4. 戦争反対の思想として共産主義に関心をもつ ―私の人生哲学

中西 治

私は戦争を直接体験していない。それらしいものは、五条で一度、米軍機の機銃掃射をうけたことと1945年3月の米軍機による大阪大空襲の翌日に五条から和歌山線で大阪へ向かい、王寺を過ぎ、大阪市内に入り、終着駅に近いところで汽車が動かなくなり、母とともに御堂筋を南から北にとぼとぼと歩き、淀川大橋を渡ったことぐらいである。私の戦争体験は戦後であった。食糧難と飢餓によってである。

私は二度とふたたび戦争をしてはならないと思った。また、あの戦争中に命を賭して戦争に反対した人がいたことを知った。共産主義者である。戦争反対の思想として共産主義、社会主義、ソヴェトに関心を持つようになった。これが私を大学生、通信社記者、大学院生、放送局記者、大学教員の道へと進ませた。

私はこれらの経験から次のように考えるようになった。人々は多様である。人々の生き方は多様であり、思想・信条は多様である。人間の社会は多様である。この多様性を認め、互いに他の人々の生き方、考え方を尊重しなければならない。一つの考えを絶対視し、一人の人間を神格化し、それを他人に押しつけようとしてはならない。そこから争いが起こる。全能の人間はいない。人間は必ず過ちを犯す。

私はこれまでの私の人生を三つの時期に分けている。第一は1932年12月の誕生から1956年3月の大学卒業までの23年余の「基礎的学習期」、第二は大学卒業から2008年3月に日本での大学教員の職を辞するまでの52年間の「専門的学習期」、第三はそれ以後今日までの2年間の「総合的学習期」である。

私の思想形成に大きな影響を与えた出来事は、第一期は昭和天皇による1941年12月8日の宣戦布告と1945年8月15日のポツダム宣言受諾放送、第二期はスターリン批判とソヴェトによる1957年の人工衛星打ち上げ、それに、1960年代末以降のソヴェト、米国、ヨーロッパ諸国、中国、韓国・朝鮮などへの旅、第三期は2008年のキューバ訪問と2009年のヴェトナム訪問である。旅は人間を変える。

私は2009年12月30日に満77歳、喜寿の誕生日を迎えた。両親よりも長く生きた。「私の人生哲学」を語るべき時が来た。

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