民族主義研究の歩み ―現在における民族主義研究の動向と課題

岩木 秀樹

民族主義研究(17)は、第一次大戦後、「民族自決」の原則が叫ばれるようになってから盛んになり始めた。この時期は、主にカールトン・ヘイズとハンス・コーン(18)によって担われた。この時期の研究は民族や国民の存在を自明視する傾向があり、西欧型国民国家における民族と国家の一致というフィクションを前提とするものであった。

1950年代から70年代にかけて民族主義研究に大きな影響を与えた二つの理論がある。50年代から60年代にかけての近代化論と70年代以降のエスニシティ論である。近代化論はカール・ドイッチュなどによって主張されたもので、伝統社会の特徴をエスニック集団などによる分裂と捉え、このような特徴は工業化やマスメディアの普及などによる近代化の進展と共に消滅し、統合された民族ないし国民が成立するというものであった。60年代後半になると近代化論の矛盾が明らかになった。発展途上国での統合が近代化論の予想のようには進展せず、西欧諸国における少数民族の分離運動や自決運動が活性化したことにより、ウォーカー・コナーらのエスニシティ論が台頭してきたのである。

80年代以降は、近代主義をめぐる問題で論争が行われ、現在においてもそれが継続している。近代主義とは、民族主義が、産業化、資本主義、近代国家形成、民主化、公共圏の形成等によってもたらされた「近代的」な現象であるとする立場である。それに対して、近代主義を批判する側は、近代化のインパクトは大きかったが、民族主義が近代化の作用によって、全く何もない状況から発生したわけではないと主張し、さらに人々の民族に対する感情的側面を重視したのである。(19)

近代主義者は、ゲルナー、ホブズボウム、アンダーソンらであり、非近代主義者はスミスに代表される人々である。

ゲルナーは、民族主義を文化的単位と政治的単位とを一致させようとする運動と捉えた。人を一生同じ土地や同じ職位に固定させておくのでは、生産の持続的な成長は見込めない。産業社会は高度の流動性と複雑な分業化を推し進めるため、共通の言語、共通の文化を身につけた同質的集団の形成が必須となるのである。このような不可避の同質性の必要が、民族や国民を創造したのであると説明した。(20)

ホブズボウムは、民族の形成に人工物、捏造、社会的策略の要素が作用しており、民族が国家をつくりだすのではなく、その逆であると指摘し、「伝統の創造」という概念を提示した。(21)

アンダーソンは、出版資本主義の伸長と俗語革命が国民の創造に決定的な役割を果たしたとし、国民をイメージとして心に描かれた想像の政治共同体と捉えた。彼によれば、宗教共同体や王国といった前近代的要素の解体をもとに、新しい共同体の想像を可能にしたのが、人間の言語的多様性に対する資本主義と印刷技術であった。この結果、一言語による交換とコミュニケーションの統一的な場が創造されたのである。(22)

ゲルナー、ホブズボウム、アンダーソンらは、民族や国民が創造/想像されるにいたった決定要因を近代化に見ているのである。近代以前の共同社会と近代の民族や国民との間に明確な断絶が存在すると主張する。それに対して、スミスは民族や国民の創造/想像を可能にした「素材」を近代以前にさかのぼって発見したのである。彼によれば、確かに固有の意味での民族や国民は近代に成立したのだが、その「素材」であるエスニックな共同体は古代から存在していた。共通の血統神話や文化の共有等によって特徴づけられるエスニシティが、近代化をはじめとする社会変動によって、民族や国民へと移行したのである。ただし彼は原初主義を全面的に受け入れるわけではなく、民族や国民の生成における近代化の役割も軽視していないのである。(23)

スミスの指摘は重要であり、前近代におけるエスニシティが近代における民族の基礎の一部となったことを完全に否定することは難しいであろう。しかし、視点の問題として、民族を近代特有の現象と捉えることは有効であろう。民族は恣意的に形成される場合が多く、創造/想像の産物であるがゆえに、現在様々な民族問題が噴出しているのである。


(17) 民族研究史については、佐藤成基「ナショナリズムの理論史」大沢、前掲書、木下昭「付論 ナショナリズム研究史」田口富久治『民族の政治学』法律文化社、1996年を参照した。
(18) Hayes Carlton J. H., Essays on Nationalism, The Macmillan Co., 1926, Hayes Carlton J. H., The Historical Evolution of Modern Nationalism, Richard R. Smith, Inc., 1931, Kohn, op. cit.
(19) 佐藤、前掲論文、43-45ページ。
(20) Ernest Gellner, Nations and Nationalism, Blackwell, 1983, アーネスト・ゲルナー著、加藤節監訳『民族とナショナリズム』岩波書店、2000年。木下、前掲論文、228ページ。黒宮、前掲「ナショナリズムの起源」7ページ。
(21) Eric J. Hobsbawm, Nations and Nationalism since 1780: Programme, myth, reality, 2nd ed., Cambridge University Press, 1990, E.J.ホブズボーム著、浜林正夫他訳『ナショナリズムの歴史と現在』大月書店、2001年。木下、前掲論文、231ページ。
(22) Benedict Anderson, Imagined Communities: Reflections on the Origin and Spread of Nationalism, Verso, 1983, ベネディクト・アンダーソン著、白石隆他訳『想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行』リブロポート、1987年。黒宮、前掲「ナショナリズムの起源」7ページ。木下、前掲書、229ページ。
(23) Smith, op. cit. Anthony D. Smith, The Ethnic Origins of Nations, Blackwell, 1986, アントニー・スミス著、巣山靖司他訳『ネイションとエスニシティ』名古屋大学出版会、1999年。黒宮、前掲「ナショナリズムの起源」7ページ。大沢、前掲論文、26ページ。