エッセイ 46 ドンキホーテ待望

木村 英亮

ピョートル・クロポトキンは、1905年ニューヨークで出版した『ロシア文学の理想と現実』(高杉一郎訳、岩波文庫、1984)で、トゥルゲーネフとトルストイに1つの章をあて、この2人とドストエフスキイによってロシア文学は世界文学となった、トゥルゲーネフの小説は高度の美意識とともに知的な内容によって際立っている、と評価している。

19世紀後半から20世紀初めまでの40年間、ロシアでは文学、芸術、科学、大学にたいして絶え間のない弾圧がおこなわれ、「若い作家た ちはほとんどひとり残らず投獄や流刑を経験したし、ほとんどすべての知識階級の家庭では、家族の者か知人の誰かが獄中にいるか流刑地にあった」(上・6 ページ)。

農村生活をスケッチした『猟人日記』は、風刺的なところはまったくないにもかかわらず、農奴制度に決定的な打撃を与えた。『父と子』 では、ニヒリスト、バザーロフを描いた。トゥルゲーネフは、「もし読者が、バザーロフに粗暴、薄情、無慈悲な冷淡と厳しさがあってもなお、彼のとりこにな らないとすれば、それは私の責任で、私が目的をはたしえなかったのである」(クロポトキン、上、188ページより)と書いた。

トゥルゲーネフは、1860年の講演「ハムレットとドンキホーテ」で、人は、自分の我が第一位を占める人と別のもっと高いと認められるものが第一位を占める人に分けられるとし、前者にハムレット、後者にドンキホーテを代表させて論じた。

「ドンキホーテは全心理想に対する献身に貫かれていて、その理想のためにはありとあらゆる窮乏に身を曝し、生命を犠牲にする覚悟であり、 自分自身の生命にも、それが理想の具現、地上に於ける真理や正義の実現に対する手段となる程度しか価値を認めておりません。・・・その倫理的な本質の強さ はそのあらゆる判断や言葉に風采全体に特別の力と偉大さを与えていて、その絶えず陥る喜劇的な屈辱的な立場に関わらないのであります」(河野与一訳、岩波 文庫、1955,9-11ページ)。

トゥルゲーネフは講演を、すべてのものは死とともに埃となって散ってしまうが、よい行いは永遠に残る、と結んでいる。