鳩山由紀夫内閣の発足に寄せて

中西 治

2009 年 9 月 16 日午後に民主党代表鳩山由紀夫さんが衆議院で 327 票、参議院で 124 票を獲得し、衆参両院で内閣総理大臣に指名されました。鳩山由紀夫内閣が民主党・社会民主党・国民新党の 3 党連立内閣として発足することになりました。

第二次大戦後の日本政治史上、画期的な出来事です。

戦後日本政治史は次の五つの時期に分けることができます。

第一は、最後の戦時内閣であり、敗戦処理内閣であった鈴木貫太郎内閣 (1945.4-8) のあと、旧憲法のもとで東久邇宮内閣 (1945.8.17-10) 、幣原喜重郎内閣 (1945,10-1946) 、第一次吉田茂内閣 (自由党) (1946.5-1947) と続きました。

第二は、1946 年 11 月 3 日公布、 1947 年 5 月 3 日施行の新憲法下、最初の総選挙で社会党が第一党となり、片山哲内閣 (社会党) (1947.5-1948) が発足し、そのあと、芦田均内閣 (民主党) (1948.3-10) 、第二次〜第五次吉田茂内閣 (自由党) (1948.10-1954) 、第一次〜第二次鳩山一郎内閣 (民主党) (1954.12-1955) と続きました。

第三は、1955 年に自由党と民主党が合同し、自由民主党となり、第三次鳩山一郎内閣 (自民党) (1955.11-1956.12) が発足してから 1993 年 7 月の総選挙で敗北し、野党に転落するまで続いた自民党単独政権の 38 年間です。

第四は、1993 年 8 月に非自民連立政権の細川内閣が成立したあと羽田内閣に引き継がれたものの、いずれも短期政権に終わり、 1994 年 6 月に自民党が社会党と組んで政権に復帰し、連立相手を変えながら今回の総選挙で敗北するまで続いた非自民連立政権と自民連立政権の 16 年間です。

第五は、今回の鳩山由紀夫内閣の発足によって始まりました。今回も連立政権ですが、主役が自民党から民主党に代わりました。

完全に崩壊した「 1955 年体制」は自民党内の政権交代システムでした。この体制は宇野内閣・海部内閣あたりから綻びが見え始めていました。安倍内閣・福田康夫内閣・麻生内閣などは正常な統治能力を喪失していました。

小泉内閣以降の政府が推進したネオリベラリズム (新自由主義) 経済政策は、すべてを損得・金銭で計り、弱肉強食のゆとりのない、ぎすぎすした、潤いのない社会をつくりだしました。医療や教育までもが「仁術」ではなくなり、「算術」になりました。人々は生活に苦しみ、将来への希望を失ない、一日に 100 人近くの人が自ら命を絶つ異常な社会になりました。

イラクへの自衛隊の派遣と「新憲法草案」の自民党大会での採択などは、憲法 9 条をまもり、平和に徹する多くの人々の琴線に触れました。日本国民の多くは憲法改悪・戦争参加への道に危機感を覚えました。いくら口で平和を唱えても、実際に戦場に軍隊を送り、それを戦争でないと強弁する政治家を人々は信じなくなりました。それを如実に示したのが今回の選挙結果でした。

新たに誕生した「 2009 年体制」は民主党と自民党のあいだ、保守党間の政権交代システムです。このシステムが今後どのようになるのかは、主権者の意志と行動によって決まります。

今回の選挙結果を議席数で見ると、民主党 308、自民党 119、公明党 21、共産党 9、社民党 7、みんなの党 5、国民新党 3、新党日本 1、新党大地 1、無所属 6、計 480 です。

前回、 2005 年 9 月 11 日の小泉さんの郵政選挙と比べて、民主党 195 増、自民党 177 減、公明党 10 減、共産党・社民党・新党日本・新党大地 0 (増減なし) 、国民新党 1 減、諸派・無所属 12 減、です。民主党の一人勝ちです。自民党・公明党の大敗です。小泉さんは公約通り見事に政権党・自民党を潰しました。

これほど大勝したのに民主党が社民党および国民新党と連立政権を組まなければならないのは、参議院において民主党が過半数の議席を有していないからです。それだけではありません。今回の総選挙で民主党は得票数で有権者の過半数の支持を得ていません。

比例区の得票数で見ると、民主党 2984 万・前回比 881 万増 (千以下切り捨て、以下同様) 、自民党 1881 万・707 万減、公明党 805 万・93 万減、共産党 494 万・2 万増、社民党 300 万・71 万減、国民新党 121 万・3 万増、みんなの党 300 万・前回なし、新党日本 52 万・112 万減、新党大地 43 万・0 (増減なし) 、改革クラブ 5 万・前回なし、です。

自民党の減った分 707 万のうち 300 万はみんなの党に投じられたとすると、実質減は 407 万、これと公明党の減った分を加えて 500 万、さらに、社民党と日本新党の減った分 183 万、合わせて 683 万がそっくり民主党に移り、さらに、新しい票 198 万を民主党が獲得したことになります。

それでも自公を合わせると、2686 万、これにみんなの党と改革クラブを加えると、 2991 万です。自公などが民主を 7 万上回っています。得票数において民主党は決して圧勝していません。衆議院での民主党の多数は少数者排除の現在の選挙制度がうみだした虚構です。

現在の日本政治の方向を決定するもう一つの重要な要素は、共産・社民・国民・日本・大地などの合計 1010 万です。これらの勢力が民主・自公のいずれにつくのかによって日本政治の方向が決まります。

今回は社民・国民・日本・大地の 516 万が民主につくことによって民主は 3500 万となり、自公などの 2991 万を抑えて政権を預かることになりました。大臣職を社民党と国民新党に一つずつ渡したのは当然です。この枠組は流動的です。

早速、衆議院での首班指名選挙で鳩山さんに民主党 308・社会民主党 7・国民新党 3・新党日本 1・新党大地 1、計 320 の他に、みんなの党 5 と無所属 2、計 7 が投票されたようです。

みんなの党はいまのところ参議院議員を持っていないので民主党の連立の対象になっていません。民主党が欲しいのは参議院議員です。みんなの党が参議院で議席を持つようになると、どのようになるか分かりません。

「綸言汗の如し」といいます。天子の言葉は汗のようなもので一度出れば、戻せないのです。君主の言葉は重いのです。公約は重いのです。

期待が大きいだけに民主党がそれに応えられなければ、次の選挙でまたひっくりかえります。

当面の問題は鳩山由紀夫内閣がいかなる政策を実行するのかです。まずは、来年、2010 年の参議院議員選挙までです。

私はじっくりと新政権の政策を観察し、時に応じ、主権者の一人として発言し、行動します。