東アジア情勢と日中朝韓関係

中西 治

中華人民共和国訪問団(2006 年3 月25 日- 30 日)基調報告

1, 第二次大戦後の東アジア情勢

第二次大戦後の国際秩序であるヤルタ・ポツダム体制はヨーロッパでは完全に崩壊したが、アジアではまだ残っている。ドイツは再統一し、中東欧諸国はソヴェト圏から離脱したが、朝鮮半島はまだ分断状態にあるし、米国軍はまだ日本に残っている。

この体制の主要な目的は戦勝国である米ソが協力して敗戦国であるドイツと日本が少なくとも50年間、報復戦争をしないようにすることであった。この目的は達成された。ドイツはソヴェトに報復せず、日本は米国に報復しなかった。

そのためにドイツは米英仏ソによって分割占領され、ドイツとソヴェトのあいだに位置する中東欧諸国はソヴェトの支配下に置かれた。日本は実質的に米国の単独占領下に置かれ、朝鮮半島は暫定的に米ソによって分割管理されたが、できるだけはやく一つの独立国家とすることになっていた。

1949年10月の中華人民共和国の発足はこの体制にとって最初の衝撃であった。ヤルタ・ポツダム体制は中国の支配者として蒋介石の国民党政権を想定していた。米国は中国革命の結果を止むを得ざるものとして黙認した。

1950年6月の朝鮮戦争の勃発はヤルタ・ポツダム体制に対する公然たる挑戦であった。米国は朝鮮民主主義人民共和国による武力統一に反対したが、同時に、このさい大韓民国による武力統一を実現しようとした。この戦争は双方が望んだ戦争であった。米国は朝鮮による武力統一を阻止したが、韓国による武力統一は達成できなかった。

1953年7月の休戦協定によって朝鮮半島の分断は固定化した。

この戦争中に台湾が米国の防衛圏に含まれるようになった。

このような状態が半世紀以上続いてきた。

2, 現在の東アジア情勢

1991年12月のソヴェト同盟の解体によってヨーロッパではヤルタ・ポツダム体制は完全に崩壊し、ヨーロッパ連合を中心として地球の新しい地域秩序作りが急速に進行した。アジアでもヤルタ・ポツダム体制の崩壊が進み、新しい地域秩序作りが始まった。

2000年6月に韓国の金大中と朝鮮の金正日が平壌で会談し、南北朝鮮が平和的統一へと動き始めた。

中国、ロシア、カザフ、キルギス、タジクの五か国首脳が1996年4月に上海で始めた会合は、2001年6月にウズベクも加わって六か国となり、上海協力機構(上海合作組織、Shanghai Cooperation Organization =SCO)に発展した。2004年にこの機構にモンゴルがオブザーバーとして参加し、さらに2005年にインド、パキスタン、イランがオブザーバーと なった。

2003年8月には北京で中国、米国、朝鮮、韓国、日本、ロシアによる六者協議(六方会合)が始まり、すでに5回の会合を重ねている。

2005年12月にマレーシアのクアラルンプールで東アジア・サミットが開催され、東アジア共同体に関する論議が展開された。そこでは東アジア共同体の構成国をASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国と中国、日本,韓国だけにするのか、さらに、これにインドを加えるのか、オーストラリア、ニュージーランドも加えるのかが議論されている。

最大の問題は米国の参加を認めるのか否かである。

3, 力で新秩序形成を試みる米国

ヨーロッパでの新しい地域秩序作りに対抗して、米国はバルカン半島から中東に至る地域の新しい秩序を力で作ろうとし、アジアでの新しい地域秩序作りに力で介入しようとしている。

1991年1月の第一次湾岸戦争(砂漠の嵐作戦)と1998年12月の第二次湾岸戦争(砂漠の狐作戦)および1999年3月のコソボ戦争などがそれである。2001年9月11日の出来事は米国のこの力の政策に対する反撃であった。米国はこれに対して2001年10月にアフガン戦争を起こし、タリバン政権を倒し、2003年3月にイラク戦争を起こし、フセイン政権を打倒した。

米国はできればイランと朝鮮に対しても武力を行使し、当該国の政権を打倒したいと望んでいるが、アフガンとイラクで苦戦しているために実現できないでいる。

米国内には2004-5年に朝鮮で事を起こし、2010年に中国で事を起こそうとしている人びとがいる。そのために在日米軍の再編成を急いでいる。

このシナリオは実現しない。南北朝鮮の人民も中国の人民も戦争を望んでいないからである。

4, 日本・中国・朝鮮・韓国関係

日本と中国および韓国との関係は小泉首相の度重なる靖国神社参拝によって悪化している。差し当たって改善の見込みはない。幸いなことに小泉首相の任期は今年の9月までである。

日本と朝鮮との関係は2002年9月の小泉首相の訪朝による日朝共同宣言によって改善の兆しが見えたが、拉致問題が表面化したことによってふたたび悪化した。ここでも差し当たって改善の見込みはない。

韓国と朝鮮との関係は2000年の南北最高首脳の会談以降いちじるしく改善され、もはや両国間に戦争はない。問題はいつ統一するのかであるが、南北間の鉄道と陸路の連結、開城での共同開発の進展、六者協議での共同歩調などに見られるように統一はすでに始まっている。私は2010年を目処としている。

中国と朝鮮および韓国との関係も概して良好である。

問題は行き詰まっている日本と中国、朝鮮、韓国との関係をだれが、どのようにして改善するのかである。

5. むすび

現在は20世紀の第二次大戦後の国際秩序であったヤルタ・ポツダム体制から21世紀初頭の新しい地球秩序への移行期である。ヨーロッパではヨーロッパ連合が形成され、拡大・発展の道を歩んでいる。ユーラシア大陸ではソヴェト同盟崩壊後の新しい地域秩序作りが模索されており、徐々にその枠組みが明らかになってきている。

それを意識的に作り出しつつあるのが上海協力機構と六者協議である。両組織がユーラシア大陸から太平洋に至る地域の新しい秩序を作り出すうえで果たしている役割は大変大きい。

この地域の新しい秩序はすでに存在するASEANやSAARC(南アジア地域協力連合)とともに上海協力機構と六者協議などが重層的に加わって形成されるであろう。

他方では新しい秩序を力によって作り出そうとする動きもある。

東アジアで事が起こるとしたら、それは台湾と朝鮮である。

中国が台湾問題で戦争屋の挑発に乗るならば、中国は革命後、とくに改革・開放政策への移行後に営々として築き上げてきたものを灰燼に帰することになるであろう。2008年の北京オリンピックも2010年の上海万博も夢のまた夢となる。

南北朝鮮がふたたび矛を交えることになれば、人びとが朝鮮戦争の休戦後に苦労して復興してきたソウルや平壌はふたたび廃墟と化するであろう。次の戦争は前の戦争よりもはるかに破壊的である。

中国人民も南北朝鮮人民もそのような愚かなことを繰り返さないであろう。

この地域の人びとの自制が求められている。

小泉首相のあとにだれが日本国の首相になったとしても、行き詰まっている中国および朝鮮・韓国との関係を改善せざるを得ないであろう。

私たちは座してその日を待つのではなく、人民レベルの多面的な友好・協力関係を発展させ、その日を1日もはやく到来させるために努力しなければならない。

私たちが当面している課題はユーラシア太平洋地域において新しい秩序を戦争によってではなく、平和的に作り出すことである。

私たちはそのためにいまお国を訪れている。