朝鮮の核実験についての国連安保理の新しい決議に寄せて

中西 治

国際連合安全保障理事会は2009年6月12日午後 (日本時間13日未明) に、朝鮮が同年5月25日におこなった核実験を非難する新しい決議第1874号を採択しました。

今回の安保理決議は冒頭で「国連憲章第7章の下で行動し、同章第41条に基づく措置をとる」と規定しています。同条は「兵力の使用を伴わない非軍事的措置」についての規定です。ちなみに、第42条は「第41条に定める措置では不充分であろうと認めたときにとられる空軍、海軍または陸軍の軍事的措置」についてです。

一般的には、公海上での他国船舶の停船や捜索は「戦争行為」です。今回はこれを非軍事的におこなわなければなりませんので、当該船の所属国の同意を必要とします。しかも、朝鮮に出入りする貨物の領内および公海上での検査が、中国の反対によって、国連加盟国の「義務」から国連加盟国への「要請」に変わりました。各国は貨物の検査をしてもよいし、しなくてもよいのです。

かつて1962年10月のキューバ・ミサイル危機のときに米国はキューバ周辺の海上封鎖を発表しましたが、実際にはソビエト船の停船や捜索はおこなわれませんでした。米国とソビエトの直接の戦争を避けたいとの思いがケネディさんとフルシチョフさんの双方にあったからです。

私はすべての国の核爆発実験と核兵器保有に反対ですが、今回の決議を安保理に採択させる上で重要な役割を果たした米国やロシアをはじめとするすべての核兵器保有国に、朝鮮を非難する資格があるのだろうか、と思っています。

米国は第二次大戦中に世界で初めて原子爆弾を作り、広島と長崎で最初に使いました。戦後も核兵器を作り続け、1970年にその保有数は2万7000に達し、その後、減っていますが、いまでも核弾頭を2702発、実戦配備していると言われています。ロシアもソビエト時代の1982年に4万近くの核兵器を保有し、その後、減少していますが、いまでも核弾頭の実戦配備数は4834発と言われています。

1970年に発効した核兵器不拡散条約 (Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT) は、1966年以前に核爆発実験をおこなった米国・ロシア・英国・フランス・中国の5か国だけに核兵器の保有を認め、それ以外の国には核爆発実験も核兵器の保有も認めていません。NPTは核兵器保有国を限定しながら、それを皆無にするための過渡的条約です。しかし、実際には、1998年に核実験をしたインドとパキスタンをいまでは核保有国として認めています。

米国やロシアなどの核兵器保有国が朝鮮の核実験を非難するというのならば、まず、自国が過去におこなった核実験について謝罪し、現在保有している核兵器をすべて即時廃棄すべきです、少なくとも廃棄の日程を具体的に明らかにすべきです。自国の核保有は良くて、他国の核実験は悪いというのは道理に反します。

朝鮮は1950年に始まった朝鮮戦争について1953年に「国連軍」と休戦条約を締結し、現在、米国と停戦状態にありますが、まだ戦争は完全に終わっていません。米国の陸軍と空軍は依然として韓国に2万6000人駐留しています。加えて韓国軍兵士が69万人います。さらに、日本には1万7000人の米軍兵士がおり、米国の第七艦隊が日本に母港をもっています。朝鮮は米国の核ミサイル網で包囲されています。これに対して朝鮮軍は100万人と言われています。

朝鮮半島の緊張を緩和する唯一の方法は朝鮮戦争を完全に終わらせ、朝鮮と米国とのあいだで平和を回復し、国交を正常化することです。朝鮮はこのために虚勢を張っています。戦争が再開されれば元も子もなくなります。平和的な話し合いによる解決しか道はないのです。

核兵器の廃絶を唱えるオバマさんは、朝鮮半島の平和、アジアの平和、世界の平和のために、これまでの枠組を越え、もっと大胆・積極的に指導性を発揮すべきです。世界がオバマさんに期待しているのはこのことです。

私は2005年8月25日から9月2日まで朝鮮と中国を旅しました。新潟からウラジヴォストーク経由で平壌に入り、朝鮮社会科学者協会や金日成総合大学の研究者たちと話し合いました。少年宮や人民大学習堂、モラン第一高等中学校を見学し、アリラン公演やサーカスなども見ました。開城と板門店も訪れました。平壌から国際列車で中国東北を横切り、北京に着き、北京大学日本研究センターの人々と朝鮮問題について論議しました。

私は文化大革命末期の1975年4月に初めて中国を訪れました。中国は1978年に改革開放政策に転じて30年、いまでは繁栄した強大な国になっています。私は、朝鮮は中国の文化大革命から改革開放政策への移行期にあたるのではないか、と思いました。「現在の朝鮮は四半世紀前の中国である。朝鮮は20年くらいで現在の中国のところまで来るであろう。」と書きました。多彩な人材がたくさん育っているので、朝鮮には未来があります。中国は変わりました。朝鮮も変わります。すべては変わるのです。

頑な心を和らげるのは温かい心です。朝鮮半島の北と南、朝鮮と米国、朝鮮と日本、どこにも人間が住んでいます。どこにも優しい人も厳しい人もいます。誰かが先に優しい温かい心で接し始めなければなりません。2000年6月に金大中さんの温かい心に金正日さんも応えました。朝鮮と韓国の統一、朝鮮の非核化に向けて動き始めました。それはつい最近まで続きました。ふたたびこの道に戻らなければなりません。この道しかないのです。いま求められているのは大きく人を包み込む大人です。