2010 年の新春に寄せて ―真に友好協力的な新しい日米関係を!

中西 治

新年おめでとうございます。

21 世紀の最初のゼロ年代が終わり、 10 年代が始まりました。

2009 年に米国でオバマさんが「チェンジ (変革) 」を掲げて大統領になり、日本で鳩山由紀夫さんが「政権交代」を掲げて首相になりました。日米両国で変革の時代が始まりました。

オバマさんと鳩山さんが当面している問題は、沖縄にある米軍普天間飛行場の返還問題であり、日米関係の問題です。

日米関係は 1853 (嘉永 6) 年の黒船来航以来、次の三つの時期を経て発展してきました。

第一は 1854 (安政元) 年の神奈川条約の締結による開国から 1911 (明治 44) 年の条約改正に至るまでの不平等条約の 57 年間。第二は 1911 年から 1945 (昭和 20) 年の日本の敗戦までの摩擦と戦争の 34 年間。第三は 1945 年から 2009 (平成 21) 年までの占領と安全保障体制下の 64 年間。

オバマさんも、鳩山さんも、ともに変化を掲げて当選したのですから、米軍普天間飛行場を日本に返還し、新しい日米関係の時代を切りひらくべきです。

彼らは現在を安保体制から真に友好協力的な新しい日米関係を確立するための移行期にしなければなりません。

ところが、現実はそのように動いていません。

オバマ政権の国務長官はヒラリー・クリントンさんです。彼女は沖縄に関する特別行動委員会 (SACO) が普天間飛行場の返還を決めた最終報告書を発表した 1996 年の大統領ビル・クリントンさんの夫人です。最終報告書では普天間飛行場の代替施設を海上に作ることが決まりました。具体的に名護市辺野古への移転が決定したのは 2006 年でした。

国防長官はブッシュ息子政権以来のゲーツさんです。 ゲーツさんはブッシュ父政権時代の 1991 年に中央情報局 (CIA) 長官に任命された最初の生粋の CIA 要員です。ゲーツさんは 1993 年まで CIA 長官を勤めたあと、大学教員に転じましたが、 2006 年にラムズフェルドさんの後任として国防長官になり、オバマさんが大統領になったあとも国防長官として留任しています。ゲーツさんは共和党員ではないと言われていますが、ブッシュ親子とは密接な関係にあります。

オバマさんはゲーツさんを国防長官に留任させざるを得なかったことによって重い過去を引きずることになりました。アフガニスタン戦争の継続と普天間飛行場の辺野古への移転です。

鳩山さんはもともと自民党の政治家です。彼は 1993 年に自民党を離党し、新党さきがけを結成しました。同年 8 月に細川内閣が発足すると、官房副長官になりました。その後、新党さきがけは羽田内閣 (閣外協力) 、村山内閣 (閣内協力) 、第一次橋本内閣 (閣内協力) と協力関係にありました。第一次橋本内閣のとき菅直人さんは厚生大臣を務めました。

1996 年 11 月に第二次橋本内閣が発足しましたが、それに先だつ 1996 年 9 月に鳩山さんと菅さんは旧民主党を結成し、ともに代表になりました。 1996 年 12 月に SACO 最終報告書が発表されたときにも、 2006 年に辺野古への移転が決まったときにも、鳩山由起夫さんと菅直人さんはこれらに直接かかわっていません。

彼らは先の総選挙で米軍普天間飛行場の県内移転に反対し、沖縄の全選挙区をはじめ、全国で大勝利しました。

ゲーツさんは激しい反撃に出ています。鳩山さんはたじろいでいます。鳩山さんは、これは日本国民の要求であり、選挙によって政権が変わったのであるから、政策が変わるのは民主主義国家では当然のことである、と主張すれば良いのです。国際社会ではよくあることです。米国も民主主義国家であるのならば、理解できるはずです。

日本政府は移転先などを考える必要はありません。どこへ移しても、移されるところは大変迷惑を蒙るのです。それは米国が考えればよいのです。一番良いのは基地をなくすことです。どうしても必要ならば、自国内に作れば良いのです。

オバマさんと鳩山由紀夫さんは 20 世紀後半の日米安全保障体制から 21 世紀の真に友好協力的な日米関係を確立する移行期の指導者にならなければなりません。

この問題を最終的に解決するのは日米両国の主権者である人民です。

日本人自身も日本にある米軍基地について、日米安全保障条約について、日米関係について真剣に考えなければなりません。

今年が普天間飛行場問題を解決し、真に友好協力的な新しい日米関係を確立するための年となることを願っています。

私もそのために努力します。

2010 年元旦