民族の方法論 ―現在における民族主義研究の動向と課題

岩木 秀樹

民族やエスニシティを研究するに際して、幾つかのアプローチがあり、それぞれ組み合わせが存在する。まず歴史的解釈に関しては原初主義と近代主義が対となり、運動の原動力の解釈としては表出主義と道具主義が対となり、哲学的な認識論の次元では本質主義と構築主義とが対になるのである。この三組の対抗図式は親近性の観点から、原初主義=表出主義=本質主義と、近代主義=道具主義=構築主義に整理できよう。(10)

原初主義とは、民族を原初的所与と捉え、民族共同体の時間的持続性を強調するものである。近代主義とは、民族を近代化の過程において作られたものと見るものである。この点は次章の各者の論でも焦点となってくる問題である。表出主義とは、民族を象徴体系の表出的・表現的経験の問題として扱い、近代社会に生きる孤独な群衆にとって民族は名前とアイデンティティを与えてくれる存在であると捉えるものである。道具主義とは、民族を政治的手段としての利益集団として理解するものであり、政治家などが政治目的のために民族意識を利用するという観点からのアプローチである。本質主義とは、民族を本質的で生得的不変のものと捉える方法である。構築主義とは、民族を実体としては捉えず、作られるという側面を重視する考え方である。構築主義と近代主義は近似したものであるが、前者の方が射程距離が長いと言うべきであろう。

このような分類は分析概念であり、重複する部分が多く、きちんと立て分けられるものではもちろんない。また理論と運動、もしくは客観的分析と当事者の表出形態・意識が異なることも多い。民族は第三者的・研究者的には人為的構築物と捉えられる傾向があるが、当事者には原初的・本質的なものと受けとめられがちである。(11)

民族の分類法については、かなり以前から存在していた。コーンは西側先進国で発展した西欧型民族主義と東欧地域で発展した東欧型民族主義の二分類を提示した。(12)このような二分法に、さらに様々な価値が付与されるようになり、西と東、シビックとエスニック、政治と文化、リベラルと非リベラル、近代と非近代のように対比されるようになり、前者の優位性が前面に押し出されるようになったのである。(13)

近年において、このような二分法は、シビック・民族主義とエスニック・民族主義として議論されている。シビック原理とは、一定の領域において、共通の法体系のもとに、法的・政治的な権利・義務の平等性を確立し、当該地域に居住する人々を政治的市民と規定するものである。エスニック原理とは、祖先にまつわる神話や伝統、土着的な言語や文化などにより人々の紐帯を醸成するものである。(14)この二分法は、政治原理や政治的価値を共有する前者か、血統の共通性を規準にして構築される後者に仕分けされ、前者は健全な民族主義、後者は排他的な民族主義と見なされてきたのである。(15)

しかし、この二分法は明らかにイデオロギー性を内包するものであり、典型的なオリエンタリズムであろう。現実の社会では、シビックとされている西欧地域においても多くの問題を抱えており、シビックとエスニックの相克も見受けられる。また理論面においても、二項対立的な二分法の観点から民族を見るのではなく、この二つの原理がともに民族主義の核心にある根本的な二重性であり、市民性と民族性が付随しているとの見方も有効であろう。(16)

民族に限らず、理論化・分類化するにあたって、イデオロギーの機能を常に自覚する必要があろう。また単純で排他的な二項対立志向にも注意をしなくてはならないだろう。実際の民族は複合的で可変的であり、状況により大きく変化するのである。今まで民族は実体化して考察されることが多かったが、関係的なものである。さらに物事を客観的に冷徹に見る研究者の視点とともに、現に民族が係争事項になっている実践者・当事者の視点も忘れてはならないであろう。


(10) 塩川、前掲書、29ページ。
(11) 同上書、28-36ページ。吉野、前掲書、23-36ページ。
(12) Hans Kohn, The Idea of Nationalism: A Study in Its Origins and Background, Macmillan, 1944. 黒宮一太「シビック/エスニック・ナショナリズム」大沢、前掲書、318-319ページ。
(13) 原百年「ナショナリズム論-「エスニック/シビックの二分法」の再考-」『法学論集』61巻、山梨学院大学、2008年、140-141ページ。
(14) 黒宮一太『ネイションとの再会 記憶への帰属』NTT出版、2007年、94ページ。
(15) 黒宮、前掲論文、317ページ。
(16) スミス、前掲訳書、37ページ。黒宮一太「ナショナリズムの起源」施、前掲書、13ページ。

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