「20世紀の再検討-ロシア革命を中心として」を聴いて

わたなべ ひろし

 『<帝国>』や『マルチチュード』の著者のひとりである、イタリアの思想家アントニオ・ネグリ氏が、インタビューに答えて自身のソ連評価を述べている。それは、例えばこのようなものであった。

「スターリンがいなければ、ソヴィエトが帝政ロシアを越えることはなかった。」

「スターリン主義が消滅させたのは、組織化された政治的反対派であって、国内議論ではありません。スターリン主義は、……近代的な現象なのであり、多数派による独裁体制なのです(これは民主的にもなりえました)。」

「全体主義という概念は……まったくもってイデオロギー的なものです。……全体主義の概念では抵抗や差異といったものが消えてしまうからです。……差異を考慮せずにものごとを描き出そうとするようなカテゴリーは、それ自体が全体主義的なものだと言えるでしょう。」

「ソヴィエトの指導部が打ち負かされることになったのは、……巨大な集団的知性を構築しておきながら、その集団的知性に自由な表現手段(「自由な」という箇所は三重に下線を引いて強調しておきます)を与えることができなかった[からです]。」

ラディカルなコミュニストの立場から激しくソ連を批判してきたネグリ氏にしては、思いのほか公正な評価ではないかと、これを読んだときに感じた。もっともソ連のことなどほとんど知らないこの僕が、ネグリ氏のソ連評価を読んで「公正」などと感じたのも、それが僕が大学時代以来、中西治さんから聞いてきたソ連評価と、とても近いものであったからである。ネグリ氏の言う、近代主義者としてのスターリンという評価や多数派による独裁という定義、差異を考慮しない全体主義という概念への批判や集団的知性の構築といったような話は、学生時代から中西さんの講義により僕がずっと親しんできたものであった。

先日、当研究所の研究会において、久しぶりにその中西さんのロシア革命論をお聞きした。

中西さんはその報告の中で、最近の日本とドイツ・ロシアにおけるロシア革命論を紹介した後、「日本のロシア研究者は十月革命を短期的にとらえ、それが生み出したソヴェト社会のマイナス面を分析しているが、ドイツ・ロシアの研究者はロシア革命を長期的にとらえ、その積極面を指摘し」ているとまとめていた。

僕などはロシア革命研究の専門家でもなんでもなく、意見を述べるのもおこがましいのかもしれないが、この報告のみを聞いた限りでは、中西さんの評価とは少し違う印象を、ここで紹介されている日本とドイツ・ロシアのロシア革命論に対して持った。

例えばリンツというドイツの研究者は「ロシア革命は……社会主義革命であっただけではなく、現代(Modern)の革命であったが故に、画期的な現象であった。この革命のあと、この革命のおかげで、ロシアは世界的な基準で現代の国家となった。そのあとソヴェト・ロシアで起こったすべてのこと、たとえば、工業化、教育制度改革、生活様式と都市建設での変化は現代化の課程の軌道のうえに進んだ。……これは一定の社会的プロジェクトであった」と述べているという。

リンツ氏の言う通り、一国の社会を発展させるということでは、非常にロシア革命は有効であったのであり、それ故、例えば独立したばかりで国家建設の途上にあった非欧米諸国などが、ロシア革命やソ連型社会主義を自国の社会発展モデルとして見習ったのであろう。

ただ僕が気になったのは、リンツ氏が、ロシア革命は「世界全体に大変多くのことをもたらした」と述べておきながら、結局「現代の革命」として彼があげているのは、「工業化、教育制度改革、生活様式と都市建設での変化」といった一国の社会内での成果ばかりであるということであった。ロシア革命の結果、ロシア社会が発展し、豊かになったということは、間違いなく歴史的偉業だと思う。その上で、しかしこれをもって「21世紀のための挑戦」などと言われると、例えば1960年代に流行った近代化論などと何処が違うのであろうかと言いたくなる。ロシア革命に「21世紀への挑戦」という側面があるとするならば、それはその先にあるものなのではないだろうか。

このような観点から、中西さんが紹介されたロシア革命論の中で、僕が最も印象に残ったのは塩川伸明氏のものであった。塩川氏は「ロシア革命は「自由・平等・友愛」のスローガンで知られているフランス革命とは違って、その目標を単純な標語では集約しにくい革命であることを指摘」した上で、「平和」「自由」「土地」「パン」「社会主義」といった「革命時に最も中心的なスローガン」について考察している。

この中で僕が重要だと思うのは、「平和」である。革命時のスローガンとしての「平和」について、塩川氏は「「平和」とは、直接には第一次世界大戦の早期終了を指すが、より広くは「戦争のない世界」への希求があった」と述べている。ロシア革命における「平和」のスローガンには、「「戦争のない世界」への希求」という、普遍的な意味合いがあったのであり、これこそが僕にとっては、中西さんから学んだロシア革命論の核心であった。

「革命」というものが、新しい普遍的価値の提示であり、部分的なりともその実現であるという側面があるとするならば、アメリカ独立革命の「植民地(被支配者)の独立・解放」や、フランス革命の「自由・平等・友愛」に匹敵するのものは、ロシア革命の場合「平和」である。革命政権樹立の翌日(!)、革命政権が最初にした仕事である、第一次大戦の全ての交戦国に対して即時「民主的」講和を訴えた「平和の布告」以来、「平和」はソ連体制の一貫した「理念」であり、「政策の柱」であった。

『ソ連の外交』のむすびにおいて、中西さんは次のように書いている。

われわれはソ連が建国以来行った平和のための努力を正しく評価すべきであろう。ソヴェト政権は率先して第一次大戦から離脱し、大衆に平和を与えた。内戦と外国の軍事干渉に打ち勝ったソ連は、全般的軍縮を提案した。この提案は各国によって拒否され、時代はファシズムを生みおとし、軍拡と戦争への道を進んだが、ソ連のこの全般的軍縮の提案は人類史の中で画期的な意義を持つものであった。両大戦間におけるヨーロッパ安全保障への努力も無視することはできない。第二次大戦におけるソ連の役割はとくに高く評価されるべきである。ソ連は多大の犠牲を払いながら、ナチス・ドイツの侵略に抵抗し、ファシズムを粉砕するうえで重大な役割を果たした。これは人類に対する偉大な貢献であった。第二次大戦後においてもソ連は世界平和の維持と国際緊張緩和の面で一定の貢献をした。マルクス・レーニン主義は二十世紀前半の平和思想として、ソ連という世界最初の社会主義国家を通じて、有効な思想であることを立証したと言い得るであろう。  

僕は、「21世紀のための挑戦」として、ロシア革命が持っている意義は「平和」の理念の提示、それは中西さんにならって言えば「国際社会の民主化」ということだと思う。しかし現在のロシアからは、この方面の発信があまり感じられないような気がするのは、僕の無知故のことなのであろうか。