9. 宇宙も、地球も、人間も生き物 ―私の人生哲学

中西 治

宇宙も、地球も、人間も生き物である。このところ頻発する地震・津波やハリケン・台風はそのことを示している。万物は流転し、変化する。私の生涯も間もなく終わる。100歳まで生きたとしても、あと20年ほどである。死とともに私は居なくなる。肉体は滅んでも、精神は残るという。私の心の中にはいまも両親をはじめ身近な人々、恩師、友人、知人など多くの人々の懐かしい思い出が存在する。私が居なくなったあとも、私のことを心に残して下さる人がいるであろう。精神が残るというのはこういうことである。文とは有り難いものである。私がいなくなっても、この文章を含めて私の文を読んで下さる方もおられるであろう。文のお陰で、私はいつまでも人々と接することができる。

宇宙や、地球や、人類の長い生命に比べて、個々の人間の生命はきわめて短い。この短い一生を人間は命を大切にし、楽しい幸せな平和な生涯を過ごさなければならない。私が接してきた人はすべて良い人であった。なかには話しの合わない人がいた。相手もおそらくそうであったであろう。根本には考え方の違い、思想・信条の違いがある。私は異なる考えから大きな知的刺激をうけ、新しい観点を学んだ。世の中には良くない人もいる。私は良くない人とは深く付き合わないようにしてきた。相手が良くないことをしても、私は良くないことはしないようにしてきた。相手が良くないからといって、私も同じように良くないことをすれば、私も良くない人となる。

第二次大戦後、日本社会は、戦前と比べて、多くの人にとって住みやすくなった。これは多くの人々が敗戦の廃墟から日本を復興し、経済大国にし、医療・年金・福祉制度を確立するのに努力したからである。戦後、日本は外国に軍隊を送って、その地の人を殺していない。民主主義制度も基本的に確立した。日本人はこのことを誇ってよいであろう。

民主主義は多数者による少数者の支配である。少数者による多数者の支配よりは良いが、少数者が無視される場合がある。職のない人、住居のない人、飢えに苦しむ人、病に苦しむ人、生きることが難しく、自ら命を絶つ人がいる。さらに、地球上には貧困とたたかい、飢餓とたたかい、病苦とたたかい、生きるために必死に努力している多くの人々がいる。このような人々に救いの手をさしのべるのが成熟した社会である。

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