れるという点で、日本で盛んな歴史研究や地域研究と共通点を有するのである。(34)この構築主義の議論についてはこの次の章で詳しく扱うことにする。


(21) Crawford, op. cit., p. 2.
(22) 猪口孝『国際関係論の系譜』東京大学出版会、2007年、7-8、213ページ。
(23) Vendulka Kubalkova, “A ‘Turn to Religion’ in International Relations ,”Perspectives, Vol. 17, No. 2, 2009, p. 18. Crawford, op. cit., p. 373. ただ米国における国際関係学の多様性にも注目しなければならない。強い平和主義も米国には存在し、ノーム・チョムスキー、エドワード・サイード、アンドレ・グンター・フランク、イマヌエル・ウォーラステインなどは全て米国人である。猪口、前掲『国際関係論の系譜』8-9ページ。
(24) H. R. アルカーJr.、トマス・ビアステイカー「世界秩序の弁証法-国際問題を研究する未来の発掘学者たちへの覚え書き-」猪口、前掲『国際関係リーディングズ』64ページ。
(25) 石田淳「国際関係論はいかなる意味においてアメリカの社会科学か-S・ホフマンの問い(1977年)再考-」日本国際政治学会編『国際政治  国際政治研究の先端7』160号、2010年。Stanley Hoffmann,”An American Social Science: International Relations,” Daedalus: American Academy of Arts and Sciences, Vol. 106, No. 3, 1977, pp. 41-60.
(26) Brown, op. cit., p. 6.
(27) Nicholas Remgger and Ben Thirkell- White,”Still critical after all these years ? The past, present and future of Critical Theory in International Relations,”Review of International Studies, 33, British International Studies Associations, 2007, p. 3.
(28) 猪口、前掲『国際関係論の系譜』10ページ。
(29) H・スガナミ「英国学派とヘドリー・ブル」日本国際政治学会編『国際政治  冷戦の終焉と60年代性』126号、2001年、200ページ。
(30) 中西寛「国際政治理論  -近代以後の歴史的展開」日本国際政治学会編『日本の国際政治学1  学としての国際政治』有斐閣、2009年、37ページ。
(31) 大芝、前掲書、5ページ。
(32) 猪口、前掲『国際関係論の系譜』182-183、210ページ。
(33) 田中明彦「日本の国際政治学-『棲み分け』を超えて」前掲『日本の国際政治学1  学としての国際政治』10-12ページ。
(34) 富岡勲「コンストラクティビズム-実証研究の方法論的課題」同上書、82-82、92ページ。