民族の定義 ―現在における民族主義研究の動向と課題

岩木 秀樹

民族を定義づけることは、非常に困難である。立場・視点によって大きく異なり、意味が重複し、曖昧なものとなっている。ここではとりあえずある程度の定義づけのために、民族とその周辺の用語との相違点を指摘する。

まず人種と民族の相違であるが、梶田によれば、人種とは、主に肉体的・生物学的属性に注目した分類基準で、大きくは白人や黒人とその他の有色人に分類されるが、科学的には多様な分類が考えられる。これに対して、人間集団を言語、生活様式(服装、髪形、食事、家族構成など)を基準として分類すると、それらはエスニック集団あるいは民族とみなされる。(5)

次に民族とエスニシティの相違を考えてみる。エスニシティとは、大別して二つの用法がある。第一に、少数民族あるいは移民・移住集団を意味する。第二に、近代的民族の成立以前に存在する何らかの共同体、もしくは近代的民族の原型を意味する。(6)このようなエスニシティ概念は、何らかの共通性を基盤にした文化的概念であるのに対して、民族は政治的自決を志向する政治的概念である。また国民とはある国家の正統な構成員の総体と定義できよう。(7)

エスニシティについてもう少し考察すると、第一の用法はアメリカでよく用いられ、第二の用法はスミスらの議論につながるものである。第二の用法は次章で考察するが、第一の用法についてここでは簡単に述べておく。

エスニシティは、公民権、学生、ウーマンリブ運動の影響を受けて、1970年代のアメリカで最初に使用されるようになった。従来はマイノリティ研究に使われていたが、最近は幅広く使われるようになってきており、移民・難民・外国人労働者などを指すことも多くなってきた。訳語は定着しておらず、エスニシティとして使用される例が多いのである。

スミスによれば、エスニシティの構成要素として次の六つが挙げられる。集団に固有の名前の存在、集団に独自の文化的特徴の共有、共通の祖先に関する神話、歴史的記憶の共有、固有の「ホームランド」との関係あるいは心理的結びつき、集団を構成する多数の連帯感の存在である。(8)

日本語の民族は、英語のネーションやエスニシティの両者を包含した概念であるが、近代において政治志向を有した集団として使用されることを前提とすると、ネーションとの親近性が高い。エスニシティを一つの基盤として民族が近代において創造され、政治化したのであろう。

しかしエスニシティと民族の差は政治的覚醒の程度の差であるので、境界線は曖昧であり、民族という日本語はこうした現実世界の曖昧さに対応しているので、かえって概念としての有効性が認められるのかもしれない。(9)

本稿において民族のとりあえずの定義として、次のようにしておく。民族とは、前近代のエスニシティをある一定の基盤として、言語・文化・生活様式などが共通であると認識された、近代において創造/想像された政治志向を有した集団とする。


(5) 梶田孝道『国際社会学』日本放送出版協会、1995年、68ページ。
(6) 吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学 現代日本のアイデンティティの行方』名古屋大学出版会、1997年、20ページ。
(7) 塩川伸明『民族とネーション -ナショナリズムという難問』岩波書店、2008年、6-ページ。施光恒他編『ナショナリズムの政治学 規範理論への誘い』ナカニシヤ出版、2009年、ⅳページ。
(8) Anthony D. Smith, National Identity, Penguin Books, 1991, p. 21、アンソニー・スミス著、高柳先男訳『ナショナリズムの生命力』晶文社、1998年。吉野、前掲書、20-21ページ。
(9) 同上書、23ページ。

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