タイの赤シャツ制圧その後: ウボンラーチャターニー中央刑務所訪問記

高橋 勝幸

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2010年6月17日(木、9:20-13:40)僕は、ウボンラーチャターニー中央刑務所へ赤シャツの被拘留者を訪ねた。ウボン大学の同僚、学生、地元赤シャツ、バンコクの人権NGOの6人に僕がついていった格好だ。ウボン県は非常事態宣言が5月16日以来布かれている。一説によると、82人に逮捕状が出されている。僕の訪問時には、男性20人、女性6人の26人が拘留されていた。僕らが面談したのは、男性15人、女性6人の21人である。訪問の目的は、逮捕の経緯、取調べの状況と拘留の状態を知ることであった。判決前の人がなぜ刑務所に拘留されているのかはわからない。

監房の広さは8m×8mの64平米だという。食事、水浴び、排泄も同じ監房で行なわれている。3食付で、9時、12時、4時に提供される。監房にある書籍は仏教関係のみである。監房でテレビドラマを見ることはできる。午後10時就寝。

女性の監房は他の犯罪者と一緒。エイズ患者、麻薬で捕まった人もいる。他の犯罪者からは政治犯として疑いの目を向けられる。みな肌色の囚人服を着用していた。下着、生理用品が欲しいとのこと。家族親戚の訪問可。一般の訪問は事前に、訪問相手の氏名を伝えること。訪問日は制限されている。見舞品として「危険物」を差し入れすることを防止するため、果物などは刑務所で購入しなければならない。服の差し入れ可。

最初に手分けして男性5人と面談した。僕は要領を得なかったので、手持ち無沙汰な拘留者と話すことにした。

男性(1):
5月19日に県庁が燃えたとき、現場にいなかった。6月初旬に捕まった。入所して約1週間になる。同室に20人が収容されている。すべて赤シャツだ。狭苦しい感じはしない。食事はよい。サービスはいい。

男性(2):
ワーリン郡在住。自営の商売の他、日雇い。子供2人。チャックトンロップ(戦旗掲揚グループ。ウボン最大の赤シャツ・グループ)の会員。ほとんど活動に参加していない。しかし、5月19日は県庁にいた。県庁舎の2階から火が出た。軍人、警官は火を消そうともしなかった。当局が人民を射撃した。6月9日午前8時にワーリン市場で捕まった。武器所持と県庁焼き討ちの容疑で逮捕された。県庁焼き討ちの罪は重い。武器所持が本当なら、なぜ現行犯逮捕しなかったのか不思議である。証拠はない。ウボンの警察佐官が取り調べた。写真を提示され、その中に写っている人物を知らないかと尋問された。写真を見ても誰も知らなかった。保釈されたら、証人がいるので裁判で戦いたい。取り調べ、手続きに時間がかかりすぎる。監房ではニュースが入らない。仏教の本しか置いていない。監視人はいい。腹が立つことに、プアタイ党議員も職員も見舞いに来ない。[戦旗掲揚グループは民主党を非難し、プアタイ党を支援していた。]

次に6人と面談した。

男性(3):
66歳。市内在住。チャックトンロップの会員。警察から電話があって、出頭を命じられた。県庁の焼き討ち時に、庁内に建つラーマ5世王の像の東側で、自分が驚いて両手を挙げている写真が証拠になった。その日、私は県庁の外にいたが、警察の射撃の音を聞いて、子孫たち(仲間)を助けようと、敷地に入ったのだった。それまでは年寄りはみな外にいた。まだ、県庁は燃えていなかった。警察、軍、警備員が立っていた。自分は大通りに戻った。小さい火が建物からあがった。国王は関係がないので、国王の旗を柵から外して、警察に渡した。兵は庁舎を守らなかった。消防車も来なかった。100人もいれば消火できたはずだ。点火したのが誰かは知らない。県庁には放火すべきではなかったと思う。今回のデモには、3月12日から王宮前広場で15日間、4月10日から3日間ラーチャダムノーン、その後ラーチャプラソンに15日間滞在した。ウボン県庁前の夜の集会にも、時間があれば参加した。現在、自分には5人以上の政治集会への参加(非常事態法違反)、焼き討ち、公共物破損の容疑がかかっている。拘留は2回延長され、24日間既に拘留されている。6回まで延期できる。人権の立場から、援助してほしい。

男性(4):
63歳。市内在住。チャックトンロップの会員。6月9日逮捕され、6月10日より拘留。プアタイ党の見舞いがないのは不満に思う。5人以上の政治集会参加、焼き討ちの容疑。5月19日、家にいたので、集会には参加していない。ただその朝、スタット寺院でタイヤが燃えているのを目撃した。県庁の焼き討ちはよくない。人民の財産の破壊であり、賛成しない。残念なことである。軍警の仕業だと思う。王宮前広場で3月12日から3日間、デモに参加したが、楽しかった。政府は正しくない。

次いで、4人の男性が現れた。

男性(5):
28歳。日雇い。6月14日に逮捕された。5人以上の政治集会参加、焼き討ちの容疑。5月19日に現場(県庁)にいなかった。2年前に撮られた写真が証拠になっている。不当だ。

男性(6):
51歳。ワーリン在住。日雇い。チャックトンロップの会員。焼き討ち、武器所持、爆発物所持の容疑。5月19日県庁で石を握っている写真が証拠となった。5月19日のその時、県庁そばの寺の前にいた。子供を2時ごろ学校へ迎えに来たのだ。銃弾の音を聞いて、走って県庁敷地に入った。怒って、思わず地面に転がっている石を握った。火はまだ上がっていなかった。火災を目撃していない。集会にも参加していない。5月25日に逮捕され、拘留されて12日になる。拘留が2回延期された。自分も妻もムスリムでナラティワート県出身。自分はナラティワートでも貧乏で、ウボンに仕事を探しに来た。ウボンでも貧乏して、赤シャツを支持した。妻の先夫は軍人で国境警備のため、ワーリンの基地に異動になった。彼は妻子に対して責任を果たさなかったので、自分は彼女に同情し、結婚した。子供をもうけた。先夫との間の2人の子と合わせて、3人の子がいる。父親の自分が逮捕されたので、子供は学校に通っていない。誰も見舞いに来ない。電話番号もわからない。妻子はナラティワートに帰った可能性がある。(落涙。両手の指を僕たちを隔てる金網に絡ませながら、切々と訴えた。)

男性(7):
50歳、日雇い。チャックトンロップ。チャチョンサオ出身。仕事を探しに2007年にウボンに来た。チャックトンロップのラジオ、「ウボンの人民の声放送」の警備員をしていた。月給3,000バーツ(食住支給)。5月20日の昼前後に捕まった。放送機器が没収された。拘留されて1ヶ月近くになる。ラジオ放送による教唆、大衆騒乱の容疑。3月12日から4月8日まで王宮前広場でデモに参加した。仕事柄、赤シャツを支持している。赤シャツの意見は正しいと思う。県庁の焼き討ちについては知らない。監房には仏像と国王の写真があり、仏を敬っている。

男性(8):
26歳。仕事はガス輸送車の運転。チャックトンロップ。5月19日、スタット民主党議員の家の付近にいるところを写真に撮られた。赤シャツが反対運動をしていた。仕事中に通りがかり、ちょっと寄ったに過ぎない。電話が警察からかかってきた。出頭し、そのまま収容された。チャックトンロップにも会員になって、1ヶ月しか経っていない。

男性(9):
日雇い(小作含む)。チャックトンロップ。焼き討ちの容疑。6月12日から拘留され、4日になる。5月19日当日、自分はタラートノーイ(市場)にいた。証拠写真も似ているが、自分ではない。サンティ・アソークへの抗議運動にも行っていない。王宮前広場のデモには2-3日行った。小5、中1、中3の3人の子がいる。妻は腰を痛め、働けない。自分なしでは、家族は食べられない。

最後に12時半過ぎに、女性の逮捕者6人と面談した。

女性(1):
23歳。料理店勤務。チャックトンロップ。(リーダーであるトーイの家で、筆者は会っている)拘留は5月24日から22日になる。5月19日午後、民主党事務所、同党議員スタットの家、県庁と3箇所で反対運動に参加した。県庁にいるところを写真に撮られた。県外の友人から涙の電話があった。何も知らない友人は警察に写真を突きつけられて、彼女の友人の居場所を聞かれたというのだ。その日、県庁で兵が人民を銃撃したので、頭に血が上った。(涙ぐみながら)足を撃たれた人も、捕まって同じ監房にいる。撃った人はどうなっているんだ。6人が負傷し、一人は重傷だ。ゴム弾を使えばいいのに、実弾を使う必要はない。県庁は新しく建てることができる。しかし、家族は生命を取り戻せない。赤シャツはテロリストだといわれている。農民に武器はない。銃を売買しているというのか。兄弟同志が民主主義を要求して立ち上がった。我慢ならなかった。監房ではニュースを知る権利もない。4,5日前にこっそり新聞を読んだ。

女性(2):
ノーポーチョー・ウボン。5人以上の政治集会参加、焼き討ちの容疑。寝食の状況よくない。睡眠薬がないと眠れない。5月の初旬にラーチャプラソン(バンコクの集会)からウボンに戻った。(金網越しに握手を求める)

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